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「嘘をつく男」 虚構の中の嘘と、演技と見せる為の演技

アラン・ロブ=グリエの三作目の監督作品です。原題は、L'homme qui ment で、邦題は直訳になっています。この映画は、ボルヘスの伝奇集にある「裏切り者と英雄のテーマ」をベースにしているとの事で、題名からして難解さが漂います。1968年の作品で、ベルリン国際映画祭では金熊賞ノミネート。ジャン=ルイ・トランティニャンが男優賞(銀熊賞)を受賞しました。

あらすじ
大戦末期、ナチス進駐下のスロバキアの小さな村。男(ジャン=ルイ・トランティニャン)が、森の中を敵の銃撃を逃れて逃げ惑っています。そして、男は自分をジャン、またの名をボリスと語り始めました。村にたどり着くと、ジャンの同志のボリスだと語って、ジャンの妻ローラ(Zuzana Kocúriková)や妹シルヴィ(Sylvie Turbová)たちの住む館に出入りを始めます。男はまず、館の女中のマリア(Sylvie Bréal)に、レジスタンスの活動中に囚われたジャン(Ivan Mistrík)を救出する話をし始め、ジャンの隠れ場所や伝言のことについて語り始めますが、いつも話は肝心のところで終わってしまいます。村の墓地には、どうやらボリスの墓もあるようです。

要領を得ない男の話が進む中、館の妻や妹、旅館のメイドたちに、次々とジャンを救出したり、あるいはジャンは裏切り者だったりと、それぞれ、あるいは時によって異なる話を騙っていき、村の薬屋の裏がレジスタンスの潜む地下迷路に通じていることが解ると、男はジャンが地下迷路の中でジャンを救出しようとしたが、転落死したと話し始めました。館の主人であるジャンの父はテラスから転落死し、男は女たちに、この館に残って女たちを守ると主張し始め、彼女たちを誘惑します。シルヴィと関係をもち、さらにローラに迫りますが、そこにジャンが現れ男を射殺。しかし、それは演技で、ジャンは自分について、ジャンまたの名をボリスと同じように話し始め、森の中で何かに追われるような男の場面で終わります。



噓をつく男

アラン・ロブ=グリエの三本目。傾向は変わりません。あらすじを読んでもなんのこっちゃ?という感じですが、映像自体は常に何かを演じているような形で表現され、撃たれても血も出ませんし死にもしません。現実味が無く、すべて虚構の世界の様な雰囲気で話が進んでいきました。冒頭のトランティニャンは、大勢の軍勢に包囲された中を脱出しますが、とても生還しえない状況で、一度死んだ演技までして見せ、映像作品そのものの虚構を表現します。その後も彼の話は二転三転、饒舌なジャンに虚偽の拍手の音が響き…。という具合に、真実でないぞ!と主張しながら、話を延々と真摯に語り続けるスタイルです。

女たちはの方も、そもそも日々目隠しでかくれんぼをしている女たちという表現で、積極的な意思はあまりなく、そこは情報の無い中で生きている人間たちという位置づけでもあるのでしょうか。終始観客は、嘘をついている男を見続ける中で、その虚構の話が進んでいくという形でした。

という訳ですので、男の語ることがに真実はあるのか、すべて嘘なのか。そもそも男は存在したのか、誰かの妄想なのかなどは示されず、話がぐるぐる回っていくので、すべて妄想虚構の世界ということでしょう。我々はその中から真実を見出そうとするわけですが、そもそも映画にしろ、芸術にしろ虚構だという立場で迫られます。その中で虚構の演技をトランティニャンがいろんな立場で演じ切るという映画でした。音楽は現代音楽風。映像にマッチして心地よいと思います。そして、場面の繰り返しの構造や、倒錯趣味も健在で、多少進展もしているような感じでした。

これで、白黒時代の三作を観終わりました。これ以降はカラー作品となりますが、いろいろエスカレートしていきます。

2019.11.12 HCMC自宅にて Amazon Prime よりのパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「ヨーロッパ横断特急」 メタ映画形式のロブ=グリエ娯楽作

アラン・ロブ=グリエ作品、二作続けての連続鑑賞。彼の第二作になる「ヨーロッパ横断特急」で、1966年の作品です。内容からして、これが一番解りやすそうな感じですが、予断は許しません。トランス・ヨーロッパ・エクスプレスといえば、個人的にはクラフトワークの音楽を思い出すのですが…(笑)。

原題 : Trans-Europ-Express

あらすじ
パリ駅で雑誌を買って乗り込む男は、列車で同行の男女と合流。TEEを題材に麻薬の運び屋の映画を作ろうという事になり、車内でプロットを録音しつつ三人で意見交換しながら練っていきます。そのプロットの議論と同時進行で、それが映像化されていく形で映画は進んで行きます。

エリアス(ジャン=ルイ・トランティニャン)は、パリ駅でSMの写真誌を買い込むと、アントワープ行きに乗り込みました。空の麻薬運搬用のカバンを持っています。アントワープに到着。決められた場所で組織の者と接触するうちにエヴァ(マリー=フランス・ピジェ)という娼婦と仲良くなり、ハードなプレイを楽しみます。組織はエリアスに次々と指示を与えて翻弄し、組織のボスのフランク(Charles Millot)は、エリアスが信用できるかどうかのテストだと告げ、合格したので明日のアントワープからパリへの運搬を託すと言います。いい加減監視され、翻弄されて腹が立っていたエリアスは、監視していた男(クリスチャン・バルビエール)に明日の決行に関する愚痴を言ってしまいますが、彼が合言葉に反応せず、警察の尾行であったことに後で気づきました。翌日カバンを受け取ったエリアルは警察に知られているのでビクビクしながらカバンをパリに持ち帰り、無事受け渡しを完了します。

パリに戻ったエリアルに連絡が入り、今日のはダミーを使った予行練習であり、明日再び同じルートでアントワープに向かうように指示が出ます。エリアスは同じルートをたどり、再びエヴァと出会いますが、エヴァがエリアスを泳がせていた警察の男ロレンツと内通していたことを発見。エリアスはエヴァをベッドに縛り、絞殺してしまいました。エヴァの死体を発見したロレンツはSMショーの記事を新聞に書かせてエリアスを誘う算段をし、一方、約束の場所に現れず、身を隠してしまったエリアスをフランクは捜索します。そして、見事に罠にはまってSMショーに現れたエリアスを警察が包囲。そこに現れたフランクは、エリアスを射殺して逃走します。

映画作家たちの乗ったTEEはアントワープに到着。新聞を買い求めると、エヴァの絞殺事件とエリアスの事件の2つがあったことが書き立てられていました。事実じゃつまらないなと語る三人の背後で、エリアスとエヴァ(役?)が駅で再会し抱擁を交わしていたのでした…。



ヨーロッパ横断特急

映画のシナリオ作成と、映像が同時進行する映画。いわゆるメタ映画になっています。ラストのワンシーンの解釈はいろいろできますが、こういった終わり方は、よくあるパターンですので、それほど気にすることも無いと思いました。ジャンル的にはエロスだったり、サスペンスだったりいろいろ考えられますが、コメディと言ってもいいくらいではなかろうかと思いました。あんな広告に引っかかるって、よっぽど好きなんですねぇ…。というところでしょう。ジャン=ルイ・トランティニャンとマリー=フランス・ピジェのベッドシーン(といっても裸は無し)はなかなかの見どころだと思います。マリー=フランス・ピジェが大変美しく撮影されています。

ストーリーは、アラン・ロブ=グリエにしてはおとなしく、娯楽作に寄った感じになっていますが、話の構成は凝ってますし、現実と虚構を入り組ませるところは、いつものパターンだと思いました。しかし、難解にはしておらず普通の映画になっています。アヴァンギャルド要素も、適度に織り込まれている感じです。船のドックに水が入ってくるところとか、なかなか面白い映像だと思いました。映像はいろいろ凝ってます。また、同じことを繰り返すという構築や、倒錯的な趣味が全面に出ているところも、ロブ=グリエらしいところと思います。

マリー=フランス・ピジェは、今まで縁がありませんでした。初めて見ます。なかなか可愛らしい感じの女優さんです。生まれはベトナムのダラットなんですね。当時、フランス領で有名な避暑地です。そして、この映画は冒頭から椿姫の音楽が流れてドキッとします。それも、有名な部分や断片を上手く利用して効果を出しているところが、とても面白いところ。また、この椿姫の曲の入り方も、コメディっぽさを醸し出していると思いました。本来、悲劇のオペラなんですが…。

2019.11.10 HCMC自宅にて Amazon Prime よりのパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「不滅の女」 美女を巡る嫉妬と欲望、はたして現実は?

アラン・ロブ=グリエの映画が、一気にAmazon Primeで公開されていました。昨年、日本でも古い作品が一気に公開されていましたが、その不条理感が大好きなので、さっそく鑑賞してみたいと思います。せっかくなので古い作品から順を追って。まずは、不滅の女。アラン・ロブ=グリエの初監督作品で、1963年の作品。ベルリン国際映画祭での金熊賞ノミネート。フランスでは、ルイ・デリュック賞の受賞作品です。

原題 : L'immortelle (不滅)

あらすじ
イスタンブールにやってきたある男性教師(ジャック・ドニオル=ヴァルクローズ)は、休暇中に自宅の窓から海峡を眺めるうちに、謎めいた美女と知り合います。彼女(フランソワーズ・ブリオン)にイスタンブールをあちこち案内をしてもらいながら、デートを重ねることになりますが、親密になるほど男は彼女の素性を知りたがるのに対し、彼女はうまくはぐらかしてばかりいます。そして、ある約束に日彼女は現れず、家でも待ち続けた男は街に出て、今まで出会った関係ありそうな人物を辿って尋ね歩きました。

ある日繁華街で彼女を見つけた男は、彼女に消えた理由を問い詰めますが、ここでは話せないと車に乗り、遠くへ出かけようとした途中で、犬を避けようとして木に激突、彼女は死んでしまいます。男は、警察から釈放されると、彼女について調べて回る中で、彼女との過去を回想し、出会う関係者からは、人身売買や監視、男も死んだなどいろいろと示唆せれます。彼女の言葉を回想し、イスタンブールの現実はすべて欺瞞であることや異邦人として監視されてていることなどの発言を思い出し、事故車を買い戻した男は、事故現場に車で向かうと、やはり犬を避けようとして木に激突、命を落とすのでした。そして、船の上で嘲笑するような彼女のシーンで終わります。



不滅の女

アラン・ロブ=グリエは、前衛的な小説家として成功したあと、アラン・レネ監督の「去年マリエンバートで」の脚本を手がけ、この作品で映画監督としてデビューしたことになります。映画でもその前衛的手法はいかんなく発揮されていると思います。

今まで、後期の作品はいくつか見てきましたが、初期の作品は日本ではなかなか見ることが難しくもあって、見たのは「快楽の漸進的横滑り」を海外BDを取り寄せて英語字幕で見ただけでした。今回それがまた、一気に公開されたという事で隔世の感を感じています。いずれにしても、私には明確にこうだと、理解することのできない作品ばかりで、映像が綺麗かつ斬新とか、不条理感が面白いとか、美女とエロスとかを楽しんでいたということですが、まぁ、それがアラン・ロブ=グリエだということで、ご容赦を。

この映画は、フランソワーズ・ブリオンのアップが度々登場する、不可解な導入で始まります。鎧戸の間から覗き見るような構図も多用され、ヒッチコックみたい。と思っていると、なにやら常時監視の目が強調され、不穏な進行です。人物の動きも静止状態に加えて、動かすものだけ動かしたり、局所的なアップなどを多用したりと、不思議で不条理感漂う映像が続き、これぞアヴァンギャルドという感じで進みました。そして、イスタンブールの街の映像が大変美しく切り取られていて、異国情緒が漂います。ダンサーと観客の動と静の画像の対比にも魅了されます。そういった、美しい画像を堪能しながら時間が経過し、その底に横たわっている監視の目を意識しつつ、思わせぶりなエロティックな表現が増えてくると、彼女が消えてしまいました。

男は彼女を求めて街を訪ね歩き、異国の地での危険な雰囲気が増していき、町の人々のよそ者に対する反応に居心地の悪さを感じているうちに、彼女と再会と思いきや、自動車事故で死亡。ここからは、過去の映像が細かく繰り返し出現。何が事実だったかということを、解き明かしていく段階となる訳ですが、そこはアラン・ロブ=グリエで、そう簡単にはいかず、いろいろな人の口と、自分の回想と組み合わされた、事実と空想や幻想の組み合わさったパッチワークからは結論らしいものは得られず、男は自動車事故で亡くなりました。最後に笑う彼女。いったい何だったのか…。

見ている方も、いろいろ先読みしながら見るので緊張感は持続します。しかし、その先読みは報われるものではありません。同じような映像が何度も繰り返されますが、その一つ一つが微妙に違っていそうで、その辺にトリックがあるのか?とも思いますが、そこまで謎解きをするのはちょっと大変。いろいろなエピソードの中で小出しにされる哲学的な話や、美女と付き合うほどに取り込まれていき、しきりに素性を知りたがる男の性と、謎の美女の態度、異国における行動の問題などを警句ととらえながら見終わってしまいました。まぁ、そんなもんだろうと思って納得します。とにかく、映像の美しい映画です。事実と幻想、それぞれの視点の違いなどが入り組んだお話で、でも、比較的展開が単純なので、判りやすいのではないでしょうか。

後年の映画から察するに、地下の監獄には鎖につながれた彼女がいるのではないかと想像していました…。

2019.11.10 HCMC自宅にて Amazon Prime よりのパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「ゲーム」 かなり無理筋だが、最高のエンターティンメント

録画してHDに溜まっている映画たち。かなりの量になってしまったので、録画した順に少しづつ見ていっていました。これもいつ録画したものか解りませんが、今まで見る意欲がわかなかったので放置していたものです。1997年のアメリカ映画。改めて見てみると、これデイヴィッド・フィンチャー監督の作品だったのですね…。

あらすじ
サンフランシスコでも著名な成功者である、富豪のニコラス(マイケル・ダグラス)は、久しぶりに弟(ショーン・ペン)と面会します。弟は、ニコラスにCRSと呼ばれる会員制クラブを紹介して、カードをプレゼントとして渡し、ちょうど時間のあったニコラスは行ってみることにしました。彼はその日は精密な身体検査や調査を受けひとまずクラブを出ますが、その日行ったバーで、CRSのゲームに参加したという男の話を聞き、素晴らしいゲームであったと言われます。その後ニコラスは、検査不合格であるとの連絡を受けますが、その日から、ニコラスの周りに不思議なことが起こり始めました。

不思議なことは、次々とニコラスの周囲を巻き込んでエスカレートしていき、ついには乗ったタクシーが海へ転落したり、警察にCRSの捜査を頼むと、CRSのビルはもぬけの空だったり、偶然出会った女性に薬を盛られたりと散々な目にあっていきます。CRSに対する復讐心に燃えてしまったニコラスがやっとのことでCRSのビルへ戻ると、今までニコラスと出会い、翻弄してきたメンバーとの激しい銃撃戦を繰り広げることになりました。そして、誰の言うことも信用できなくなってしまったニコラスは、最終的にゲームの終わりを祝おうとシャンパンを持って現れた弟をも誤射してしまい…。



ゲーム

ずいぶん前に録画しておいたものの鑑賞。フィンチャー監督だったのですね。知らずに録画していました。強烈な体験をすることにより改心させ、性格を一変させるプロジェクトを生業とする会社の商品をプレゼントとして貰った、言わば守銭奴役のマイケル・ダグラスが、その「ゲーム」に巻き込まれていくという物語。何が現実か、誰が味方か解らない様子が、なかなかスリリングであり、目が離せません。 あらすじは、実際にニコラスに起こるゲームの内容は相当盛りだくさんで、いろいろな事が複雑に絡まりながらスパイラルのように加速していきますので、ごく簡略して書きました。

最後に種明かしされますが、これだけ周囲の人間を巻き込んだプロジェクトで、本人に感づかれないことは、ちょっと不可能では無いかな?と思いますし、最後のオチもかなり偶発的で確度が低い、いわば賭けのようにも見えますので、現実性に照らしてしまえば、かなり無理筋なストーリーと思います。マイケル・ダグラスがそこまでされるような極悪人にまでは描かれてないですし、だいたいこのプロジェクトの代金はいくらになるのだろうと心配してしまいました。

とは言っても、見ている間はとても楽しめましたし、複雑な息もつかせないストーリー展開は、さすがフィンチャーという感じで綿密に作りこまれていると思います。そのあたりは、監督の力量がよく発揮されていると思いました。というわけで、ゲーム的なエンターテインメントとしてみれば良くできていて、楽しめる2時間を提供してくれると思いました。個人的には、デボラ・カーラ・アンガーとの久しぶりの出会いも良かったです。

2019.8.2 自宅にて NHKBS Premium の録画鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「ゆれる人魚」 至宝のファンタスティック・ミュージカル

この映画の予告編を見て、長らく見たい見たいと思っていました。そもそもファンタジックで、エロスもあり、グロくもあり、コメディでもあり、何か自分が見たくなる要素がすべて詰まっているような気がしたのです。という訳で、Amazon Primeの会員特典にあったので、見てみることに。2015年のアグニェシュカ・スモチンスカ監督によるポーランドの映画。ポルト映画祭の作品賞ほか、各地のファンタスティック映画祭を中心に、22受賞、18ノミネートという成績を収めました。有名どころでは、サンダンスとかも混じってますね。

あらすじ
美しい姉妹の人魚がいました。浜辺で歌う人間を見た彼女たちは、自分たちの歌で彼らを引き付け、食べてしまいます。

80年代のワルシャワのストリップ・クラブ。支配人(ズグムント・マラノウィクズ)は店内の見回り中に、かくまわれていた姉妹の人魚を見つけます。驚いた支配人は、これは受けると考え、早速彼女たちをステージに上げることに。姉妹の名は、姉が金髪のシルバー(マルタ・マズレク)、妹が黒髪のゴールデン(ミハリーナ・オルシャンスカ)でした。ステージ衣装をつけて、バックコーラスを担当しながら、姉妹が曲の合間で、大きなボウルの容器に入ると、たちまち人魚に変身し、観客は大喝采。たちまち、姉妹は人気者になりました。

メインボーカルの女性・クリシャ(キンガ・プレイス)と、ドラムの男は関係があり、加えてベースの青年・ミェテク(ヤーコブ・ジェルシャル)は三人で同居していました。姉妹はこの家に一緒に住み始めます。シルバーはすぐにみなと打ち解けますが、ゴールデンは人見知りが激しいようでした。ゴールデンは孤独を感じ、町に出て男を虜にし。次々と食べてしまいます。一方、シルバーは、ミェテクに恋をしてしまいました。しかし、人魚は恋をした相手が結婚してしまうと、夜が明けるまでに食べなければ自分は海の泡となって消えてしまうのです。

シルバーはミェテクに告白しますが、魚とはできないと断ります。シルバーは、ミェテクに自分のうろこを渡し、これでベースを弾いてと言って、キスを交わしました。ところが、ゴールデンが人間を食べたことが発覚し、刑事がやって来るようになると、ゴールデンとシルバーを海に捨ててしまいますが、すでに姉妹の虜になっていた三人は放心状態で活動できなくなり、姉妹も何事も無かったようにクラブに戻ってきてしまいました。

ミェテクに恋をしたシルバーは、人間になる手術を受けますが、尻尾がなくなると声も失ってしまいます。そして、再びミェテクと愛をかわしますが、ミェテクはシルバーの思いを受けず、人間の女性と恋に落ち、シルバーのうろこもあっさり捨てられてしまいました。そして、ミェテクの結婚式の時、シルバーは、「朝までにミェテクを食えば、海の泡にならずにすむ」と言われ、夜明け前まで行動に移せないシルバーは、夜が明ける直前に、ゴールデンが見守る中でミェテクとダンスを踊ります。シルバーは一度は牙をむいてミェテクの首を噛もうとしますが、どうしてもミェテクを食べられず、恋人の肩に頬を寄せたシルバーに朝日が差し込み、そのまま泡となってしまいました。

その瞬間、見ていたゴールデンは、駆け寄ってミェテクに飛びつき、喉笛を噛み切ると、クリシャや支配人が見ている前で海へと飛び込み、海の底深くゴールデンは去っていったのでした。



ゆれる人魚

三大ファンタスティック映画祭である、ポルト映画祭のグランプリ作品ということで、心してみました。ファンタスティック映画祭の受賞作品は、個性豊かで大好きです。この映画も、いろんな仕掛けがあって大変面白かったと思いました。人魚の二人はセミヌードなんですが、それでいて全く自然なところがまず気に入りました。そして、あの長い尻尾の造形は、意表を突くもので素晴らしいと思います。魚臭いそうです。いかにもそんな感じ…。上半身とのアンバランス感がなんとも面白いところでした。

それだけでも、すでに楽しいのですが、幻想的な物語のはずなのに、なんとも安っぽいシチュエーション。ストリップクラブのベーシストと、あまりにも一途な人魚との組み合わせ。移植手術は、そんなんでいいのか?と突っ込みなるようなやり方。普段と人間を食べる時との顔つきの落差。最後にベーシストにとびかかるゴールデンの姿、などなど見どころを上げると枚挙に暇がないという感じでした。シルバーが泡と消える幻想シーンで盛り上げたあとで、一気にこわしに行くゴールデンという組み合わせも、いろいろバランスを取っていて見事だと思いました。

ミュージカル仕立てですが、最初の方の曲は演歌まで思わせるような、レトロな曲から、入れ代わり立ち代わりで、現代風のディスコっぽい曲まで、そして、時々流れるバラード調の曲はなかなか良かったです。最後まで、規定観念を覆していくような感じで、かつポップな感じでノリが良くて、しかもレトロな雰囲気まで織り込んでの楽しい映画でした。やはり、ファンタスティック映画祭ものは目が離せません。というか、全部見てみたい!!!

2019.11.3 Chau Duc への旅行の帰りに、スマホ・Ipadなどいろいろ鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「隣の影」 静かな町で起こる猟奇的な負のスパイラル

アイスランドで、この年のエッダ賞の主要な賞を攫った映画。ユーロスペースで上映していましたので、見に行きました。アイスランドの映画は、全体的にどんよりした雰囲気のイメージがありますが、この映画はどうなんでしょう。2017年の、ハーフシュテイン・グンナル・シーグルズソン監督の作品です。

あらすじ
アイスランドのある街で、妻と娘と暮らしていたアトリ(ステインソウル・フロアル・ステインソウルソン)は、アダルト動画を見ているところを妻アグネス(ラウラ・ヨハナ・ヨンズドッテル)に見つかり、喧嘩になります。その動画は、アトリの元カノとのセックスビデオで、逆上したアグネスはアトリを追い出してしまい、彼は実家に戻ることになりました。アトリはその後も彼女や娘と会おうとしますが、アグネスは家の鍵も変え、徹底して彼を拒絶し一切接触しようとはしませんでした。

一方、アトリの両親のインガ(エッダ・ビヨルグヴィンズドッテル)とバルドウィン(シグルズール・シーグルヨンソン)は庭の木が隣家の庭に影を落とすため、隣家から木を切るようにさいさん要求され、元々隣人を快く思っていなかった彼らは険悪な仲になっていきます。そして、家に起こる嫌なことはすべて隣家の嫌がれせと考えた彼らは、監視カメラをつけ、防衛するようになっていきました。ある日インガとバルドウィンの猫が突然いなくなると、隣人の仕業だと思い込み、ついにインガは隣人の犬を捕らえ、剥製にして家の玄関に放置、そして、復讐の連鎖へと入っていきます…。



隣の影

元カノとのプライベートセックスビデオを見ている現場を、奥さんに押さえられ、追い出されてしまう主人公は、実家に住み込みますが、実家で隣家とのバトルに巻き込まれてしまいました。妻の怒りは時を経て収まっては来るものの、もはや心の関係は修復できない中で、隣家との確執はエスカレートしていきますが…というお話です。 アイスランドの映画で、すっきりしないような北欧の寒空の中での、元はと言えば日差しを求める諍いでした。

隣家との争いの中で、だんだんと言動がおかしくなっていく、長男を失った母親。これは、サイコホラー的な鬼気迫る怖さです。そして、ついに一線を越えてしまい、転がり落ちるように大きな破局に向かっていきます。そしてドラマの中では倫理観が問われたり、日常の中での怒りを抑えたり、コントロールしきれなかったりと、静かな怒りが充満したドラマが繰り広げられました。

ラストに向かう負のスパイラルは、確かに急展開で面白いのですが、途中まで静かなサイコホラーな雰囲気で盛り上がってきただけに、ああ…ついにやっちゃったねという感じで、落ちていってしまいます。最後のオチはまあ無くてもいいけど、破滅のダメ押しと感じました。この映画は、途中までドキドキするようなドラマだっただけに、確かにこういった展開もありだけど、せっかく描き込んだので、もっとずしりとした終わり方もあったのではなかろうかと、ちょっと残念というか、そんな気がしました。

2019.8.2 ユーロスペースにて鑑賞

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「どぶ」 乙羽信子の驚異の激演に絶句する感動作

内容を知らずに見始めた(題名からある程度想像はしていましたが)「どぶ」ですが、乙羽信子の激しい演技に驚愕しました。いやはや、ここまで演じたとは驚きです。1954年の映画で、新藤兼人の監督・脚本による映画。近代映画協会製作で新東宝の配給でした。

あらすじ
京浜工場地帯の一角にある、河童沼のほとりに女の行き倒れがありました。通勤中の徳さん(殿山泰司)がパンを与えると、知恵おくれ気味の彼女ツル(乙羽信子)は、河童沼集落に住むことになります。ツルは満洲から引揚げ、紡織工場の女工を失業後、遊郭などを転々としてきたのでした。ツルが同居したのは、徳さんとピンちゃん(宇野重吉)の住む家で、競輪やパチンコに励む毎日。それとは知らずツルは毎日、二人のために弁当を持たせて送り出しています。しかし、二人は一儲けたくらみ、ピンちゃんの学費の為ということで、近所の待合にツルを売りとばしました。ツルが主人と衝突して飛び出すと、主人が二人に前借の返済を迫ったので、遂にツルは売春婦になって川崎駅前に立つようになります。

ある日ツルは、風邪で寝こんだピンちゃんを看護している時に、ピンちゃんは突然ツルに抱きつきますが、ツルは激しく抵抗し、飛び出していきました。そして、駅前に立つツルは土地の売春婦に因縁をつけられリンチされたため、逆上して交番に置いてあったピストルを振り廻して発砲。これを止めようとした巡査に打たれて命を落としてしまいます。沼の住人はツルを担いで帰り、通夜を営みますが、その時、ツルが自分で稼いだ金で、ピンちゃんが学校へ行くという芝居を信じ、ピンちゃんに贈った学生服と靴が配達され、一同は慟哭するのでした。



どぶ

とにかく乙羽信子が強烈でした。「大阪の宿」と同じ年の作品で、あちらの「うわばみ」も個性的な演技ではありましたが、これは凄すぎるという印象です。好きだったピンちゃんに襲われて激しく抵抗する場面、普通に抵抗しているだけだと思っていたのですが、深い真実の愛が隠されていたのですね…。新藤兼人の近代映画協会に転向し、かつての清純派を脱却した乙羽信子の面目躍如というところでしょうか。そして、宇野重吉も地面をのたうち回って慟哭する。すべてが終わって大変感動的な物語でした。

ツルは少し足りない女の子という設定。無垢な存在としてこの貧民街の人々の心を映し出していきます。それは、いろいろな欲望を持った人間の裸の姿ということで、その人間たちが織り成す幾つかの事件がテーマ。しかも、ユーモラスに描かれています。後の、山本周五郎の「青べか物語」や「季節のない街(どですかでん)」のような雰囲気でした。小説にしろ、映画にしろ、自分の世界にはない世界を垣間見るという形になってしまいますが、こういう世界の人情をうまく描いた作品は好きです。こちらは何不自由なく、現状に安住している身ではありますが…。

映画の雰囲気としては、ネオレアレズモという感じもある一方、紡績工場でのストの場面の経営側の映し方とか、エイゼンシュテインのストライキとか思い出しました。確か、こんな映され方をしていたような…。大正・昭和と続くリアリズムの思想の中の映画と思いますが、ストレートに語り掛けてくる映画で、久しぶりに見て感じ入るところがありました。

2019.10.20 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「嵐の青春」 ヘイトアシュベリーの文化を伝えるカルト映画

イージー・ライダーを見た時に、当時のヒッピー文化が描かれている映画ということで、2~3の作品を知ったのですが、それらの作品をDVDで購入して見た一本。1968年のリチャード・ラッシュ監督による、ジャック・ニコルソン主演の作品です。日本未公開作品で、邦題が入り乱れているようです(笑)。

原題:      Psych-Out
旧VIDEO邦題: ジャック・ニコルソンの嵐の青春
TV放映時の邦題:都会の中の俺達の城


あらすじ
耳の聞こえないジェニー(スーザン・ストラスバーグ)は、消えた弟のスティーブを探して、ヘイトアシュベリーにやってきました。彼女は、ストーニー(ジャック・ニコルソン)と彼のバンドメンバーに出会い、メンバーたちが共同生活を送るストーニーの家に住み込み、彼らの助けを得て、弟を探すことになります。ジェニーはギャラリーで、弟の彫刻を見つけ、それはこのあたりで説教者「シーカー」と呼ばれている男の作品というを知りますが、元バンドメンバーのデイブ(ディーン・ストックウェル)が、彼の居場所を知っているようでした。

デイブがバンドを辞めたのは、ストーニーが商業主義に走り始めたからでした。デイブとジェニーはシーカーを求めて行った廃品置き場で、弟の痕跡を見つけますが、シーカーに敵対する不良グループに絡まれ、なんとか逃げ帰ります。ストーニーとジェニーは肉体関係を持つようになりますが、ジェニーは雑然とした家に愛想がつき、ストーニーに散歩に出ると断わると、ストーニーは勝手にしろという態度。デイブにたしなめられたストーニーは、ジェニーを探しに出かけ、ギャラリーに入ります。

シーカー(ブルース・ダーン)は、神の家が完成したので、ギャラリーに彫刻を取りに戻ったところでした。ジェニーと会えて喜んだものの、薬をやっていない時に会いたいと話します。そして、バンドの公演は成功し、スティーブもジェニーを訪ねに向かいますが、不良グループに追われてしまい、ジェニーは気づきませんでした、デイブは商業的な野心と、ジェニーへの態度についてストーニーを責めると、ストーニーは別の女の所に行き、デイブはジェニーを慰め、薬をジュースに入れてジェニーに迫ります。ストーニーは怒ってジェニーに「雌犬」と叫び、傷ついたジェニーは、ジュースを一気に飲んでしまいました。

ジェニーはデイブからスティーブの居場所を聞き、家を飛び出します。ストーニーも薬に慣れていないジェニーが危険だと考え、トリップしてしまったデイブを起こし、追いかけます。一方、スティーブは自分の作った神の家の中で火をつけ、ジェニーが着いた時には、家全体が燃え上がっているところでした。彼は炎の真ん中に立って祈りに夢中になり、彼女を見つけると、ただ微笑んで手を振るのでした。ジェニーは混乱の中で幻覚に襲われ、彷徨いながら金門橋の真ん中に立ってしまいます。行きかう車の警笛の中で、デイブとストーニーは彼女を見つけますが、彼女に向かってくる車を見ると、デイブは彼女を押しのけ、自分は車に轢かれてしまいました。そして、ふらふらと立ち去ろうとするジェニーをストーニーは抱きしめたのでした。



嵐の青春

ヒッピー文化華やかなりしころの、ドラッグ映画。ストーリーが判りづらく、また印象にも残りづらいので、あらすじを書くのに苦労しました。いろいろと当時のヒッピー文化に関するエピソードや思想が散りばめられており、ここでもジャック・ニコルソンが活躍しています。イージー・ライダーのようなメッセージ性は強くありませんが、今となっては、当時の若者たちのムーヴメントをよく表している映画だと言えると思います。基本は全編にドラッグが登場し、テーマはスーザン・ストラスバーグとジャック・ニコルソンや、彼を取り巻く若者の生態のドラマでした。

舞台は、LSD文化発祥の地・サンフランシスコのヘイトアシュベリーで、サイケデリックなアートや音楽に満たされた世界です。アンダーグラウンド的な活動が中心で、普通の人々はほぼ登場しません。現在では、その中から生まれた文化。アートや音楽は、その後いろいろな形で発展し、普通になじみのあるものになっています。この作品を見ながら、現在につながるカルチャーの生まれた頃の様子を垣間見ることができ、また、この時代の若者の文化の影響力を実感することもできると思います。

映画としては判りづらく、また、世相の現象を取り込んだところまではいいのですが、メッセージ性はあまり残していませんので、感心すると言うまではいきませんでした。ただ、その内容からカルトムービー的な性格を持ち、また資料価値的な側面も持っている映画だと思います。この映画のオリジナルは101分だったそうですが、最近までカットされた82分版のみ流通していたとの事。オリジナル版も最近出ているとのことですが、私のDVDも古いもので82分版。でもまぁこれを見る限りは、それほど大きな差は無いのかな?という感じもしました。

2019.7.28 自宅にてDVD鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「トランシルヴァニア」 愛を求め彷徨う心と、情熱と音楽と

買いだめしたDVDをいくつか見ていましたが、これはその中の1本で、月に1枚期限付きTポイント消化の為、ヤフオクで買ったもの。お目当ては、アーシア・アルジェントです。2006年のフランス映画で、監督はトニー・ガトリフです。2006年のカンヌ映画祭で、クロージング作品として上映されました。

あらすじ
姿を消した恋人のミラン(マルコ・カストルディ)を探して、ジンガリナ(アーシア・アルジェント)は親友のマリー(アミラ・カサール)と共にトランシルヴァニアへとやって来ました。2人は、ミュージシャンであったミランの消息を、ロマの楽士たちに尋ね歩き、ついに見つけ出しますが、ミランにはすでに愛情は残っていませんでした。ミランの子を身ごもっていたジンガリナは絶望し、マリーとも別れて一人で異国の地を彷徨い始めます。そして、ジプシーの少女といるところを、かつて酒場で出会った古物商のチャンガロ(ビロル・ユーネル)が見つけ、2人は一緒に旅を始めました。

精神状態の不安定なジンガリナと度々喧嘩もしながら、トランシルヴァニアの村々を巡るうちに、ジンガリナがついに産気づいてしまいます。チャンガロは必死に助けを求めて村人を呼び寄せ、無事に出産。しかし、チャンガロはジンガリナと赤ん坊のいる部屋にはいつけず、家を出て、音楽と酒におぼれる日々を身を送り、ある日、意を決してジンガリナの家に戻ると、すでに引っ越した後でした。そして彼女を訪ね歩き、やっとジンガリナの家を見つけると、そこには穏やかな母親の表情で赤ん坊と眠るジンガリナがいました。



トランシルヴァニア

アーシアを目的で買ったDVDをしばらく温めていましたが、やっと鑑賞しました。全編にロマの音楽が流れる中での、異常なまでに激しい心情の噴出があちこちで見られる映画でした。自傷のBGMに音楽を使うチャンガロに投げつけらたロマ言葉に、ロマの音楽の心が表されます。そして、アーシアの演技はいつも以上に熱気がこもっていて、至る所で爆発していますが、それも自然に感じられるところが、アーシアの不思議なところです。

そもそも、トランシルヴァニアとアーシアの組み合わせから、吸血鬼物と思っていましたが、全然違いました。あれは別の映画ですね。こちらは傷心のロードムービー。消えた男を追う女、しかしすでに男の心は離れていた。悲嘆にくれる彼女に同行する一人の男、女は妊娠していたが、やがて2人の間に親近感がでてきて…。というお話でした。実際はそんな簡単な言葉では表せないほどの感情の吐出が見られます。

印象的なシーンもたくさん散りばめられています。アーシアのトレードマークのお腹の刺青をなぞって、胎児の絵を描くところ。マリーのスカートの裾から沢山の子供が顔を出す幻想。アーシアを前にした悪魔祓い的な儀式の様子などなど、いろいろと心に残ります。そして、全体的な雰囲気はトランシルヴァニアの寒々と寂れた田舎の風景と、ロマの音楽で支配されています。強烈な演技とストーリーを堪能させていただきました。

ラストの赤ちゃんと共に寝ているアーシアを見て、美しさにハッとしました。母になったアーシアの母性の美しさでした。

2019.10.6 HCMC自宅にてDVDをパソコン鑑賞

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「夜の女たち」 田中絹代の衝撃的な変貌と美しさが圧巻

女性を描くことにかけては右に出るものがいないという巨匠、溝口健二の面目躍如たる作品です。1948年の作品で松竹京都の製作。この時期の溝口の映画には欠かせなかった田中絹代主演の映画でもあります。

あらすじ
終戦後の大阪で、戦地から帰ってこない夫を待つ大和田房子(田中絹代)は、病弱のわが子に栄養をつけるためにと、着物を売りに行くと、店のおかみに金が欲しいのならと、売春婦になることをすすめるられました。毅然とした態度で断るものの、子供は死んでしまい、夫の戦死も戦友によって伝えられた房子は、夫の戦友の勤務先の社長の栗山(藤井貢)の秘書となり、家を出てアパートに住むようにします。その頃、房子の実妹君島夏子(高杉早苗)は引揚げて来てダンサーをしていましたが、偶然心斎橋で出会い二人は房子のアパートに一緒に住むようになりました。ところが社長の栗山は密輸もやる傍ら、女には目が無く、房子は栗山のいいなりになってしまい、その上、夏子まで手を出してしまいます。そしてその現場を見た房子は激怒してアパートを出てしまいました。

房子は男への復讐として病気を移すことをことを決心して街娼となり、その世界では顔役になっていきます。夏子は姉を探しているうちに街娼と間違えられ、掴まって検査のために病院に送られると、そこで房子と再会しました。夏子は診断の結果、栗山から性病を移され、おまけに妊娠していることが判明、アパートに帰った夏子に、栗山は堕胎を迫りますが、その時踏み込まれて栗山は密輸容疑で逮捕されてしまいます。房子は妹を婦人ホームに連れて行きますが、夏子は流産。苦悩の中、夜の街に戻った房子は、仲間の街娼にいじめられている、貧乏をきらって家を飛び出した義妹の久美子(角田富江)を見つけ、男に騙されて街娼になった久美子を救うため、房子は変わってリンチを受け、久美子に支えられてその場を去っていくのでした。



夜の女たち

溝口体験がそれほど多いわけではありませんが、女性の描写が有名な溝口健二監督の、そのものずばりの映画を鑑賞しました。圧巻は田中絹江の変身ぶり。妹と偶然再会した収容施設での田中絹代は、衝撃的な美しさ!いや、もともと美しいのですが、ああ、女の人ってこうも変わるんだ…とその変貌ぶりに感無量でした。もともと和服姿を多く見ていただけに、夜の女性の姿になるとインパクトがなおさら強かったのだと思います。

ラストの街娼同士の抗争もなかなか感動的です。街娼の抗争は肉体の門を思い出しました。田中絹代の、義理の妹を救い出すための体を張った役回り。そして、瓦礫の中のステンドグラスと、素晴らしい場面だと思いました。療養施設の中での先生の説教は、至極ごもっともで、優しい言葉に痛み入りますが、そんな正論を、そこまで滔々と話せるものなのかと、微妙な感じがしました。そもそも、そういった事では生きていけないからこうなったのに、どうせよというんでしょうか?

前半はいろいろと酷い境遇から堕ちていくというお話ではあるのですが、一足飛びに街娼というのが現実的なのか?とも感じました。人と場合に依るのかもしれませんし、それが本来のテーマではないかもしれませんが…。それとも、この時代はそういうことだったという理解でいいのかな?いずれにしても、いつ見ても安定の大女優、田中絹代の素晴らしい演技をじっくり堪能させていただきました。

2019.9.2 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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プロフィール

torrent13

Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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