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「チャンス! メイドの逆襲」 中米産のゆるい風刺コメディ

Amazon Primeの会員特典にある映画で、中米パナマ産というのも珍しく、トライしてみました。日本公開の履歴を探ってみたのですが、映画祭のみで一般公開やメディアは見当たりませんでした。この映画は2011年の「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」で、脚本賞を受賞しています。その時の邦題は、単純に「チャンス」です。そういう意味で、日本にもゆかりのある作品なのでした。2009年のパナマ・コロンビア合作映画。監督は、アブネル・べナイムです。
原題:Chance (2009)

あらすじ
トーニャ(Rosa Isabel Lorenzo)とパキータ(Aida Morales)は長年パナマ人家族のゴンザレス=デュポア家にメイドとして仕えていました。当主のフェルナンド(Francisco Gattorno)は大統領選出馬を目指して準備を進めているところでした。しかし、二人への給料もここ2ケ月支払われておらず、仕送りができないとコロンビアに残した息子が学校にいけなくなり、ゲリラ戦士に取られてしまうという事態になってしまったパキータは、日頃の二人への高圧的な態度への鬱憤も頂点に達し、いくら懇願しても支払われないと見るや、フェルナンドの一家がマイアミ旅行に出かけるある日、ついに当主の拳銃を奪い、一家を監禁し支払いを要求するという行動に出ます。

一家は、夫フェルナンドと妻グロリア(Isabella Santodomingo)、双子の姉妹のマリビ(Maria Alejandra Palacios)とマリテ(Maria Cristina Palacios)、そして末っ子のダニエル(Juan David Valdez Lauri)の5人家族。2人になついているダニエルを除き、半ば暴力的に拘束し、支払いを要求しますが、ここで一家は借金だらけで全く金が無いことが判明します。パキータはグロリアを伴い、家財道具や贅沢品を持ち出しては売却し、いくらかの現金を得ますが、その中にあったビデオカメラに、ダニエルが盗撮した家族の秘密の映像が残っていることが判明。それを見たグロリアも家族への怒りと失望が頂点に達し…。そして、一定の現金を得ることができた2人は、コロンビアに向かい新たな生活をスタートするのでした。



チャンス(2009)

「チャンス」とは、映画の中で出てくる、いわゆる宝くじのこと。市井の人々は一獲千金を求めて買っています。さて、この映画は全体的には緩いブラックコメディで、そこここに、ちょっと過激な部分も感じますが、さりとてどこまで過激かというと微妙なところ、という感じ。近年、「人生スイッチ」を見て、南米のコメディの過激さの線がどこにあるのかな?と考えていましたが、この映画も微妙なラインを見せています。内容を説明すると過激になりますが、見ていると普通に笑って見ていられるという不思議な線だと思いました。

この映画は、パナマで大統領選に出馬しようとする、上流家庭を舞台にしています。演説では美辞麗句を並べながら、実態は…という、偽善を笑い飛ばす、風刺的なブラックコメディ要素があります。街の様子や、貧民街的な部分も登場し、そこは上流家族の踏み入れないところではあるのですが、さりとて恐怖の的になるような風情ではなく、そこも結構ゆるいのです。低賃金労働と搾取の実態や、その中で生きる人々というテーマ性もチラッと顔を見せますが、やはりコメディです。二人のメイドのやっていることはあくまでも過激ではありますが、笑えます。

そして、ダニエルの盗撮が決め手となり、上流家庭が崩壊の危機に…。これも、シレっとしていてなかなか過激な内容を映し出しています。とにかく、いろいろな事を盛り込んで、さらっと流している感じがとても面白く、この辺りのセンスは癖になりそうです。同じような感覚を覚えるのは、やはり人生スイッチなのですが、これはラテンアメリカのコメディの特徴なのでしょうか。久しぶりに中南米のコメディを見て、いろいろと探して見たくなりました。

2019.12.17 HCMC自宅にて、Amazon Primeよりのパソコン鑑賞

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ジャンル : 映画

「嵐が丘(1992)」 原作のストーリーを忠実に再現した愛憎劇

エミリー・ブロンテの唯一の小説である嵐が丘は、世界の十大小説とも評される名作文学です。映画化された回数もかなり多く、その激しい内容が人々を引き付けています。今回見たのは、1992年製作のイギリス映画で、監督はピーター・コズミンスキー、主演はジュリエット・ビノシュによるものです。

あらすじ
荒野を行くエミリー・ブロンテ(シンニード・オコナー)が朽ちた屋敷を見て、どんな物語があったのか想像する。そんな彼女の語りで物語は始まります。

ロックウッド氏(Paul Geoffrey)は嵐の中で道に迷い、嵐が丘の屋敷にたどり着きました。主人から宿泊を断られますが、少女に誘われ古びた部屋を与えられます。嵐は吹きすさび、突然窓が割れると、若い女の亡霊が現れるのでした。これは、そこに住む住人たちの物語なのです。

昔、嵐が丘には、主人のアーンショー(ジョン・ウッドヴァイン)、アーンショー夫人、その子供のヒンドリー(ジェレミー・ノーザム)とキャシー(ジュリエット・ビノシュ)が住んでいました。ある日主人は外出先から身寄りのない男児を連れて帰り、彼をヒースクリフ(レイフ・ファインズ)と名づけて自分の子供のように可愛がります。ヒースクリフはキャシーと仲良くなりましたが、アーンショー氏が死ぬとヒンドリーが継ぎ、彼はヒースクリフを下男にし、教育も受けさせず虐げました。それでもヒースクリフとキャシーは仲が良いまま、お互いに恋心を抱きます。ある日2人は近くのリントンの屋敷を覗きに来ていました。リントン(Simon Ward)、リントン夫人、その子供のエドガー(サイモン・シェパード)とイザベラ(ソフィー・ウォード)が住んでいました。キャシーは優雅な暮らしが羨ましく覗いていましたが、家人に見つかって逃げるときに足を怪我してしまい、その家でしばらく世話になると、ヒースクリフを必要としつつも上流に憧れを抱いていたキャシーは、エドガーの求婚を受けてしまい、失意のヒースクリフは姿を消してしまいます。

ヒースクリフは裕福になり、復讐の為戻ってきます。ヒンドリーの妻は子供のヘアトン(ジェイソン・リディングトン)を出産した後亡くなり、嵐が丘では父子とメイドのエレン(ジャネット・マクティア)の生活でした。妻を亡くし荒れた生活を送っていたヒンドリーはヒースクリフとの賭けに応じ、嵐が丘をそっくり奪われてしまいます。嵐が丘の主人となったヒースクリフはヘアトンを下男にすると、エドガーとキャシーの住む屋敷を訪れます。心の中でキャシーへの愛と憎悪がせめぎ合うヒースクリフは、イザベラを篭絡し結婚します。しかし、二人の間に愛はなく、妻を虐待する日々でした。イザベラは嵐が丘を離れ、一人でリントン(ジョナサン・ファース)を出産します。ヒースクリフはキャサリンと密会を続け、愛と憎悪をぶつけ続ける中でキャシーは病に伏し、娘のキャサリン(ジュリエット・ビノシュ二役)を産むと亡くなってしまいました。

リントンの屋敷ではエドガーとキャサリンの生活となり、キャサリンは瑞々しい女性に成長した時、嵐が丘に迷い込むとヒースクリフと出会います。キャシーそっくりに成長したキャサリンを見たヒースクリフは、エドガーへの復讐として、母が亡くなって帰ってきていた病弱のリントンと結婚させ、病弱なリントンとすでに衰弱しているエドガーの死を待ちます。しばらくすると二人とも亡くなり、ヒースクリフはついにエドガーの屋敷と財産をも手に入れることに成功しました。嵐が丘では、ヒースクリフとヘアトン、キャサリンそしてエリンの生活になりましたが、やがてヘアトンとキャサリンの間に愛が芽生え、新しい時代が始まる中で、ヒースクリフはキャシーへの思いに苛まれながら亡くなり、本来の持ち主に戻った嵐が丘にはヘアトンとキャサリンが仲良く駆ける姿があったのでした。



嵐が丘 1992

原作小説の嵐が丘のあらすじを参照する限り、ほぼストーリーのすべて描き出していると思います。内容としては、凄まじいまでの愛憎劇で、愛憎紙一重という言葉では言いきれないくらいの重厚なもの。濃厚なラブストーリーともいえる作品になっていて、ここまでのストーリーと表現はなかなかお目にかかれないものと思いました。坂本龍一の担当した音楽も感動的で、大河ドラマの音楽のような雄弁さは、日本人にとっても身近なもの。何となく伊福部さんの音楽を思い出しながら、四谷怪談みたいな愛憎劇を感じてしまいました。

特異な風景も美しく、その荒涼とした風景が人物像とマッチしていきます。お互いに相手を必要とし愛しあう一方で、憎み合う二人。それぞれ無くてはならない人ではありながら、過去の深い傷から相手に譲れない心。そして、長い二つの家族の物語の中で、全員が二人の愛憎に翻弄されていきます。それによって心や体を病み、死んでいった人々。二人の霊が彷徨っていると言いますが、浮かばれないのは巻き込まれた人たちでしょう。その様子を見続けたエレンは観察者として最も登場人物の姿を理解した人物として描かれていました。

レイフ・ファインズとジュリエット・ビノシュの競演。レイフ・ファインズは猟奇的なまでの凄まじい態度と表情を見せます。対するジュリエット・ビノシュは常に美しく悩み多い姿です。人物構成は一見複雑ですが、映画の展開が解りやすく、すんなり入り込めてはいけました。こういう物語では大切なことだと思います。愛憎の物語を強調しながら、原作に忠実にストーリー全体がよく表現されており、その物語のパワーで惹きつけられ、画面から目が離せない映画でした。

嵐が丘については、1920年代からたくさんの映画化作品がありますが、それぞれにいろいろな工夫がなされていると思います。この激しく技巧的な物語をどう表現しているのか、大変興味が湧いてきます。そして、この映画はストーリーを理解する為にもいいお手本になるのではないかと、現時点では考えています。

2019.12.8 HCMC自宅にてAmazon Primeよりのパソコン鑑賞

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「ボヴァリー夫人(2014)」 ワシコウスカ版、結婚~服毒まで

フローベールのボヴァリー夫人は、1857年に出版されたフランスの小説で、当時はその内容から風紀紊乱の罪で起訴され、無罪となったという経歴を持ちます。名監督や名女優により、今まで何度も映画化されていますが、今回見るのは最新のもので、2014年のミア・ワシコウスカ主演によるものです。監督はソフィー・バーセスで、ドイツ・ベルギー・アメリカ合作の作品となりました。

あらすじ
修道院を出て年頃になったエマ(ミア・ワシコウスカ)は、両親の勧めで村の医者のチャールズ・ボヴァリー(ヘンリー・ロイド=ヒューズ)と結婚します。ところが、エマはもともとロマンティックな空想に浸るのが好きな女性で、やがて結婚生活にも、自分の理想との差を感じ始めました。村では、薬剤師オメー(ポール・ジアマッティ)や、公証人書記の青年レオン(エズラ・ミラー)といった人物と交流する中で、エマはレオンに惹かれていきますが、レオンは突然法律の勉強のため都会に惹かれて去ってしまいます。そんな中で、資産家のロドルフ(ローガン・マーシャル=グリーン)が下男の治療の為チャールズを訪ねてくると、エマに目をつけた遊び人のロドルフはエマを口説き、彼女は誘われた狩りに同行し親密になっていきました。

一方、夫のチャールズは、オメーから成功すると高名な医者になれると言われ、エマも勧めた足の外科手術に手を出して失敗。患者の足を切断させることになってしまいます。ふがいない夫に失望するエマですが、この時義足を用立てた商人ルウルー(リス・エヴァンス)に気を許し、勧めるままに贅沢品を買うようになっていきました。そしてエマは密会に飽き足らず、ロドルフに駆け落ちを迫りますが、ロドルフは約束を破り、別れの手紙を書いて姿を消してしまいました。ショックを受けたエマは沈んでしまいますが、ルウルーに気晴らしにと劇のチケットを貰い、夫とルーアンに観劇に出かけ、そこでレオンと偶然再会します。

レオンへの情熱が復活したエマは、ピアノの稽古という口実でルーアンに通うようになり、買い物に使ったルウルーへの借金も膨らんでいき、ついに裁判所から差し押さえの通知が来たため、返済のために奔走するようになります。レオンは上司から密会を禁じられ、帰ってきたロドルフからも金を出すことを拒絶され、ルウルーに媚びを売っても相手にされなかったエマは万策尽き果て、毒を飲んで森に入り自らの命を絶ったのでした。日の暮れた森にエマをさがすチャールズたちの声が響くばかりでした。



ボヴァリー夫人2014

ボヴァリー夫人は未読ですので、大筋は情報により理解しているのですが、物語の細かなニュアンスを読んで知っている訳ではありません。また、他の映画化作品も見たことはないので、今のところ比較することもできないので、とりあえずこの映画を見た印象です。ストーリーはそこに存在するものとして、なるべく映画の印象ということで…。

この映画は、原作のメインの部分(つまり真ん中)を抽出して映画化したもののようです。エマが結婚して、平凡な夫との生活に退屈し、そして落胆し、無理な行動に出てしまい、服毒するまでの物語でした。その行動の動機となる退屈さや、夫への失望は、ストーリーとして書かれていますが、心情を吐露するような強い表現ではないと思いました。道ならぬ恋に流れていく葛藤も、ごく自然体で描かれています。普通にそうなっていったという感じで、淡々としているくらいに感じました。一方で、男たちから捨てられていく様は、明確に強い感情が噴出する形だったと思います。従って、なんとなく流れていったが、結果としてやらかしていったという雰囲気です。物語を読んだ時の印象はどうなのでしょうか?

映像は流石に最新の作品だけあって、美しいものでした。ワシコウスカの演技はあまり飾らない感じで、田舎の貴婦人という役柄にあっていると思います。表情や所作も素晴らしいです。そして、衣装も見事だったと思います。原作のストーリーの核心部分を最新の美しい映像で、忠実に追ったという感じではないでしょうか。それほど強い主張は感じませんが、美しい映画だと思いました。

この作品にはたくさんの映画化があって、有名な監督や俳優さんたちが挑戦しています。ジャン・ルノワール、ヴィンセント・ミネリ(ジェニファー・ジョーンズ)、クロード・シャブロル(イザベル・ユペール)、アレクサンドル・ソクーロフ(セシル・ゼルヴダキ)。ヨーロッパの作品が多いようです。エマの性格描写もいろいろありそうで、いろいろなボヴァリー夫人像が興味深いと思います。

2019.12.8 HCMC自宅にて Amazon Primeよりのパソコン鑑賞

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「忘れじの面影」 ツヴァイク原作、一途な女性の悲恋の物語

忘れじの面影は、オーストリアのユダヤ人作家ツヴァイクによる小説「未知の女からの手紙」の映画化作品です。1922年の短編小説集に含まれているもので、何度か映画化されました。原題は、映画も小説も"Letter from an Unknown Woman"で、邦題は創作です。1948年のアメリカ映画で、マックス・オフュルス監督の作品です。

あらすじ
あるウィーンの夜。ステファン・ブラント(ルイ・ジュールダン)は、不利な決闘を挑まれ夜逃げの準備をしていると、リザ(ジョーン・フォンテーン)という女性からの手紙が届いていました。そして、ステファンはその手紙に目を通し始めます。

リザは少女時代に母(マディ・クリスチャンス)と住んでいたアパートの隣室に、天才ピアニストのステファンが引っ越してきます。リザはステファンに心を奪われ、毎日ピアノを聞くのを楽しみにしながら過ごしていました。ステファンとの接触はただ一度。アパートの入り口のドアを支えた時に、短く言葉を交わしたときだけでした。やがて母が再婚を決め、リザは再婚相手の住むリンツに引っ越すことになります。

成長したリザはリンツでの縁談を断り、ウィーンに一人で戻ります。そして、ピアニストとして成功して絶頂のステファンと再会しますが、ステファンはかつてのリザのことは覚えていず、偶然出会った恋人の様な一晩を過ごしました。しかしその後ステファンは2週間の予定でミラノに演奏旅行に旅立ち、それきり帰ってきませんでした。リザは妊娠しており、男の子を産むと、ステファンを待ちきれず、ヨハン(マルセル・ジュルネ)と結婚。ある日、リザはオペラの演奏会でステファンと再会してしまい、リザの心は乱れます。ステファンはピアノをやめ、リザのことも思い出せませんでしたが、夫との離婚を覚悟でステファンの家に会いに行くと、そつなくリザに好意を語るものの、リザの事を思い出せず、彼女は幻滅してステファンの元を去りました。その直後、息子を汽車で送り出すリザですが、汽車でチフスが発生し、息子は死亡。リザも感染していました。

手紙はリザが死んだのちに病院から送られてきたものでした。召使のジョン(アート・スミス)は、自分はリザを覚えていたとステファンに伝えると、ステファンは夜逃げをやめ、決闘の場に向かっていくのでした。



忘れじの面影

一通の未知の女からの手紙によって語られる構成の物語。短編小説という形式にピタリとはまった物語です。ストーリーはメロドラマ度がMAXなので、映画としてもいい題材になるお話だと思います。問題は、それほど二人のエピソードを織り込めない為に、90分のストーリーをどうやって作るのかということと思いました。なぜなら二人の会合を多くすればするほど、覚えてないということが不自然になるか、ステファンが超遊び人でどうしようもない男になり、興を削いでしまうか、ということでは無いかと思いました。この映画はギリギリまで会ってはいますが、普通に考えると覚えていないことに不自然さを感じてしまいます。観客はステファンのような遊び人ばかりではないので、普通に受け入れづらい線があると思います。

ジョーン・フォンテーンは素晴らしいです。この頃が映画出演の絶頂の時代ですね。前半はあまりアップが無いように感じますが、演技で若々しさを見せ、成長して色っぽくなった後半はアップが増えてくるような気がしました。さすがに13歳の役柄をアップでというのは厳しかったのでしょうか。音楽もいいですね。タイトルバックはオーケストラだったので、聞いたことあるけど何の曲だっけ?という状態になっていましたが、あとでピアノでしっかり演奏されます。リストの「ため息」ですね。そのほか、魔笛なんかも出てきました。メロドラマの音楽としてもピタリでした。

ツヴァイクのこの小説は、2004年に「見知らぬ女からの手紙」が、中国のシュウ・ジンレイ監督により製作されています。舞台を中国に映し、内容はほぼ原作に準拠しているようです。 日本公開は、このくらいかなと思いますが、IMDbで検索するといくつか出てくるようですが、プロットを利用した翻案もあると思います。ずっと思い続けていた女性から手紙で死の直前に知らされるという設定は、いろいろ膨らませることができるでしょう。気に留めておいて、他の作品もいつか見てみたいものです。

2019.12.8 HCMC自宅にてAmazon Primeよりのパソコン鑑賞

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「アンナ・カレニナ(1948)」 ロシアの鉄道風景がポイントで

アンナ・カレーニナは、トルストイの超巨編小説。分厚さに恐れをなして読んだことがありません。カラマーゾフの兄弟にはチャレンジしましたが、途中で放棄しました(笑)。そんな長い小説でも2時間程度で楽しめれば儲けもの、ということで鑑賞します。何度か映画化されていますが、今回挑戦するのはヴィヴィアン・リーのもの。ジュリアン・デュヴィヴィエ監督のイギリスの製作で、1948年の映画です。

あらすじ
政府高官カレーニン(ラルフ・リチャードソン)の妻アンナ(ヴィヴィアン・リー)は、兄夫婦の諍いの仲裁のため、モスクワにやって来ると、若き将校ヴロンスキー(キーロン・ムーア)と出逢い、惹かれ合ってしまいます。一方、純朴な地主のリョーヴィン(ナイアル・マクギニス)は、アンナの兄嫁の妹キティ(サリー・アン・ハウズ)に求婚しますが、ヴロンスキーを慕うキティに断られてしまい、リョーヴィンは地元に戻り、熱心に農業経営の改善に取組むことにしました。ところがキティはヴロンスキーに思いが通じず、病を患ってしまいます。

アンナは退屈な夫の待つペテルブルクへ戻り、ヴロンスキーはアンナを追いかけ、深い関係になっていきます。カレーニンは政府高官という世間体もあり、離婚に応じず、アンナがヴロンスキーの子供を出産しても、カレーニンはこれを許したため、ヴロンスキーは絶望し自殺を図りますが、これは成功せず、退役してアンナとともに、外国に駆け落ちしてしまいました。時がたち、アンナとヴロンスキーは帰国しましたが、社交界からは締め出されてしまいます。離婚の話も、一人息子を渡すのを恐れるアンナの事情もあり、なかなか進まず、やがて、自らの境遇を嘆くアンナと、領地に戻って経営に熱中するヴロンスキーはすれ違い始めたのでした。

ヴロンスキーの愛情さえ疑うようになってしまったアンナは、ついに列車に身を投げ、生きる目的を失ったヴロンスキーは、義勇軍を編成して戦地に赴き、そして、リョーヴィンはキティと結婚し、領地で幸せな家庭を築いていたのでした。



アンナ・カレニナ(1948)

トルストイの傑作長編小説の映画化であるのですが、冒頭書いた通りで残念ながら読んでいません。というわけで、とりあえずは、あらすじを頭に入れて鑑賞しました。偉大な文芸作品でもあるので、そこここに重要な訴えかけるポイントがあるとは思うのですが、映画を見ている限りは、今一つつかみきれませんでした。やはり原作を読んだ方がいいのかと思ったのですが、考えただけでも大変そうです。

アンナの性格についても、よくわかりませんでしたが、仕切るタイプで、かつかなり場当たり的な感じがしました。もっと不倫に至るまでの気持ちの動きが欲しいです。意に添わぬ結婚と、その相手が堅物ということはよくわかりますが、さりとてそれだけではここまでに至らないような気がしました。そうすると本人の性格の問題か?ということになりますが…。それに小説には、単なる道ならぬ恋というだけでなく、人生観のようなものが重要視されているのではと思うのですが、どうも不倫物語が前面に出て、深みが今一つという感じがしました。

ということで、気に入ったのはロシアの鉄道情景。最初に登場する雪の中の列車は、大陸的な大きな車体というよりは、機関車も客車も小ぶりに見えました。これは時代かもしれません。そして、客車に貼り付いた雪が、ケーキにまぶした砂糖のようで、列車全体が砂糖菓子かと思ったほどです。クリン駅の整備員など、なかなか面白く、いろいろな暗示が展開にも上手くはまっていたと思います。あとは、衣装やセットが豪華で目を引きました。

この作品は何度も映画化されており、本国のロシアでも数回。超有名俳優を起用した作品では、グレタ・ガルボが2回、ソフィー・マルソー、キーラ・ナイトレイ、そしてこのヴィヴィアン・リー、などなど。昔の作品は、この長大な作品を商業的・娯楽的に上手く見せるために、ストーリー展開を中心に解りやすく作っているかもしれませんので、むしろ、過去の作品の上に成り立つ最近の作品を見たほうが、解釈も現代的で、逆にいろいろと人生観などが織り込まれているのではと想像します。現時点で見てみるすれば、そちらの方がしっくりフィットするのではないかなと思いました。

2019..7.7 HCMC自宅にてAmazon Primeよりのパソコン鑑賞

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「チップス先生さようなら」 チップスの人徳と戦時下の学校

風と共に去りぬが席捲した1939年のアカデミー賞。圧倒的なパワーの中でも、それ以外のいくつかの作品が各賞に名を連ねています。この作品もその一つで、ロバート・ドーナットが、風と共に去りぬのクラーク・ゲーブルを抑えて、主演男優賞に輝きました。ヒルトンの小説に基づくこの作品は、サム・ウッド監督により、1939年に製作されました。

あらすじ
83歳になったチッピング先生(ロバート・ドーナット)は、長年教師を務め、すでに退職したパブリックスクールの始業式に来賓として出席しました。そして、学校の近くの下宿先に戻ると、夕暮れ時の暖炉の前で、過ぎ去りし日々の想い出にふけるのでした。

25歳のチッピングは、新任教師としてこの学校に着任しました。初日から生徒達の悪ふざけの洗礼を受けた先生は、校長先生からもプレッシャーをかけられ、教室内に厳格な規律を導入して対応したところ、エースがクリケットの対外試合に出られなくなってしまい、憎まれる存在になってしまいます。
時が過ぎ、中年になったチッピングは、ドイツ語教師マックス(ポール・ヘンリード)からオーストリアでの徒歩旅行を強引に誘われ、登山中に出会ったキャサリン・エリス(グリア・ガースン)という女性に恋心を抱き、キャサリンの帰国の見送りの時に、彼女にプロポーズ。二人は帰国後結婚することになりました。キャサリンは生徒達を家に毎週のように招待し、先生を「チップス」と呼んで、真面目一辺倒の夫の殻を破ります。授業中に冗談をもいう様になったチップスに、生徒は親しみを持ち始めるようになりました。キャサリンはいつの日かチップスは校長にもなれると信じていましたが、残念なことに、彼女は出産時に母子ともども亡くなってしまいました。

ある年、新任のラルストン校長(オースティン・トレヴァー)がスクールの「近代化」を目指し、古い考えの老教師チップスに退職を勧告しますが、彼は伝統を失うべきでないと主張し、理事会もチップスを支持。「近代化」を主張するラルストン校長を改心させ、第一次世界大戦の時期まで現役教師を続けます。そして、いったん引退したチップスですが、戦争の長期化による教員不足から終戦までということで校長に再就任。爆撃の中で授業を行いながら、戦争で死亡した名誉戦死者名簿にある、かつての同僚や教え子たちの名前を毎週日曜日に読み上げる日々が続きました。そして、1918年戦争が終結し、再び退職しました。

1933年、死の床にあるチップスは、見舞いに来た人物が身寄りのない彼を哀れんでいるのを耳にして、「何千人もの子供たちがみんな私の息子なんだ」と返答するのでした。



チップス先生さようなら

ジェームズ・ヒルトンの小説として有名な物語です。小説の成立は1934年。そして、映画は1939年にロバート・ドーナット主演で製作され、この年のオスカー主演男優賞に輝きました。1939年は、風と共に去りぬの年で、受賞の前評判は低かったようですが、見事ロバート・ドーナットが賞を射止めました。そして、中盤で登場するグリア・ガーソンもこれが映画初出演作品でした。そんな記念すべき作品を、かつて親しんだ新潮文庫のイメージを思い出しながら見始めました。

ロバート・ドーナットが、一人で希望に燃えた新人時代、結婚のエピソードが中心の中年時代、そして退職前後の老後と、一人で3つの時代を演じ分けます。とは言っても中年時代と老後は、両方とも髭を生やしているので、見た目にそれほど大きな違いは無いのですが、そこは演技の差で際立たせているという感じでした。チップス先生は真面目で人情のある立派な先生で、その雰囲気が良く出ています。生徒たちに愛されている先生。人徳というものがにじみ出ますが、それをグレア・ガーソンが発見し、見初めたということです。

終盤は、戦地に赴く教え子や元同僚、そして次々と入る訃報とチップス先生の対応が描かれます。チップス先生が読み上げる訃報から、戦場を描かずとも戦争の不条理さが強く表現されます。そして何代にもわたってチップス先生の教え子となった家族たち。それを誇らしげに語る先生。教師冥利に尽きる一生を送ったチップス先生の晩年です。こういった、末期に一生を誇りをもって穏やかに振り返る映画にはとても弱いので、大変感動してしまいました。そして、学校を描いた映画はいろいろありますが、難しいことを語らずとも、やはり学校ってみんなの思い出の場所なんだなと感じました。

2019.8.24 HCMC自宅にてAmazon Prime よりのパソコン鑑賞

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「おとうと(1960)」 映画初の銀残しによるキネ旬1位の名作

かなり前に録画していた映画なのですが、あまりにほっておくと気になりだしたので見てみました。「おとうと」という映画はいくつかあり、山田洋次監督の作品は、一度見たことがありますが、これはどうなんでしょう。1960年の映画で、キネ旬1位作品です。監督は市川崑で大映製作。原作は幸田文の同名小説でした。

あらすじ
げん(岸惠子)と碧郎(川口浩)は三つちがいの姉弟でした。父(森雅之)は作家で、母(田中絹代)は後妻。そして、足が不自由で家から出ることは稀でした。とても裕福とは言えない状況で、暗い生活を送る一家でしたが、ある日碧郎が本屋で万引きをしてしまい、警察に捉まってしまいます。しばらくして、げんは警察の者と名のる男に呼び止められ、碧郎や家のことをいろいろと聞かれました。その男は、毎日のようにげんに付きまとい始めましたが、碧郎は、家庭環境から見れば、男に狙われて当然とからかいます。碧郎は転校しても不良ぶりはますます激しくなり、乗馬に凝っては家に迷惑をかけたりと野放図な暮らしぶりでした。

時が立ち、十七になった碧郎は結核に侵されてしまいます。湘南の療養所へ転地し、げんが附きそいますが、死期が近づくのを悟った碧郎は、げんに高島田を見せてくれるように頼みます。「姉さんはもう少し優しい顔する方がいいな」といいながら、げんの高島田を見て碧郎はうれしそうでした。父が見舞いに来ると、治ってから二人釣りに行こうと夢中になり、足をひきずってきた母にも、今までにない優しさを見せました。そして、ある夜の十二時に、一緒にお茶を飲もうと約束したげんは、碧郎と手と手をリボンで結んでうとうとと眠ります。そして、夜中にそのリボンがかすかに引かれるのを感じて目を覚ますと、医者が現れ、父や母もやって来ました。「姉さんいるかい」それが碧郎の最後の言葉でした。



おとうと (1960)

何といっても、日本の文芸作品らしさを感じさせる映画を見たという実感が残りました。積極的に子供たちに関わらない父と母。その中でしっかり家族を支える女学校に通うげん。その姉と弟の絆が映像に深く刻まれて行きます。母は信仰に頼って説教するだけですが、それでも体が思うに任せないというもどかしさが見て取れます。碧郎が病床についてしまい、最後に至るまでの家族の姿が大変感動的でした。

田中絹代と岸田今日子は貫禄の演技で、その立場を強く印象付けていました。川口浩もちょっと軽くて無鉄砲な青年を演じ、かなりハマっていると思いました。そして何よりこの映画は岸惠子ですね。気丈な家族思いの娘さんが、激しばかりの演技で表現され、大変感動を呼びます。演技はここではみんな大変レベルが高いと思いました。そして、初めて映画で使われたという「銀残し」という現像手法を初めて採用した渋い色調と、ハッとするようなカットなど、この映画を更に素晴らしいものにしていったと思います。

ラストはちょっとスッと終わっちゃたので、もう少し語って欲しかったかなというところもありましたが、その他の時間は美しい映像と素晴らしい演技で、日本の文芸作品の美しさをじっくりと堪能できました。幸田文のこの小説は、後に浅茅陽子と郷ひろみのコンビでも映画化されています。脚本は同じ水木洋子ですが、この市川崑作品の存在に対し、どういう作品として仕上げているのか、そちらの方も興味あるところです。

2019.8.3 自宅にてNHK BS Premium の録画鑑賞

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「ミス・ポター」 レニーと、ピーターラビットと、湖水地方

レ二ー・ゼルウィガーお目当てで買っておいたDVDですが、ちょっと硬そうな内容かなということで、手がついていませんでした。いつまでもそのままという訳にもいかず、ついに手に取ってみましたという訳です。2006年の作品で、クリス・ヌーナンが監督しました。受賞もいくつかあるようですが、ゴールデングローブ賞はノミネートとなっていますね。

あらすじ
まだ、封建的時代のロンドンで、上流階級の32歳の独身女性、ビアトリクス・ポター(レニー・ゼルウィガー)は、絵本作家になることを考えていました。それは幼い時、湖水地方での動物と親しんだ体験を基にした物語でした。売り込み歩いていた彼女は、ついに出版を引き受ける会社を見つけ、作品に惚れこんだノーマン・ウォーン(ユアン・マクレガー)の熱意もあって、ピーターラビットのお話しは、ベストセラーとなります。ポターは、独身を謳歌するノーマンの姉ミリー(エミリー・ワトソン)とも親友になり、ノーマン自身とも惹かれ合っていきました。

ところが、女性が世の中で活躍するのも世間の目が冷たい時代で、二人の仲も家柄の違いから、両親から反対されます。口もきかなくなったポターに、父ルパート(ビル・パターソン)は、秋が来ても気持ちが変わらなかったら、二人の結婚を認めると約束し、夏の間にポターは湖水地方に滞在することにしました。しかしノーマンが急死。ポターは悲しみの中で、湖水地方に一人居を移し、そこで幼なじみの弁護士ウィリアム・ヒーリス(ロイド・オーウェン)と再会。ベストセラー作家で裕福になっていた彼女は、湖水地方の景観と暮らしを開発から守るため、売りに出た農地を次々と買い取っていきました。そして、ウィリアムと結婚し、残りの人生を湖水地方に捧げるのでした。



ミス・ポター

レニーはラブコメなど楽しい映画が多いのですが、今回は伝記映画、それもピーターラビットの作者であるミス・ポターを描いたものです。硬そうな話かなと思ったので、観ずにここまで来ましたが、DVD自体はかなり前に買ってありました。ストーリーは、ミス・ポターの生涯を追っていったもので、出版に至る経緯をイギリスの上流階級の未婚女性の立ち位置と絡めながら描き出していました。

やはり、レニーのファンであることは自覚してますので、この映画はレニーが主役として、ほとんどの場面に登場するので幸せな映画です。上流階級のお嬢様から、田舎のオバサン?まで、いろんなスタイルを見せてくれるので、なかなか楽しめました。そもそもこの映画は、映像がとても美しかったです。湖水地方の風景など、イギリスの田園風景が大変美しく撮影されていました。

レニー以外では、ノーマンの姉のミリー役のエミリー・ワトソンが好演だと思います。あとは、ミス・ウィギンのマテロック・ギブスが面白いというか、大変滑稽な役どころであり、演技でした。 さて、レニーの新作のジュディはすでにアメリカでは公開されていますが、来年3月には日本公開もされるようです。2016年のブリジット・ジョーンズ以来ですから、4年ぶり。その間2作が未公開になってしまいました。今度は、どんな顔なのか楽しみだったりします。少なくともミス・ポターの時とは大分違うはずですから…。

2019.10.6 HCMC自宅にてDVDをパソコン鑑賞

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「THE BULLET ザ・バレット」 怖い婦人警官です

刑事もののB級映画と思って見始めました。雰囲気は結構好きですが、期待とはちょっと違ったかな?という感じが残りました。2010年のカナダ映画で、監督はノエル・ミトラーニ。日本ではDVD Premiereです。

あらすじ
大手保険会社のフランスの責任者のベノワ(ローラン・リュカ)は、社内研修でカナダに来ていました。研修会場に向かう途中、婦人警官のローガン(アレクシス・ブレデル)が、彼が指名手配犯に似ているため逮捕しようとしますが、人違いと判りその場はローガンが謝罪して事なきを得ます。その夜、ベノワのモーテルを訪ねたローガンは、お詫びの印ということで彼を食事に誘います。そこでベノワに惹かれたローガンはモーテルまで送るとそのまま部屋に入り込んで関係を持ってしまいました。

翌日再びベノワを訪ねたローガンは、トランクの銃をしまう為の箱の鍵が壊れていたことから、銃を持って部屋に入り、その銃についてベノワと冗談を言っているうちに、ベノワが発砲してしまい壁に弾痕を作ってしまいました。驚いたモーテルの管理者が警察を呼び、警察に正直に言おうと勧めるベノワに対し、ローガンはこのことが警察に知られたら首になると、2人でモーテルを逃げ出してしまいます。そして、彷徨の末入ったモーテルで、ローガンは自首を勧めるベノワを射殺。自分は顔を自傷して、ベノワに拉致監禁され、自力で抵抗して脱出したと申告します。

ベノワの妻(ノエミ・ゴダン・ヴィニョー)も本国からやって来て、ベノワの凶行はありえない事だと、ローガンと面談しますが、結局ローガンの主張に誰も決定的な反証を出すことはできず、ベノワの妻も帰国せざるを得ませんでした。



THE BULLET ザ・バレット

見ている間はそこそこ楽しんでいたことも事実ですが、見終わってだから、だから何?という感じの映画でした。突っ込みどころも多く、それは差し引いても、やはり展開も無理があるのではと思いました。そもそも冒頭で、重要な被疑者に、単独で手錠を掛けるような捕らえ方をしますかね…。そして、だんだん彼女はストーカー的な危ない奴になっていきます。

その後の展開も、生ぬるい追及がありますが、美人はお得というか、公権力は常に正しいという先入観もあるのかもしれません。男を殺すところだけは、確かに意表を突かれました。おっ!という感じ。男性の方も大企業の研修で、単独のモーテル住まいで車を乗り回しているというシチュエーションってありかなぁと思うわけですが…。保険会社の責任者の割には、リスク管理ができていませんねぇ。宣伝は刑事ものっぽいかっこいい感じも出していますが、誘いに乗って不倫してしまった男が、代償まで払う話です。

ラストに、逃走中に立ち寄ったガソリンスタンドに、不安になって戻っていくところ。犯罪者の心理をうまく表していて、なるほどという感じがしました。この部分は緊張した雰囲気も出して、うまく作っていると思いました。そういったところもあるので、なんとかバランスが保たれた映画になっています。全体的に、映像にはさほど特筆するような部分はなく、ただアレクシス・ブレデルが可愛いというところが救いです。制服着てるし(笑)。彼女を一番楽しめる映画って何なのでしょう。そのあたりはちょっと興味が湧きました。

2019.9.19 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「恐怖女子高校 暴行リンチ教室」 パワフルな時代を感じる

エログロ路線の東映映画の中での、恐怖女子高校シリーズの第2作にあたります。杉本美樹と池玲子のセーラー服とエロス・バイオレンスがお目当てのこのシリーズなので、ここはただただ楽しみましょう。1973年の鈴木則文監督作品です。

あらすじ
恐怖の女学校と言われる希望学園には、全国から女番長が集められていました。風紀委員長・野坂洋子(衣麻遼子)をリーダーとするグループは、校内の権力を一手に握り、また、学園の実権を握っている教頭の石原(今井健二)は、洋子たちを使って学園を取り仕切っていました。そんな中で、秋山道代(城恵美)が洋子に逆らって私刑を受けて殺され、石原もこれを事故死として処理しますが、ある日この学校に、三人の転校生が転入してきます。北野レミ(太田美鈴)、久保京子(佐分利聖子)、そして、十字架典子こと風間典子(杉本美樹)の3人です。

典子がこの学園にやって来た目的は、自分の片腕でもあった道代の仇を討つことでした。そして、両者の対立はエスカレートしていきます。一方、トップ屋の若林(渡瀬恒彦)は希望学園の情報を集めるために石原の二号で、バーを経営している孝子(三原葉子)に近ずき、付近を嗅ぎまわっていました。そして、典子の宿命のライバル、関東女番長同盟の総番長・多岐川真紀(池玲子)も典子を追ってこの地へやって来ました。真紀は典子を追って、希望学園へ乗り込みますが、希望学園の事情を知った真紀は、勝負を棚上げし典子を支援し始めます。

典子と真紀は、石原とグルになっている市長や警察署長たちを乱交パーティに導き、証拠を握ると、この事件は代議士で学園の理事長の佐藤(金子信雄)の知ることとなり、激怒した佐藤は、暴力団の手を借りて、典子たちを潰そうとしますが失敗。希望学園の記念行事の席で典子たちは、これまでの学園の悪行の全貌を暴き、代議士たちの政治生命を断ち切ると共に学園を占拠し、自由を勝ち取るのでした。



恐怖女子高校 暴行リンチ教室

久しぶりの東映ポルノ。杉本美樹と池玲子の共演でした。杉本美樹はいつもカッコいいのですが、相変わらず痛めつけられています。池玲子の仁義を切るところ、なんか「です」の発音が妙に気になりました。学校側の役名、佐藤・中田・石原・大曾根というのが面白い…。そして、日の丸も車と共に焼かれています。中田校長が、生徒との淫行により放校されてしまいますが、その時に「仰げば尊し」の合唱が入るのが印象的でした。ちなみにこの歌、私は小中高と一貫して教えられたことも歌ったこともありません。教科書にはあったのですが。

たくさん女優さんの中では、いつもかっこいい杉本美樹以外には早乙女りえが色っぽくて良かったです。三原葉子さんは相変わらずで、この頃になるとグラマー過ぎて、マツコ・デラックスを思い出してしまいます。(そこまで太くはありませんが…。)渡瀬恒彦はちょっと浮いている感じで、最後にはキャラが崩壊していました。

東映ポルノですので、エログロが基本ではあり、また盛りだくさんです。変態的な攻めが散りばめられており、血を抜きながら脅すとか、尿意を我慢させ教室で失禁させるとか、かなり逝ってます。電流プレイもあり…。一方で、まともなエロスとしては、早乙女りえのトイレでのレスビアンのシーンが普通にポルノらしくて、いいシーンだと思いました。このシリーズ見るのは初めてですが、他作品にも大いに興味がわいた次第です(笑)。

2019.8.25 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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プロフィール

torrent13

Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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