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8月に「名画」を見た感想総括です

8月は、名画をたくさん見ようという事で、結果としては28本の「名画」を見てしまいました。今回は、見る映画の選定基準として、キネ旬ベストテンを中心に、アカデミー作品賞や三大映画祭グランプリ作品を中心に採用したわけですが、結果としてラインアップを見てみると、名画って…?ということに思い当たってくるわけです。まぁ、キネ旬ベストテンだけでも、93回分×20作品ということで、2000作品余りが対象になってくるわけですから、ちょっと知られた映画は結構対象になるので、あまり絞られた範囲内でということにはなりませんでした。

それと、こういう対象から選んでいるので、批評家さんたちの評価の高い作品が中心になり、例えば大きな興行収入を上げた人気の娯楽映画とかは、入りにくくなっています。もちろんB級カルト的なものは入りません。また、自分が見たことのある映画は省いているということなので、ごく一般的な名画リストとは相当異なったものになりました。

じゃあ、名画って?というと、映画を見るにもいろいろな視点がある訳ですから、その数だけ名画はあるもので、見る人の視点が違うことを考えれば、その数だけの名画があるという事なんでしょう。そして、評価は、見る環境やその時の気分によっても、大きく左右されます。敢えて言えば、長い時代を経て見続けられている映画は名画であるという事なのかもしれません。

その時代についてですが、こういったベストテンや受賞作品を主に選んだため、その選定時点の評価が大きく影響していると思います。その時代において、先進的であったり、衝撃的だったりする映画は、高い評価となっています。そして、時代と共に陳腐化して見る機会が減ったり、また隠れた名画が新たに発掘されて、リバイバルしていくようになります。これは、映画に限らず小説や音楽でも同じだと思います。そして、今回改めて28本をみて、感想をつけていくことによって、そういったことも含めて、多少認識の幅が広がったかな?と思いました。

今回見た28本のラインナップです。どれも素晴らしい映画でしたが、その中で赤字は今後も個人的に記憶に残りそうな3本です。気になってふと見返してみたくなるような作品ということで、高評価という意味とは、ちょっと違います。
それ以外に、
表現されている内容が素晴らしい(凄い)映画 → 
完成度が高いなあと思った映画 →  をつけてみました。

浅草の灯 (島津保次郎 1937) キネ旬10位
オール・ザ・キングスメン (ロバート・ロッセン 1949) アカデミー作品賞
真昼の暗黒 (今井正 1956) キネ旬1位
判決、ふたつの希望 (ジアド・ドゥエイリ 2017) キネ旬10位
儀式 (大島渚 1971) キネ旬1位
幸福 (しあわせ) (アニエス・ヴァルダ 1965) キネ旬3位
午後の遺言状 (新藤兼人 1995) キネ旬1位
シマロン (ウェズリー・ラッグルズ 1931) アカデミー作品賞
丹下左膳餘話 百萬両の壺 (山中貞雄 1935) 日本映画オールタイムベスト7位
それでも夜は明ける (スティーヴ・マックィーン 2013) アカデミー作品賞
フラガール (李相日 2006) キネ旬1位
スラムドッグ$ミリオネア (ダニー・ボイル 2008) アカデミー作品賞
何が彼女をさうさせたか (鈴木重吉 1930)キネ旬1位
戦場のピアニスト (ロマン・ポランスキー 2002) カンヌ映画祭パルムドール キネ旬1位
野良犬 (黒澤明 1949) キネ旬3位
薄氷の殺人 (刁亦男 2014) ベルリン国際映画祭金熊賞
赤ちょうちん (藤田敏八 1974) キネ旬9位
冬冬の夏休み (侯孝賢 1984) キネ旬4位
安城家の舞踏会 (吉村公三郎 1947) キネ旬1位
ドゥ・ザ・ライト・シング (スパイク・リー 1989) キネ旬5位
現代人 (渋谷実 1952) キネ旬4位
ディア・ハンター (マイケル・チミノ 1978) アカデミー作品賞 キネ旬3位
悪人 (李相日 2010) キネ旬1位
別離 (アスガル・ファルハディ 2011) ベルリン国際映画祭金熊賞 アカデミー賞外国語映画賞 キネ旬2位
人間蒸発 (今村昌平 1967) キネ旬2位
ザ・スクエア 思いやりの聖域 (リューベン・オストルンド 2017) カンヌ映画祭パルムドール
不良少年 (羽仁進 1961) キネ旬1位
地上より永遠に (フレッド・ジンネマン 1953) アカデミー作品賞

テーマを決めて固めて見ていくと、いろいろ発見があるので、またやってみたいと思いました。
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テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「地上より永遠に」 ストーリーよし演技よしの贅沢な映画

名画を見る8月その28。一か月間、キネ旬のベストテンのリストとか、映画祭の受賞リストなんかを見ながら、見続けてきましたが、さすがに疲れました。今回をラストにして普通のペースに戻りたいと思いますが、実感としてはまだまだ膨大な量の名画があるという事と、いろんなタイプの映画があるという事でした。最後のこの作品は「ここよりとわに」と読むのが正解の様です。1953年の映画で、アカデミー作品賞を含む8部門受賞。フレッド・ジンネマン監督の作品です。

あらすじ
第二次大戦前夜の1941年、ホノルルにプルーイット二等兵(モンゴメリー・クリフト)が転属してきました。曲がったことの嫌いな彼は上官と衝突し、追い出されてきたのでした。中隊長のホルムズ大尉(フィリップ・オーバー)は、中隊のボクシングチームを大会で優勝させることに夢中で、プルーが以前、隊のチャンピオンであったことを知り、昇進を条件にチーム入りを要求しますが、プルーはかつて戦友を失明させて以来、二度とボクシングはしないと誓っていました。実務上中隊を取り仕切っているウォーデン軍曹(バート・ランカスター)は、プルーに従うように忠告しますが、プルーは聞き入れません。一方、ウォーデンは大尉の妻で夫婦関係が冷え切り、男付き合いも派手という噂のある、カレン(デボラ・カー)に一目惚れし、デートを重ねるようになっていきます。

大尉は、プルーに絶対ボクシングをやらせようと圧力を強め、虐待行為や懲罰行為を繰り返していきます。そんな中で、プルーは古くからの戦友のマギオ(フランク・シナトラ)と、クラブに出かけると、プルーはそこでアルマ(ドナ・リード)という女性と恋に落ちますが、その日マギオは、営倉の看守長のジャドソン(アーネスト・ボーグナイン)と諍いを起こし、因縁の間柄になりました。プルーは、やがてアルマに結婚を申し込みますが、アルマは、本土に戻って真っ当な人と結婚したいと、兵士との結婚を断ります。一方、ウォーデン軍曹もカレンとの将来を語り合い、カレンから将校へ昇進して本土に帰ることを条件に出されますが、ウォーデンは自分には軍曹の役割が最も合っていると信じており、悩み始めます。

プルーに対する虐待行為は激しくなり、司令部も気づき始めます。ある日、マギオが無断外出してMPに逮捕され、営倉入りとなると、マギオはジャドソンに徹底的に虐待され、脱走してプルーの許に逃げますが、虐待に途中の事故も加わり、プルーの腕の中で絶命しました。プルーは復讐を誓い、街角でジャドソンを殺害、アルマの家に潜伏します。ウォーデンはプルーを疑いながらも彼を信じ、欠勤を黙認していました。そして、大尉もプルーへの虐待事件が明るみに出て辞職させられます。12月7日の朝、日本軍の真珠湾攻撃で部隊は混乱。アルマの家で攻撃を知ったプルーは、アルマの制止を振り切って帰隊しようと出ていきますが、途中で警備兵に不審者として見とがめられ、射殺されてしまいました。数日後、本土へ向かう船の上でカレンとアルマが並んで海を見つめていました。アルマは、婚約者が真珠湾攻撃の日に出撃中戦死し、勲章を贈られたと語るのでした。



地上より永遠に

いろいろなタイプの映画を見てきて、往年のハリウッド映画に戻ってくると、何か居心地のいいところに戻ってきた感じがしました。二つの恋が同時進行するお話で、軍隊の日常の話プラスメロドラマとなっています。構成が凄くしっかりしていて、うまく物語に乗せられてしまいました。さすがジンネマン監督の構築感はしっかりしています。二つの恋は波乱の恋で、不倫の恋と、クラブでの恋。美しくもあり、利害も絡み儚くもありで、魅せられました。デボラ・カーが妖艶で素晴らしいと思いました。波打ち際のバート・ランカスターとのラブシーンは有名なシーンですね。いいラブシーンを堪能させていただきました。

一方で、軍隊内部の出来事が、メインストーリーとして描かれています。プルーも軍曹も、曲がったことの嫌いな、信念を持つ譲らない男たちです。とはいっても、軍曹は要領が相当いいと思います。そこで起こるマギオと看守長の諍いで、刃傷沙汰に発展。悪役のアーネスト・ボーグナインを久しぶりに見ましたが、やはりいい俳優ですねぇ。このあたりの雰囲気は板についていて自然です。主役の二人とも、女性からの要求に悩みます。軍隊での役目を譲れない二人。軍曹は、デボラ・カーに「あなたは、軍隊と結婚したんだわ」と言われ、プルーは、ドナ・リードに、お互いを必要としながらも、「本土に帰ったらゴルフを始めて、真っ当な人と結婚する」と言われてしまいます。厳しいですね。このあたりリアルです。

そういったお話が、導入からラストまで、実にしっかりと組み合わさっていると思いました。深刻な問題提起もなく、新しい手法がある訳でもないので、キネ旬ベストテンなんかだと見当たらないのですが、王道を行っているような映画で、雰囲気に浸ることができました。モンゴメリー・クリフトバート・ランカスターのダブル主役の二人の演技も素晴らしいものでした。きっちりしたストーリーを見せて、衝撃的なラブシーンを見せて、二人の信念の男と、二人の美しい女優を見せる。そして、モンゴメリー・クリフトの葬送のラッパでしっかり泣かせていく。これ以上の贅沢があるでしょうかという感じでした。やはり、いい映画です。

2020.8.30 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「不良少年(1961)」 ドキュメンタリー風ドラマで衝撃を残す

名画を見る8月その27。キネ旬ベストテン第1位の作品ですが、さらに黒澤明監督の用心棒他、錚々たる作品を抑えての1位でした。1961年の映画で、監督は羽仁進です。

あらすじ
銀座の宝石店に押し入り、強盗事件を起こした浅井は逮捕され、主犯格とみなされて少年院に送られます。浅井は幼い頃親を亡くし、小さな頃から盛り場で金を稼ぎながら生きてきた少年。浅草を中心に周辺の町で、グループを組んでカツアゲなどをやっていました。少年院に入れられ、配属されたクリーニング課では、空手のできる少年が仕切っていて、人の下につくことが苦手な浅井は、クリーニング課の雰囲気になじめず、リンチを受けてしまいます。復讐を誓う浅井は、ボスグループをはめて乱闘騒ぎを起こし、見かねた管理者たちは、浅井を転属させることにしました。

木工課に移された浅井は、クリーニング課のイメージを引きずり、斜に構えていましたが、教官やリーダーたちの人間的な態度に接するうちに、徐々に考え方を変えていきます。そして、仲間との会話も、カツアゲした被害者に申し訳ないという言葉が出てくるようになり、院内でも打ち解け、運動会にも参加して、普通に楽しむようになりました。そして、ついに退院の日。浅井は身辺のものと、働いた賃金を渡され光差す門から、外に向かって歩いていくのでした。



不良少年 (1961)

この映画は、ドキュメンタリー的に撮影したドラマという形をとっています。内容も展開もドキュメンタリー的ですが、それは演技によるものでした。演じるのは、一般の人々。プロの俳優ではありません。先日鑑賞した「人間蒸発」は、フェイクドキュメンタリーですが、これはよりドキュメンタリーに近いドラマで、あの映画形式の元祖といった形でしょうか。プロの俳優の劇映画と違って、よりリアルな形で仕上がっており、当時としては、その少年院の内情のドキュメンタリーという、インパクトのある題材と相まって、強い印象を残したものと思います。

いかし、今見てみると、衝撃としても手法としても、上をいく作品が数多く出現してしまっているので、あまりインパクトを感じないのも事実です。これは、ドキュメンタリー的なものの宿命とも思いますし、ストーリーがあまりにも現実に寄り過ぎているので、ドラマ映画としては平凡の域をでないという格好になってしまいました。羽仁進はもともとドキュメンタリー作家で、この作品以降しばらくフィクションを取りましたが、再びドキュメンタリーに戻って行ったようです。そういう作品だけに、当時の風俗や雰囲気を知るという意味では、興味深い作品でもあります。

主役の浅井少年を演じる俳優は、プロではないものの、それを逆手にとったようなリアルで素晴らしい演技をしていると思いました。当時の少年院の様子は、規律訓練は軍隊調でもあり、運動はうさぎ跳びや耕運機など、いまはあまり見ない物ばかり。ちょっと懐かしい雰囲気でもあります。1961年にこの映画が衝撃的に迎えられ、確実に次に続く映画にも影響を与えていると思います。今は歴史的価値に重きを置いた鑑賞になってしまいますが、日本の映画の歴史の中では、きっと大きな役割を果たしたのではないかと思いました。

2020.8.29 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「ザ・スクエア 思いやりの聖域」 生活のリスクと思いやり

名画を見る8月その26。名画と言うと、重い映画が多くて、見ると疲れるものが多い上に、いろいろな評価が定まっている映画も多くて、コメントを書くのも気を遣うので、これだけ見続けると疲れてきました。今回は、カンヌ映画祭のパルムドール作品で、「ザ・スクエア 思いやりの聖域」 です。リューベン・オストルンド監督の作品で、2017年の映画です。

あらすじ
美術館でチーフキュレーターを勤めるクリスティアン(クレス・バング)は、女性ジャーナリストのアン(エリザベス・モス)からインタビューを受けたあと、街角でトラブルを装ったスリに会い、財布とスマートフォンを盗まれてしまいます。その日の夜、スマホのGPS機能で、貧困層の多く住む集合住宅にあると特定し、部下とそのアパートに行くと、全室のポストに、コンビニまで返却するよう脅迫の手紙を入れて回りました。その頃美術館では、新たな展示「ザ・スクエア」の準備が進んでおり、このアートを通じて貧富の格差など現代社会に一石を投じる狙いでした。広告代理店は「ザ・スクエア」の宣伝について、YouTubeを活用する方針を打ち出します。そして数日後、クリスティアンの財布とスマホは戻ってきましたが、それとは別の住人から、泥棒扱いされたことに対する報復の手紙がコンビニに届きました。

クリスティアンは部下をコンビニへ向かわせると、一人の少年が「僕と家族に謝れ!」と執拗に迫ってきました。一方、クリスティアンは、数日前にベッドを共にしたアンに、二人の関係性を巡って執拗に問いただされます。そんな混乱の中でクリスティアンは、チェックをスルーしてしまい、宣伝動画がYouTubeにアップされると、その少女が爆殺される映像が、激しい非難にさらされます。その騒動の最中、美術館主催のレセプションで、猿に扮したパフォーマーのオレグ(テリー・ノタリー)が突如暴走を始め、会場は混乱に陥り、クリスティアンが自宅に戻ると、泥棒と間違えられたと主張する少年が、クリスティアンに執拗に謝罪を要求してきました。一旦は少年を追い返したクリスティアンですが、思い直して少年への謝罪を動画に残します。そして、広告動画の責任を取って辞任会見を行ったクリスティアンは、社会責任と表現の自由の狭間で厳しい追及を受けてしまいます。数日後、少年にしっかり謝ろうと決意したクリスティアンは、彼のアパートを訪ねましたが、少年の家族は既に引っ越した後だったのでした。



ザ・スクエア 思いやりの聖域

ストーリーは単純ですが、約150分の時間をかけて、いろいろなエピソードが積み重ねられます。それは最初から、少しずれたような感じがするもので、敢えてストレスを感じさせる映像と言ったところでしょうか。赤ちゃんが会議中に背後にいたりとか、大きな音が聞こえたりとか、物を落としたり壊してしまったり。うまくいかない感じや、神経を逆なでするような事象が付いて回りました。それはまぁ、日常の「あるある」みたいなもので、仕方ないものも多い感じでした。特段の悪意がないものが多く、風刺コメディとして、ニヤニヤ笑いながら鑑賞です。アパートに脅迫状を入れて回るのが最大の悪手で、あとはまぁ、もう少しリスク管理が必要です。

さすがだなと思ったのは、トゥレット障害の人がトークショウの会場にいる場面。笑いのネタは、その場で困った雰囲気になってしまったパネラーの姿なのですが、トゥレット障害の人自体は純粋に現代美術に興味を持ってきている訳で、ややもすると、同行者が忖度して会場から連れ出すという行動にでる可能性もあると思いますが、病気を理解し、厳然とそこにいるということは立派だと思いました。社会ではいろんな場面に遭遇するので、考え方次第で対応も変わると思いますから、そのような思考を鍛えることができたのも良かったと思います。猿人の場面は仕方が無いですね。深夜の電車で酔っぱらいが大騒ぎしているのに遭遇したみたいな雰囲気で、とりあえず寝たふりから入りますか…。テリー・ノタリーのパフォーマンスは良かったです。

クリスティアンの言い訳はちょっと度が過ぎるところがありました。少年に電話がつながらず、お詫びの動画を記録している時、話がどんどん言い訳に寄っていきます。本人は後で再生してみたのでしょうか?最後は引越ししていなかったのですが、他の住民は気にしてなかったようですし、まぁ時が経つうちに忘れて行って、時々思い出して自分の汚点として反省するのではないでしょうか。また職探しから始めましょう。この映画、積み重ねられるエピソードが面白くて、次から次へと出てくるので、さほど長さを感じさせず楽しめました。内容は、日常生活で時折反省していることなので、スウェーデンの移民や貧困の問題はそれとは別にあるのですが、笑いの部分は、まぁ人間の社会はそんなものでしょうから、失敗しないよう気を付けましょう…。

2020.8.27 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「人間蒸発」 アバンギャルドを解りやすく構築

名画を見る8月その25。今回は、1967年の映画で、今村昌平監督の「人間蒸発」を見ました。この映画に関しては、ほぼ予備知識は無いのですが、キネ旬ベストテンで第2位になっています。

あらすじ
プラスチック商社の営業マンだった大島は、福島方面へ出張した時、そのまま失踪してしまいました。婚約者の早川佳江は捜索願を出しますが、その後2年経っても消息がつかめません。ドキュメンタリー映画を企画していた監督の今村は、この事件を知り、佳江に映画出演を依頼し、ナビゲーターとして俳優の露口(露口茂)を共に行動させ、関係者へのインタビューを始めます。大島は直江津出身で、中学を卒業後上京し、商社で営業を始めました。社長夫妻は気の小さいおとなしい男という評価でしたが、4年前に会社の金を使い込んだ過去があり、これは完済していますが、失踪に関係しているのではないかと証言しました。

大島の母親は霊媒師に騒がない方がいいと言われていて、内心は迷惑がっていました。同僚や友人の話から、酒好きで女関係も派手であったという人物像が浮かび上がり、佳江の前の彼女であるキミ子に、二股をかけられて最終的に振られていたことが判ります。次に撮影班は大島の最後の足取りをたどるため福島へ向かいますが、新たな収穫は得られません。調査を続けるうちに、佳江の姉のサヨが、ある社長の愛人であり、佳江は幼いころから、だらしないサヨが嫌いで、サヨが芸者をしたり、愛人になったりしたことが不潔だと言い切ります。そして、姉の大島に対する接し方も馴れ馴れしく、不快に思っていたのでした。そして、佳江は、大島はすでに過去の人で、今は露口を好きな気持ちでいっぱいだと打ち明けました。

二人は浅草橋のサヨの自宅近辺で聞き込みを進めていくと、近所の魚屋から、佳江がいない時間に、大島とサヨが2人で歩いているのを数回目撃したという証言が得られます。佳江と露口はサヨにこの事実をぶつけますが、サヨは一貫して全く身に覚えがないと言い張ります。今村監督は、事実は誰にもわからないのだと答え、突如サヨの部屋だと思われた室内が、スタッフによって解体され始めました。実は撮影所のセットの中だったのでした。後日今村監督は、これは蒸発者に関するドラマであり、フィクションであると宣言。しかし佳江は「本当のことを知りたい」と関係者をサヨの家の周辺に集め、目撃者とサヨのどちらが正しいのか議論を始めます。大島の蒸発にはすでに興味は無く、何が真実かは判らないまま撮影は終了するのでした。



人間蒸発

物語は、フェイクドキュメンタリー形式で進んでいきます。そして、終盤になってセットを解体し、フィクションであると宣言する形になりました。フェイクドキュメンタリー形式を利用したのではなく、フェイクドキュメンタリーそのものがテーマだったという事になります。最終的にはメタフィクションの構造となって、すべて真実は虚構であるといった形になっていきます。この時期、こういった形の作品は少なくないと思いますが、この映画にはいろいろな手法が取り込まれていると同時に、今村昌平監督自身が、作中で趣旨を語るという丁寧な作りになっているので、不条理な感じで終わりがちな、このタイプの作品の中にあって、親切でもあり、またいろいろな手法は取り込まれている、見本のような感じにもなっていました。

まずは、フェイクドキュメンタリー自体をテーマにすることによって、ドキュメンタリーの真実性に疑問を呈していきます。最後にセットや撮影隊を登場させたりするのは、「仮面/ペルソナ(1966)」や、「オーケストラ・リハーサル(1979)」。後者は、セットも壊してしまいます。メタ映画構造では、「ヨーロッパ横断特急(1966)」とか面白いし、劇中劇の主人公が登場しないのは、「桐島、部活やめるってよ(2012)」とか…。限られた経験の範囲内でも、いろいろと同様の手法の作品を思い出しました。そんないろいろな手法を、監督の語りを入れて、わかり易く盛りだくさんに使って、うまく構成していると思いました。いろいろと体験出来て、見ていて興味深い映画です。

フェイクドキュメンタリー自体のメインのストーリー展開は、いろいろと証言を積み重ねていくうちに、人間のエゴや、隠された事実が明るみに出ていくというもの。そのあたりは、期せずしてこの映画を見る前に見ていた、ファルハディ監督の映画と同じ感じになっています。佳江が露口茂に傾いて行くのはどうかと思いますが、サヨと大島の関係が暴かれていくあたりは、なかなかスリルがありました。

ところで、話は変わりますが、「おととやさん」という言葉を自然に使っているのを始めて聞きました。この言葉は、最近居酒屋の名前で時々目にして、知ってはいるのですが、今でも一般に使われている言葉なのかな?とちょっと興味が湧きました。私の育った環境では、一度も現れなかった言葉なのでした。

2020.8.26 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「別離(2011)」 秘密が暴かれていく負の連鎖を精緻に描く

名画を見る8月その24。アスガル・ファルハディ監督の「別離」は、2011年の映画で、ベルリン国際映画祭で金熊賞と男優賞、女優賞を獲得。アカデミー賞でも外国語映画賞を獲得しました。その他受賞した賞は数知れず。キネ旬ベストテンは第2位でした。
英題:Nader and Simin, A Separation (2011)

あらすじ
移民として出国したいシミン(レイラ・ハタミ)と、アルツハイマーの父の介護で、シミンに同行できないナデル(ペイマン・モアディ)は、離婚調停中でしたが、娘のテルメー(サリナ・ファルハディ)の帰属で折り合わず、シミンは実家に移り、別居することにしました。ナデルは妻の不在の為、父の世話のために、シミンの知人の義妹であるラジエー(サレー・バヤト)を雇いますが、彼女は短気な夫のホッジャト (シャハブ・ホセイニ)に黙って働いていました。ある日、所要のできたラジエーは、ナデルの父をベッドに縛りつけ、閉じ込めて出かけると、ベッドから落ちた父は、帰宅したナデルとテルメーに意識不明で発見され、激昂したナデルは、帰ってきたラジエーをアパートの玄関から押し出し、ラジエーは階段に倒れ、そのまま流産してしまいます。

ラジエーとホッジャトはナデルを告訴し、裁判が始まりました。争点は、ナデルがラジエーの妊娠を知っていたかどうかとなり、ナデルは知らなかったと証言し、かつ、ドアから押し出しても、位置関係から階段に倒れ込むことはなく、流産の直接原因にはならないと主張。逆に、父をベッドに縛り付けて放置した罪でラジエーを告訴します。対立が深まり、ホッジャトはナデルの娘テルメーの学校に押し掛けるなど、行動がエスカレートして行きました。一方、テルメーはナデルの行動から、彼がラジエーの妊娠を知らなかったという証言は嘘だと見抜いていました。テルメーはナデルに問いただし、ナデルは嘘を認めます。しかし、判事に証言を求められたテルメーは、父親をかばうために嘘の証言をしてしまいます。

追いつめらていくテルメーを心配したシミンは、ナデルの反対を押し切り、ホッジャトとラジエーに示談を提案。シミンが示談を進める中で、ラジエーはシミンに、事件の前日にナデルの父が町中に出てしまい、彼をかばうために車にはねられ、その夜から腹痛がしていたと密かに告白しました。夫ホッジャトに話せば殺される、しかし真実を隠して慰謝料をもらうことは、幼い娘に災いをもたらすと、ラジエーは苦渋に満ちた表情で話します。示談手続きの日、シミン、ナデル、そしてテルメーはホッジャトとラジエーの家に行き、手続の最後にナデルは、ナデルのせいで流産したとコーランに誓うようにラジエーに求め、ラジエーは怯えて逃げ出しました。それを追ったホッジャトに真実を語り、ホッジャトはショックを受け錯乱します。

ナデルとシミンの離婚手続きも進み、判事はテルメーに父と母とどちらに付くか回答を求めます。両親の前では話せないとして、ナデルとシミンは席を外し、二人は廊下で離ればなれに待ち続けるのでした。



別離(2011)

ファルハディ監督の作品。「誰もがそれを知っている」や「セールスマン」は見たので、順番を逆に見ている様な感じです。内容的には同様の傾向で、倫理的にマズイことに関する、嘘とか隠し事が徐々に明らかになっていく展開。嘘をついてもすぐばれたり、嘘が嘘を呼んで、負のスパイラルに入ったりします。そういった、人の倫理観をついてくる場面が多くて、見終わった後は、しばらくため息をつくばかりという感じになりました。この映画もそんな題材が、緊張感のある表現の中に盛り込まれ、きっちりと見せてくれます。うまく作り過ぎではないかと思うくらいの、無駄のない精緻な構築感を感じました。

静かな心理的なスリルが展開するこの作品で、いろいろな場面でポイントになっていくのは、ファルハディ監督の娘のサリナが演じるテルメーでした。彼女は親の嘘はお見通しで、子はかすがいと言われつつ、両親は重要な場面での選択を彼女に委ねています。内容を話さずテルメーの意思に任せて判事の前に出したり、両親のどちらが正しいかと、選択をさせたり、最後は父母のどちらに付くかの決定を委ねられて幕を閉じました。テルメー決めてますと言いつつも、これは選べないですね。選んでしまうと映画も崩壊してしまいます。きっと何かいい解決策を持っているのでしょう。11歳の娘に自分たちの責任や判断をすべて押し付けてしまったような、何とも言えないラストでした。

話は、秘密が明らかになることによって展開していきますが、皆けっこう秘密を話してしまうのですね。最初の頃は何で言うの?というセリフもあったのですが、結局話しやすい人に告白すると、それを利用されてしまいという格好です。すべて明らかになることが、結論に近づくので良いのですが、ああ、言っちゃうんだ…という場面にも遭遇します。結局秘密は隠しとおせないという宿命にあるという事ですかね。ファルハディ監督の作品は、やはり見始めるととても面白いので、ここまで来たら、他の作品も見てみたいと思いました。

2020.8.24 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「悪人」 人間の中のいろいろな悪と、大切な人を想う心

名画を見る8月その23。2010年の映画で、キネ旬ベストテン第1位の「悪人」です。時折、映画化もされる吉田修一の小説の映画化で、監督は李相日でした。モントリオール世界映画祭で深津絵里が女優賞を受賞しました。

あらすじ
保険外交員の石橋佳乃(満島ひかり)は、実家から訪ねてきた父(柄本明)と別れると、出会い系で会って以来数回付き合っている解体作業員の祐一(妻夫木聡)との待ち合わせ場所に向かいますが、一度町で出会って以来、佳乃にとっては本命の大学生、増尾(岡田将生)が、その近くにたまたま居合わせたことから、増尾の車に乗ってしまいます。傷つけられたと感じた祐一は、二人の車を追いました。

祐一は、祖父母に育てられ、昼間は解体作業員として働きながら、入院がちの祖父の世話も引き受けていました。翌日、三瀬峠の崖下から佳乃の死体が見つかり、増尾に容疑がかかりますが、増尾は姿を消してしまいました。その頃、祐一の元に、以前出会い系でメールをやり取りした馬込光代(深津絵里)から一通のメールが届きました。光代は祐一と会い、すぐにホテルに誘われ、金を渡そうとする祐一にショックを受け、光代は本気の出会いを求めていたと帰ってしまいます。そして別の日、光代の職場に祐一が訪ねてきて、自分も本気の出会いを求めていたと謝罪するのでした。その頃、増尾が見つかり、取調べた結果、佳乃を殺した犯人は、別にいることが判ります。増尾は佳乃と車内でもめて、佳乃を三瀬峠で車から蹴り出したのでした。

光代を自宅に送った祐一は、帰る途中に祖母からの電話で自宅に警察が来ていることが判り、引き返して光代を車に乗せ、当てもなく走り出します。翌日になって、祐一は、あの日増尾の車の後をつけて、峠で蹴りだされた佳乃を助けようとしたところ、監禁レイプで警察に訴えると騒がれ、絞殺したことを打ち明けました。祐一に出会って初めて女としての幸せを手に入れられると思っていた光代は、自首しようとする祐一を引き止め、とある灯台にたどり着くと小屋で過ごし始めます。一方佳乃の父は増尾を訪ね、釈放されて以降、被害者を嘲笑し続ける増尾に、殴りかかろうとして思いとどまります。

祐一は、光代との逃亡生活の中で、光代に出会って自分が大変なことをしたことが判ったと告白。しかし、二人が逃亡生活の限界を感じたある日、光代が街まで買い出しに出かけた時、警官に見つかってしまい、逃走したものの警察に追尾され、警官隊が灯台までやってきます。祐一は、自分のわがままで自首を阻止したことを泣きながら謝る光代を抱きしめると、彼女の首に両手をかけ、その時に警察が踏み込み祐一は連行されていったのでした。



悪人

面白いサスペンス映画でした。ストーリーはむしろ単純なくらいですが、それぞれの登場人物の描写が素晴らしいサスペンスになっています。展開もいろいろ面白く、まず灯台に逃亡したことが、祐一と光代が愛の逃避行を行っても、生活感の無さから、いずれ終わりを迎えることが感じられます。この展開を終わらせるには、ケイト・ウィンスレットの「とらわれて夏」みたいな仕掛けかなぁと思ってましたが、概ねそんな感じ。ストーリーはきっちりまとまっていて安心して見られますが、この映画が面白いのは、そのストーリーの上に、たくさんのエピソードが積み上げられているところでした。それを悪人と言うタイトルと合わせることによって、人間の行動の、少し暗い面を次々と描き出していき、それは枚挙に暇がありません。

悪人といっても、描かれている内容は様々で、本来悪いやつもいれば、偶然や状況から悪を行ってしまうものもいました。法律が定める悪や、世間が考える悪、人道的な悪などいろいろな形態も示唆されています。誰が悪人かと言えば、健康食品の販売グループとかそうでしょうし、増尾もいずれそのようなことを平気でやりそうな雰囲気を持っています。祐一も、人の命を奪ったということ自体が最大の悪ですし、その当時は何も呵責を感じていなかったのなら、なおさらでしょう。そして、執拗な取材を続けるマスコミの人たちは、悪を作り上げたり増幅したりしているともいえます。一方で、それを打ち消していく善や理性の存在も描かれています。そして、善と悪は同じ人の中にも同居していて、簡単に割り切れる物でもありませんでした。

俳優陣の演技は、一つ一つが素晴らしいと思いました。柄本明樹木希林は円熟の感動的な演技で、主役の妻夫木聡深津絵里の熱演も素晴らしいと思います。モロ師岡とか、でんでんとか、さりげなく目立っているところがうまいのですが、そこまできっちり作りこまれているという事でしょうか。満島ひかり岡田将生が、展開の中では問題のある役で、憎まれるタイプの役ともいえますが、しっかり雰囲気を出していて、物語を面白くしています。満島ひかり柄本明の親子関係もとてもリアルでした。悪人という題名で、クライムサスペンス的なテーマではありますが、結局すべての役者さんの生き生きとした演技を見ながら、「みんな大切な人」と思えてくる映画かもしれません。

2020.8.23 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「ディア・ハンター」 戦場での体験を経て変わっていく心

名画を見る8月その22。何をいまさら見てるの?と言われそうな映画の鑑賞です。アカデミー作品賞、監督賞、助演男優賞、音響賞、編集賞の5部門受賞。キネ旬ベストテンでは第3位でした。マイケル・チミノ監督の作品で、1978年の映画です。

あらすじ
ピッツバーグ郊外のクレアトンにある、製鉄所で働く6人、マイケル(ロバート・デ・ニーロ)、ニック(クリストファー・ウォーケン)、スティーヴン(ジョン・サヴェージ)、スタン(ジョン・カザール)、アクセル(チャック・アスペグレン)、ジョン(ジョージ・ズンザ)の仲間たち。ある日の終業を迎え、その後マイケル、ニック、スティーヴンの3人は、ベトナム戦争に出征することになっていました。その夜出征を前にスティーヴンは結婚式を挙げ、そのまま披露宴兼壮行会が華々しく開催されます。ニックはその日リンダ(メリル・ストリープ)にプロポーズし、帰還後の結婚を、彼女は喜んで承諾しました。その翌日彼らは揃っていつものように鹿狩りに向かい、マイケルは一頭の鹿を仕留めました。

戦地に向かった3人は、激戦の末捕虜となり、収容小屋に閉じ込められます。そこでは、監視兵にロシアンルーレットを強要され、恐怖でスティーヴンは錯乱してしまいます。マイケルは計略を練ると、監視兵に拳銃に弾を3発挿入させ、隙をついてマイケルは監視兵を一掃。3人は脱出しました。途中ヘリコプターに発見されましたが、ニックは救出されたものの、マイケルとスティーヴンは落下してしまい、マイケルは、けがをしたスティーヴンを通りかかった自軍のジープに託すと、徒歩で町に向かいました。ニックは病院で療養し、町に出てロシアンルーレット賭博の現場に遭遇。そこにはマイケルもいましたが、ニックは彼に気づかず、ブローカーからプレーヤーになると大金を稼げると言われ、呼び止めようとするマイケルの声も届かず、男と闇の中へ消えていきました。

マイケルは復員し、仲間たちに迎えられますが、以前とは雰囲気が変わっていました。久しぶりに鹿狩りに出かけても、故意に外してしまいます。そして、リンダと再会したマイケルは、いつしか夜を共に過ごすようになっていきました。ある日、マイケルは、スティーブンが両脚を失って陸軍病院に入院していることを知り、見舞ったところ、サイゴンから謎の送金があったことを聞かされます。マイケルは、ニックの存在を確信し、陥落前夜のサイゴンへ。ロシアンルーレット賭博の現場に踏み込み、自我を失ったニックを発見。マイケルはプレイヤーとして登場するニックと対峙し、過去の記憶を呼び起こそうとしますが、ニックの心が少し動きかけた時、ニックの拳銃が頭部を打ち抜き、マイケルに抱えられて絶命しました。クレアトンではかつての仲間が参列してニックの葬儀が行われ、酒場に集まった一同は、「ゴッド・ブレス・アメリカ」を歌いながらニックに乾杯するのでした。



ディア・ハンター

今さら初見で見ている訳ですが、ロシアンルーレットが登場する、戦場の映画とばかり思っていました。しかし、戦争場面はごく一部で、ベトナムに出征する前のロシア系移民の仲間たちと、戦争で過酷な体験を経て復員した人間の、心のずれを描く人間ドラマだったのですね。そのずれは、いろいろな言動によって表現されていきますが、はっきりしたものから微妙なものまで丁寧に描かれています。前と後の対比ということで、前半の結婚披露宴を執拗に長く撮り、その中でもエピソードを積み重ねて行っています。そして、その転機として使用しているのが、収容所でのロシアンルーレットのシーンでした。

ロシアンルーレットが転換点と、ラストの締めに使われるほか、帰国後友人に対しても銃が向けられます。この多用がどうも、現実味を感じさせず、メインのストーリーがあまり響いてきませんでした。戦場では、もっと現実的な体験が積み重なっていると思います。最後の賭博場もサイゴンだと言われてもどこか中華系の別の町みたいな感じ。マイケルはリンダとくっついたんで、こういう風に終わらせたんだなと思ってしまいました。ただ、話題性も含めて、精神状態の変化を決定的に動機づける、端的でインパクトの強い設定としては、有効であったと思いました。

きっとこの映画のメインテーマだと思う、出征前と出征後の心の変化は、大変見どころが多かったと思います。この映画のかなりの時間はそれに費やされています。ロシア系移民という集団の中にあっての流儀や、ニックが病院で名前を聞かれた時の反応。帰還後をイメージさせるグリーンベレーの男は、マイケル自身の未来の姿。出征したものと残ったものとの間の違和感や、帰還の歓迎会をスルーしてしまう心情。経験や経歴が人を変えてしまっていくことが、丁寧に描かれていました。派手な映画のようで、静かな心の動きを見つめていく群像絵巻だと思いました。チャック・アスペグレンは俳優ではないようですが、並みいる俳優たちが名演を繰り広げる中で、コミュニティの良心のようないい演技をしていると思いました。

ところで今、サイゴンの戦争証跡博物館の近くに住んでいるのですが、コロナ前はたくさんの欧米人の方が訪れていました。お年を召されたご夫婦も多いので、もしかして戦争に関わった方もいるのかなといつも勝手に想像しています。展示物はけっこうインパクトが強いです。戦場の写真もさることながら、ダイオキシンの被害の写真が生々しいと思います。

2020.8.23 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「現代人」 官庁の汚職とアプレ青年の物語

名画を見る8月その21。キネ旬ベストテンで第4位となった映画で、「現代人」を見ました。1952年の映画で、渋谷実監督の作品です。カンヌ映画祭でも、ノミネート作品として上映されました。松竹大船の製作です。

あらすじ
建設局の荻野課長(山村聡)は、主任の三好(伊達信)とともに岩光土木工業と結託して収賄を重ねていました。荻野の妻は高原の療養所に入院中で、費用もかさんでいたのでした。三好に潮時を感じた岩光(多々良純)の工作で、三好が地方へ転勤となり、三好の後任の青年小田切(池部良)は、真面目な青年で、これを機会に荻野は悪習を断ち切ろうと考えます。荻野は小田切を、母に変わって世話を焼いてくれる、一人娘の泉(小林トシ子)の結婚相手としても考えていたのでした。ところが岩光は、自分が支援するバーのマダムの品子(山田五十鈴)に荻野を溺れさせ、抜けられないようにしていきます。そして、真面目と思われていた小田切は、アプレ青年的な性格で、岩光との取引も要領よくこなしてしまいます。

そんな時、荻野は小田切を泉に引き合わせると、小田切は泉に惹かれ、泉が父母と世界一幸福な家庭を築きたいという言葉に、その思いをかなえるべく、岩光との取引をやめさせ、品子とも手を切らせようとし始めます。その為に行動にでた小田切は、自ら品子を奪ってしまいますが、品子への未練が断ち切れない荻野は烈火のごとく怒り、泉との結婚も受け付けず、泉もそんな小田切の行動が理解できず、小田切に愛想をつかしてしまいます。そんな中で、泉の想いはかなわず、母がついに亡くなってしまいました。

その頃、小田切は岩光とも手を切るべく、直接話していましたが、二人とも泥酔状態で乱闘を始め、小田切が気が付いた時には、岩光が死んでいました。小田切は、岩光の死から、荻野の不正が表面化すると泉が不幸になると考え、事務所に戻ると、証拠隠滅の為に課長室に放火して逮捕されます。そして、この事件はアプレ青年の犯罪として世間の非難を浴びる一方、小田切はすべての罪を被って死刑囚となりました。面会に来た荻野父子と言葉を交わし、荻野は自ら事実を公表する覚悟であると告げ、泉は小田切への愛を語るとともに、これからは一人で道を開いていくと誓うのでした。



現代人

池辺良を中心に話が展開していく、ノワールっぽい映画でした。1952年の東京の風景も見ることができます。この頃、アプレ青年という言葉がはやったらしいのですが、流石に身近な言葉ではありません。アプレゲールからできた言葉らしいです。それは、戦前の価値観に対して、戦後の道徳観の欠如した価値観を持って、問題を起こす青年層を表現したものとの事。若者の意識の変化は、時代時代にいろいろな言葉で表されますが、その一つですね。そんな池辺良の演技ですが、事務的な即物的な雰囲気で押し通しています。そのあたりが、逆に泉への想いがどれだけ真剣なのか常に疑わしく、入り込めない部分でもありました。

アプレ青年とは言いますが、実際にはいつの時代にもある性格の一つとも思うので、あながち戦後のこの時代に限った事でも無いような気がしました。また、この性格なので、不正を糾弾していくのかと思いましたが、意外な展開でした。殺人を犯してしまい、逮捕されてからは、今度はかなり感情を表す演技になっていきます。池辺良にとっては、自他ともに演技派への転機となった映画という事です。一方、山村聡は、情けないというか、面倒くさい男を大熱演。また、山田五十鈴の男をあしらっていく演技も、色っぽくて素晴らしいものでした。最後に多々良純が、キーパーソンとして、いい味を出していました。名優ですね。

最後に事務所に戻って行く場面、「深夜の告白」みたいな雰囲気がありました。やはり、ノワールっぽい感じです。ストーリー展開も面白いので、楽しめましたが、やはりアプレ青年という雰囲気の池辺良が、その役柄上本心をつかみづらいのと、手記に書く内容に疑問を感じてしまい、そのあたりちょっと惜しいなという感じが残りました。あとは、時期的に見ても、かなり異彩を放っている映画ではないかという気がします。この時期の邦画は、なかなか多彩になってきているんだなと思いました、

2020.8.22 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「ドゥ・ザ・ライト・シング」 30年後も全く色褪せない映画

名画を見る8月その20。スパイク・リー監督の初期の映画、「ドゥ・ザ・ライト・シング」です。1989年の映画で、キネ旬ベストテンでは第5位でした。アカデミー賞では、脚本賞、助演男優賞にノミネート。カンヌではノミネート作品に選ばれ、各地の映画祭で受賞歴があります。

あらすじ
黒人街で長年ピザ屋を営むサル(ダニー・アイエロ)と、その息子のピノ(ジョン・タトゥーロ)、ヴィト(リチャード・エドソン)の兄弟。ある猛暑の日、サルは今日も。メイヤー(オジー・デイヴィス)と呼ばれる酔っ払いの老人にちょっとした仕事を与えます。サルはデリバリーボーイにムーキー(スパイク・リー)を雇っていました。メイヤーはいつも街の住人たちに「Do the right thing」(真っ当な事をしろ)と言っていました。酷暑の中で、仕事もせずおしゃべりにふける黒人たち。そこでは、些細な不満が溢れていました。儲かっている韓国人や、ムーキーへの妹や妻からの不満。そこへバギンアウト(ジャンカルロ・エスポジート)が店へやってきて、サルにピザ屋は黒人の客しか来ないのに、店内にイタリア系人物の写真しか飾っていないことの不満をぶつけます。しかし、サルは聞き入れず、店から追い出し出禁にしてしまいました

バギンアウトはこれに不満を持ち、町のみんなにサルの店をボイコットしようと呼びかけますが、町の人々は皆、サルの店のピザで育ってきているので、みんなに断られます。その日ボイコットに参加してくれたのは、その日店でラジカセを切れと言われて腹を立てていた、いつも町中でラジカセを大音量で鳴らして徘徊している、巨漢のラヒーム(ビル・ナン)と、その日ピノと口論になったスマイリー(ロジャー・グーンヴァー・スミス)だけでした。閉店間際に三人はサルの店に乗り込み、口論しますがヒートアップ。周りの制止も効かず、怒りが爆発したサルはラヒームの大事なラジカセをバットで破壊します。そして、ラヒームも怒りが爆発し、手の付けられない喧嘩へと発展していきました。
 
喧嘩を止めにきた警察官たちは黒人だけを拘束。ラヒームを黙らせるため警棒で首を絞めて、ラヒームを殺してしまいます。その様子を見ていた黒人たちは怒りが爆発。ムーキーはサルの店にゴミ箱を投げて、窓を破壊すると、勢いづいた住民たちは店になだれ込んで徹底的に破壊。火まで放ってしまいました。怒り狂うサルをメイヤーは非難させ、住民たちを止めようとしますが届かず、再び警官隊と消防車が現れて事態を納めます。翌日の朝、再び暑い日が始まります。ムーキーはサルの店に給料を取りに行き、店の前で茫然としているサルはクビだと告げますが、ムーキーは、店は保険で戻るだろうと、給料を要求します。サルは給料の倍額を投げつけますが、ムーキーは所定の金額だけ受け取るのでした。



ドゥ・ザ・ライト・シング

見応えのある作品でした。最後の爆発の前までに、それぞれの町の人々が、じっくりと描き込まれ、各種各様の立場と主張を繰り広げています。あくまでコメディ調で語られていきますが、そこにはいろいろな人生や考え方が込められていました。躍動的で大変リアルで、町の息遣いが伝わってきます。そして、酷暑の中小さな不満が幾重にも蓄積しきます。ストーリーは最後に爆発して終わりですが、ドゥ・ザ・ライト・シングという題名から、一つ一つの行動の意味を考えさせられるようなつくりになっています。そんな考察に耐えられるよう、各シーンが入念に表現されていると思いました。

警官の過剰な行動でラヒームが殺されてしまいます。それは、町の住民が誰もが望まなかったこと。そしてムーキーが店を破壊する行動にでます。彼はこの店の従業員であり、黒人でもあることから、その必然性について考えさせられます。黒人たちが韓国人の店に矛先を向け、和解しますが、その瞬間を茫然と見つめるサル父子3人の姿が映されます。何も語りませんが、そこには安堵があると思いたいし、それが理性だと思いました。そして、更にアメリカの社会は、十分に寛容な社会と思いますが、その幅以上の多様性を持つ社会になっていると感じます。そして、この映画は、見た人の思考を映し出して認識させるような映画だと感じました。そのような場面がいろいろと仕組まれていると思います。

この映画から30年。全く色褪せていません。この映画の中で話題として登場するトランプ氏が今や大統領。警官の過剰な行動による黒人の殺害は、今や全米を巻き込む大事件として多くの市民が行動を起こすようになっています。ミネアポリス反人種差別デモは記憶に新しく、死因までこの映画と重なります。当時と何が変わったのか、何も変わってないのか、判断しかねますが、この映画を見ながら「自分に向き合う」という事は重要な事だと思った次第です。

2020.8.21 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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