FC2ブログ

「O嬢の物語」 原作とはまた趣の違うエロス

ついにこの映画を見る時が来ました。幼少時、禁断の映画と思っていた「エマニエル夫人」と、「O嬢の物語」。エマニエル夫人の方は、数年前にDVDを買って3作とも見ましたが、O嬢の方は未見でした。GYAO!に無料動画で登場していたので、この機会を逃しては、ということで鑑賞です。

あらすじ
O(コリンヌ・クレリー)は恋人のルネ(ウド・キア)に命じられて、ロワッシーの館に入る。Oは、丹念に体を化粧され、ヌードのまま首輪と腕輪つけられる。そしてルネを含む四人の男たちの前に連れ出され、男たちは鞭持ってOの体を眺め、その中の一人が後から彼女のなかに入ってきた。その後、Oに腕輸をかけ、ムチがしなる。自分の部屋で一人になると、Oはまた、恐怖の中でも甘美な思いを感じ取るのだった。
何週間が過ぎ、ルネの迎えで、Oが館から出る。ファッション・カメラマンとしての生活の中で、ルネとの逢瀬も以前のように続き、ある日、ルネは彼女をステファン卿(アンソニー・スティール)に引き合わせた。ルネと彼は、血はつながっていないが兄弟同然であり、二人は何でも共有すると宣言、Oも共有できるのだと言った。Oは、ステファン卿の権利を認め、二人は思うがままにOを自由にし、また、鎖につなぐことができることとなった。徐々にステファン卿は、権利を行使し始め、ルネは二人の前から姿を消し始める。Oはいつの間にか、ステファン卿がいとおしく、彼に愛され、彼によって傷つけられることを望むようになっていった。
ある日彼は、愛の証拠として烙印をつけることを要求、Oはステファン卿のために要求を受けることを承諾した。そして、ステファン卿は、Oを友人の船長に一夜の愉しみにと譲り渡し、船長の開いたパーティで、Oはふくろうのマスクをかぶり、鎖でひかれて人々の前にさらされた。Oは堂々としてなおかつ神々しくさえあった。パリに戻ったOとステファン卿はふたたび二人の生活に戻った。“わたしが耐えたような試練に、あなたは耐えられると思う?”。Oはステファンの葉巻をとり、それを彼の手の甲の上に押しあてた。彼の肉体にもくっきり“O”の字の永遠のマークがつけられていたのである。



多少端折ってはいますが、あらすじはこんな感じです。その他、登場人物やエピソードもありますが、それほど本質的には影響しないと思うので。そして、映画は、冒頭ルネとOの車の中での行動から始まります。ロワッシーの館に入る準備として、ルネはOに下着を取ることを要求、Oは運転手の目を気にしつつ、ガードルとパンティを脱ぎ、ルネはOのブラジャーの紐をナイフで切断。そうこうしていくうちに館に到着、Oは館に入っていきます。館の女は皆乳房を露出し、下着はつけず、ドレスも腰のあたりまでスリットの入ったものを着ているので、いつでも体制が整っていますよという、エレガントな服装でした。

その後は、露出の多い展開が続き、Oはルネとステファン卿の従属物となり、意のままに他人にも貸し出され、Oは自らの意志では他人とは交わらないという状況となります。その中で、イワンと性交が最も気持ちの入った激しいもので、イワンはステファン卿に、Oを譲り受けて妻にしたいと申し出ます。ステファン卿は、回答をOにゆだねますが、Oの回答はイワンを呼び、自分が拘束されて鞭うたれている姿を見せつけることでした。イワンは一目見て逃げ出してしまいました。

こういったストーリーを見つつ、AVとエロスの映画の境目はどこにあるんだろうとも考えてしまい、程度問題なのかな?とも思ったりした次第。ストーリー性の高いAVであれば、そこそこのドラマ的要素も入りますし、本番行為の有るか無いかですかね?と言うと身も蓋もないので、やはり映画であれば、露出はなくても、えもいわれぬ背徳感をプンプン醸し出して欲しいわけですし、冒頭の導入部などは、普通に成功していると思った次第です。

O嬢の物語

さて、ポーリーヌ・レアージュ(ペンネーム)による原作の「O嬢の物語」は、学生時代にしっかり読みました。映画を見るまでは、「O嬢の物語」は逆にこれしか知らないわけですので、そのイメージが強いわけですが、もっとずぶずぶに奴隷状態となる話だったと記憶しています。こちらのあらすじは、

Oは、恋人ルネに城館へ連れて来られ、複数の男の共有性的玩弄物となるよう、鞭打やその他肉体を蹂躙する手段をもって心身共に調教される。約一ヶ月後、城館を出たOは、ステファン卿を紹介され、卿の求めによりルネから譲り渡される。ステファン卿の持ち物となったOは凌辱と鞭打とを繰り返され、さらに持ち物である証として尻に烙印を押され、性器に鉄の輪と鎖を付けられる。そしてある夜会で、梟の仮面を被せられ、陰部を脱毛されたOは衆目に晒されることになる。


という内容です。アウトラインは同じですが、受けるイメージが微妙に違います。小説の方は、「奴隷状態における幸福」に力点がありますが、映画の方はかなり、普通です。ステファン卿も妙に逡巡していますし、ラストのエピソードで違った物語になっているような感じです。

映画では、Oは、ラストでステファン卿にOの烙印を押し、対等な関係になってしまいます。この感じは、「エマニエル夫人」と同じ。「さよならエマニエル夫人」では、立場が逆転し、最後には女性上位になってしまいますが、やはりここでも、完全な奴隷状態の幸福ではなく、結局は普通の男女関係に近い力関係になってしまいます。結局は、男は主導権を取っているように見えて、だんだん女性が主導権を奪っていくのですよね。そんなラストの映画でありました。

という訳で、小説と映画、若干趣を異にしつつ、終わる訳ですが、小説で描けることは、想像をいくらでも膨らませることができますが、映画は映像そのものですし、広く一般に公開される訳ですので、やはり平和なものになったのですね。とう感じです。AVならもっと違った感じになるのでしょう。このあたりもAVとエロス映画の違いかもしれません。

監督のジュスト・ジャカンは、エマニエル夫人のあと、この映画を撮っている訳ですので、まぁ、主張は一貫しているということになるのではないかと思います。

【リスト】 ① 裸のエロスを見る作品
スポンサーサイト



テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

torrent13

Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR