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「アスファルト」 フランスの古い団地での3つの出会い

予告編を見て以来、ずっと「見たい」リストに入っていた映画です。今回の出張のお伴に、iPadにダウンロードしていくことにしました。2015年のフランス映画。監督はサミュエル・ベンシェトリです。

あらすじ
フランス郊外のある老朽化した団地で起こる出来事。冴えない中年男スタンコヴィッチは、何もかも裏目の中で、看護師に一目ぼれする。過去の栄光に生き、売れない女優のジャンヌは少年との出会いで前向きに生きようと決意する。息子が収監された移民のマダム・ハミダは、手違いで訪れたNASAの飛行士とひと時を過ごす。そんな3つの出会いの物語…。



フランス郊外の老朽化した団地。住人が集まって、故障がちなエレベーターの修理について、住人の費用拠出に関する投票が行われますが、ただ一人、2階に住む中年男ののスタンコヴィッチ(ギュスタブ・ケルヴァン)だけが反対します。協議の結果、スタンコヴィッチは、費用を出さない代わりにエレベーターは使わないということでまとまりました。ここから、3人の住人の物語が始まります。

スタンコヴィッチ
ミーティングの部屋にあったエアバイクが欲しくなり、さっそく購入。ところが自動モードで使用中に気絶してしまい、ペダルに押される格好で100キロ以上漕いでしまった結果、車椅子生活となってしまいました。エレベーター使用禁止の彼は、夜中にこっそり使用し、食料の調達に向かいますが、店はすべて締まっており、買えるのは遠くの病院内の自販機にあるスナック菓子のみ。その病院の出口で休憩中の看護師(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ)に呼び止められ、一目ぼれした彼は、自分を写真家と偽り、日々通って頑なな彼女の心を開こうとします。そして、彼女の写真を撮ると約束した日、彼女は少しおめかしして彼を待ちましたが、この日彼の乗ったエレベーターが途中で故障して止まってしまうのでした。スタンコヴィッチはなんとか脱出、夜を徹して彼女の元に歩いていきます…。

ジャンヌ・メイヤー(イザベル・ユペール)とシャルリ(ジュール・ベンシェトリ)
10代の少年シャルリは母親と2人暮らしですが、母はほとんど家にいない為いつも一人でした。ある日、向かいの部屋に、中年女性のジャンヌ・メイヤーが引っ越してきます。シャルリは新居で困りごとのあるジャンヌを何かと助け、やがてジャンヌはシャルリを部屋に招き入れ、ジャンヌは元女優で、今は落ちぶれオファーも無くなっていることを話します。翌日シャルリに励まされた格好のジャンヌは、かつて絶世の美女役を演じた「ネロ」の再演のオーディションへ向かうことを決意。しかし、惨敗したジャンヌは、泥酔して帰宅しました。介抱して隣にいるシャルリは、台本を読み、その翌日美女は無理。主役の90歳の悪女アグリッピナを演じるべきだと勧めます。ジャンヌは怒りましたが、最終的にシャルリの助言を聞き入れ、オーディション用の動画を撮影するのでした。何度もシャルリにダメ出しをされるジャンヌでしたが、最後には、息子を想う母親を堂々と演じきりました…。

マダム・ハミダ(タサディット・マンディ)とジョン・マッケンジー(マイケル・ピット)
団地の最上階で暮らす、アルジェリア系移民の老婦人マダム・ハミダ。彼女は収監中の息子の面会日に刑務所に通うのが日課ですが、いつも会えるとは限らず寂しい日々を送っていました。あるひ団地の屋上に宇宙船が不時着。NASAの飛行士であるジョンは、何らかの手違いで団地に降りたようです。早速ジョンは、ここがどこなのか確認するために、最上階のマダム・ハミダの部屋を訪れますが、英語が全く通じません。電話を借りて救援を頼むジョンですが、数日の逗留を命じられます。息子の不在で寂しい思いをしていたマダムは、あっさりと承諾。言葉の通じないままでなんとか会話をするうちに打ち解け、手料理のクスクスでもてなすマダム。すっかりお互いに何でも話すようになった2人ですが、やがて迎えが来て、別れのハグのあと、マダムはタッパーに入れたクスクスを手渡すのでした…。

アスファルト

いい雰囲気と言いますか、とぼけた感じの、フランスの古い団地を舞台にした3つの群像劇。見ていると、この雰囲気から、「さよなら人類」なんか思い出します。自分的には、この雰囲気だけでも良かったなと思うわけです。NASAのエピソードは、見ていてストーリーはさほど面白く感じないのですが、2人のやり取りになかなか味のあるお話。この映画の荒唐無稽さを演出するのに一役買っていると思います。フランスに住むアラブ人の立ち位置やアメリカの存在など、背景には我々に理解しがたい事情もあるのではないかと思います。

イザベル・ユペールの話は、大女優の登場と、落ちぶれてしまった女優の心理劇ということで、この映画の広告塔のようなストーリーでした。過去の栄光を意識しながら伸び悩んでいる女優に、少年が相応のサジェスチョンを与え、再起に向けて立ち上がる話で、こういった構成の中なのでごく簡単にドラマをなぞったような話。やはり、見どころはイザベル・ユペールの演技にあるわけで、この映画の中でも輝いていることは言うまでもありません。

それで、もう一つのギュスタブ・ケルヴァンとヴァレリア・ブルーニ・テデスキの部が、この団地の物語のメインともいえるのではと思います。やはり、2人の演技が絶妙で、特に風采の上がらない、ギュスタブ・ケルヴァンが最高でした。こういう風采の上がらない男の役は普通感情移入しづらいのですが、その行動を見ていると思わず応援してみたくなってしまいます。この映画の雰囲気を作り出すという役割として、かなりのウェイトを担っていると思いました。いい雰囲気と、名優たちの面白い演技が楽しめる、いい映画だったと思います。

2019.6.4 VN226(HCM-Hanoi)機内にて、iTuneダウンロードを、iPadにて鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「ビブリア古書堂の事件手帖」 大好きな小説の映画化に一言

愛読していた「ビブリア古書堂の事件手帖」。ドラマにもなりましたが、ついに映画化ということで「見たい」リストに長らく入っていました。出張の時にこれもiTuneでレンタルしたのですが、出張中は見られず、帰宅してからの鑑賞です。2018年の映画で、FOX・KADOKAWAの配給です。

あらすじ
五浦大輔は、幼いころ触ってはいけないと言われていた祖母の本棚の「それから」を手に取ったため、ひどく怒られたことから、活字の本が読めないというトラウマになっていた。祖母の死後、遺品を片付けていた大輔は、その本の購入元であったビブリア古書堂に持ち込み、成行でバイトをすることになる。そして、店主の栞子を取り巻く事件に巻き込まれる中で、祖母の秘密に触れていくことになった…。



幼い頃、祖母の本棚の「それから」を手にしたため、祖母からひどく叱られ、五浦大輔(野村周平)はそのトラウマから本が読めなくなりました。その祖母が亡くなり遺品の整理中に、その「それから」を手にします。その本には、夏目漱石のサインと田中嘉雄という人物への献呈、ビブリア古書堂の値札、そして祖母の若いころの写真がありました。大輔は早速ビブリア古書堂に持ち込み、事情を探ることにします。ビブリア古書堂の店主の栞子(黒木華)は、署名から、祖母の秘めた物語を言い当てます。そして、仕事を探していた大輔はそのままビブリア古書堂でバイトすることになりました。

栞子は本の話になると豹変して熱弁をふるうという性格。そして栞子は足を怪我していました。物語は遡り、大輔のすでに人妻だった祖母(夏帆)と田中嘉雄(東出昌大)という人物の実らなかった愛が語られ、2人はある日西伊豆で結ばれます。そして、逃避行を決めた2人ですが、祖母の夫の言葉に、嘉雄の元に行くのを断念しました。そして、現代。ある日大輔と栞子は古本の取引所に行った時、その場にいた稲垣(成田凌)という同業者とともに、大庭葉蔵という太宰作品の熱狂的コレクターの噂を聞きます。そして、栞子は大輔に、ビブリア古書堂が所蔵している「晩年」のアンカット版を譲らないことから、大庭葉蔵が、栞子を階段から突き落としたことを知りました。そして今、譲らなければ火をつけると脅しているのです。

大輔と稲垣は協力して栞子と「晩年」を守ることにしますが、ある日栞子はおとりの「晩年」の広告を出し、陽動作戦に出ます。本物の「晩年」は大輔があずかることにしましたが、大輔は何物かに襲撃されて「晩年」を奪われてしまいました。翌日栞子の元に詫びに行った大輔は、その「晩年」も偽物だったと知り、自分を信用してくれていなかった栞子に愛想をつかしてバイトをやめてしまいます。そして、栞子が一人で店にいるとき、ビブリア古書堂に稲垣が現れます。大輔は、稲垣しか自分が「晩年」を持っていることを知らないということに気づき、ビブリア古書堂に駆け付けます。その頃店では、栞子と稲垣が対峙していました。大輔と栞子は合流し、「晩年」を持ち出し逃走、それを追う稲垣。そして、稲垣と大輔の出生の秘密と共に物語はクライマックスに向かいます…。

ビブリア古書堂の事件手帖

かつて、原作にあまりにも嵌っていたので、見るのにちょっと勇気がいる作品でした。映画化され、栞子さんが黒木華さんだと聞いて、確かになぁ、でもちょっと当たり前すぎるかなぁ…。と思っていた次第。実際見てみて、栞子さんにはある意味当たっていますが、不満も無いでは無いという感想。とてもうまく演じてくれていますが、ずっと読んでいた小説の中の栞子さんは、小説からくる個人的なイメージが、頭に定まってしまっているので、それは致し方ないという所でしょう。

もう一人のヒロインである夏帆は、これは小説の中では、それほど強いイメージが浮かび上がっていなかったので、新鮮でした。東出さんも頑張っていますので、古い恋愛ドラマのような、いい雰囲気になっています。ストーリーは、書き続けられている小説の最初の方のを映画化したものですが、ライトノベルながら、かなりマニアックな部分のある小説なので、そのあたりの楽しみは挿入されてはいますが、ちょっと薄味かなと思います。原作を読みつつ、一時期いろんな本を読んだものですので。

そういう訳で、全体的にまぁそうなりますよねという所で、まずまず無難な作品という印象です。この映画の雰囲気は好きです。ビブリアの店内のセットを見て、「コーヒーが冷めないうちに」のフニクリフニクラを古書店に改造したら、こんな感じになるのかなぁと思ったりしました(笑)。レトロな感じがいいです。原作は、最近作をまだ読んでいませんが、この機会にもう一度、第1巻から読み直してみるのも一興かと思いました。また、新しい楽しみが増えるかもしれません。

2019.6.8 HCMC自宅にて、iTuneよりパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「嗤う分身」 ドストエフスキー × レトロな近未来画像

ドストエフスキーの「二重人格」を原作としたサスペンスということで、どんなものが飛び出してくるのかと興味津々で鑑賞しました。つまり、ロシア文学のプロットと近代的な映像という組み合わせがどんな感じになるものかという事で、結構自分にとって刺激的なのです。2013年のイギリス映画になります。

あらすじ
厳しい管理社会で会社勤めをしている、気弱で目立たない男のサイモンは、コピー係のハナを想い、日々望遠鏡でハナの部屋を覗く毎日だった。ところが、ある日ハナの部屋の上階からの飛び降り自殺を目撃、その日からサイモンと全く瓜二つのジェームズが出現。社交的で何につけても要領良いジェームズは次第にサイモンの存在すら奪っていく…。



サイモン・ジェームズ(ジェシー・アイゼンバーグ)は、弱気で目立たない男でした。2人しか乗っていない電車内で席を譲らされ、荷物の搬入に邪魔されて電車からなかなか降りられず、結局出勤にも支障が出る始末。サイモンの住む世界は厳しい管理社会になっており、会社は「大佐」に支配され、従業員は個性のないコマとして扱われています。コピー係のハナ(ミア・ワシコウスカ)に思いを寄せており、毎日窓から望遠鏡でハナの部屋を見るのが日課でした。ある晩、ハナの部屋の上階から男が飛び降りるのを目撃します。警察の聴取に立ち会った彼は、もう少し位置がずれていたらネットに引っかかって助かったのだがと知らされました。その男は、ハナに付きまとっていたようで、前の晩ハナが目的を問い詰めたところ自殺してしまったという事でした。

その事件の後、会社期待の新人として入社してきたジェームズ・サイモン(ジェシー・アイゼンバーグ:2役)は、背格好も服装もサイモンの全くのコピーでした。周囲の同僚はそれを全く気に留めない様子ですが、サイモンは一時激しく動揺します、ジェームズはサイモンのコピーながらも、正反対の性格。要領がよく社交的で、押しも強く、瞬く間に会社になじんでいきます。サイモンは当初ジェームズの助けを借りながら、なんとかハナとの関係を進展させようとしていましたが、やがてジェームズに仕事の功績もハナもすべて奪われてしまい、ついには自身の存在が会社のデータから消えてなくなってしまいました。

会社から出されて家に帰ると、母の訃報が届いていました。慌てて葬儀の場に駆け付けたサイモンは、そこにジェームズがいるのを見つけます。葬儀の場にまで自分に成りすましているジェームズに切れたサイモンは、ジェームズに殴りかかります。ところが、殴った効果が自分に帰ってくることから、ジェームズも自分の一部だと悟りました。サイモンは家に帰ると、すでに寝ていたジェームズを固定。ジェームズを消すため、先の自殺者の飛び降りた位置から、微妙にずらせて自殺を敢行。ネットにかかり怪我を追いましたが一命をとりとめたジェームズは、病院に運ばれます。気が付くとベットの脇に大佐とハナがいました。サイモンは大佐に君は特別な人だと言われるのでした。

嗤う分身

この映画は、好きです。好きだなぁと思う映画は時々現れますが、いろいろと回想するにつけだんだん良く思えてきて、大好きな部類に入っていく。そんな映画の一つでした。まず雰囲気が素晴らしい。レトロかつ近未来的な映像風景でまず心が反応します。雰囲気は、1984年のようなディストピア。そして、ジェシー・アイゼンバーグの妙にハマった名演技。ミア・ワシコウスカの微妙な雰囲気も素晴らしい。見るのはイノセント・ガーデン以来ですが、なかなかいい雰囲気の女優さんです。そして、なによりストーリー展開がなかなか凝っていると思いました。

ストーリーを見て再構築すると、たぶんこの会社の中で、元々サイモンとジェームズが交互に出現していたものと思われます。周りから見たジェームズへの無関心や、奇妙な態度をとる守衛の行動、意外と進んで行くハナとの関係など、微妙な動きから見て取れます。しかし、サイモンの立場から見た映像のみで構成される前半部からは、見ている方はそれと判りません。それがある時からジェームズが分離し、サイモンの目にジェームズとして見えるようになってしまう。そんな状況で悲喜劇が展開していきます。

その仕掛けをオブラートに包むためにも、管理社会の一種異様な情景が一役買っているようです。こういう社会の雰囲気なので、見ている方は仕掛けに気づきづらい。うまく隠されていきます。最後に皆同じ人間という、一般大衆向けのプロパガンダから、そこから抜け出し特別な人になることでこの映画は幕を閉じる。ドストエフスキーの原作も、プロットを拝借した以上に、そういった階級社会へのアイロニーもしっかり取り入れて完結させました。映像や雰囲気にプラスして、いろいろな仕掛けやそれをうまく見せていることなど、いろいろと細かく充実していて、見た後まで楽しめる大変楽しい作品でした。

2019.6.1 HCMC自宅にて、Amazon Primeからのパソコン鑑賞

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「ヴィオレッタ」 芸術家の母と美しいモデルの娘の愛憎劇

あの、エヴァ・イオネスコが自ら体験したことを映画化したということで、長らく興味があったのですが、Amazon Primeに出ていたので見てみました。エヴァ・イオネスコといえばかつて少女モデルであり、また、スキャンダラスな映画も知られているところです。それにまつわる映画という興味もあります。2011年のフランス映画です。

あらすじ
12歳のヴィオレッタは、写真家の母の被写体としてモデルをしているうちに、母の要求がより過激なものになっていく。モデルとしても有名になっていくが、普通の子供としての生活を取り戻したいヴィオレッタは母を拒絶するようになっていった…。



12歳のヴィオレッタ(アナマリア・ヴァルトロメイ)は、芸術家である母のアンナ(イザベル・ユペール)が家に寄り付かない為、曾祖母(ジョルゲッタ・レアウ)と暮らしていました。アンナは画家のエルンスト(ドニ・ラヴァン)からカメラをもらったことから、自らの写真の才能を発見。女性を題材にした写真を撮り始めます。ある日、ヴィオレッタが母のアトリエに来た時、母はヴィオレッタにドレスを着せ、彼女の写真を撮り始めました。そして、その内容は日を追ってエロティシズムの方向に向かってエスカレートしていきます。そんなヴィオレッタにもたらす変化を恐れ、神に祈る曾祖母。しかし、母の写真集は評判を呼び、マスコミから取材されるまでになっていきました。

ヴィオレッタは、ヌード写真が書店に並んだことから、学校でもいじめられるようになり、自身も母の影響で格好が派手になっていきます。ある日、ヴィオレッタは、シド・ヴィシャスのオファーで母に連れられイギリスに行くことになりました。初日はシド・ヴィシャスとドラッグを吸ったりしていたヴィオレッタですが、翌日の撮影中に母から裸になるよう言われたヴィオレッタは、徹底的に反抗し、母に金の為に利用されるのは嫌だと拒否します。その後ヴィオレッタは、母の愛を疑い、ポルノのモデルと見られることが嫌になります。しかし、普通の生活を送りたいというヴィオレッタの気持ちを母は理解できず、ヴィオレッタは曾祖母に相談しますが、すでに体の弱っていた彼女は間もなく亡くなってしまい、母と2人だけの生活となってしまいました。

ヴィオレッタのヌード写真が社会的に物議をかもす中、アンナは裁判所と検察により、親権を奪われそうになります。2人の様子を、ソーシャルワーカーが見に来て、ヴィオレッタが成人するまで写真を撮らないことを条件に、今のままの生活が続けられることになりました。しかし、アンナは生活が苦しく、今までのヴィオレッタの写真を持ち出し出版社に売ってしまいます。その事を知ったヴィオレッタは暴れはじめ、廊下で生活するようになってしまいました。不登校にもなったヴィオレッタはある日自分の写真が雑誌の表紙を飾っているのを見つけると、教会にお祈りに行き、隣にいたお婆さんに、私のバアバになってと頼みますが、それはできないと断られ、教会から出て、外にいた女性のカバンをひったくりました。そして、施設に入ったヴィオレッタにアンナは会いに行きますが、ヴィオレッタは、母が来たと聞いて、窓から逃げだし、アンナは愛していると走っていくヴィオレッタに向かって叫ぶのでした。

ヴィオレッタ

まずは、美しい映像が楽しめました。イザベル・ユペールも、アナマリア・ヴァルトロメイも大変美しく表現されています。ただし、美しいといっても、手放しで楽しむものではなく、かなり危うい美しさでした。そして、ヴィオレッタが急速に変わっていくシーンは、鬼気迫るものがありました。母の考え方と全く相いれないヴィオレッタ。むしろ、バアバやヴィオレッタの方が普通で、母がそもそも一般から見れば異常ではあるのですが、母の強要に反発する思春期の少女の変貌の激しさは息をのむほどのものがありました。

この物語は、そういった思春期の少女と、異なる考え方を強要する母との確執、あるいは芸術とそれに払う犠牲、といったことなども描かれていると思います。エルンストの言う、一線を越えてはいけないという言葉が出てきますが、人間のめり込んでいくと感覚がマヒして誘惑にかられ、一線がどこにあるか解らなくなっていきます。そもそも母が一線ということを理解していない、あるいは常識は破るものという考え方で行動していることもありますが。その中で、周囲にいる人が一線を越え続け、耐え忍んできたバアバの姿が哀れを誘いますが、その思いはヴィオレッタに確かに引き継がれたと思われました。

と、いろいろ書きましたけれども、やはり一連の写真集や映画のスキャンダルの問題と併せて見ることは避けて通れないことと思います。エヴァ・イオネスコは、少女時代を奪われたとして母を提訴し勝訴しましたが、その言葉の背後には一線の問題があり、解釈の仕方によっては、それを仄めかすような表現だけでも厳しい裁定が下る可能性があります。そういった事を踏まえ、何が子供の幸福を奪うのかということを体験するためにも、アナマリア・ヴァルトロメイの豹変するような演技は、見る人を考えさせるまでの強いインパクトがあると思います。

2019.6.2 HCMC自宅にて、Amazon Primeよりパソコン鑑賞

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ジャンル : 映画

「アリババと40人の盗賊(1902)」 世界初のアリババ物語

久しぶりに古典映画の探索。今回は、パテのフェルディナンド・ゼッカによる、世界初のアリババの映画です。原題は、「Ali Baba et les quarante voleurs」で、1902年に製作されました。この映画に関する細かいことなど確認しようと思いましたが、最終的に決定的なものも無かったので、いろいろ推測しながら鑑賞です。

あらすじ
アリババと四十人の盗賊の物語。アリババは、たまたま盗賊団の財宝の在り処を発見。財宝を持ち帰ってお金持ちになる。盗賊団が復讐にやってきたところを召使の少女の機転ですっかり退治してしまうという有名なお話…。



この映画は、7つの場面で構成され、それぞれ表題がつけられていました。
開けゴマ
アリババがロバを連れて薪を集めていると、馬たちの足音を聞き、ロバを隠して岩の間に隠れました。すると、40人の盗賊が奪った財宝を運んできて、「開けゴマ」の掛け声で財宝の隠し場所に入っていきます。その隊列には美しい踊り子たちもいました。入り口が締まり、駆け寄ったアリババは、驚きが隠せない様子。再び扉が開き、盗賊たちが出発するのを隠れて見送り、アリババは、盗賊から財宝を奪うことにします。
盗賊の財宝
アリババは呪文を使って洞窟に入ると、手近な場所に置いてあった金貨の袋をいくつかロバに積み、家へ向けて出発しました。
ついにお金持ち
アリババの家では妻が貧しさを嘆いているところでした。そこに帰ってきたアリババは盗賊から奪った財宝を妻に見せ、二人で大喜びです。ちょうどそこに兄のカシムが立ち寄り、アリババは財宝の秘密を兄にも教えます。そして、カシムは財宝の事に頭がいっぱいで、大慌で教えてもらった財宝の在り処に向かいました。
カシムの驚愕
カシムは洞窟に入りその財宝に歓喜しますが、馬の足音を聞いて財宝の陰に隠れます。すぐに盗賊たちがやってきて、踊り子たちの踊りを楽しむようです。しかし、カシムが発見されダンスは中断、命乞いをするカシムはアリババから聞いたことを告白しますが、その場で斬首されてしまいます。
召使に発見された盗賊
アリババの新居には油商人によって、たくさんの油の壺が運び込まれてきます。商人が最後に確認したあと、召使の少女がやってきました。彼女は壺の中の異常(盗賊が潜んでいる)を悟るとすぐに行動に出ます。そして、熱した油を次々と壺の中に注ぎ込むのでした。
油商人の失敗
アリババの豪邸の中で、アリババは油商人(盗賊の首領)とディナーを始めます。そして、この映画の第2のダンスシーン。ダンスが終わると召使の少女がアペタイザーを持って入ってきました。そして、主人の目の前でゲストの商人を刺し殺してしまいます。
アリババの勝利と神化

アリババ浮沈譚

有名なアラビアのお話の世界初映画化。固定カメラによる撮影なので、劇を映したような感じになるのですが、それでも8分程度にも係わらず、場面数が多く、楽しめます。洞窟の外、洞窟の中、アリババの旧家、油壺倉庫、アリババの邸宅、神化と6つあります。フェルディナンド・ゼッカは、パテ社で映画を量産し、パテ社を成長させた功労者。当時はメリエスと並ぶ製作者という位置づけだったでしょう。この映画は、舞踏シーンを2つ入れるなどサービス満点で、アラビアのエキゾチックな雰囲気も出し、当時の映画は年を追うごとに、いろいろと進化していったようです。

さて、この時期のゼッカのアリババをいろいろ調べると、2つ出てきます。1902年のこの映画と、1907年のリメイク。リメイク版の方は、スペイン出身の大家、セグンド・デ・チョーモンによるもので、この違いが今一つよくわかっていません。この動画をネットで探すと、よく両方の名前が出てくるので混乱してしまいます。IMDBやWikiのフランス版など見てみましたが、最終的に、わからん??のままでした。そして、KINENOTEには、1907年に、「アリババ浮沈譚」という映画が登録されています。製作M・パテ―社ということですが、この時期以前にアリババ映画はこれしか無く、また、M/パテ―社は、パテ社の映画プリントをシンガポールで入手し持ち帰って、1906年設立されたということから、きっと日本公開時の邦題がこれだったのではないだろうかと推測します。

8分たらずの短い映画ですが、着色されたカラーも美しく、十分鑑賞に堪えるもので、一見の価値はあると思います。この頃、こういった映画が週に何本も作られていたということで、現存しているものはきっと見る価値のあるものと信じ、時々探してみて、いろいろ拾っていきたいと思いました。見ていると派生していろいろな事を調べたりして、勉強になりますので。例えば、アラビアン・ナイトの成り立ちとか、ついでに調べて見たり…。

2019.6.11 HCMC 自宅にてパソコン鑑賞

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「ピンクのカーテン」 80年代東京のアパートにおける性春

80年代にヒットした「ピンクのカーテン」は、一躍美保純をスターの座に押し上げました。すでにポルノに対するの淫靡な日陰者のイメージが薄くなり。広く受け入れられ始めた頃の映画です。1982年にっかつの製作。原作はジョージ秋山の同名の人気漫画です。

あらすじ
親類の無い悟と野理子兄弟。ある日、妻子ある男が忘れられなくなった野理子が、悟の一人住まいのアパートに転り込んで来る。悟は奔放な野理子に戸惑いつつ、友人の紹介で知り合った直子にはけ口を求めるが、直子には近親相姦の過去があり、悟に野理子とそういった関係にならないよう諫めるが…。



悟(阿部雅彦)と野理子(美保純)兄弟は親類も無く、これまで二人だけで生きてきました。ある日野理子が男と別れ、悟の住むアパートに転り込んで来ます。その原因は、野理子が妻子ある中年男、三田村(望月太郎)との関係に溺れ相手の男に飽き足らなくなったこと。悟は野理子が悟を意識せず、奔放に狭い部屋で裸になって着替えたりする姿にとまどいます。ある日悟は、勤め先のスーパーを万引きで首になった元同僚の須藤(吉川敏夫)に飲みに誘われ、須藤に彼の元セックスフレンドの直子(萩尾なおみ)と寝ろと紹介されます。しぶしぶ直子と合った悟ですが、彼女の初体験の相手が実の兄と聞いて驚きます。そして直子の誘いで悟は童貞を脱することになりました。

野理子は三田村に夢中でしたが、三田村は野理子に陰毛にできた白髪を発見されてから関係がぎくしゃくし始めます。一方、直子はキャバレーに勤め始め、悟に抱かれる代償を求めてくるようになりました。ある日、野理子は悟を高級レストランに誘うと、そこで新しい女性を連れた三田村と鉢合わせ、野理子と三田村の関係も終わりを告げました。そしてその晩、悟と酔いつぶれた野理子は全裸になって布団に入り、悟に添寝して欲しいと言うと、悟は思わず下着を脱ぎ捨て、あと一歩というところで、電話が鳴りました。それは直子からで、病気になったので寂しいから来て欲しいというものでした。

直子の部屋に向った悟は看病して一夜を過ごし、悟の優しさに感激した直子は、生活を改めると悟るに話します。翌朝、悟は昨夜のことを覚えていない野理子にホッとしつつ、野理子に恋人を紹介すると言って、直子の部屋を訪ねますが、二人でドアを開けると、そこには兄と関係を持っている直子がいました。野理子は「もしお兄さんがあんなことしたら死んじゃう」と言い、その夜も、野理子は悟の寝ている横で、もてあます性欲を抑えられず、声を押し殺して自慰にふけるのでした。

ピンクのカーテン

第一印象は、美保純がとても若いし、懐かしいし、可愛いということです。ただ、ざっと見ている間は、ストーリーが雑というか、いい加減でちょっと引いてしまった感じで、入り込みづらかったです。しかしまぁ、考えてみると、この時期80年代は、こういった感じは受け入れられていたのかもしれません。事実かなりヒットしていますし…。いまスチュワーデス物語を見るとどう思うか??という所ですが、この映画同時代で見ていたら、純粋に楽しんでいたかも。

というわけで、当時の漫画ゴラク連載の、ジョージ秋山の漫画という雰囲気も頭において見てみると、なかなか愛しい映画にも見えてきます。勿論当時のファッションセンスの美保純の魅力大ですし、バナナの皮をむいてフェラのまねごとをするようなベタなシーンや、美保純による古今変わらない女の子のオナニーシーンなど、当時的な目線で魅力のある映画でした。毎朝、窓から見えるサンシャイン60を見て、今日も勃ってる?とつぶやくのも、一興です。

場面転換でいつも出てくる西武池袋線。当時沿線に住んでいたので懐かしい電車です。また、西武グループは、当時の大衆文化の中心的存在の一つでもあったので、この映画への登場も象徴的に思えました。というわけで、当時を懐かしむ映画となってしまいました。ストーリーはまぁまぁ…という所で、アパート暮らしの若者たちの、人に言えない青春の一コマ。直子さんが立ち直るのを願ってやみませんという所でしょうか。

2019.5.25 HCMC自宅にて、パソコン鑑賞

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「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」 ハリウッドの怪獣大戦争

ハリウッド版のゴジラを見るのは初めてです。とくに理由は無いのですが、何となく機会を逸していたということで。今回は、たまたま映画を見に行こうということになって、それならと選びました。2019年の最新作。英語での鑑賞で、背景の理解には厳しいものがありますが、まぁ、お目当ては怪獣たちということで…。

あらすじ
息子を失ったエマは、巨大生物研究機関に属しながら、人類の自浄作用として巨大生物を地球上に出現させるという考えに取りつかれていた。巨大生物とコミュニケーションをとる装置、「オルカ」を開発したエマは、実験を開始するが、環境テロリストのグループに拉致され、利用されてしまう。そして、呼び起こされた巨大生物たちが地球上に次々と出現していくこととなった…。



娘のマディソンと暮らすエマは、サンフランシスコのゴジラ出現の事件で息子のアンドリューを失った過去を引きずっていました。エマは、巨大生物との共存を主張する研究機関モナークの一員として、コミュニケーション装置「オルカ」を完成させ、実験の段階に移ろうとしているところです。基地に眠るモスラが暴走し始めたところで、エマはオルカを使いモスラを落ち着かせることに成功します。しかし、そこに武装集団が襲撃、エマとマディソンは連れ去られてしまいました。モナーク幹部の芹沢たちは、元研究員であるエマの夫のマークとともに対応を開始、犯人はアランという環境テロリストで、目的は巨大生物を操ることが可能なオルカの入手でした。

モナークでは全世界の巨大生物を監視し続けています。そして、ゴジラが何者かに向けて威嚇し始めます。一方でアランたちは、キングギドラの眠る氷棚に爆薬を仕掛けていました。ゴジラの威嚇相手に気がついた芹沢たちは、アランたちを追い、エマとマディソンを見つけます。しかし、エマはマークに謝罪すると起爆スイッチを押し、オルカを使ってキングギドラを暴走させました。そこにゴジラが現れ戦いが始まりますが、ゴジラは苦戦。モナークの主要メンバーも命を落としてしまいました。エマは、人間は地球を脅かす病原体であると考え、自浄作用として巨大生物を暴走させようとしていたのでした。

舞台をメキシコに移し、アランの脅迫でエマはオルカを起動、ラドンを覚醒させます。そして、現れたキングギドラとゴジラとの戦いが発生、政府は最終兵器「オキシジェン・デストロイヤー」を発射しますが、ゴジラは倒したものの、キングギドラまで倒すことはできませんでした。キングギドラによって、全世界の巨大生物が同時に破壊を始めます。混乱の中、事態の収拾に向け知恵をめぐらすモナークとゴジラの復活にかける芹沢、巨大生物を操ろうとするアランとエマ、制止しようとするマディソンのドラマが交錯する中、ゴジラ、モスラ、キングギドラ、ラドンたちの戦いが続くのでした…。

ゴジラ キング・オブ・モンスターズ

それほど、ゴジラシリーズを見ている訳ではないのですが、普通の人程度には見ています。ということで、この怪獣たちの登場は懐かしい限りで、それも最新技術で蘇って暴れまわる姿は留飲を下げるといった感じでした。基本的に、各怪獣の出現や仕様など、エピソード含め元のシリーズに忠実で、そのあたりも好感が持てました。ちゃんと、ゴジラの音楽も流れました。キングギドラとゴジラは永遠のライバルで、怪獣版プロレスとも思われる構図が楽しいです。

ストーリーは、英語で見ていたので詳細まで理解しかねていますが、気分的にはおまけ。いろいろとドラマがついているのはハリウッドならではということでしょうか。しかし、前半は物語の前提としてのドラマが長く続くのでちょっと退屈。それは英語を完全に理解していないということにもよると思われます(笑)。後半は怪獣たちが暴れまわるので、そこは圧巻で楽しめました。もう少しキングギドラが、キラキラとしていたらという感じもしましたが、動きは素晴らしいです。

さて、次回作はキングコングの登場ということで、すでに報じられています。かつて戦ったことのある両者の再戦となりますが、どうなるのでしょうか。前回はホームでの戦いでしたが、今回はアウエイになりますので、そのあたり勝手が違うでしょう。悪役レスラーとして登場するのかな?どんどん発展し続けるゴジラシリーズですが、これからどういった展開を見せてくれるか目が離せないですね。

2019.6.8 GALAXY CINEMA NGUYEN DU (HCMC) にて

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「南へ行けば」 トラウマを持つ青年と奔放な若者たちの物語

レア・セドゥの名前に思わず見始めた映画です。2009年製作なので、まだまだ初期の作品だと思います。原題も「南の方角」みたいな感じなので、ほぼ邦題もそんな感じ。内容はとりあえず確認せずに見始めました。監督は、セバスチャン・リフシッツ。フランス映画です。

あらすじ
幼い頃、母の前での父の拳銃自殺を目の当たりにし、その後精神を病んだ母と暮らしてきたサム。母は入院し別れ別れになっていたサムは、母が退院したという情報を得て、旅先で3人の同乗者を車に乗せ、南に向け母に会うたびを開始した…。



荒れ地にとめた自動車の前で、サム(ヤニック・レニエ)の前で水着姿で誘惑するように踊るレア(レア・セドゥ)。しかし、サムは興味を示しません。サムの運転する自動車に、レアとその兄のマシュー(テオ・フリレ)が同乗していて、あてのない旅をしている様子です。そして、レアは途中で止まったとあるモールで出会ったジェレミー(ピエール・ペリエ)を誘い、4人で旅を続けることになりました。目的地は南。マシューは車の中でサムの荷物から拳銃を見つけますが、サムはそれを咎め、忘れろと話します。マシューとサムはゲイで、マシューはサムを愛しているようでした。

この映画は4人の旅の途中で、サムの幼少時代の記憶がフラッシュバックされます。サムの父は母(ニコール・ガルシア)の前で拳銃自殺。サムは弟のアレックスともに、父を恋しがりながら、精神を病んだ母との生活を続けていました。やがてサムは母が入院したため別の家に引き取られ、医師の許可で会いに来る母とサムの関係は微妙になっていきます。

サムは旅の途中、途中で弟のアレックスを訪ね、父の自殺した拳銃を渡そうとしますが断られ、さらに4人で南に旅を続けます。旅の途中で諍いもあり、サムは車を乗って離脱。3人は目的地の南の海岸に着きますが、そこにサムも現れキャンプ生活が始まりました。楽しい中で、ついにサムとの思いを遂げたマシューですが、やがて4人は再び衝突するようになります。ある時、サムはマシューに父の自殺について告白。その後、追いかけるマシューを振り切ってサムは一人で街に戻りました。訪ねたのは、探し当てた母の家。すっかり回復して、新しい伴侶も見つけた母にサムの感情は複雑で、密かに拳銃を握りしめながら母に別れを告げ、一人河畔にやってきます。そして握りしめた拳銃を川に沈め、自分は服を脱いで川に飛び込むのでした。

南へ行けば

なし崩し的に始まったような導入部。レア・セドゥのビキニのダンスに惹かれますが、主人公はサムの方でした。サムは、母の目の前で拳銃自殺した父の光景を目の当たりにし、その後精神を病んだ母の元で、弟と共に育ち、やがて母は入院。育児拒否の家庭で、トラウマを持って育ったため、寡黙でいつも思いつめたような風情の青年になっていました。4人のロードムービーの中で過去の光景がフラッシュバックで語られていきます。ちょっと浮ついた感じの3人との旅で、ある意味気を紛らわせながらの旅ですが、ついに母に会う決意をします。

最後まで拳銃を握りしめ、ハラハラさせますが、撃ってしまえば、おまえは今まで何のために生きてきたんだという収拾のつかない結末になる訳で、いろいろとわだかまりを残しつつ、とにかく再び明日へと生きていこう、というような終わり方ではありました。ほぼ寡黙に語らない中で、旅をしながら思い直していくような展開は、ちょっとだけ、「パリ・テキサス」なんかも思い出しました。素直に成長できず人生を思い悩む中で、その恨みは母へと残っているのですが、周りの人とのかかわりの中から、人生を見つめなおしていく姿が見て取れ、ロードムービーとしての雰囲気も良かったのではと思います。

お目当てのレア・セドゥは、小悪魔的な行動で魅力的でした。そして、ちょっと大御所ですが、母のニコール・ガルシアも、場面は多くは無いのですが、安定した演技を見せてくれています。映像も、かなり美しいもので、静かな基調ながらも神経質に急変したりする展開や、時折ハッとしたように流れる音楽など、独特の雰囲気であったと思います。そして、サムとマシューのゲイの絡みがありますが、よく考えてみるとゲイの絡みを見るのは初めてかもしれません。むしろ見るのが初めてという事に衝撃を覚えた次第です。

2019.5.31 HCMC自宅にて、Amazon Primeから、パソコン鑑賞

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「吸血鬼ゴケミドロ」 当時のSF観が伺える日本の侵略SF

何やらB級っぽいと言いますか、失笑を買うような怪物名といいますか、ちょっと時代を感じさせるモンスターの名前であります。当時は、普通に受け入れられていたかもしれません。ちょっと今ではカルト的な雰囲気もあるのではと思いつつ鑑賞しました。1968年、松竹の製作になります。

あらすじ
羽田を飛び立ったジェット機が、奇怪な現象に遭遇して山中に不時着。そして、宇宙からの侵略者に遭遇。恐怖の中で脱出に向けて必死の試みが開始された…。



羽田から伊丹に向けて飛び立ったジェット機が、空が真っ赤に染まる現象に遭遇。一方、機内では和平調停をしていたブリタニア大使暗殺の情報が流れ、さらに、自殺志願者が爆発物を持ち込んだという情報が入り、荷物検査をしている最中に乗っていたブリタニア大使暗殺犯がライフルを持ってコクピットを占拠、沖縄行を指示します。そんな中で、奇妙な光の影響を受けたジェット機は岩山に不時着してしまいました。生存者は、副操縦士の杉坂(吉田輝雄)、スチュワーデスの朝倉(佐藤友美)、総理候補の真野(北村英三)、精神科医百武(加藤和夫)、戦死した夫を引き取りに行くニール(キャシー・ホーラン)、武器商人の徳安(金子信雄)と法子(楠侑子)夫妻、生物学者佐賀(高橋昌也)、自殺志願の青年松宮(山本紀彦)、そして銃撃犯の寺岡(高英男)の面々でした。

予定があり、早期に脱出したい真野を始めエゴと持論の展開で混乱する機内の中で、寺岡は朝倉を人質にして暗闇の中に脱走。しかし、寺岡は遭遇したUFOに吸い込まれ、体内にゲル状の生命体が侵入します。朝倉は昏睡状態で発見されて機内に戻り、百武の催眠術によって寺岡の状況を証言、生存者に衝撃が走りました。生命体に侵入された寺岡は吸血鬼に変貌し、他人の血を吸い尽くすようになり、生存者同士のエゴと諍いの中で寺岡の吸血によって次々と犠牲が出ていきました。残った杉坂と朝倉は、寺岡にガソリンを浴びせて火を放ちますが、生命体は寺岡から抜け出し、佐賀に侵入。乗客で最後に残った真野を殺すと、2人に迫ってきます。途中で佐賀は落石に倒れ、杉坂と朝倉は近くの村になんとかたどり着きました。しかし、すでにその村はゴケミドロに襲われて全滅しており、生き残った二人は慄然として立ちすくむのでした。

吸血鬼ゴケミドロ

1968年は、「2001年宇宙の旅」が公開された年。SF映画が盛り上がってきた頃です。この映画でも、従来のモンスターが暴れるだけの映画から脱して、いろいろと社会的テーマやドラマを盛り込もうとしている感じが伺えます。テーマとしては侵略SFの部類に入ると思います。SFの中に、いろいろと社会的テーマを盛り込んでいく手法は時代と共に進歩していきますが、この映画では何でも盛り込みましたという感が強いのですが、そういう時代であったことと思います。かつて自分が中学生の頃、SFは子供向けのおとぎ話ではなく、立派な社会風刺の手法であるみたいな主張をしていたことを思い出しましたよ…(笑)。

そういう中で、ニールを外国人だからと生贄にしようとして、ニールが毅然と反撃し、杉坂にライフルを発射。しかし、逃亡中に吸血鬼に襲われるというシーンはちょっとバランス的に興味深かったです。当時のガイジンはプロレスなんかでも常に悪役でしたから、そういう流れかなと思ってしまいました。いろいろな特撮の工夫などは、なかなか面白かったと思います。今の様に、SF映画の位置づけがそう高いわけではないと思いますので、限られた範囲での制約も多かったのではないかと思いますが…。

ラストは、岩の上で2人が空を見上げて終わりとすれば締まったのにと思いました。その後の大量の提灯みたいなのは失笑。この人類の終焉は、懲りずにお互いに殺戮を続ける人類自らが招いたものというオチですね。ヒロインの佐藤友美さんが、美人だし自然に現代風な感じでとても良かったと思います。全体的には、いろんなものを大上段に掲げたSF映画という印象ですが、ラストへの持っていき方も良かったし、意気込みを感じるようなところもあって、大変楽しめました。

2019.5.19 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「フランシス・ハ」 大人になれなかった女性の成長への転機

休日の朝のひと時は、じっくり見たい映画を見るという貴重な時間でもあるのですが、今日選んだのは「フランシス・ハ」。ちょっと奇妙な題名ということで、題名だけ記憶に残っているのです。どんな映画なんでしょうか。2012年の映画で、監督はノア・バームバックです。

あらすじ
ニューヨークのブルックリンで、なかなか芽が出ないモダンダンサーのフランシスは、親友のソフィーとルームシェアをしていた。しかし、ソフィーが別の場所で同居をはじめ、友人たちの間を転々とせざるを得なくなったフランシスは、周囲の成長の中で焦りを覚え、自分の人生を見つめ直していく…。



27歳のフランシス(グレタ・ガーウィグ)は、大の親友のソフィー(ミッキー・サムナー)と部屋をシェアして住んでいました。その為に同居を提案する彼氏とも別れてしまうほど今の生活に嵌っています。フランシスは、バレエカンパニーの実習生として活動中、正式メンバーになって、ツアーに同行することが目標でした。ただ、いつも金欠に悩まされている彼女は、カンパニーのコリーン(シャーロット・ダンボワーズ)に、仕事が無いかを尋ねると、クリスマスショーは可能性があると言われました。ある日、ソフィーから、友人のリサと一緒に部屋を借りることにしたと言われます。同居人を失ってしまったフランシスは、友達繋がりで、レヴ(アダム・ドライバー)とベンジー(マイケル・ゼゲン)の2人ととりあえず一緒に住むことに決めました。

クリスマスショーに、フランシスを出さないことに決めたコリーンに、月曜日に将来のことを話し合おうと言われます。同じ日、ソフィーに、新しいパッチ(パトリック・ヒューシンガー)という彼氏を紹介され、フランシスは仕事も見込めず、ソフィーも遠くなっていく、という散々な一日でした。フランシスは、カンパニーのダンサーのレイチェル(グレイス・ガマー)に泊めてもらうことにしますが、レイチェルの家では、パッチとソフィーを知る者がいて、パッチは昇進で日本に転勤になり、ソフィーも同行のため仕事を辞めたことを知らされます。フランシスは現状の閉塞感を逃れるため、週末だけパリに飛ぶことにしました。そして、パリ在住の友人に電話しますが繋がらず一人で徘徊、その最中、ソフィーから電話で送別会に今夜来てほしいと言われます。しかし、フランシスはパリに来てしまったため、行くことができないのでした。

月曜日にニューヨークに戻って、コリーンから事務の仕事と振付けをして見たらと言われますが、強がって他の所でダンサーの引き合いがあると断ります。そして、フランシスは母校の寮の管理人で生活費を稼ぐことにして寮に住み込むと、ある日学校のイベントで、偶然ソフィーと再会。酔払ったソフィーは、同行していたパッチと喧嘩。その夜ソフィーが訪ねてきて、もう一度一緒に住もうと言われますが、翌朝、現実に戻ったソフィーは置手紙を残してパッチのもとに戻って行きました。フランシスは戻って振付けを始め、コリーンやベンジーなど、たくさんの人が見に来てくれ、才能を賞賛されます。その中にソフィーもいたのでした。新しい門出に新居を決め、フランシスは郵便受けの表札の為、紙に名前を書いて差し込みます。しかし、長すぎたため全てが入らず、フランシス・ハとなったのでした…。

フランシス・ハ

題名が目を引く映画です。主人公のフランシスは、27歳になっても、同級生の友人と芽の出ない生活を続けています。出会いも色々あるようですが、なかなかうまくいかないのも、友人との生活に最も安息を感じ、掃除はしない、外出するのが面倒など、自堕落な生活にすっかり嵌っているからでしょう。それが、友人が先にその生活を脱出、転居そして婚約と進んでいくときに、すっかり自分の境遇が解らされてしまうというお話。主人公がなかなか憎めない感じで、楽しいコメディになっていると思いました。

最後に成功への階段に足を賭けたフランシスは、今度は一人住まいで新しい生活を始めます。それを象徴する題名だったのですね。これで、友人の見る目も変わり、より輝いている女性になっていくと思わせる、なかなかいいラストでした。この映画は全編白黒で作られていますが、その効果はどういったものがあったのでしょう?このストーリーで白黒にする意味が、私としては少し測り兼ねました。あと、全体的な雰囲気に、ウディ・アレンの映画を観ているような雰囲気を感じました。舞台もニューヨークですし。

この映画で、楽しい演技を見せてくれたグレタ・ガーウィグさんは、レディ・バードの監督さんだったのですね。レディ・バードを見た時はスルーしていました。失礼しました。この映画でも脚本を担当していますので、作家としての力量がかなり高いものと認識しました。こういった雰囲気の映画は好きなので、今後も注目していきたいと思います。

2019.5.19 HCMC自宅にて、Amazon Primeよりパソコン鑑賞

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プロフィール

torrent13

Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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