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「神聖なる一族24人の娘たち」 諧謔的で幻想的な挿話集

以前に、Amazon Primeで見つけて、ウォッチリストに温めてあった映画です。こういう映画は興味を引くのですが、とっつきにくい感じもして、しばらく見ませんでした。でも、ウォッチリストに入れておけば、いつか見たい時がやってくるので便利です。アレクセイ・フェドルチェンコ監督による2012年のロシア映画です。

あらすじ
ロシアのヴォルガ川流域に住むマリ人の物語。全体を通した明確なあらすじは無く、24人のOで始まる女性の短いエピソードが連綿と続いていく構成となっています。マリ人たちの土着の自然信仰を背景に、生活のいろいろな場面での、生と性・そして死に関する短いエピソードです。

理想的な夫を選ぶ目を養うため、キノコの形を丹念に調べるオシュチレーチェ。小枝のようにか細いオシャニクを豊満な身体にするため、裸の体を布で拭くオカナイおばさん。夫の股間の匂いを嗅ぐことで浮気の確証を得ようとするオーニャ。夫に想いを寄せる醜い森の精霊から呪いをかけられるオロプチー。男の亡霊たちに乗せられて、裸で踊る姉たちを目撃する少女オルマルチェ。エピソードは次々と続き、村人たちの暮らしは連綿と続いていきます。



神聖なる一族24人の娘たち

ロシアのマリ人の女性を中心として、性と生と死にまつわるエピソードを集めた映画です。24人のおOで始まる女性にまつわる、24のエピソードで構成され、一つ一つが独特のユーモアのある語り口で表現されていきます。そういった内容から、あたかも人生の機微を語るショートショートのジョーク集を読むような感じで、次はどんな話だろうかと期待しながら次々と物語が展開していきました。ごく短いものもあれば、少し長いものもありで、様々なお話が詰まっています。

ストーリー性があって面白かったのは、ゾンビ自分を袖にした女性の元に遣わすお話。当たり前に笑えるオチがあるのは、男の浮気を確かめるため股間の臭いをかぐお話。そのほか、そういった落ちがあったりなかったり、あるいは幻想的であったり、悲惨なものであったりと、日常の中で女性にまつわる、あらゆることが盛り込まれている感じでした。短いものではキノコを選ぶエピソードも面白いですが、おもちゃみたいにしっかりしたものなので、あのあたりのキノコはこういうものなのかな?と思いました。小さいのはすぐにリジェクトされました(笑)。

死については、女性の死もありますが、この映画で死んでいる(あるいは死ぬ)のは、だいたい男性のようですね。ゾンビになったり、亡霊になったり、いきなり殺されたりと…。どうも、女性は生と性を謳歌し、男性は女性の為に生きているんですよと言っているようでした。

2019.10.29 HCMC自宅にて Amazon Prime よりのパソコン鑑賞
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テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「バンド・ワゴン」 美しいダンスと楽しいナンバーの数々

歌と踊りの、ハリウッドミュージカルを見たくなったので、Amazon Primeの中にあった「バンド・ワゴン」を見てみました。オスカーでは三部門のノミネートとなっています。1953年の映画で、監督はヴィンセント・ミネリフレッド・アステアと、シド・チャリシーの競演です。

あらすじ
落ち目のミュージカル・コメディ映画の名優トニー・ハンター(フレッド・アステア)は、二ューヨークで旧友レスター(オスカー・レヴァント)とリリー(ナネット・ファブレイ)のマートン夫妻の出迎えを受けました。彼らは、トニーのためにミュージカル・コメディを書きあげ、しきりに誘いをかけますが、トニーは今や舞台に自信がもてませんでした。マートン夫妻の売り込みに乗ったのは、芸術的な作品を目指すジェフリー・コルドバ(ジャック・ブキャナン)という監督で、彼はこの脚本を「ファウスト」の現代化劇に仕立て、トニーの相手役にクラシック・バレエの新星ギャビー・ジェラルド(シド・チャリシー)を選びます。トニーとギャビーは慣れない芸術劇ということもあって、不安の中で互いにいがみ合い、結局初日の前日までごたごたが続き、興行は惨々な失敗に終ってしまいました。

しかし、トニーたちは自分たちの舞台をあきらめず、失敗はジェフリーの演出に楽しさが足りなかったと考え、踊りや歌の明るく楽しいショウに作りなおし、再度の公演の為にトニーは自分の私財を投げうちます。ジェフリーもスタッフとしてこのショウに参加し、まず地方都市を巡業して成功を収めていきます。この巡業中に、トニーにギャビーへの愛が芽生えましたが、トニーは自らあきらめていました。そして、戻ったブロードウェイの公演で大成功。トニーは、スタッフたちのサプライズのお祝いのパーティに参加し、ギャビーはトニーに愛を打ち明けるのでした。



バンド・ワゴン

フレッド・アステアと、シド・チャリシーによる舞台裏ミュージカル。落ち目のアステアが新進のバレエダンサーと共演にこぎつけるも大コケ。その後、参加した団員が団結して巡業し、再びブロードウェイに戻って大成功。2人は結ばれるというストーリー。舞台裏作品なので、踊りと歌が満載です。多種多様なナンバーが詰め込まれていて次々と現れ、大変楽しく見ることができました。

バレエダンサー出身のシド・チャリシーの魅力がストレートに出ている、中盤の夜の公園の場面、「ダンシング・イン・ザ・ダーク」が優雅で見どころと思いました。そして、楽しい場面としては、アステア、ブキャナン、レヴァント、ファブレーの四人による「ザッツ・エンタテインメント」と、靴磨きダンスが楽しい「シャイン・オン・ユア・シューズ」。2つとも楽しさに目を奪われるようなダンスでした。靴磨きを演じたレロイ・ダニエルズは、踊りながら靴を磨くのを売り物にしていた、実際の靴磨きであったとの事です。これらは前半から中盤に集中しています。

ラストに向けては、巡業のオムニバス形式の小品が連続しますが、最後の「ガールハント」の場面が、サスペンス調の演出で、普通の歌と踊りのイメージとは異なった雰囲気で、興味深いと思います。ラストは、じっくりと前振りで溜めての大団円ですが、愛の告白の言葉が、あまりにも詩的で立派なので、実際こんな告白をすると、言う方もそれを理解する方も、スムーズにいかないよね、という感想です。MGM絶頂期の名場面の沢山の楽しいミュージカル映画でした。

2019.10.25 HCMC自宅にて Amazon Prime よりのパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
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「恋愛準決勝戦」 映像的トリックも取り入れたダンス

フレッド・アステア1951年の映画。原題は、Royal Weddingです。エリザベス2世の婚礼は、1947年ですから、まだその余韻が冷めやらぬ頃の作品です。スタンリー・ドーネン監督の作品で、オスカーでは、「Too Late Now」が、歌曲賞にノミネートされました。

あらすじ
トム(フレッド・アステア)とエレン(ジェーン・パウエル)の兄妹コンビは、ブロードウェイでも評判の歌と踊りのチームでした。ある日、マネジャーのアーヴィング・クリンジャー(キーナン・ウィン)から、ロンドン事務所にいる双子のエドガー(キーナン・ウィン(二役))がエリザベス女王のウエディングに合わせて、兄妹のロンドン公演を企画していると持ち掛けます。快諾した二人は大西洋航路でロンドンへ。船上で、エレンはジョン・ブリンデール(ピーター・ローフォード)という浮名を流している貴族と知り合いになりました。

ロイヤル・ウエディングに湧くロンドン公演の準備中、エレンはジョンとデートを重ね、一方トムはダンサーのオーディションに立ち会うと、一目で惹かれたアン・アシュモンド(サラー・チャーチル)を採用します。アンには婚約者がアメリカにいましたが、トムとの仲は親密になっていきます。公演は大成功をおさめ、祝賀パーティに出席したトムとエレンは、お互いにジョンとアンが出席していなかったため、所在なげでしたが、やがてジョンが現れてお互いの愛を確かめ合い、トムもアンの婚約者について調べた結果、すでにショー・ガールと結婚していることが判り、二人も結婚を約束するまでに進展します。

コンビを解消して結婚するか、結婚は諦めペアを組んだままショービジネスを続けるか悩んだ二人ですが、ロイヤル・ウエディングを目の当たりにした二人は、その祝典に感動し、それぞれの相手の元に駆け付け、間もなく、教会で二組の結婚式が執り行われたのでした。



恋愛準決勝戦

フレッド・アステアのダンスの要素の多い映画だと思います。すでに50歳を超えたアステアですが、ダンスはまだまだ現役。激しい動きのソロは見られないものの、カメラトリックを使った、天井や壁を動きまわるダンスで、コミカルな動きを披露し、楽しさを演出していました。デュエットのダンスは、普通に優雅な動きが見られます。うまい工夫と振り付けで、ダンスを楽しく演出するのは流石だと思いますし、新たな挑戦であるとも考えられ、アステア健在を感じました。

ジェーン・パウエルは可愛らしくで歌が大変うまい印象。もちろんダンサー出身なので、ダンスは最高です。奔放な女の子らしい演技が楽しく、フレッド・アステアのパートナーにピッタリの雰囲気でした。アステアは強引に女性に迫る役柄が多く見られますが、ジェーン・パウエルのこの役は負けていないようです。実際に、アステアの姉アデールは、ブロードウェイでフレッドとダンスのコンビを組んで活躍しましたが、イギリス貴族と結婚し、貴族社会入りたため舞台から引退しました。この映画は、そのアステア姉弟コンビの実際のエピソードをモチーフにして作られています。実際はどんな感じだったのだろうと、思いを馳せてしまいます。

ところで、Amazonの動画の画像が最悪でした。ほとんど退色して白くなり、字幕もところどころ読めないほどになっていました。いくらプライム特典映像のサービスでも、これは無いよと思います。見終わったあとで、ユーチューブの英語版(字幕無し)で主要部分を見直しました。そちらは、全く鮮やかで本来の美しさがでていました。恋愛準決勝戦という邦題は、ペアが二組で4人という事を表していますね。

2019.11.18 HCMC自宅にてAmazon Primeよりのパソコン鑑賞

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「イースター・パレード」 アステアとA・ミラーの復帰作品

フレッド・アステアのミュージカルを何作か続けて見た中での一本。フレッド・アステアが現役復帰となった「イースター・パレード」です。1948年の映画で、監督はチャールズ・ウォルターズでした。オスカーでは、ミュージカル映画音楽賞を受賞。脚本には、当時は劇作家であった、シドニィ・シェルダンも参加しています。

あらすじ
ブロードウェイのスター・ダンサー、ドン・ヒューズ(フレッド・アステア)は、パートナーのナディーン(アン・ミラー)がブロードウェイにスカウトされたため、コンビの解消を言い渡されます。しかも、ナディーンはドンの親友のジョニー(ピーター・ローフォード)に惹かれていることが解り、付き合うこともできなくなったドンは、酒場で打ちひしがれるうちに、酒場の歌手のハンナ・ブラウン(ジュディ・ガーランド)を新しいパートナーに迎え、素人同然のハンナにダンスを仕込み始めました。

ドンはハンナと組んで初舞台に立ちますが、散々な結果に終わってしまいます。ナディーンからも馬鹿にされ、ナディーンに固執して、ハンナの個性を消していたことに気づいたドンは、彼女にありのままの歌と踊りを披露するように提案。そして、ハンナの才能は一気に開花しました。再びスターになったドンは、念願のブロードウェイの舞台に呼ばれますが、主演がナディーンだと知りキャンセル。ハンナとの舞台を別に契約し、大成功を収めると、二人はお祝いのディナーに向かいます。ところがその店では、ナディーンのショウを行っていて、舞台から降りたナディーンはハンナを見て、ドンをダンスに誘い、ドンは久しぶりの息の合ったダンスを展開。ハンナは怒って店を出てしまいました。ドンはハンナの部屋の前で謝りますがその日は結局会えず、翌日、ハンナの部屋を訪れたジョニーは、ハンナから後悔していると相談されます。ジョニーは動揺するハンナに助言を与え、イースター・パレードの当日に、ハンナはプレゼントを贈ってドンの家に現れ、二人は揃って、イースター・パレードに向かったのでした。



イースター・パレード

フレッド・アステアの2年ぶりの映画出演となったイースター・パレードです。元々は、ジーン・ケリーが出演する予定でしたが、怪我の代役として引退宣言していたフレッド・アステアが出演を依頼されて、現役復帰し出演したとの事。結局この映画が大ヒットし、フレッド・アステアは、この後も、数々の名作を生みだすことになりました。

ジュディ・ガーランドのコミカルな演技や、歌と踊りが楽しいイースター・パレードですが、一方で、アン・ミラーがオーソドックスな美しい歌と踊りを見せてくれています。役どころがちょっと嫌な性格なので、映画の流れの中では、あまり感心されないのではと思いつつ、ディナーショーに客として来ていたフレッド・アステアを奪って踊るダンスは、さすがにダンサー出身のアン・ミラーで、優雅な惚れ惚れするものでした。アン・ミラーの方も、この映画が引退宣言からの復帰作のようです。

ストーリーは、定番の舞台裏もので、ラストの方がちょっとわかりづらかった感じがしました。ドアの前で待っているアステアを追い出したのは誰?とか、ジュディー・ガーランドが、イースター・パレードに行こうとする決断の思考過程とか、まぁこちらの方は推して察すべしということかもしれませんが…。それ以外は申し分なく、あとはジュディー・ガーランドを育成し、恋に落ちるという、単純で素直なストーリーなので、俳優さんたちの演技や歌と踊りを存分に楽しむことができました。

2019.10.26 HCMC自宅にて Amazon Prime よりのパソコン鑑賞

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「スイング・ホテル」 クロスビーの歌と、アステアの踊り

ビング・クロスビーフレッド・アステアの共演となった、スイング・ホテル(原題:Holiday Inn)は、アーヴィング・バーリンが音楽を担当し、たくさんの曲が書き下ろされました。その中の一曲である、「ホワイト・クリスマス」が特に有名で、オスカーの歌曲賞を受賞しています。そんな名曲がキーとなるミュージカル映画です。1942年の映画で、マーク・サンドリッチ監督による作品です。

あらすじ
ジム(ビング・クロスビー)、テッド(フレッド・アステア)とライラ(ヴァージニア・デール)は、マンハッタンのショーに主演する仲間。 クリスマス・イヴに、ジムはショービジネスを離れ、田舎でライラと共に農場を運営すると宣言します。しかし、ライラはショーを諦めきれず、テッドのダンス・パートナーとして残ることになり、ジムは一人寂しく農場暮らしを始めました。しかし、ジムは農場生活になじめずニューヨークに戻り、農場を祝日のみに開くホリデイ・インに改装し、エンターテインメントを興行することを思いつきます。そして、花屋の従業員でタレント志望のリンダ・メーソン(マージョリー・レイノルズ)は、その話を聞かされ、現地に向かいました。

ジムとリンダはすぐに惹かれあい、新曲「ホワイト・クリスマス」を歌って、ホリデイ・インはオープンし、大盛況でスタートします。一方、ニューヨークではテッドはライラに捨てられ、酒に酔ったあげく、ジムと話しにホリデイ・インにやってきました。酔っ払ったテッドは、フロアでリンダは出会うとダンスを踊り、大喝采。しかし、酔っぱらって相手を覚えていないテッドは、これからのパートナーにしようと、相手を探すために何度もホリデイ・インを訪れ、その度にジムはリンダを隠すことになっていきます。

ジムとテッドの間でリンダを巡る虚々実々の駆け引きが何か月も続き、ついにハリウッドからテッドとリンダをスカウトにやって来ます。ジムは執拗にリンダを遠ざけようと画策しますが、ついにリンダにばれてしまい、リンダはジムに信用してもらえなかったことに怒り、ハリウッドに旅立ちました。ジムはその後落胆し、何も手につかない状態になりましたが、家政婦に励まされ、クリスマスにハリウッドに乗り込みます。ちょうど映画の撮影が佳境に入り、終わればテッドとリンダが結婚という手はずになっていたところでした。ピアノの上にパイプを置いて、セットの裏に入って待ち受けるジム。リンダがそのピアノでホワイト・クリスマスを歌い始めた時、ピアノの上のパイプを見つけて動揺し始めます。そして、リンダの歌に舞台裏のジムの歌が重なっていき、互いに相手を認め合った二人は駆け寄って抱き合うのでした…。



スイング・ホテル

見どころいっぱいのミュージカルでした。ビング・クロスビーの歌と、フレッド・アステアのダンス。そして、バーリンの曲と、いろんなものが詰まっています。特に、アステアの爆竹のダンスは見ごたえがあり、ラストのホワイト・クリスマスは感動ものでした。ホリデイ・インというアイデアもいいですね。収支がとれているかは別にして。ここで稼いでいるのではないのでしょうが(笑)。

アステアたちの半ば強引な攻めを、なんとかリンダに知られず阻止しようとするクロスビーの駆け引きがコメディ的な見どころでした。アステアたちの図々しさは、人の気持ちなどお構いなしという演出になっています。これがハリウッドの世界だ!というところでしょうか?一方で、ヴァージニア・デールマージョリー・レイノルズの意地の張り合いもなかなか面白かった。見事に湖に飛び込むところとか最高でした。

ハリウッドの撮影所に作られた、ホリデイインの撮影セットは、画面に映し出されると、一瞬、すごいそっくりだ!と思ってしまったのですが、よく考えると、これは同じものなんでしょうね。両方ともハリウッドに作られたセット。ストーリーも奇麗にまとまったもので、フレッド・アステアの絶好調のダンスと、ビング・クロスビーのホワイト・クリスマスと、溌溂とした美人のマージョリー・レイノルズなどなど、見どころ沢山のミュージカルでした。まさに、黄金時代ですね。

2019.10.27 HCMC自宅にて Amazon Prime よりのパソコン鑑賞

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「コンチネンタル」 素晴らしいデュエットと群舞に釘付け

フレッド・アステアジンジャー・ロジャースコンビの、記念すべき初主演作品です。1934年の映画で、RKOで製作されました。監督はマーク・サンドリッチで、The Continentalが、オスカーの歌曲賞を受賞しています。なかなか楽しそうな映画です。

あらすじ
アメリカの名ダンサーのガイ・ホールデン(フレッド・アステア)は、親友のエグバート(エドワード・エヴァレット・ホートン)と一緒にロンドンへ帰る途中で、税関で美女(ジンジャー・ロジャース)に一目ぼれしてしまいます。彼女を手助けしようとして、誤って服を破ってしまったガイは、彼女にすっかり嫌われてしまい、未練の残るガイは、ロンドン中を探し回ることに。ある日、偶然彼女と出会いますが、名前がミミとわかっただけでさっさと逃げられてしまい、ますますガイの想いはつのっていきました。

実は、彼女は親友のエグバートの法律事務所に離婚の相談に来ていたのでした。エグバートはミミの伯母ホーテンス(アリス・ブラディ)から、夫に取り合ってもらえない姪を救って欲しいと頼まれ、精一杯知恵を絞って、トネッティ(エリック・ローズ)という女性を楽しませるのが仕事の男を雇い、ミミと偽装で一晩過ごさせ、夫に知らせて、離婚を成立させようと企てます。そして、舞台のリゾートに落ち込んでいるガイを連れて出かけたのでした。

ホテルで出会ったガイとミミは、ガイの熱心なモーションもあって、関係は進展しますが、ふとしたことから、ミミはガイを偽装の相手と勘違いし、蔑むようになります。そこに本物のトネッティが現れ、ガイが真剣に口説いていたのを知るとすっかり仲良くなり、ミミが無事離婚出来たら結婚しようと約束、陽気に夜を明かしました。そして、翌朝ミミの夫が現れますが、エグバートの演出の目論見は外れ、夫は離婚を認めません。ところがたまたま給仕の口からミミの夫に別の女性がいることが露見してしまい、ミミの方から離婚する理由ができて、めでたく解決したのでした。



コンチネンタル

アステア、ロジャーズコンビの1934年の初主演作品です。アステアは、姉であるアデールが、1931年に結婚を機に引退したことから、舞台から映画へと転身を決意。1933年に、スクリーンデビューし、RKOと契約後、ジンジャー・ロジャースとコンビを結成したのでした。コンチネンタルの原題は、The Gay Divorcee。アステアが1932年に主演したブロードウェイミュージカル「The Gay Divorce(陽気な離婚)」の物語を基に、アステアとロジャーズの初主演作品として制作されることとなりました。曲は、「夜も昼も」以外は、すべてオリジナルに入れ替えられたとのことでした。

さて、お目当てのアステアのダンス。最初はレストランで、自分が有名なダンサーであることを証明するためのソロ。そして、ロジャーズに猛アタックをかけている時のデュエット。最後にコンチネンタル。心に残る3つの場面です。ソロのキレのいいダンスも見ものですが、やはりデュエットが素晴らしいです。そして、大詰めのコンチネンタルは、ヂュエットで幕を開け、その後群舞となり17分間続きます。この豪華な映像展開は圧巻で、ため息がでるほど美しいものでした。

このコンチネンタルの踊りの17分間を見るだけでも、この映画を見る価値があると思います。そして、そこまでは楽しく陽気なコメディが展開していきます。コンチネンタルは、芸術的な群舞で、ヨーロッパからアメリカに渡って発展していった、文化の伝統を感じます。この、アステア、ロジャーズのコンビは1939年まで続きました。そして、これが1930年代のアステア・ロジャーズの黄金時代の幕開けとなりました。

2019.11.17 HCMC自宅にて Amazon Prime よりのパソコン鑑賞

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「ソフィー・マルソーのパシフィック通り」 いろいろと悩み多い映画でした

Amazon Primeで見つけた変な邦題の解明に興味をそそられ、「ソフィー・マルソーのパシフィック通り」という映画だったので、ソフィー・マルソーに惹かれて見始めました。正直、IMDbの点数が、3.5という、なかなか見ない点数であったので、ちょっと怖かったのですが…。1990年のベルナール・シュミット監督による作品。アメリカが舞台のフランス映画です。

あらすじ
パリの母のレストランでウェイトレスをしていったベルナデット(ソフィー・マルソー)は、退屈な毎日に耐えかね、客のアメリカ人の誘いでアメリカに旅立つことにしました。しかし、一緒に行くはずの友人は直前にドタキャン。ロサンゼルスに着いても、カナダから迎えに来るはずだった、友人の恋人であるベン(アダム・コールマン・ハワード)は、車の故障で現れませんでした。ベルナデットは母の友人シャーリー(Virginia Capers)の豪邸に行き、歓迎してもらいますが、シャーリーはすぐにダイエットのために入院するとのことで、ひとり残されてしまいます。グリーンカードの無いベルナデットは働くこともできず、ロサンゼルスの堅苦しい生活にもなじめず、退屈な日々を送るうちに、偶然ベンと出会って関係を持ちますが、翌日にはすれ違いの中でベンと別れてしまいました。

再び一人になって所在ないベルナデットは、家に戻ってみると、パスポートや財布、鍵まで失くしたことに気づきます。ドアを壊して家に入ろうとすると、警報が鳴り警察に連行されそうになりますが、途中でベンの行きつけのリサ(アン・カーリー)のレストランで身分を証明してもらおうと、立ち寄ると、ちょうどパスポートを持ってベルナデットを探していたベンとも出会い、無事解放されました。そして、リサはベルナデットの心中を察し、レストランで雇ってくれます。翌日からようやくアメリカでの生活に馴染み始めたベルナデットに、益々想いを寄せるベンは再びアプローチを開始します。ベンに怒りを覚えていたベルナデットも打ち解けてはきますが、肝心なところですれ違いが続き、ベルナデットは結局パリに帰るか、ベンを認めて付き合うか悩みます。そして、彼女はいつのまにかベンのトレーラーハウスの前に立ったのでした…。




ソフィー・マルソーのパシフィック通り

Amazon Prime では、「太平洋の柵」と題名が翻訳されています。字幕だけでなく、題名までも自動翻訳か?という感じです。変な邦題がついていることはよくありますが、そのあたり、もう少し何とかならないのかなと…。という訳で、原題は「パシフィック・パリセーズ (Pacific Palisades)」で、ロスの海岸通りの名称。この邦題と、IMDb 3.5点という低評価と、微妙にアスペクト比がおかしいかも…という画像で、前途多難と思いながら、ソフィー・マルソー目当てで見始めました。いきなり、雑で感情移入しづらい導入部で、見続ける意欲が50%そがれる程、やる気無さそうなスタートでした…。

さて、ロスに来たフランス人の女性の孤独。パリのアメリカ人の逆。アメリカになじめず、全てが退屈でつまらないようです。いやま、見ている方も、何だかなあ…という感じで、退屈でつまらなくなります。パリとは違う環境で、ホームシックになり、大変親切だがよそよそしい人たちに馴染めません。パリでは何でもアリで、アメリカは何をするにしてもルールがうるさい。羽目も外せないという感じのようです。とりあえず見ていて、何のためにこの映画を作ったんだろう?ただ、ソフィー・マルソーの為?などと頭の中で疑念が渦巻いていました。

どうやらテーマは、ヨーロッパ人にとってのアメリカ体験の違和感ということのようです。でも、表現がこれでいいのかな?ちょっとロードムービー的に雰囲気を出しながら「パリ・テキサス」みたいな静かな感じを狙ったのかな?とも思いましたが、それにしても雑で、絵も良くなくて、と思います。アメリカの街にフィットしない女性をずっとみているうちにストレスが溜まります。そしてベンに出会い、警官に手錠をかけられてやっと話が動き始めました。リサの店でウエイトレスを始めると、リサの店に集まる訳ありの人々が、居酒屋に集まる常連さんみたいで面白いです。ソフィー・マルソーは浮いていますが、逆に客にも気を使われてますかね…。

そして、いろいろすれ違いの末、パリに帰ろうとしましたが、結局彼を認めて彼の車へ。いかにもフランス映画らしい終わり方で、ひさしぶりにやられた感じです。最後の方になって、絵もちょっと洒落てるねと思い始めました。それにしてもだ…。何を見てきたんだろうという思いは消えず、ロサンゼルスが舞台の、フランス語ばかりのフランス映画でした。エンディングの曲はなかなか良かったです。ソフィー・マルソーが出ているというだけで売れた時代ではないかと思いますが、日本公開もあったんですね。レストランを仕切っているアン・カーリーは、とてもいいと思いました。主人公も、見ている観客も彼女に救われました。

2019.11.16 HCMC自宅にて Amazon Prime よりのパソコン鑑賞

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「グリプスホルム城」 トゥホルスキ-による自伝的恋愛小説

ドイツのユダヤ系風刺作家である、クルト・トゥホルスキーは、ナチスの迫害を危惧して国外に逃れ、最終的にスウェーデンへで亡くなりました。クルト・トゥホルスキーという人物については今まで知りませんでしたが、この時期ナチスから迫害を受けた小説家であり、知識人の一人です。この映画は、その逃避行の出来事を扱った、自伝的要素を持つ1931年の恋愛小説「Schloß Gripsholm」が原作となっています。2000年の、ドイツ・スイス・オーストリア合作作品で、クサヴァー・コラー監督の作品です。スイス代表としてアカデミー賞外国語映画賞に出品されましたが、ノミネートには至りませんでした。

原題:Gripsholm

あらすじ
クルト(ウルリッヒ・ネーテン)は、ユダヤ系ドイツ人でベルリンでジャーナリストとして活躍していましたが、ナチスに批判的であったため、ナチス勢力の増大に伴って干渉が増え、ある夏休みに、編集者に恋愛小説でも書くことを約して、恋人のリディア(ハイケ・マカチュ)と一緒にスウェーデンに脱出することにしました。支援者であるスウェーデンの貴族の計らいで、グリプスホルム城に住み、2人だけの愛の日々を送っていると、ある日親友の空軍パイロットのカールヒェン(Marcus Thomas)が飛行機に乗って現れ、またしばらくしてベルリンのクラブ歌手のビリー(Jasmin Tabatabai)も現れて4人の生活になります。

城での再会を祝し、4人の休暇が始まる一方で、本国のドイツではさらにクルトの「すべての兵士は殺人者である」などの言動に対するに法的な措置も執行されるとの情報が入り、クルトは元々覚悟していた通り、帰国しないことに決めます。同じドイツの愛国者でありながら、ユダヤ人作家と、空軍パイロットという親友の二人の葛藤は増大し、ついに衝突してカールヒェンは去り、3人の生活になると、打ち解けた愛の日々を送った後、ベルリンに活躍の場を求めるビリーは、復帰するために去っていきました。

城の近くには寄宿学校があり、その中で一人の娘アダ(Sara Föttinger)が教師たちから厳しくしつけられていました。学校になじめない彼女は半ば虐待のような仕打ちを受けており、ある日2人のところに逃げ込んできます。2人は学校長と徹底抗戦し、娘の母親と連絡をとり、ついに、娘を虐待から遠ざけ、母親のところに返すことに成功します。やがて、休暇が終わると、リディアはベルリンに戻り、クルトは一人残されました。1932年ナチスの勢力は増し、ビリーの歌うクラブもナチスの旗がひらめき、この夏の様な日々は二度と戻りませんでした。クルトはこの夏の物語を1冊の小説として出版し、数年後この地で亡くなったのでした。



グリプスホルム城

ドイツの風刺作家クルト・トゥホルスキーの書いた、自伝的な小説が原作で、主人公のクルトは作者自身の体験をもとに創作されています。クルトは、ドイツを愛し、ナチスの台頭によるドイツの変貌を憂いますが、ナチスの台頭に警鐘を鳴らすことにより、当局からの迫害が激しくなったことから、危険を感じた彼は、スウェーデンの城に逃避しました。起訴されて、すでにドイツに彼の居場所はなくなり、葛藤の中で、意欲をなくしていき、集まってきた旧友たちも、ベルリンやドイツ空軍へと帰っていきます。そのような一夏の経験が、耽美的に描かれた物語です。

クルトは、この体験を小説に書きましたが、3年後死亡。彼の葛藤は癒えることはなく、帰った3人はナチスの台頭の中で、それぞれの生活を送っていくことになります。それぞれを送り返すクルトが最後に描かれます。エピソードの一つで、アダの状況とも対比されています。アダは、厳しい寄宿学校から逃避。クルトはドイツから逃避します。その中で、最初はクルトの対応がおざなりに描かれますが、リディアが積極的に対応し、クルトも真剣になります。最終的にアダを勝ち取り、教条主義者から救うことになりますが、切れた学校長に、パレスティナに返れとも怒鳴られる始末です。

クルトの苦悩は深く、リディアからも攻撃されますが、彼の苦悩は解決するすべがありませんでした。長年ドイツを愛し、ジャーナリストとして深くドイツと付き合い、風刺作家としても体制批判をしてきました。1932年にナチスが政権をとり、ユダヤ人である彼は、どんどん居場所がなくなっていきました。その中でのあまりにも美しい一夏の逃避。友情、愛が幻想的に描かれている物語です。少し、小さくまとまった感じで、出口もない物語なので、パワー不足かなと思うところはありますが、事実は重く、かつ美しい友情と葛藤を描いた物語でした。

この小説は、1963年に、クルト・ホフマン監督により、当時の西ドイツで最初に映画化されています。クルト・トゥホルスキーは、ドイツでは記念切手にも登場する人物であり、著名人の一人のようです。1963年の映画ももし見る機会があれば見てみたいと思いました。

2019.11.9 HCMC自宅にてAmazon Primeよりのパソコン鑑賞

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「快楽の漸進的横滑り」 思い入れもあり傑作と呼びたい作品

アラン・ロブ=グリエ監督6作目の作品です。この一つ前は再構成作品なので、実質的には5作目。私がアラン・ロブ=グリエを知った思い出深い作品でした。しかし、その時は見たわけではありません。1974年の作品で、原題は(Glissements progressifs du plaisir)。邦題と同じと言っていいと思います。

あらすじ
アリス(アニセー・アルヴィナ)は、同居しているノラ(オルガ・ジョルジュ=ピコ)がハサミで心臓を刺されて殺されたことから、警察(ジャン=ルイ・トランティニヤン)から尋問を受けます。無実を主張し、外部から侵入した男の犯行と主張しますが聞き入れられず、感化院に入れられます。感化院では、シスター・牧師(ジャン・マルタン)・弁護士(オルガ・ジョルジュ=ピコ/二役)・治安判事(マイケル・ロンズデール)それぞれと会話し、アリスの過去や、ノラとの関係、事件の時の様子などを語りますが、強気で背徳的かつ無垢な受け答えに誰もまともに対応できず腹を立てるという状況でした。

弁護士は、ノラとそっくりでした。会話を重ねるうちに親しくなっていき、また地下牢には罰を受けた収容者が、裸で虐待されていることを知ります。その倒錯の虐待に性欲を刺激された弁護士は、地下牢に滞在するようになっていきます。また、アリスを教化しようとした牧師は、アリスの背徳的な言葉に逃げ惑う始末でした。そして、関係者が集まり事件を再現することになります。自分の部屋に戻ったアリスと弁護士は、他の参加者を待つ間に二人で再現を始めます。その日ノラにしたようにベッドに弁護士を縛り付けるアリス。弁護士はすっかりM性が開花し、光悦の表情を迎えています。しかしアリスは誤って瓶の破片で弁護士の手首を切って失血死させてしまい、そこに警察が真犯人が見つかったので、再現検証は中止になったと知らせに来ましたが、現場を見て、ああ、また最初からやり直しだと嘆くのでした。



快楽の漸進的横滑り

これまでの作品と同様に、日本では長らく公開されていませんでしたが、かつて座右の書にしていた、現代映画作家を知る17の方法という本のトップの章に、この映画の衝撃的な写真が出てくるので、ずっと気になっていました。そして数年前、ヨーロッパでBDが発売されていることを知って早速取り寄せ、英語字幕で見たものです。さすがにこの映画を英語字幕で見るのはハードでした(笑)。そして、今回は日本語字幕で見ております。

日本語だと楽ですね。スイスイ進んでいきます。これも、今まで見て来たロブ=グリエの映画と傾向は同じなので、すっと入っていきました。作られた世界観の中で、劇中の演技やアートを楽しんでいきます。アニセーは、言わば「嘘をつく男」のトランティニャンの役割で、いろんな話題を提供していきます。「エデン…」でちょっと浮いた感じだったエロスは、地下牢に封じ込められ、ここでエロスの為のエロスを演じ、地上の部屋では裸ではありますが、物語の中のエロスなので別物でしょう。ノアと重複する弁護士は、地下に墜ちて染まっていきました。

アニセーは、無垢な人間としての主張と、客観が混ざった感じで、周囲に流されずに一貫しています。聖職者への冒涜的発言とも捕らえられますが、アニセーは一貫して自己主張で攻撃、これは聖職者からは魔女として排除されるものととらえられますが、普通なだけに説得力あり、無垢の魂が魔女と繋がると言えそうです。小道具はいろいろ、青い靴、赤いペンキ、色彩に戯れずうまく使っていると思います。今まで、ロブ=グリエの映画でいろいろ見てきたものが融合して、素晴らしい作品の世界を作っていると思いました。

最後はいつものように、循環しておしまい。結局すべて元に戻ってきます。観客を基の世界に戻して、お別れとなるという感じです。彼らの世界に旅行に行っていたようなものかもしれません。大変充実した時間でした。

セリフとして象徴的だったのは、
「類似、繰り返し、置き換え、模倣、遊びすぎよ」…自分で言っちゃってますね。
「誰が喜ぶの? さあ、たぶん観客では」…SMシーンでの被虐の少女の言葉。虚構の演技であることを明言してますね。

やはり、この映画が集大成のように、うまく組み合わさって出来上がっていると思います。この後の作品はむしろ通俗的になった分、逆に割り切れなさが残る感じがして、これが完成形では無いかと思いました。
(個人的な思い入れかもしれませんが…)

2019.11.13 HCMC 自宅にて Amazon Prime よりのパソコン鑑賞

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「エデン、その後」 前衛が通俗化し芳醇になったメタ映画

アラン・ロブ=グリエ監督の4作目の作品で、いよいよここからカラー作品となります。原題はL'éden et aprèsで、邦題と同じです。1970年の作品で、ベルリン国際映画祭では、金熊賞ノミネートとなりました。

あらすじ
大学のカフェ「エデン」では、学生たちが毎日仮想演技を繰り返していました。外に出れば平凡な日常、エデンが射殺、毒殺、葬儀といろいろな疑似体験ができる場所という位置づけです。そこに現れた一人の男性デュシュマン(ピエール・ジメール)が、学生のヴィオレッタ(カトリーヌ・ジュールダン)に怪しげな薬を与え、ヴィオレッタは異国の地での異様な体験にトリップします。また、ヴィオレッタは画家である伯父の高価な青と白の抽象画を持っており、高値で売却できると話します。そして、ヴィオレッタの家の鍵を使った演技を行った後、皆は解散。ヴィオレッタは一人だけ男に誘われました。

待ち合わせ場所は、建設中の工場近くの桟橋で、ヴィオレッタは行く途中に複数の男女に襲われ、工場の中を彷徨うことになります。そこにいたメンバーは、襲ってきた人間も含め、いつもの学生メンバー。いつしか朝になり、待ち合わせ場所に行くと、男が海に落ちて死んでいました。男のポケットには抽象画の題材となったと思われる、北アフリカの絵ハガキが。男の死に驚き、いつもの学生たちを連れてくると、男の死体は消え、自分の部屋の鍵が無くなっていることに気づきます。その鍵はエデンで発見され、家に帰ると、絵が無くなっていました。

そして、絵の題材となったアフリカへ、その絵のモデルとなった建物を訪ねていきます。男は画家になっていて、複数の女性を幽閉し、エロスの倒錯した饗宴に浸っていました。背景は、地中海の美しい風景、白い砂と青い空。そして、絵の隠し場所を求めて戦う男たち。すべてエデンの学生メンバーです。誘拐され、幽閉されるなど翻弄されるヴィクトリアですが、男たちの殺し合いの末、最後にデュシュマンは車にはねられ堤防から転落、工場の時と同じような形の死を再現します。そして、絵とヴィオレッタが残されます。

エデンに帰ったヴィオレッタと疲れた仲間たちは、外から一人の男がじっとこちらを見ているのに気づきました。



エデン、その後

4作目にして、初のカラー作品となりました。全体は三つの場面で構成され、導入は奇を衒った観念的な入り方をします。始まってみると、いままでの作品で慣れ親しんだメタ映画的な展開になりました。第一部のエデンの内容は、これまでの映画の思想を詰め込んだ感じです。そして、外の世界は平凡、カフェで虚構を演技し体験するという、さながら小さな劇団の舞台のようです。次々と起こる展開は、もともと虚構であることが解っているので安心ですが、それなりに次の展開を待ち構えるように作られてドキドキするのは流石と思いました。また、エデンのアートな感じはなかなかいいと思いました。

建設中の夜の工場に舞台が拡大します。学生仲間も揃っていて、これも虚構であることが解ります。この場面は繋ぎ的な要素も多いと思いました。そして、舞台がチュニジアに移り、一気に風景や映像がアートになって美しく、画像に魅せられるようになってきます。すばらしい体験で、きっと、不滅の女のイスタンブールの風景もカラーにすればこんな効果を持っていたのではと思いました。半面、ストーリーは一気に屋外に出て、普通の平凡な話になった印象を持ちます。アートな映像とポルノグラフィに頼り、絵は美しいが、これじゃないぞという感じが漂いました。部屋の中の感じも、従来のロブ=グリエの映像と同じようなアートなスタイルです。エロスだけは、容赦なく激しくなっています。

1作目から順にみてきて、3作目までは白黒作品で思想が凝縮された感じがしていましたが、カラーになってそれらが分散し、華やかになったけれども、平凡になった感じがします。比較の問題でもあり、前衛的な映像と展開はそのままではあるのですが。前衛は、一つ一つの思想であり、それは深めることはできますが、基本思想は変わらず、いくつも持つわけにはいけないと思います。その上、いつまでも同じことはできないということから、前衛の寿命と昇華が現れてくると思いました。ロブ=グリエのエッセンスは直接的には、1~3作に凝縮されていたように感じます。

カラーになっての新たな挑戦を開始。劇映画の虚構性を強調しつつ、象徴的あるいは挑発的な画像をカラーで挿入しながら、普通のストーリー展開をはめ込んでいます。売りは、色彩とポルノ映像ということでれば、成功には限界があるかもしれません。そして、最後はいつもの通り循環した回収で終わっています。慣れてきたということもあると思いますが、これ以降の作品は、今までの思想をベースにどう展開していくかが見ものでは無いかと思いました。

余談ですが、これを見ながら、「イメージの本」の様な構成だなぁと思いました。まさか、これが影響しているとは思わないので、一つの構造の類型ということでしょうか?ロブ=グリエの映画は、このあとに、この映画を再構成したという「Nは骰子を振った……」という実験的映画があるようですが、そちらの方がもっと好きなことをやってそうで、興味深いです。

2019.11.12 HCMC自宅にて Amazon Prime よりのパソコン鑑賞

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プロフィール

torrent13

Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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