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「メランコリア」 トリスタンとイゾルデとのコラボなのか?

久しぶりに真面目に大作映画を見る気になって、GAYO!にあった「メランコリア」を見てみました。ラース・フォン・トリアー監督の映画は「ドッグヴィル」しか見たことがないので2度目になります。あちらも変わった映画だったので、ちょっと覚悟して構えてみています。2011年の映画で、カンヌ映画祭に出品され、キルスティン・ダンストが女優賞を受賞しています。

あらすじ
新婦のジャスティンは新郎のマイケルとともに、結婚パーティが行われる姉夫婦の邸宅へと向かっていた。しかし細い道でリムジンが立ち往生、2人は予定時刻を大幅に遅れて到着することに。それは姉のクレアとその夫ジョンが準備してくれた盛大なパーティだったが、情緒不安定なジャスティンはわがままな振る舞いで周囲を困惑させてしまう。それから7週間後、惑星メランコリアはいよいよ地球へと迫り、クレアは不安と恐怖で落ち着きをなくしていく。そんな中、すっかり憔悴していたジャスティンも、すでに月よりも大きくなったメランコリアの姿を初めて目の当たりにするのだが…。



ストーリーは以上です。あまりこの映画ストーリーに言及しても…という気がします。すべてが最初の10分で語られてしまいます。

いきなり、キルスティン・ダンストのアップで始まりますが、それよりも一番印象的なのは「トリスタンとイゾルデ前奏曲」です。この曲は映画の中で何度も登場し、その度に印象的な場面を創出します。幻想的な10分間の映像の中に、壮大な宇宙の画像と終末の瞬間。この曲は、2001年における「美しく青きドナウ」的に使われているようなところもありますが、こちらはいろいろな歴史と物語の背景をもった曲だけに、単なる効果ではないはず。トリスタンとイゾルデは数少ない生で見たオペラなので、ここまでこの音楽を使われると、その内容を思い描きながら見ることになってしまいます。

前半の結婚披露宴の場面。この中で起こる出来事がこのストーリーに何か影響を与えることはごく少ないでしょう。シャーロット・ランプリングも怪演を見せてくれますが、全体から見ると単なるエピソードの一コマです。前半ではジャスティンの「あなたは無よ」という言葉が記憶に残るのみです。最終的に壮大な無に繋がるという意味で。

後半は、今度はクレア(シャルロット・ゲンズブール)が苦悩する番で、最終的に壮大な終焉へと向かっていきます。我々は最初に巨大なメランコリアに地球が飲み込まれるのを目の当たりにしている訳ですから、客観的にただただ見るのみです。馬が止まるところで、カートも止まるとかいう小技がでますが、どうでもいいのです。ゴルフコースの最後に19番ホールがあるとか。でもそんなことは問題ではなく、かえって虚しさを感じさせてくれるのです。

メランコリア

この世界は隔絶された世界で起こることを描いています。ドッグヴィルは隔絶されているからこそ話が出来上がっていたのですが、こちらは全世界的に起こっていることですから、村や町ではそれこそとんでもないことが起こっているはずです。それがこの世界には影響しません。本当に世界人類の終焉を4人に凝縮したような描写となっています。

それで「トリスタンとイゾルデ」との関連は?こちらのテーマは愛と死ですので、愛は限りなく貪欲になっていき、無限に求めていくと最後に死に到達する。死こそ究極に求め続ける最後の救済である。ということになります。これをこの映画にだぶらせると、確かにこの映画、死(無)に至りますから、それが全人類規模の愛(欲望)の結末であり、救済ですということになりますか?

そこまで象徴してしまうと、ちょっと独善的すぎやしませんか?という気がします。
こういう古典的な曲をライトモチーフにして映画を作るのは、諸刃の剣。表面的に大きな効果を得られますが、どうしても、意図が拡散してしまったり、作者の創作でないという紛い物感が付きまとうような気がします。
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テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

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torrent13

Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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