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「僕の彼女はサイボーグ」 綾瀬はるかのタイムトラベルコメディ

今日の1本は、GYAO!から久しぶりに新しめの映画です。でも、10年前ですが…。主演は綾瀬はるか。監督は「猟奇的な彼女」のクァク・ジェヨンということで、気軽なラブコメを期待しました。最近の綾瀬はるかはますます大物感が出てきて頼もしいのですが、10年前の綾瀬はるかの若々しさに期待です。

あらすじ
2007年11月22日。自分の誕生日の為のプレゼントを買う大学生ジロー(小出恵介)は、デパートでボディスーツの「彼女」(綾瀬はるか)と出会う。「彼女」はジローが食事に来たレストランにも押しかけ、大胆で奇妙な行動をとりつつ、数時間を一緒に過ごすうちに、「彼女」に惹かれていが、「彼女」は謎めいた言葉を残して突然姿を消してしまう。翌年の11月22日。ジローは再会を期待し、同じレストランに食事にいくと、再び「彼女」が現れ、ジローを災厄から救い、一緒に暮らすようになるが…



綾瀬はるかの為のアイドル的映画と思うので、まぁ、面白ければ良しと、さしてストーリーを気にして見ている訳ではないですが、一応備忘録として書いておきましょう。

まずは、自分への誕生日プレゼントを買っている前に現れた彼女との出会いからスタート。彼女はジローが食事するレストランにも現れ、横ではアメフトのサークルがお誕生会をしていました。ハッピーバースデーのあと、主役の顔をケーキにうずめるいたずらをやっていますが、これがこの映画の中での一つのモチーフとして繰り返されます。そして、彼女の意味ありげな言動と別れを経て1年後同じレストランで再会。彼女は、未来のジローが過去の自分を守るために作りあげ、送りこんだサイボーグだといい、ジローを守るため超人的な能力を発揮していきます。

次第に彼女に惹かれていくジローですが、サイボーグの彼女には思いが伝わらないと感じたジローは、嫉妬させようと他の女性と付き合ったりしますが、我慢ができず、彼女を酔いに任せて追い出してしまいました。そんな時、未曽有の大震災が発生し、彼女は自分の下半身を失いながらもジローを危機から救い、上半身だけになってしまった彼女をジローは抱きしめ、お互いの心が通じ合ったことを悟りますが、彼女はこんな姿を見られたくないと言い残し、落ちてきた瓦礫が彼女を覆ってしまいます。そして揺れも収まったあと、茫然として彼女を掘り起こし、回収するジローの姿がありました。

60年後ジローは彼女の再生に成功し、彼女に看取られて生涯を追えます。そして、22世紀博物館で自分そっくりの展示されている彼女を見て驚く、未来の女子学生がいました。彼女はサイボーグをオークションで落札し、その記憶を自分のものとして取り入れます。すっかり、サイボーグとしての彼女の心をもった彼女は過去にタイムトラベルをして、2007年に最初に出会った彼女としてジローの前に現れました。そして、冒頭と同じ場面を繰り返し、いったん別れますが、震災のあと彼女の上半身を抱きしめているジローの前に、この時代で生きていく決意をして再び現れるのでした。おしまい…

僕の彼女はサイボーグ

そう、時を超えて成就する恋の物語でした。ストーリーも面白かったので、なかなか楽しめました。10年前の綾瀬はるかの魅力も満開で、今とは違った彼女がいました。劇中で、世界は女で回っているみたいなセリフがありましたが、こういう映画を見ていると、映画は女優で回っているという風に感じてしまいますね。綾瀬はるかの着せ替え人形シーンなんかも、アイドルの魅力発揮のサービスカットで、なかなか楽しめました。

一方でこの映画は、途中かなり流れが停滞し、最後で一気に加速してしまうような展開になります。特にジローの故郷に帰る場面は大変情緒的でいいシーンだとは思いますが、ここで映画が冗長になってしまい、そしてこれは物語の展開上あまり関係ないと思います。このあたりの情緒的な表現は、韓流の監督さんの特徴ではないかと思いましたが、どうなんでしょう。いろいろと思いをはせることのできるシーンではありますが…。

さて、クァク・ジェヨン監督は「猟奇的な彼女」を制作、その後彼女シリーズを数本製作しており、これもその一つということになります。そもそも、私は「猟奇的な彼女」を見ていないので、この映画を見つつ、これは一度見てみないといけないなと思いました。かつて、DVD屋さんを訪れるたびに目についていました。チョン・ジヒョンも一度ゆっくり見てみたいことですし。という訳で、映画を見るひと時を楽しむことができました。

2018.7.15 HCMC 自宅にてGYAO!をパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「愛より愛へ」 駆け落ちした男女を巡るほのぼのとした家族のドラマ

久しぶりの戦前の日本映画の鑑賞です。何となく気になってピックアップ。昭和13年ですから、日本がまだまだ強国の一角として華やかだった頃。当時の裕福な家庭と、大衆文化が伺い知れる映画のハズです。監督は庶民の日常を描くことを得意とした、島津保次郎1938年の映画で、松竹(大船)制作です。

あらすじ
アパート風月荘で同棲する茂夫(佐野周二)と美耶子(高杉早苗)。裕福な家庭の長男である茂夫は、美耶子を愛していたが、両親から許しがもらえず、実家を飛び出して同棲していた。そして、美耶子は女給として働き、稼ぎの少ない茂夫を助けていた。ある日、茂夫は定職を探そうと叔父(坂本武)を訪ねるが、さんざん別れて家に戻るよう説得されてしまう。妹の敏子(高峰三枝子)は茂夫に頼み、アパートで美耶子と合い、敏子は美耶子が素晴らしい女性であることを知る。一方、叔父は画策し、二人を別れさせようと、美耶子と交渉を始めていた…。



風月荘アパートにレインコートを着た美耶子が夜の仕事から戻ってきます。茂夫はしがない文筆業をしているが収入もままならず、美耶子が幸せかどうか気にかけ悩んでいました。茂夫は美耶子との結婚を反対され、家から飛び出してきたようです。ある日、茂夫は仕事の斡旋を頼みに叔父を訪ねると、しきりに女と別れろと勧められました。同意しない茂夫に対し、それ以上は言いませんでしたが、叔父は、茂夫の両親に様子を報告します。茂夫は叔父に紹介された会社に面接に行きましたが、ここでも採用の条件が女と別れることと言われ、きっぱり断る茂夫でした。

面接の帰りに、茂夫は妹の敏子と喫茶店で出会います。そして、妹にせがまれ一緒にアパートに戻り、敏子と美耶子は初めて面会しました。敏子はしばらく値踏みしていましたが、すっかり美那子のことを気に入ったようすで、このことを帰って母(葛城文子)に報告します。母は翌日父(水島亮太郎)に結婚を許すよう勧めますが、父は取りつく島もありませんでした。

ある日、敏子は二人を誘い、映画を見に行きます。そして、美耶子と敏子はますます仲良くなっていくようでした。しかし、叔父は二人を別れさせようと、直接美耶子の働くカフェーに会いに行き、結局美耶子を納得させてしまいます。そして、家に戻った美耶子は茂夫に別れを告げ、美耶子が幸せになる為だったらと、茂夫も承諾してしまいます。叔父は、美耶子が別れを承諾したことを茂夫の家族に報告に行きますが、敏子はそんなひどい話は無いと激しく反発。そこに父も現れ、そんな不人情なことはできない!茂夫が浮ついた気持ちで無いことが解ったから許すと宣言。

敏子はこのことを報告しに茂夫のアパートへ行き、すぐに実家に戻るように告げると、その足で美耶子の店に行きます。嬉しさの中でも遠慮して茂夫の実家に行こうとしない美耶子に、敏子は実家に電話して受話器に茂夫をよび、美耶子と話をさせます。茂夫の来てくれるね?の言葉に感激し泣き出す美耶子でしたが、「泣いているのか?」と尋ねられ、「笑ってますわ」と美耶子は答えるのでした。

愛より愛へ

親に結婚を反対されて駆け落ちした男女が、親に認められ恋が成就するまでを描いた物語です。途中、何か事件が起こる訳ではなく、妹と女性が出会って認められることと、勘違いして別れさせようと叔父が行動するくらいで、それ以上のことはありませんでした。とはいっても、この映画はなかなか魅力的に思えます。それは登場人物のセリフや所作がしっかりと作られていて、安心して見ていられるからでしょうか。美耶子はよく泣くのですが、エプロンや裾を顔にあてて…という感じ。そのあたりの一つ一つの所作が、性格を表して好感が持てます。主演の高杉早苗は控えめで愛する男を支えるという、よくできた女性を演じています。香川照之の祖母にあたるそうです。

島津保次郎監督の映画を見るのは初めてですが、活躍は戦前に限られ、小市民映画と言われる映画を多数制作する松竹の代表的監督であったとのこと。確かに、このイメージは現在まで続く松竹の映画のイメージであり、また、木下惠介など多数の門下を持ち、後世への影響も大きいとのことでした。いわゆるホームドラマ的な映画の源流とも言える人のようです。

この映画の制作された昭和13年は、すでに日中戦争に突入していますが、まだ日本本土への影響はなく、むしろ国内は、強国の一角としての繁栄を保っていた時代のことになります。それはこの映画の中でも見て取れ、裕福な家庭の日常とか、ピアノやフルートの練習をする音が終始聞こえているとか、繁華街のカフェや人々の服装の様子など、まだまだ市井の人々は繁栄を謳歌していた様子が伺えます。美耶子たち3人が見に行った映画は、2年前のベルリンオリンピックの記録映画である「オリンピア」。東京でもこの二年後の昭和15年にオリンピック開催が予定されていました。結局それは実現せず、市民も巻き込んだ戦火に突入していくこととなっていくのです。

2018.7.14. HCMC自宅にてパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「音楽」 増村保造の世界と当時の世相を表出

前回に引き続き、増村保造監督の映画鑑賞です。この映画は、大映ではなく、大映解散後に独立したメンバーが設立した、行動社制作です。ということで低予算ながら自由な制作が出来ていると思うので、より増村保造も好きなことをしているのではないかと期待です。そして、「音楽」の音楽を担当したのは林光。1972年の映画で、行動社・ATG制作です。

あらすじ
都心に診療所を構える精神分析医の汐見(細川俊之)のもとに、美しい女性麗子(黒沢のり子)がやってきた。彼女は、音楽が聞こえない、と言い、それから身の上話を語り始める。話していくうちに彼女の本当の症状は、恋人の江上(森次浩司)とのセックスで感じることができず、江上との仲もうまくいかないというものであった。汐見は彼女の問題を解決すべく、治療を進めていく…



なかなか刺激的なタイトルバックから始まります。この既視感はなんだっけなぁ…。確か、タイトルバックだけ妖艶で、中身はそれほどでもなかったあの映画…。そのうち思い出すでしょう。さて、ストーリーですが、なかなか書くのが難しいし、書いてしまうと長くなりそうなので、なるべく簡単に。つまり、精神分析医汐見のもとに現れた麗子の不感症を治すために、いろいろと質問したりして、原因を突き止めていく話なんです。そのエピソードとは…

麗子は、音楽が聞こえないといいます。ラジオもセリフは聞こえるが音楽は聞こえないと。彼女は地方の出身で、東京に務めていて、江上という逞しい恋人がいます。少女時代、親の決めた婚約者俊二(三谷昇)に無理矢理犯されたとのことです。

汐見は、音楽が聞こえないというのは嘘であると看破します。麗子は、江上とのセックスで感じることができず、江上から愛想をつかされるのを恐れているのでした。汐見は、麗子の心に浮かぶことを自由に話させることにしました。そして彼女は、色紙を切る挟みと、切った紙の間から走り出すぺニスの角を持つ牛、自分の足が巨大な鋏になる様子、そして、美しい麗子の伯母が、一緒に泊まった旅館で、忍び込んできた黒シャツ・黒ズボンの若者とセックスしている様子などを話します。

汐見は、麗子の症状は、子供のころの異状なセックス経験に起因していると判断しました。

麗子は、少女時代に兄に愛撫されたこと、伯母とセックスしていたのは兄で、この後兄は家出してしまったこと、そして江上と初めて会った時、黒シャツ・黒ズボンで兄そっくりであったことを告白しました。

数日後、癌で危篤の俊二を見舞った麗子は、やせ細って瀕死の彼の手を胸に当て、恍惚の表情で「音楽が聞こえる」と叫び、俊二の死後も彼を抱きしめました。そして、その後旅に出た麗子は、不能を苦に自殺しようとしている青年(松川勉)を抱き、男をよみがえらせました。男から再度求められると、「私が感じるのは病人か不能の相手だけ」と突き放しました。

汐見は麗子の話の矛盾から、兄との最近の出来事が原因ではないかと問い詰めました。

麗子は、女子大に訪ねてきた兄(高橋長英)と恋人同士のように街で遊んでいました。ある日、兄のアパートで二人で話していると、兄の女(森秋子)が帰ってきて、酔った女は妹だと言っても信用せず、二人にセックスさせてしまいましたが、子供のころから兄が好きだった麗子は良心の呵責を超えて激しく抱き合ったことを告白しました。

汐見は、もう一度兄に会わなければならない、と言いきかせ、世帯じみた兄の部屋を一緒に訪ねます。そして、そこには赤ちゃんが泣いていました。麗子は茫然とし、汐見は理解しました。麗子の真の欲望は兄の子供を生むことだったと。そして、そのためには自分の子宮をいつも空けておかなければならないので、不能者や病人にだけ感じることができるということを。

兄の子供はもう生まれてしまっていたので、「これで貴方の病気は治りました」と汐見は宣言し、一週間後、汐見のもとに「オンガクオコル・オンガクタエルコトナシ」エガミという電報が届きました。

音楽

三島由紀夫の小説が原作と言う事で、文学的な解釈は多々あると思いますが、それは置いといて。ここでいう音楽は、きっとオルガズムということに置き換えられると思いますが、ある意味アバンギャルドな雰囲気を持つ作品だけに、もっといろいろと考えることもできるかも知れません。また、自由連想からくるハサミは何を表しているかとか、ハサミで色紙を切る行為は何を表しているか、いろいろあるのでしょう。そのあたりはちょっと難しいところがあります。そんな中で、映画としてはいろいろと解りやすく、ストレートに表現しているのではないでしょううか。

それで、作品としてはとても好きです。それは黒沢のり子の脱ぎっぷりがいいという以上に、作品の雰囲気がいいと思います。舞台劇を思わせるような大げさなセリフもよくフィットしていますし、ちょっと変わった女の歪んだ情念が十八番の増村保造ですから、面目躍如という所では無いでしょうか。「盲獣」の緑魔子をも思い出しました。あちらはSM的異常性愛ですが、こちらは近親相姦ですか。さすがに屍姦までは至らなかったんですが、正直やってしまうかと思った…。そういう意味では、なかなかアングラな映画でもあります。増村保造自身の著によると、人類のいろいろな種類のセックスを盛り込み、またタブーを破ることによる性の高揚をも表現しているとのこと。そのあたり成功しているのではないでしょうか。

この時代、すでに日活ロマンポルノもスタートしているので、こういった映画も受け入れられるようになった時代。その中で文学作品の映画化として発表した映画ということになります。世相は、高度成長や没個性化が進む中での、性の多様性やタブーを破ることを表現したこの映画は、ある意味時代の流れとそれに抗する人間性の追求とも見てとれますが、現在では多様性が声高に認められる一方で、さらに標準とは異なる物への排除の意識が進み、何か常識にマッチしない事があれば、一気に世論から糾弾をあびる時代です。そのような時代では、口ではいくら自由を認めても、こういった映画は逆に作りづらいのではないかとも思いました。

そうそう、思い出しました。冒頭のタイトルバックの既視感は、「地獄」(1960 中川信夫監督)でした。

【リスト】 ① 裸のエロスを見る作品

2018.7.13 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「刺青」 増村・若尾・谷崎と揃ったので期待して見てみました

ネットを探っていて見つけてきた映画からの鑑賞です。「刺青」は、谷崎潤一郎の小説ですが、これに、増村保造監督、若尾文子主演とくれば、これはどうしようもなく期待が膨らみます。若尾文子の演技とか、谷崎潤一郎の世界がどんな感じで描かれているかとか、いろいろな興味があって、期待しての鑑賞です。1966年の映画で、大映制作です。

あらすじ
質屋の娘お艶(若尾文子)は、手代の新助(長谷川明男)と駈け落ちし、権次(須賀不二男)夫婦にかくまわれる。しかし、権次は、お艶の親元から小金を巻きあげ、その上、お艶を芸者として売りとばし、新助を殺そうと計画する。そして、そんなお艶の姿を、出入りの刺青師清吉(山本学)は焼けつくような眼差しでみつめていた。ある夜、権次は計画を実行に移し、殺し屋三太(木村玄)を新助に差しむけるが、新助は逆に三太を短刀で殺してしまい、お艶は、刺青師清吉に、麻酔薬をかがされ、背中に女郎蜘蛛の刺青をほどこされてしまう。やがて眠りから醒めたお艶は、この刺青によって妖しい血を呼び起こされたように、変わっていく。それからというものお艶は辰巳芸者染吉と名を改め、次々と男を狂わせていったのだった…。



若尾文子のお艶の背中に、刺青を掘るシーンかた始まります。なかなかショッキングな入りで、なにやら期待してしまいます。そして、雪の日のお艶と新吉の駆け落ちのシーンへ。お艶は新吉の奉公先の娘なのです。なかなか美しい場面ですが、ちょっとお艶が擦れていすぎる気がして気になりました。お艶は権次夫婦にかくまわれ、新吉とべったりの日々を過ごしますが、ここで清吉がお艶の挙動をじっと見ているシーンがあります。そして、新吉は誘い出され酒を飲まされたあげく三太に襲われますが、これを返り討ちにしました。そして、世話になった旦那を裏切ったうえ、人まで殺してしまったと言う事で、新吉は一旦実家に戻り、母親に今生の別れを告げます。

一方で、新吉が誘い出された日に捕らえられたお艶は、芸者として深川の徳兵衛(内田朝雄)に売られ、早速清吉に女郎蜘蛛の刺青を掘られます。この刺青は男の血と肉を吸ってますます妖艶になるという、清吉の一世一代の精魂を傾けた刺青なのでした。その日からお艶は深川一の芸者として頭角を現し、数々の男を陥れ金を稼いでいきます。そんなある日新吉がお艶を探し当て、家にやってくると再会に喜ぶ2人は同棲生活に入りました。そして、お艶は自分を陥れた権次夫妻を罠に落とし、これを新吉が殺害、さらに、大きく稼いで新吉と上方に逃げようと、徳兵衛と組んで、旗本の芹沢(佐藤慶)を落しにかかります。

しかし、芹沢は勝手知ったる遊び人。芹沢とお艶がいるところに、恐喝に現れた徳兵衛に切りつけ、徳兵衛は手負いで逃げるところを新吉に殺されてしまいます。芹沢は後日気に入っているお艶に100両渡し、再度妾になれと迫ります。お艶も押しの強い芹沢に好意を感じ、すっかりこころを許してしまいました。お艶が朝帰りをすると、新吉はお艶の為に三度も人殺しをしながら、芹沢に靡いてしまった彼女に詰め寄りますが、これは逆効果で別れを告げられます。逆上した新吉はお艶を殺そうとしますが、逆にお艶に刺されてしまい絶命。そこに現れた清吉は悲劇の幕を引くために女郎蜘蛛の刺青に深々と匕首を突き立て、自らも絶命するのでした。

刺青

なるほど。これは、「お艶殺し」ですね。しかも、「刺青」のモチーフを使った「お艶殺し」でした。なかなかフィットする話なので、そのアイデアはなかなかいいと思います。だから、ストーリー的にはとても面白くて、しっかりした筋立てになっている立派な映画だと思いました。殺しの立ち回りなんかも、なかなかよく出来ています。単純ではなくて、一癖双癖あるシーン。そのあたりは、映画として見て、なかなかいいのではないかと思いました。

しかし、個人的には二重に落胆してしまいました。一つは、メインが「刺青」でなかったこと。妖艶でフェチな世界をどう描いていくかと期待していましたが、これが際立ったのは冒頭のみ。それからあとは、「刺青」のモチーフでしかありませんでした。もう一つは若尾文子の演技というかお艶の描き方。最初からすれっからしの女になっています。こういう役で、まして刺青を使っているのなら、もっともっと表裏があっていい、表の顔と裏の顔を強調していいと思いました。そのあたりがかなり不満です。

さて、これで増村保造の作品を見るのは10本目。そんなに沢山の映画を見てきたわけではない私としては、今まで10本オーバー監督は3人しかいませんでしたが、これに並んでしまいました。他は、ヒッチコック/ジョン・フォード/ウディ・アレンということで、ちょっと意識して見てきた監督さんです。やはり増村保造は、手ごろで面白い、女性の情念の描き方がかなり独特、この時代の雰囲気が良く感じられ、また映画を量産している。というあたりが数を伸ばした理由かもしれません。多作故、まだまだ見たい作品があり、楽しんでいこうと思います。そう、意外と気軽に楽しめるところがいいんです。

2018.7.11 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
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「白夜」 ヴィスコンティ初体験は、全編ラブストーリーの核心部

GYAO!にあった無料動画で、今日はルキノ・ヴィスコンティの白夜です。イタリアの1957年の映画マルチェロ・マストロヤンニと、マリア・シェルの映画で、原作は勿論ドストエフスキー。きっと文芸の薫り高い作品かと思いますが、いかがでしょうか??

あらすじ
イタリアのある港町。ここへ転勤してきたばかりの青年マリオ(マルチェロ・マストロヤンニ)は、運河の橋に立つ一人の少女ナタリア(マリア・シェル)を見つける。マリオは好奇心から声をかけ、断わる彼女を家まで送り、翌晩の再会を約して別れた。翌晩、ナタリアは彼から逃げようとしたが、彼女は自分の行為をわび、身の上を語り始めた。それは、一年後の再開を期して別れた恋人とこの橋の上で再開の約束をしているというものだった…



この町に転勤してきて初めて上司の家族と郊外で過ごし、街に戻ったマリオは、橋の上で泣いているナタリアを見つけました。一目で彼女が気になったマリオは、早速口説いて明日の夜の再開を約し、家まで送っていきます。しかし、ナタリアは彼が去ったとみるや再び橋のところに戻り、なにやら人待ち顔の様子でした。マリオは翌日約束の時間に行ってみると、彼女は彼を見るや逃げ出してしまいます。追いかけて訳を聞くと、彼女は、人を待つ理由を語り始めるのでした。

幼いころ父母と別れ、祖母と暮らしていましたが、家計の足しに2階を下宿人(ジャン・マレー)に貸していました。その新しい下宿人に、彼女は一目惚れしてしまいましたが、祖母の監視が厳しく、到底2人の時間を作るすべがありませんでした。ある日、下宿人は彼女の気持ちを知って、祖母も含めて皆をオペラに誘い、そこで二人は言葉亡くしてお互い深く愛していることを感じ取りました。ところがある日、彼は町を去ってしまうことを告げます。そして、一年後にお互いにまだ愛していたら、街の橋の上で会おうと約束します。

ナタリアは、彼がもう町に戻っていると噂に聞いていましたが、訪ねることができず、手紙をマリオに託します。ところが彼女を愛しているマリオは手紙を捨ててしまい、翌日手紙を渡したかと尋ねる彼女に嘘をつきつつ、良心の呵責を感じながら二人で約束の時間までを楽しく過ごしました。しかし、10時になったのに気づいたナタリアは慌てて橋に向かいますが、彼はいません。落胆した彼女はその場を去り、マリオも彼女のことを忘れようと町に出ますが、喧嘩に巻き込まれてしまいます。お互い失意の2人は再び出くわし、マリオはナタリアの気持ちから彼のことが消えるまで待つといい、新しい日を迎えますが…。

白夜

この映画は、マリオとナタリアの2人の会話という形が主体で、ゆったりと進みます。それでも、退屈しないのは、演出の素晴らしさと、二人の演技と絶妙な会話の素晴らしさと、そしてマリア・シェルの可憐さ故と言っていいのではないでしょうか。時折入るマリオの下宿の風景がアクセントとなって、出会いの夜、二日目の夜、一年前の回想、そして三日目の夜から朝と、ほぼこの二人、あるいはナタリアと下宿人の愛の駆け引きの会話で埋められています。最初から最後までがラブストーリーの核心部という、なかなか稀有な映画だと思いました。夢想の中に生きているとも思えてしまうナタリアの純真さは、ジェルソミーナまで思い出してしまうような、無垢で可憐さを感じました。イタリア映画のヒロインは情熱的なタイプが多いと思うのですが、こういった穢れ無き純真さを感じさせるタイプも好まれていたのですね。

ヴィスコンティ体験、実は初めてなのです。正直、ヴィスコンティと言えば、貴族趣味(本人が貴族でもある)、豪華絢爛、とにかく長い、というイメージから敬して遠ざけておりました。しかし、長いと言ってもこの映画を見ていれば、逆に長いだけいい場面を見せて惹きつけてくれる監督ではないかと思った次第。これであれば、きっと長くてもじっくりと見ることができます。ドストエフスキーの原作と言えば、唯一ハリウッド版の「カラマゾフの兄弟」を見たくらいです。あまりよく覚えていないのですが、これにもマリア・シェルがでているのですね。これも1957年なので同年制作です。

すっかり、ヴィスコンティの術中にはまってしまって、ラブストーリーに酔ってしまった感がありますが、やはりこの時期のイタリア映画はいいなぁと改めて感じた次第。そんなに沢山見たわけではありませんが、自分の中の好きなジャンルの一つとして確立しそうです。

2018.7.11 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「砂と霧の家」 生きづらいアメリカで起こる悲劇のスパイラル

久々に買い置きDVDを鑑賞。この映画も全く予備知識がなかったのですが、なにやら重厚そうなドラマなので、心して見ることにしました。ジェニファー・コネリー とベン・キングズレーが主役。そして、ショーレ・アグダシュルー がいろいろと助演女優賞を撮った映画らしい。とまあ、予備知識はここまでです。2003年アメリカ製作です。

あらすじ
亡き父が残した一軒家に住んでいるキャシー・ニコロ(ジェニファー・コネリー)は、夫に去られ仕事もなく、失意の日々を送っていた。そんなとき、僅かな税金未払いから、家を差し押さえられてしまい、それが行政の手違いであったことが判明した時には、すでに他人の手に渡っていた。新しく家主になったのは、イランを追われ、アメリカに亡命したベラーニ元大佐(ベン・キングスレー)の一家だった。献身的な妻ナディ(ショーレ・アグダシュルー)と愛する息子のためにも、新しい家でもう一度、人生をやり直そうと心に誓うベラーニ。一方、父との想い出が詰まった家を失ったキャシーは、副保安官レスター(ロン・エルダード)の力を借りてベラーニに家を返すように詰め寄るが…。



家の前で茫然としているキャシーのカットでスタートし、なにやらこの映画の不穏な結末を感じさせます。一転してカスピ海の別荘でのベラーニとナディ夫妻。この別荘をイランイスラム革命で追われた彼らはアメリカに渡り、差別に会いながらも、かつての資産を元手にセレブを装い、その陰で普通の労働者として働いているようです。一方、キャシーは所得税の未払いで家が差し押さえになり、その家を買ったのがベラーニ。それは懐かしいカスピ海の別荘に雰囲気がとても似ていたからでした。一方で、家を取り上げられたキャシーは取り戻すべく行動を起こし、そして、物語は展開していきます。

法律事務所に対応を依頼したキャシーはほとんど無一文で車の中で寝る生活となっていました。ウォルシュ弁護士(フランセス・フィッシャー)は競売は郡の処理ミスであったことを突き止め、返還をベラーニに要求しますが、ベラーニは応じません。ベラーニは安価な物件を手に入れて少し住んだ後に、高く売ることで生計を立てていたのです。今回もそのようなかりそめの家でした。放浪するキャシーは支援してくれる副保安官のレスターと仲良くなり、お互いパートナーと問題を抱えている二人は自然と結ばれていきます。

夫婦関係がマンネリ化し、家を出たレスターは、キャシーと同棲し、キャシーに協力して家の返還の交渉に向かいます。一方ベラーニ夫婦も、元上流階級の亡命者家族として生計を立てなければいけないという問題を抱えていました。レスターはベラーニの家を訪れ、返還を求めて恐喝まがいの交渉を行いましたが、ベラーニはこのことを警察にクレームします。レスターは妻との問題解決の為、キャシーのところから一旦自分の家に帰りますが、ベラーニのクレームを受けた警察から呼び出されることになりました。その結果、別れの交渉に向かったレスターが戻ってこない状況から、キャシーは、結局レスターが妻の元に戻ってしまったと悲観し、元自分の家の庭で自殺を図りました。しかし、これは失敗。逆にベラーニ夫妻から手厚い介護を受けますが、そこにキャシーを探してレスターが訪れることとなり…

砂と霧の家

開始早々から、全体的に暗い雰囲気の流れるドラマでした。一貫して情緒的な音楽がまとわりついている印象を受けます。この物語は誰が主人公なのでしょう?単純にキャシーかというと、結局一人の語り手では無かったかという印象も残します。やはり、主役はベラーニ夫妻だったということでしょうか。苦しい生活を強いられながらも、911直後のアメリカで、イランの元大佐という亡命者の生活。元軍人の矜持と栄光の中で、非常に快く生きていくのが難しいアメリカで、翻弄されながら生活していく姿が描かれていました。

レスターは、家族に対しても、ベラーニ夫妻に対しても、大変傲慢で身勝手な態度をとっています。しかし、キャシーに対して見せる親切心などは普通のアメリカ人のそれなのでしょう。アラブからの亡命者から見た、普通のアメリカ人を代表する姿として描かれているのでしょうか。とはいっても、映画の基調は、深刻に社会問題を抉り出すという形かというと、そうでもありません。あくまでも一つのフィクションの物語として描かれている感じがします。タイミング悪く物事が交錯し、悲劇のスパイラルに陥っていく、いわば古典的な物語の構造で作られています。

ベン・キングスレーとショーレ・アグダシュルーは、好演です。子供を失った時の慟哭の凄い演技や、夫婦の静かな会話の情感など素晴らしいですし、加えて、ショーレ・アグダシュルーのまさに高貴とも言えるふるまいは、さすがと思います。それと比べると、ジェニファー・コネリーは普通なのですが、主役とも脇役ともどちらにも徹しきれない感じになってしまったので、ちょっと霞んでしまったという感じです。映画自体がちょっと大時代的であるが、現代の問題を描いているという徹しきれない感があるので、やはり、映画の枠組みを作るという役であったということですかね…。

2018.7.9 HCMC自宅にてDVD鑑賞

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私の好きな100本の映画⑯ ちょっと気合の日本映画

私の好きな100本の映画第16回

今回は、ちょっと気合が入っているような、力こぶの日本映画5本です。と言っても、筋骨隆々とか、超スペクタクルとかに限らず、まぁ、なんとかいうか色んな意味で気合の入った映画ということで…(意味不明?)。ある意味、大作感を感じさせると言いますか、立派だなぁと思わせると言いますか、あるいは資金をふんだんにつぎ込んだと言いますか、そんな感じの映画です。こうなるとそろそろネタが限界に来ている感もあります(笑)。



76.劔岳 点の記
  2008年 日本 監督:木村大作 出演:浅野忠信 香川照之

登山愛好家であった私としては、劔岳はある意味聖地のようなものなのです。といっても、一般ルートを歩いて登るハイカーではあるのですが…。新田次郎の原作も、劔岳の情景を思い出しながら読みました。登山黎明期のいろいろな手法が書かれていて、当時はまさに大冒険だったんだなぁと思った次第。そんな初期のアルプス登山の様子が丁寧に描かれていて、これは、私にとって手放しで見て楽しい作品でした。今となってはいろいろと山に対する手法や考え方も違っていますが、一つのドキュメントとしてよく作ってくれたと思います。



77.シン・ゴジラ
  2016年 日本 監督:庵野秀明 出演:長谷川博己 竹野内豊

幼少の頃から何度も見てきたゴジラ。ハリウッドSF映画の華々しき時代の沢口靖子ゴジラと比べると、飛躍的にスケールが大きくなった感があります。やっと、初期の衝撃的ゴジラ感が帰ってきたなと…。強さや、破壊の見事さに感動しました。これこそゴジラだなという感じでした。中途半端な見世物に終始しない、押しの強い作品で、マッドマックスでも見たような感じでした。丸の内あたりで棒立ちになってしまったゴジラですが、今後どういった展開を見せてくれるのでしょうか。次回に向けて随分とハードルが上がったかな??



78.復活の日
  1980年 日本 監督:深作欣二 出演:草刈正雄 多岐川裕美

当時、テレビコマーシャルで草刈正雄が荒野を行くシーンを何度となく見ましたが、お恥ずかしながらこの映画を見たのは最近です。金のかけようが半端ない映画です。今や忘れられた感がある小松左京のこの映画、よくぞここまでという感じでした。第二次石油ショックを克服する頃からバブルに向けて、相対的にも世界経済を牽引するような時代を迎える頃というような時代背景だったと今思えば懐かしい限りです。娯楽超大作という言葉がぴったりの、ある意味圧倒されるようなモンスターであると言えると思います。 今や、世界的なパワーの構図も随分と変わり、大きいことはいいことという風潮はすっかり無くなって、小松左京も相変わらず過去の人なのですが、この映画を見るにつけ、当時のパワーが懐かしく思われました。

復活の日



79.蒲田行進曲
  1982年 日本 監督:深作欣二 出演:松坂慶子 平田満

お恥ずかしながら、これも同時代では見ていません。で今見ると、懐かしいことが沢山!蟹江敬三懐かしい、風間杜夫が若い、スチュワーデス物語って同時期だろ…と。話の展開はかなり強引ですが、それ以上に魅せてくれます。実質、平田満が主役で、松坂慶子も風間杜夫も、しっかり脇を固めているような感じでした。また、それが映画愛にあふれてとてもいい。松坂慶子の目を覚ますシーンが美しかった。なんで、こういう時にお化粧をしているのだろうとも思うのですが、映画でアップで映すわけですから、やはりこうでないとネ。



80.地獄門
  1953年 日本 監督:衣笠貞之助 出演:長谷川一夫 京マチ子

イーストマン・カラーによる大映第一回総天然色映画。色が豪華絢爛です。おまけに、カンヌ国際映画祭パルムドール受賞なのです。この物語は、平治の乱の頃の、袈裟と盛遠の物語が題材で、菊池寛の戯曲「袈裟の良人」が原作となります。オペラや古典劇を見るようなものですね。なんといっても、色の饗宴が見事。平安時代はこんなにカラフルな時代だったのですかね?今ではあまり見られなくなった日本の伝統を思い出させてくれて、この文化と伝統は、受け継がれ、誇りに思うべきものだと思いました。

このブログの中に記事があります
「地獄門」 絢爛たる平安文化と力強い映像美



さて、私の好きな100本の映画。あと20本となりました。ラストスパートと行きたいところですが、正直まだ100まで選べている訳ではありませんが、もう少し数を伸ばすことができますので、続けていきたいと覆います。5回の5本は、思いっきり気合の入った日本映画というちょっと訳の分からないテーマになりましたが、5作毎のテーマを設定するのはも難しくなりつつあります。次回は第17回になります。気長にお待ちください。(誰も待ってなんかいないと思いますが…)

テーマ : お気に入り映画
ジャンル : 映画

「団地妻 昼下りの情事」 若き日の白川和子をHD画像で拝見

休日の午後、何かあるかなとITuneを探っていましたが、そういえば日活ロマンポルノの有名作品がITuneにあったことを思い出しました。いろいろ検索してみて、今日は「団地妻 昼下がりの情事」を鑑賞。記念すべき日活ロマンポルノの第1回作品なのですが、今までずっと見逃していました。白川和子さんにそれほど惹かれていなかったというのが理由なのですが…。ということで白川和子さんの演技の鑑賞ということで、いってみましょう。西村昭五郎監督、1971年の日活作品です。

あらすじ
団地に暮らす主婦律子(白川和子)は、日々の生活に欲求不満を募らせていた。高校時代の同級生片桐(関戸純方)との一夜の浮気を、団地に住む陽子(南条マキ)に見られてしまった律子は、脅された挙句に売春組織に引きこまれてしまう。欲求不満解消と金銭収入から、すっかりハマってしまった律子だったが、ふとしたことから夫(浜口竜哉)の知るところとなrってしまう…。



仕事に忙しい夫は夜も淡白という中で、欲求不満の生活を送る律子の元に、高校時代の同級生の片桐から、誘いの電話がかかってきました。そして久しぶりの再会で、すっかり酔っぱらった律子は、誘われるがままにホテル街へと入っていきましたが、その様子は団地の隣人の陽子に見られていて、しっかりその様子をカメラに収められていたのでした。そして、陽子はこれをネタに売春組織へと律子を誘います。陽子は売春の斡旋をしていて、律子の隣人の和美(美田陽子)もその組織で日々売春をして稼いでいたのでした。

陽子は、最初こそビクビクしていましたが、そのうちすっかり慣れてしまい、収入も得て身に着けるものも派手になっていきます。一方、夫の良平は営業成績が振るわず、部長からダメ出しをされている状況で、起死回生の大きな取引を固めるために、顧客に女を抱かせることにしました。そして、その客をとったのは組織から派遣された律子で、代金の清算をしようと現れた良平は、律子と鉢合わせることになってしまいました…

団地妻 昼下りの情事

日活ロマンポルノの記念すべき第一作は、ストーリーは単純です。改めて日活ロマンポルノの「きまり」を書いておきますと、だいたい、総尺70分前後、10分に1回の濡れ場、モザイク・ボカシは入らないように対応、などなどということで、フォーマットされクリアすれば、後は作家の表現の自由を尊重した、自由度の高い映画作品を作って良しという事でした。そういう訳で、日活の撮影資源も自由に利用でき、若手作家の実践の場となっていました。そのような中で生まれた第一作は、ピンク映画からスカウトされた白川和子(当時24歳)、監督は長らく日活で活動していたが、ヒット作に恵まれなかった西村昭五郎でした。西村はこれを期にロマンポルノを量産し、監督として日活ロマンポルノ最多作品数を記録します。

さて、この映画の感想ですが、ストーリー的にはよくある話で、しかし淀みなくしっかりとまとまっていて、好感が持てるものでした。なにより、今日のITuneレンタルはHD画像で、この時代の映画にしてはやたら画像が綺麗です。現在の技術にj感謝です。白川和子の演技は申し分なく立派なもので、後々一般映画やテレビドラマでも長く活躍されたことも頷けるものでした。私はどちらかというと、宮下順子派なのですが…(^^;

夫役は、お決まりの浜口竜哉ですが、この人いったい何本出演しているのでしょうねぇ。本当によく見ます。ロマンポルノのもう一つの顔ですね。そして、10分に1回の濡れ場はすべて白川和子という訳ではないので、そこは南条マキと美田陽子という事になるのですが、もちろん白川和子が彼女たちの上に君臨する訳です。ロマンポルノの主役は女王様なのでした。

このブログで、日活ロマンポルノを書くのは初めてです。ということは、相当長い間見なかったということですね。意外です。(リブートプロジェクトは書きましたが…)膨大な昭和の遺産ですので、まだ見てない作品は当然星の数ほどある訳ですから、また見ていきたいと思いました。今回は、第一作をやっと見られたということと、HD画像で見る若き白川和子に感動ということでした。おしまい。

【リスト】 ① 裸のエロスを見る作品

2018.7.8 HCMC自宅にて ITune レンタルでパソコン鑑賞

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「コンプライアンス 服従の心理」 実話の電話詐欺事件を映画化

休日の1本は、GYAO!の無料動画から。なにやら怪しげなストーリーとR15ということで、ちょっと変な期待をしつつ見始めました。よく知らなかったので、たぶんB級低予算の日本未公開映画と思っていたのですが、全世界で公開され、日本でもしっかり公開されていました。2012年アメリカ製作の映画です。

あらすじ
とあるファーストフード店。トラブル続きの金曜日に、店長のサンドラ(アン・ダウド)は、いらいらもつのっていた。そこへ警察官を名乗るダニエルズ(パット・ヒーリー)という男から1本の電話が入り、サンドラに、女性店員ベッキー(ドリーマ・ウォーカー)に窃盗の疑いがかかっていると告げ、彼女の身体検査を命じる。その指示に忠実に従うサンドラだったが、その後数時間に渡って指示はエスカレートしていく…。



冒頭から何やら不穏な雰囲気で始まります。忙しい金曜日の上に、前日の冷蔵庫の閉め忘れで材料不足、おまけに本社の査察が入る日とあって、ファーストフード店の店長は気が気ではありませんでした。しかし、そこは職務ということで仕事をこなす彼女の元に、一本の電話が入ります。

警察官を名乗るダニエルズという男から、店の若い娘が客の金を盗んだという被害届が入っている。すぐに急行できないから、取り調べに協力してくれとのこと。彼女はベッキーを呼び出し、男の言うがままに、ベッキーの服を脱がせ身体検査に及びました。男は、しばらくいけないから全裸にエプロン姿となったベッキーを監視しておいてくれとサンドラに頼み、忙しくて監視者を避けないサンドラは婚約者のヴァン(ビル・キャンプ)を呼んで監視させることにしました。

監視者が男性に変わると、男の要請はエスカレート、さらなる身体検査や性的虐待の要求に及びます。そして、それに従うヴァンでしたが、仕事の節目に現れる婚約者のサンドラに顔を合わせられずその場を去ってしまいます。少しずつ事の異常さに気づき始めたサンドラは、警察や上司に確認してみたところ、そういった事件は起こっていないとのこと、そして電話は切れていました。

そのあと、後日談と続きます。

コンプライアンス 服従の心理

いやまあ、そんなに簡単に騙されるものかよ!と突っ込みたくなるような話ですが、これは実話のようで、アメリカで約10年間の間に連続して起こっていた有名な事件の様です。この映画のもととなった舞台は、ケンタッキー州のマクドナルド。事件の詳細は、ウィキペディアに仔細に出ています。(ストリップサーチいたずら電話詐欺)そうして見ると、人間は公権力に弱く、警察だと言われてしまえば信じ込んでしまうということでしょう。日本でも相変わらず振り込め詐欺が無くならない訳で、そういうものかと妙に納得してしまいます。騙されて客の前で服を脱いでしまった店長もいるらしいです…。

映画としてみると、正直楽しくありません。舞台はほぼファーストフード店の事務所から出ず、会話は電話がメイン。興味は思わず犯人と同調してしまって、どういう乱れた行ないがなされるものか?と、ついついそっちにいってしまいますが、それはそれで激しいものではありません。あまりにもシリアスでありリアルでありながら、それぞれの登場人物の心の動きが今一つ伝わってこないので、普通の事件を傍観者的に見ているようになってしまいます。密室なら密室でもっと露骨な心理描写があってもいいのではと思いました。ちょっと迫力に欠けます。まぁ、現実はこんな感じなのでしょうが…

この作品、いろいろな映画祭で、アン・ダウドの助演女優賞や、作品賞など、結構ノミネートされたり、受賞したりしているようですが、そこまでですか?というのが正直な感想でした。詐欺の内容が、外野から見るとあまりにもチープに見えるので、そう思えてしまうのでしょうか。犯人の目的もはっきりしない、ただの愉快犯のようですし、話の内容や、映画自体や、いろいろと相乗効果で正直微妙…と思えてしまいました。

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「女囚701号 さそり」 外連味の無い痛快さを楽しむ

Gyao!に。「女囚さそりシリーズ」が6作アップされていたので、是非この機会に見てみたいと思いました。リメイクやら翻案やら、いろいろと後世にも影響を残したこのシリーズですが、私は公開当時はまだ小学生故、とても見る環境ではありませんでした。そして今見てみると、ああ、この懐かしい感じ…。ということです。1972年の映画で、監督は伊藤俊也です。

あらすじ
女子刑務所を脱走したナミ(梶芽衣子)とユキ(渡辺やよい)は、郷田所長(渡辺文雄)らの追跡で失敗に終る。再び捕らわれた二人は、所内で虐待の限りを尽くされるが、ナミには自分をもてあそんだ杉見刑事(夏八木勲)に、いつか復讐をするという大きな目的を果たすまでと、じっと耐え忍ぶ。刑務所内の虐待は、連続して起こるトラブルから日に日に増していき、ついに女囚たちは待遇改善を求めて立ち上がる…。



タイトルバックに流れる「怨み節」。いいですねぇ、昭和の歌謡曲を思わせる場末のスナックが似合う曲です。そしてそのまま刑務所のシーンへ。所内に異常を知らせるサイレンが鳴り響きます。逃げたのは、松島ナミとその友人のユキ。助け合って逃げる二人はすぐに捕まりますが、ナミが入所したのには訳がありました。

ナミは3年前、恋人の杉見刑事の出世に利用され、杉見刑事と手を組んでいた暴力団組員たちにレイプされてしまいます。そしてナミは自分を利用して裏切った杉見を警察署の前で襲撃し、そのまま警官に取り押さえられたのでした。

さて、看守につかまってしまったナミは、刑務所で酷い虐待にあいます。杉見への復讐を胸に抱いたナミは、班長グループからのイジメや、看守からのリンチに耐え抜き、ようやく雑居房に戻りました。そこでも、復讐に燃えるナミでしたが、欲望と暴力の渦巻く監獄の中で、仲間のユキと味方の梨恵(扇ひろ子)にも支えられ、敵対勢力からの攻撃をやり過ごしていました。

その頃ナミの脱走未遂の話を聞いた杉見は、復讐のつもりではと、身の危険を感じ、囚人の片桐(横山リエ)を利用してナミを消すことを画策します。トラブルの懲罰の強制労働が続く中、杉見は密かに現れ、片桐にナミの暗殺を指示、その様子を見ていた梨恵は、ナミに忠告します。そして、強制労働による女囚たちの不満が爆発して暴動に発展。その混乱の中、ユキは暗殺をたくらむ片桐の凶弾からナミを守って斃されてしまいました。

その後、女囚たちは倉庫に立てこもり抵抗を続ける中、またしても片桐の行動に危機にさらされるナミでしたが、梨恵の機転に助けられ、ナミは困難の中で脱走に成功、恨みを持つ男たちに一人一人に復讐していくのでした…。

女囚701号 さそり

いやま~、何もかも激しい映画ですね。そもそも女子刑務所の看守がスケベ面のおやじばかりというのもどうかしてますし、全裸で運動をさせていたりと、観客サービス満点なのですが、ちょっとこの辺りはリアルでありません。題材を元に、思い切りナンセンスなエログロに傾斜したような映画でありますが、ある意味、外連味の無い爽快感があって、ラストまでみてかなりすっきりするのでした。女囚もある程度は銃弾にさらされ斃されるので、この辺りはマカロニウエスタン的な非情さも兼ね備えております。なかなかやってくれました。

最後の復讐の場面、梶芽衣子がなかなかかっこよく撮られています。仇敵梅津(伊達三郎)の電話をかけている背後から、シルエットで登場したりとか、いろいろ素晴らしい。この映画全体的に、アングルや色遣いなどなかなか凝っていて、観ていてもかなり面白いものになっていると思います。梶芽衣子自身は、すらっとした美人でありますが、角度によってはいろんなタイプの女に見えるところもあり、ちょっとおもしろい女優さんだなと思いました。この役をやる条件として、自ら提案したと事ですが、彼女のセリフはほとんどなく、目力で勝負という感じです。

その他面白かったのは、怒り狂った政木(三原葉子)のメイクとか…これは、笑えます。片桐の横山リエは、話すとあまり迫力を感じなかったので、こちらもしゃべらない方が良かったのではという感じでした。鬼頭(片山由美子)のエピソードも、普通にエロくて面白い。今ではセクハラですが、そういうことを超越した映画なのでした。

【リスト】 ① 裸のエロスを見る作品

2018.7.6 HCMC自宅にて パソコン鑑賞

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プロフィール

torrent13

Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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