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「奇跡の絆」 人は誰も善良という考えに基づくピュアな映画

レニーは最近年に1作くらい新作を出しているようですが、最近顔が変わり過ぎで、誰なのかよく解らなくなってきました。2017年の作品は、"Same Kind of Different as Me"で、邦題は奇跡の絆。DVDスルーです。雰囲気からして、日本では受けないだろうという感じの映画ですが、やはりここはフォローしたいので鑑賞しました。

あらすじ
テキサスの画商である、ロン・ホールは、妻のデビーに不倫がばれてしまい、窮地に陥ります。彼女はロンに関係修復の機会を与え、ホームレス救済のボランティアに参加することに。そこで、デビーの夢に現れる男であり、デンバーと対面することとなるが…。



テキサスの画商のロン・ホール(グレッグ・キニア)は、友人の画家の家で本の執筆を始めます。それは彼の寛大な妻デビー(レニー・ゼルウィガー)に関するもの。そして、話は2年前に遡りました。ロンは、家族とともに出かけた自分のガラで、浮気がデビーにばれてしまいます。かなり長い間関係は冷めきっていましたが、今回の件ではデビー追い詰められ、ロンは浮気相手との関係を清算、関係修復に向けて態度で示すことになっていきます。

デビーは、夢の中の男が奇跡を起こしたと話し、ロンをホームレス救済のボランティアに連れていきます。そもそも、そういった妻の行動を知らなかったロンは戸惑いますが、半ば強制的に手伝わされ、仕事も犠牲にして妻と同行することになりました。夢の中の男とは、粗暴で寡黙な黒人でデンバー(ジャイモン・フンスー)と名乗り、白人とは頑なに交流を絶っています。ロンは少しづつ近づき、会話ができるようになっていきます。

ロンの周りの社会では、黒人との交流は白眼視されていました。ロン自身も当初は交流をかなり疑問視していましたが、デビーの誰とも明るく、分け隔てなく付き合う姿に、デンバーと家族は、周囲との摩擦を超えて深く交流していくようになります。しかし、デビーに癌が発見され、悲嘆にくれますが、あたたかな家族とデンバーの交流の中で、静かな日々を過ごしていきます。そして葬儀の日、デビーの遺言でデンバーがスピーチ。その後、ロンはデンバーの前から姿を消してしまいますが、デビーの本を書き終えたロンは、再びデンバーの前に現れ、タッグを組んで活動を再開するのでした。

最後に、実話として、ロンとデンバーがこの本の大成功を皮切りに各地で講演し、収入をホームレス救済に役立てていったという後日談が述べられます。

奇跡の絆

ホームレスが主題という事で、過激な表現もありますが、基本的にはスロウな草食系の映画でした。ところどころに散りばめられるテキサスの自然も美しいものがあります。特にタイトルバックの広大な風景は美しく、こういった形で始まると、好感度がグンとアップします。ストーリーの進行はかみしめるようなもので、そこには、家族愛とか、黒人差別を生き抜いてきた男、あるいは今でも心の中にある差別などがストレートに描かれていました。

そういう映画なので、内容自体はベタな話でもあり、少々教条的でもあります。従って、あまり反論の余地があるような映画でもありません。出てくるのは、いろんなことをやらかすにしても、平凡でピュアな人たちに描かれます。一見酷い言動をしても、奥深くに善良な部分があるという価値観です。これはデンバーの言葉でもあります。そして、帰るところというのもキーになります。人は誰もホームレスで戦い続け、最後に永遠の安らぎを得る場所に帰っていく。鳥には巣が、蜘蛛にはWEBが、人間には友情が、といった警句も入っていました。

という映画ですので、直接的な感動を呼ぶものですが、根底に流れるものが同じなので、別の深みがあるというものではありませんでした。レニーの2017年はこの映画でしたが、2018年はBlue Night。これは主役はサラ・ジェシカ・パーカーの方かな?そして、2019年はJudy。これは、大女優ジュディ・ガーランド役で主演で出演しているのではないかと思います。この秋公開予定のようですので、期待できそうです。

2019.3.10 HCMC 自宅にて Amazon Prime Video から鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「グリーン・インフェルノ」 グロテスクな映像の中に見る現代への風刺

気になっていたけど見に行くまでの勇気が無かった映画を見つけたので、さっそく鑑賞です。公開時に、新宿武蔵野館のロビーにいろいろとグッズが飾ってありました。当時ブルーレイ発売となった「食人族」の宣伝も含めて。2013年のアメリカ・チリ製作の映画です。

あらすじ
大学の先住民族保護活動の集会に参加し、ペルーの山奥で開発から先住民を守る行動に参加することになったジャスティーンは、開発中止に一応の成功を収めるが、帰途で飛行機が墜落、先住民に囚われ、次々と惨殺されていく。ジャスティーンの運命は?そもそも、このプロジェクトの目的は?



大学一年生のジャスティーン(ロレンツァ・イッツォ)は、休日の朝に学生寮の下で繰り広げられる活動家の演説に辟易しつつも興味ももっていました。そんな彼女は、未開の原住民を開発から守る活動に誘われ、リーダーのアレサンドロ(アリエル・レビ)からダメだしされると、ますます真剣に取り組むつもりになってしまいました。そして、現地の開発現場に潜入し、その状況を世界に配信するというプロジェクトに、国連職員である父親の反対を押し切り、同行することに決めます。

大学生のグループは、現地に到着するや否や行動を開始しました。ジャスティーンは開発に協力する軍隊に囚われそうになりますが、その状況を彼女の父が国連職員であることを利用しながら、スマホ画像をネットに配信し、その場は解放され、ニュースは全世界に広がり、開発は中止されるという成果を得ました。その帰路、利用されたと怒るジャスティーンをよそにグループは勝利に酔いしれますが、彼らの乗った小型機が墜落。数名の死者を出し、残りのものも原住民に捉えられてしまいました。

原住民に村に連れてこられた彼らは、まず一人が解体されて、蒸し焼きにされ食べられていきます。残った6人檻に閉じ込められ、自分の番が来るのを待つばかり。アレサンドロは、このプロジェクトは仕組まrたもの。また、敵対企業が雇った次のグループが来るはずなので助けてもらおうと、行動の秘密を吐露。すべてアレサンドロが企業と組んで仕掛けた活動に利用されたと知らされました。そんな中で、逃走に失敗したり、自殺したりと、メンバーは次々に脱落。ついに次の集団が現れた隙に、ジャスティーンは逃亡を図りますが…。

グリーン・インフェルノ

期待通り、ショッキングな画像満載の作品で、その部分は楽しめます。そして、それだけでなく、行き過ぎた環境保護団体の破壊活動を風刺し、一方でそういった活動にのめりこむ、大学生の様子もシニカルに伝えています。そういう意味では、いろいろと盛りだくさんで、見どころの多い映画と思いました。画像も、最近の流れに沿って、いろいろな規制に抵触しないように、気を使われているような感じでした。ショッキングでグロいといっても、ある程度抑えられている感じもして、意外と見やすい映像になっていると思います。

死にざまはいろいろですが、実際に先住民に普通に食用にされる為に殺されるところが映されたのは、最初の一人で、あとは、そもそもの飛行機事故、逃亡してつかまる、自殺、等々、いろいろな状況がからんで殺されていきます。ジャスティーンはアレサンドロを見捨てて逃げた格好ですが、その行為が最後に尾を引いていきます。話の収拾の仕方も、そもそもの最初のアレサンドロの目的と、放置の収め方として結ばれていきました。かなり微妙で尾を引くような、スッキリしない終わり方でした。

ちょっと残念だったのは、意外と冗長に感じること。囚われてからは快調に進んでいくのですが、現場に至るまでの導入部にあまり惹きつけられません。そこが良ければ全体的に、もっと締まった映画になると思うのですが。そして、自然の映像などはとても美しいので、そのあたり、もっと見たいなと思いました。さて、主演のロレンツァ・イッツォさん、再びイーライ・ロス監督と組んで、ノック・ノックに出演しています。今度は襲う側になっているようなので、ちょっと興味があります。

2019.3.10 HCMC自宅にてAmazon Prime Videoよりパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「マッド・ナース」 白衣の天使は殺人鬼、エロさは免罪符

箒に乗った魔女ならぬ、注射器に乗ったナースのイラストのポスターに惹かれて見てみました。なかなかはじけていて面白かったと思います。エロティックバイオレンスというか、ほとんどスプラッタです。2013年のアメリカ製作の作品です。

あらすじ
ニューヨークにあるオール・セインツ病院で働く、白衣の天使アビゲイル・ラッセルには、女を泣かせるような男たちを罠にはめて、殺害を繰り返す快楽殺人鬼という別の顔があった。彼女は若く美しい新人看護師ダニーを自分のものにしようと、周囲の人間を無きものにし、恋人とも引き裂こうと画策するが、新人事部長の登場で彼女の過去の秘密が暴かれようとすると、一気に凶暴化し、病院は阿鼻叫喚の地獄と化す…。



ニューヨークにあるオール・セインツ病院に勤務する白衣の天使、アビゲイル・ラッセル(パズ・デ・ラ・ウェルタ)には別の顔がありました。夜な夜なバーやクラブで不倫で女を悲しませるような、女好きの男たちを罠にかけては殺害を繰り返す連続殺人鬼でもあったのです。アビーの元に新人のダニー(カトリーナ・ボウデン)が配属され、面倒を見ることになりますが、ダニーには学生時代からの付き合いで、救急隊員の恋人スティーブ(コービン・ブルー)がいました。また両親は再婚で父は著名なセラピストですが、女性にだらしなくダニーは父を嫌っていました。

バイセクシャルでもあったアビーは、ダニーを困らせる障害を取り除き、孤立させて自分のものにしようと活動を開始します。まずは、父を事故を装って殺害、ダニーに言い寄りますが、ダニーもこの時アビーの本性を感じ、恐怖を感じます。この病院に転勤してきた、人事部長のレイチェル(メラニー・スクロファーノ)は、アビーに興味を持ちます。それも、近所に住んでいたサラという心療院に入れられた子とそっくりだったからです。レイチェルはアビーにサラではないかと尋ね、また過去を調べ始めました。やはり、過去の父の不倫が元での殺人事件のあと、精神を病み心療院に入ったサラと同一人物だったことを突き止めますが、秘密を知ったレイチェルはすぐにアビーに消されてしまいます。

アビーは、さらに凶暴な本性をむき出し、敵対するようになったダニーも罠に陥れ、院内で不倫常習犯のモリス医師(ジャド・ネルソン)を惨殺、警備隊が駆け付けると、院内を暴れまわり、手術中の患者や集中治療室の患者も巻き込んで、院内に阿鼻叫喚の地獄図を作っていきます。無事病院から逃れたアビーは、今度は体で抱き込んだはずのローガン刑事(ボリス・コジョー)に、ダニーの父の殺害容疑で追い詰められますが、機転で窮地を逃れ、もうこの町には用が無いと、別の街の病院に移っていったのでした。今度は人事部長のレイチェルと名乗って…。

マッド・ナース

パズ・デ・ラ・ウェルタのハスキーボイスがかなりエロいです。誘惑から殺人まで、何をやっている時も同じ感じで、体つきやしぐさや表情まで徹底しています。そして、このナース服はスカートの丈が短くて、胸が開き気味で、体に密着している。いいんですかね?こんなんで…。という訳で、直接的なエロはそう多くは無いのですが、雰囲気がなかなかのモノでした。ストーリーは女を泣かせる男を懲らしめるという大義名分で、どんどん殺していくのですが、結局は病院での無差別殺人や、あるいは、好き嫌いで殺しているだけという感じでした。しかし、それをこのエロさで正当化しようとする。ああ怖い怖い。

殺害の仕方も、医療を絡めながらの工夫があちこちに見られます。そして、集中治療室や、手術中のところを目茶苦茶にするという、無茶さは、かなりスプラッタです。で、何食わぬ顔でさっそうと出てくるところがまたクールでした。音楽なんかも、なかなか病みつきになりそうな雰囲気です。全体としてはポップでエロティックなホラー・バイオレンス・コメディという感じなのでしょうか。なかなかカオスです。こういう、やるときゃやるみたいな映画は、正直好きです。不謹慎ですが…。箒ならぬ注射器に乗った魔女みたいなポスターのセンスも面白かった。

で、やっぱりこのパズ・デ・ラ・ウェルタですが、いろいろと怪しい役が多いようです。酒癖もなかなかだとか。「エンター・ザ・ボイド」は見ていないのですが、カンヌノミネートとのこと。ちょっと興味ありです。一方で、カトリーナ・ボウデンは、この映画で見る限りは、かなりまともそうですが、ピラニア リターンズとか、やはりお色気系ですかね。ということで、このあたりの映画、いろいろとはじけていて楽しいのでした。

2019.3.9 HCMC自宅んで、Amazon Prime Video よりパソコン鑑賞

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「黒い雨」 原爆の後遺症をストレートに描き強い印象を残す

BS放送を録画しておいたものなのですが、重そうなのでついつい後回しになってしまいました。古いものから順に見ていこうと、意を決して見始めたわけですが、確かに見る者にどんどん迫ってくる映画でした。1989年今村昌平監督の作品。原作は井伏鱒二の同名の名作です。

あらすじ
広島に原爆が投下される。可部駅で直接被爆した重松は一命をとりとめ、妻のシゲ子、姪の矢須子と被爆した街を横断するが、矢須子は黒い雨に当たっていたこともあり、二次被爆者となってしまう。田舎に帰り矢須子に良縁を探す重松だが、それもなかなか叶わなかった。そんな中で、仲間が次々と原爆症で亡くなっていってしまい、やがて重松の家族にも原爆症の影が迫って来る…。



8月6日の夏の日、広島に原爆が投下されました。その時郊外の疎開先にいた高丸矢須子(田中好子)は叔父・閑間重松(北村和夫)の元へ行くため瀬戸内海を渡っていましたが、途中で黒い雨を浴びてしまいます。叔父夫婦と合流し、業火に焼かれた広島の街を横断。叔父の勤める工場に一旦非難しましたが、原爆の投下された翌日の事、二次被爆の疑いが持たれます。5年後矢須子は重松とシゲ子(市原悦子)夫妻の家に引き取られ、重松の母・キン(原ひさ子)と4人で小畠村で暮らしていました。重松はしきりに矢須子の嫁ぎ先を探しますが、被爆者と噂の立っていた」矢須子に良縁はまとまりませんでした。

小畠村では、同じ被爆者で幼なじみの庄吉(小沢昭一)、好太郎(三木のり平)と原爆病に効くという鯉の養殖を始めます。村では皆が戦争の後遺症に悩んでいる頃で、トラウマから、エンジン音を聞くと発狂してしまう息子・悠一(石田圭祐)を抱え、雑貨屋を営む岡崎屋(山田昌)。娘のキャバレー勤めを容認しつつ闇屋に精を出す池本屋(沢たまき)。などなど。重松は相変わらず、矢須子の良縁を求め、毎日矢須子が被爆していないことを証明しようと心を砕いています。しかし、被爆者仲間も相次いで死に、妻シゲ子も精神に異常をきたしてしまい衰弱していきました。

一方、もう結婚を諦めてしまった雰囲気の矢須子は、エンジンの音さえ聞かなければ大人しく石像を彫り続けている悠一が心の支えとなっていました。悠一の母も矢須子を欲しいと重松の前に願い出るのですが、身分の違いから重松は逡巡します。しかし、黒い雨は容赦なく矢須子の体を蝕んでいた様子で、ついに矢須子の髪の毛が抜け始めてしまいます。しばらくは小康状態を保っていた矢須子でしたが、ある日ついに病院に運ばれてしまいました。救急車には悠一が付き添い、直接被爆者の重松は二次被爆者より長生きしてしまい、家族も友人も失って孤独感に襲われるのでした。

黒い雨

鮮烈な映像で始まる映画です。原爆投下当日と、その後数日間の広島の様子がこの映画の序盤を占めています。一家は、父の勤務する工場に避難しようと、当時の広島市内を横断しますが、矢須子が船上であたった黒い雨と、この横断で一家は被爆してしまいました。広島市内の映像は地獄図で、被爆直後の悲惨な光景が描き出されていました。炭のようになった人々や、焼けただれた人々など、リアルな描写に圧倒されます。

中盤は、矢須子の嫁入りに関する差別の話です。ピカにあたった娘ということで、縁談がすべて断られてしまう。そういう中でだんだん諦めが支配していく。そのようなお話です。差別とは書いてみたものの、やはり家の意識の強かった時代で、あえて原爆症が高い可能性で出る娘との縁談は、これは差別というよりも、より切実なものであったのかもしれません。そして、原爆症が家族全体を蝕んでいき、一人一次被爆者である父が残される。田舎の静かな情景の中に、どうしようもない諦観が現れてきました。

井伏鱒二の小説を映画化したこの作品は、日本アカデミー賞の主要部門を独占し、キネマ旬報でも邦画第一位を獲得しました。この傾向の違う2つの賞を得ることは、有無を言わせないような圧倒的な支持を受けたということだと思います。田中好子も両方で、最優秀主演女優賞です。北村和夫、市原悦子も素晴らしい演技でした。そして、最後に、この映画は全編あらゆる所に気迫が漲っていると思いますが、戦争の後遺症を持つ悠一の演技は、後半部分にあって相当な迫力と思いました。

2019.2.5 自宅にてNHKBSプレミアムより録画鑑賞

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「ウラニャ」 ギリシャ軍政下の山村の少年たちの物語

Amazon Prime でお勧めに何度も出てくる作品を見てみました。どういう基準で出てくるかは、今一つよく解らないのですが、全く知らない映画の鑑賞です。DVDはたぶん未発売ではないかと思いますので、ネット配信のみでしょうか。2006年のギリシャ制作の映画です。

あらすじ
軍事政権下のギリシャの小さな村。5人の少年は、海辺の小屋の娼婦ウラニャのもとで童貞を捨てようと、共同でお金をため、オナニーで淋しさを紛らわせていた、鍛冶屋の息子アキレスは近々アポロ11号の月面着陸の模様がテレビで放映されることを知り、貯金の目的を村で初めてのテレビ購入に変更。村の母たちの支援も得て活動を始めるが…。



ギリシャの海に近い小さな村に住む5人の男の子は、いつも村の外れにある戦闘機の残骸をアジトにして集まっています。鍛冶屋の息子のアキレス(Aris Tsapis)は空を飛ぶのが夢。一方で、ニキビの気になるフォティス(Michalis Tsirakis)は海辺の小屋の娼婦ウラニャ(マリア・グラッツィア・クチノッタ)とのセックスで童貞を捨てたくてたまらない様子です。その為に、5人分の料金を貯め5人でウラニャの小屋に行くことをお互いに誓約していました。ある日、村に映画館が開店すると、そこで上映される成人映画を見たくてたまらない5人は映画館に隣の壁から侵入しますが落下してしまい、アキレスは骨折。治療した病院で医師からアポロの月面着陸がテレビ中継されることを聞いて、パイロット志望の彼は見たくてたまらなくなり、貯金の目的を村にないテレビ購入に変更しようと提案します。

そうと決まれば、アポロの中継の日までに金を貯めねばならず、村の中でお金が貰えそうなことを何でもかって出て、それに賛同した村の母親たちも5人を支援しました。当時ギリシャは内戦後の軍事政権の支配下。内戦時代に敵の共産勢力として戦ったアキレスの父親は、公権力やアメリカに激しく反発していました。ある日、ギリシャ出身のアメリカの副大統領が村を訪問することとなり、軍事政権は警備を強化しようと、反対派の抵抗が生まれない様、アキレスの父親を見せしめに警察で一晩尋問します。訳が分からず、アキレスや家族たちは狼狽しますが、翌朝戻ってきてほっと一息。無事イベントも終了しました。

さて、アポロ中継の日、テレビを買いに行こうとフォティス以外の4人は貯金箱の缶を開けますが、お金が無くなっていました。フォティスが勝手にウラニャの元に行ったと悟った4人はウラニャの小屋に急行すると、事を終えたフォティスが出てきます。ウラニャは次は誰?と誘い、アキレス以外の3人は次々と小屋に入っていきますが、アキレスは村の娘のゾーイ(Christina Mantesi)への恋心が邪魔して中に入れず、一人で村の道を帰っていると、アテネに移り住むことになったゾーイとすれ違います。テレビもゾーイも失ったアキレスは落胆しますが、そこでテレビをロバに乗せて運んでいるのを発見。その夜、カフェにテレビが備え付けられ、村人はその周りに集まりました。勿論アキレスもその中にいました。

ウラニャ

予想以上に、いろいろと面白かったです。知らない世界の事なのでちょっと取っつきは悪かったのですが、だんだん面白くなってきました。ウラニャの悩殺シーンは一部だけで、ほぼ少年たちの夢と、当時の軍事政権下でギリシャの田舎で起こる事象を描いた映画でした。大戦、内戦そして、米国支援の軍事政権と移り変わってきて、微妙な傷跡が残る村に、映画やテレビがやって来るという物語です。そして、アキレスを巡る家族の描き方が、この時代背景の中での一家を如実に表しています。内戦で敗者側となった父と、家族を守る母の姿が一つの見どころと思いました。

冒頭の、離島に左遷される教師の言葉から、政権の弾圧と、この物語が夏休みの出来事ということが説明されます。このあたり、さらっと導入しているところは、良いと思います。全体的にも造りがしっかりしていて、大変好感が持てました。しかし、海辺の小さな小屋に、超色っぽい娼婦が一人住んでいるという状況はなかなか面白いと思いました。あり得るのかな?という感じ。このウラニャ役は、イタリアの美人女優、マリア・グラツィア・クチノッタで、イル・ポスティーノに出演しています。そもそもギリシャ映画を見るのは初めてかもしれません。テオ・アンゲロプロス監督くらいしか思い浮かばないのですが、これも未見なのでした。

さて、ギリシャの山村の情緒と、軍政下の様子など、いろいろな物を見ることができて、何となく興味本位で見始めた割には、大変勉強になりました。映画としてもかなり質の高いもので、もっと見られていい映画だと思います。確かに、有名な出演者ってマリア・グラツィア・クチノッタだけかもしれませんし、監督のコスタ・カパカスにしても、有名作品は無いのですが、意外と心に残る映画だと思いました。DVDなしでネット配信のみというパターンも今後増えてくるかもしれません。そのような作品の中にも、珠玉の作品が含まれていると思いますので、チェックしていきたいと思います。

2019.3.16 HCMC自宅にてAmazon Prime Videoよりパソコン鑑賞

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「変身(2005)」 原作も蒼井優もいいが、映画としてはダメでしょう

録画していた映画の視聴です。ずいぶん前の録画ですが、チェックしてみると、蒼井優の映画ではありませんか。これは面白そうということで、見てみました。2005年の日本映画。原作は東野圭吾の小説です。

あらすじ
病院で目覚めた成瀬純一は、ある時、自身に脳移植が施されたと知る。退院して恋人・恵との生活を取り戻した成瀬は、自分が少しずつ変化していると気づき、事件の全貌を調べていくうちに、脳のドナーは成瀬を撃った犯人・京極瞬介のものだったことが判明。京極の脳に侵食され始めた成瀬は凶暴になっていき、恵との関係も途絶えていく…。



成瀬純一(玉木宏)が目覚めると、病院のベッドの上でした。すぐに、手術を施した堂元医師(北村和夫)が質問をはじめ、徐々に記憶を取り戻していきます。そして、助手の橘直子(佐田真由美)が病状をフォローをすることになり、記憶を取り戻していく様子が経過観察されていきました。

純一は、工場勤務の青年で、趣味は絵を描くこと。彼はいつも通う画材店で、店員の恵(蒼井優)に惹かれます。ある日思い切って声をかけた純一は、恵を湖に連れていき、彼女をモデルに人物画を描き始めました。やがて二人は愛し合うようになり、二人の時間を積み重ねていきます。しかし、二人の新居を探しに不動産屋に行ったときに、強盗事件に遭遇。そこで頭に銃弾を受けてしまったのです。そして、偶然の確率で適合するドナーから脳の提供を受け、手術が成功していたのでした。

脳移植を受けた純一は、ドナーの脳に侵食されていき、性格が変わっていきます。周囲とも度々トラブルを起こすようになり、恵との関係もうまくいかず、疎遠になっていきました。純一は自分に異常を感じながら調べていくうちに、脳を提供したのは、不動産屋を襲撃した京極瞬介(松田悟志)で、彼はその後すぐに自殺したということを知ります。そして、彼の双子の妹(釈由美子)に合い、父親がその不動産屋で母は愛人。その母が心臓病に倒れ、父に金の無心を頼んだが断られたため、母が死んでしまったという話を聞かされました。

ますます偏狭になっていく純一は、堂元医師の助手の直子が、自分をモルモットのように扱うのに反抗し殺害。訪ねてきた恵と再び出会い、昔の純一に一時的に戻りますが、それもつかの間で、徐々に京極瞬介の脳に支配されていきます。純一として尊厳を以て死にたいと考えたかれは、堂元医師に瞬介の脳の切除を依頼しますが、医学的功績の大切な堂元はこれを聞き入れず、失望した純一は、追いかけてきた恵の目の前で、拳銃自殺を図ったのでした。

変身

この頃、蒼井優さんは20歳前後でした。今は大女優となり、いろいろと巧みな演技を見せてくれていますが、この映画の蒼井優さんは、なかなか初々しい感じがして良かったです。若き日の蒼井優さんの映画は久しぶりでした。というわけで、この映画蒼井優さんが大変目立っていて、他の方々はあまりぱっとしないのではと思います。ストーリーとしては面白いのですが、映画として成功できているか、甚だ疑問を感じました。

まず、主役の成瀬純一ですが、最初から危険な雰囲気を出している。この映画はジキルとハイドの様に、2つの人格をもっとわかりやすく演じ分けないと、見ていて混乱してしまいます。というか、面白くないです。蒼井優が、純君が戻ってきたと言いますが、本人を見て、どこが戻ってきているのか全く分かりません。恋人だからわかると言ってしまえばそれまでですが、これでは映画としてみる価値が半減してしまうというものでしょう。

北村和夫の利己的な医者ですが、取ってつけたようなセリフが断片的に出てきて、うまく溶け合っていません。名優に対しこういうセリフだけ話させるのも、ちょっと雑ではと思いました。他はまずまずですが、蒼井優のいい演技を台無しにしている、監督・脚本の責任ではないかと思います。題材はいいと思うので、ちょっと残念な映画でした。

2019.2.5 自宅にて、NHKBSプレミアムの録画を鑑賞

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「この子の七つのお祝いに」 謎解きよりもドラマ、というミステリー

増村保造の最後の作品です。この時代、増村保造はテレビドラマの演出家として、数々のヒット作を生み出していました。そんな時代の作品になります。製作は当時、映画界の一大勢力へと成長した角川と松竹によるものです。1982年の映画になります。

あらすじ
終戦後の古いアパートで、自分たちを捨てた父親に復讐するよう、娘に刷り込んでいる母親。そして30年後、東京のマンションの一室で、次期総裁候補のお手伝いさんが惨殺される。事件に興味を持った雑誌記者の母田は、黒幕にいる青蛾となのる女占師に目を付け、調査を進めていくが、すべての事実を解明したと思った矢先に、死体となって発見された。意思を引き継いだ新聞記者の須藤は、母田の足跡を追っていくことになるが…。



終戦後の東京のとあるアパートで、もうすぐ7歳になる麻矢が、病身の母親(岸田今日子)から、自分たちを捨てた父親に復讐するように何度も刷り込まれているところからスタートします。それから30年後、あるマンションで、池畑良子(畑中葉子)という女性の惨殺死体が発見されました。記者の須藤(根津甚八)は事件の取材で警察を訪れた時、事情聴取を受けている先輩の母田(杉浦直樹)に出会います。母田は、次期総裁候補と言われている秦一毅(村井国夫)と、その内縁の妻の青蛾(辺見マリ)という女占い師の取材を進めていました。そして、秦の屋敷でお手伝いをしていた良子と3日前に会い、詳しい話を聞くため、再び会う約束をしていたところでした。

須藤は母田と、行きつけのスナックで待ち合わせ、詳しい話を聞かせてもらいます。青蛾は手相占いの名人で、大物政治家たちの間で評判になっていたとのこと。そして、彼女の正体はベールに包まれていたとのことです。良子は、青蛾が手相占いを口実に、ある手形の男を捜していると母田に話していました。そして、彼女はもっと大きな青蛾の秘密を母田に話す予定だったとのことです。酔っ払った須藤を先にタクシーに乗せると、母田は持病に苦しみ始めます。ママのゆき子(岩下志麻)が、母田を家まで送り、お互いに惹かれた二人は深い関係になりました。

母田は青蛾に関連する過去を洗い、問題の原点は会津にあると突き止め、早速調査に行きます。そして東京に戻った彼を再び発作が遅い、やっと自宅まで帰って目を覚ますと、心配したゆき子が枕元に座っていました。母田は、すべての謎が解けたと言って祝杯をあげ、お互い愛し合うようになった二人はそのままベッドに横たわります。そして翌日、母田のマンションを訪ねた須藤は、母田が血まみれになって死んでいるのを発見。会津で青蛾の秘密をつかんだため、青蛾に殺されたのだと考え、母田の意志を受け継ぎ、取材を続けることにしました。

須藤は、麻矢という手相占いのうまいホステスがいたこと、麻矢が会津の漆塗り工場で育てられた孤児だということを聞き、須藤は会津へ行きます。会津の漆塗り工場の奥さんは、昭和30年頃、麻矢母娘の隣の部屋に住んでいて、普段から二人を気にかけていました。そして麻矢が7歳になった正月の朝、麻矢の叫び声に駆けつけると、部屋には現金と手紙を残し、母親が自殺していました。奥さんは、麻矢を連れて故郷の会津へ帰り、娘のようにして麻矢を育てましたが、麻矢は高校卒業後、父親を捜すために東京へ出てしまったとのことでした。奥さんは、麻矢より先に父親を捜し出し、復讐を止めて欲しいと須藤に頼みます。奥さんから東京へ出る直前の麻矢の写真を見せてもらうと、なんとそこにはゆき子がいたのでした。

真矢の父親が高橋ということを突き止めた須藤は調査を進めていきます。そこには戦後間もないころの引揚者の苦悩がありました。その頃、高橋(芦田伸介)は秦の主宰するパーティーに顔を出し、事業の占いを青蛾に頼みたいと、自分の手形を置いていきます。手形を受け取った青蛾は、すぐにゆき子の自宅に行き、探している手形が現れたことを報告。青蛾はゆき子に、これ以上殺人を犯さないよう説得しますが、母の言葉にとらわれているゆき子は、ついに青蛾をも殺してしまいます。須藤は高橋の自宅を訪ね、母娘の話をすると、自分がゆき子の父親であることを認め、ゆき子に会いに行こうとします。待ち合わせ場所は、真弓と麻矢が以前くらしていたアパート。そこで待ち構えるゆき子に対し、高橋はゆき子に出生の秘密を語り始めるのでした…。

この子の七つのお祝いに

増村保造の最後の映画に何を見るかなのですが、いろいろとWIKI情報を見て頭でこの映画を観察するに、1970年以降テレビドラマの大家となった増村保造という視点からすると、確かにこれもテレビドラマっぽい感じだねという気がします。また、女性の情念を描く、何よりも生死より愛憎が優先する作風という言葉から見ると、確かにこの映画も愛憎が優先しています。そういう観点からして、確かに増村保造の作品だと言えるわけです。

ということはさておき、実際に見た心の眼からしても、火曜サスペンス劇場みたいな香りがプンプンします。そのまま、今でも昼下がりに再放送でもやっていそうな作品。それは間違いないと思います。あと、ミステリー的な妙味があまりありません。ストーリーをなぞっていき、次々とネタバレしていく、安心スタイルのミステリーで、むしろドラマです。従って、ミステリー的な深みや意外性からは遠いところにあります。映像や演技は、これもテレビドラマ的雰囲気ではありますが、いいと思います。

この時代の邦画は、どうも自分の記憶の中でもパッとしません。あくまで個人的感想ですが、ちょっとで、中途半端で、客寄せを狙ったような、悪く言えば安直な作品が多く感じています。私も、正直言ってこの頃は、洋画に目が行ってしまい、邦画にはあまり向かい合いませんでした。ということで気になって、1982年の映画には何があったかを調べてみました。邦画では、蒲田行進曲が圧倒。他に転校生、セーラー服と機関銃、海峡。洋画は、ET,愛と青春の旅立ち、アニー、ポルターガイストなど。カンヌは、ギュネイの「路」。そんな感じです。この中で、ET,アニー、路は劇場で見ています。邦画はテレビ鑑賞でした(笑)。

岩下志麻岸田今日子は、期待通りいい感じです。女優のスタイルがそのまま役になった感じさえします。根津甚八は確かに若手でないと務まらない役なんでしょうが、ちょっとハマっていないような感じがしました。杉浦さんや室田さんは普通に良かったです。そして、岩下志麻のセーラー服は凄いですね。こういう高校生がいるとちょっと怖いです。

2019.3.5 HCMC自宅にてAmazon Prime Videoからパソコン鑑賞

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ジャンル : 映画

「トリガール!」 お手軽、安心のスポーツ系ラブコメ

ちょっと時間があるので、何か見るものはないかとあさっていて、トリガールに行きつきました。やはり、こういったスポーツ系の学園ラブコメは、いつでも見られてそれなりに満足できます。2017年の日本映画になります。

あらすじ
なんとなく生きてきて、一浪で理系大学に入学した、鳥山ゆきなは、入学早々、理系のノリにショックを受けてしまう。唯一の女性のクラスメートとともに見学した人力飛行機クラブで、先輩の圭に目が釘付けになり、誘われるまま入部。そして、ゆきなは憧れの圭と二人で空に羽ばたくことを夢見るが、エースパイロットはヤンキーかぶれの先輩、坂場だった…。



一浪で雄飛工業大学に入学した鳥山ゆきな(土屋太鳳)は、初日から理系独特の雰囲気に辟易していました。仲良くなった島村和美(池田エライザ)以外は、ほとんどがメガネオタク系男子。大学生活の夢は破れ、サークル勧誘に誘われるままに、和美が入学した目的の一つでもある、人力飛行サークルの見学に行きます。そこでゆきなは、イケメン部長の圭(高杉真宙)におだてられ、流されるまま和美と共に入部。年に1回の最大イベント、鳥人間コンテストのパイロットを目指すことになりました。

ゆきなは、圧倒的なパワーを持ちながら、去年の失敗のトラウマから立ち直れない、坂部先輩(間宮祥太朗)を紹介されますが、坂部は初対面からゆきなと口論。最悪の出会いとなります。しかし、ゆきなに触発された坂部は、やっと部活に復帰、そして、大会のパイロットには、坂部と圭が圧倒的な実力で選出されました。ダシに使われ、面白くないゆきなですが、部員総出で徹夜で行われたテストフライトの準備を見て感動し、退部は思いとどまります。そして、テストフライトでは、墜落して圭が怪我をしてしまい、代わりに、ゆきなが坂部と組むことになりました。

ゆきなと坂部は、二人で強化トレーニングと食事制限をこなしていきますが、二人の仲は相変わらず最悪で喧嘩が絶えません。そして坂部もトラウマ解消のために、プールでも訓練をします。フライト直前の最終テストも、喧嘩の絶えない二人では墜落してしまうと中止。周囲はコンビを不安視しますが、和美だけは、二人の間の口論に喧嘩とは違う何かを感じていました。そして当日部員たち全員の期待を載せて、琵琶湖の発射台に二人の飛行機がセットされます。果たして琵琶湖の大空に舞い上がることはできるのでしょうか…?

トリガール!

大変楽しく見させていただきました。青春スポーツものは、ドラマ的な期待というよりは、楽しめればOKという期待なので、あまり外れもないのですが、今回は人力飛行機という珍しい分野で、ちょっと馴染みがありませんでした。確か、時々テレビで見たことがあるような、という程度の知識です。確かに、これだけの物を飛ばすとなれば、サポートも大変なんですね。ただ、この大会ですが、最終的な評価はどうだったのかがよくわかりませんでした。チームとして目的が達成されたからよかったのか、飛行禁止区域に入ってしまって、何かマイナスがあったのか等々。そもそも競技の仕組みを理解していないのでよくわかりません。

時々、声が聞き取りづらい気がしました。年のせいかもしれません。でも、ちょっとそこが難点。ナダルのしゃべり方は、語尾が聞き取りづらいし、その他の会話も、ところどころ、声が音楽や効果音と被っていて聞きづらい部分がありました。そのあたり少々ストレスがあります。土屋太鳳の役はなかなかいいですね。というか、こういう役は、だいたいの若い女優さんならハマると思うので、演技の評価はしづらいのですが、楽しさが伝わってきました。

本番前に、テストをやるやらないのくだりは、技術トップのやらないと言い張る姿を見て、なにか、会社でも似たような光景に遭遇した気がしました。私は文系ですが、理系の人の気質がうまく出ているようで、感心しました。というわけで、たまにはこういう映画でも見て、息抜きしましょうという感じでございました。

2019.3.3 HCMC自宅にて Amazon Prime Video より、パソコン鑑賞

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「ビルマの竪琴」 1956年版 悲惨な戦場と美しい風景に伊福部の音楽が冴える

有名な児童文学のビルマの竪琴。ちょっと堅苦しそうな気がして、今まで読んでいませんでしたが、ずいぶん前にBSで録画していたので、見てみることにしました。1956年の映画で、日活製作。市川崑監督はこのあと、1985年にもカラーで取り直しています。

あらすじ
敗色濃いビルマの日本軍は、タイ国境に逃れようとしていたが、その中に合唱を得意とする井上小隊があった。そして終戦を迎え、英国軍に投降した小隊であったが、未だ交戦をやめない別の小隊を説得に、竪琴の名人であった水島上等兵が戦場に向かう。しかし、説得は失敗、死屍累々の惨状を見て、水島はこの地に留まり日本兵の霊を弔うことを使命と考えるようになっていった…。


1945年夏。敗色の濃いビルマの日本軍は、国境を越えタイへ逃れようとしていました。その中の一つ井上小隊では、井上(三國連太郎)自身が音楽専攻でもあり、竪琴の名人である水島上等兵(安井昌二)の演奏に合わせ、合唱が伝統となっていました。そして、敵軍に取り囲まれた小隊は、埴生の宿の合唱で無事敵軍との交戦を避けますがそこで敗戦の報を聞きます。そのまま捕虜となった井上小隊ですが、三角山を固守して投降しない小隊があることを知り、水島は説得を買って出て単身現地に向かいました。しかし、その小隊は交戦を固守、隊は全滅し、水島は戦闘後の悲惨な状況を目の当たりにして、彼らを弔うことに使命を感じ、そのまま消息を絶ってしまいます。

ムドンに送られた井上小隊は、収容所に出入りする物売り婆さん(北林谷栄)に水島の情報を聞こうとしますが、生死は解らぬままです。しかし、周囲に水島の影を見て、近くに水島がいるのではないかと想像していました。一方、三角山を逃れた水島は、ビルマの僧の助けもあり、自らも僧侶になって、途中で戦場に倒れた日本兵を弔い続けていたのでした。そして、最後まで亡き同胞の霊を鎮めるため、ビルマにとどまることを決心していたのです。時々現れる水島の陰に、井上たちは婆さんを通じて接触を試みますが、水島は懐かしくもあり、しかし、会えば戻らざるを得なくなるのを解っていて、接触しようとしませんでした。

日本への帰還が決まって、井上隊長は婆さんを通じメッセージを伝えます。収容所の外に僧侶姿で現れた水島は、金網越しに、竪琴で仰げば尊しを演奏。翌日、婆さんが水島から託された手紙を井上に渡しました。内容を悟った井上は、ビルマでは開封せず、船上の人となった小隊のメンバーを集め、皆に読み聞かせます。そこには、亡くなった日本の兵士の霊を弔い続けるという決意が書かれており、小隊のメンバーはしみじみと聞き入るのでした。

ビルマの竪琴

ビルマの竪琴の原作は、小学校の頃教室の後ろの学級文庫にありました。でも、当時はどうしても読む気になれませんでした。だって、怪人二十面相とかの方が面白いから、どうしても後回し。しかし、この本、小学校のそこかしこで見かけた記憶が残っています。優秀な少年少女向け文学だったということでしょう。映画の方は、かなり大人向けではありますが、児童文学の片鱗を残していると思います。埴生の宿の合唱で難局を乗り切ろうとするなど、あまり現実的ではないのですから。

映画自体は、かなり名作だと思いました。微妙に現実離れした小説を映像化するのは、納得感をだすのにかなり難しいとは思いますが、素直に見ていけるような感じになっています。風景も素晴らしいものだと思います。船で行く風景、寝釈迦の内部にいる風景、三角山の陣など効果的に描かれていると思いました。そして、それに合わせる伊福部昭の抒情的な音楽も素晴らしいと思います。しいて言えば、水島上等兵が隊に戻らないという決断に至るところが、少しインパクトに欠けるかなという感じでした。

登場人物としては、物売りのおばさんがいいアクセントになっています。そして、この物語は戦場から戻れなかった水島上等兵や、戦死しビルマの土になった人々を背景として、ビルマはビルマであり、ビルマ人のものということがしっかりと語られています。海外で仕事をするには永遠の課題。よそ者の位置づけで、国を蹂躙するのは論外ですが、異国において、自らの目的をどう持って、どういう行動をしていくか、常に考えさせられます。今回の映画を見ても、むしろそちらの方を深く考えさせられました。

2019.2.8 自宅にてNHKBSプレミアムの録画鑑賞

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「捨てがたき人々」 やり過ぎると現実味が薄く共感に至らない

ラインナップを見ていて、エロスがあり、かつドラマもありそうというところで、見てみることにしました。2012年の日本映画で、原作はジョージ秋山の漫画になります。

あらすじ
生きる事に飽きてしまったという、狸穴勇介は、故郷に帰ってきた。ある日、勇介は、顔に痣のある京子と出会う。京子は痣がコンプレックスで恋愛も諦めていたが、勇介にとって彼女が笑顔で接してくれる唯一の女性となる。生きている証を快楽にしか求められない勇介は、京子と無理矢理関係を持ち、同棲してずるずる関係を続けていくが、やがて二人は望まれぬ子供を授かることになった…。



狸穴勇介は、生きることに飽きてしまい、ふらりと故郷の五島に帰ってきました。とりあえず小さなアパートを借り、何もすることなく、海岸でのり弁を買って食べる日々。興味のあるのは女性の体だけで、女とみると舐めまわすような視線で眺めるのでした。いつものように海岸でのり弁を食べていると、弁当屋に勤める、顔に痣のある京子(三輪ひとみ)が話しかけてきます。痣にコンプレックスを持つ彼女は、塞ぎがちな性格だったところ、新興宗教の教祖に、人にはいつも笑顔で接するように教えられ、どん底の生活をしている勇介を明るく励まそうと、勇介に近づいてきたのでした。

勇介は、彼女を無理やり犯そうとしますが、通りかかった女性に見とがめられ、その場は別れます。しかし、勇介に興味を持った京子は、勇介の家を訪ねるようになり、結局、女性を抱くことしか興味のない勇介に無理矢理関係を持たれてしまいます。セックスにしか生きがいを見いだせない勇介と、女として扱われて安らぐ京子はそのまま関係を続け、勇介は京子の紹介で教祖が経営する水産加工工場に勤めるようになりました。

その頃、この町ではあるとあらゆる所で、不倫のカップルがあり、そこかしこで許されざるセックスが蔓延していました。結果として、自殺者の連鎖が出る始末。そんな中、勇介は京子の妊娠を告げられます。勇介は不幸な子はいらないと京子を追い出してしまいますが、幸せそうな京子を見て和解し、ついに親になってしまいました。数年後、勇介は家族を持ち、普通に責任感と幸福を感じる日々ではありましたが、小学生になった息子は、出来の悪い父親を無視。京子はともに宗教活動をする若者とセックスの毎日。そんな中で、勇介はついに息子に暴力をふるい、崩壊した家族は、お互いに愛を求めて慟哭するところで、この映画は終わります。

捨てがたき人々

勇介の露骨に女性の下半身を覗き上げる態度から始まって、登場人物の品性の無さを全く隠さず露わにしていきます。そして、そこに絡む京子は地元の新興宗教に目覚め、博愛の精神で人と笑顔で接する主義。そんなきっかけで勇介に関わっていきました。特徴的な人物として美保純や宗教家の社長や、結婚しても夫とセックスせずずっと不倫しているという女や、セックス中毒とも思える京子の母と禿おやじなどなど。手を変え品を変えでなく、相手を取り換えながらセックスし放題の人々でした。作品中ではみな豚のようだと表現されています。

不倫は悲劇も生み、原因はいろいろありますが、4人は死にました。画面の中では確かにセックスの場面は多いのですが、それほど見せ場として強調している訳でもなく、変な日常感の中でのセックス。しかしあとで思い返すと結構多い。そういう流れの中で、勇介がある程度まともな男に見えてくるのは、表面上のいい人にならず、コソコソやっているわけではなく、最初から俺にはこれしかないという潔さが原因でしょうか。子供ができて、覚悟ができてからは、あながちまともな男になったように感じます。

しかし、その行動は子供には通じませんでした。子供の前では、さすがに表面上でもお利口さんでないと認めて貰えなかったようです。そこが勇介の悲しいところでした。もともと、生まれてくる子は、不幸な子になると嘯いていた勇介は、やはり子供からは愛されなかったのでした。勇介もまともになってくると、愛に飢えるようになるようです。そして、それが暴力になってしまいました。明るい終わり方ではなく、彼らには何の出口も無さそうです。ただ、勇介は、ここまでの経験を通じて、下手な失敗はしないようになっているはず。それがまた厳しいところでしょう。

しかし、この映画エピソードやストーリーはなかなか面白いところが多いのですが、残念ながら登場人物はことごとく常識を超越し過ぎていて、結局は悲現実的な惨さや悲哀の様なものを感じません。人間描写もセックスを中心に描くあまり、ちょっと一面的な感じになっていると思います。展開も何かバランスを欠いたような感じがしました。いくら捨てがたいと言われても、だからと言って、掃いて捨てられる物ではないでしょう、と言いたくなりました。もしかして、捨てがたい人々とは、習慣を捨てられない、つまり懲りない人々という事ですかね?

【リスト】 ① 裸のエロスを見る作品

2019.3.1 HCMC自宅にて、Amazon Prime Videoより、パソコン鑑賞

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torrent13

Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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