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「この広い空のどこかに」 それぞれの幸せへと進む道のり

1954年に公開された日本映画。松竹大船の製作で、いわゆる小市民映画の流れの中に入ると思います。木下惠介の妹である、楠田芳子による脚本を松山善三が潤色し、小林正樹が監督しました。日本国内の賞では、高峰秀子、久我美子などいろいろと受賞した映画でもあります。

あらすじ
川崎で酒屋を営んでいる森田屋は、主人の良一(佐田啓二)を中心に、嫁いできたばかりのひろ子(久我美子)も商売を支えています。森田家には、母しげ(浦辺粂子)、足が不自由で婚期を逃している妹の泰子(高峰秀子)、明るい学生の弟の登(石浜朗)が同居していました。明るく振舞うひろ子ですが、家族とはまだ完全に馴染めたとは言えず、夫が頼りの苦労の多い毎日でした。登は前向きで明るい青年ですが、友人の三井(田浦正巳)は、現状に絶望し、明るい未来を見いだせないままで、結核を病み故郷に帰ってしまいます。

職を探しに上京したひろ子の友人の信吉(内田良平)が、ひろ子を訪ねてきた時、しげや泰子はひろ子との関係をいろいろ臆測し、家族の中に波紋が生まれます。しかし良一は、理解のある丁寧な態度で接し、ひろ子は良一と幸せな家庭を築くことを誓いました。泰子は足が不自由という劣等感から、かたくなな性格になり、周囲の人々と軋轢を生んでいましたが、昔共に働いていた俊どん(大木実)が、今でも変わらぬ愛情を泰子に持っているのを知り、俊どんの故郷、赤石山麓で一緒に生活することに新たな幸福を見出します。そして、泰子の希望を取り戻した手紙を読み、家族全員に明るい笑顔がみられるようになったのでした。



この広い空のどこかに

安心できそうな名前で、穏やかに見始めた松竹のホームドラマでした。冒頭、味噌を買いに来たオバサンの家族が主人公と思ってしまいましたが、店のほうの家族が舞台であり主人公だったのですね。主人の佐田啓二、新妻の久我美子、母の浦辺粂子に、弟で明るい青年の石浜朗そして、妹で体を悪くして厭世的になってしまった高峰秀子という構成。これに、久我美子の元男友達、高峰秀子を見守る故郷の青年、石浜朗の友人の学生と、高峰秀子の旧友が少しづつ絡みながら、この家族の心を動かしつつ、物語を進めていきます。

久我美子の若奥様ぶりが眩しく思いました。よくできた奥さんとはまさにこれ!という感じで、理想的な女性に思います。一方で、佐田啓二は、旦那としてはちょっと出来過ぎくらいです。こんな旦那がいたら、家庭はどこの家庭もうまくまとまるのでしょう。浦辺粂子にしても、次世代への愚痴を挟みつつも、実は久我美子との付き合い方を悩んでいたという、いいお母さんでした。この家庭は、すべての人が理想的な人々で構成されています。そういう意味では、あまりに理想的な家族を中心に描いてしまいがちな、後々の松竹ホームドラマと繋がるのかもしれません。

その中でハンデを負ってしまった高峰秀子が、素晴らしい演技でした。心の闇を現わすような言動で、家庭のマイナス勢力になってしまいますが、家族の人々の激励とも思える叱責に自ら変わっていき、幸せをつかむ為の行動を始めていきました。

その様な困難を一つ一つ乗り越えていく、理想的な家族ですが、彼らの心を動かしていった人々が、いずれも敗者となって東京周辺から離れていく人々、あるいは下層の人という構図になっています。出来上がった中流家庭と、そこに這い上がろうともがいてきた人々の対比で、それぞれの意図とは離れたところで、この家族は周囲のこれらの人々の動きに影響を受け、その敗者の行動の上に幸せが成り立ったという形になっていると感じました。これに対し、物干し台から幸せのおすそ分けによる恩返しの気持ちと、高峰秀子が山奥に向かうことによって、幸せへの向かい方の多様性を表現し、夢破れて田舎に帰っても最終的にすべての行動が肯定的にとらえられるのだ、という解釈かな?と感じました。

2019.10.16 HCMC自宅にてパソコン鑑賞
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テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

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Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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