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「家族の波紋」 絵に描いた様な風景の中での家族の葛藤

いかにも、ヨーロッパの静かなドラマの雰囲気を醸し出しているような、ジャケットであり邦題です。ということで、少し構えて鑑賞しました。イギリス製作の作品で、2010年の映画。監督はジョアンナ・ホッグです。
原題:Archipelago → 「群島」といった意味です。

あらすじ
エドワード(トム・ヒドルストン)は、エイズ対策のボランティアで、約1年のアフリカに滞在を前に、母のパトリシア(ケイト・フェイ)と、姉のシンシア(リディア・レオナルド)と、旅立ち前の家族旅行として、シリー諸島の別荘にやってきました。住み込みの料理人のローズ(エイミー・ロイド)が現れると、感謝するエドワードですが、姉から使用人に気遣いしすぎる必要なないと言われます。そして夕食では、普通に仕事をするべきと意見され、心穏やかではありませんでした。次の日、母と姉の絵の指導役として画家のクリストファー(クリストファー・ベイカー)が現れ、歓迎しました。次の朝、家族にクリストファーやローズも加えてピクニックを楽しみ、思い思いに会話をして過ごしました。

エドワードは時間があればローズに声をかけ、親しくなろうとします。そして、難色を示す母と姉を押し切って、ローズを食事に誘いましたが、そもそも気に入らなかったシンシアは、料理の件でシェフにクレームし、険悪な雰囲気になってしまいます。エドワードは途中で席を立ち、家に帰った母は、父に早く来るように連絡します。そして次の日も、クリストファーやローズとの会話を楽しみながら、過ごしていきました。しかし、夕食の会話になると、相変わらず気まずい雰囲気は続き、エドワードの恋人との話になって、またしてもシンシアは口論になって切れてしまい、食事中に席を立ってしまいます。母は、娘の態度をクリストファーに謝罪し、戻ってきた姉は、自分のことも気遣ってほしいと母に喚き散らしました。母は、一向に来ない父に、これ以上耐えられないと電話しました。

外で絵を描いているクリストファーに話しかけたエドワードは、強い信念を持つべきだと励まされました。別荘に戻ったエドワードは部屋に閉じこもると、落ち着いてきたので、シンシアに謝罪し食事の時間を知らせます。母は、結局来ない父に切れて、興奮しながら食卓に着いたため、シンシアとエドワードは気遣います。エドワードは旅立つ前の日にローズと親しげに会話を交わしましたが、ローズはそのままメモを残して別荘を去り、翌朝、エドワードはショックを受けました。そして、クリストファーと再び話をし、自分の道を信じて進むよう助言されました。その後、クリストファーは、家族たちと別れを惜しみ、その場を去っていきます。一行は、別荘を着た時の状態に戻し、休暇を終えて、シリー諸島をあとにしたのでした。



家族の波紋

シリー諸島で、絵のような風景の中で、画家が絵をかいています。そこから物語は始まりました。母と姉と弟の3人の家族。父親は後から合流する予定の様です。そして、滞在中に母と姉に絵を教える画家。住み込みの料理人のローズ。弟がアフリカにボランティアに1年間旅立つ前に家族旅行で2週間滞在するようです。上流階級の家庭で、あくまでもそれらしく振舞うべきと考える母。現実的な姉。自信なげで、進路に迷いがある弟。弟はローズが気に入って、しきりに一緒にいようとしますが、母も姉も明らかに身分の違う人間に対する、冷めた対応をしています。そんな中で家族の感情の微妙なずれが始まり…。

絵が美しいといいますか、絵画の中で人が動いているイメージでした。カメラは風景や背景に固定され、その中を人が動く。会話も固定したカメラの中で行なわれます。会話する人をアップにするのはラストの画家の語りの部分だけだったと思います。目新しい手法でした。家族の中のすれ違いや、居心地の悪さは、自分でも身に覚えがあるようなものです。テレビもスマホも登場しない別荘での、人との会話だけで過ごす2週間。今では体験できないようなことですが、この様な状況でこそ、人間力が鍛えられるなぁと思いました。

エドワードが好意を示しても、役目が終わればあっさり消えてしまうローズは、階級社会での身の振り方をわきまえています。そんな大人の行動が要求される2週間。エドワードにとっては一つの成長があったのかもしれません。裕福そうで羨ましくも見える、上流階級の日常を切り取った一コマ。堅苦しい作法を、エドワードもシンシアも身につけていくのでしょうか。最後まで、淡い絵画のような画面が見事でした。

2020.4.14 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞
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テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング」

Amazonで、おすすめっぽく、露出度が高かったので、面白そうなので見てみました。2018年の映画で、アメリカのロマコメ。主演は、エイミー・シューマーです。アビー・コーンとマーク・シルヴァースタインの共同監督になります。

あらすじ
レネー(エイミー・シューマー)は少し太めの女性。高級化粧品会社で働いていますが、オフィスは薄暗い地下でした。唯一の同僚のメイソン(エイドリアン・マルティネス)はコンピューターオタク。親友のヴィヴィアン(エイディ・ブライアント)とジェーン(ビジー・フィリップス)とは、一緒にふざけた写真をインターネットに投稿するのが楽しみです。ある日レネーは、仕事で憧れの本社ビルに向かい、美しい創業者一族のエイヴリー(ミシェル・ウィリアムズ)を見て憧れ、受付を募集していることを知ります。そして、会議室では創業者のリリー(ローレン・ハットン)が大衆向け化粧品を全国のスーパーで売ることを企画していました。

レネーは、スポーツクラブで頭を強打し、鏡を見て、美しくなった!と叫び、勘違いが始まります。本社の受付業務の面接に挑戦。自信を持ったレネーは、ポジティブに押して採用され、街で出会ったイーサン(ローリー・スコーヴェル)とも仲も進み、デート中に水着コンテストに飛び入り参加。明るくアピールし、観客の喝采を浴びます。そして、エイヴリーから、スーパーで売る化粧品について、大衆の視点からアドバイスを求められ、ボストンでの製品のプロモーションに同行することになりました。ところが、大喜びのレネーは、親友のジェーンとヴィヴィアンに思い上がった態度で接して怒らせてしまい、ホテルでは部屋のシャワー室で頭を強打。自信の持てないレネーに戻ってしまい、イーサンにも別れを告げました。

奇跡の再現を狙って、スポーツクラブで頭を強打しようとしますがうまく行かず、宅配業者に扮して本社に忍び込むと、製品発表のパーティがあることを知ったレネーは、ヴィヴィアン、ジェーンに謝罪すると、パーティーの件を話して協力を頼み、パーティ当日、レネーはプレゼンのコンピュータ担当のメイソンと裏口から忍び込みました。エイヴリーのプレゼン中に、電気を落とし、当惑するエイヴリーの後ろからレネーが登場します。レネーはメイソンの映し出す写真に乗って、小さな少女の夢を持ち続け、自分に自信と誇りを持ってと呼びかけ、大衆向け化粧品のプレゼンを行い、大きな拍手で迎えられました。エイヴリーは喜んでレネーを抱きしめ、パーティ後、イーサンとも復縁し、自信に満ちた日々を取り戻すのでした。



アイ・フィール・プリティ!

冒頭から面白くて笑えます。しっかり捕まってしまいました。その笑いは、殊に前半は絶好調で、レネーが笑いの中で成功を収めていくわけですが、さすがに絶好調になると、いささか調子に乗り過ぎた感じで、少しづつ狂いはじめ、見ている方もオイオイと不安が胸をよぎります。そして、ガラスにぶつかる体当たりの演技。そして、感覚が現実に戻るわけですが、ずっとこれが現実であったということを認識すると、自分の容姿へのコンプレックスから解放され、ハッピーエンドとなりました。面白くて、まさにコメディの王道的な展開で、文句はありません。

全体としては、きわめて一般的かつ普遍的なメッセージ性を持っていますが、まぁ、それはよく言われることでもあります。全体の内容を通してみても、レネーの性格が転落前と後で変わったとはとても思えず、変わる前だって、十分ポジティヴで面白い性格だったように思います。本人的には、変わったのかもしれませんが、周りから見れば何も変わってないという状態。ただ、本人が少しポジティブに表現していくようになっただけ。あるいは、ちょっとハイになっただけみたいな感じでした。それは、ある意味より現実的なのかもしれません。

それはともかくも、下ネタあり、痛い演技ありで、笑える時間が多いので、とても面白いと思いました。どうかなぁ?と思って見始めたのですが、いきなり捉まれてしまい、久しぶりに笑いが止まらなくなる映画を見させていただきました。やはり、この手のコメディ時々見るといいものだと思います。ところで、あまりレネー、レネーと言われると、ブリジットに繋がっていくのですが…。体型も大きめですし、何か意識しているのかな???

2020.3.23 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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ジャンル : 映画

「不機嫌なママにメルシィ!」数奇な生い立ちを語る一人舞台

フランスのコメディではないだろうか、と思っての鑑賞です。実際、確かにコメディではありますが、かなりシリアスなテーマもあり、また家族のテーマでもありました。2013年の映画で、フランス・ベルギー合作。監督は、ギョーム・ガリエンヌ。カンヌでは監督週間で上映され、SACD賞、C.I.C.A.E.賞を受賞。セザール賞では作品賞以下いくつかの部門で受賞しました。

あらすじ
舞台裏で準備をするギョーム(ギョーム・ガリエンヌ)。声がかかり、ギョームの一人舞台が開演し、その内容に応じて、過去の物語が映し出されていきます。

ギョームは、エレガントな母(ギョーム・ガリエンヌ・二役)の影響を受け、成長していきます。スペイン語を習いたいと申し出たギョームは、母の準備したホームステイ先に渡航。フランス語が全く通じず、フラメンコのパーティーに出るため、女主人に踊りを習いますが、それは女性の踊りで、当日は嘲笑の的になります。しかし、女っぽいことを逆に喜ぶギョームなのです。彼は、自分が母親に間違われるほど母親の仕草を真似して育っていました。母はギョーム対してはいつも不機嫌で、ギョームは運動はすべてダメ、女性的な習い事を希望すると、父(アンドレ・マルコン)にすべて黙殺され、ギョームは自分の部屋で、ブランケットをドレスのように巻き、空想の中で女性になって遊んでいると、父に見つかり、男子校の寄宿舎へ入れられてしまいました。

寄宿舎では、ゲイだといじめられ、その事実を知った両親は、今度はイギリスの寄宿学校へ転校させます。イギリスでは、ジェレミー(チャーリー・アンソン)と親しくなりますが、彼が他の女生徒と深い仲になっているの知り、ショックを受けます。ギョームは自分をゲイだとは思っていませんが、女性の仕草に魅力を感じ、細かな仕草までまねするようになり、両親はついに、彼をカウンセリングに通わせますが、全く改善の兆しはありませんでした。そこで、荒療治として、モロッコ旅行時に、ゲイのクラブに送り込み、彼に目をつけた一人の男が、彼を連れ帰りますが、ギョームがアラブ人でないとわかり、追い出されてしまいました。

彼は、今度は逆に女の子たちのパーティーに招かれ、そこで出会ったアマンディーヌ(Clémence Thioly)の美しさに恋をしてしまいます。ある日、彼をゲイだと言い張る母に、アマンディーヌと結婚したいという事と、母がなぜ不機嫌かについても解ったと打ち明けます。母はギョームが他の女に恋をするのが嫌で、元来女の子を欲しがった母は、ギョームを女の子のように特別扱いしていたのでした。

舞台上ではギョームの一人舞台も終わりを迎え、客席には母も来ていました。楽屋に戻ると、花と一緒に母からのメッセージが届いていたのでした。



不機嫌なママにメルシィ!

とりあえず、見始めて、ひとり舞台で主人公のギョームが語る話が、映像化されていくものと理解。ギョームの母への賛辞から始まって話が進んでいきます。ギョームは母のことをエレガントといいますが、あまりそんな感じは受けず、強引でパワフルな母親の様に思えました。そして、LGBTの話かなとも思いましたが、どうも、決定的でもないし、まぁ、マザコンであることは間違いなさそうだなと思ったりしていました。ギョームは母からゲイと指摘され、ゲイということと、自分が女の子と思うことに一線を引くところなど、ちょっと複雑に感じました。

そして、結論としては普通に男性でしたが、その時、常に女の子を持ちたいと思っていた母親の、複雑な気分が表現されていきます。そんな母の影響もあって、いろいろと回り道をしつつ、複雑な性格を宿していったギョームですが、その変遷を見つついろいろと考えてしまいます。LGBTと表現されるものについて、一元的固定感でくくってしまっていたことも結構多いのですが、こうしてみると、なかなか幅広いと思いました。性嗜好が絡むところや、同一世障害までいろいろで。内容や表現など多岐にわたるようです。

とまぁ、見終わっていろいろ調べているうちに、やっと気づいたのですが、ギョームとママは二役だったのですね。全くわかりませんでした。それも、自らの経験が元になっているという事で、なかなか説得力があります。そうしてみると、ギヨーム・ガリエンヌは、監督脚本、そして主演男優、主演女優といくつもの役をこなしながらの作品なんですね。驚きました。内容としては、LGBTをテーマにしつつ、家族と成長の姿を現す、面白いドラマであったと思います。

2020.5.18 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「クロッシング・ウォー 決断の瞬間」 海外派兵の意義とは

2014年の映画で、ドイツの作品。フェオ・アラダク監督、脚本によるものです。アフガニスタン駐留のドイツ軍を舞台として、現地との文化の違いがもたらす苦悩と災厄を描く作品で、ベルリン国際映画祭ではコンペティションのノミネート作品となりました。

あらすじ
イェスパー(ロナルト・ツェアフェルト)は、アフガニスタンでの駐留を引き受け、現場の小隊の長として派遣されます。彼の兄は、アフガニスタンで作戦遂行中に殺害されていました。今回のイェスパーの部隊のミッションは、駐留する地域で影響力を増しているタリバンに対して立ち上がった、反タリバンの小さな村を守ることでした。そして、地元との交流の為、タリク(ムフスィン・アハマディ)という若いアフガニスタン人の通訳を雇い入れ、現地との折衝の窓口とします。

タリクの助けも得て、イェスパーは村のコミュニティやアフガン民兵の信頼を獲得しようと努力しますが、文化間のギャップは大きく、細かな障害が立ちはだかります。その中で、イェスパーは自分たちでできる範囲で真摯に対応していきますが、本部が関与することになると、取り巻く状況の違いから許可が得られず、結果、最終的な信頼が得られないというジレンマに陥ります。一方、町に住むタリクの妹ナラ(サイダ・バルマキ)は、タリクがドイツ人のために仕事をしている為に、タリバンから脅されていました。タリクは村のリーダーと部隊に頼み、ナラを部隊の監視下に置く許しを得ました。

しかし、タリクがナラを連れて基地に戻る途中、狙撃されてしまいます。ナラは致命傷を負ってしまい、タリクが妹を基地まで連れてくると、イェスパーは重傷のナラのドイツの野戦病院までの搬送を依頼しますが、却下されてしまいました。イェスパーは周囲の反対を押し切り、守備を部下に代行させ、自らピックアップでナラを搬送することにしました。ナラの手術は成功し、命を取り留めます。しかし、不在の間に部隊が襲撃され、代行で指揮にあたっていた部下が殺されてしまいます。その結果、イェスパーは裁判を経て除隊されてしまいました。タリクは語学教師に戻り、ナラも進学への道を歩み始めたある日、タリクはバイクで走っている時、近寄ってきた車からの凶弾に倒れたのでした。



クロッシング・ウォー 決断の瞬間

アフガニスタンに駐留するドイツ軍のお話です。タリバンに対抗することを宣言した村の自警団を護衛するという任務につくドイツ軍の小隊。隊長は兄を同じくアフガンで失っています。平穏に日常生活が行われているように見える町の方も、タリバン派でないと判ると、標的となってしまうという世界です。その中で、ドイツの小隊と村の自警団と村人たち、ドイツ軍に雇われた通訳とその妹の行動が交錯し、任務と人道の狭間で葛藤が指揮官に生まれ、悲劇へと導かれます。

そもそも、どこにも出口の見いだせない話でした。派遣されたドイツ兵は、彼らの論理で行動しますが、全く地元の村人と考え方が相容れません。また、譲歩出来たところで、今度は本部と考え方が合わなくなります。いったい、彼らがここにいる意味は何なのでしょうか?という素朴な疑問が湧いてきます。それは、なぜ自分の国を出て、異民族の国に行くのかという基本的な疑問をも生じさせます。平時の旅行とか、物見遊山なら判りますが。地元にとっては、文明化とか、西洋風の価値観の押しつけとか、大きなお世話なんでしょう。派遣する国からみれば、世界各地に一定の影響力を持つという目的にはなります。

国家としての目的からすれば、ドイツ軍の本部の行動は理にかなっていますし、混乱を避けるという意味において、隊長の行動は許されないことなのでしょう。そもそも妹を迎えにやった時点で、リスクをたくさん抱えることになります。しかし、そういういろいろな事が起こるのが、戦場であり人間社会であり、また現場であると言わざるを得ません。それだけに、こういった支援活動を行うからには、派遣元である本国も含めた責任を持った対応が求められることと思います。現場に立ってみれば、その場その場で最大限の危機管理を行う事しかないはずです。アフガニスタンの風景の映像は初めて見るものですが、とても素晴らしい映像でした。

2020.3.7 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「あさがくるまえに」 素晴らしい叙情表現を体験する時間

雰囲気のよさそうな、フランス映画があったので、見てみました。2016年の映画で、フランス・ベルギー合作作品。監督はカテル・キレヴェレ。これが、長編3作目になります。ヴェネツィア国際映画祭では、オリゾンティ部門にノミネートされました。

あらすじ
夜明け前、シモン(ギャバン・ヴェルデ)は隣に眠るガールフレンドと目を交わし、窓から外に飛び出していきます。そして友人と合流し、サーフィンを楽しんだ帰途、友人の居眠り運転で脳死となってしまいました。臓器移植コーディネーターのトマ(タハール・ラヒム)は両親に、臓器提供を求めますが、父親は声を荒げて帰ってしまいます。父親が帰る途中、渡された息子の携帯に恋人からの電話が入ります。そして、家についた両親は、息子を思い出しながら決意を固め、再びトマの元を訪れて、目以外の移植に同意するのでした。

音楽家のクレール(アンヌ・ドルヴァル)は心臓が末期的症状であると自覚していました。二人の息子のうち、兄が母親を支え、弟は遠くから時々帰ってくるだけです。そして、生きるには心臓移植しかないと告げられ、人の心臓を使ってまでと悩むのでした。クレールはあるコンサートにやって来て、演奏が終わると、かつての同性の恋人である奏者と言葉を交わし、彼女は病気を知らせてくれなかったと憤りますが、クレールは「私といたら、今のあなたの成功は無かった」と答えました。夜もふけた頃、クレールの主治医のもとに、あるドナー仲介者から連絡が入りました。

トマは、降り立った医師を飛行場で迎えます。クレールにも連絡が入り、息子を待つので待ってほしいと話します。もしかして二度と会えなくなるかもしれないと、クレールは涙を浮かべます。シモンの心臓摘出手術が開始され、「血流遮断」と医師が告げた時、トマは、シモンの耳にイヤホンをはめました。恋人が選んだ波の音が流れていました。摘出された心臓は、飛行機で運ばれていきます。トマはシモンの体を丁寧に拭き、母親にメールを送ります。そして、母親は、メールを夫に見せ長い間寄り添いました。クレールの移植手術も順調に進み、心臓が動き出しました。翌朝、手術室の前では、クレールの息子たちがもたれ合って眠っていました。手術から目覚め、眩しそうに目を開けたクレールの目から、涙が今にもこぼれ落ちようとしていました。



あさがくるまえに

脳死となってしまった青年と、移植手術を受け入れる女性の物語。その一連の動きが順を追って丁寧に描かれていると思いました。前半は、恋人の部屋を抜け出した青年が、早朝のサーフィンの後交通事故で脳死状態に。そして、その両親が息子の臓器移植を受け入れる葛藤が描かれています。後半は、心臓に疾患を抱え、歩くこともままならない女性の話。重大な手術を受け入れる家庭が丁寧に描かれています。そして、それをつなぐ医師や関係者の行動があります。

表現の方法が秀逸と思いました。核心の場面を直接語ることをしません。前後の様子から、その葛藤を想像させる手法です。どう想像するかは、見るものにゆだねられています。事故の場面は実際のクラッシュは描かれず、極度に詩的な表現でその悲劇が表現され、迫力があります。両親の判断の場面もなく、前後の事実があるだけですが、その前後の俳優の言動でその葛藤を表現します。そして、手術の時に息子が現れない情景で、これでもう会えないかもしれないという大きな不安が表現されます。

こういった間接的な表現ですべてが語られていく映画。ラストの目覚めの表情も含めて、これは上手いなと思いました。すべてを見終えた後でも、映画の中で流れる情感に漂いながら、独特の世界に連れて行ってもらった感じがしました。そして、コーディネーターが波の音を聞かせる場面は大変感動的でした。クレール役のアンヌ・ドルヴァルさんは、なかなか雰囲気があって良かったと思います。カテル・キレヴェレ監督は、これが日本初公開とのこと。いろいろと見てみたいと思いました。

2020.02.12 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「女のみづうみ」 川端康成を題材に岡田茉莉子で描くアート

川端康成の小説「みづうみ」を原作とした、吉田喜重監督、岡田茉莉子主演による、1966年の映画です。原作を翻案した作品となっていて、内容は小説通りではないようです。現代映画社製作で、松竹配給。アートな映画が期待できそうです。

あらすじ
水木宮子(岡田茉莉子)は、会社重役(芦田伸介)の妻としての不自由ない生活の一方で、室内装飾家の北野(早川保)という愛人と、月に数回ホテルで会う関係を持っていました。ある夜、宮子は北野の願いでヌード写真を撮らせ、現像のために持ち帰る途中で、男に襲われバッグを奪われてしまいます。バッグを奪った男からの連絡で、宮子は夫を偽り、男に指定された列車で上野駅発ちました。そして、目的地近くの乗換駅で足止めを食らい。駅で待つ宮子の前に、サングラスの男が現れます。桜井銀平(露口茂)という男で、フィルム入りのバッグを奪った人物でした。

宮子は銀平に脅され、さらに銀平は金での解決には応じません。さらに、北野が宮子を追って現れ、宮子は北野と行動を始めました。温泉地のホテルに二人で宿泊し、楽しんでいると、そこに北野の婚約者の町枝(夏圭子)が現れました。町枝も強引に同じ部屋に泊まることになり、北野は宮子に、町枝と一緒になる気はないと言いますが、宮子の気持ちは離れていきました。そのころ銀平は温泉町の写真屋で宮子の裸体を現像し、さらに写真屋も宮子のヌードを勝手に焼き増したりしていたのでした。宮子は写真屋を訪ね、親父から写真を買い取ると、北野を振り切って銀平に会いに行きます。

宮子と銀平が海岸線を歩いていると、北野がやって来て桜井に襲い掛かり、その時宮子は、北野への気持ちが消えでしまいました。そして、宮子と銀平は険しい海岸線をたどって崖の上に立ちます。再び海岸に降りると、途中で映画の撮影隊に出会い、しばらく見学した後、打ち上げられた難破船の中で体を求め合いました。そして、険しい海岸性を歩きながら、ついに宮子は銀平を突き落とします。宮子がホテルに戻ると、夫が訪ねてきていました。夫にすべてが終わったと話し、二人で東京へ帰る列車の中で、宮子は銀平を見かけます。車内で銀平を追う宮子は、殺す気はなかったとは語るのでした。



女のみづうみ

吉田喜重監督、奥さんの岡田茉莉子さん主演の作品。この組み合わせは、秋津温泉を見て以来です。冒頭からアート系の美しい画像に引き寄せられます。見入っていると、芦田伸介の登場でちょっと現実に引き寄せられます。そして、代ゼミの前の人込みとかで、また少し現実に戻り、再び芦田伸介の夫婦論で、ぐっと現実に引き戻されてしまいました。しかし、そこから北陸への鉄道の旅。汽車旅の雰囲気がいい感じです。

北陸についてからも、アートな基調は続くのですが、やはり芦田伸介の夫婦論が出てから半信半疑で、北野が登場してからは、せっかくの雰囲気が、下世話で卑俗な不倫話に戻されてしまいました。せっかくなら、もっと振り切ってアートに走ってほしかったと少し残念。特に、砂丘の斜面で北野が乱入してくるところとか、ちょっと勘弁してほしい感じです。まさに、あなたなんか、ここではお呼びでないという事でした。

断崖の後の映画の撮影隊の登場で、虚構性を示したのではないかと思いました。ヨーロッパの映画でも時々見かけます。宮子が突き落とす場面は明確に映さず、暗喩的な表現でした。そして、ラストで銀平が再登場。ストーリーとしては筋が通っていますが、それでも、現実と虚構の間を行き来した感じがしました。この海岸に出てからの場面は素晴らしいと思います。芦田伸介も登場しますが、北野が消えたので雰囲気が壊れません。破船といい、露口茂の演技といい、最後までしっかりと締めてくれました。

そして、これは、鉄道の映像が美しく撮られている映画です。行きは客車急行のグリーン車。そして、話の筋からすれば、動橋駅で降りて北陸鉄道の片山津線に乗り換えです。1965年に廃止された、わずか2.7kmの路線で、脱線の復旧待ちというのがのどかです。歩いたほうが早そうですね。北野が追いかけてきたのは471系急行電車、そして圧巻はラスト。ED70のアップと旧客の直江津行きの車内。素晴らしい鉄道風景を残してくれました。北陸本線の旧客の普通列車は、何度か長い距離を乗ったことがありました。大変懐かしかったのでした。

2020.3.9 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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ジャンル : 映画

「海底のヴィーナス」アネット・ケラーマンの水中撮影を見る

百万弗の人魚で見た、アネット・ケラーマンを見てみようと探したら、一本出てきました。1924年の映画で、もちろんサイレント。そして、アネット・ケラーマンの最後の映画です。監督は、夫のジェームズ・サリヴァンです。この映画は、ニュージーランドで撮影され、2004年にアメリカ議会図書館により復元されました。
原題:Venus of the South Seas

あらすじ
南海の小島マネアに、真珠の採集を営む白人ロイヤル(ローランド・パデュー)と、その娘ショーナ(アネット・ケラーマン)が、豊かな自然の中で、原住民に仕事をさせながら、のびのびと暮らしていました。原住民の中には真珠を掠め取ろうと企むものもいましたが、泳ぎの達者なショーナに、水中ではかなうものがなく、盗難を未然に防いでいました。しかし、父親の友人であり、島への定期船のドレイク船長(ノーマン・フレンチ)は、原住民の一部と通じ、騙して真珠を掠め取ろうと企んでいました。

ある日、島の沖に豪華なヨットがやってきて、好奇心から泳いで船に乗り込んだショーナはそこで資産家の息子のロバート(ロバート・ラムジー)と出会います。ロバートはひと目でショーナを好きになり、二人は島の中で楽しい時を過ごしました。そして、ヨットの出航の時間になると、ロバートはショーナとの再会を約して帰っていきました。その後、ショーナは島の子供たちに物語を聞かせたりして、のびのびと暮らし、ロバートは、一旦港に戻ると、ドレイク船長の船に水夫として乗り込むことに成功しました。

ある日、ショーナの父親が亡くなり、ドレイクの手先の原住民が、父親が隠していた真珠の小箱を狙って、ショーナに迫ります。ショーナは海に逃げ、追いかける原住民を倒して漂流していると、ドレイク船長の船に救助されました。しかし、真珠を狙っていたドレイクは、ショーナを船室に監禁。ショーナは真珠を渡すまいと海に投げ入れます。船員が海に潜っても深くて到達できず、ショーナが海に潜って真珠の小箱を回収すると、ロバートのボートに浮き上がり、二人は無事その場を脱出したのでした。



海底のヴィーナス

百万弗の人魚を見た時に、動画を探していて発見したので、続けて見てみました。これは、百万弗の人魚のモデルとなった、アネット・ケラーマンの最後の作品になります。そして、監督のジェームズ・R・サリヴァンは、映画にも出てきた、アネットの旦那さんですね。これが、彼の唯一の監督作品と思われます。成立年代はサイレント作品の中では比較的新しいのですが、残念ながらメジャー作品と比べると、ちょっと見劣りがする感じがしました。

この映画の見せ場の一つが、アネット・ケラーマンが子供たちに語る物語のシーンで、その物語の内容が、水中の演技で表現されています。水槽の中での演技のようですが、まったく地上と同じような表情で演じているところはすごいと思いました。そして、一部海底の魚など、プリズマカラー方式で彩色されていました。ストーリーは真珠の盗難をたくらむドレイク船長を阻止する若い二人の活躍というものですが、船長は顔のアップとかも少なく、悪人らしく見えないので、よくわからない感じ。あまり人物描写がうまくいってないと思いました。いろいろな要素を見せて楽しんでもらおうという趣旨の映画かな?

今回は、伝説のアネット・ケラーマンを見られて良かったということですが、やはりハリウッドで撮られた全盛期の、この10年ほど前の作品を見てみたいなと思いました。サイレント映画鑑賞は、映画の歴史を追いかけつつ、往年の名女優を楽しむとか、ちょっとエポックメイキングであるとかなどで興味を持った作品が、時折ネットで全編視聴可能になっていることもあり、サイレント映画の字幕くらいの長さの英語だと、それほど読むのも大変ではないので、たまに楽しんでいます。このあたりの映画も、一つの楽しみの宝庫だとは思います。

2020.6.7 HCMC自宅にて YouTube よりのパソコン鑑賞

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ジャンル : 映画

「百万弗の人魚」 エスターの演じるアネット・ケラーマン

初めて見るMGMの水中レビュー映画。主役は、水中レビュー映画のスター、エスター・ウィリアムズです。1952年の映画で、監督はマーヴィン・ルロイ。20世紀初頭の水中レビューのスター、アネット・ケラーマンの半生を描くもので、オスカーでは、撮影賞(カラー)にノミネートされました。

あらすじ
20世紀初めのシドニーで、ケラーマン音楽学校を経営するフレデリック(ウォルター・ピジョン)は、一人娘アネットの足が弱く、歩くのをあきらめていたところ、アネットは一人で水泳を楽しむようになり、競泳では連続して州のチャンピオンになるほどになりました。やがて経済恐慌から音楽学校は閉鎖され、友人を頼って、美しく成長したアネット(エスター・ウィリアムス)と共にロンドンに向かいます。船中で、父娘はジェームズ・サリヴァン(ヴィクター・マチュア)という興行師に出会い、彼はアネットの美しさに惹かれ、いっしょに水泳を武器に一儲けしようと勧められます。二人は断ったものの、ロンドンに着くと、友人は既に亡くなっており、途方に暮れたアネットのところに、ジェームズが現れました。

アネットとジェームズは、新聞記者に予告してテムズ河の遠泳をしたところ、たちまちロンドン中に知れ渡り、ジェームズはアネットと組んで、ニューヨークの大劇場ヒッポドロームに売り込もうと全財産をはたいて海を渡りますが、支配人のハーパー(デイヴィッド・ブライアン)はすげなく断り、ジェームズたちはボストンのビーチで遠泳を試みるも、ワンピースの水着姿が不謹慎と騒然となり、裁判ざたにまでなりました。その水着で有名になったアネットは、小さなショーをやるようになって人気を博しますが、ある日、ジェームズは飛行機とアネットのショーをミックスした企画をたてる一方、アネットは堅実な道を主張し、喧嘩別れになります。そして、ジェームズが一人で旅立ったところに、ニューヨークから、水上ショーへの出演依頼の知らせが入りました。

ニューヨークでは、父もオーケストラの指揮者に雇われ、アネットのショーは大人気となります。しかし、まもなく父は演奏中に倒れてこの世を去り、アネットはハーバーからの求婚を受けます。ちょうどその頃、ジェームズは大陸横断飛行レースに出場、しかし墜落してしまい、幸い軽傷で済んだものの、再びどこかへ立ち去ってしまいました。アネットのハリウッド進出に合わせて、二人で西へと向かったハーバーとアネットですが、水中レヴュー映画の撮影中、思いかけない事故でアネットは重傷を負ってしまい、ジェームズは病院を訪れ、毎日のように面会を申し入れました。ある日ハーパーも同席して面会。その場で、アネットとジェームズが本当に愛し合っていることを知ったハーバーは身を引き、二人は結ばれるのでした。



百万弗の人魚

水中レビュー映画で活躍したエスター・ウィリアムズの代表作の一つ。エスターと言えば、「私を野球につれてって!」を見ましたが、水中レビューではありませんでした。水中レビュー映画自体見たことが無かったので、楽しみに鑑賞しました。やはり、ヒッポドロームでの壮大なレビューが素晴らしかったです。今でいうと大規模なアーティスティックスイミングですね。ストーリーは、やはり水中レビューや、映画女優として活躍した、オーストラリアの女優、アネット・ケラーマンの半生記。エスター・ウィリアムズとの経歴がダブります。

エスター・ウィリアムズは水泳選手で世界記録保持者。1940年の東京オリンピックに出場する予定がかなわず、スカウトされて女優の道に入りました。ケラーマンもオーストラリアでは無敵の少女でアメリカにわたり、水中レビューやハリウッドで大活躍。この映画の内容の様に、新しいワンピース水着スタイルの先駆者であり、ハリウッドでは人魚役や水中撮影で活躍し、またメジャー女優として初のフルヌードを披露しています。(「神の娘」…残念ながら失われた映画です)。二人とも水泳選手だけあって、がっしりとした体格をしています。

スターの半生を扱った映画は、たくさん作られていますが、ショービジネスの舞台裏も良くわかり、大変興味深いです。また、関連していくつかの作品を見たくなるという効果も持っています。エスター・ウィリアムズは、水中レビューが下火になって女優を引退してしまったのは残念ですが、後年、ザッツ・エンタテイメントPART3などにも出演していますね。エスターとアネットの関係も興味深く、劇中で出てきた「海神の娘」は、エスターも同名の映画を撮影していますし、(邦題:水着の女王)、そもそもこの映画の題名は、アネットの「神の娘」が、上映時間3時間の超大作で、予算が百万弗であったという事も関連していると思います。まさにエスターはアネットの再来であったということでしょうか。「神の娘」が失われていることが大変残念です。

2020.6.7 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「クワイエット・プレイス」 沈黙のワンシチュエーション

音に反応して人を襲う怪物と戦う映画。2018年の映画で、オスカーで音響編集賞にもノミネートされました。監督はジョン・クラシンスキー。全米大ヒットとなり、続編も製作されています。

あらすじ
2020年。メキシコに落ちた隕石と共に、進入してきた怪物は、盲目ながら聴覚が異常に発達していました。彼らは、少しの物音でも聞きつけて、人類を襲い始めます。圧倒的に大きく、凶暴な怪物に、人類はなすすべなく駆逐されていきました。

アボット家は、手話を使いながらかろうじて生き残っていました。ある日、町の雑貨店に必要なものを取りに行った帰りに、長女のリーガン(ミリセント・シモンズ)が与えたおもちゃの音で、まだ幼い次男が怪物の餌食になってしまいます。時がたっても、リーガンは弟のことにずっと責任を感じていました。また、彼女は聴覚障害があり、父のリー(ジョン・クラシンスキー)の作った補聴器を使っていますが、満足には音を聞くことができませんでした。そして、母・イヴリン(エミリー・ブラント)は臨月を迎えようとしていました。

怪物はこの一帯では、3匹確認していました。イヴリンの予定日も迫り、リーはリーガンに、新しく作った補聴器を渡しています。そして、リーガンに母親のケアを頼み、長男のマーカス(ノア・ジュープ)を連れて、滝に出かけました。滝では声がかき消されるので、会話ができます。イヴリンは、破水したため、地下室に移動しているときに、釘を踏み抜きますが、何とか声を抑えると、非常を知らせるため、家のライトを赤に変え、バスタブで出産の準備を整えました。リーは赤い光を見て、怪物をひきつけておくため、花火をあげるよう指示します。一方、留守番のはずのリーガンは、滝に行けなかったことが不満で、一人で外に出ていましたが、花火の音で、母の出産を知りました。

イヴリンはバスタブでなんとか出産を終え、戻ったリーは赤ん坊に小さな酸素マスクをつけて箱の中に入れます。一方外にいたリーガンはマーカスと合流しますが、穀物サイロに落ちてしまいました。そこにやってきた怪物は、リーガンの新しい補聴器の共鳴音を嫌い、去っていきます。リーは子どもたちを助けると、トラックに向かいますが、怪物は二人の乗ったトラックを襲おうとしたため、リーは声でエイリアンをひきつけ、自分は殺されてしまいました。トラックで家まで帰った二人はイヴリンに迎えられると、そこにも怪物が出現。リーガンは、サイロでの警官から補聴器をマイクに近づけて拡声し。怪物にダメージを与え、そこへイヴリンが猟銃で撃ち殺しました。そして、周囲に群がっている怪物に対して次の攻撃の準備をするのでした。



クワイエット・プレイス

これは、劇場で見てみたかったと思いました。以前、パラノーマルアクティビティを劇場で見て、これを家で見るとだいぶ印象が違うだろうなと思ったのですが、逆にこれを家で見ていると、静寂の緊張感が劇場でどういう風に体感できるものか感じてみたい気がしてきます。音を立ててはいけないという緊張感は、そのまま張りつめた静寂の緊張感となって、少しの物音も劇場で響き渡るという効果があると思います。観客の誰か変な音を立てたにしても、すぐにわかってしまうでしょう。

内容は、全体を俯瞰して見ると、いろいろツッコミどころもありそうで、ワンシチュエーションを楽しむホラーという格好になります。途中で出てくる、突然叫びだす老人が、顔をゆがませて爆発していく演技とか、小技ではありますが、なかなか面白かったと思いました。クリーチャーも最後の方でアップで全貌が見られますが、まずまずいい出来であったのではないかと思いました。

失笑してしまうような場面もあり、どうしても都合の悪いところは飛ばしている感じですので、まぁストーリーは語ると落ちるのはもちろん、問いにも落ちるという感じです。ただただ、アイデアと雰囲気の勝負については、見事です。今年は、続編のクワイエット・プレイス PARTIIも公開されるようですが、この農場から出て、外の世界で戦うことになるようです。エミリー・ブラントといえば、このシリーズという事になってしまうのでしょうか…(笑)。

2020.3.28 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「とうもろこしの島」ある年戦場の川の中州で営まれた出来事

ジョージアとアブハジアの紛争の一コマを描く2014年の映画。ジョージア・ドイツ・フランス・チェコ・カザフスタン・ハンガリー合作の作品です。監督は、ジョージアのギオルギ・オヴァシュヴィリで、カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭でグランプリ受賞。同年、東京国際映画祭のワールド・フォーカスで上映されました。

あらすじ
アブハジアとジョージアの紛争は1992年に発生。この二つの地域を分かつコーカサスから黒海に注ぐエングリ川は、毎年春の雪解け水が運ぶ土砂で、肥沃な中州を作ります。そして、農家は毎年この新くできた中洲を見つけ、春から秋にかけてとうもろこしを栽培し、越冬の準備をするのでした。

アブハジアでとうもろこしを育てて暮らす老人(イリアス・サルマン)は、舟で新たな中州に辿り着きました。土の感触を確かめると、老人は小舟で木材を運び、更に孫娘(マリアム・ブトゥリシュヴィリ)を連れてやってきて、二人で中州に小屋を建て、土を耕しとうもろこしの種をまきます。時折行きかう船は、ジョージア兵が乗った警備ボート。孫に「ここは彼らの土地?」と問われた老人は、「ここは耕す者の土地だ」と答えました。二人は自給自足の生活を続けていき、時折川岸の方から響き渡る銃声にも、老人は何事もなかったように作業を続けていくのでした。

とうもろこしが成長し、背丈ほどになってきた時、兵士が畑の中に入り込み、とうもろこしを踏みつけられているのを発見します。それから、老人と少女は布団を運び込み、小屋で寝泊まりするようになりました。ある日の朝、畑の中に負傷したジョージア兵(イラクリ・サムシア)が倒れているのを発見し、二人は小屋の中に運び込むと、敵兵を探しに来たアブハジア兵には知らないフリをしながら、兵士の手当てを始めます。徐々に回復した兵士に、少女は「あなたって素敵ね」と語りかけました。二人でじゃれ合い始めたのを見た老人は、少女を家に戻しました。老人を怪しんでいたアブハジア兵が再び現れたため、ジョージア兵は咄嗟に隠れます。老人はアブハジア兵をそつなくもてなすと、アブハジア兵は去っていきましたが、危険を察したジョージア兵は姿を消してしまいました。

やがて収穫の時期を迎え、老人と少女はとうもろこしを刈り取っていると、例年より早く急に激しい雨が降り出してしまいました。川は一気に増水し中州を浸食しはじめます。二人は大急ぎで収穫済みのとうもろこしを小舟に運びますが、水の威力はますます強くなり、少女ととうもろこしを舟に乗せた老人は、必死に小屋の柱にしがみつきますが、すぐに小屋も倒れ川に飲み込まれてしまいました。

春になって、小さな中洲に、新たな土地を探している男が降り立ちます。土を確かめた男は、古びた人形を見つけました。それは少女が小屋に残したもので、男は持ち主を想い空を見上げるのでした。


とうもろこしの島

前日もジョージアの紛争の映画を観たばかりで、続けての鑑賞です。やはり、紛争地帯の映画は悲劇と隣り合わせなので、どういう悲劇がどういう形で訪れるのか、かなり心配しながら見ることになりました。ここは、川の中州の小さなとうもろこし畑。川魚を獲り、とうもろこしを育てる老人と孫娘。時折鳴り響く戦火の銃声にも動じす、日々の営みを続ける二人が美しい映像で描かれています。アートフィルムとでも申しましょうか。「草原の実験」の雰囲気にも近いものがありました。そして、悲劇は意外なところからやってきました。

なかなか、唸ってしまうラストでした。悲劇にいいも悪いもないと思いますが、何かこの超越した感じが雄大な自然の中の営みと重なり、神々しさを感じてしまいます。戦争を超越した大自然の力を見せつけるようなラスト。そして、再び時は流れていきます。素晴らしい映像だと思いました。老人と孫娘の二人の演技も素晴らしいものでした。孫娘役の、マリアム・ブトゥリシュヴィリの少女から大人へと変わる時期の初々しい雰囲気が大変良かったと思います。ジョージア兵にいたずらする時に赤い服を着て小屋の陰に立つところとか、芸術的な美しい場面です。背景の干した魚も良いです。長く記憶にとどめたい映画だと思いました。

さて、この映画は数々の映画祭の賞を獲得していますが、FIAPF公認のコンペティションで唯一受賞したのが、チェコで行われるカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭です。この映画祭、長らく共産主義政権の統制下にあり、受賞作はソ連東欧等、旧共産圏の映画がほとんどを占めていました。その中で1958年に日本映画の「異母兄弟」がグランプリを受賞したのが異彩を放っています。とはいっても家城巳代治による独立プロダクション作品です。20世紀も終わりになると、新体制となり2001年の「アメリ」など、幅広い作品が受賞するようになりました。そして、この映画は2014年のグランプリ作品となったのでした。

2020.3.26 HCMC自宅にてAmazon Primeよりのパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
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プロフィール

torrent13

Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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