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「熱砂の秘密」 この映画の雰囲気はどこだろうと戸惑う

この日は、ユーロスペースで1本新しい映画を見てから、返す刀でシネマヴェーラで1本鑑賞しました。特にこの映画を狙ったわけではなく、たまたまこの映画の時間だったということで。1943年の映画ビリー・ワイルダー監督による作品です。

あらすじ
北アフリカ戦線で敗残兵となり彷徨っていたブランブル伍長(フランチョット・トーン)は、やっと砂漠の町のホテルに辿りつきます。ホテルには主人のファリド(エイキム・タミロフ)と女中のムーシュ(アン・バクスター)の2人のみ。そこにロンメル将軍(エリッヒ・フォン・シュトロハイム)以下のドイツ軍が進駐してきました。ホテルに陣取ったドイツ軍から身分を隠すべく、ブランブルは昨夜の空襲で死んだ給仕に変装し、ドイツ軍を迎えることにします。ところが、その給仕はドイツ軍のスパイだったことから、ブランブルはスパイとしてロンメル将軍に対することとなってしまいました。

ムーシュは、捕虜になっている弟の助命を、ロンメルの副官のシュヴェグラー中尉(ペーター・ファン・アイク)と体を代償に取引し、またブランブルは独軍の物資貯蔵庫のある5つの地点の情報を突き止めます。ところが、給仕の死体が発見されたことから、シュヴェグラーはブランブルが偽者であることを見破ったため、ブランブルは彼を殺害。しかし、その嫌疑が先の取引の影響でムーシュにかかってしまいます。ブランブルは彼女を残したまま連合軍陣地へ駆け込み、機密情報により連合軍は一挙に反撃作戦にでて勝利を収めますが、半年後ホテルへ戻ったブランブルは、ムーシュは冤罪を晴らせず銃殺されたことを知ったのでした。



熱砂の秘密

北アフリカ戦線で、ロンメル将軍に対峙するイギリス軍の一コマ。独軍支配地域の北アフリカの小さな町にたどり着いたイギリス兵ブランブル伍長は、独軍司令部となったホテルで、独軍のスパイになりすまし、機密情報を奪って脱出するというお話でした。このストーリーですと、戦場ものかつスパイものであり、当然スリルとアクションが売りということになるはずですが、しかし、そういった締まりや緊張感があまり感じられませんでした。これは、ビリー・ワイルダー監督の雰囲気といいますか、ハリウッド映画的な悠長なコミカルな雰囲気が其処かしこで醸し出されてくる感じがします。

そういったノリで通すのであれば、徹底してアン・バクスターとのハッピーエンドで結んでもいいと思うのですが、結局そうはなりません。そんな感じで、全体としてはちぐはぐな、中途半端な感じが残ってしまいました。1943年という製作時期を考えるとそこまで脳天気にできなかったということなのでしょうか。 アン・バクスターの演技は、その硬い表情や雰囲気から、むしろスパイ映画的な雰囲気を醸し出していると思います。孤高の雰囲気とも言えそうで、ロンメル将軍や、セバスティアーノ将軍とは対照的で、コメディに流れるのと戦っている風にすら見えます。

ロンメル将軍のシュトロハイムは、ちょっと品格の無い感じがしました。ファリドやセバスティアーノ将軍は、もうこれは完全にコメディでしょう。楽しいことは楽しいですが。そんなこんなで、この映画をどうとらえればいいのか悩みつつ、ちょっと不完全燃焼でありました。

2019.8.2 シネマヴェーラ渋谷にて

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」 楽しいウディ・アレンが帰って来た

ウディ・アレンの最新作が、当地で公開されました。アメリカではゴタゴタが収まらず、公開中止になったのですが、ヨーロッパ・アジア・中南米と順次公開されていっています。映画館もさすがに欧米人が多く目につきました。彼の映画はセリフが多いので厳しいかなと思いつつ見に行きましたが、まぁ雰囲気で見続けました。この映画、昨年にはもう出来ていたはずですが、2019年の映画ということになりますね。
原題:A Rainy Day In New York

あらすじ
 最後までネタバレしています。
 新作ですので注意してください。

ギャツビー(ティモシー・シャラメ)とアシュレー(エル・ファニング)は同じ大学に通う恋人同士。アシュレーは学校新聞の記事の為に、有名な映画監督のポラード(リーヴ・シュレイバー)のインタビューの約束を取り付けたことから、ニューヨークに住むギャツビーの両親に会うことも兼ねて、二人で出かけます。監督へのインタビューのあとで合流することを約束し、携帯で連絡しながらの別行動になりました。

アシュレーを一目で気に入ったポラードは、彼女をスクリーニングに誘い、脚本家や関係者と会ううちに、有名は俳優である、フランシスコ・ベガ(ディエゴ・ルナ)と出会います。トップスターと出会ってすっかり舞い上がったアシュレーと、一目でアシュレーを気に入ったベガは夕食を共にし、ついにはベガの家に入っていきます。そして、夕食に出かけるところを追っかけの芸能カメラマンに撮影されていたのでした。

一方、ギャツビーは街で偶然出会った、映画を撮影中の友人に代役でカメラテストの為のキスの演技を頼まれ、アシュレーを気にしながら引き受けますが、なんと相手は元カノの妹のシャノン(セレーナ・ゴメス)。しばらく彼女と打ち解けて身の上を語りながら美術館など行動を共にし、ホテルに戻った彼はテレビでアシュレーとベガが行動を共にしているスクープを見てしまいます。それまでも、二人は何度か携帯で連絡し合いますが、お互い取り込み中でいつも行き違いだったのでした。結局、ギャツビーの父母のパーティーへの参加の為、彼はバーで会ったその夜の客を探していた女性をアシュレーと偽って連れていき、これも母親に素性を見破られてしまいました。

アシュレーはベガの家で下着姿になった時、ベガのガールフレンドが突然帰ってきて、下着にレインコートを着たままで雨の街に出されてしまい、すでにホテルに帰っていたギャツビーに、本当に何もなかったと主張して、翌朝を迎えました。そして、2人で大学に戻ろうとしましたが、ギャツビーは突如アシュレーとはこれ以上やっていけないと思い立ち、別れてセントラル・パークを一人で歩いている時、偶然通りかかったシャノンと出逢い、すぐに本当のキスを始めるのでした。



A RAINY DAY IN NEW YORK

楽しい、ロマンティックコメディです。まさに、ウディ・アレンが詰まっているという感じで、懐かしさもいっぱいでした。ストーリー展開は、「ミッドナイト・イン・パリ」とほぼ同じような構成になっていました。前作の「女と男の観覧車」とは違った、明るいウディ・アレンでした。ウディ・アレンの映画を劇場で見ていて思うのですが、欧米人の観客は、我々が解らないいところで、よく笑うのですよね。これって、彼らにしかわからないツボがあるんですね。きっと。日本人が「翔んで埼玉」を見て笑うみたいなもんかな??と考えてしまいました。

俳優陣も豪華、エル・ファニングは「マレフィセント2」もこちらでは同じ日に公開されましたが、楽しい演技でした。ティモシー・シャラメもなかなか良かったし、セレーナ・ゴメスはは、音楽は昔よく聞いていたのですが、女優として注目して見るのは初めてかもしれません。これらの名優たちが、ウディ・アレンの映画に集まって楽しい演技をしているのを見るのはとても楽しいことですが、ほとんどの人が今後彼と仕事をしないと言っているのは寂しいことです。いずれ解決する時がくるのでしょうか。

映像としては、ニューヨークの風景を美しく撮ったものとなっています。大体においてセピア色の雰囲気です。そして、いつものウディ・アレンの映画のように、早口のウィットに富んだセリフが多い感じです。英語で見ているので、聞き取れていない部分が多いのが残念ではありますが、見ているだけでもかなり楽しめます。コンパクトにまとまって、かつ中身が詰まった感じでしたので、濃度の濃いコメディに浸る至福の時を過ごした訳です。ウディ・アレンは、幸いにも新作の撮影には取り掛かっているとのことですので、俳優陣が限られてしまうことになるとは思いますが、また次作も期待したいと思います。

2019.10.18 CGV Cinemas Vincom Dong Khoi にて

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ジャンル : 映画

「ジェニーの肖像」 印象派の絵画の様な幻想的な映像美

ジェニファー・ジョーンズがヒロインを演じる、ロバート・ネイザンの名作小説。幻想的な雰囲気を表現したこの映画は、アカデミー特殊効果賞を受賞しました。1948年の映画で、ウィリアム・ディターレ監督による作品です。

あらすじ
ある冬の日、画家のイーベン・アダムス(ジョセフ・コットン)は、彼の絵を評価してくれなかった画商からの帰りに、公園でジェニーという少女(ジェニファー・ジョーンズ)と出合います。その少女は不思議な雰囲気を持ち、過去から来たような様子でした。そして、その少女のスケッチを描いて画商に持ち込むと、今度は素晴らしい評価を得ます。再びジェニーに出合ったアダムスは、彼女が急に美しく成長したのに驚き、彼女と肖像画を描く事を約束、しかし彼女は現れず、彼女の両親がいるという劇場を訪ねると、その劇場は数年前に無くなり、その時からジェニーは修道院に入れられていることを知りました。

数ケ月後、ジェニーと会えなくなりスランプに陥ったアダムスの前に、ジェニーは成長した女性となってアトリエに現れ、彼はすぐに肖像画を描き始めます。完成したその絵は絶賛され、アダムスは有名画家の仲間入り。そして、ジェニーを探して修道院を訪ねたアダムスは、彼女は高波に呑まれ死亡したことを知らされました。彼は彼女を救うことができるのではないかと考え、すぐに現場の岬へとかけつけ、嵐の海へとボートを漕ぎ出しますが、彼のボートも叩き潰され、やっと岩場にはい上がると、彼はジェニーのボートが近づいて来るのを発見します。彼は必至で救い上げようとしますが結局襲いかかった波に呑まれてしまいました。そしてアダムスが助けられて気がついた時、そこにジェニーのスカーフを見つけ、彼女が実際に存在したことを確信したのでした。



ジェニーの肖像

幻想的な映像が楽しめる映画で、何やら懐かしく思いながら見ました。まずは、ロバート・ネイザン原作ということ。学生時代に、翻訳家の矢野徹が英語をどうやって習得したかということで、ロバート・ネイザンの小説を辞書なしでとにかく繰り返し読んだというエピソードを読んで、そうか…原書を辞書なしで何度も読めば、だんだん意味も解ってくるものなのかと、いろいろと挑戦したことがありました。結果は全く芳しくありませんでした。やはり物資の欠乏した戦後混乱期と、ふんだんに物のある当時とは違うという結論というか、言い訳に達したのです。それでも、そんな関係の中で、あくまでも「翻訳」で読んでみたのが、「夢の国をゆく帆船」。これも雰囲気のいいファンタジーと記憶しています。

この映画は、視覚効果で雰囲気を盛り上げています。そしてアカデミー特殊効果賞を受賞。絵画調のような幻想的な映像で表現された画像が素晴らしいと思いました。カラーだったらどんなんだろうなと思った次第。印象派の絵画の様な映像を想像してみたりします。80年代のSFX映画華やかなりしころ、時々見た幻想的な映像も頭に浮かびました。

ジェニファー・ジョーンズが可憐で素晴らしい演技です。3つの時代を演じ分けていますが、少女から大人の女への成長が美しく演じられていると思います。エセル・バリモアも貫禄の演技でフォロー。そして、亜麻色の髪の乙女など、背景に流れる音楽がドビュッシーという所もなかなかいい雰囲気です。ドビュッシーも印象派の範疇に入りますね。ストーリーは、まさにファンタジックなラブストーリー。ということで、ロバート・ネイザン原作映画もいくつかあるので、気になり始めました。こういう見たい作品の連鎖ができるのは、映画を見ていて、ある意味幸せな瞬間なのです。備忘録として、少し書き留めておきます。

廻り来る春 (1935)
Wake Up and Dream (1946) … 原作は、「夢の国をゆく帆船」
気まぐれ天使 (1947)
The Color of Evening (1990)
The Preacher's Wife (1996) … 原作は、「気まぐれ天使」と同一

2019.6.29 HCMC自宅にてAmazon Primeよりのパソコン鑑賞

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「虹の女王」 レビューで活躍したマリリン・ミラーの半生

それほど熱心に見てこなかったミュージカル映画ですが、いざ見てみると楽しいものです。これは、レビュー華やかなブロードウェイで活躍した、マリリン・ミラーの半生を描いた物語。1949年のフィービー・エフロン監督の作品です。マリリンを演じるヒロインは、ジューン・ヘイヴァーです。

あらすじ
マリリンは舞台の稽古中に体調不良で倒れ休んでいるところに、一人の老人が現れ一枚のポスターを持ってきます。それは、マリリンがデビュー前の家族劇団で舞台に上がっていた時の物でした…。

両親と2人の姉で各地の舞台を回っていたミラー家の末娘マリリン(ジューン・ヘイヴァー)は、年頃になり早く舞台に上がりたくてうずうずしていました。ある日、一家4人が病気で倒れてしまい、穴を埋めるべくコミック・ダンサーのドナヒュー(レイ・ボルジャー)が代役を務めますが、マリリンはドナヒューに舞台に上げて貰い大喝采を浴びます。家族にも認められ一座に加わると、ロンドン公演でブロードウェイのプロデューサーに認められて帰米、ブロードウェイの初舞台となりました。

パートナーはフランク・カーター(ゴードン・マックレー)という歌手で、第一印象の上から目線に反発したものの、やがて二人は恋に落ちます。ところが、フランクは第一次大戦に応召し結婚はお預けに。マリリンはレヴュー界の花形に上り詰めながらフランクを待ち続け、ついに帰還したフランクと結婚し、愛の日々を送り始めました。ところが、マリリンの主演する「サリー」の初日に、フランクは自動車事故で亡くなり、失意のマリリンはいったん隠遁しますが、静かな生活に耐え切れず再び強引に復帰。新作「サニー」の役を奪い取り、舞台稽古に臨んでいたところだったのです。

稽古で倒れた彼女は、医師からこれ以上ダンスを続けると体がもたないと引退を勧められますが、マリリンは舞台に生涯をささげる決意をし、華々しい舞台へと挑んでいくのでした。



虹の女王

マリリン・ミラーの半生。初舞台から舞台に生涯をささげる決意までを描く、楽しいミュージカルでした。体調不良で倒れてしまったマリリンに、過去を回想させるポスターを持って現れた老人。そこからマリリンの回想が始まります。そして、愛する人を失い、自分には歌と踊りしかないと考えたマリリンが、これ以上の舞台は体を削ることになるという医師の制止を受けても決意を変えず、ラストシーンは素晴らしい舞台の映像で幕を閉じます。

ラストを飾る"I'm Just A Wild Rose"の舞台が素晴らしく楽しくて感動的で、この部分だけでも繰り返して見たくなるものでした。オスカーでは音楽賞(ミュージカル)にもノミネートされています。ジューン・ヘイヴァーは日本で見られる作品はほとんどありませんが、この映画では素晴らしい歌と踊りだと思いました。そうそう、レイ・ボルジャーのタップも素晴らしい。砂の上でのタップダンスも見られました。スネアドラムみたいです。

さて、この映画の主人公は、モデルになっているマリリン・ミラー。37歳という若さで亡くなったマリリン。ブロードウェイの大スターとして舞台で活躍する傍ら、この映画にも登場する彼女の当たり役の映画化として、Sally(1929)、Sunny(1930)など3本の映画にも出演しています。映画での成功はそれほどなかったようですが、機会があれば見てみたい気がします。本物のマリリン・ミラーの演じる"I'm Just A Wild Rose"の場面。YouTubeで見ることができました。素晴らしい踊りでした!

2019.9.13 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「終着駅」 ヴィットリオ・デ・シーカのハリウッド映画

ヴィットリオ・デ・シーカがハリウッドで撮影した別離の映画。ヴィットリオ・デ・シーカの映画はかなり好きなので、どんな映画になっているのだろうと興味津々で鑑賞しました1953年の映画で、ヒロインはジェニファー・ジョーンズでした。

あらすじ
アメリカ人の人妻メアリー・フォーブス(ジェニファー・ジョーンズ)は、若い青年との想いを残してローマの中央駅にやってきました。彼女はしばらく妹の家に滞在し、ローマ観光をしたのですが、その間に青年と知り合ってしまったのです。そして、午後7時の汽車を待っていると、発車数分前に青年ジョヴァンニ(モンゴメリー・クリフト)が駆けつけてきます。彼はメアリーの妹から出発のことを聞いたのでした。ジョヴァンニは彼女を熱心にひきとめ、メアリーは動揺し、7時の汽車は発車してしまい、8時の汽車に乗ることにして、駅のレストランで話し合います。ジョヴァンニの説得にメアリーの心は揺れ、それを何度も断ち切ろうとする彼女なのでした。

ジョヴァンニはついに切れてしまい、駅を立ち去ると、荷物を運んできた甥のポールとともに、8時の汽車を待ちます。しかし、反省したジョヴァンニが再び戻り、彼女を見つけ出しました。ジョヴァンニは駆け寄るとメアリーを抱きしめて、駅のはずれに1台切り離されていた客車の中に入り、2人だけの世界に入っていきますが、すぐに駅の公安に発見され、事務所に連れていかれます。発車時刻が迫るころ、署長の好意で何とか解放された2人。メアリーは決意して汽車に乗り、ジョヴァンニは車内で最後の別れを惜しみ、発車時刻で汽車が動き出すとホームに飛び降りました。そして、汽車は彼を残して闇の中に吸い込まれていったのでした。



終着駅

ほとんど舞台は駅構内で、恋人への想いを断ち切り汽車に乗ろうとする人妻と、それを留めようとする恋人のお話。約2時間弱の間、同時進行の様に、別れる別れないの断ち切りがたい感情の葛藤が続く映画でした。ヴィットリオ・デ・シーカのハリウッド合作ということで、興味深くみましたが、出来上がった映画は、やはりハリウッド映画の雰囲気を持つ映画になっていると思います。そのあたり、なるほどと思ったのですが、その分ヴィットリオ・デ・シーカの泥臭さや諧謔性などが大分薄まったような気がしました。良し悪しですけど、ヴィットリオ・デ・シーカのそういったところが結構気に入っているので、ちょっと物足りない感じでした。

不倫を断ち切って夫の元に戻ろうとする女性と、執拗に交際を迫る男性が、1本列車を乗り過ごし、次の列車の発車までに起こった出来事をリアルタイムで描く映画。この男の必死で縋り付く行動には、ある意味ストーカーっぽくて共感ができません。それで、自分の蒔いた種に女性も巻き込んで嵌っていく。きわめて情けない状況です。引き際が悪いのは迷惑です。もっとも、設定自体が数日間の恋愛だったので、ここまで葛藤するものかな?という気もします。そこはイタリアのスピリッツなのかな…。

一方で、ジェニファー・ジョーンズはなかなか良かったと思います。表情も含めて心の葛藤が良く出ていました。そちらを主眼にしてみれば、相当なコテコテの別離の劇ということで、さすがはヴィットリオ・デ・シーカの語り口とハリウッドの合作ということで、面白くもありました。見て良かったという気持ちも残る程よい映画でもありました。

2019.7.6 HCMC自宅にてAmazon Primeよりのパソコン鑑賞

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「蝿男の呪い」 冒頭の優雅で衝撃的な映像に魅了されます

「蠅男の恐怖」といえば、1958年に製作された、名高いホラー映画の一つ。クローネンバーグのフライとしてもリメイクされました。この映画は、その最初の蝿男シリーズの第三作にあたる作品ということになります。とは言っても、私自身蝿男関連の映画は何も見ていないですけどね…。1965年、ドン・シャープ監督による作品です。

あらすじ
下着姿の女性(キャロル・グレイ)が優雅に窓を破って精神病院から逃走するところからこの映画は始まります。車で通りかかったマーティン(ジョージ・ベイカー)は彼女を拾い、天涯孤独という彼女を自分の宿泊するホテルに連れ帰りました。マーティンは自宅に電話し、新装置が間もなく手に入ることを告げ、それはロンドンにいる父(ブライアン・ドンレビー)と兄(マイケル・グラハム)にも伝えられます。装置とは、彼らが三世代にわたって開発してきた物質転送装置。ロンドンで窮地に陥った父を救うため、兄弟は装置を稼働させ、無事父をケベックに移送しました。そして、父はマーティンが森で連れ帰った女性パットと結婚しているのを知ったのでした。

行方不明の女性パットを探す精神病院の経営者と警察がマーティンを訪ねてきますが、マーティンは警察に結婚証明書を見せ、自分が身元引受人になると彼らに話します。一方、訪問者を見て家の中に隠れてしまったパットは、施錠された部屋の並ぶ棟を見つけ、その中に爛れた顔の奇妙な男を見てしまいます。驚きますがそこにマーティンが現れ、実験動物だと聞かされます。警察はマーティンの一家をよく知る男と面談、マーティンの祖父は物質転送装置を開発し、自ら実験台になった時、混入した蝿と同化し蝿男となったことや、恢復を試みたものの、完全に分離できず、マーティンもその父親も薬を投与し続けなければ、急速に老化していくことを教えられました。そして、マーティンの妻と2人の助手の3人が行方知れずになっていることを聞き出しました。

パットは、度々奇怪な人物を見るようになりますが、マーティンからは悪夢を見たのだと言われ慰められます。秘密が露見することを恐れた父は3人の不具になってしまった実験台を処分しようとし、まず2人の元助手をロンドンに転送。しかし受け取ったロンドンの兄アルバートは、結合した実験体を見て驚き、斧を構えました。パットはマーティンに事実をを追求し、科学の為の犠牲と力説するマーティンに愕然とします。そして、マーティンは元妻や父も次々と転送、気を失っていたパットを転送しようとしたところで、マーティンの薬が切れ急速に老化が始まりました。パットは装置から逃げ出し、一方、ロンドンではアルバートがすでに斧で装置を破壊してしまっていたので、送られてきた父たちは再現されませんでした。そして、マーティンは急速に老化して朽ち果てていったのでした。



蝿男の呪い

58年版蠅男シリーズの第3作、ということにはなりますが、むしろ後日談を扱ったスピンアウト作品といった方がいいのかもしれません。蠅男は一瞬写真にのみ登場しました。

この作品の雰囲気はかなり気に入りました。古今あまり見ないような素晴らしい冒頭の映像は、かなりのサービスシーンでもあります。下着姿の女性が精神病院の窓を割って飛び出して疾走するシーン。下着がいささか古めかしいということは差し置いても、なかなかインパクトのある掴みです。それも優雅なピアノコンツェルト風の音楽に乗って登場します。窓ガラスが一度割されてから、スローモーションで、もう一回破片が内側から大量に放り出されるように見えるのが一興。そして、その破片の飛び散るのも美しく見えたりします。

ストーリーは比較的ゆったりと進み、激しい起伏は無く、音楽の影響もあって優雅に進む感じです。1965年という製作年もありますが、白黒映像もなかなか美しいと思いました。ラストも違和感なく決まっていて、全体的に無理なくまとまっているなと思いました。その映画は、基本は蠅男を題材にしたホラーを装ってはいますが、実際は物質転送装置を題材にしたマッドサイエンティストものの、SFサスペンスといった方がいいと思います。登場人物の中では、いい味を出している助手夫婦のタイさんとワンさんは、続けて読むと台湾ですね。

監督のドン・シャープは、ハマー・フィルムで数々の古典的ホラー映画を撮った名匠。この雰囲気を味わいながら、他に絶対面白い作品が沢山あると思い、興味が湧いてきました。

2019.9.15 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「ミッドナイト」 クローデットとワイルダー脚本のコメディ

シネマヴェーラに往年の名画を楽しみにということで、この日は3本の作品を楽しみました。これは一番最初に見た1本。特にこの映画を狙って見に行った訳ではありません。クローデット・コルベール主演、ビリー・ワイルダー脚本、ミッチェル・ライゼン監督による1939年の映画になります。スクリューボール・コメディのコルベールに期待です。

あらすじ
モンテカルロのカジノで全財産を失ったイヴ(クローデット・コルベール)は、ナイトクラブで稼ごうとパリにやって来ました。雨の中、たまたま出会ったタクシー運転手のチェルニー(ドン・アメチ)に連れられパリ中のクラブを巡りますが、結局仕事にはありつけず、イヴに気がある風情の運転手がエスカレートしていきそうなことから、これ以上付き合わせまいとタクシーから逃走。一方、イヴに一目ぼれした運転手は、その夜から運転手仲間にも頼んで、彼女をパリ中を探し回ることになります。

イヴは、高級ホテルに飛び込むと、パーティーに侵入。そこで、ひとりの紳士(ジョン・バリモア)から、確かハンガリーの男爵夫人だと言われ、皆に紹介されると、当座の資金も得ます。ところが、その紳士には魂胆がありました。若いツバメと浮気している妻(メアリー・アスター)を取り戻すために、男付き合いの上手なイヴを男爵夫人に仕立て、若いツバメを誘惑させようというものでした。一同はその紳士の邸宅に向かい、ダンスに食事にと優雅な一日を過ごし始めますが、そこへイヴの虜になってしまったタクシー運転手が侵入。彼は自分がハンガリーの男爵だと主張します。そして、イヴと運転手、ホスト夫妻、若いツバメなどなど、多くの客人を巻き込んだ珍騒動となるのでした…。



ミッドナイト

なかなか面白かったです。ツボを押さえたコメディに、笑いが絶えませんでした。今でいうラブコメに分類されると思いますが、雨のタクシーでの出会いから、貴婦人へのなりすましと、愛と不倫渦巻く上流階級の駆け引きがうまく組み合わさって、ストーリー的にもしっかりした展開になっています。モンテカルロの質札などの小道具の使い方のセンスも楽しいと思います。

人物背景など、この当時的には同時代の世相を映したものと思いますので、当時作ったラブコメという雰囲気が味わえて興味深い部分もあります。骨格は現在に至るラブコメの作りと変わらない面白さでした。特に予備知識もなくノーガードで見に行ったので、見て大変得をした気分になりました。 この映画の題名のミッドナイトは、劇中でも表現されます。これは、シンデレラの魔法が解ける時間。成りすましているイヴがシンデレラなのでした。

クローデット・コルベールさんはオスカー女優で、沢山の映画に出られているようですが、今のところ大部分未見です。モホークの太鼓とか見たことがありますが、清楚な開拓者の新婦役。この映画とはずいぶん役どころが違いました。やはり、彼女の本領発揮は、スクリューボール・コメディなので、いくつかの代表作を楽しんでいきたいと思いました。この映画は、2013年にアメリカ国立フィルム登録簿にも登録されました。

2019.8.3 シネマヴェーラ渋谷にて

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「女王蜂と大学の竜」 凛としたグラマー女優の三原葉子

今日は、気軽な鑑賞で、三原葉子・吉田輝雄主演の新東宝映画です。グラマー女優として新東宝の看板女優であった頃の三原葉子が出演しています。この当時からグラマーならではの太りがちなことから、苦労されていたとの事。1960年の石井輝男監督による新東宝映画です。

あらすじ

終戦後間もない頃、露天地区では、戦勝国と称する三国人が暴れまわっていました。縄張を持つ関東桜組では、露天商人達を守るため、秩序の維持に努めていましたが、そんな騒動のおりに、“大学の竜”(吉田輝雄)と名乗る特攻崩れの若者が、たまたま組長千之助(嵐寛寿郎)が不在の桜組に加勢します。千之助の一人娘珠美(三原葉子)は、一家の指揮もとる男勝りで、竜二の登場を心から喜び、住まいなどの世話を焼き始めました。

その頃土橋組は、三国人と桜組の争いに乗じて、三国人の理事会と通じ、シマの乗取を企らんでいました。桜組の幹部、血桜の達(沖竜次)を籠絡し、桜組を内部からそそのかして、大喧嘩を発生させようと企みでした。この計画自体は千之助の英断で未然に防ぎましたが、土橋(近衛敏明)は手を緩めず、祭りの日に混乱を発生させ、千之助の拉致を企てます。竜二と珠美がかけつけて難を免れたものの、これで千之助の堪忍袋の緒が切れ、関東一家の親分衆を招集、珠美に代をゆずると、珠美の指揮と竜二の加勢で土橋組を叩き伏せ、三国人には、二度と露店を荒らさないと約束を取り付けたのでした…。



女王蜂と大学の竜

石井輝男の娯楽作品ということで、楽しく鑑賞しました。この当時の三原葉子さん。キリっとした顔立ちで美しいです。服を着ていると目立たないのですが、ハッピ姿はさすがグラマー女優で、谷間が眩しかった(笑)。吉田輝雄も爽やかな感じで好感が持てます。美耶子役は万里昌代さんなんですね。初々しい感じがします。扇町京子さんも出ていてグラマー女優がたくさん…。三人の活躍舞台は、のちに東映・大映・大蔵と三者三様なのでありました。

いろいろと楽しいシーンもあり、三原葉子のハッピ姿は上述の通りですが、万里昌代さんの代わりに吉田輝雄が布団に入ったり、美女軍団が現れたり、もちろん神輿に乗ったストリッパーも…。というわけなんですが、やはり最後の殺陣はちょっと混乱気味で状況が今一つよくわかりませんでした。ここはラストなのでしっかり見せて、回収して欲しかったと思います。そういう意味では、いろいろ詰め込まれてはいますが、なんとなくその場限りな場面もあって、まとまりが悪いような感じもしました。

さて、実はあまり見る機会も無くて、新東宝映画には、ほぼ慣れ親しんでないのですが、有名作もあり、問題作もありでいろいろと興味が湧きます。そうそう、三原葉子さんはもっぱら後期の東映作品に慣れ親しんでいたので、この時期の作品を見ていませんでした。お恥ずかしながら、印象ががらりと変わりました。むしろかつての看板女優が、後期にはああいった役をこなされていたということを改めて思い当たり、役者根性には頭が下がりました。「0課の女 赤い手錠」でかつ丼+ラーメンをモリモリ食べていたりとか、この時代の三原葉子から考えると落差が大きすぎて、凄い女優さんだなと思いました。

2019.9.2 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「ロマンティックじゃない?」 美しくポップなロマコメの世界

移動の飛行機で見る映画は、できるだけ他で見られないものを選んでしまいます。この映画は日本劇場未公開で、NETFRIX独占配信というもの。そういう形態の是非はさておき、面白そうなのでとりあえず見てみました。2019年の、トッド・シュトラウス=シュルソン監督によるアメリカ映画です。

あらすじ
子供の頃、ナタリー(レベル・ウィルソン)はロマコメの世界観に憧れていましたが、母親に理想を打ち砕かれて以来、理想と現実を知るようになり、今ではすっかり恋愛を醒めた目で見るようになりました。その意思は頑なで、同僚のジョシュ(アダム・ディヴァイン)がアプローチしてもなしのつぶてです。そんなある日、ナタリーは地下鉄を降りた時にひったくりにあい、頭を強打してしまいます。病院で意識を取り戻しましたが、そこはパステルカラーのロマコメの世界になっていました。ナタリーは会社ではスター建築家。そして、ジョシュを連れて街に出ることにしました。

ジョシュは途中で苦しんでいる美女イザベル(プリヤンカー・チョープラー)を見つけて介抱すると、いい関係になってその場から消えてしまい、ナタリーは現実世界に戻るべく、色々試しますがなかなかかないません。そんな中で仲睦まじいジョシュとイザベルを見ながら、ジョシュが運命の相手だと思い当たり、結婚を決めた2人を妨害しようとします。ナタリーはジョシュのアプローチにいい返事をしたことが無いことを思い出し、2人の結婚式場に乗り込みますが…。



ロマンティックじゃない?

ラブコメといいますか、この映画の中ではロマンティックコメディなのですが、そのロマコメアレルギーのプラスサイズの主人公が、ロマコメの世界に入ってしまうお話。主演のレベル・ウィルソンは、かなりのプラスサイズのオーストラリア出身の女優でありコメディアンです。このロマコメの世界の過剰な描き方がなかなか秀逸で、デザインや色遣いなど徹底していて一見の価値ありだと思いました。そういう訳で、なにかと派手な映画でもあります。

ストーリー的には、全体がロマコメという感じで楽しんでいけるのですが、逆にそういった感じが連続して続くだけにメリハリがなく平板な印象を持ってしまい、少々退屈してしまったというのも事実。つまり、面白いのですが一本調子かな?ってことで。一つ一つはロマコメなりのギャグが効いてて決して悪くはないのですよ。ラストも、ロマコメらしくきれいに落ちていましたし…。

主人公のレベル・ウィルソンを見るべき映画なのでしょうが、実際はプリヤンカー・チョープラーの方に目が行ってしまいました。「ベイウォッチ」以来、久しぶりの鑑賞です。あの時は悪役でしたが、今回も美しさを振りまきながらも主役ではありません。ちょっと危険な美貌という雰囲気なんでしょうか?2000年度のミスワールド優勝者ということで、やはり第一級の美しさでした。

2019.8.4 JL759(NARITA-HCMC)にて機内鑑賞

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「私の奴隷になりなさい第3章 おまえ次第」 奴隷の悦楽は

以前、この作品の第2章・第3章を2作続けて見たと書きましたが、記事の方はずいぶん間が空いてしまいました。ほっとくのもなんですから、やっと書くことにします。城定秀夫監督の2018年の作品で、KADOKAWA配給です。

あらすじ
目黒(毎熊克哉)は以前のめり込んだ明乃との関係を引きずり、今ではご主人様となって奴隷を飼い、過去の自分が受けた隷属関係を他の女性との間に作り上げようと懸命でした。彼は、同好者の集まるSMバーで情報交換やプレイを日々楽しんでいたのですが、ある日、バーに繭子(杉山未央)という奥手だが調教願望を刺激される女性が現れます。目黒は繭子を奴隷として覚醒させようと調教を開始、繭子は命令されるがままに全裸になり、その場で目黒に口で奉仕をしました。そして、目黒に言われるがままに、体の線を整え古い下着は全て捨て、求められる女になるように努力し始めます。

繭子は私をめちゃめちゃに壊して下さいと哀願し、目黒は徹底した調教を始め、夜のオフィスでの露出、奴隷としての元カレとの性交などを命令し、繭子を変えていくのでした。そして目黒の調教によって外見も内面も女として研ぎ澄まされていった繭子でしたが、目黒は自分の視線の先に、相変わらず明乃の影がちらついて離れず、そして繭子の成長についていけず、置いていかれる自分を感じ始めます。目黒は、今まで関係を築いてきた奴隷の女性たちと破綻。バーの女王様にMプレイを乞い、結果性根を叩き直されますが…。



私の奴隷になりなさい第3章 おまえ次第

第2話と続けて見た第3話。こちらは素直に入っていけました、というか普通に理解しました。繭子の変貌ぶりが良かったです。元カレの前に出されても平然と行為をできるまでに成長しました。このあたり、やはりSM映画の王道です。というか、男の妄想でもあります。一方で、すっかり女王様の福山理子に調教される男や、バーの店主と山根千芽など、いろいろなプレイのパターンが出てきて、バラエティに富んでいました。川合瑞恵はちょっとかわいそうでしたが、愛が無くなれば主従関係も生まれないということでしょう。

この作品も第2話に続いて目黒を取り巻くいろいろなストーリーがありますが、やはり福山理子にムチ打たれるところが最高でした。目黒の性格が丸出しで、その性根を叩き直してやるとばかりに福山理子が鞭を振うところは拍手喝采ものです。いや、そういうもんだよね~と画面にモロに共感してしまいましたよ…。福山理子さんは本物の女王様の修行をしていらっしゃるとか、近寄りがたいです。

第2話、第3話と続けて見て、この世界を堪能した訳ですが、昔からのパターンは相変わらずあるものの、SMの描き方も随分変わってきたなぁという感じたのが、率直な感想です。日活ロマンポルノでみるようなSMとはだいぶ違ってきて、まぁ明るくなったし、紋切り型のワンパターンではなくなったし。やることは昔から変わっていないと思いますが、捉え方がやはりだいぶん変わってきたのでしょうね。そういう意味では深く深く進化しているなぁと思いました。

2019.2.8 自宅にてレンタルDVD鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

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Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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