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「卑弥呼」 古墳時代のイメージとはこういうものかな?

ちょっとアバンギャルドな映画を見つけたので、どんなんだろうと見てみました。篠田正浩監督の「卑弥呼」1974年の映画です。篠田監督といえば、数々の名作はあるのですが、見たことがあるのは「乾いた花」くらい。松竹ヌーヴェルヴァーグの三人に数えられるのですが、この作品は、さて?

あらすじ
弥生時代後期、卑弥呼の時代。このクニの祭事はヒミコ(岩下志麻)の聴く日の神の言葉で行われていた。そして、クニの政事は、オオキミ(加藤嘉)を長として、ミマキ(河原崎長一郎)、イクメ(河原崎建三)という二人の息子と、ナシメ(三國連太郎)老人が中心となって行われていた。そこにタケヒコ(草刈正雄)が遠い国から帰って来ると、ヒミコと出会う。タケヒコはヒミコにとって異母弟であり、彼には国ツ神の臣の娘アダヒメ(横山リエ)がいたが、ヒミコはタケヒコを抱きしめると女になり、異性への欲情に身を任す。そのことが、オオキミの耳に入ると彼はヒミコの権威に疑問を持ち始めた…。



冒頭は、森の中で日の光と抱き合うようにして、祭事を執り行うヒミコ。何やら怪しげな雰囲気でスタートします。そして、山の稜線での、政事を執り行うオオキミを長とする一行の罪人の処罰や傍若無人ぶり、そしてタケヒコの登場のシーン。物語の背景は、冒頭のいくつかのシーンで表現されますが、神話時代の難しい言葉が連発されるので、なかなか頭に入りづらい感じです。

政事を執行するのはオオキミと、その息子であるミマキ、イクメであるようですが、長老格のナシメ老人が、ヒミコの側近としても活動しており、調整役のような感じで、いろいろと取り仕切っているようです。ある日ヒミコは森の中でタケヒコを見かけ、ナシメに呼んでくるよう申し付けます。タケヒコが現れると、二人は異母兄弟にも関わらず、触れ合うとヒミコの顔が恋する女の顔になり、そのまま情交を結んでしまいました。

この噂は、オオキミの知るところとなり、オオキミはヒミコを疑い始めますが、ナシメはヒミコ無くしてはクニがまとまらないと策を練り、オオキミを刺し殺してしまいます。一方で、タケヒコには彼を恋い慕うアダヒメという女性がいました。タケヒコとアダヒメが会っているということを知ったヒミコは怒り狂い、タケヒコを逮捕して穢れた者を表す入れ墨を施し、追放します。オオキミの後を継いだ、ミマキは、ヒミコの予言により、タケヒコが国ツ神とともに、このクニを襲ってくることを知ると、タケヒコを討ち、さらにナシメはヒミコの代わりにトヨを立てることを提案、国ツ神の部下にヒミコを襲わせ殺害。ミマキもイクメを討ち、毅然として威光を放つトヨを迎える。そして、数々の裏切りを行ったナシメは老いて一人彷徨うのであった。

卑弥呼

正直解りにくい映画だったというのが、最初に見た感想でした。それは、古墳時代に、私自身あまり馴染みが無いことと、使われる言葉もちょっと解りにくく、権力構造とかもその時代の状況について何の知識も無かったという事もあります。

映像は、すこぶるアートな雰囲気でした。宮殿?のつくりは、オペラや劇の舞台のようで、古代エジプトやギリシャを連想させるもの。柱などは、白で統一されていますが、色を変えればアイーダとかの舞台になってもいいくらいのものです。そういう意味で、新しい演出による古典劇のような雰囲気にも見えます。

最後は、ヒミコが嫉妬に狂う女となり、ナシメは卑弥呼が神になったので、衆目にさらす時が来たとします。そして、王のミマキに、祭儀をつかさどる女王の存在が必要という事で、トヨの指名を進言。トヨの最初の就任演説はヒミコが乗り移ったようで、これに耐え兼ねてナシメは彷徨い続ける。いつまでも。そんなラストだったと思いました。その時、ヘリコプターの影が映ったので、あれっと思ったのですが、エンドロールはそういう映像だったのですね。

この映画は、総じて興味深いところはありますが、とても面白いかというと、そうでも無く、深読みが必要で、娯楽映画ではないが、まぁ、こういう形もありだとは思うという感じでした。アートはなかなか凝っています。従って、芸術を鑑賞する次元での鑑賞を強いられるので、それに耐えられるかというと、やはりなかなか解りづらく、画面に集中できないのは致命的かなと思います。集中力がちょっと持ちませんでした。断片的に、二三度ポイントの部分を見返して、やっと全体の筋が見えてきたという次第。そこが解ってくると、なるほどと言う、見所もたくさんありました。従って、気に入ってくるとリピートして見て、いろいろと見えて来る物が有るかもしれませんね。一度見るとちょっと、気になる映画ではあります。

作者の描きたかった、古代日本の様式美は、実際こういうものだったのでしょうか?考証は解らないのですが、これは作者の古代日本に対する、感性や思いを表現したものではないかと思います。実際、同時代に大陸は三国志の時代で、日本と中国も一定の交流があったわけですから、そう考えるともうちょっと違った面が有るのでは無いかなぁ~。というのが、私のイメージです。
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「ハッピー・デス・デイ」 サービス盛り沢山のホラーループ

今週から当地で公開の「Happy Death Day」ですが、軽いノリで見られて面白そうなのでさっそく見に行きました。コメディ要素も若干入ったキャンパスの映画な為か、なかなか英語が聞き取りづらく最初のうちは苦慮しましたが、映画の構造上、何度も似たようなシーンを見る羽目になるので、そのうちカバー出来てかつ慣れてくるという利点がありました。

あらすじ
大学生のツリー(ジェシカ・ロース)は、昨夜の大酒のせいで頭を抱えながらカーター(イズラエル・ブルサード)の家で目が醒める。その日はツリーの誕生日だったが、気分は最悪。周囲の人には無愛想で父親との食事の約束もすっぽかしてしまう。ところがその夜、誕生パーティーに向かう途中で、マスコットの仮面を被った人間に襲われ殺されてしまうと、再びカーターの家で目が醒め、全く同じ一日が繰り返されるのだった。ツリーは、殺されずに無事に翌日を迎えようと、試行錯誤を始めることになった…。



18日の朝、ツリーはカーターの部屋で目を覚まします。今日は、ツリーの誕生日なのですが、昨夜の大騒ぎで、かなり二日酔いの様子。そのまま学校に向かいますが、ツリーはクラスメートたちに対しても無愛想に振る舞い、ルームメイトのロリ(ルビー・モディーン)が作ってくれたカップケーキまで、ゴミ箱に捨ててしまいました。さらに誕生日の父親との食事もすっぽかしてしまい、いつものようにバトラー教授(チャールズ・エイトキン)の部屋で教授に迫り、その夜、誕生日パーティーの会場に向かっていたツリーは、ガード下にハッピーバースデイの曲が流れるオルゴールを発見、見入っていると、そこに潜んでいた、大学のマスコットの仮面をつけた人物に殺されてしまいました。

ツリーは再びカーターの部屋で目を覚まします。悪夢かと思ったツリーですが、全く記憶と同じことが起こり、過ちを繰り返すまいと穏やかに日中を過ごし、ガードは通らずパーティー会場に向かいました。ところが、ツリーがクラスメートのニック(ブレイン・カーン3世)とじゃれ合っている最中に、仮面が現れ二人を殺害してしまいました。そして、ツリーは再びカーターの部屋で目を覚まし、ループしていると確信した彼女は、自室にバリケードを築き立てこもりますが、浴室に潜んでいた仮面に襲撃され、またしてもツリーはカーターの部屋で目を覚ますこととなりました。4回目、ツリーはカーターに自分の体験を語り、カーターはループを利用して、犯人候補にひとりづつ監視していけばいいと助言しますが、結局は毎回別の人間に殺されてしまうのでした。

さて、ツリーは無事犯人を突き止め、このループから抜け出すことはできるのでしょうか???

ハッピー・デス・デイ

この後も、まだまだ続きます。一つ一つのループに、いろいろとイベントが出てくるので、なかなか楽しめます。だんだん犯人や犯行時刻が絞られてくると、アクションシーンも出てきたりします。ということで、盛りだくさんで面白い映画でした。そして、毎日?会うカーターと親密になったり、今までの自分の行いを反省したりと、ラブロマンス的な展開にも。あれ?これホラーじゃなかったっけ?というくらい、実はホラー度は低いのです。

ラストもなかなか一筋縄ではいきませんでした。そういう意味でも、サービス精神にあふれています。エンドロールも可愛らしいので必見です。ループもので思い出すのは、「ラン・ローラ・ラン」なのですが、あれは3回で成就しましたが、これは、出来るまで何度も繰り返します。死んだら永遠に続くというスタイルです。さすがにツリーも途中で疲労で倒れてしまいました。そう、まずいことになったら死ねばいいという発想なのでした。そして、毎日繰り返され、かつ微妙に違う朝の学校のシーン。ああいう撮影は、やはり一度にいろんなバリエーションを撮るんですかね?

出ている俳優さんたちは、ほぼ知らない人ばかりでした。ジェシカ・ロースは「ラ・ラ・ランド」に出ていたらしいのですが、そもそもあの映画、まだ途中までしか見ていない。そのほかの俳優さんも、有名な映画への出演は多くは無さそうです。まだ、若手の俳優さんが多いので、今後に期待です。ジェシカ・ロースさんは、終始出ずっぱりで、いろんな表情を見せてくれて大活躍なのですが、彼女の作品はそこそこの本数があるものの、日本公開作があまり無いようです。これを期に公開されるようになるといいですね。この映画も公開されるかどうかは解りませんが、面白い映画なので是非!という感じです。

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私の好きな100本の映画⑪ 翻弄する女たちの意地

私の好きな100本の映画第11回

11回目となりました。あと10回頑張ります。前回は、男たちの生きざまと題しましたので、今回は女性をテーマに5選です。女性たちの意地と、翻弄される男たちという事で、5つ挙げてみました。が、全部はそうはならず、ある程度はという程度になってしまったかもしれません。後半戦になってくると、だんだん選ぶ範囲も限られてきて、若干苦しいところもあるのです。おまけに、5本中4本が邦画という偏りかた。邦画の方が、日本人として素直に感じ入りやすいのですかね?



51.リップヴァンウィンクルの花嫁
  2016年 日本 監督:岩井俊二 出演:黒木華 綾野剛

上映時間が180分にもなる長い映画。それも、ギリギリの時間に映画館に着いてしまったので、ユーロスペースの前の方の横という、およそいい場所とは言えない場所で鑑賞したという記憶があります。それにもかかわらず、時間の長さをさほど感じなかったのは、やはり画面の中に没頭できていたからでしょう。最後までぶれない、黒木華さんの筋の通った演技が圧巻でした。物語は、結婚の失敗から、代理出席のバイト、そして月100万円も稼げる住み込みのメイド。それは、一緒に死んでくれる人を探しているという…。
そういった、数多くのエピソードが連ねられていき、全てが美しく繋がっていきます。虚構と真実が混沌としていく中で、登場人物の存在が確かな真実だという感じがしました。Coccoさんも素晴らしいし、りりぃさんも存在感が大きかったです。



52.愛のめぐりあい (Al di là delle nuvole)
  1995年 フランス 監督:ミケランジェロ・アントニオーニ 出演:ジョン・マルコヴィッチ イネス・サストレ

アントニオーニの作品は、上質ではありますが見る努力を強いられますので、頻繁にみることは無かったのです。この時は意を決して見たわけですが、この映画のラブシーンは、どれもこれも強烈でした。体に触れることなく、体全体を舐めまわすようにたどるものから、濃いもの、激情型。どれも演技に気品が漂い、いやらしくないというものです。そして、その様な愛の罠に陥り、もがく人々の姿が画面から伝わってきます。人生をも滅ぼしかねない愛の形が、静かな中に強く語られています。最後のお話で、喪失感も強く感じ、4つのオムニパスによる女性のありようと、男性のかかわりが、それぞれの人生の転機という意味も含めて語られている、内容盛りだくさんの一本でした。

<ブログ内にレビューがあります>
「愛のめぐりあい」 アントニオーニだからできること


53.牝猫たち
  2016年 日本 監督:白石和彌 出演:井端珠里 美知枝

2016年末から上映された、ロマンポルノリブートプロジェクト。最初の2作品は、どうも作家性が出すぎたのか、今一つ納得がいかなかったような感じでしたが、この第3弾の、白石和彌監督の作品を見て留飲を下げた次第です。池袋のデリヘルで働く3人の女性と、そのリピーターのお客さんを巡る物語をパラレルに描いていく群像劇スタイルです。3人の女性のそれぞれの生き方と、上手く生きられていない男たちが絡み合うストーリー。そして、日活ロマンポルノの伝統と雰囲気を、そのまま現在に持ってきた感じで、引きこもり、ネット社会、不妊、独居老人、児童虐待など現代の抱える問題も織り込まれています。時代が変わり、当時とは映す対象や問題意識が違っているとは思いますが、今ロマンポルノというと、こうなるのではないかという、まさにお手本のような作品でした。

<ブログ内にレビューがあります>
「牝猫たち」 ロマンポルノはやはりこうでなくっちゃ

牝猫たち(その2)


54.花芯
  2016年 日本 監督:安藤尋 出演:村川絵梨 林遣都

それほど評判が高くなかった映画と思いますが、私的には気に入っている映画です。園子のような女性が好みなのかもしれません。付き合うとかなり面倒なことも起こりそうですが(笑)。いずれにしても、園子のキリッとした立ち姿が最高です。ここの男たちは誰もかなわないですね。格差さえ感じます。ラストの園子の笑み、少し哀れみが入ったような笑みに見えてしまいました。こういうラストの女性の笑みで終る映画というと、「キャロル」と比べてしまいます。あの開放感のある笑みがこの場で出れば、この映画は園子の勝利だと思うのですが、あちらは大女優の「ケイト・ブランシェット」。ちょっとかなわないですかね。日本的ということかもしれませんが、私にとっては惜しいところです。



55.昭和枯れすすき
  1975年 日本 監督:野村芳太郎 出演:秋吉久美子 高橋英樹

昭和50年頃の新宿、ネオンや流れる昭和枯れすすきのメロディー。なんとなくノスタルジアを感じる映画です。そして、穴の無いストーリー展開で、どこをとっても素晴らしい映画でした。秋吉久美子がとてもいい雰囲気です。時々出るあどけなさが、田舎からでてきた感をよく出しています。全体としてもまとまりが良く、見てから思わずBDまで買ってしまいました。この映画の中で、秋吉久美子の典子をはじめ、トシ子、民江と三人三様の個性が絡み合っています。その中で男は何をするのか?原田の愛情は、ここに兄弟愛以上の愛情を感じ取るべきかどうか…。野村芳太郎は数々の大作を撮っていますが、これだけ無駄のない締まった作品は、大作を押しのけての大傑作と言えるのではないかと思います。



さて、私の好きな100本の映画。第11回の5本は、翻弄する女たちの意地ということで選んでみました。邦画が4本という、いささかバランスの悪い結果でしたが、個性のあるいい映画が並んだと思っています。ラインナップは大人しいですが、いささか自信の選択でもあるのですよ、これは。さて次回は第12回。お楽しみに。

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「遊び」 貧困から立ち上がる、輝く青春ストーリー

GYAO!無料配信で見る「おとなの大映祭」残すところ、あと2作品となりました。今回は、大映末期の作品で、関根恵子の「遊び」です。増村保造監督が大映で撮った最後の作品で、もはや倒産直前の大映作品ということです。資金調達などが大変苦しい中での撮影だったようですが、どんな作品なのでしょう。1971年の映画です。

あらすじ
パーツ工場で働く少女(関根恵子)の父親(内田朝雄)は、人身事故を起こして以来飲んだくれ、借金を残して死んでしまった。そして、内職をする母(杉山とく子)と、カリエスで寝たっきりの姉(小峯美栄子)が残され、少女は借金の返済のため、周囲の工員とは溶け込まず、給料を家に送り続けていた。ある日同僚の勧めもあって、夜はキャバレーでバイトをしようと決心して町に出た時、少年(大門正明)が声をかけてくる。彼も寂しい過去を背負った少年だったが、今は、町のチンピラになってスケコマシを始めようとしていたのだ…。



この映画は、過去のフラッシュバックが数多く挟まれ、2人と過去が語られる形式をとっています。これが頻繁にあり、少々解りづらく、ぼやっと見ていると、現在と過去が若干混乱してしまいました。

少女の過去
少女は、元ダンプ運転手で、事故を起こして飲んだくれになり職を失った父と、家計を支えるため内職をしている母、そしてカリエスで寝たきりの姉の4人で暮らしていました。小さな部屋で4人の貧しい生活でしたが、生活の苦しさから口論も絶えませんでした。ある日、父が工事現場で川に落ちて死亡。収入減が減ってしまった家族を支える為、少女は寮に住み込む形で、パーツ工場に働きに出ました。

少年の過去
少年の母は、おでんの屋台を引いていました。ある日母親の屋台が、やくざ(蟹江敬三)に絡まれたことがきっかけで、子分になります。彼らはスケコマシを日常行っており、彼も手伝いをしていましたが、女性に相対すると何もできなくなり、仲間から馬鹿にされます。一方で母親は、寂しさから日々男を部屋に連れ込む毎日を送っているという状況でした。

で、主なストーリーは、
パーツ工場で働く、少女の元に母親が金を無心に来ますが、彼女には払う金もなく断ります。女子寮にはキャバレーのホステスをやっている工員もいて、彼女がマネージャーをスカウトに連れてきたことから、家族の為にと彼女はホステスになることを決意し、電話で連絡を取ろうとしたところを、初めてスケコマシにトライしようとしていた少年に声をかけられました。少年も少女もまだウブで世間ずれしていない心を持っていました。二人は、喫茶店、ゴーゴー、バーと遊び歩いて親交を深め、少年は、兄貴指定の連れ込み宿に彼女を連れていきます。

しかし、純真な少女がすっかり好きになってしまった少年は、連れ込み宿の主人を殴りつけて、彼女を連れて逃走。郊外の立派な旅館に宿をとり、恋人となった二人はそこで一夜を過ごしました。翌朝の朝霧の中、すべての世の中の煩わしい事を心の中から払い去った二人は、葦原を走り廻り、川辺に浮かぶ穴の開いた舟を見つけると、下着だけになって船につかまり、沖へ沖へと泳ぎ出します。水の中で二人はしっかりと抱き合い、向こう岸を目指しつつも、流れに流されながら、あてもなく泳ぎだすのでした。

遊び

はい。1971年の作品になります。「高校生ブルース」や「おさな妻」などでブレイクした関根恵子の作品。今回は生活苦にあえぐ中でも、純真さを保っている主人公を演じています。今時(この時代でも)こんな子がいるのかいな?というくらいの純真さでした。一方で少年も、行きがかり上なったやくざの子分ではありますが、元々は母思いの優しい少年。少女の純真さに本来の自分を取り戻しました。絵にかいたような青春ストーリーに、貧困から道を外しかけて戻ってくるという二面性を併せた、ラブロマンスでした。

関根恵子大門正明も、セリフは良くも悪くも、強い一本調子で話されています。従って、陰影を落とすとか、情緒を醸し出すとかということには、凡そならないのですが、逆に青い青春感が漂うという効果はありました。最近は、こういう単純に貧困からくる悲劇を主題とした映画は数少ないような気がしますが、一億総中流以降、現実味が無くなくなり、いろいろと絡まったような複雑な世の中になってしまったからでしょうか。小舟を使って沖に泳いでいく光景については、単純に、人生の門出であり、川の流れに翻弄されながら(数々の苦難に直面しながらも)、行きつく先は解らずとも、大海に漕ぎ出して二人で生きていく。ということを表しているということで、間違いなかろうと思います。このラストは素晴らしいです。

松阪慶子がクレジットされているので、どこかな?と思って探すと、ゴーゴーバーであうフーテン娘。一瞬のチョイ役でした。デビュー後、大映末期の数年間は不良風俗系で話題をさらったようですが、大映倒産後、松竹で清純派としてブレイクされたようです。よく見ると、面影があるなぁ、なるほど、という感じでした。蟹江敬三も健在で、異彩を放っておりました。さていよいよ次回は最後の10作目となります。増村保造監督、若尾文子主演の「赤い天使」です。なかなかの期待作だと思います。

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「雪崩」 1937年大佛次郎原作の家族ドラマ

YouTubeでいろいろ探している時に見つけた映画です。古い日本映画がいろいろと見られるので、時々YouTubeをうろうろしていますが、どこまでが著作権法上違法なのかが不可解なのが、YouTubeを見るときの悩みの種。しかし、これほどたくさんの映画が並んでいるので、特に古い作品はいいのではないか?と思って見ています。

あらすじ
富豪の息子日下五郎(佐伯秀男)は、許嫁の弥生(江戸川蘭子)がありながら、美しい蕗子(霧立のぼる)に一目惚れして結婚する。一年が経ち、従順な妻に物足りなさを感じた五郎は、再び弥生に求愛をするが、弥生は迷いながらも蕗子のことを哀れみ拒否。無責任さを父(汐見洋)に責められた五郎は、心中をしてしまおうと蕗子を連れて名古屋に旅立つが…。



約60分ほどの作品であり、あらすじも、だいたい書いた通りで網羅できているので、単純なストーリーではあります。もう少し詳しく見ていきますと、まず、名古屋に駆け落ちした五郎と蕗子は五郎の父に連絡し、父が迎えに来て結婚の許可を得ます。蕗子は美しく従順で、良妻賢母の鏡のような女性でした。蕗子は日下家に入り、父母ともうまくやっていきますが、五郎はそんな蕗子が物足りなくなってきます。五郎には弥生という許嫁が元々あったのですが、彼女と再会すると女性としての魅力に心を奪われ、たびたび弥生の元を訪れるようになりました。

このことを知った五郎の父は、富豪であると同時に人格者でした。若い五郎は、自分を正当化するために激しく父と口論しますが、いつも分が悪いようです。父は、結婚をした男としての社会的責任について諭しますが、五郎は受け入れません。父に説得されて、蕗子にプレゼントを買い、子供のように喜ぶ蕗子ですが、一方で五郎は再び弥生の家を訪れます。これを知った父も弥生の家に向かい、再び五郎と父は口論になりますが、こういう状況は弥生も好まないもの。弥生は、五郎に引かれながらも、五郎を拒絶する決断をしました。

五郎は、自分の不幸を呪い、父への面当てにと、蕗子をつれて名古屋のかつて共に駆け落ちしたホテルに向かい、心中を企てます。しかし、いざとなると、蕗子だけ死んでもらって、自分は生き延びようという邪念が湧き上がってきます。そして、蕗子に一緒に死のうと切り出すと、蕗子はあなたとならと承諾します。どこまでも従順な妻なのでした。蕗子はその時不安顔で弥生のことを尋ねます。その言葉にハッとした五郎は自分の過ちを顧み、蕗子をしっかりと抱きしめるのでした。

雪崩(1937)

大佛次郎の小説が原作です。大佛次郎と言えば、大衆小説の大家というイメージがあり、子供の頃は書店に文庫本が棚に一杯並んでいた記憶がありますが、今ではすっかり見かけなくなりました。鞍馬天狗や、戦前から戦後にかけての長い活躍期間で、多数の小説や翻訳で有名な作家でした。その大佛次郎ですが、正直一つも読んだことがありません。やはり、大衆小説は同時代でよく読まれますが、後世にまで繰り返し読まれるということには、なりづらいという宿命なのでしょうか。こうして映画が残されていると、大佛次郎の一端に触れられることができて、それは楽しみでもあります。

この映画の特徴は、登場人物の独白シーンで画面に紗がかかるという効果を多用しています。この手法は公開当時に話題になったらしいのですが、すだれのように紗がおりてくるため、雪崩でなく、スダレ映画だと揶揄されたとのこと。まぁ、このスダレは、セリフと相反する心中を吐露するための効果ではありますが、さほど必要でもないでしょうね。

登場人物は、霧立のぼるは、楚々として可愛らしく、江戸川蘭子は肉感的。汐見洋は、一貫して人格者で、主人公の佐伯秀男は、
若気の至りではありますが、許嫁がありながら駆け落ちして結婚、1年で飽きてしまい許嫁に心を戻すが認められず、当てつけに心中を企む。いざとなったら自分だけ生き残ろうと考えるという、ひどい奴です。蕗子や、蕗子の父や、五郎の父が皆好人物なだけに、完全に五郎の行動は浮いてしまっている格好ですね。そして、蕗子の健気さに自分の過ちに気づいて、めでたしめでたしなのでした。

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「流されて 2」 まったりと楽しむイタリア風コメディ

リナ・ウェルトミューラーの作品が、GYAO!(無料)にあったので、さっそく鑑賞です。彼女の作品は、「セブンビューティーズ」にはまってしまったので、ここでも当然期待大です。きっと、好きなタイプの作品のハズ…。

あらすじ
誘拐事件の被害で身代金を払わされた富豪たちの復讐のため、実業家のマダム(マリアンジェラ・メラート)は、身代金を奪い返すべく、トゥーリ(ロベルト・ヘンリッカ)という男を片腕に、首領べッペ(ミケーレ・プラチド)を逆に誘拐、女社長の持つ地中海の豪邸に彼を監禁する。ところが、彼の野性的な性的魅力の虜になってしまった彼女は、トゥーリの反対をよそに、べッペとの甘美な悦楽に身を任せるのだった…。



シャンソンのようなタイトルバックでスタート。なかなかいい雰囲気です。そして、海洋汚染を掃除する会社の社長に、雇われたトゥーリが登場。眼帯をした怪しげな男で、CIAなどを渡り歩いてきたらしいのですが、ノリはちょっとコメディです。そして、彼らは島に潜むテロリストを襲撃して連れ帰り、マダムの所有する島に監禁。目的は彼らが身代金目的の誘拐を繰り返してきたために、被害者を代表して、逆に首領であるペッペを誘拐し、全部取り返そうというものでした。

監禁したのは、彼女の島にある城のような豪邸でした。ペッペは、目隠しをされ鎖につながれますが、勢いよく暴れまわっています。そして、マダムも彼の勢いに負けず、いやその10倍も喋りまくって、ペッペを打ち負かしています。ある日、ペッペが栄養失調で倒れると、彼女は彼を豪華な部屋に移し、豪華な食事を与え始めました。どうやら、野性的なペッペを魅力的と感じ始めたようです。一方、トゥーリの方もマダムに引かれ始めていて、マダムとペッペの動向が気が気ではありません。

ある日、いつもの口論の後、マダムはペッペに女性をあてがうことを約束します。そして二人の娼婦を呼びましたが、なんと部屋に入ったのは3人。目隠ししたペッペには顔は見えませんが、マダムがその中に紛れ込んでいたことを悟った様でした。二人の娼婦は、マダムとペッペが燃え始めると席を外し、朝まで濃厚な一夜を過ごし、一方トゥーリは悲嘆にくれた一夜を過ごします。翌日一味から連絡が入り、身代金が払われることが決定。ペッペを釈放し凱旋した彼女でしたが、それもつかの間誘拐されていました。

誘拐犯のアジトについてみると、そこには首領のペッペ。すっと目隠しされていたので見ることの無かったマダムの顔を始めてみると、「うむ悪くない」。そして、彼女に奪われた金の倍の身代金をかけ、あとは二人で浜辺で楽しくじゃれ合いますが、やはりマダムの口撃にはかなわない様でした。

流されて 2

怪しげな人というより、変な人しか出てこない映画でした。それは、リナ・ウェルトミューラーらしいと言えばそういうことなのでしょう。女主人のマシンガントーク、財を成した職業も取り巻きも怪しげ、トゥーリの職業や様相も相当怪しい。そして、誘拐犯の首領は当然怪しいし、力はありそうだが、切れのなさもヘン。そういう訳で、まともに感情移入する映画ではないようです。それがこの映画です。ヨーロッパ的なコメディですね。

景色や、舞台なんかすごく美しいものでした。屋敷の中の調度もなかなか綺麗で、贅沢三昧も堂に入っているし、地中海の海岸線の美しさも目を見張ります。これはこれで素晴らしい。娼婦の一人は日本人という設定で、突然ふわっとした日本語が現れるのは驚きますが、どうみても日本語の解る相手がいそうにないのに、言葉だけふわふわ漂うのも不思議。ペッペを束縛する拘束具まで高級そうでした。

そういう訳で、このての映画は好きです。立派な映画という訳ではなく、たわいのないストーリーですが、雰囲気は格別。イタリアのちょっと変わった映画を堪能させていただきました。リナ・ウェルトミューラーさんは、実際にたくさんの映画を撮っているのですが、日本公開は流石に少ないですね。この感覚は面白いので、機会あればもっといろいろと見てみたいのですが。そして、ペッペと主人のベッドシーンがまた長い!ずっとやっているように思えます。結果、朝までやっていたということだったのですがね…。

原題は、「Notte d'estate con profilo greco, occhi a mandorla e odore di basilico」 (ギリシャ人の横顔、アーモンドのような目とバジリコの夏の夜)です。リナ・ウェルトミューラー監督は、また脚本家でもあり、こういった長い題名の作品がかなりを占めています。作家として一貫性があるのも面白いところです。

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「地獄門」 絢爛たる平安文化と力強い映像美

見たいと思っていた地獄門を見つけたので、楽しみに見てみました。第7回カンヌ国際映画祭でパルム・ドール、第27回アカデミー賞で衣裳デザイン賞などを受賞した、に日本映画の名作。衣笠貞之助監督の1953年の作品になります。この映画は、日本初のイーストマン・カラー作品で、大映にとって初の総天然色映画でした。

あらすじ
平清盛の厳島詣の留守を狙った平治の乱で、上西門院を救うため身替りとなった袈裟(京マチ子)を護る盛遠(長谷川一夫)は、彼女をかくまうことになる。その後、盛遠は包囲を突破して厳島に急行。その報を受けた清盛(千田是也)は謀反の軍を鎮圧。その後、袈裟に再会した盛遠はその美しさに心を奪われ、論功行賞に「望み通りの賞を与える」と言われると、速座に袈裟を乞うが、彼女はすでに渡辺渡(山形勲)の妻だった。しかしあきらめきれない盛遠は、とりつかれたように袈裟と会おうとするが…。



御所では、謀反の反乱軍に焼き討ちを受け、大混乱の最中でした。そんな中で、上皇と上西門院を救うため、おとりとして車に乗った袈裟と、その車を引っ張る盛遠は、敵の襲撃を潜り抜け、兄の盛忠(澤村國太郎)の家までやってきます。そこに帰ってきた、兄の盛忠は敵方に寝返っており、盛遠にも翻意を促しますが、忠義の意思の固い盛遠は翻意せず盛忠一派と睨み合いにになります。しかし、情勢が変り盛忠はその場を離れました。袈裟を守り、騒動が静まりると、信西が地獄門にさらし首にされ、反乱軍が支配するようになります。盛遠は京を離れ清盛のいる厳島に急行し、京の急変を告げました。取って返した清盛は反乱軍を鎮圧し、再び清盛が京に入り、今回の一戦で功績のあった者の論功行賞を行うこととなります。

再び平穏になった京で、以前の生活を取り戻していた袈裟を見た盛遠は、その美しさにますます心が惹かれるようになりました。そして、「論功行賞で好きなものを与える」と清盛から言われた盛遠は、迷わず袈裟を妻に欲しいと告げます。しかし、袈裟が渡辺渡の妻だということがわかり、清盛から拒否されますが、盛遠は激しく食い下がり、この件は京でも大きな噂となってしまいました。

そんな噂の広がる中で、加茂の競べ馬で渡と偶然同じ組になった盛遠は、渡に勝利します。その夜の宴席で、噂になって可哀そうな盛遠をわざと勝たせてやったのではないかとしきりにからかう同僚に、渡はそんなことはない真剣勝負だとはねつけますが、それを聞いて我慢ならない盛遠は、場所柄もわきまえず今ここで勝負してやろうと真剣勝負を挑み不興を買うことになりました。

そして、袈裟を思うあまり狂気にとりつかれた盛遠は、袈裟の屋敷に会いに行きますが門前払い。刀を手に袈裟の叔母(毛利菊枝)を脅し、袈裟を呼び寄せます。そこで、盛遠は袈裟を脅して手に入れようとし、これ以上逆らっては夫の命も危ないと悟った袈裟は、この夜自分が手引きし、夫を殺させることを承諾。袈裟は家に帰ると、何も知らぬ夫と最後の盃を交わし、夫を別の場所に寝かせて明かりを消しました。遠巻きに見ていた盛遠は、明かりを消えたのを合図として渡の寝室に侵入。一思いに切りつけますが、そこには夫の身代わりとなった袈裟が倒れていました。

動転した盛遠は、自らの行いを反省し、渡の前に姿を現し、茫然としている渡に自分を切るよう促しますが、渡はこれに応えず、盛遠は、自ら髷を切り落とし、僧となって苦行に出ていくのでした。

地獄門

時は、平安時代の平治の乱のこと。この物語は、「平家物語」などで古くから語り継がれてきた、袈裟と盛遠の物語が題材となっており、実際の原作は菊池寛の戯曲「袈裟の良人」となります。従って、原作は日本の古典的な物語であり、ストーリーよりもそれをどう表現するかがポイント。言わば、オペラや古典劇を見るようなもの。そういえば、最近こういう映画は無いですね。あるとすれば、歌舞伎やバレエなどの実写映画くらい?でも、またそれは意味合いが違うような気もします。

さて、まず最初から目を見張るのは、色の饗宴です。平安時代の宮廷の衣装を豪華絢爛な色彩で描いた映画で、それを見ているだけでも素晴らしい映像です。色彩指導に洋画家の和田三造氏を起用したこの色は、平安時代の色を求めて制作したとのこと、原色をも多用した、大変カラフルな時代だったということになります。しかし、色彩は衣装だけでなく、夜の風景を出す淡い色など、いろんなところにこだわりが見てとれ、絵巻物を見ているような豪華なものでした。

俳優陣の所作なども、微妙な動きや表情を最大限に生かし、この物語の美しさを引き出しています。特に、素晴らしいと思ったのは、夫と最後の盃を交わし、盛遠を待つまでの京マチ子の演技。これは画面に魂を奪われてしまいましたよ。そして、この映像の美しさは、色だけでなく、やはり、衣笠貞之助監督の持つ独特の力強さや、隙のない映像が、さらに素晴らしさに力を与えていると思います。そして、渡辺渡役の山形勲も好演です。

この映画を見る前は、カンヌの受賞は西欧人の異国趣味の産物ではないかという疑惑を若干持っていましたが、実際見てみると、これは受賞も頷ける内容と思いました。パルムドールですから、そもそも並みの映画で受賞できた訳はないのでした。当時の一連の古典や大衆文学を題材にした作品群は、今では見られなくなった日本の伝統を思い出させてくれます。この文化と伝統は、受け継がれ、誇りに思うべきものだと思いました。

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「着信アリ」 素晴らしい日本のホラーの雰囲気に大蛇足

GYAO!の無料配信に、懐かしい名前があったので見てみました。ひところはやったジャパニーズホラーのひとつ。2004年なので、もう13年も前になります。当時の携帯電話も、今となってはかなり時代を感じるものとなってきました。出演者も豪華でで、いずれも13年前の姿です。皆、若い…。

あらすじ
自分の設定ではない着メロが鳴り、1~2日後の自分の断末魔の声が聞こえ、その未来の着信時刻に死んでしまうという事件が発生。それは携帯のメモリーにある番号を利用して伝播していく。そして、親友のなつみ(吹石一恵)」を亡くした女子大生由美(柴咲コウ)にも、死のメッセージが届いてしまったた。連鎖を食い止めるべく、同様にして妹を亡くしていた葬儀屋の山下(堤真一)と共に事件の真相を追うことにした由美は、やがて幼い娘を虐待死させた水沼マリエ(筒井真理子)と言う母親の存在を知り、一軒の廃病院に行き当たる…。



男女3対3での居酒屋での合コンシーンで携帯電話の番号を交換し合う若者たち。そして、ロッカールームでの由美と陽子(永田杏奈)。そこに、設定にない着メロ(この映画のテーマ)で陽子の電話が鳴り、留守電に自分の番号からかかってきた未来の日付と言う格好で、自分の断末魔の声が録音されていました。このあり得ない状況に半信半疑な由美と陽子ですが、その着信の時刻になると、由美と電話していた陽子は、留守電と同じセルフを言って電車に飛び込んでしまいます。そして、由美の目の前で、ケンジ(井田篤)にも同じことが起きてしまい、そして親友のなつみと一緒にいる時、なつみにその電話がかかってきました。

この電話が次にかかる相手は、その携帯電話のメモリーにある誰かの番号にかかっているようでした。なつみは、テレビのバラエティー番組の出演依頼を受け、生放送中にの時間を迎えますが、やはり悲惨は最後をとげ、そしてついに由美にその電話がかかってきます。由美は打ちひしがれ、すべてを諦めますが、これまでの親友の死の連鎖をとめるべく、一緒に動いていた葬儀屋の山下と共に事件の核心に近づき、幼い娘を虐待死させた水沼マリエ(筒井真理子)と言う母親の存在を知り、一軒の廃病院に行きつきました。いよいよ予告された時間が迫る頃、二人は怨霊渦巻く廃病院で、マリエの遺体を発見、霊を慰める格好で死を免れますが、実は呪いの発信源は、マリエの娘・美々子であったことが判明、美々子は直接由美の前にその姿を現し、由美に憑依するのでした…。

着信アリ

出演陣も豪華で、怖さも抜群。いかにも日本的なホラーの怖さを醸し出して、ゾクゾクします。その怖さの雰囲気は、けっこう好きな部類に入ります。そして、廃病院の雰囲気。病院は、いろんな人が最後を迎える場所で、なにかといわくありげな場所、それも廃れ切った廃病院。残存するものからも、異様な雰囲気があり、ホラーとしてなかなかいい雰囲気です。でも、しかし、そうなのですが、なのですがです。

水沼マリエとのシーンで一応のクライマックスを迎えた後の蛇足感が半端ないです。いや、そうなる必然性があればいいのですが、それまでに、顕著な伏線があまり感じられませんでした。そうなると、ホラーのなかなかいい雰囲気でそのまま見続けると納得してしまう感じがしますが、結局しっかりした伏線と必然性に乏しいこの展開では、もともと非現実的なホラーだけに、ただの物語の垂れ流しに思えてしまいます。ですから、見終わって振り返ってみると、結局このストーリー何だったのという感じが残ります。ああ、作り話を滔々と聞かされただけなのかと…。

という訳で、あとでストーリーを振りかえるたびに、水沼マリエのシーンで終わればうまくまとまって良かったのに、それ以降は、ただ呪怨や、リングのようなあらたなホラーのキャラクターを作って、続編をやりたかっただけなのかと思うくらいの取ってつけたラストだと思いました。で、ブログの記事を書きながら振り返るたびに、たいがいにしなさいよ!という気持ちが強くなった次第。でも、じゃあ着信アリ2とかFinalとか、絶対見ないかというと、そういう訳ではありませんが。ホラーとしての雰囲気は好きですので。途中までですが…。

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「パニック・ルーム」 緊張感で一気に見せる密室サスペンス

今日は、GYAO!の無料配信から、「パニック・ルーム」を鑑賞です。デイヴィッド・フィンチャー監督の映画ですが、「セブン」や「ゴーン・ガール」など、なかなか良かったので、これも期待しての鑑賞。ジョディー・フォスターの映画を見るのも久しぶりのような気がしますが、最初はニコール・キッドマンの予定だったらしいですね。2002年の映画です。

あらすじ
夫と離婚して間もないメグ(ジョディ・フォスター)は、娘・サラ(クリステン・スチュワート)と共にニューヨークの豪邸に引っ越してくる。その夜、メグ達が入居していることを知らずに、3人の男が侵入してくるが、彼らは空き家のつもりで、すでに2人が住んでいるのが計算外だった。彼らは、この屋敷の中にある前居住者の莫大な遺産を目当てに侵入してきたのだ。メグとサラは、すぐにパニック・ルームへと逃げ込むが、実は遺産の隠し場所はパニックルームの中だったのだ…。



ニューヨークの中心で空き家を探すメグは、不動産屋の案内で都心部のある豪邸を下見をします。その家はエレバーターもあれば、災害や強盗を想定した、外界から守られるパニック・ルームも存在するものでした。メグは、夫と離婚したばかり、メグとサラの関係もギスギスして、何となく落ち着かない雰囲気の様でした。そしてその日の夜、三人の強盗が侵入してきます。目的は、全居住者が遺した莫大な財産が屋敷の中に隠されており、次の居住者が入居する前に奪い取ってしまおうというもの。しかし、彼らにとってすでにメグとサラが入居していることは計算外なのでした。

強盗の侵入に驚いた二人はパニック・ルームに駆け込みます。ところが、その遺産もそのパニック・ルームの中にあることが解っており、強盗は、外からは決して入れないパニック・ルームの中から二人をおびき出そうとします。それに対して二人も中からあの手この手の抵抗を行い、パニック・ルームを巡っての攻防戦が始まったのでした。

実際の攻防戦などのストーリーは、3人の強盗を語ることによってご紹介。
ジュニアジャレッド・レト)…一味の首謀者。実は遺産相続人の一人。隠されている金額を過少に話して仲間に分け前の額を提示し、連れてきている。相続人の一人なので、隠し財産を公にすれば、一定比率の相続の権利もあったのだが、少しでも多くの分け前を取ろうと、今回の盗みを計画する。しかし、目算が狂い、自らも火傷を負い、仲間からも法外な分け前を要求されたことから、それなら公表して分配してもらったほうがマシ。と離脱をしようとして、ラウールに撃たれて死亡。
バーナムフォレスト・ウィテカー)…パニック・ルームの数々の設計を手掛け、金庫の解錠もお手の物。3人の中では比較的良識のある人物て、アイデアを出しながら、ややもすると極端に走りがちな他の2人を止めに回る。目的は金だけで人を傷つけるのは良しとしない。本来ジュニアと二人で実行する予定であったが、凶悪なラウールを連れてきたことで、不満でもある。最終的に財産を手にして逃げているところで、切れたラウールに殺されそうになっているメグを助けるために、ラウールを撃ち殺す。しかし、逃げる時間を失ってしまい、警察に確保される。
ラウールドワイト・ヨーカム)…ジュニアが突然連れてきた人物。性格は凶暴で、手加減もなくすぐに切れる。目出し帽を終始被っており、拳銃も持ち込んできている。途中で乱闘になり、目出し帽と拳銃を失ってしまうと、急に慌てだる。顔を見られるのを極端に嫌うようである。最後に、メグともみあいになり、メグにハンマーを振り下ろそうとしたところを、メグの悲鳴で戻ってきたバーナムに撃ち殺される。

ということですので、メグたちが予定より早く入居(不動産屋のミス)していなくて、ジュニアとバーナムと二人で来ていれば、隠し財産はすんなり手に入っていたでしょうに…。というお話でした。

パニック・ルーム

どうしようもなくなった状況の中での双方の攻防戦が見どころです。犯人側はいつもの通り仲間割れ。パニック・ルームの中にいては、守勢に回るだけなのですが、いかに外界と連絡を取れるかがキーポイントというところでしょうか。緊張感を保ったまま、話がどんどん進んでいく展開は見事だと思います。

メグとサラはハンデがあり、メグは閉所恐怖症。しかし、そういっていられる場合ではなくなり、途中からは克服しているような感じです。サラは糖尿病で、定期的に注射を打たないと死に至る様子。今回もパニックルームの中で症状が悪化し、注射を取りにメグが外に出ざるを得なくらるのが、場面転換のキーポイントなのでした。

ということで、途中でも緩むことなく、最後まで面白く見られました。なかなか良くできた娯楽作品だと思います。あまり難しく考えず楽しみましょうという作品だと思います。で、結局ジョディー・フォスターを見るのはいつ以来だろうと思って調べてみたら、「おとなのけんか」以来でした。最近は監督とかされているようで、出演作は多くないようですね。次回作は「ホテル・アルテミス」(ソフィア・ブテラ主演)というのが、IMDbにありました。

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私の好きな100本の映画⑩ 男たちの生きざま

私の好きな100本の映画第10回

折り返しの第10回となりました。今回は、男たちの生きざまと題して、男の闘いが主題となっている映画を5つ挙げてみました。西部劇が3本、マフィア物が2本と言う格好になります。本来、男は決闘だけではないはずですが、どうしてもこの辺が目立ってしまいました。この中に、日本の任侠ものが一つも無いのは、正直あまり見ていないからです。ずみません。何本か見た内では好きな映画もあったのですが、今のところ次点。また次の機会と言う事にさせてください。



46.ゴッドファーザーPARTII (The Godfather Part II)
  1974年 アメリカ 監督:フランシス・フォード・コッポラ 出演:ロバート・デ・ニーロ アル・パチーノ

この次に挙げている、最初のゴッドファーザーと、このPartⅡ。いずれも甲乙つけがたい名作だと思います。どちらかと言われると、私はこのPartⅡの方を上げるのですが、それはやはり哀愁を帯びた音楽と、移民としてアメリカに渡ってきた、ビトー・コルレオーネ(ロバート・デ・ニーロ)のストーリーが素晴らしいからです。現在の時間の設定で、マイケルが繰り広げている、裏切りと復讐劇の一方で、マイケルの回想も含めて語られる、ビトー・コルレオーネの登りつめていく苦難の道のり。2つの物語が相乗効果となって進むこの作品は、本当に素晴らしいと思います。



47.ゴッドファーザー (The Godfather)
  1972年 アメリカ 監督:フランシス・フォード・コッポラ 出演:マーロン・ブランド アル・パチーノ

さて、こちらは元祖ゴッドファーザー。マーロン・ブランドが強烈な個性を見せる作品です。ストーリー運びも王道です。音楽も大ヒット。非の打ちようがない映画だとも思います。ドンの役割や重責、要求される人間力。そして、過酷な勢力争いの駆け引きから、どこからも命を狙われている中での、世代交代。マフィアの世界のことと言いながらも、世の中のいろいろな局面の中では普遍的なテーマを象徴的に表現しています。そして、初代と二代目は違うというのも、この三部作でしっかりと表現されている。男たちと言うだけでなく、社会の仕組みを克明に表現しているとも言えます。



48.ウエスタン (Once Upon a Time in the West)
  1969年 イタリア 監督:セルジオ・レオーネ 出演:ヘンリー・フォンダ クラウディア・カルディナーレ

いかにも、セルジオ・レオーネのマカロニウエスタンという映画でした。そもそも冒頭の方から現れる悪役たちの雰囲気や描き方から、すっかり目を奪われてしまいます。汗臭い顔の大写し、そしてエンニオ・モリコーネの音楽。そもそもヘンリー・フォンダの悪役というのも珍しいものですが、相手はチャールズ・ブロンソン。これも世代交代で、15歳の年の差があります。ストーリーの面白さも勿論ですが、男の顔の大写しで、じっくり情感をためていくこのスタイルが、いかにもマカロニウエスタンらしくて、ゾクゾクするような魅力を感じるのでした。

ウエスタン



49.明日に向って撃て! (Butch Cassidy and The Sundance Kid)
  1969年 アメリカ 監督:ジョージ・ロイ・ヒル 出演:ポール・ニューマン ロバート・レッドフォード

これも、見たのは相当前で、テレビでだったと思います。やはり、若い時代に見たこういう面白い映画は、いわば私にとって、映画の面白さの先生であり、足を向けて寝られないと言った存在のひとつなのです。西部劇と言うジャンルにも分類されますが、いわばクライムサスペンス的な話でもある訳でして、主人公二人の人柄や、改心、ひと時の平穏、そして再発による破滅という筋書きは、他にもいろいろな映画で見ることもできます。そして、キャサリン・ロスとの幸せなひと時の描写が「雨に濡れても」のテーマと共に、この物語を支配し、見る人の感情の置き場を作っておいてラストへと流れていく。という訳です。すっかりこの映画の虜になってしまいます。



50.殺しが静かにやって来る (Il grande silenzio)
  1968年 イタリア 監督:セルジオ・コルブッチ 出演:ジャン・ルイ・トランティニャン クラウス・キンスキー

最近見た、マカロニウエスタンからの1本。一部からは結構嫌われているこの映画は、悪人が勝ってしまうからなのですが、これはこれで完結しているので私としてはあまり気にならないという立場です。そして、映像はいかにもマカロニウエスタン的でありながら、風景は砂漠では無く一面の雪世界。独特の構図、そしてモリコーネの音楽。一流のこの世界を堪能できます。もう一つのおまけは、イタリア映画らしいといいますか、濃厚なラブシーン。このモリコーネの音楽が煽るように盛り上がるシーンは、この凄惨な映画に会って、大きく異彩を放っていました。いろんな場面で心を惹きつけてやまない映画だと思います。
<ブログ内にレビューがあります>
「殺しが静かにやって来る」 過激すぎるストーリーとモリコーネ



さて、私の好きな100本の映画。第10回の5本は、男たちの生きざまということで選んでみましたが、結局、「男」というテーマで捉えられているのか、怪しくなってきました。でもまぁ、いろんなドラマがあってこその映画でもありますんで、このあたりでご勘弁を。ということで、50本まできました。次回は、「男」とくれば、「女」なんですかね…。ちょっと考えてみます。

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プロフィール

torrent13

Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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