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「無伴奏」 パッヘルベルのカノンと悲愴

ゴールデンウイークに入っても、相変わらず新作映画が見れない環境は変わらず、とりあえず昨年公開され、見損なった感のある「無伴奏」を見てみました。小池真理子原作の自伝的小説を映画化したとの事。予告編で見た時は大いに惹かれたのですが、どうでしょうか。

あらすじ
1969年。学生運動の渦の中で、仙台の女子高生・響子(成海璃子)は、同級生のとともに制服廃止闘争委員会を結成。両親が仕事の都合で東京に引っ越すことになったが、響子は仙台に留まる。響子はある日初めて訪れたバロック音楽喫茶「無伴奏」で出会った、渉(池松壮亮)、祐之介(斎藤工)、エマ(遠藤新菜)の3人と交友を深めていく。会うたびに渉に惹かれてゆく響子は、時に嫉妬に駆られながらも、熱い想いを注ぐようになる。だが、3人との関係がいつしか複雑に絡み合うようになり、愛憎が増幅されていく…。



冒頭、詩の一節から始めるこの映画、静かで文学的です。そもそも純文学がベースなのでそうなるのですが、ゆっくりした微妙な語り口が全体を支配します。一転、教壇で服を脱ぎ始める成海璃子。初見で先生かと思ってしまいましたよ(笑)。大学生の学生運動の渦に感化されたような形での闘争開始です。しかし、基本この話は学生運動の話ではありませんでした。

友人に連れられて行ったバロック音楽の流れる喫茶「無伴奏」。そこで隣り合わせた3人組。斎藤工と遠藤新菜は恋人同士。しかし、はしゃぐ遠藤新菜に対し、斎藤工には少し影があるようです。成海璃子は、斎藤工の友人である池松壮亮と会うごとに深い関係になっていきます。4人組となって、海に遊びに行くなど関係が深くなっていくうちに、成海璃子は嫉妬の感覚や、関係が深まることへの虞のようなものを感じますが、やがて池松壮亮との肉体関係を持つようになった時、その現場を斎藤工が覗いていました…。

これ以上の展開はネタバレになってしまうので控えておきます。何も予備知識がなくて見たので、後半は、衝撃の展開と感じました。

無伴奏

見終わって、大いなる虚脱感と喪失感といった感覚が残りました。これは、ラストのシーンにうまく嵌ってしまったからということだと思います。この映画、やはり後半になって話が急展開していくので、静かな中で衝撃のラスト的なイメージを残します。一方で、静かな淡々とした語り口で進む中盤までが、微妙な主人公の心を表現しているとは思うのですが、いかにも長いというか、まどろっこしいし、昼メロののようなベタな感じもしてあまり好きになれませんでした。

そもそも成海璃子の演じているのは高校三年生です。どう見ても高校生に見えないのですが…。1969年であれば、ファッションも違って、上品な家庭であれば、こういう落ち着きのあるような教育をされているということかもしれませんが、年が上の女優が落ち着きのある役を演じたから、こうなってしまったのでしょうか。そのあたりがまず終始付きまとう違和感。

この映画の、池松壮亮を見ていると、「海を感じる時」とすごく雰囲気が被ってしまいました。ただ、あちらの市川由衣の方が遥かに高校生らしい気がします。1969年的な雰囲気も、こんなもんかなぁ…という感じが拭えず。

結局、中盤までは見ていて若干苦痛感があり、ラストで救われた(登場人物が救われたのではなく、少なくとも見てよかったと)いう)感じがしました。しかし、これは映画が良かったというより、原作の力ではなかろうか?とも思う次第。

さて、パッヘルベルのカノンって、受験のために東京に出てきたとき、ずっとホテルで流れていた曲として大いに記憶に残っているのです。この映画の主人公と同じ年頃で。ホテルで何泊もしたので。でも、無伴奏ではないですね。無伴奏という名前の喫茶店なら、シャコンヌが欲しかったな。
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Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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