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「愛を読むひと」 朗読者です。読んでいるのは本当に愛ですか?

GAYO!にアカデミー賞特集無料動画があって、最後まで見ていなかったこの一作。この映画のことはよく知らず、てっきり「きみに読む物語」のような話かなぁと思い、なんとなく見たような気になって、まぁ後でもいいやと思っていました。という中で、どんな映画かな?と解説などを見てみると、これ「朗読者」じゃないですか!それならそうと言ってくれよ!好きな小説だったんだから。と怒りに燃えつつ、見始めたのでした。まぁ、知らない方が悪いし、この邦題の方が客層が広がりそうで良いのかもしれませんが…。2008年の映画で、アメリカ・ドイツ合作の英語作品。スティーブン・ダルドリー監督が映画化しました。

あらすじ
15歳のマイケル・バーグ(デヴィッド・クロス)は、帰宅途中に具合が悪くなったところを、年上のハンナ・シュミッツ(ケイト・ウィンスレット)に助けられる。回復したマイケルは、お礼のためハンナを訪ね、彼女の魅力に惹き付けられて、度々ハンナの部屋に通うようになり、2人は深い関係になった。ハンナは、本を読んで聞かせてとマイケルに頼み、彼はいろいろな古典の名作を次々に読み続けた。しかしある日、ハンナの姿は部屋から消えてしまっていた。
数年後、マイケルは大学の法科に通い、ゼミでの裁判の傍聴で、ハンナと再会する。彼女はかつてナチス親衛隊の看守として収容所に勤務、戦争中の犯罪を問われ裁かれている女性たちの一人だった。だが、ハンナには文盲という秘密があり、それを隠し通そうとして、不利な証言を認め無期懲役の判決を言い渡されてしまう。それから数年、弁護士になったマイケル(レイフ・ファインズ)は、離婚後再び一人で生きていた。彼は、ハンナへの想いやハンナの犯した罪とについて問題を抱え続けていたが、再び彼女に向き合うために、テープに思い出の本の数々を吹き込み、ハンナが服役する刑務所にテープを送り始めた…。



静かな中に中身の濃い映画でした。語られること以外にいろいろと思いがこもりますので、あらすじに寄せて感想や読み取ったことなどを書いていきたいと思います。

前半は、若きマイケルとハンナの恋の物語。かつて本で読んだ記憶以上に、セックスシーンが多く、短くも深い関係であったことが強調されています。その中でも、彼女の識字障害(でしょうか?)を現す所作がいくつか伏線として織り込まれていきます。そういった状況で、マイケルの読んでくれる古典の数々が、彼女にとって大いに楽しみだったことも伺い知れます。そして、彼女の昇格(車掌から事務職)と、マイケルの同級生の女の子への意識を悟って彼女は忽然と姿をくらましてしまいました。マイケルの女性への意識の変化を感じ取ったことについては、それほどはっきりと描かれませんが、事務職への昇進は識字障害を隠したい彼女にとっては致命的なのでした。

中盤は、ハンナの裁判のエピソード。ドイツでは、ナチス時代の罪が次々と裁かれていく時代でした。ハンナの抗弁には、その時代に末端の職務として従事する立場で、忠実に職務をこなしていただけであることが強調されます。一方で、大学時代の場面の冒頭に、ゼミの教授が、社会を規定しているものは道徳ではなく、事案が発生した時点の法であるという宣言が為されています。大学のゼミでは、被告を全員銃殺すべきだという大学生の意見が声高に叫ばれますが、この考えは過ちを繰り返すのみに思えてきます。マイケルは事実を正確に確認すべきだと反論しますが、相手はマイケルがハンナばかりを見ていると指摘します。これは、道徳ではなく法であるというゼミの原則に反しているようにも見えます。しかし、マイケルは事実を明確にとらえるという発言の中で、自分自身もハンナの罪に関して明確に答えが出せない状況になっているようです。

最終的に、ハンナは自分の識字障害を隠すために、罪を受け入れる選択をし、一人だけ終身刑が科されてしまいました。マイケルは、彼女は識字障害のために罪は成し得なかったことを知っていましたが、それを明らかにすることは、機会があったにもかかわらずできませんでした。そのことは、自分の中で彼女を疑ったこと、そして彼女を少しでも助けられなかったことの二重の楔として、マイケルの心に常に影を落とし、同級生と結婚し子供をもうけたにもかかわらず、離婚することになっていきます。

そして、後半の場面、マイケルは離婚し、日々ハンナにかつて読んだ物語を録音してテープで送り始めます。受け取ったハンナは、それを聞きながらマイケルを思い出し、テープと本を対照することにより字を覚え、マイケルに手紙を書くようになります。それはハンナにとって癒しの日々になっているはずですが、ただ、マイケルはハンナからたくさんの手紙をもらっても、手紙の形で返そうとはしません。常に梱包されているのはテープのみです。マイケルは若き日のハンナの思い出のみに生きて、裁判以降のハンナを否定しているのでしょうか?裁判で知ってしまった過去を受け入れきれない。あるいはそちらには深入りしたくない。そんな感情が働いているのでしょうか?それも長きにわたり…。

身寄りのない、ハンナの出所にあたり、身元引受人としてマイケルは出所後の生活の準備を整え、面会に行きます。直接話をするのは、若き頃ハンナが失踪して以来のこと。マイケルのテープにより、ずっとマイケルとの思い出に生きてきたハンナは手を差し伸べますが、マイケルはしっかりと握り返そうとせず、出所後の生活のことを事務的に伝え、ハンナの犯した罪のことについて質問します。静かに語られる中で、大変冷血な対応に思われます。出所当日、マイケルは迎えに行きますが、そこでハンナが直前にマイケルとの思い出を足場にして自殺したことを知らされます。天涯孤独なハンナの唯一の頼みの綱のマイケルも、自分を信じていないことを悟ったのです。

愛を読むひと

マイケルは遺言にしたがって、アウシュビッツの被害者である告発者のイラーナ・マーターに会いにアメリカにわたります。この場面のイラーナ・マーターの発言は、冷静で端的でかつ強烈です。彼女は成功者として君臨し、堂々としていて、一方で一生煩悶に苦しみ、答えも見つけられないマイケルは、成長も止まっており格差が歴然として、この対話は痛々しいほどの差を感じます。

「人々は私が収容所で得られたことをいつも聞いています。 しかし収容所はセラピーではない。あなたは収容所はどういう場所だと思いますか? 大学ですか? 我々は学習に行ったのではありませんよ。これは非常に明確なことです。
あなたは、何を求めているの? 彼女のための許し? それとも自分自身の気持ちを楽にしたいから?もし、あなたがカタルシスを望むなら、劇場にでも行ってください。文学でも読んでください。収容所ではありません。収容所からは何も生まれない。全く何もない。」

見事に見透かされています。ハンナからの償いの僅かな金は当然のごとく断られました。しかし、ハンナのお金の入っていた空き缶をもらってくれたこと(取り返したということかもしれませんが)、それが最大の救いでした。この最後の一瞬で主役が誰だったのかが解ります。行きがかり上なってしまった、しかし生殺与奪権を持つナチスの看守と、収容所から生還し告発本を出版、高きに上り詰めたイラーナ。この缶の受け渡しは、極めて意義深いもののような気がします。そして、マイケルは翻弄され成長も止められてしまった、狂言回しでしかなかった。そして、何も生まれてこない収容所に一番長く浸っていたのはマイケルではなかったのでしょうか。

そして、自分もすべてを失ってしまったマイケルは、たまに会う娘のジュリアにこの長い話を語り始めます。それは、自分の気持ちを楽にしたいから?収容所から外に出たいから?あまりにも寂しい終わり方となっています。

自分なりの感想や解釈は、書いてきた通りで、ドラマとしては極めて秀逸な作品だと思います。「愛」なんか読んでいないのですよ。

ところで、この映画はケイト・ウィンスレットがアカデミー主演女優賞に輝きました。前半も、後半も素晴らしい表情で、圧巻の演技でした。一時期ニコール・キッドマンで撮影されていたようでしたが、最終的にケイト・ウィンスレットに戻ったとのことです。私的には、ドイツの立派な小説なので、ニーナ・ホスあたりを主演にしてドイツでも撮ってほしいのですが…。
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Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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