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「桃中軒雲右衛門(1936)」 芸の道を究めようとする男と女

ここのところ、成瀬巳喜男監督の映画を見続けてきて、今回は年が変わり、1936年の映画です。桃中軒雲右衛門は、大正から昭和期にかけての浪曲師。当時の第一人者として人気を博したとの事です。成瀬監督のいわゆる芸道ものということでしょうか?

あらすじ
桃中軒雲右衛門(月形龍之介)という浪曲師が、妻のお妻(細川ちか子)や弟子を連れて東京へと凱旋興行に向かっていました。かつて浮名を流し、東京にいられなくなって、地方で活躍していた雲右衛門は、再び東京に復帰しようとしているのでした。しかし、静岡で列車から降りた雲右衛門は、松月(藤原釜足)と街の中に消えてしまいます。一行は、街中を探し回りますが、見つけられない中で、弟子の一人が、雲右衛門が途中で会う予定だった息子に宛てた、途中で下車すると書かれた電報を持っていたことが解りました。雲右衛門は、その頃芸者遊びを楽しんでいました。そして、雲右衛門と消えた松月が、一人で一行の前に現れました。

松月が雲右衛門の様子を一行に話し、さらに、雲右衛門の友人で、世話をしてきた倉田(三島雅夫)が姿を現します。倉田は、国府津で雲右衛門を待っていましたが、来ないのでやってきたのです。倉田は、お妻に状況を訪ね、雲右衛門が突然東京に行くのをやめた理由を推し量ります。松月は、雲右衛門の元に戻って説得。芸を見せろと言う、酔ったファンを断り、雲右衛門は一行の元に戻ると、倉田と面会。雲右衛門は東京へ戻る決心をし、倉田が連れてきた息子の泉太郎(伊東薫)とも面会。泉太郎の前で浪曲を披露しました。東京で復帰した雲右衛門は、お妻の三味線の伴奏で、たちまち人気者となっていきます。

ある日宴席で、雲右衛門は千鳥(千葉早智子)という芸者に出会い、そのままいい仲になっています。雲右衛門はこれも芸の肥やしとと考えているようです。一方、お妻は病に伏すようになり、入院してしまいます。お妻は芸の為と許していましたが、そんな雲右衛門を泉太郎は強く非難し始めます。雲右衛門と千鳥の関係は、新聞でも揶揄されるようになりますが、雲右衛門は意に介さず、お妻の見舞いにも足が向かず、非難する泉太郎を福岡にやってしまいます。雲右衛門は、お妻が芸を失った普通の女になるのが恐ろしいと話します。倉田もそんな雲右衛門に怒りを感じ、二人が喧嘩をしている中、お妻の臨終の知らせが入りました。病院を訪れた雲右衛門は、お妻の前で、一人きりで浪曲を披露するのでした。



桃中軒雲右衛門(1936)

桃中軒雲右衛門という人のことは初めて知りました。大正昭和期に活躍し、浪曲の発展をもたらした、浪曲の巨人のような人のようです。成瀬巳喜男監督の芸道ものというのも初めて見ます。描かれている内容を見ながら、頭の中では「浪速恋しぐれ」なんかが、鳴り響いておりました(笑)。ちょっと違いますが…。この物語では、浮気も駆け落ちもすべて芸の為、そんな中で一緒になったお妻に、雲右衛門は何を見ているのか?お妻を一流の三味線奏者として、その芸に惹かれて一緒にいるのか。そしてそこに女は見ていないのか、といった煩悶が、病床で三味線を弾けなくなったお妻を悩ませるという形です。

一方で、芸の肥やしとして千鳥を家に入れ、病床のお妻を省みない(ように見える)雲右衛門に、世間の風当たりや、倉田や泉太郎の糾弾を当てて、芸道と、世間の感覚のずれを浮き彫りにするというテーマを与えていました。ということで、なかなか深いテーマなのですが、正直ちょっと取っつきにくかったというのも事実です。まずは、強面の月形龍之介に、どうも心の動きが図りにくく、入っていきづらいような気がしました。相当独特の世界観なので、すんなり入ってこないかもしれません。中途半端に悩める男になってしまったような感じがします。いろいろな人々も出てきますが、ちょっと散漫な感じでした。

ヒロインは、細川ちか子千葉早智子細川ちか子は、これまでの作品では、あまり出番が多くなかったのですが、ここでは主役です。一方、千葉早智子の方は、それほど印象が強くありません。むしろ、男性陣の三島雅夫御橋公がいい感じです。二人が、雲右衛門をしっかり支えているような感じが良く伝わってきました。華々しい芸の世界とはいえ、大変な世界だなという雰囲気は良く伝わってきました。成瀬巳喜男の芸道ものの作品は、これからなのですが、テーマはしっかりしていたので、これ以降、磨きがかかっていくのでしょうか?

そうそう、ラストの音楽は「展覧会の絵」。その荘厳な感じが、浪曲とコラボしていく感じが見事に決まっていると思いました。

2021.3.24 HCMC自宅にてパソコン鑑賞
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「噂の娘」 一気に弾けるカタストロフに意表をつかれる

成瀬巳喜男監督の1935年の映画。その5本の中の最後の作品です。題名などから、監督らしい女性のドラマが見られるかなと以て期待してみました。いつものメンバーが出演しています。キネ旬8位となりました。

あらすじ
灘屋酒店の店主健吉(御橋公)は、経営が厳しい店に、婿養子としてやってきました。しかし妻は亡くなってしまい、現在は長女の邦江(千葉早智子)と共に店を経営していました。健吉の義父啓作(汐見洋)は、朝から酒を飲み、悠々自適の日々。次女の紀美子(梅園龍子)も帰ってくるなり、お小遣いをねだる始末です。邦江は叔父(藤原釜足)の仲介でお見合いをひかえていました。健吉はあまり乗り気ではないのですが、邦江は相手がお金持ちで、経済的な援助が期待できるので、店や紀美子のことを考えてお見合いを決めたのでした。そして、紀美子の同席で新太郎(大川平八郎)と邦江はお見合いしますが、真面目な邦江の話を、紀美子は悉く混ぜ返していました。

健吉には小料理屋を営むお葉という妾(伊藤智子)があり、邦江は家を出たら、代わりにお葉に家にきてもらいたいと思っていましたが、紀美子は、お母さんとは呼べないと答えます。しかし、お葉は紀美子の実の母で、今までこのことは紀美子には黙っていたのでした。邦江はお葉に、店と健吉をお願いしたいと話し、迎え入れる為に、一度家に来るよう話していました。その時に、紀美子にも話すつもりだったのです。その頃、啓作は健吉に、最近酒の味が変わってきたと話します。健吉は苦し紛れに、何か混ぜ物をして売っているようでした。啓作はそのことを邦江にも伝え、健吉にそれとなく話してやめさせてほしいと伝えます。一方、お見合いの方は、叔父が健吉に、新太郎が紀美子を気に入ってしまったと伝え、邦江の気持ちを知る健吉はその話を断ります。ところが、街で出会った紀美子と新太郎はデートを重ね仲良くなっていたのでした。

邦江は健吉に、啓作もお葉が来ることに賛成していると伝えますが、健吉はお見合いのことを話せません。そして、酒のことも、実験しているだけだと答えます。お葉はお店を売ることにし、健吉は一緒になろうと話しますが、お葉は、紀美子がよく思っていないことが心配でした。ところが、偶然邦江は、紀美子が新太郎と一緒にいるところを目撃してしまい、邦江は店で泣き出してしまいます。叔父から健吉にも電話があり、健吉もそのことを知ると、健吉は紀美子を問い詰める、その日家に来ていたお葉に、紀美子を産んだ人だと紹介しました。そして、紀美子は納得がいかず飛び出したところに、警察が現れ、酒の件で健吉は警察に連行されていきました。健吉は啓作に謝りますが、啓作は、なるようになっただけだと答えるのでした。



噂の娘

前半からテンポよく話が進んで行く、引き締まった展開でした。そして、ラスト近くなって、邦江が紀美子のデートを目撃し、お葉が健吉の家を訪れて、いよいよ舞台が整い、どんな風に処理されるかと盛り上がっていきます。久しぶりに体験するこの感じ。素晴らしい構成だと思いました。そして、健吉は切れてしまってお葉の前に紀美子を引っ張っていき…。健吉さん。それはやってはいけませんね。あなたの守ってきた、妾さんも含めて今まで作ってきた関係がすべて崩壊します。ついでに仕事も崩壊しました。唖然とするような、すべてぶち壊しにするカタストロフが、待っていました。

成瀬巳喜男監督の特にサイレント時代は、後半いよいよラストという所になって、何かのトリガーがあって一気に結末に向けて突き進んでいくような展開が多いと感じていました。「君と別れて」は刃物で刺されるシーンから場所替えへ、「夜ごとの夢」は、強盗から自殺、「限りなき補導」は、交通事故から反撃と死。PCLに変わって綺麗な展開が多かったような気がしますが、これはまた、昔の感じがぶり返したような気がしました。盛り上げて一気に堕としました。そして、締めもなかなか皮肉っぽくて、気が利いています。諸行無常という訳です。

今回は、いつもモダンな役を演じていた、千葉早智子が一転古風な女の役になっています。なるほど、こうしてみるとまた見直しました。梅園龍子は相変わらずですが、こういう感じが似合っています。男性の方は、御橋公汐見洋もなかなか味のある演技でした。藤原釜足は、名脇役ぶりを発揮。伊藤智子は、「妻よ薔薇のやうに」と同じくお妾さん役ですね。コンパクトでドラマの面白さが詰まった面白い作品でした。成瀬巳喜男さんは、なかなか素直に終わってくれない監督さんなんですね。

2021.3.22 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「サーカス五人組」 哀愁を帯びたジンタの音楽と旅の五人組

今日の成瀬巳喜男作品は、PCL制作の「サーカス五人組」。1935年の映画です。移籍後初年度のこの年は、5作品も制作しているのですね。ネットのものは画質が溶けていて、顔の判別などちょっと苦労しました。

あらすじ
幸吉(大川平八郎)、虎吉(宇留木浩)、甚五(藤原釜足)、六太(リキー宮川)、清六(御橋公)の五人組のジンタは、海沿いの町で一仕事終えて、次の町に行ってみると、仕事が中止になり仕方なく宿でたむろしていました。すると、町にジンタの音が聞こえ、聞くと、曲馬団の興行とのこと。出渋る甚五をおいて四人は見に行きます。甚五は残って宿の娘にちょっかいを出しているうちに、昔馴染みのおきよ(清川虹子)が追いかけてきたため、逃げ出します。曲馬団の団長(丸山定夫)の二人の娘。姉の千代子(堤真佐子)はしっかり者で、妹の澄子(梅園龍子)は気弱な性格で、団員の邦男(加賀晃二)と恋人同士。甚五は暗闇で、その千代子に手を出そうとしたところ、通りかかった虎吉と六太に、とっちめられてしまいました。

次の日も興行は盛況の様子ですが、曲馬団では団長に対する不満が渦巻いていました。その夜も幸吉と清六はカフェで身の上を語り合います。幸吉は父も母も無く、将来は東京でバイオリンを弾きたいという夢がありました。清六は、女房に死なれて女の子を捨ててしまった経歴があるようでした。翌日、五人組が町を出ようとしていると、曲馬団のマネージャー(森野鍛冶哉)が、男性団員のストライキのため、代役として演奏のオファーが入ってきます。一同はテントに赴いて練習を開始。報酬をはずむというので、演奏以外に、それぞれ出番も割り当てられました。しかし、素人の出番は今一つで、反対を押し切ってバイオリン弾いた幸吉は大ブーイング。幸吉の夢を知っている千代子だけが励ましてくれました。

いよいよ澄子の空中ブランコが始まりますが、そこに男性団員がなだれ込んできます。団員と団長と乱闘になり、会場は騒然とする中、恋人と父の団長が争う状況に失望し、思いつめていた澄子は、故意に落下してしまいました。幸い軽傷で済み、それ以後団長は態度を改め、団員たちと和解。五人組は一夜限りでお払い箱になります。再び旅立つ五人を待ち構えていたおきよは、甚五を捕まえ、千代子と幸吉は名残惜しく別れを交わし、「これが旅なのね」とつぶやく千代子に手を振って、五人とおきよは、次の町に旅立っていくのでした。



サーカス五人組

サーカス五人組という題名から、軽妙な喜劇を連想しますが、喜劇ではあるものの、哀愁漂います。このジンタに参加していること自体に、過去が色々とあることは想像できるのですが、そのあたりも身の上話としてクローズアップされました。そして、曲馬団の娘二人が登場。こちらは、性格が変わってしまった父と、恋の板挟みという悩み。そのような情景の中で、五人組の付け焼刃の興行が始まりました。ストライキの原因は妻に死なれて性格が変わったことによる待遇の変化ということで、表現されませんが、すごく根が深い話でもなさそうで、成瀬監督のいつもの展開で、最後に一発事故を起こして収拾しました。

この映画を見ての思うのは、これは画質に苦労したという事もあるかもしれませんが、前半ごちゃごちゃして、うまくストーリーに入っていけなかったこと。いつもと違ってちょっと締まってない感じ。そしてもう一つは、サーカスとジンタですね。音だけの場合も含め、チンドン屋が良く出てくる成瀬監督の映画で、これはその系統を主役に仕立てたものでした。一方サーカスと言えばフェリーニを思い出すのですが、チンドン屋もサーカスも、外には華やかに見せる一方、団員は訳アリという設定になりがちで、こういった世界を常に隣に置いていた成瀬監督は、その時々に、どういう思いを込めていたんでしょう。ラストの旅立ちの哀愁は趣深いものでした。

この映画は、主役は男性の俳優さんたちで、藤原釜足が個性の強い役どころ、御橋公が渋い役を演じていました。そうはいっても、女優さんたち抜きでは話の始まらない成瀬監督。堤真佐子梅園龍子は、「乙女ごころ…」のコンビですね。梅園龍子の独特な声は相変わらずです。出番は少ないですが、清川虹子と三條正子も印象に残りました。清川虹子は映画は34年PCLでデビューとのこと。長年役者をやってきただけあって、大ベテランのようなしっかりした演技という印象を持ちました。

2021.3.22 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「妻よ薔薇のやうに」 男と女で歩む幸せはいつの世も変わらず

成瀬巳喜男監督の戦前の名作と言われている作品だそうです。1935年の映画で、PCLでは3作目になります。この年のキネ旬1位に輝きました。原作は中野実の戯曲「二人妻」です。

あらすじ
都心の会社に勤める君子(千葉早智子)は、仕事帰りにボーイフレンドの精二(大川平八郎)と出会いますが、改めて明日家に来てもらう事にして、一人帰宅しました。家では短歌の先生をしている母の悦子(伊藤智子)と二人暮らし。父は長年不在のままでした。その夜、母親の兄である新吾(藤原釜足)の家を訪れた君子ですが、話題はやはり父親とのこと。父の俊作(丸山定夫)は、妾を作って、遠くで生活をしており、もう10年以上家に帰っていないのでした。定期的に生活費は送ってくるのですが、手紙などの交流もなくなっていました。

ある日悦子は、夫婦の事情をしらない知人から仲人の依頼を受けます。さらに君子は、精二とのデートの途中で俊作を見かけました。君子は慌てて帰宅し、父が家に帰って来るものと思い込み、食事の用意をして待っていましたが、一向に現れません。君子は俊作の冷たい態度に業を煮やし、仲人の件もあることから、俊作たちの住む長野の山奥を訪ねていきます。俊作はそこで一山当てようと、収入にならない金鉱探しをしており、妾のお雪(英百合子)との間に二人の子供を設け、お雪と娘の二人で、髪結いや縫物で生計を立てているのでした。

君子はお雪を詰り、父を取り返そうと乗り込みましたが、お雪の不安点な身分の中での謙虚な態度や、娘の進学も犠牲にして、俊作に黙って、君子の家に生活費を送っていたことが解ってきます。そして、俊作とお雪と子供たちの円満な家庭に入って見れば、自分はその幸せを壊す者のように思えてきます。君子はなんとか父を説得して、仲人の務めだけでもと東京へ連れ帰ります。君子はそのまま父を取り返そうと考えていましたが、数日の俊作と悦子の生活は、全く気が合わず気づまりな事ばかりでした。結局俊作は長野に戻ることとなり、君子もやはり帰った方がいいと思い始めました。悦子は俊作が帰ることを知って、隠れて泣き出すのですが、その様子を見て、君子は「お母さんの負けだわ」とつぶやくのでした。



妻よ薔薇のやうに

君子の物語かと思って見ていましたが、君子の目を通した、母と妾の二人の女性のお話でした。母は、堅苦しい雰囲気があって、羽目も外さず、はしゃぎもせず、毅然とした態度で生活していますが、歌に関するインスピレーションという表現からも解るように、感受性は豊かで、ずっと夫を愛しているのだと思います。でも、取り乱すこともできず、すべてを抑制してしまうようです。一方、お雪は元芸者という、いろいろな人とうまく接するのが仕事だったということもあってか、人の心や世の中の仕組みを知り抜いており、苦しい生活をしてきた中では、幸福ということがどういう事かも知っている感じです。

そんな二人の間で、俊作はごく単純に居心地がいい方に居ついているというのが、根本的な所だと思いますが、子供も大きく成長し、お雪が家庭をしっかり支えてくれる中で、もう動けない状況なのでしょう。お雪はそれでも不安定な立場を意識してか、幸福を守るのに、自分の子供たちも犠牲にして、あらゆる気遣いをしています。「お母さんの負けだわ」というのは、ストレートな冷たくも感じるような表現だとは思いますが、非常に現実感のある言葉なのでした。男と女が一緒に生きることはどういうことかという、普遍的な物語でした。そのようなストーリーがごく自然に表現されていて素晴らしいと思いました。

君子を演じた千葉早智子は、当時のPCLを牽引する主演女優と思いますが、モダンは雰囲気で、洗練された感じです。オフィスでの姿が、最初の場面だけだったのは残念ですが、キャリアウーマンがはまってます。そして、山村では完全に目立っています。今ほど交流が簡単でないので、差が大きかったものと思います。成瀬巳喜男監督の映画では、旅費の工面というのも、いろいろな映画で話題になるので、そう簡単ではなかったのでしょう。そんな時代でも、いつも変わらぬ人の心が上手く描かれていて、いい作品だと思いました。

2021.3.21 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「女優と詩人」 PCL創成期が偲ばれる夫婦のコメディ

成瀬巳喜男監督のPCL移籍後第2弾の作品。公開は、乙女ごころ三人姉妹と同月という事で、ほぼ最初の作品群という事かもしれません。1935年の映画で、作品番号は12となっていました。原作は中野実です。

あらすじ
童謡の詩を書くことを生業としている月風(宇留木浩)は、家計を売れっ子女優である妻の千絵子(千葉早智子)に頼っていました。歌が雑誌に掲載されても、礼として菓子折りが来るくらいで金にならなかったのです。そんな中で月風は家事をすべて引き受ける日々でした。千絵子に言いつけられて煙草を買くと、煙草屋の二階にすむ、友人で作家志望の能勢(藤原釜足)が家賃を滞納して、今にも追い出されそうになっていました。

隣の奥さんのお浜(戸田春子)は何かと話好きで、近所の情報にも興味津々なのですが、ある日、隣の空き家に若夫婦が引っ越して来ました。月風は隣家に誘われて酒の相手に行くと、お浜は保険勧誘員の夫(三遊亭金馬)に勧誘に行かせ、二つ返事で契約を取ってきます。お浜夫婦は月風を祝杯をあげ、酔った勢いで千絵子へ不満を一人でぶちまけますが、それは千絵子に聞かれていたのでした。

翌日、千絵子は夫を相手にして、劇の夫婦喧嘩のセリフの練習をしていると、訪ねてきた能勢が、喧嘩と誤解して止めに入ります。能勢は部屋を追い出されて、月風の家に居候を頼みに来たのでした。月風は千絵子に黙って承諾してしまい、それを知った千絵子と本当の夫婦喧嘩を始めてしまいます。しかし、今度は能勢は劇と思い込み、その様子を見物するのでした。その時、若夫婦が心中を計ったと知らせが入り、保険を契約してしまったお浜夫婦の間でも激しい夫婦喧嘩が始まります。そして、喧嘩を通してお互いをより理解した月風と千絵子は前にも増して仲良くなり、能勢の居候も許されたのでした。



女優と詩人

成瀬巳喜男監督の軽いコメディで、ちょっと箸休めという感じでした。劇の夫婦喧嘩の台詞の練習から、本物の夫婦喧嘩に発展しているあたりがとても面白く、ここは主演二人の演技が見どころ。同じような台詞を劇としての喧嘩と本物の喧嘩に演じ分けている形で、見ていて大変楽しい部分でした。テーマは、妻と夫の役割の面白さでしょうか。収入ほぼゼロの夫と、それを愛する高収入の妻という取り合わせ。今でいえば主夫ということですが、最後は妻が家事を分担しています。今だと、一部から批判の声が聞こえてきそうですが、大らかに可愛らしく表現されています。亭主関白を夢見る夫たちの生態も良く表現されていました。

藤原釜足戸田春子が、コメディを支える主役。藤原釜足は、PCL発足と同時に初の映画出演ということで、PCL創業を支えた役者さん。戸田春子は日活のベテラン女優ということですね。夫婦喧嘩を劇を見るように鑑賞する二人がコメディの絵になっていました。千葉早智子も、PCLの最初の作品の主演を演じ、数年間PCLの看板女優として、創業期を支えた女優さんです。彼女の活躍が、今の東宝に繋がっていると考えると、創業時の現場の姿など思い描いて見たくなるものでした。夫婦喧嘩の場面は素晴らしいと思います。

この作品では、行きかう電車の映像があちこちで挟まれていますが、既視感がありました。小津監督の「大人の絵本…」ですね。あれは池上線でしたが、これはどこなのでしょう。この電車の場面や、登場人物の様子など、松竹らしい雰囲気を感じました。成瀬巳喜男監督の肩の凝らない作品でしたが、当時のPCLの創世記の様子がいろいろ偲ばれて面白く見ることができました。その中でも、夫婦のいろいろな形がコミカルに描かれていて、コメディとしても大変楽しめました。

2021.3.20 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「上海特急」 マレーネの退廃的な雰囲気にどっぷり浸る

最近見ている日本の1930年代前半の映画。その同時代にアメリカではこういう映画がありました。スタンバーク=マレーネコンビの映画で、この作品は、ハリウッドでの全6作中の3作目になります。きっと面白いと、期待しての鑑賞しました。1932年の映画ジョセフ・フォン・スタンバーグ。オスカーでは撮影賞を受賞し、作品賞・監督賞にもノミネートされていました。
原題:Shanghai Express (1932)

あらすじ
内戦下の中国。ごった返す北京北平駅から、上海特急は出発します。一等車には、英国軍人のハーヴェイ(クライヴ・ブルック)、宣教師のカーマイケル(ローレンス・グラント)、浮名を流す上海リリー(マレーネ・ディートリヒ)、したたかな中国娘のフイ・フェイ(アンナ・メイ・ウォン)、地方の名士チャン(ワーナー・オーランド)などが乗り込んでいました。上海リリーはマデリンというハーヴェイのかつての恋人でした。しかし、マデリンがハーヴェイを試したのが裏目に出て別れ、以来上海リリーとして中国の夜を転々としていたのでした。デッキで再会した二人は、お互い愛が残っているのに気づきますが、いまや立場が違い高い壁が立ちはだかっていました。やがて列車は政府軍の検問に出会い、一人の反乱軍の青年が連れ去られます。この報せは反乱軍の間に広がり、奪回しようと動き出します。

その夜、反乱軍は列車を襲撃し、乗客たちを駅に降ろし、チャンは自分が反乱軍の長であることを暴露し、交換のための人質を探します。チャンはハーヴェイを、人質として確保、上海リリーに屋敷に来るように迫りますが、ハーヴェイはチャンに殴りかかり、思いとどまらせました。チャンは人質に手出しはせず、フイ・フェイを部屋に呼びつけます。列車に戻ってきたフイ・フェイは思いつめてナイフを取り出し、リリーに宥められました。翌朝、仲間は返されましたが、人質のハーヴェイが出て来ません。リリーが確かめに入ると、昨日の恨みから、チャンはハーヴェイの目を焼き鏝でつぶそうと考えていました。リリーはハーヴェイを助ける為、チャンの条件をのみ、列車から降りてチャンに従うことに決めます。そしてハーヴェイは解放されリリーを残して列車は出発の準備を整えます。

その頃、チャンの部屋にフイ・フェイが忍び込んでいました。彼女はチャンに忍び寄ると、不意をついて刺し殺し、ハーヴェイにそのことを伝えます。ハーヴェイはリリーを駅から連れ出し列車に乗せると、事情を知らないハーヴェイは、リリーがチャンの元に行こうとしたことを責め立てます。しかし、カーマイケルはリリーがハーヴェイの為に一晩中祈っていたことを知っており、事実は別にあることを聞き出していました。しかし、リリーはハーヴェイにそのことを話させませんでした。そして、列車は上海に到着。ハーヴェイは駅から立ち去りがたく、リリーがハーヴェイの為に時計を買うのを見て、リリーの本心に気づき、駅前でたたずむリリーに近づくと抱き寄せて、再びかつての恋人同士に戻ったのでした。



上海特急

マレーネ・ディートリヒを楽しむ映画でした。彼女がアップになる場面が多数。それも、光と影を巧みに使い、退廃的な美しさに仕上げていきます。マレーネ・ディートリヒに魂を奪われた男が作った映画。スタンバーグは一連の作品を撮って、彼女とのコンビが解消されてしまうと、魂が抜けてしまったようです。という視点で見てみて、なるほどと納得のできる映画でした。ストーリーも二転三転して面白いもの。そしてもう一人のアンナ・メイ・ウォンも、いい雰囲気を出していますし、二人の退廃的な雰囲気の競演が、この映画の一番の見どころだと思います。

改めて、この雰囲気が好きだったことに気づきます。というのは、マレーネ・ディートリヒを聞いていたというよりは、この雰囲気のマレーナを見ていると、高校時代から聞いていた、ロッテ・レーニャの、クルト・ワイルの歌の雰囲気を思い出します。ロッテ・レーニャとマレーナ・ディートリヒの競演の録音もあったと思います。近年でこの雰囲気を味わせてもらった映画として、ニーナ・ホス主演の「あの日のように抱きしめて」にいたく感動したことがありました。みんなドイツ系なんですけど、アメリカにおいても独特の雰囲気を放っています。なんか、どっぷり沈んでいきそうな感覚に襲われます。

さて、スタンバーク=マレーネのコンビのハリウッド映画は、6作あります。「モロッコ」は、そうは言っても、比較的普通だったのですが、他の4作はどうなんでしょう。やはり、この映画のような雰囲気で押しているのだとしたら、ちょっと見てみたいですねぇ。また楽しみが増えてしまいました。続けて見ると胸焼けしそうなので、ちょっと間を置いてみて見ましょう…。

2021.1.23 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「乙女ごころ三人姉妹」 初トーキーは浅草の情緒豊かな作品

成瀬巳喜男監督がPCLに移籍後撮影した最初の作品で、1935年の映画です。原作は、川端康成の「浅草の姉妹」となります。冒頭で、作品No10という文字がありますが、1933年のPCL発足後、これが10作品目という事でしょうか。

あらすじ
浅草の歓楽街で、門付きで生計をたてる三姉妹。元締で指導者は母親(林千歳)で、今では、次女のお染(堤真佐子)がまとめ役。そして、3人の養女にも三味線と歌を教え、街を流させていました。長女のおれん(細川ちか子)は、ある日男と姿を消してしまい、三女の千枝子(梅園竜子)は、劇場でダンサーとして活躍しているのでした。その頃、千枝子には青山(大川平八郎)という恋人ができて、デートを重ねていました。母親は、千枝子の帰りが最近遅いことを心配し、お染に相談。お染は何かあったら相談するように千枝子に伝えます。お染は養女の娘達にとても優しく、稼ぎが悪い娘達にお金を渡し、なにかと厳しい母親から庇ってやっているのでした。

そんなお染に、千枝子は青山を紹介し、お染はいい人だと受け入れます。千枝子はこの時、おれんを町で見かけたことを話します。その夜、母親とひと悶着あったお染は、千枝子に嘆きつつ、おれんについて話しました。おれんは浅草で有名な、美人の流しで、不良達との交流も増えていました。おれんは小杉(滝沢脩)という恋人がいましたが、おれんの働きで収入を得ていた不良たちは、おれんを失うのを恐れ、小杉を脅迫したため、おれんは小杉と浅草を飛び出して行ったのです。そんなおれんをお染は、松屋デパートの屋上で発見。おれんは、小杉が仕事をクビになり、無理をして肺を患い、二人は小杉の故郷で静養することに決めて、汽車賃を稼ぐために浅草へと戻ってきたのでした。お染は、明日出発するおれんを、千枝子と見送りに行くことを約束します。

その夜、おれんは不良たちから仕事を請け負いますが、それはある男を部屋へ連れてくるというものでした。おれんはその男が千枝子の恋人とも知らず、その男を部屋へと連れ込み、上野駅へと去っていきます。不良たちは青山を脅し始め、刃物を突きつけます。それをたまたま見ていたお染が、部屋に入って青山を助けますが、不良に刃物で刺されてしまいます。お染は痛みに耐えて平静を装い、青山を千枝子のもとへと行かせると、一人で上野駅へおれんを見送りに行きました。千枝子はお染の行先が上野駅だと察し、タクシーで急ぎますが、お染は、何事もなかったように、上野駅でおれんを見送ったあと、待合室で倒れるのでした。



乙女ごころ三人姉妹

川端康成原作ということで、タイトルでも表示されますが、どこまで原作と同じなのかはわかりませんでした。成瀬巳喜男監督の第一回PCL作品。初トーキーということで、そのトーキーを全面に生かすべく、趣向が凝らされているのではないでしょうか。浅草のダンスの舞台なども、かなり長い時間写されますし、前半は浅草の門付けの風情が、近隣住民の姿も併せて、ユーモラスに描かれていました。列車も姿を見せる出なく、音で表現されています。いろいろな小物で風情を表現していくスタイルも健在でした。

PCLに移って、登場する役者さんは一新されました。梅園竜子とか、声が甲高くて独特の話し方で、ちょっと慣れませんでした。PCLの役者さんはまだ見慣れていない人が多くて、そのうち慣れてくると思いますが、今回あまり特徴がつかめませんでした。ラストは悲劇として、とてもきれいな終わり方をしました。いろいろゴタゴタするよりも、汽笛の音と共にすっと終わるこの感じは、情緒があって素晴らしいと思いました。名場面だと思います。やはりトーキーならではでしょう。素晴らしいドラマでした。

映像で目を引くのは隅田川から見た、浅草松屋デパート。屋上の風景も映されますが、当時の超モダンな建物でしょう。見た事は無いのですが、最近この時の姿に外装が復元されたようです。1931年に建てられたということで、まだ出来立ての東京の新名所なのですね。裏町の門付けの練習や桶屋などの風情と合わせてモダンが混在する当時の浅草の世界を楽しむのも楽しい作品だったと思います。

2021.3.20 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「限りなき舗道」 静か乍ら強い印象を残す松竹蒲田での最終作

成瀬巳喜男監督の作品を見続けています。この作品は、1934年の映画で、松竹蒲田における最後の作品となりました。この後、成瀬監督は、PCL(東宝)に移籍し、以降はトーキーの時代となります。従って、成瀬監督の最後のサイレント映画でもあります。

あらすじ
銀座の裏通りで似顔絵を描く、画家の山村真吉(日守新一)。山村は、近くの喫茶店を、女給の袈裟子(香取千代子)目当てで利用していました。袈裟子と杉子(忍節子)は、同じ店で働き、ルームシェアしていました。そして、山村も同じアパートに住んでいました。ある日杉子は、恋人の原田(結城一朗)から、田舎で縁談話が持ち上がり、杉子の気持ちを確認したいという話を持ち出されます。次の日、杉子は慌てて道を渡っていて、車にはねられてしまい、車を運転していた山内弘(山内光)は、すぐに彼女を連れてタクシーに乗せて病院に急行しますが、タクシーの後部座席で杉子を介抱する弘の姿を原田が目撃してしまいます。原田は事情が判らないまま、翌日になっても帰らない杉子に、勝手に察してしまい、田舎での縁談を進める為に故郷に帰ってしまいました。

杉子は軽傷で、すぐに元気を取り戻し、事故で出会った弘は杉子に一目惚れして交際を申し込みます。上流社会の名家の御曹司である弘は、母(葛城文子)や姉(若葉信子)の反対を押し切り結婚。しかし、杉子がいざ家に入って見ると、格の違いを意識したいじめが始まります。一方、袈裟子は、杉子の家に弟(磯野秋雄)が住むようになるのと同時に部屋を出て、映画会社へ女優として入社。真吉も袈裟子の紹介で美術部へ転がりこみますが、袈裟子にはあまりいい役が回ってきませんでした。ある日、杉子と真吉が偶然に銀座の街角で再開。そんな二人を弘の姉が見ていました。その夜、姉はスキャンダルをにおわせ、母と共に杉子を非難します。追い詰められた弘も、杉子を避けるようになり、ついに杉子は家を出てしまいました。弘は憂さ晴らしにドライブに出かけ、無謀運転で崖から転落し重傷を負ってしまいました。

二度と弘に会わないと決めていた杉子ですが、山内家の家令(谷麗光)の願いで、意を決して入院先を訪ねます。杉子は、弘に、「愛だけではどうにもならなかった。あなたは弱かった」と宣告。母と姉には、「弘をこんな姿にしたのはあなたたちだ。お母さまが愛しているのは家名であり、私たちを少しも愛してくれなかった」と宣言。そばに来て欲しいと叫ぶ弘を振り切って廊下に出ると、まもなく急に容体が悪化して亡くなったと知らされます。銀座の裏通りでは、真吉が似顔絵描きに戻っていました。そこへ弁当を持ってやってくるのは袈裟子で、ふたりは結婚するつもりのようです。杉子も、かつての喫茶店へ戻り、道行く車を眺めていると、バスの乗客に原田の姿を見て顔を曇らせるのでした。



限りなき舗道

成瀬巳喜男監督の最後のサイレント映画にして、最後の松竹蒲田での作品でした。いろいろな演出効果は、「君と別れて」や「夜ごとの夢」ほど極端ではありませんが、効果的なズームアップなど健在です。穏やかに流れていくような感じがあって、現存する前の二作品と比べて、インパクトも少なめですが、かといって緩むことなく、最後まで見せてくれました。穏やかな感じは、主演の忍節子の雰囲気の影響もあると思います。良妻賢母という感じの、静かなタイプで、最後はかなり気の強い性格に豹変します。前の二作品が強い輝きを放って印象付ける作品とすれば、これは静かに染み入ってくる感じです。

ラストは、それでも衝撃的だと思いました。自動車事故をトリガーにして展開していくストーリーは、これまでの作品と共通するものがあると思いますが、この作品では2回も出てきます。そして、病床で杉子の名を呼び、必死で手を差し延べる弘を振り切り部屋を出ていく頑なな杉子。そして、すぐに弘の臨終が知らされます。杉子はまさかこのタイミングで弘に死が訪れると予測していたのでしょうか。この場面で、強い皮肉を感じ、強烈で空虚な印象を残します。最後は、階級差や因襲から解放され、新たな覚悟で生きていく杉子。階級やそのプライドに逆らえない人間の虚しさを見つめているのでしょうか。

この作品を最後に、成瀬巳喜男監督は、いろいろ思い通りにいかなかったという事もあったようで、松竹蒲田を去り、PCLに移籍することになりました。松竹蒲田時代の作品を何作か見て、だんだん松竹の俳優陣に慣れてきたところですが、ちょっと名残惜しい感じもします。次の作品からは、PCLのトーキー作品となります。さてどんな展開になるか楽しみです。

2021.3.18 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「夜ごとの夢」 栗島すみ子の美しさに惚れ惚れする作品

成瀬巳喜男監督の作品の鑑賞。昨日の「君と別れて」の、次の監督作品である「夜ごとの夢」を鑑賞しました。1933年の映画で、サイレント作品。キネ旬3位でした。「君と別れて」と同時にランクインです。

あらすじ
おみつ(栗島すみ子)は、船員たちがよく訪れるバーのホステスとして働いていました。彼女はここしばらく、息子の文坊(小島照子)を、隣に住む夫婦(新井淳吉川満子)に預けて家を空けていて、今日久しぶりに帰ってきたところです。隣の奥さんは、留守中に何度か男が訪ねてきたことを伝え、普通の仕事をしたらどうかと勧めるのでした。ある日、家から出てずっと帰ってこなかった夫の水原(斎藤達雄)が、突然戻ってきます。おみつは、今更戻ってきた夫を追い出そうとしますが、隣の夫婦がとりなします。しかし、水原が折れて出て行ったところで、おみつは夫との思い出を思い返し、連れ戻したのでした。

水原はなかなか仕事を見つけることができず、昼間は文坊と遊ぶ毎日でした。ある日、水原はおみつの働くバーを覗いたところ、かねてからモーションを掛けていた船長(坂本武)が、おみつをものにしようと口説いているのを見て、水原は思わずバーに入り、おみつを連れ帰ります。おみつは水原に仕事場に来ないでくれと文句をいいますが、水原は自分が必死で働いで、おみつに働かないでいいようにすると約束。翌日から仕事の内容も厭わず面接に回りました。しかし、就職はままならず、そんな時文坊が車に轢かれてしまいます。腕を元通りに直すには時間がかかると語る医者。おみつは意を決し、高い収入の仕事をしようと心を決めます。そんなおみつを見ていた水原は、知り合いに会って工面してくると家を飛び出しました。

水原は、知り合いなど居ず、事務所強盗をはたらき、少しばかりの金を奪いますが、警察に追われ負傷しておみつの元に辿り着きます。負傷している水原を見て察したおみつは、盗んできた金を受け取らず、自首を進めます。水原は納得して別れを告げて家を出ていきました。そして翌朝、おみつのもとに、港で水原が海に飛び込んで自殺したとの知らせが入りました。おみつは現場で遺書も見せられ、呆然として家に戻り、水原を意気地なしと詰りながら、文坊に頬を寄せるのでした。



夜ごとの夢

いや、まぁ、栗島すみ子が美しいですね。参りました。何かこう、薄幸そうな雰囲気で、でも気が強くて世の中を渡り歩いてという、威力的な役柄です。彼女は当時の超売れっ子女優で、悲劇のヒロイン役が定番だったとの事。試しに古いブロマイドなんか見てみると、化粧が濃くて作ったようなものが多いのですが、この映画で見る栗島すみ子は、どれも自然な感じで、いろいろな表情があって、時代を超えて気に入りました。一方、「君と別れて」で主役の吉川満子は、老け役が多かったとのことですが、この二人は年齢は1歳ちがいで、ほぼ同年代のようです。飯田蝶子も同じような役柄で再登場。さすがに5歳くらい上でした。

成瀬巳喜男のストーリーは、ここでも終盤で怒涛の展開を見せています。そして、「腰弁頑張れ」の時のように、交通事故が絡んで話が展開するパターンでした。今度は少々大人しくて、自動車事故のようでした。同じく、穴の開いた靴も出てきました。行き詰ってしまって、どうしようもなくなった男を演じるのが斎藤達雄。小津監督の映画でも見た事がありますが、変わった雰囲気の役者さんです。この作品も、いろんな物や表情をいろいろな角度から象徴的に写したり、さらには極度なズームアップで人物の感情の動きをクローズアップしたりと、「君と別れて」と共通していました。

ドラマチックという意味では、「君と別れて」の方が好きですが、女優の魅力という意味ではこちらの方が好きです。同じ年のキネ旬の3位と4位ということで、甲乙つけがたい作品だと思います。当時の松竹蒲田の作品。島津監督や小津監督とは違ったストーリーの動きの激しさがあり、テクニックも駆使した作品だと思いました。三本続けて見ていると、何となく雰囲気になじんできたような気がしています。さて、もっと続けていきましょう。

2021.3.17 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「君と別れて」 細やかな表現と怒涛の展開の芸妓物語

成瀬巳喜男監督の作品を続けて見ていきます。一応古いものから新しいものへの順番に。全部見るわけではありません。今回は、「君と別れて」。1933年の映画で、まだサイレントです。キネ旬4位でした。

あらすじ
芸者の菊江(吉川満子)は、中年に差し掛かる年頃でしたが、息子の義雄(磯野秋雄)と二人暮らしで、息子を無事卒業させるまではと仕事を続けていました。しかし、最近息子が菊江につらく当たるようになり、それが心配の種になっていました。菊江には親しくしている若い照菊(水久保澄子)という若い同僚がいて、いつも菊江の家を訪ね一緒に出勤していました。ある日、学校に行っていたと思っていた義雄が、しばらく登校をしていないことが判り、不良少年仲間に入っていることを知ると、菊江は照菊に、義雄が母親の職業を恥じて、変わってしまったと話し、義雄と仲良くしている照菊に頼み、義雄を立ち直らせるよう頼みました。

照菊は義雄に出会うと、用があって実家に行くということで、義雄を招待し、電車で海に近い照菊の家を訪れます。家では、父親(河村黎吉)は酒を飲んで遊んでばかりで、妹(藤田陽子)までも芸者に出そうと考えていました。照菊は断固として反対し、父親を批判。口論となります。その一部始終を聞いていた義雄は、自分の為に働いてくれている母のことを想うのでした。二人で海岸に出ると照菊は、義雄に私をどこかに連れてってと話しますが、できることではないと否定します。

家に帰ると、母の気持ちを思いやり、義雄は不良仲間を抜ける決心をします。そんな義雄を不良仲間が取り囲み、リンチを始めたところで、気づいた照菊が割って入り、照菊は刺されて傷を負ってしまいます。病院に担ぎ込まれた照菊は回復すると、妹を芸者にしないために、場所を変えてもっと稼げるところに行くと告白します。そして、出発の日。品川駅で旅立つ照菊を義雄は見送りに来ていました。照菊は義雄が好きだったことを伝え、いつまでも忘れないでと言い残し、列車の乗客となって去っていくのでした。



君と別れて

吉川満子水久保澄子の二人が活躍する映画でした。なかなか情緒があって、美しく展開していきます。冒頭から、かなり芸が細かい印象ですが、これは成瀬巳喜男監督の芸風でしょうか。財布の中にお金を入れたり、白髪を抜いたりと、細やかに情況を表現していく形でした。その後も、様子を見に来た同級生の服装とか、靴下の破れとか、いろいろ出現します。吉川満子は苦労人のおばさん芸者で、生活感が滲み出ています。一方で、水久保澄子は姉御よりもはるかに芸者らしさを漂わせていました。電車に乗って義雄と実家に行きますが、あまりにはまりすぎて、義雄への言葉はどこまで本心なのか、商売口上なのか掴みかねるような雰囲気さえ持っていました。この時代のアイドル的存在。どこか遠くへというのは、本人のその後の波乱の人生も思わせます。

さて、照菊が刺されて一命をとりとめ回復してほっとしたところで、ここから怒涛の急展開でした。義雄と照菊のガチなドラマになり、一方、菊江は旦那を失ってすっかり落ち込んでしまい、という形。品川駅での別れは厳しい現実を見せつけます。しかし、義雄も母の芸者稼業で食べさせてもらっている身。言わばあの父親と同じ身分という皮肉な立場になってしまいます。女に愛された男であるなら、照菊の前で、これで終わらずに、義雄のこれからの奮起の言葉が聞きたいところでしたが、どうなることやら…。やはり、終盤の刃傷沙汰と、ラブストーリーの急展開には、一筋縄ではいかない展開で、恐れ入りました。

その他面白かったのは、冒頭の飯田蝶子の演技がいい味を出しているのと、突貫小僧たちのヨーヨー、そして明治チョコレート。ラストは、品川駅で照菊の乗っていく列車の牽引機のED535。当時、東京国府津間を牽引していた機関車です。国府津から先は、この時期は東海道本線の御殿場経由の最晩年にあたり、蒸気機関車に付け替えられていたのでした。これは貴重な映像だと思いました。

2021.3.15 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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プロフィール

torrent13

Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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