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「モニタリング」 シュールな表現のディストピア映画

AmazonPrimeに新しく出ていた、ヨーロッパのSF映画。そういうのは興味津々なのです。アートな感じやシュールな感じもありそうで、いろいろと楽しみに鑑賞しました。2017年の映画で、オーストリアの作品。監督はルース・メイダー。ヴェネツィアでは、ヴェニスデイズにノミネートされています。
Life Guidance (2017)

あらすじ
すべての生活態度が、最適であることを求められ監視社会。大企業のエリート、アレクサンダー(フリッツ・カール)は、妻アンナ(カタリーナ・ローレンツ)と息子フランツ(Nicolas Jarosch)の3人で優雅な生活を送っていました。ある日、ライフガイダンス社のファインマン(フロリアン・タイヒトマイスター)という男が一家を訪ねて来て、アレクサンダーが自宅のソファーで横になっている姿を子供に見せていることを指摘します。アレクサンダーはこれを無視すると、ファインマンは執拗に現れるようになり、アレクサンダーは適応テストを受け監視をやめるよう要請しますが、届いた通知書には、重度な適応障害と指摘されていました。

アレクサンダーは、ひとまず指示に従うことにして訓練に参加。しかし、常につきまとうファインマンが鬱陶しく、ある日、彼はファインマンを尾行し、訪問先の一人暮らしの女性イリス(Petra Morzé)から話を聞きます。そして、ライフガイダンス社の場所を聞き出すと、乗り込んで責任者を訪ねますがかなわず、やむなく退散。その後、イリスを訪ねると、自宅の車庫で亡くなっており、ついに、アレクサンダーはライフガイダンス社へ潜入を決行。録画ディスクが大量に保管された場所へと行きつきました。そこで、イリスと自分の記録を見つけ、そこにはフランツが生まれたばかりの子供を殺害する様子と、それを容認するアンナの様子が記録されていました。アレクサンダーの記憶には一切残されておらず、ライフガイダンス社によって記憶が消されていたのでした。

アレクサンダーはその記録を持って逃走しますが、すぐに捕まり、再び記憶を消されてしまいます。帰宅後、アレクサンダーは居間でライフガイダンスから支給されたノートを発見。そこには、アンナが夫の様子について詳細に記録をつけていたのでした。アレクサンダーは家を飛び出し、下層地域の町へと向かいました。場末の軽食屋で出会った女性は、ライフガイダンスからすでに19回も記憶を消されたと語ります。翌日、会社へ出勤せず、どこへともなく向かっているアレクサンダーは、父の訃報を聞いて葬儀を済ませると、森の中の狩猟クラブに入り込みました。そこでは、会社重役や企業主たちが、統制することはさも当然という具合に話し、アレクサンダーを相手にしません。アレクサンダーは山中を彷徨ううちに、迎えに来ていたファインマンを殴り倒し、再び歩き始めると、迎えに現れていたライフガイダンス社の車に乗り込み自宅へと戻りました。そして、家族と再会し、アンナを抱いて、愛していると淡々と告げるのでした。



モニタリング

アートな映像とアバンギャルドな音楽で静かに進行するディストピアSFでした。説明が非常に少なくて、俳優のわずかな言葉や行動で示されるので、非常に難解でした。それでも、一つ一つの映像が美しくて、かつ不穏な雰囲気を掻き立てるもので、目が離せず集中して見てしまいます。現状の生活に違和感を持った主人公は、突然訪ねてきたライフガイダンスに反抗すると、執拗に監視されるようになり、妻や子供からも監視されていることを知ります。そして、そういう状況から逃れるために、ライフガイダンスの秘密を暴こうと、独自の行動をとり始めますが、監視の目はさらに厳しくなり…。

この社会は、一握りの特権階級がすべてをコントロールする社会。あの狩猟をしていた人たちでしょう。そのシステムは、中流階級には一定の所得と快適な生活を保障し、その代わり逸脱した行動があれば、すぐにライフガイダンスが矯正するシステム。それは、不都合な記憶の消去と洗脳という形です。下層階級にもその仕組みが及んでいるようで、羽目を外しやすい人は消去されることの繰り返しの様です。ある意味、本人はおかしなことをしたら、すぐに無かったことになる仕組みで、なんの罪の意識も残さないことになるのですが、やり過ぎると地位を失い、社会的に抹殺される結果となるのでしょう。

秩序を維持し、さも普通の生活を送らせながら、すべてをコントロールするシステムで、1984みたいな大がかりなプロパガンダもなく、徹底的に管理されます。冷戦時代によくあった思想統制は、宣伝と恐怖で統制した面が大きいでしょう。さらに情報技術が発達した現在では、買い物やその他の消費記録などの、個人のビッグデータで、人の格付けができる時代になっています。こういう形の静かな統制が現実的に可能な時代が近づいているのではないかと、改めて思い起こさせる映画であったと思います。

2020.4.5 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞
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「バタフライルーム」鬼気迫るバーバラ・スティールを見よ

面白そうなホラー映画があったので、見てみました。なんとなく、イタリアンホラーらしい、ソリッドな雰囲気を感じたからです。2012年の映画で、イタリア・アメリカ合作作品。監督はジョナサン・ザラントネロです。

あらすじ
中年女性のアン(バーバラ・スティール)と、母子家庭のクラウディア(エリカ・リーセン)とジュリー(Ellery Sprayberry)はマンションの隣室に住んでいました。アンは、廊下で母を待つジュリーに、蝶の標本の作り方を教えたことから、隣同士の付き合いが始まります。ある日、修理業者のクリス(Joseph H. Johnson Jr.)は、アンが、少女アリス(Julia Putnam)と激しくやり合っているのを見て、アンにバタフライ・ルーム(標本室)で殺されてしまいます。

そのひと月前、アンはアリスとショッピングモールで出会い、アリスはアンにうまく取り入り、アンの家に通って、小遣いを貰うようになりました。アンは、アリスが別の女性とショッピングをしているところを見つけ、不満をぶつけますが、アリスにもう来ないと言われると、アンは多めの小遣いを渡して謝ります。アンはアリスの後をつけて母のモニカ(Elea Oberon)を訪ね、子供の行動に意見すると、助けてもらってるのは、アンの方だと言われ、モニカを殺害します。その後、アンはショッピングモールで、アリスといた女性も殺害し、アンの家を訪れたアリスに、小遣い稼ぎをたしなめます。そして、アリスに引っ越すと言われ、最後にするから来て欲しいと頼み、最後に訪ねてきた時、アリスの口にクロロホルムを当てたのでした。

そして現在。クラウディアは、職場の上司との子を妊娠し、二人で旅行に出かける間、ジュリーをアンに預けました。ジュリーはアンの家で、アンが疎遠となっていた娘のドロシー(ヘザー・ランゲンカンプ)と口論している間に、クローゼットの中で、バタフライルームに通じる入り口を見つけ、部屋に入っていきました。そこにはアリスの写真や、服が飾られていました。ある日、クラウディアはドロシーから、母のアンに不潔な子と何度も言われながら、虐待されたことを聞きます。そして、ドロシーは何かあったら連絡をと、連絡先を渡していきました。

クラウディアはジュリーに、アンと会わないよう言いつけ、アンにクレームに行くと、アンはクラウディアを浴槽で溺死させまてしまいました。ジュリーは母を探して、バタフライルームに入ると、クリスの死体を発見。アリスの写真が飾られてる壁の中から、剥製となったアリスをも見つけます。そこにアンが現れてしまったので、母の名を叫びますが、アンはクラウディアの死体をジュリーに見せます。ジュリーは家に逃げ戻り、ドロシーに連絡。一方、アンは壁を壊して、ジュリーの家に押し入ろうとします。ジュリーは外へと飛び出し、車に轢かれそうになったジュリーを、追いかけてきたアンは、突き飛ばして助けますが、その車を運転していたドロシーは、アンを轢き殺したのでした。後日ドロシーはジュリーを引き取って、楽しく誕生日を祝いますが、息子に掛けた一言がアンの口癖だったことに気づき、慄然とするのでした。



バタフライルーム

バーバラ・スティールが怖いですね。さすが数々のホラーの名作に出演してきた女優さんだけあります。とは言いつつ、実はあまり見ていなくて、たぶん「8 1/2」と「ピラニア」くらい。出演シーンもはっきり覚えている訳でもありませんが、インパクトのある女優さんです。この映画では、いきなりやばい雰囲気を醸し出しながら登場し、蝶の標本を作っているので、いかにもです。「コレクター」の女性版ですね。

この映画は、時間軸が交錯しながら進みますので、頭をフル回転させて見ることになりました。交錯がそれほど展開のポイントとなっている訳では無いですが、シリアルキラーのインパクトは強くなっていると思います。アリスに関しては一杯フラグが立つので、むしろどういう形で表現されるかという所に興味がいきました。この年で、パパ活みたいなことをやっています。あまりに露骨なので、やりすぎ感ありです。相手はパパじゃないですけど…。そしてラスト。ジュリーを助けるところや、轢き直すところがなかなか印象的でした。

そういう訳で、バーバラ・スティールを筆頭に、ホラー映画の強者がたくさん集まった映画で、どの登場人物も一癖二癖ある形になっています。従って、大人に感情移入は無理です。アリスにも無理です。できるとすればジュリーと、大人でいえばドロシーですが、彼らとて、どこか癖があって感情移入まで行きませんでした。という映画なので、人間の性格の悪い部分のオンパレードのような映画になっていて、後味は決して良くなかったです。それに輪をかけているのが、ホラーの常連たちの鬼気迫る演技なのでした。アリス役の子も将来有望と思いました。

2020.1.3 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「狂へる悪魔」ジョン・バリモアの怪演が光るジキルとハイド

スティーヴンソンの小説、ジキル博士とハイド氏は、何度も映画化された有名な小説で、おそらく多数の人が一度は親しんだことがあるのではないかと思います。これはその初期の映画化作品で、監督はジョン・S・ロバートソン1920年の映画になります。
別題:ジェキル博士とハイド氏
原題:Dr. Jekyll and Mr. Hyde (1920)


あらすじ
医学博士のジキル(ジョン・バリモア)は、慈善家として貧しい人々を診察しつつ、そうでないときは実験室で研究に没頭していました。婚約者のミリセント(マーサ・マンスフィールド)の父、ジョージ・カルー卿(ブランドン・ハースト)は、夕食の席で、人間は二つの面を持っている。衝動を否定しても、衝動から逃れられない。唯一の方法は、衝動に身を任せることだと話しました。ジキル博士はその言葉を受け止め、人間の二つの面を分裂させる実験に打ち込み始めます。そしてついにジキル博士は、ハイドという恐ろしい悪魔に自分を変えてしまう薬を作り、服用してしまいました。

その日から、ジキル博士は二重生活を始めます。ハイドはみすぼらしいアパートに住み、ダンスホールでジーナ(ニタ・ナルディ)という女性に声をかけて同棲を始め、酒場や阿片窟といった、欲望を満たすところならどこへでも足繁く通い続けます。そして、ジキル博士に戻っても、ハイドへの薬を服用するたびに、ハイドの心は強くなり、邪悪さも増していきました。ミリセントはジキルが現れなくなったことから心配になり、父のジョージ・カルーが様子を見に訪ねると、ジキル博士は不在で、道でハイドに出くわし殴りつけられてしまいます。ハイドは償いと考え、小切手を渡しますが、その署名はジキル博士のものでした。カルー卿はなぜジキル博士が、ハイドと付き合っているのか気になり始めます。

ジキル博士はカルー卿に、そそのかしたのはあなただと言うと、怒って、もう一度弁解をしたら、ミリセントとの婚約を破棄すると宣言します。怒ったジキル博士は、薬の力なしでハイドに変身し、逃げるカルー卿を追って、撲殺さしてしまいました。ミリセントは深く悲しみ、ジキル博士も悪行に苛まれ、さらに、ジキル博士に戻る薬も底を突き、ハイドになることを恐れる彼は、実験室に閉じこもってしまいます。そしてミリセントがジキル博士に会いに来た時、彼はハイドになっており、彼女を乱暴に抱きしめると、突如ハイドが痙攣を起こし、椅子に座って死んでしまいました。そして、その姿はジキル博士へと戻っていくのでした。



狂へる悪魔

ジキル博士とハイド氏の初期の映画化作品。1920年は、なんとこの小説は3本も映画化されているようです。本作は、ジョン・S・ロバートソン監督、そして他の2本は、F・W・ムルナウ(現存せず)、チャールズ・J・ヘイドンの作品。原作は1886年の出版ですので、かなり時間はたっています。そして、サイレント時代のこの映画は、いかにもサイレント映画らしくて、なかなか見どころが多い映画でした。まずは出演者。主要な出演者はサイレント時代に絶頂期を迎えた俳優さんたちでした。

ミリセント役のマーサ・マンスフィールドは、この数年後撮影中に事故死。わずか24歳でした。ハイド氏の恋人となったニタ・ナルディは、妖艶な演技を見せてくれていますが、活躍はサイレント期まで。当時はヴァンプ女優として一世を風靡したとのことです。そして、主役のジョン・バリモアは、ドリュー・バリモアのお祖父さん。絶頂期は1920年代のようです。やはり、ジョン・バリモアがこの映画の顔であって、徹頭徹尾、鬼気迫る怪演を見せてくれています。これは、素晴らしいと思いました。サイレント時代の名優の名演技を楽しむという、貴重な体験ができました。

そしてこの映画、この時期の映画の割にはかなりのホラー度だと思います。特に、ジョン・バリモアがベッドに横たわっているところに忍び寄る異形の悪魔が恐ろしさを醸し出していました。あの蜘蛛のような怪物の姿は、なかなかのもの。ユニバーサル・モンスターズも顔負けです。この映画の後世に与えた影響も多々あるのではないかと感じました。なかなか積極的に見ることの無いサイレント映画ではありますが、いい映画鑑賞体験だったと思います。

2020.7.13 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「孤狼の血」 やくざ映画へのオマージュと一大エンタメ

公開時、いつかは見たいなと思っていた映画ですが、Amazon特典で見つけたので早速鑑賞です。2018年の映画で、白石和彌監督の作品。原作は、柚月裕子。呉市を中心とする、オール広島ロケ作品となっています。

あらすじ
昭和63年。呉原東署の大上刑事(役所広司)は、加古村組系の金融会社の経理担当、上早(駿河太郎)の失踪事件を担当していました。大上は、加古村組の組員にペアを組む日岡(松坂桃李)をけしかけ、居場所を吐かせようとしますが、固く口を閉ざしてしまいます。大上は、幼馴染で街宣活動を行っている瀧井(ピエール瀧)から、上早がラブホテルで拉致されたという情報を仕入れ、そのホテルから強引に監視カメラの録画テープを強奪。そのテープには拉致映像が収められていたのでした。一方日岡は、大上のヤクザとの癒着や強引な捜査方法に不信感をつのらせていきます。

尾谷組のシマのクラブ梨子のママ、高木里佳子(真木よう子)に加古村組の吉田(音尾琢真)が執拗に絡んだため、里佳子の恋人で、尾谷組のタカシ(田中偉登)が吉田を襲撃。しかし、返り討ちに会い殺されてしまいました。尾谷組の若頭、一之瀬(江口洋介)は加古村組への報復を決意。戦争を危惧した大上は、3日間で上早の遺体を見つけ、加古村組の幹部を逮捕する事を一ノ瀬に約束します。一方、県警の嵯峨(滝藤賢一)は日岡に、大上がヤクザとの関係を記したノートを確保するよう指示。大上には14年前の加古村組組員殺害の容疑がかかっていたのでした。大上は里佳子をエサに吉田を呼び出すと、上早の殺害を強引に自白させ、加古村組の上部団体、五十子会の五十子会長(石橋蓮司)の指示によるものと突き止めます。大上は殺害現場の豚小屋を訪れ、そこで働く善田(岩永ジョーイ)を拷問し、上早の遺体を埋めた場所を聞き出し、無人島の山中で発見しました。

加古村組壊滅へと捜査を進める大上は、新聞記者が突如現れ、大上の違法捜査を取材に来たため、捜査から外されました。そして、一之瀬との期限が守れず、一之瀬は五十子会を襲撃。大上は警察を抜け出し、単独で五十子会との取引に向かいますが、行方不明になってしまいます。その時、日岡は里佳子から大上から託されたというノートを受け取ります。そこには警察幹部の違法行為等、不祥事に発展する情報が細かく記されていました。そして、大上の殺人容疑とは、里佳子が犯してしまった殺しを、大上がもみ消したものだと教えられます。数日後、大上は水死体となって発見され、日岡は状況から上早が殺害された豚小屋が現場だと特定して捜査に向かうと、善田をボコボコにしてしまいました。

日岡は大上の敵を討つ為に、一ノ瀬らに五十子会のパーティーを襲撃させ、組長五十子の首を取らせます。そして、日岡は強引に一ノ瀬を逮捕。そして、嵯峨に大上のノートを渡しました。そこには嵯峨のヤクザとの癒着も含まれていました。そして、嵯峨から提案された本部への転勤を断ると、大上の意思を継ぐ決意をするのでした。



孤狼の血

安定の白石和彌 監督の作品を久しぶりに鑑賞しました。凶悪や、日本で一番悪い奴らほどの切れの良さまでは感じなかったのですが、面白く楽しめたことは間違いありません。あまりにも役所広司の大上巡査部長が持ち上げられすぎて…というか、凄い刑事になってしまっていて、虚を突かれたという感じです。そこまでですか…という、すっかり伝説の人物になってしまいました。しかし、最後は自ら過信にはまった感じですが、それも覚悟の上だったのでしょうか。

暴力団に、名優が揃っていますね。石橋蓮司をはじめとして嶋田久作、竹野内豊、ピエール瀧、江口洋介などなど。若手では、岩永ジョーイや中村倫也がなかなかいい雰囲気を出していました。皆さん主役級の演技ができる人たちなので、贅沢な布陣です。やはり、石橋蓮司滝藤賢一は、相変わらずなかなか渋い演技を見せてくれるなと思いました。主役の二人は勿論言うことはありません。あと、真木よう子の雨に濡れた和服が良かったです(笑)。

そんな感じで、意外とグロい場面を織り込みながらも、それほど深刻さはなく、オールスターのエンターテインメント映画という感じが無くもない映画と思いました。続編も製作が決まっているとの事。小説の第二作の「凶犬の眼」の映画化ということですが、田舎の駐在に左遷させられた日岡が主人公とのこと。引き続き、松坂桃李なんでしょうか。楽しみです。

2020.7.18 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「アバウト・タイム 愛おしい時間について」 反則でしょう…

ちょっと人気の高そうな映画があったので、ドラマかな?、ロマコメなのかな?と思いつつ見始めました。2013年の映画で、監督はリチャード・カーティスです。

あらすじ
ティム(ドーナル・グリーソン)は、コーンウォールに住む青年で、父(ビル・ナイ)、母(リンゼイ・ダンカン)、叔父のデスモンド(リチャード・コーデリー)、そして、奔放な妹のキャサリン(リディア・ウィルソン)と暮らしていました。21才になった時ティムは、父から一族の男にはタイムトラベルの能力があると教えられ、それは自分の過去にしか行くことはできず、またこの能力は、金儲けではなく、理想の人生を送るために使えと諭されました。その夏、妹の友達のシャーロット(マーゴット・ロビー)が休暇を過ごしにティムの家に滞在した時、恋に落ちたティムは、その能力を使ってみましたが、シャーロットの心をとらえることはできませんでした。

ティムはロンドンで働くようになると、友人と行ったレストランでメアリー(レイチェル・マクアダムス)と出会い意気投合しました。ところが、電話番号を教えてもらったものの、その後のタイムトラベルのおかげでメアリーと出会わない世界に進んでしまってしまいます。メアリーがケイト・モスのファンであったことを思い出して、写真展に毎日通い、ついにメアリーと再会しますが、この時のメアリーにとっては初対面で、変な人に思われてしまいます。メアリーには恋人がいることを知ったティムは、二人が知り合った時と場所にタイムトラベルし、二人の出会いの前にメアリーを連れ出すことに成功。ついに結婚にこぎつけました。

やがて娘ポージーが生まれ、幸せな日々を送っていましたが、妹のキャサリンが事故を起こしてしまいます。ティムは過去に戻って問題を解決し現在に戻ると、子供がポージーではなくなっていました。ポージーが生まれる前に戻った事が原因と判り、ティムは妹の過去を元に戻し、事故後の妹の人生をサポートすることにします。妹の人生は好転し、二人にも第二子が授かりました。そして、父が亡くなると、父の元気な頃にタイムトラベルを繰り返すようになります。その頃、メアリーに三人目の子供が欲しいと言われ、新しい子供が産まれると、もう二度と過去に戻って父と会うことができなくなるため躊躇しますが、父の望みは未来だと感じたティムはメアリーに同意。出産直前に、父に会う最後のタイムトラベルを行い、涙と共に別れを告げました。メアリーは無事出産し、妹も母となって、ティムは毎日を一度だけ過ごし、二度目であるかのように楽しんで生きていくのでした。



アバウト・タイム 愛おしい時間について

前半はロマコメ、後半は家族の物語と、二部構成になっているお話でした。二人があまりにも早くゴールインしてしまったので驚きましたが後半がありました。しかし、そもそも何回もやり直しがきくのは反則ですよね。ゴルフでもいいスコアが出そうです。コースの茶店に行った時に、大たたきした原因のポイントに戻る。セックスと同じで疲れるかもしれませんが…。でも、ゴルフの場合、何度やっても同じスコアになるかもしれません。きっとそういうものなのです。まぁ、ある意味人類の夢を引き合いに、いま生きることの大切さを表現した映画だと思いました。

過去に影響しない様に子供の頃に戻るとか、そんなのもアリか?と思いましたが、こういう映画なのであまりとやかく言うものでもないのでしょう。それまでに見る側に十分感動させておけば、こういう内容でも受け入れられるのかな?と思いました。そういう風にして作られた家庭ですから、ある程度は理想に近いものになるでしょうね。したがって、今生きることが大切と言われても、そんな能力を持った人に言われても実感がわきません。

とはいいつつ、レイチェル・マクアダムスが最高です。これも役柄が理想の奥さんみたいな感じで、あまりに敷居の高さを感じてしまうのではありますが、映画なのでそういう理想をきれいに可愛く見せてくれると、映画をみるのは楽しいネ…。と思ってしまいます。ところで、彼女にしても、マーゴット・ロビーにしても、出会った(再会した)その日に、部屋まで男を入れようとしてしまうのですね。これが自然なのかな??

2020.4.12 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「モーガンズ・クリークの奇跡」 奇跡のスラップスティック

プレストン・スタージェスのコメディの鑑賞です。1943年の映画で、楽しそうな映画と思うので期待して見てみます。オスカーでは、脚本賞にノミネートされています。

あらすじ
新聞記者が激しい勢いで知事に電話をしています。モーガンズ・クリークという場所で大変な奇蹟が起こったとのこと。知事も大変な事だと驚いていました。

物語は遡ります。トルーディ(ベティ・ハットン)は、出征する兵士を見送るパーティに参加し、兵士たちに思い出を作ってあげようと考えていました。巡査である父のエドモンド(ウィリアム・デマレスト)に反対されたトルーディは、幼馴染の銀行員ノーヴァル(エディ・ブラッケン)を上手く使ってなんとか家から抜け出しパーティーに参加します。ところが朝帰りとなってしまい、トルーディは途中の記憶がないものの、どうもその間にある兵士と偽名で結婚式を挙げたようです。そして、しばらく経つと妊娠までしていることが解りました。結婚した相手も解らず、未婚での出産は田舎町では大スキャンダル。父には言えず、妹のエミー(ダイアナ・リン)と相談を始めます。

トルーディは、ノーヴァルに助けを求めると、かれは自分が風采の上がらない男だと自覚しながら、一途にトルーディの事を想い続けてきたことを告白します。ノーヴァルの提案で、もう一度判事の元に行き、彼は偽名の兵士に成りすまして改めて結婚証明書を得て、正式な夫婦として出産を迎えようとしますが、自分の名前でサインをしてしまうと、偽装であることがばれてしまい、結局ノーヴァルは警察に拘留されてしまいました。この騒ぎで娘の妊娠を知ってしまった父のエドモンドは、牢獄からノーヴァルを逃がして実の父親を捜させますが、それが元でエドモンドも巡査を免職になってしまい。一家は人里離れた家で3人で暮らすことになりました。

時はたち、相手の男を探し当てられず町に戻ってきたノーヴァルは再び逮捕され、数々の罪の積み重ねにより重い刑罰が下ろうとしていた時、トルーディの出産も近づいてきます。そして、病院での出産が始まりますが、なんと六ッ子を出産。冒頭の場面に戻って、このニュースは世界中を駆け巡り、その名誉にノーヴァルも解放されて、一気に軍の高級将校に叙せられ、事情が全く分からないノーヴァルは病院に行き、トルーディと再会して愛を確かめます。そして、エミーに連れられて赤ちゃんを見に行ったノーヴァルは、6人全員が自分の子供と知ってその場に卒倒するのでした。



モーガンズ・クリークの奇跡

まずは、冒頭のベティ・ハットンのバスの歌手のレコードに合わせた顔芸に笑わせられます。そして、出征兵士の見送りは、ノーヴァルにとっては、あまりにもひどい仕打ちで、そこまでやるかという感じ。でも、ノーヴァルが子供の頃からの事を告白して、二人がいい感じになって来ると、だんだん応援したくなってきます。エミーの方も奔放な感じが大変可愛らしいと思いました。ダイアナ・リンは当時17歳くらい。45歳で亡くなってしまったのですね。父、エドモンドのスラップスティック的演技が面白く、蹴り上げて空振りし、後ろに倒れるのは、なかなか年季が入っています。サリヴァンの旅にも出演していました。

冒頭で案内される奇跡がどういったものか、気になりながら見ている訳ですが、相当凄い奇跡らしいので、どうやって締めるのだろうと、半信半疑で見ていました。そしたら、この奇跡は確かに面白かったです。メディア総動員で、奇跡をアピールしてしまってます。1943年といえば、そうか、イタリアが休戦した年ですね。当時の世相がそのまま最後に流れます。とは言っても、この奇跡は微笑ましい限りで、戦争まで含めてコメディで笑い飛ばしてしまう勢いがありました。この映画自体がまさに奇跡であると感じました。

コメディの中心となる3人家族と、ノーヴァルの演技は素晴らしく、それも切れ目なく続いていくので、楽しい場面が連続していきました。サリヴァンの旅と続けて見たので、いかなる時でもコメディと作るという、プレストン・スタージェスの意思がよく解った感じがします。たくさん作品はあるので、また見ていきたいと思いました。

2020.6.13 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「深夜の告白」 サスペンスドラマの源流となるノワールの傑作

ビリー・ワイルダー監督による、深夜の告白は、フィルム・ノワールの名作として、後世のサスペンス・ドラマにも少なからず影響を与えた映画という事です。1944年の映画で、オスカーでは受賞はなりませんでしたが、作品賞を含む7部門のノミネートを受けました。原作は、ジェームズ・M・ケイン。「郵便配達は二度ベルを鳴らす」が有名です。

あらすじ
深夜のロサンゼルス。爆走してきた車は、パシフィック保険会社で止まると、降りてきた勧誘員のウォルター・ネフ(フレッド・マクマレイ)は会社の自室に向かい、調査員のキース(エドワード・G・ロビンソン)に向けて、録音機に口述を始めました。数ヶ月前、ウォルターは自動車保険の更新の契約に向かったディートリクスン家で、夫人のフィリス(バーバラ・スタンウィック)と出会い、翌日ウォルターのアパートを訪れた夫人と、夫に傷害保険をかけて殺害し、保険金を騙し取る計画を立てます。そして、ディートリクスンが、同窓会へ行くために汽車に乗る日に二人は彼を殺害。代わりにその列車に乗ったウォルターは、自分の存在を周囲に印象付けたのち、列車から飛び降り、その場所にディートリクスンの死体を放置しました。

警察は、ディートリクスンは事故死と断定し、計画は上手くいくかに見えましたが、ウォルターの長年の同僚で調査員のキースは死因を怪しみ、自殺の可能性も排除し、目撃者の調査を始めます。そして、キースは、ディートリクスンの娘、ローラ(ジーン・ヘザー)の恋人で、元医学生で今は落ちぶれたニノ(バイロン・バー)と、フィリスの共謀と推定し、詰めに入りました。フィリスが犯人と特定されると、自分の身に危険が及んでしまうため、ウォルターはある夜決着をつけようと、フィリスを訪れます。フィリスもウォルターとの蜜月に疑問を感じ始めていたため、拳銃を用意していました。フィリスはニノを呼んでおり、ウォルターを始末した後、ニノとウォルターに罪を着せる計画だったのです。

部屋の中で、フィリスの拳銃が火を噴き、ウォルターの肩を貫通します。ウォルターは撃たれたままフィリスに迫り、愛しているからこれ以上撃てないというフィリスを射殺。家の前で訪ねてきたニノに出会うと、帰るように言い、保険会社まで車を走らせてきたのでした。ウォルターの告白が終わった時、守衛からの通報によって、キースがやってきました。ウォルターを信頼していたキースでしたが、残念そうにウォルターを見つめ、逃亡させてくれというウォルターではあったても、すでに動く力もなく、倒れこんだウォルターを見て、キースは救急車を呼ぶのでした。



深夜の告白

フィルム・ノワールの名作は、不倫保険金詐欺殺人事件。ありがちは事件で、モデルは1927年に実際に合った「ルース・スナイダー事件」。妻が不仲な夫を不倫相手と共謀して殺した事件です。そして、この映画が、その後のサスペンスドラマに大きな影響を与えたという事ですが、それは頷けます。実際の事件としてもドラマとしても、今やかなりの既視感があるものですが、当時としては不道徳な映画という事で、拒否反応を示すスタッフも多かったとか…。脚本の共同執筆にあたったのは、レイモンド・チャンドラー。映画の中でカメオ出演しています。

フレッド・マクマレイバーバラ・スタンウィックエドワード・G・ロビンソンの3人が主要な登場人物。まずは、エドワード・G・ロビンソンの特徴ある性格が良く目立ちます。さすがは、性格俳優。普通のミステリー的に考えると、主役になりうる探偵役だけに、ここでも大きな存在感です。バーバラ・スタンウィックは、大げさにも思えるブロンドの鬘が印象的です。今回のファム・ファタールは、従来の彼女がやっていた役からはかけ離れもので、その典型としての印象を残しました。フレッド・マクマレイもそもそもコメディアンで、この役は新境地といったところでしょうか。主役の二人がイメージを一新したとも言えるでしょう。

この映画は、やはり、ビリー・ワイルダーと、レイモンド・チャンドラーによる共同脚本が素晴らしいものだと思います。ウォルター、フィリス、キースの3人のそれぞれの緊張感のある会話と絡み、映画の進行に従って移り変わっていく三年の関係性が素晴らしいと思いました。そして、圧巻のラスト。ウォルターとフィリスの最後の出会いと、その後のウォルターとキースの最後の会話は、それぞれの人生と関係性の清算という意味を持ち、見ている方も、犯罪の末路をに直面することによって、大変複雑は気持ちになってくるものです。まさに、サスペンス・ドラマの先駆的作品として、燦然と輝く作品です。

2020.6.10 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「私はゴースト」 一風変わったプロットの新鮮なホラー

一風変わったジャケットが、かなり気になっていました。ウォッチリストに入れておくと、かなり目立っていましたので、思い切って鑑賞することにします。2012年の映画で、監督はH.P.メンドーサです。いろいろな映画祭に出品されていて、受賞歴もたくさんあるようです。
原題:I Am a Ghost (2012)

あらすじ
古風な一軒家にエミリーは一人暮らしをしていました。彼女は目玉焼きを作ったり、買い物に出たり、掃除をしたりと、同じ生活を繰り返しています。エミリーは母親の部屋に入ると、不気味な感覚に襲われました。どこからともなく女性の声が聞こえ、その声はシルヴィアと名乗り、シルヴィアは、エミリーがすでに死んで幽霊になっており、成仏できずにいる。自分はこの家の除霊にきた霊媒師だと話しました。シルヴィアは因果を解けば、エミリーは成仏できると言います。エミリーは、悪魔のような男に刺し殺されたことを思い出しました。

シルヴィアは今やっている行動は、生前の行動を追体験しているだけだと話します。一旦はシルヴィアから逃げ出し、再び同じ生活に戻りましたが、再びシルヴィアの声が現れ、自分が殺された絨毯の上を歩くように言われ、実行すると、生前の記憶を取り戻しました。彼女は、母親から悪魔憑きだと非難され、悪魔祓いも上手くいかず、母親は去り、一人残されたのでした。記憶を取り戻して以降、エミリーは同じ行動を続ける自分を客観的に見ることができるようになりましたが、成仏はできません。ある時、シルヴィアが、エミリーは殺害されてはおらず、自殺だったという事実を突き止め、エミリーに話します。エミリーは解離性同一性障害で、普段のエミリーと凶暴な人格とが宿っていたのです。

エミリーは多重人格という自覚もなく、もう一つの人格が現れた時を全く覚えていないので、信じることができませんが、二つの魂を成仏させる必要があるようです。エミリーは屋根裏部屋から男の声が聞こえることを話し、シルヴィアはそこは折檻部屋だったと答えました。エミリーは折檻の記憶が無く、恐る恐る屋根裏部屋を確認に行きますが、何も見えません。戻ってみると、シルヴィアの声も聞こえず、屋根裏部屋から凶暴な男が降りてきてエミリーを襲います。折檻を受けていたのは凶暴な人格のほうで、彼は屋根裏部屋に閉じ込められ、延々と残酷な記憶を追体験していたのです。

エミリーは逃げまどいますが、その時、「死者よ消えろ、光のほうへ向かえ」というシルヴィアの声が聞こえてきます。突然の事態にエミリーも男も恐怖を感じます。目の前には、男がエミリーを刺し殺している残像が展開されますが、それはやがて、エミリーが自分自身を刺し続けている残像に変わり、二人は茫然と見守りながら、闇に包まれていくのでした。



私はゴースト

この作品を見るきっかけは、やはり、ジャケットです。なんだか、死者のドキュメンタリーみたいで、ちょっと目を引きます。実際映画が始まってみると、そういった雰囲気はあまりなく、幽霊となってしまったエミリーが、同じ行動を繰り返しながら家の中を彷徨っている、静かな姿が映されます。その幽霊の行動は、実は幽霊の見ている幻想。生前の記憶の残像なのでした。そして、霊媒師と対峙した時の幽霊は、普通の女性の様に、悩みもすれば驚きもするところが面白く見られます。

幽霊の立場から、霊媒師と対峙するというプロットは新鮮です。前半は、同じような場面と行動が繰り返され、パズル的な映画かな?と思いつつ、若干冗長な感じも受けました。そして、何度も繰り返されるその場面を、エミリー自身が見つめるようになり、映像に二人のエミリーが現れ始めると、面白くなり、ちょっと怖さも増してきます。そして、ラストは流石に恐怖でした。久しぶりに、怖いと思うホラー映画を見た感じがして、なかなか見せ場を心得ていると思いました。

この映画は、ほぼ同じ建物の中で撮影され、登場人物も多く見ても3人。一人は声だけです。その限られた空間の中で、いろいろな撮影と編集の妙が面白い所。最初に断片的に出てくる、エミリーの行動の映像は、何となくつながりがありそうなのですが、最後には繋がって来て、上手く処理されていると思いました。そういったプロットの工夫と、面白いアイデアと、しっかり恐怖を味合わせてくれる一本で、ジャケット同様に一風変わった、面白い体験ができました。いかにも低予算という感じもありますが、ホラーが好きであれば、一度は見ておきたい映画だと思いました。

2020.7.6 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「El Mago (2014)」 ラテンを感じるチリ産サスペンス  (邦題:トリック 消えた男たち) 

アマゾンの特典動画に知らないチリ映画が出現。ということで、ラテンの暑苦しさが楽しそうなので見てみました。2014年の映画で、監督は、マティアス・ピノチェト、という人です。原題は、「魔術師」という意味になります。

あらすじ
風呂桶に潜って、潜水の練習をする男、そして船上で痛めつけられ、最後のマジックを見せろと、ネグロ(Victor Montero)にすごまれるオラシオ(Jean Paul Olhaberry)の場面から、この映画は始まりました。そして、取調室でマジックを見せ係官の関心を買うアンヘル(Alonso Quintero)。刑事がやってきて、サーカス団皆殺し事件で、なぜ一人だけ生き残ったのか問い詰められ、アンヘルは話し始めました。

無許可のバラックが立ち並ぶ、チリのとある町に、父親と、オラシオ、アンヘル兄弟の3人は住んでいました。兄弟はマジックが好きで、兄のオラシオはプロ級の腕前。ある日、サーカスがやってくると、兄弟は自分たちのマジックを売りこみに行き、サーカス団の女性のカルロタ(Ingrid Isensee)の関心を引きます。団長のネグロに、荒涼とした土地を走る車が、瞬間的に消え失せるマジックを見せられ、夜中にカルロタと現場に向かい、秘密を探りました。そして、マジックの種を突き止めると、ネグロに面会し、サーカスで採用され、マジックを見せるようになります。

その頃サーカスでは、ペルー人の双子が来ないことが問題になっていました。そのうち一人が現れると、もう一人を連れてくるように脅します。そして、オラシオとカルロタは親密な関係になっていきます。面白くないネグロは、ペルー人のショーの途中でオラシオを舞台に上げ、箱の中で横たわるペルー人を切断するショーをさせます。それは、ペルー人の双子の片方を、マジックに見せかけて、本当に切断してしまうものでした。

オラシオは、水の中で息を長時間とめる練習を始めます。彼は、ネグロが麻薬の密売で金を貯めていることを突き止めており、その麻薬と現金を隠すと、カルロタと逃亡計画をたてます。そこにネグロが踏み込み、隠し場所を吐かせようと、オラシオを拷問した上、アンヘルと二人を船に乗せ、口を割らないと見るや、オラシオを木箱にいれて沈め、アンヘルは海の中に放り込んでしまいました。アンヘルは漁船に助けられて家に戻ると、オラシオが、幼い頃遊んだ廃車のキーを残していました。アンヘルは、そこで現金などを発見し、ネグロの曲芸の道具に細工して怪我をさせると、ネグロが寝込んだ頃、銃を持って殺しに行きますが、すでに、ネグロは死んでいたのでした。

アンヘルは、刑事に、ペルー人が兄弟の敵討ちで殺したと証言しますが、刑事は信用しません。そして、刑事が席を外すと、アンヘルは残った係官を気絶させ、警察をでました。そしてちょうど、オラシオとカルロタが車で迎えに来ます。オラシオがマジックを使って水中の木箱から抜け出し、ネグロを撃ったのでした。そして、オラシオは、ネグロから奪った資金で、自分のサーカス団でマジックをするという夢をかなえ、三人は、自分たちのサーカス団のロゴの入ったトレーラーに乗って旅に出るのでした。



トリック 消えた男たち

わかりやすい展開の、サスペンスで、なかなか楽しめました。構成は、アンヘルの証言を映像化していくという形式。アンヘルが実際に見ていない場面もあると思うので、多少は想像も入って膨らませているのでしょうか?映像は美しく撮影されていて、オラシオとカルロタのラブシーンや、マジックの場面などは幻想的な映像でもありました。

ストーリーはそれほど入り組みません。まず冒頭で、水の中で長時間息を止めて過ごす練習をしているので、クライマックスは予告されているようなもの。その分見ていて安心感があり、その場面に至るまでの、話の筋を追っていくという見方になります。あとはどれだけ、エピソードが膨らんでいくかが楽しみですが。それはまぁ。そこまででもなく、まぁ、普通でした。

ラテン的な雰囲気が良く出ているのと、全体に荒涼とした風景と、美しい海という素晴らしいロケーションで撮影されているので、開放感があります。海と荒れ地と断崖という、あまり見たことがないような風景に、プライベートビーチのような砂浜がある映像など、美しいと思います。女優さんもラテン的な美人ですし、兄弟もイケメンの部類。対するネグロはいかにも悪役という感じで、それぞれステレオタイプの配役で、ネグロ役の俳優さんは、なかなか雰囲気が出ていました。チリの映画、なんとなく粗削りな感じが、昔ながらのラテン的な雰囲気を漂わせていていい感じです。

2020.4.11 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「巴里の女性」 チャップリンの出ないチャップリン作品

久しぶりにチャップリンの鑑賞です。1923年の映画で、チャールズ・チャップリンが初めて作った喜劇でないサイレント映画。自身もほぼ出演しておりません。また、自身も設立に加わった、ユナイテッド・アーティスツへの初の作品でもあります。

あらすじ
マリー・サン・クレール(エドナ・パーヴァイアンス)と、画家のジャン・ミレ(カール・ミラー)は、両親の反対を押し切り、田舎を出てパリで結婚しようとしていました。駅にマリーを連れて来たジャンは、マリーを駅に残し、荷物を取りに帰りますが、父に別れを言おうとしたとき、父が急死してしまい、駅にいるマリーに電話で一緒に行けなくなったと伝えると、失意のマリーは事情を聞かず、列車に乗ってパリへ向かいました。そして、一年後。パリでマリーは社交界入りし、裕福な実業家のピエール・レベル(アドルフ・マンジュー)の愛人になって、ぜいたくな暮らしをしていました。しかし、ピエールも他の女性と結婚を決め、マリーはこれからどうするか迷っている時、偶然パリに出てきていた、ジャンの母子と出会ってしまいます。

マリーはジャンに自分の肖像画を依頼し、出来上がったものは、現在の姿ではなく、田舎時代の服装の物でした。ジャンは、自分の知るマリーだと言い、出発の時に父が急死したことも話しました。マリーとジャンの愛情が甦り、マリーはピエールから距離を置き、ジャンはマリーに結婚を申し込みます。そして、マリーが承諾の返事をするため、ジャンの家を訪れると、母(リディア・ノット)と息子が口論しており、ジャンが母を落ち着かせるため、マリーと結婚しないといいながら、母をなだめているところを聞いてしまい、静かに立ち去りました。

再びピエールとよりを戻したマリーは、ジャンの言い訳を聞いても相手にせず、ジャンは日々マリーの家のそばまで来ては帰っていきます。ある夜思いつめたジャンは、拳銃を持って、ピエールとマリーの食事するレストランに行き、ウエイターに「最後に一度会いたい」と書いた手紙を渡します。メモを見た二人は、ジャンを招き入れますが、ピエールが手紙を持っていたことに激高し、ロビーに出て拳銃自殺をしてしまいました。ジャンの母は、マリーに復讐しようと拳銃を持ってマリーの家に行きますが、同時にマリーはジャンの家に来て、彼の遺体に泣きすがっていました。その姿を見て二人は和解。数年後、田舎で二人は小さな孤児院を開設し、母と娘でたくさんの子供たちの世話をしているのでした。



巴里の女性

Wikipediaで調べたところによると、こういう事です。チャップリンは、この映画で、自分は出演せず、喜劇でもないという新機軸を打ち出しまし、批評家からは賞賛され、後代の映画作家に影響を与える作品となったものの、興行的には失敗し、チャップリンはこの映画を再上映しませんでした。そして、50年以上を経て、死の前年に新たな音楽をつけ、再編集版を公開。これがチャップリンの最後の仕事となったと言われています。当時としては画期的な、複雑な心理描写を表す演技を持ち込み、後々の作品に大きな影響を与えたとのことです。確かに、デフォルメされた、大げさな演技ではなく。きわめて自然に演技がなされ、その心理が滲み出てきます。そのあたり、私はレベル氏や、ジャンの母の演技に強く感じました。

さて、ストーリーは、ほぼロミオとジュリエットのような、すれ違いの連続の悲劇なんですが、その最後に後日談的なものがついています。悲劇のままで終わるのであれば、母親が復讐に行く前で終わるくらいが座りがいいと思いました。ピエールも、マリーの元から去ってしまって終わりという感じです。がしかし、そこはチャップリン。喜劇王の優しさです。後日談までいれて、きれいにまとめました。個人的には、暖かいまとめではあるものの、なんとなく中途半端な感じはぬぐえずという感想を持ちました。

チャップリンは、最初のマリーの出発する駅で荷役の男としてカメオ出演です。マリーとジャンの演技は、サイレント時代らしい演技ですが、ピエールは遊び人かつ情に深入りしないタイプで、かなり自然に感じました。マリーが窓から捨てた首飾りを奪い返す場面で、ピエールの笑い転げる場面が、良かったです。ピエールの考え方が、あくまで自然に表されています。首飾りを取り返しに行くマリーは、チャップリンの喜劇そのものでした。そして、ジャンの母が毎日買い物に出かけ、食事を作るところ。哀愁が漂って素晴らしい場面だと思います。次世代のドラマへのステップとなった、ユナイテッド・アーティスツへの初作品として、見どころの多い映画だと思いました。

2020.5.17 HCMC 自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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プロフィール

torrent13

Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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