FC2ブログ

「プロメテウス」 後から見たプロメテウスの圧倒的な映像

今回は、帰国中ということで、以前買っておいた「プロメテウス」のBDを見ていました。帰国中と言っても、雑事に追われて映画館に行く時間が取れそうもないので、せめてものBD鑑賞です。リドリー・スコット監督の2012年の映画です。

あらすじ
各地の古代遺跡の壁画から、共通するサインが見つかる。時代も場所も異なるこれらのサインを、考古学者のエリザベス(ノオミ・ラパス)は人類を創造した生命体からの招待状ではないかと分析する。謎を解くため、エリザベスや恋人ホロウェイ(ローガン・マーシャル=グリーン)、監督官ヴィッカーズ(シャーリーズ・セロン)、アンドロイドのデヴィッド(マイケル・ファスベンダー)ら17名は巨大企業ウェイランド・コーポレーションの手によるプロメテウス号に乗り込み、2093年目的の惑星にたどり着いた。そこには、明らかに人の手により造られた遺跡があり、その奥へと足を踏み入れるが、そこでは異常な出来事が次々と起こり、脅威となって襲いかかる…。



冒頭はある惑星の滝で、エンジニアが落下する映像。そして、スコットランドの島で見つかった壁画から、エリザベスは知的生命体の影を確信します。そして、宇宙船プロメテウス号の中で、ひとり彷徨うアンドロイドのデヴィッド。やがて目標の惑星に到着し、彼らは、知的生命体の手になると思われる構造物を発見。その近くに着陸し、その構造物の中に侵入しました。

構造物の中は、呼吸できる無害な空気に満たされていて、彼らはヘルメットを外して行動します。奥に進んでいくと、首から上が切断された、知的生命体のものと思われる死体を発見。アンドロイドの解読によってドアを開けて部屋に侵入すると、首はその向こうにありました。しかし、死体を見た地質学者と生物学者はその場を離れたがリ、先に二人で帰ると離脱。残ったメンバーで、不思議な筒の並んだ部屋を探りますが、巨大砂嵐来襲との連絡に、首だけ持って急いで撤退します。首を調査したエリザベスたちは、そのDNAがなんと人類と同じであることを発見しました。

一方、先に帰ったはずの2人は道に迷い、構造物の中に取り残されていました。彼らは、宇宙船と交信しながら朝を待ちますが、その中で奇妙な生物に襲われてしまいます。一方、エリザベスとホロウェイは二人で一夜を過ごした後、ホロウェイは自分の目に小さい奇妙な生物がいることを発見します。そして、メンバーは再び構造物の中に残された二人を探しに行きますが、一人の奇妙な死体を発見、そしてホロウェイが発病し自決、エリザベスは接触があったことから隔離されました。そしてデヴィッドに妊娠3ヶ月の状態で、奇妙な生物が体内にいることを告げられてしまいます。

エリザベスは、自ら治療機械で体内の奇妙な生物を取り出し、苦痛に耐えながら船内と彷徨っていると、隠された船内の部屋の中で、密談が行われていることを発見しました。そして、そこには独自で調べた内容を報告しているデヴィッドの姿がありました。その相手とは…。

プロメテウス

迫力のある圧倒的な映像です。そして、冒頭の世界の美しさで魅了され、これは凄い映画だなという予感をスタートから持たせる映像でした。さすが、リドリー・スコットです。宇宙船の内部や、先端技術も素晴らしいし、こういった映像や小道具は文句なしです。これで、SF映画の醍醐味はほぼ達成されたと言えるでしょう。

一方で、隊員の危険予知不足はやはり目立ちます。二人だけで別行動して見たり、不用意にヘルメットを外したりというのは、高度な規律のとれた隊ではありえないでしょう。これは、コヴェナントでも目につきました。このシリーズの特徴ですかね。いくぶん、コヴェナントよりはマシな気がしますが…。

ストーリーの中でも語られていましたが、ノオミ・ラパスの生存能力がすごい。このシリーズには超人的な女性が出てきますね。シガニー・ウィーバーしかりです。そして、コヴェナントの話と繋げつつ、やはりこちらを先に見るべきだったかな?と改めて感じた次第。黄金時代のSFの雰囲気で、画像をは現在の技術を駆使し、壮大に仕上げた物語ですから、やはり順を追いたいものです。

ラストの方になると、それはどうかな?と思うような場面もないではなく、一本の通信連絡だけで体当たりを決行するとか、横に逃げればいいのに、ずっとまっすぐ走るの?とかあるのですが、まぁそれは、そうだったのでしょう。そういう所が見られるのもこのシリーズの特徴かも?あとは、感想としては、デヴィッドに関する謎はさすがアンドロイドものがお得意の、リドリー・スコットらしい設定。これがコヴェナントへと続いていきます。シャーリーズ・セロンが冷たかったり、可愛かったりするところも見どころ。タイミングによってちょっと印象が変わっています。劇中でも語られていましたが、エンジニアのいろいろな行動の理由が謎?そして、これが本編のポイントなのでしょうか。これを見たうえで、改めてコヴェナントを見てみましょう…。
スポンサーサイト



テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「鍵」 ティント・ブラス版谷崎潤一郎をどう見るか?

以前、市川崑監督、京マチ子主演の「鍵」を見たのですが、その時気になっていた、ティント・ブラス監督の鍵を見る機会を得ました。エロスの巨匠と言われるティント・ブラス監督ですが、この物語をどう表現しているかが、なかなか見ものであります。

あらすじ
第二次大戦前夜のヴェニス。美大の老教授ニノ(フランク・フィンレイ)は、美しい肢体の持ち貞淑でつつましい妻テレサ(ステファニア・サンドレッリ)を、エロティシズムの世界へ誘い出そうとする。秘密の日記に書いたみだらな告白を、目に入るように仕向け、それを見たテレサは、娘リサ(バーバラ・クピスティ)の婚約者ラズロ(フランコ・ブランチャローリ)に惹かれるようになる。気づいたリサは、母とラズロを二人きりになるように仕向けると、二人は肉体関係を持つようになったが、嫉妬心から欲情するニノの心臓は耐え切れず、心臓発作により帰らぬ人となった。すっかり目覚めたテレサは残され、イタリアは大戦の波に飲みこまれてゆくのだった。



1940年のニューイヤーパーティーに、ニノとテレサ夫妻、そして娘のリサと婚約者ラズロは参加していました。美しいテレサを中心に踊る二ノやラズロは注目の的でしたが、ニノの趣向はテレサとのみだらな妄想であり、ダンスの時の手の動きで、テレサの不興を買ってしまいます。帰路、トイレに行きたくなったテレサが物陰で用を足すのを監視するうちに、ラズロは欲情してしまいました。

ニノは、テレサをもっとエロチックな女性に変えようと、みだらな日記を書き、その鍵をテレサの目につくところに放置します。それを読んだテレサは拒否反応を起こすものの、心に変化が表れているようでした。ある日4人で食事をしている時に、酒に酔ってテレサは倒れてしまい、介抱するために、ラズロは意識を失っているテレサのお尻に注射をうち、皆が帰った後、残されたニノはテレサの気を失って倒れている姿に欲情して性交しますが、テレサの方はラズロと交わっている夢を見ているのでした。

テレサも同様に日記を書き始め、ニノの目につくところに隠すという形で、双方向のエロティックなやり取りが始まります。ニノはラズロに借りたポラロイドで、テレサの就寝中の写真をとったり、テレサのヌード写真の現像をラズロに頼んだりと、自らにラズロに対する嫉妬心を湧き立たせるような行動をとり、それで欲情します。この写真はリサの知るところとなり、母を見限りますが、結局は母とラズロが二人で会う機会を次々とセット。必然的にラズロとテレサは深い関係になってしまいました。

そういった、他者との性交と嫉妬を絡め、欲情しあうニノとテレサですが、ニノの体は老いており、医者からも激しい運動は止められています。ある日テレサは、ラズロがテレサの下着を着て行ったプレイから帰った後、ニノにテレサのパンティ、ガーターそしてブラまで付けさせ燃え上がりますが、その時ニノの心臓が耐え切れず発作を起こすこととなりました。その後、ニノは回復することなく亡くなり、ニノの棺には二人の日記が収められていました。そしてすっかりエロティックになったテレサは、イタリアの大戦参戦の演説が聞こえる物々しい雰囲気の中で、ニノの葬列に参加し、その中でもエロチックな妄想を繰り返すのでした。

鍵(1984)

エロスの巨匠ティント・ブラス監督の作品は、カリギュラしか見たことがありません。あとはちょっとパブリカをつまみ食いしたぐらい。想像の中では、豪勢な裸を見せる洋物ポルノというイメージがあったのですが、これは意外とまったりとしたドラマに近い物でした。内容も以前見た市川崑監督のものと、露出度は別として、そんなに大きな違いは無く、筋を思い出しながら追っていけます。ただし、映像は他の作品と同様B級ポルノ感が漂い、モリコーネの音楽もウエスタンで見る彼の音楽とは別物。古典的なクラシックのような音楽がついていました。

そんな感じで、原作に忠実ですので、谷崎潤一郎の世界が国を超えて、情熱のイタリアでも表現されています。彼の地では、日本のようなじめじめした表現にはならないだろうと思っていましたが、そこはある意味、心のヒダヒダがストレートな表現になっていて、イタリアらしくはありますが、テーマはやはり谷崎潤一郎のものだという事が確認できました。あとは、まぁ生き生きとしたメリハリの利いた表現とか、そういう物からは遠いので、ダラダラと話が続いていく感はありますが、最後までちゃんと見られたので、良しとします。

谷崎潤一郎の鍵は、他にも神代、木俣、池田と三人の監督さんが挑戦されています。それぞれ特徴があって面白いのではないかと思いますので、一度は見てみたいと思います。ティント・ブラス監督のこの映画では、主演のステファニア・サンドレッリは勿論美しいのですが、ニノ役のフランク・フィンレイがなかなかの怪演だと思いました。興味深げに昏睡状態のテレサの肢体を眺めたりと、なかなか気持ちのこもった演技だったと思います。そして、エロスという分は差し引いても、ちょっとこういうマニアックな映画を見るのは、好事家として楽しい物なのでした。 

【リスト】 ① 裸のエロスを見る作品

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「赤い天使」 日本軍の戦争の日常、野戦病院、従軍慰安婦

GYAO!配信の「おとなの大映祭」もいよいよ最後となりました。今回は、若尾文子主演、増村保造監督による「赤い天使」です。1966年の映画で、白黒作品。これは当然期待しての鑑賞です。

あらすじ
西さくら(若尾文子)は従軍看護婦として天津の陸軍病院に赴任した。しかし、間もなく夜間巡回中に数人の患者に犯されてしまう。そして、二カ月後、深県分院に転属となった彼女は、軍医岡部(芦田伸介)の指揮の下で、次々とトラックで運ばれてくる傷病兵の対応に追われるようになる。精神をすりへらす仕事に、岡部軍医はモルヒネを常用するようになっていた。天津に戻ったさくらは両手を切断した、折原一等兵(川津祐介)に会う。折原のために、さくらはホテルの一室で全裸になりるが、翌日折原は遂げる。そして再び深県分院に戻ったさくらは、岡部とともに前線にいくことになるが…。



陸軍病院に勤務する、西さくらは従軍看護婦として天津に赴任しました。婦長(赤木蘭子)から訓示を受け、さっそく勤務に就きますが、巡回中に坂本一等兵(千波丈太郎)に犯されてしまいます。それを婦長に報告すると、坂本はすぐに前線行きとなってしまいました。二カ月後、深県分院に転属となった西は、戦闘があるたびに何台ものトラックで運ばれてくる傷病兵の対応で三日三晩の徹夜となります。傷病兵の中には坂本も交じっていました。軍医の岡部が助からないと見捨てましたが、西は自分が殺したも同じことになると、岡部に手当てをするよう懇願します。しかし、そのかいもなく坂本は息を引き取りました。

その夜、西は岡部の部屋に赴き、一夜を明かしますが、岡部は助かる病人も助けられない医師としての良心の呵責に、モルヒネを常用するようになっていたことを知りました。再び天津に戻ったさくらは、岡部が両手を切断したおかげで命が助かったという折原一等兵に会い、手が無いことから不自由していた折原のために、性的介護を行います。そして、外に連れ出し、ホテルの一室で折原とひと時を過ごしますが、翌日先行きを悲観した折原は投身自殺を遂げてしまいました。再び深県分院に戻ったさくらは、岡部と出会うと、前線に応急看護班を編成して行くこととなった彼に同行を懇願します。しかし、トラックは目的地の中隊に行きつかず、営林鎮で敵に包囲され身動きの取れなくなっている部隊に留まることとなりました。

極度に衛生状態の悪い部落では、中国軍の策略におち、慰安婦を発端としてコレラが蔓延。これが次々と兵士にも伝染し、次々と倒れていくことになります。そしてある夜、翌日には中隊の応援が来るという日、狼煙があがり、敵の総攻撃が予測されていました。兵士たち全員が守備に就く中で、岡部と西は、二人きりで部屋に閉じこもり、この世の別れと認識しながら、西は岡部にモルヒネを与えず、禁断症状で暴れる岡部を押さえつけ、岡部が正気に戻った時に男性機能が回復し、二人は激しい抱擁をくり返しました。しかし、間もなく、中国軍の攻撃が始まり、舞台は全滅。援軍が到着した時には、西がただ一人茫然と残っていました。

赤い天使

感想ですが、これは激しい映画でした。そして、感服しました。何がというと、まず野戦病院のシーンが凄まじいです。鋸でで容赦なく手足を切断する岡部医師。まるで材木を切断すよう。ギコギコギコギコ。切断した手足は、無造作にバケツに入れられている。最後に床の血をデッキブラシで流す。白黒で良かった…。というシーンが続きます。そして、コレラに侵された慰安婦の様子もなかなか真に迫っています。戦場の病院で起こる日常的なことが、ストレートに表現されていると言えます。

戦火の中、守備の為兵士が一晩中守りについている緊張感の中での、岡部と西の部屋。ここだけ、こんな世界でいいのでしょうか?という展開ですが、どういったシチュエーションであれ、愛は芽生え激しく燃える。明日が無い状況だからこそとも言えるのでしょうか。この外と中とのギャップが多い中で、これを良しとすれば、かなりの緊張感です。戦闘が始まるよりも、誰か部屋に入ってこないかというのが、むしろヒヤヒヤします。ラストシーンの喪失感も、なかなか良かったのではないかと思います。

やはり、この映画の制作は今の日本では難しいでしょう。戦場を実体験した人がいなくなりました。66年は戦後20年。まだまだ戦争の記憶が残っていた時代。戦争反対といいながらも、一方では人々の口からは軍歌など自然に懐かしげに出ていた時代です。今では、かつてあれほど使われていた、戦後何年という表現もあまり聞かれなくなりました。現在のでも、野火など戦争映画の秀作は時折ありますが、戦争のある部分を意思によって表現しようとしたスタイル。この映画のように、いろんなことが日常のように自然に描かれて、納得しているようなものは、難しいのではないでしょうか。従軍慰安婦など出てきますが、今ホットな話題なので嫌でも注目してしまいます。このような小さな所帯にも3人配置されていたのだなということですね。

おとなの大映祭の無料配信はこれで終了です。50年代から70年代にかけての、いろいろな作品を見させていただきました。当時の世相をしのぶ意味でも、なかなか良かったと思います。もちろん今回配信されなかった作品は、数限りなくありますので、今回の10作品を思い出しつつ、またいろいろと見ていきたいと思います。

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

私の好きな100本の映画⑭ 珠玉のフランス映画??

私の好きな100本の映画第14回

今回はフランス映画にしました。今までいろいろな国の映画を紹介してきたのですが、フランス映画でまとめるのは、ここにきて初めてで、遅きに失した感があるのですが、なんとなくフランス映画はこうなんだというイメージが自分の中に無いからかもしれません。なんとなくです。雰囲気はあるのですが、自分にとって言葉に表しづらいというか…。そんな5本です。



66.太陽がいっぱい (Plein Soleil)
  1960年 フランス 監督:ルネ・クレマン 出演:アラン・ドロン マリー・ラフォレ

押しも押されぬこの名画を観たのは、中高生の頃で、たぶんテレビの〇曜ロードショーだったと思います。面白くて、ラストが衝撃的で、大変印象に残っています。数あるラストシーンの中でも屈指の名シーンですね。そして、ニノ・ロータの音楽も有名になっています。大変すばらしい音楽です。カラー映像も奇麗で海の青さが印象的な明るいイメージですが、物語はそれほど明るくないですね。ちょっと崩れたイメージさえつきまといます。アラン・ドロン主演で、青い海とヨットといえば、なんだかハリウッド映画のようなイメージすら持ってしまうのですが、実はちょっと違う。今思うと、そのあたりがフランス映画なのかな?



67.タイピスト! (Populaire)
  2012年 フランス 監督:レジス・ロワンサル 出演:ロマン・デュリス デボラ・フランソワ

一目見てほれぼれとするような、おしゃれな映画というのがイメージです。主演のデボラ・フランソワさんが美しいのは勿論ですが、でてくるタイピストさんたちが、みんな華やかな服装を着ていますし、タイプライター自体がなかなか洒落ています。ストーリーは、スポコン的物語の王道とも言ってもいいと思います。お洒落ななかにも、激闘のある面白い展開です。この感じがフランス映画なんですかね?日頃パソコンに向かいつつ、ミスタッチにイライラしている毎日ですが、あんなに正確に打てたらいいなぁと、この文章を書きながら思っています。

このブログ内に記事があります。
「タイピスト!」 おしゃれで美しい映画。極上の一品



68.小さな泥棒 (La Petite Voleuse)
  1988年 フランス 監督:クロード・ミレール 出演:シャルロット・ゲンズブール ディディエ・ブザス

これも、一目見て気に入った映画。タイピスト!と気に入り方が似ています。これは、やはりシャルロット・ゲンズブールです。この映画を見て、彼女のファンになってしまいました。可愛い悪魔という感じですが、たぶん自分が30代くらいの頃に初めてみて、それ以来彼女の出ている映画が手近にあると見てしまいます。ニンフォマニアックはまだだけど、いずれね…。出演作も相当多いので、一部しか見ていないということになります。それだけに、彼女の出る映画を見るのは、まだまだ楽しみが続きます。映画の内容と言えば、お洒落だけど、誰もハッピーではない。これも太陽がいっぱいと同じで、フランス映画の特徴ですかね?

小さな泥棒



69.ライフ・イズ・ミラクル (La Vie est Un Miracle!)
  2004年 フランス 監督:エミール・クストリッツァ 出演:スラヴコ・スティマッチ ナターシャ・ソラック

DVDをずいぶん昔に買って、10年越しに見た映画。戦争を題材にした、厳しめのドラマだと思っていました。確かに、そういう部分も多いのですが、でも一番は小屋の中でのラブシーンや、草原で転げまわる恋人。悲惨な戦争の中での美しい恋愛シーンというのが、この映画の特徴でした。そもそもちょっとコミカルでもありました。フランス制作ではありますが、セルビア、モンテネグロ合作で、むしろそっちの内容ですね。でも、話の中心に、鮮やかなラブシーンを持ってくるあたり、やはりフランス映画かなと思います。期待していた映画とは違って、むしろ楽しかったという映画でした。

このブログ内に記事があります。
「ライフ・イズ・ミラクル」 戦時下の美しいラブロマンス



70.ボン・ボヤージュ 家族旅行は大暴走 (À Fond)
  2016年 フランス 監督:ニコラ・ブナム 出演:ジョゼ・ガルシア アンドレ・デュソリエ

単純に面白かったですね。外連味の無いコメディでした。ただただ起こることに身を任せ、楽しもうという映画。徹底してます。車の壊れ方も面白い。ある意味文明批判ですかね。そんな緊急事態に車内で勃発する男女の諍い。このあたりもこの映画の見どころでした。この映画は、こういったおバカなコメディにありがちな、人為的なやりすぎ感がなく、ストーリー展開の破たんも無く、伏線も回収され、しっかりした作品に仕上がっていると思います。という訳で、非常に上質なコメディとして、長く記憶に残しておきたいと思っています。

このブログ内に記事があります。
「ボン・ボヤージュ 家族旅行は大暴走」 文字通りのノンストップコメディ



さて、私の好きな100本の映画。第14回の5本は、フランス映画から選んでみました。私にとってあまり印象のはっきりしない、フランス映画という分野ですが、どうやら「一目ぼれする」、「お洒落である」、「内容は一癖ある」そして加えて最近見た映画が多いことから、意外と長くインパクトが残らないのでは?といった感じがしました。自分的には数は結構見ているつもりなんですがね。イタリア映画のようなアクの強さよりは、幾分あっさりしているような気がします。さて、次回は第15回。ついに75%到達です。

テーマ : お気に入り映画
ジャンル : 映画

「怪談 蛇女」 怪談としての映像はいいのですが感情移入できず

ちょっと時間があったので、「怪談蛇女」を見てみました。1968年の映画で、東映製作。怪談物の巨匠中川信夫監督によるものです。東映と言えば、娯楽度が高い作品のイメージですが、どんな感じでしょうか?

あらすじ
明治初期、北陸の海外沿いの村に住む弥肋(西村晃)は、地主の大沼長兵衛(河津清三郎)へ畑を引き続き耕作させて欲しいと陳情中、馬車の事故で死亡。そして、弥助の家は取り壊され、妻のすえ(月丘千秋)、娘のあさ(桑原幸子)は長兵衛の家で働くことになる。あさを愛し将来を誓った捨松(村井国夫)も、なす術はなく、息子の武雄(山城新伍)があさを手籠めにしてしまう。ある日、大沼家の庭に現われた一匹の蛇を使用人たちの手から助けようとしたすえは、長兵衛に鞭打され、それがもとで死んでしまい、あさも、絶望して自害。この頃から、大沼一家は弥助一家の亡霊に悩まされるようになった…。



まずは、ナレーションで状況説明から始まります。明治の初め、北陸の海と絶壁に囲まれた村。耕作地も少なく、漁港も作れない中で、わずかな田畑にしがみつくように生活している彼らの上に、地主の大沼家が君臨しているという状況です。その中で、小作人弥肋は、多額の借金を抱え、大沼長兵衛から土地の没収を宣言されていましたが、弥助は長兵衛の馬車に縋り付き、土をかじってでも借金を返すから、土地を取り上げないでくれと懇願。しかし、弥助は馬車に撥ねられ死亡、妻と娘が残されました。程なく、彼らの家は取り壊され、二人は長兵衛の家で働くことになり、あさと将来を誓った捨松は、あさが奉公に出るにあたり、将来は何としても一緒になると誓います。

長兵衛や息子の武雄は、しきりにすえとあさを手籠めにしようとします。そんな中すえは、庭に現われた一匹の蛇を助けようとしますが、彼女はあさの為に炊事場から卵を盗んだりしたこともあり鞭打たれ、それが元で死んでしまいました。またあさも、武雄に犯されてしまい、これを知った捨松から、なぜ死んでも抵抗しなかったのかと詰め寄られ、悲惨な一家の運命に絶望して自害して果てました。そして怒り狂った捨松は、武雄の婚礼の席に殴り込みをかけ、追われて死んでしまいます。

長兵衛は、弥助が死んだ時から、弥助の亡霊を見始めていました。そして、一家が死んでいくたびに、長兵衛と武雄にもとに、亡くなった家族の亡霊が現れ、武雄の新婦の皮膚にも蛇のうろこが貼りついたような幻覚をしきりに見るようになります。その頻度も高まり、しきりに悩ますようになると、武雄は発狂して自ら命を絶ち、長兵衛も一家の亡霊に追い詰められ、つかいのものも全員解雇、誤って妻の政江も切り捨ててしまい、最後は蛇に襲われて刀を振り回しながら、自らの刀に果てたのでした。

怪談 蛇女

何というか、見終わっても何か明確な感想が残らない映画でした。蛇がたくさん出てくるのが気持ち悪い、という感じでしょうか。映像は、なかなか良かったと思います。幽霊なども雰囲気が出ていて、いいと思いました。でも、際立った感想は無し、という感じでした。なんで?というと、多分ストーリーが凡庸なのでしょう。弥助が執拗に嘆願して死亡するところから始まって、女性二人が屋敷へ行き、死んでしまうというプロットですが、それだけなのです。

やはり、映画には多少の感情移入というものが大切で、この映画にはそうさせる物が欠けているような気がします。怪談にするために、ストーリーを作っただけという感じで、物語の展開に何か必然性のようなものがことごとく欠けている上に、登場人物の背景や性格描写などを感じさせるものが無いのです。従って、単に怪談を見せられるだけ。これでは怨念もなく、怖くもなくという感じになってしまいました。

この映画で一番印象に残ったのは、西村晃の弥助の執拗な演技だったと思います。幽霊になっても、同じセリフを繰り返す弥助が、そのこと自体、彼の生きてきた境遇や性格を感じさせます。一番中途半端なのは、捨松です。いい役なのハズですが、どう見ても言動が中途半端で、いい男に思えない。その程度の奴という感じがしてしまうのも残念なところです。その為に死んでしまうあさが不憫ですし、その時に自殺をそそのかす母の亡霊もねぇ…。やはりどう見ても人の描き方が中途半端で、映像など細かいところは、とてもよくできているけど、ちょっと残念…という映画でした。

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「残像」 いい映画はいい!と、断言したくなるような映画

出張に、iPadにダウンロードしての機内鑑賞です。日本に帰った時やっていたんですが、見そびれてしまい心残りになっていた映画です。アンジェイ・ワイダ監督最後の作品。社会主義リアリズムが吹き荒れている時代の芸術家の苦悩を忠実に映像化した作品です。

あらすじ
ポーランドがスターリンにより、東側陣営に組み入れられた時代。アヴァンギャルドなスタイルの画家ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキ(ボグスワフ・リンダ)は、社会的リアリズムへの転換を拒否。それによって大学から追放され、美術館からも作品が撤去されてしまう。だが彼は、信奉する学生たちの協力を得ながら、自らの主義を貫こうとするが、政府からの圧力は日に日に増していく…。



野外授業を行う、ストゥシェミンスキ教授。片足を失った教授は傾斜を転がりながら降りてきます。その授業で語られる視覚理論は学生たちに評判でしたが、とりわけハンナ(ゾフィア・ヴィフラチュ)はその理論に大変共感しているようでした。アトリエで絵筆を振るう教授の部屋が、一瞬赤く染まります。それは、教授の部屋の外に、大きな赤いスターリンの垂れ幕が下りたからで、教授は邪魔な垂れ幕を窓から切り裂いてしまいます。それが元で連行された教授は、担当官から社会主義政策の指導に従うよう促しますが、教授は受け入れません。

教授のアトリエには、時々娘のニカ(ブロニスワヴァ・ザマホフスカ)が訪ねてきます。彼女は、病気で入院している母と過ごしながら、時々父の様子を見に来ているようでした。アトリエでは娘が学校の劇の練習をしていましたが、それは為政者を褒め称えるもの。教授は複雑な表情で見ています。ある日、教授の授業中に、文化大臣が訪れ、強引に時間をとって講演し、これからは芸術は政治の為にあるべきと説き、社会主義リアリズムを実践するよう要請します。しかし、教授は逆に文化大臣に向かって、芸術の独立性を説き、政治とは無関係だと反論しました。

その日から、教授への迫害が始まりました。大学は解雇され、芸術家の組合からも追放されてしまいます。信奉する学生たちは、学生の展覧会場を破壊され、教授の理論を残そうと、アトリエに集まって口述筆記をしようとしますが、彼らは連行されてしまい、助けてほしければ教授が主張を変えろと脅迫されます。そして、解雇され生活に困っている教授は、宣伝ポスターなどの制作に職を見つけますが、これも密告によって横やりが入り、組合員でないものは雇用してはいけないと理由から解雇。食事も満足にとれない生活の中で、教授自身の体も蝕まれていきました…。

残像

映像に見入ってしまいました。物語がテンポよく進むとかではありません。とにかく、見入ってしまったのです。なかなか稀有な体験です。ストゥシェミンスキ教授はあくまでも物静かであり、芸術家であり、確固とした信念をもって活動に当たり、学生を指導しています。その姿を刻々と描いていく中で、得も言われぬ緊張感が漂い、目が離せなくなります。教授の生活はじわじわと奪われていき、健康も蝕まれていきます。市井の人々は教授に普通に人間的に接していますが、いざ決まり事を運用するということになると、全く妥協がありません。政府のお達しは厳格に守られます。

アバンギャルドから社会主義リアリズムへ。その変革が最も明確に表れたのは、本家のソ連でしょう。ロシアアバンギャルドの時代、1910年から、30年までは、むしろ革命と同調して発展していきました。そして、スターリンの文化革命によって収束し、社会主義リアリズムの時代へと入っていきます。それは、社会主義を称賛し、革命の勝利を誰にもわかるように平易に描き、人民を思想的に固め教育する目的を持ったもの。いわゆる政治的な宣伝の一種で、東欧、中国、北朝鮮へと伝播していきます。芸術家は転向するか、地下に潜るか、亡命するかということになってしまいます。

私にとっては、社会主義リアリズムは、同時代の自己中な現代芸術と比較してわかりやすく、卓越した芸術家によるものは表現の中に、現代的な芸術性は確かに存在するので、プロパガンダや、古風で耳障りの良いだけのものを排除してしまえば、好きな部類に入ります。でも、ロシア・アバンギャルドと、社会主義リアリズムの両方に時代に生きた作家は、やはりアバンギャルド時代の方がはるかに迫力がありますね。プロコフィエフもそうだし、モソロフに至っては、すっかり政府の迫害によって変えられてしまいました。当時の芸術家たちの選択は千差万別だと思います。ショスタコーヴィチのように、ギリギリの線で両立していながら、きっちり自分の芸術を守っていたような人もいますし。

話が脱線してしまいました。アンジェイ・ワイダの最後の作品を見つつ、彼の代表作である、「抵抗三部作」から脈々と続く、気骨に思いをはせ、この映画の冒頭で出てくる視覚と残像の話に、人類の普遍的なものの見方を感じ、それを最後の作品に我々に問いかけてきたのだと理解しました。と偉そうなことを書いても、彼の作品をたくさん見ている訳ではないので、まだ人生が続く限り、勉強していきたいものだと思います。最後に巨匠の手になる映画の迫力に触れ、改めて襟を正すことができたと思いました。

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

私の好きな100本の映画⑬ ほのぼのとドラマを見る

私の好きな100本の映画第13回

さて今回は、どちらかというとヒューマンドラマ的な映画を集めてみました。泣ける映画も多く入っています。映画と言うと、スペクタクルや豪快なアクションを求めてしまいがちなのですが、こういった肩の凝らないというか、文学や芸術っぽく構えていないドラマも一方で、数多く制作されていて、そして確かに心に残るという映画も多くありました。今回はそんな5本です。気軽に楽しめて心に残る映画が多いのではないかと思います。



61.ビッグ・フィッシュ (Big Fish)
  2003年 アメリカ 監督:ティム・バートン 出演:ユアン・マクレガー アルバート・フィニー

ティム・バートンの映画は、ひところ旋風と言っていいくらい流行りました。その中では、わりと大人しめの映画では無かったかと思います。そして、何を隠そう私にとって一番泣ける映画なのでした。涙が止まらなくて困った困った。それで、DVDで奥さんに見せて、となりで泣いていたら、「何で泣けるのか全く分からない」だと。臨終のときに家族に見送られながら、楽しかった出来事の自慢話を語る。理想的な一生だったのですね。親子や家族の絆が全編にあり、良くも悪くも人生の思い出を俯瞰して見せた、心に残る作品でした。男のロマンなのかな?だから奥さんは首をかしげるのかな?でも、映画館で隣に座っていた女の人、確かに泣いてたよな…。



62.マリーゴールド・ホテルで会いましょう (The Best Exotic Marigold Hotel)
  2011年 イギリス 監督:ジョン・マッデン 出演:ジュディ・デンチ ビル・ナイ

老境の俳優さんが主役の映画。インドにあるこのホテルは、エキゾチックで、朝のボーイの声かけで客の生存が確認できる。長期滞在者の高齢者が沢山宿泊しているホテルでした。老人ホームという訳ではありません。自発的に宿泊に来るリゾートホテルなので、あくまでも明るく、なにがしかの目的意識があります。そして、彼らの行動は、人生経験豊富な人たち。その中で、いろんな事件やエピソードが起こるという。恋多き人もいます。てか、人生の一番大きな課題は男女関係なのですかね?と思いつつ見てしまいます。見ていて大変なごむ作品でした。



63.ガープの世界 (The World according to Garp)
  1982年 アメリカ 監督:ジョージ・ロイ・ヒル 出演:ロビン・ウィリアムズ メアリー・ベス・ハート

5本の映画で、これだけは、登場人物が一癖も二癖もある人たちなので、ほのぼのと見ているだけでは済まなさそうですね。なかなか展開が読めずという感じでした。公開時に見ただけなので、だいぶ細かいところを忘れているのですが、結局は全体の雰囲気がほら話的なので、ビッグフィッシュと似たようなふわふわした感触が、自分的には残っています。そういったお話は好きなのか、ジョン・アーヴィングの作品を、なぜかいくつか見ていました。ホテル・ニューハンプシャーなんかも、一時期好きでした。確か、LD買ったかな?これは、良くも悪くも人生をしっかり描いた映画なんですね。

ガープの世界



64.がんばれ!ベアーズ (The Bad News Bears)
  1976年 アメリカ 監督:マイケル・リッチー 出演:ウォルター・マッソー テイタム・オニール

これは、何度もテレビで見た映画です。お茶の間向けにお手軽なので、露出度も多かったのかしらん??この映画でウォルター・マッソー大好きになりました。いたずら好きで偏屈で、どこか憎めない大人という役割。彼の定番ですかね。ピッチャーをしているテイタム・オニールは可愛かったし、ウォルター・マッソーの確執の相手は、今回はヴィック・モローでした。ウォルター・マッソーの相手役と言えば、定番はやはりジャック・レモン。あのシリーズもいつでも安心して見られて大好きです。そして、私にとって、そんなウォルター・マッソー初体験がこの映画でもあったのです。



65.ウォント・バック・ダウン ママたちの学校戦争 (Won't Back Down)
  2012年 アメリカ 監督:ダニエル・バーンズ 出演:マギー・ギレンホール ヴィオラ・デイヴィス

この映画、日本未公開なのですね。もったいない。結構いいと思うのですが。内容は極めて前向き。引き下がらずに、あきらめずに、押しまくること。原題の通りです。そして、それは自ら変化に向って踏み出すことが重要ということ。大変前向きです。ある意味、最近はやっている「ドリーム」みたいな映画の、地域版という感じで、規模はあれほど大きくないですが、問題は違えど、同じようなノリだと思います。出演は、マギー・ギレンホール ヴィオラ・デイヴィス。なかなか渋いですね。芸達者な俳優さんです。そして、ホリー・ハンターも出ています。私としては、これもきちっとまとまっていて、大変いい映画だと思うのです。

このブログ内に記事があります。
「ウォント・バック・ダウン ママたちの学校戦争」 変化に向って踏み出すことの重要性



さて、私の好きな100本の映画。第13回の5本は、ほのぼのとドラマを見る。特に、人生を語るような映画を多く選んでみました。ほぼ、アメリカの映画になりました。ものすごく目立つ映画ではないですが、よくまとまっていて、安心して見られる映画が多かったと思います。あと7回となりました。まだまだ続きますよ。乞うご期待!

テーマ : お気に入り映画
ジャンル : 映画

「恐るべき子供たち」 コクトー色の色濃い文芸作品の映像

コクトーの小説、「恐るべき子供たち」は手ごろな長さの文学作品なので、一度手に取って読んだことがあると思います。内容はすっかり忘れているのですが、ジャン・ピエール・メルヴィルが1949年に映画化した作品があり、たまにはフランスの文学作品ということで見てみました。

あらすじ
一つの部屋で暮らす親密な兄弟、エリザベートとポールは、口喧嘩が絶えないながらも一心同体のような兄弟だった。そして、大人になり、仕事や結婚というイベントが二人に起こってくる頃、外界との付き合いの中で、自分たちとの欲求との葛藤に悩みながら、悲劇へと向かっていく…。



文芸作品でもあり、少し丁寧に話の筋を追っていこうかと思います。

ある雪の日、生徒たちは校内で雪合戦の最中でした。その最中ポール(エドゥアール・デルミ)は、ダルジュロス(ルネ・コジマ)を探していましたが、探し当てた瞬間、ダルジュロスが投げた雪球が胸に当たり、気絶して倒れてしまいます。ポールは、友人のジェラール(ジャック・ベルナール)に連れられて家に帰りますが、迎えた姉のエリザベート(ニコール・ステファーヌ)は、病に伏した母(マリア・シリアキュス)の看病に、さらに弟まで病人になってしまうという事態に、遊び惚けている二人を軽蔑します。そして、かかりつけの医者を呼ぶと、命に別状は無いが弱っている為、学校に通学することは論外であり、看護師をよこすので静養すべきという診断が下されました。

ポールとエリザベートは、散らかった一つの部屋で二人で過ごしていました。二人の間には恥じらいなども無く、一心同体の様でした。ある日ポールは、ダルジュロスが事件をきっかけに、学校から追放された事をジェラールから聞かされ、間もなく病床の母も死を迎えました。ジェラールは二人をジェラールの伯父の計らいで海辺のバカンスに誘いました。寝台列車の旅は二人にとって目新しいことばかりでしたが、二人は世間知らずなことを隠し、自然に振舞おうと努力します。そして車内でも、自宅にいるのと同様に、二人はやり合いながらも離れられない親密さを保っていました。バカンスから帰った三人は、ポールたちの部屋で一緒に過ごしています。口喧嘩の絶えない二人ですが、ジェラールはその中で彼女がポールの世話を焼き、ポールに愛おしく呼びかけているのを気づいていました。

ある日エリザベートは、ポールの反対にもかかわらず、ジェラールの紹介でモデルの仕事を始めました。彼女はモデル仲間で意気投合したアガーテ(ルネ・コジマ)を連れて帰りますが、彼女はダルジュロスにそっくりでした。ポールも一瞬ハッとしますが、自分の気持ちを偽り、逆に似ていることを激しく否定します。一方、エリザベートはポールが壁に沢山貼っているスターのピンナップが、アガーテやダルジュロスに似ていることに気づきました。やがて、アガーテも同じ家に住むようになり、その後エリザベートはアメリカ人のミカエル(メルヴィル・マルタン)と結婚式を挙げます。ところがミカエルはすぐに自動車事故で死亡してしまいます。

エリザベートは、ミカエルの遺産を相続し、豪邸に、ポール、アガーテ、ジェラードの4人で住むようになりますが、大きな家なので、いつしか昔のように一緒の部屋で生活することは無くなりました。エリザベートはポールと一緒の部屋に住んでいたことを懐かしむ一方、ポールはアガーテへの気持ちを抑えきれず、彼女に向けて告白の手紙を書きます。アガーテの方も、ポールを好きになってしまっていますが、ポールがいつもアガーテを避けるので、部屋で一人悲嘆にくれていました。そして、様子を見に来たエリザベートにポールを愛していると打ち明けます。

エリザベートは仲を取り持つと言いポールの部屋に行くと、彼はアガーテに手紙を書いたが、彼女の様子はどうかと尋ねます。エリザベートはアガーテの部屋に戻るふりをして、手紙を見つけて捨ててしまい、ポールの部屋に戻ると、アガーテはジェラールを愛しているとポールに告げました。一方で、アガーテにはポールはアガーテを愛していない、ジェラールと結婚すべきだと説得。アガーテとジェラールは結婚。ポールは抜け殻のように夜中に屋敷を歩き回るようになります。ジェラールは偶然に新婚旅行の旅先でダルジュロスに会い、そのとき託された毒薬を、お土産としてポールに手渡しました。

ある日曜日の雪の日、エリザベートは森の中でポールが横たわっている夢を見舞す。眠りは騒々しいドアのベルに破られ、驚いた様子のアガーテが駆け込んできました。アガサは、女中からポールの最後の手紙を受け取り、慌ててかけつけたとのこと。驚いたエリザベートとともにポールの部屋に向かうと、毒薬を飲んだポールはすでに瀕死の状態でした。アガーテはポールの話を聞くと、エリザベートが嘘をついていたことを知り、お互いの愛を初めて確認します。エリザベートは銃を手にとり、ポールがこと切れると同時に、自分に向けた銃声が屋敷に響き渡ったのでした。

恐るべき子供たち

長々と書いてしまいましたが、これでこのストーリーはほぼ網羅されたと思います。この映画の造りは、エピソードの一つ一つが、コクトー自身のナレーションで繋げられながら続いていくという形をとっています。そして、劇中の心情の詩的な解説を、ことごとくコクトーが話してしまう事から、いかにもコクトー自身が前面に出て映画が作られたような感じがします。そして多分事実そうなのでしょう。

音楽は、バッハの4台のピアノのための協奏曲や、ヴィヴァルディの協奏曲が使われており、とても劇的な雰囲気がでていて効果的です。そして、エリザベートのニコール・ステファーヌの鬼気迫るような演技が、この物語全体を覆っています。ラストに向けて盛り上がっていく中での、心情の表現など迫力があり見事だと思いました。

ということで、この映画、あまりにコクトー色が強くて、メルヴィルはどうなの?と思うところでありますが、それはそれで、冒頭からの緩みの無い構成感や、二人の生活の異質さなどの、表現の強さは、メルヴィルによるものなのでしょう。ダルジュロスとアガーテは一人二役だったのですね。後で気が付きました。さて、過去の名画で見るべき作品は、まだまだ沢山有りますので、また、一つ一つ見ていきたいと思います。長くなりましたが、今回はこれで…。

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「アンダルシアの犬」 フランスのシュールレアリスムを代表する映画

時間がない時に、なんとかしようと見てみる、短い映画。今日は、「アンダルシアの犬」を見てみました。ブニュエルとダリにより、1928年に制作された、シュールレアリスムの映画です。上映時間は20分に満たないものです。冒頭にある女性の目を剃刀で切るシーンが衝撃的で有名です。

あらすじ
…のようなものはありませんので、以下に映像の説明をしてみます。



煙草を吸いながら剃刀を研ぐ男。自分の指で切れ味を試し、バルコニーに出る。空は月夜。そして問題の女の目を剃刀で切るシーン。

8年後
男は首から箱をぶら下げて自転車で街を行く。部屋の中で本を読んでいた女は、これに気づき、窓の外で男が倒れるのを見ると、あわてて部屋から出て駆け寄り、抱き起す。男の箱の中にはネクタイ。男の身に着けていたものを人の形にべッドに並べる。それを見つめる女。部屋の中に立つ男の手のひらには蟻の巣があり、蟻が湧きだしている。
人だかりの路上で、落ちている手首を杖でつつく女。取り巻く群衆と警察。警察官は手首を箱に入れ女に渡す。抱きしめる女。道の見える建物の中から見下ろす、先ほどの男と女。解散する群衆と、一人道の真ん中に立ったままの女。そして、行き交う車に轢かれ倒れる女と、再び駆け寄る群衆。見下ろしている部屋の中の男と女。
再び、部屋の中。突如女に迫る男。捕まえた女の胸や腰を触り、裸の姿を想像して陶酔する男。再び女は男をはねのけ、テニスのラケットを構え、男を威嚇する。男はロープが結んであり、死んだ牛がそれぞれ乗っている2台のピアノを引っ張りながら、女に迫ってゆく。女は部屋を飛び出し、ドアを閉めると男の手が挟まれる。手のひらには再び湧き出す蟻。
そして、女の置いた服の通り、ベットの上に横たわる男

朝3時ころ
先ほどの部屋。一人の男がやってきて、女は男を呼び入れる。客の男はベッドに横たわったままの男に激しく抗議する。そしてベッドから引きずり降ろし、女が置いていたネクタイや箱を窓から投げ捨ててしまう。そして男は入ってきた男に命じられるままに、壁の前に、部屋に背中を向けて立つ。

16年前
入ってきた男は机の上にある埃を被った本を手に取り、男に手渡す。そして部屋を出ていこうとすると、本は拳銃に姿を変え、男は入ってきた男を脅す。男は、引鉄を引きもう一人の男は、森の中の風景の中で、裸婦の背中に倒れ、裸婦は消える。森の中に一人倒れている男を検分する4人の男と、そこにやってきた二人の男。彼らは倒れている男を抱えて連れ去り、森の中へと消えてゆく。
再び部屋の中。戻ってきた女は壁に留まっている蛾を見る。それが先ほどの男に変わり、自分の口を手で塞ぐと口が無くなる。女が自分の唇に口紅を塗ると、男の無くなった口の場所が赤く染まる。女はアカンベェをして部屋を出ていく。
海辺の男。そこに部屋からワープして駆け付ける女。二人は抱き合いながら浜辺を歩いていくと、足元の泥の中から、窓から投げ捨てられた箱や衣装の一部を見つける。手に取るが再び投げ捨て、二人は再び浜辺を歩いていく。

春に
男と女が砂に胸まで埋まって、そのままオブジェになっている。

アンダルシアの犬

そういう映像です。従って、どう感じるかは見る人次第。さすがにこれは意味を見出すよりも、素直に感覚で楽しんだらいいのではないかと思いました。あえて言えば、男と女の間に起こるいろいろなことを象徴的に凝縮したというものでしょうか?違うかな?そんな簡単なものではない??まぁ、いいでしょう。

初めての上映は、拍手喝さいで迎えられ、ブニュエルはシュールレアリスト・グループへの参加が許されたそうです。眼球を剃刀で切るシーンは、死んだ子牛の眼を使ったそうで、ご心配なく。

さて、この時代は、アヴァンギャルドがブームとなっていたことは、世界的な傾向だったのでしょう。20世紀の芸術の斬新な部分が一気に開花した時代です。ストラヴィンスキーの「春の祭典」が1913年、日本でも「狂つた一頁」が1926年。そして、フランスではルネ・クレールの「幕間」という映画が1924年に制作されています。わずか、15分前後の映画。これも面白そうなので、また時間のない時に見てみましょう。

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「道化死てるぜ!」 ピエロのパフォーマンスとスプラッター

GYAO!で配信されているこの映画は、シッチェス映画祭出品作品で、日本でも公開された映画です。やはり、シッチェス映画祭といえば楽しい作品が多いので、さっそく観てみました。ホラー・コメディということです。

あらすじ
さえない道化師(ロス・ノーブル)は、トミーの10歳の誕生パーティーにアトラクションとして呼ばれるが、子供たちはパフォーマンスの邪魔をするばかり。そして、それが原因となって彼は不慮の事故で死んでしまう。6年後、再びトミー(トミー・ナイト)の誕生パーティーに集まった仲間たちに、墓場から蘇った道化師が襲いかかり、残虐かつ出し物的な手法で、少年たちに次々と復讐をしていく。果たしてトミーはこの惨劇から逃れることができるのか…。



冒頭は、ピエロと女性のセックスの場面。彼の部屋にある卵に描いたピエロの顔は、この職業に就くときに協会に書かされた物とのこと。そして、セックスの途中でアラームがなり、パーティーの時間だ!いざ出勤!ということになります。

この日のパーティは、トムの10歳のお誕生パーティーで、その余興としてピエロが登場しますが、もともと風采の上がらない感じの男な上に、どうも芸もピリッとせず、たちまち子供たちの揶揄の的になりました。10歳の子供たちのいたずらだけに、それはエスカレートし、こっそり両足の靴紐どうしを結ばれてしまい、そこにボールを投げつけられ、もんどりうって倒れたところにあったケーキナイフが目に刺さって絶命。トムは激しい血しぶきを浴びてしまいました。そして、ピエロの葬式のあと、トムは協会のピエロたちが、亡くなったピエロの卵を奉納し、ある儀式をしているのを目撃します。

時は過ぎて、トムの16歳の誕生日。事件の時の子供たちは皆同じ高校に通っていますが、それぞれあの事件が心に影響を及ぼし、差こそあれ精神的問題を抱えているようでした。トムはあの時の友人の一人である、ヴィニー(Shane Murray-Corcoran)からパーティーを開くことを持ち掛けられ、不承不承少人数で開くこととしました。それをヴィニーはネットで拡散。一気に大人数のパーティとなってしまいます。そして、その招待状の一枚が、風に飛ばされて例のピエロの墓の上に着地。墓の中から出た手が、それをつかみ取ったのでした。

さて、パーティー当日、トムはピエロのことや、その後も続く幻覚のこと、そして幼馴染のケイト(Gemma-Leah Devereux)が別の男と付き合っていることなど、いろいろなモヤモヤを抱えて浮かない様子です。パーティーは進み、大いに盛り上がってきた頃、墓からよみがえったピエロが家の中に侵入、あの日にいたずらされた子供たちの成長した姿を探し、一人また一人と殺戮を始めたのでした…。

道化死てるぜ!

はい。なかなか楽しかったです…。というか、相当グロい場面もあります。蘇ったピエロが内臓で遊んでしまうので。GYAO!の配信はR15とされていましたが、公開はR18だったようです。今回見た動画はグロい場面にボカシが入っていて、ちょっとすっきりしませんでしたが、あとでYouTubeの動画を探してみてみると、しっかりボカシなしで見ることができました。なるほど、かなり遊んじゃってますねという感じでした。しかし、もしGYAO!で見た場合、絶対ボカシなしで復習をしておくべきだと思います。

ストーリーは、それほど凝ったものではありませんが、最初に出た伏線も生かされ、良くまとまっています。そして、やはりこの映画の面白さは、ノリの良さと、ピエロの復讐の場面。犠牲になるのは全員ではありませんが、事故の時にそれぞれの子供たちにいたずらされて台無しになったパフォーマンスを、相手の体を使っておさらいしていくという手法を取っています。それがピエロのパフォーマンスをスプラッターで見るという形になって、面白さが上がっております。

展開もバランスが良く、ほぼ嫌な奴から殺されるという定石通りになっており、安心して?見ることができるホラー・コメディでした。若干エロらしいところも入りますが、ランジェリーまでです。登場するのは知らない俳優さんばかりでしたが、印象に残るのはやはり、ランジェリー姿を披露してくれた、ローナ・デンプシーさんかな??もちろんピエロ役のロス・ノーブルも、少々緩~い感じがなかなか良かったです。

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

プロフィール

torrent13

Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR