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「ブレードランナー 2049」 見事に発展した前作の世界観

こちらでは今日(10月20日)が初日になった、「ブレードランナー 2049」。「ブレードランナー」は、私の好きな100の映画にあげている中でも、第1位なわけで、当然のごとく見に行った訳です。セリフもなかなか微妙なので、英語だけで見るのは、厳しいのではありますが、まずは、どっぷりとひたってきました。

あらすじ
2049年のカリフォルニア。労働力として人間と見分けのつかないレプリカントが製造され、人間社会と危うい共存関係にあった。人類への反乱をも目指している旧レプリカントは、ブレードランナーと呼ばれる捜査官が取り締まり、秩序を守っていた。LA市警のブレードランナーであるK(ライアン・ゴズリング)は、捜査中に科学者ウォレス(ジャレッド・レト)の陰謀を知ると共に、かつて優秀なブレードランナーとして活躍し、30年間行方不明になっていたデッガード(ハリソン・フォード)にたどり着く…。



設定は、前回の30年後、2049年。当時、デッカードとレイチェルが逃避行を行ったのが30年前のこと。実際の公開年では、1982年から2017年。35年後になります。少し長いですが、ハリソン・フォードも同じように年を取って、いまやブレードランナーとして活躍しているのは、ライアン・ゴズリングなのであります。

冒頭は、蛋白源を生産する農場での、ブレードランナーを発見して始末するシーンから。かなり痛い戦いをするライアン・ゴスリングは、超人的に強靭なのでした。そして、その現場にあったトランクを持ち帰ると、その中には…。このあたりから謎が入り始めます。

ブレードランナーの世界観というか、雰囲気は前作をしっかり引きついでいました。都会の風景も同じ雰囲気、日本語が多いのは前作以上で、カタカナがやたら多いのも目立ちます。ロス市警のブレードランナーの報告用紙にも日本語が一部使われています。その他、コンピューターの音声が日本語だったり、SONYがやたら目立っていたりと、仕掛けは盛りだくさん。それ以外にも、ハングルもチラホラ見られ、誕生日のケーキは中国語と、東洋趣味も盛りだくさんでした。

ブレードランナー 2049

さて、まだまだ楽しみは先なので、あまり細かいあらすじは書かないことにしましょう。とにかく、昔の細々した小道具もしっかり出てくるので、嬉しい限り。折り紙も置かれています。レイチェルの写真もデッカードの机の上にあります。なんかいいですねぇ。そして、主な場面は、前作のイメージと同じように雨の雰囲気が素晴らしい。ただし、今回は雨以外にも、乾いた廃墟や、雪景色や、鉄くずで埋もれた工場の廃墟なども登場し、情景も盛り沢山でした。

タイレル社を受け継ぎ巨大化した、ウォレス氏のピラミッドのような階段のある建物。そして、登場するレプリカントは、冷血無比なLuv(シルヴィア・フークス)。ライアン・ゴスリングの彼女は、ヴァーチャルな立体画像のJoi(アナ・デ・アルマス)。バーチャルな画像と、実在の女性を重ね合わせて愛し合うなど、なかなか面白い場面もありました。

いや、見事にブレードランナーの世界をよみがえらせてくれたと思います。また、この世界に浸る楽しみが増えました。とりあえず大満足でした。

今回は、まだこちらでは初日、日本では未公開なので、このへんにしておきます。また、見に行きたいな…。

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「サプライズ」 主人公の戦いぶりが徹底していて痛快

無料配信を探りつつ、見始めた「サプライズ」です。良く知らなかったのですが、こんなポスターを見たことあるなと思いつつ見始めたら、けっこうしっかりした映像ではないですか。ということで、最後までじっくり楽しませていただきました。ちゃんと日本でも劇場公開されている映画ということもあり、見ごたえがあるホラーでした。

あらすじ
両親の結婚35周年を祝うため、人里離れた別荘に集まった家族10人。その家族は、会えば兄弟喧嘩の絶えない家族だった。そして、その日の晩餐、突如クロスボウの矢が一人の命を奪い、それを皮切りに何者かに次々と家族の命が奪われていく。その中で、サバイバル術の心得のあるエリン(シャーニ・ヴィンソン)の機転による反撃が始まった…。



近隣には、家が1軒だけしかない別荘。その唯一の隣人の2人が、アニマルマスクを被った何者かに殺される場面からスタートします。そして、その別荘に集まった家族十人。彼らは両親の結婚35周年に集まったのでした。両親と4人の子供たちとその配偶者たちという構成。彼らは再会の挨拶をかわしますが、決して仲は良くないようで、会えば喧嘩をし始めています。そして、その日の夜の晩餐で、窓越しのクロスボーが額に命中し、まず斃されます。

その登場人物の状況は以下の通りです。
父 ポール(ロブ・モラン)  ・謎が判明する前、家の2階で刃物で殺害される
母 オーブリー(バーバラ・クランプトン)  ・謎が判明する前、家の2階で殺害される
長男 ドレイク(ジョー・スワンバーグ)  ・屋外でクロスボーで射られ気絶する。その後、意識をとり戻す
長男の妻 ケリー(マーガレット・レイニー)  ・屋外に逃亡し、隣家に逃亡するが、隣家で殺害される
次男 クリスピアン(A・J・ボーウェン)  ・屋外に逃亡する
次男の彼女 エリン(シャーニ・ヴィンソン)  ・サバイバル術を活かして敵と戦う
三男 フィリックス(ニコラス・トゥッチ)  ・中盤以降まで生き残る
三男の彼女 ジー(ウェンディ・グレン)  ・中盤以降まで生き残る
長女 エイミー(エイミー・サイメッツ)  ・屋外に出ようとして、仕掛けられたピアノ線で咽を切られる
長女の彼氏 タリク(タイ・ウェスト)  ・外からのクロスボーで倒され、事件の幕開けとなる。

で、謎が明らかになるまでに生き残っているのは、長男 ドレイク、次男 クリスピアン、次男の彼女 エリン、三男 フィリックス、三男の彼女 ジーの5人。そして、敵方は3人のうち、エリンに斃された一人を除く二人でした。そして、この襲撃の謎が中盤で語られますが、実は襲撃者にとっても予想外の展開になっていました…。

サプライズ

この映画は、ネタバレを書くと身も蓋も無いので、途中までにしておきます。

まずは、冒頭の田舎の風景が、なかなか美しく撮られていて、B級ではない感覚です。こういう雰囲気で始まると、一線をクリアし、いい映画かもしれないという期待が高まります。集まった兄弟たちは、あまり仲が良くないようで、中にはひねくれて、いやな奴も多いようです。そして、男たちの中で血のつながっていたいタリクが、若干辟易して窓の外を見た時に、異変に気付き、クロスボウの矢が額に突き刺さってしまいます。そしてパニックスタート。

この映画の見どころは、途中からのエリンの活躍ぶりですが、主人公のエリンの隠された過去と言うのが、面白いというかキーポイントでもあります。そのサバイバル術は痛快ですが、敵の殺し方は、完膚なきまでやっつけるという思想で、徹底して激しくグロい。これはある意味痛快です。ミキサーを使うところなど、機転なのか、あるいはサバイバル術で練習していたのか、なかなか凄いシーンです。最後の闘いも、決然として、さっぱりして、拍手を送りますし、その後のラストとエリンの絶叫で締められるのですが、これは見ている方の期待通りで締められ、巧く落ちましたと言う感じでした。

密室でのバイオレンスで、一人ずつ死んでいく映画は数ありますが、これはそれらの中でも、程よく凝った展開で、最後まで楽しませる、良くできた映画だと思いました。何より細かいところまで、しっかり作られているのがいいと思います。アダム・ウィンガード監督は、この後もホラー映画を続々と作り続けている新進監督ですが、注目です。

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「ペット・セメタリー」 ちょっと常識からずれた雰囲気のホラー

最近、邦画を見る率が上がっているような気がして、あえて選んだ洋画です。スティーヴン・キングの原作脚本になるものということで、そこそこ期待を持ってみますが、どうなんでしょうか?あまり知っている俳優さんも出ていないし、B級感が漂うのかなぁ、と疑惑を持ちつつ鑑賞しました。

あらすじ
メイン州の田舎町の病院に転勤した医師ルイス(デール・ミッドキフ)は妻レイチェル(デニーズ・クロスビー)や2人の子供エリー(ブレーズ・バーダール)、ゲイジ(マイコ・ヒューズ)とシカゴから引っ越してきた。ところが、家の前の道路を行きかう大型トラックに驚き、向かいに住むジャド(フレッド・グウィン)から、この道路で犠牲になったぺットを葬るセメタリーの存在を聞く。ある日、子供達をシカゴの実家へ送り出したルイスは、エリーが可愛がっている仔猫の死骸を発見。彼はジャドの案内で墓地の奥深くの部族の墓地に埋めると、翌朝その猫が生き返っていたが、凶暴な猛獣と化していた…。



狭い道路を暴力的なスピードで走るタンクトレーラー。この映画はそんな場面から始まりました。その道に沿った家に越してきたクリード一家は、家の敷地から繋がる小道を見つけます。お向かいに住むジャドは、後日その場所に案内しますが、そこは道で轢かれたり、あるいは天寿を全うしたペットたちの墓地となっていました。ある日、ルイスの病院に担ぎ込まれたパスコー(ブラッド・グリーンクィスト)という男が、治療のかいなく息を引きとりますが、その夜ルイスは夢でパスコーから、助けようとしてくれたので助言するが、あの墓地の向こうに足を踏み入れてはいけないと告げられるました。

レイチェルと子供達をシカゴの実家へ送り出した日、ルイスはエリーが可愛がっている仔猫の死骸を見つけます。彼はジャドの案内で墓地の奥深く、パスコーに入ってはならないと言われた山の中に深く分け入り、部族のモニュメントの中心にそれを埋めると、翌朝その猫が生き返って現れました。しかし、元の猫とは似て非なりもの。猛獣のように凶暴化していました。そして、クリード一家とジャドの団欒の日、ゲイジがタンクトレーラーに撥ねられ、轢死する悲劇が起きます。悲嘆にくれるルイスは家族のいない日を見計らって、ジャドの制止を聞かずに、例の墓地にゲイジを埋めてしまいました。

エリーの夢により異変を察したレイチェルは、パスコーの導きもあって、メイン州の自宅に向かいますが、生き返ったゲイジは、父の鞄からメスを奪い、いたずらをする様にジャドを死に追いやり、そして家にたどりついたレイチェルの命も奪ってしまいます。ついにルイスはゲイジの命を奪い、まだ死んでから間もないから大丈夫だと、妻の死体をまたあの墓地に埋めようとしました。パスコーの制止も届かず錯乱したルイスは、死体を埋めると家でレイチェルの帰りを待ち、ゾンビ化した妻を抱きしめますが、レイチェルの手には大きな刃物が握られていました。

ペット・セメタリー

全体的に怪しげな雰囲気に包まれた雰囲気の映画でありました。そもそも微妙に異様な家族と隣人、そして行きかうトラックの姿や音が不安を掻き立てます。姿は見えなくても音だけが現場を支配している感じです。ただ、この異様な雰囲気は、素直に共感できるものではなく、なんとなく世間とのずれを感じさせるものでした。その他の登場人物も、かなり異常さを感じさせるもので、ジャドも蘇生の秘密を知りながら、この世界で生きてきたということ自体、かなりの異様さを感じます。

蘇生の秘密を知ったルイスの行動は、ストーリー的には説得力に欠けるもので、その懲りない行動は、解り切った結果を呼び起こしてしまう負の連鎖となっており、そういった必然性に欠けるのが難点とも言えますが、その全体的に異常な雰囲気作りから、その正当性をカバーしているようにも見てとれます。ルイスの行動は、愛ゆえにという単純な理由では、説得力に欠けるような事象です。パスコーも支援や忠告をしますが、実際は中途半端で、怪しげな雰囲気づくりに寄与している部分の方が大きいと思いました。

全体的に、怖さやグロさ、緊張感は良く出ていて、後味は悪いですが、ホラー映画としてはいい感じと思いました。猫やゲイジと違って、妻だけゾンビ化したような格好になっているのも、逆にすっきりして良かったのではないかと思います。細かな見どころもあり、ジャド殺害のシーンの猫とゲイジの連係プレーや、ゲイジが斃された時の、フェアじゃないと呟く時のかわいらしさ、そして一番はルイスがベッドから落ちて頭を打つシーン。NG集に入ってもいいような、面白いシーンですが、あのぶつかり方はかなり痛そうです。それでも、打った場所をその後すぐに、敢えて手で押さえていないあたりは、照れ隠しか意地かというところでしょうか?

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「他人の顔」 安部公房のシュールな世界に挑戦

安部公房の「砂の女」は、私にとって人生観を変えるほどのトラウマになった小説なのですが、残念ながらまだ映画を見る機会に恵まれていません。という訳で、今日は代わりと言ってはナンですが、「他人の顔」です。同じ、安部公房原作、勅使河原宏監督の作品になります。安部公房の世界観を期待しての鑑賞です。

あらすじ
男(仲代達矢)は新設工場で作業中に顔に大火傷を負い、顔を繃帯ですっかり覆われた。彼は顔を失うと同時に妻(京マチ子)や長年の関係者との対人関係をも失ったと考え、異常な猜疑心を抱くようになる。そこで彼は行きつけの精神科医(平幹二朗)に依頼し、顔を全く変えようと考え、精神科医は仮面の実験に興味を示し、男に全行動の報告を誓わせて応諾する。顔の仮面は成功し、男は慣れてくると、当初の目的であった、関係の途絶えた妻を誘惑する行動に出る。精神科医は、危険だと制止するが…。



顔のレントゲン写真から始まるオープニング。そして、繃帯で覆われた男の顔。かなりシュールな場面からスタートします。顔を大やけどで失った男は、新設工場で液体酸素を誤って使用し、大火傷を負ったという事故なのでした。顔をすっかり失った男は、妻や社会生活を失ったと考え、周囲の忠告も素直に耳に届かなくなり、猜疑心の塊になっています。妻からも疎んじられていると考えた男は、かかりつけの精神科医に、新しい顔を作ってくれと頼み、精神科医は、顔を変えて社会に戻るという実験に興味を持ち、男に、以後の全行動の報告を求めるという条件付きで、樹脂製の仮面を制作することになりました。

仮面が無事完成、新しい顔になった男は、妻には一週間出張に行くと偽り、アパートを借ります。それも、繃帯男用と、仮面用を一つのアパートに二部屋。これは、すぐに精神障害のある管理人の娘に見破られ、男は不安を感じますが、会社の秘書には全く見破られず男は自信を得ます。男はついに、火傷を負って以来拒絶されたと思っている妻を新しい顔で誘惑するという行動にでることにします。男は成功しますが耐えられなくなり、見知らぬ男と貫通した妻をなじると、妻は最初から夫であることが分かっていた。誘惑は夫の気づかいだと思っていたが、とんだ勘違いだったと妻に逆に糾弾され、行き場を失ってしまいました。

男は、夜の町を歩きながら、仮面のせいにして通りがかりの女を襲うという行動にでますが、警察に突き出され、精神科医が連れ戻すために呼ばれます。そして、警察を出ると大勢の仮面の群衆とすれ違い、男は仮面の自由を叫びながら、精神科医を刺殺するのでした。

他人の顔

アヴァンギャルドな、象徴的な安部公房の小説の映画化ですので、見る方もこの映画について何らかの解釈を強いられます。社会性についてのテーマになりますので、なかなか解釈力が試されるようで難しいですが、だんたいこんなもんではないでしょうか?

つまり、顔の持つ意味は何なのかということから始まり、顔には、自分のアイデンティティーという認識と、他者からの識別の役目がある。この顔を失うことは、即ち社会の中での自我の喪失に繋がり、主人公の男は自分が社会との接点を失ったと考えるに至る。この顔の喪失とは、社会の中での存在が否定されるがゆえに、極めて自由な存在になる一方で、非常に孤独な存在ともなる。いわば社会から切り離された存在でる。顔を失った人間は社会と繋がらないから何をしてもいい。一方で、この社会ではこのような仮面が大量生産されており、人はますます孤独になる。これは社会の危機である。

というような、禅問答のような話は、終始出演者の口からも語られています。一方で目立つのは、怪我を負った男への他人の接し方。繃帯ぐるぐる巻きの男に、気遣いや哀れみが混じったような接し方。これを受けて、男はますますひねくれていくようです。不思議なのは、繃帯男と仮面男を同一人物と見分ける人の存在。管理人の知恵遅れの娘(市原悦子)と、男の妻。娘の方は、そもそも社会性が薄い存在であり、本質で生きている人物。妻の方は他人以上に繋がった何かがある人物ということでしょうか?

この映画には、男が見た映画として、劇中映画が存在します。この映画の意味するところは難しくて、解釈できません。ケロイドと戦争、原爆という符号はあります。しかし近親相姦と入水など、どう関連付ければいいのか?謎です。

安部公房のいわゆる失踪三部作は、すべて勅使河原監督の手により映画化されており、いずれも見てみたい映画なのですが、「砂の女」だけは心してみないと、読んだ時のトラウマがぶり返しそうで…。映画だとそうでもないかな???

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「氷点」 昭和の文芸作品を忠実に描き出した邦画の名品

GYAO!の無料配信で継続中の「おとなの大映祭」が更新され、今回は「氷点」。三浦綾子原作の小説の映画化です。三浦綾子の小説には慣れ親しんでおらず、今まで見たことのある映画も「塩狩峠」くらいです。そういう意味で、まだ知らない風情が味わえることも期待しての鑑賞です。1966年の映画で、監督は山本薩夫です。

あらすじ
娘のルリ子を殺された、病院の経営者辻口啓造(船越英二)は、その時間帯に妻の夏枝(若尾文子)が眼科医の村井(成田三樹夫)と不義をしていたという疑いを抱く。啓造は養子をもらいたいと言う夏枝の願いもあり、妻への復讐の意味も込めて、犯人の娘を引き取り夏枝に育てさせる。夏枝はそんなことは知らず娘の陽子を愛し育て始めるが、あるとき陽子の秘密を知った夏枝は、心も体も啓造とは一線を画すことを誓い、陽子にもつらく当たるようになる。そして、やがてそのことは陽子の知るところにもなってしまう…。



辻口啓造は病院長の立場にありました。ある日、出張から一日早く帰ってみると、部屋にたばこの吸い殻とコーヒーカップが2つ。啓造は妻に不義の疑惑を感じます。そして、その時娘のルリ子がいない事が判明、翌日ルリ子は河原で遺体で発見されました。啓造は、妻の夏枝が眼科医の村井を訪ねた後に、首にキスマークがあるのをも発見、ますます疑惑を募らせ、その復讐にと、ルリ子の代わりに養子を貰いたいという夏枝の願いにこたえる形で、ルリ子を殺害した犯人のまだ赤ちゃんである娘を、それと伏せて育てさせることにしました。これは、義侠心から出たものと言う事にして、夏枝には事実を伏せ、それと知った時に大きな精神的打撃を与えるという、狡猾な企みでもありました。

夏枝は、それと知らず、陽子と名付けられた幼女を溺愛して育て上げ、陽子は明るく清純な少女にと成長していきました。しかし、ある日、夏枝は偶然啓造の書き記した手紙を見て、陽子の秘密を知るに至ります。夏枝は暗闇に突き落とされ、身も心も啓造との関係を謝絶すると決意、啓造は人格の一変した夏枝を見て、自分の軽卒さを後悔することになります。長男の徹(山本圭)もやがて秘密を知ることとなりますが、陽子を守り抜くと心に決めました。夏枝の陽子に対する態度も一変していましたが、陽子はこれにも耐えて明るい娘に成長していきます。そして、徹は大学へ、陽子も進学の時期を迎えていました。

そして、ストーリーは急展開し、夏枝の親友である辰子(森光子)が、陽子を養女にして大学に通わせたいと申し出ますが、夏枝は資産家の養女になって陽子が幸せになることを拒絶。徹は、陽子を異性として愛するようになりますが、一方で、大学の親友北原(津川雅彦)に陽子を託すつもりで夏休みに紹介します。しかし、これは夏枝が間に入って妨害し、むしろ夏枝が北原に興味を示して誘惑しますが、北原はきっぱりと拒否。この夏枝が妨害していたという事実が、北原と陽子に知れると、二人は夏枝を糾弾し、夏枝はついに、陽子の面前で過去の秘密を暴露します。

絶望した陽子は遺書を書き、ルリ子が殺された川原で睡眠薬を呑みます。その間、北原は真実を確かめるべく、陽子を世話した乳児院の高木(鈴木瑞穂)と面会し、高木は実は仲間の不義の子を、犯人の子と偽り、啓造たちに育てさせていたということを暴露。皆が今までの長い間の行いを後悔し始めたところで、長い間昏睡状態であった陽子に、生気が戻り始めました。

氷点

1964年に書かれた、三浦綾子の小説の映像化ですが、この文学の力を素直に表現した作品だと思いました。監督の山本薩夫は、社会派とも言われていますが、リアルで媚びないような雰囲気が、ストレートな表現に繋がっているのではないかと推測します。難を言えば、場面の切り替わりがちょっと唐突な点がいくつか見られましたが、見ているうちにそれも気にならなくなりました。安田道代の可憐さはもちろんですが、若尾文子が素晴らしいです。美しくもあり、かつ情念のこもった名演技だと思います。憎たらしさや、恐ろしさを十分紡ぎだしています。

北原の立場を推し量るのは、なかなか難しいのですが、ここまでこの家族に拘ってかかわるのは、陽子への思いなのか、徹との友情なのか、また、本人の正義感なのか。見ていて、家族の一員ではなく、浮いた存在にならざるを得ないながらも、正義を説いています。一方で、啓造や夏枝は自身のエゴで陽子を犠牲にしてしまいます。それも啓造の嫉妬心から出たもの、やってはいけないことをやってしまう人間ということで、この映画の主題である人間の原罪というものを体現する存在として描かれています。無垢な存在の陽子を中心に、これらの人物の対比と、役割分担が、三浦綾子の描きたかった人間の原罪ということなのでしょう。

やはりこの映画は、「氷点」という素晴らしい小説の上にあって、それを素直に過不足なく映画化したという、素晴らしい出会いで成り立っていると思いました。氷点とは、前向きに生きる陽子の心が、人間の原罪に気づき凍った瞬間とのこと。繰り返しテレビドラマでも映像化される、昭和の文芸作品なのでした。

さて、「おとなの大映祭」は残すところ2作品になりました。いろいろな意味での「おとな」が描かれてきましたが、今回は底力を感じる作品だったので、最後の2作品、楽しみにしたいと思います。

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「ジオストーム」 サービス満点ではありますが、ストーリーが…

予告編を見ると、いろいろとスペクタクルがあって面白うそうだったので、映画館に「ジオストーム」を見に、足を運びました。話の筋は二の次で、大画面の天災シーンを見るというのがお目当てですが、どうでしょうか?天災パニック映画は久しく映画館で見ていなかったので、ちょっと楽しみでもあります。

あらすじ
異常気象を完全にコントロールする宇宙ステーションにより管理された世界。天災は起こらないはずが、世界各地で異常な気象が起こり始める。そして、これは宇宙ステーションのシステムがウイルスにより暴走し始めたのが原因だった。この問題を解決するために、天才科学者ジェイク(ジェラルド・バトラー)は、宇宙ステーションに乗り込み解決にあたるが、そこにはある陰謀を発見する…。



スタートは、この天災をコントロールするシステムを作った経緯と、生みの親である天才科学者ジェイクの左遷のくだり。そして、アフガニスタンの砂漠をいくUN軍は、強烈な寒波に壊滅した村を見る。そこは、人も馬もすべてが凍り付いていたのだ。そして、東京では巨大な雹に見舞われ、リオでは海も人も凍り付かせる寒波が襲い掛かる。この現象を宇宙ステーションの暴走と知った、天才政治家マックス(ジム・スタージェス)は、隠遁生活を送る兄のジェイクを呼び戻し、宇宙ステーションに向かわせることになった。

その頃、香港で地中のマグマが噴出する災害が起こり、ある秘密を知ったチェン(ダニエル・ウー)は、マグマの天災をカーチェイスで辛くも振り切り、マックスに会って陰謀を伝えようとするが、その直前で殺されてしまう。ジェイクは宇宙ステーションで活動する中で、やはりこの一連の事件の秘密を知り、それを暗号化してマックスに伝えることに成功する。それを知ったマックスとその恋人で大統領のボディーガードのサラ(アビー・コーニッシュ)は陰謀に立ち向かい、大統領を救出するが、その頃宇宙ステーションは人類滅亡に向けて最後の攻撃のカウントダウンに入っていた…。

ジオストーム

災害シーンは迫力あるもので、ストーリーもいろんな登場人物が絡んできます。天災ものという中で、災害から逃れようというパニックシーンで、主要登場人物がからむのは、香港でのチェンのみ。あとは、一般人が犠牲になるだけ。メインのストーリーは、大統領暗殺の陰謀、ジェイクの左遷と復活後、身を挺した活躍、宇宙ステーション周辺での事故の続発と、謎の解明。おまけにジェイクの隠遁先での、娘との別れ。「生きて帰ってきて…」と。

正直、災害シーンは予告編で見れば十分です。それにほとんど盛り込まれています。メインのシーンは、大統領暗殺陰謀の阻止にまつわる、カーチェイスシーン。そして、宇宙ステーションでの活動と自爆シーン。インターステラーみたいなおまけつき。という映画で、書いている方も何が何だか分からなくなるような盛りだくさんの大サービスでした。一番のお気に入りは、結局アビー・コーニッシュのカーチェイスシーン。これはなかなかカッコいい!

しかしまぁ、世界各地で通常を遥かに超えた天災に人々が飲み込まれている中で、大統領暗殺の陰謀を行っているとは、アメリカも大迷惑な国だなぁとう感想しか残りません。それで、兄弟と娘でのどかな風景を見せられてもねぇ…。この映画は失敗作を時間をかけて作り直して公開にこぎつけたというものらしいですが、出演者も豪華で、個々のシーンは金もかかっていそうで、とても素晴らしいと認めはしますが、やはり失敗作から脱していないでしょうね。天災もので、登場人物がほぼ天災に巻き込まれないのは、やはり説得力がないと思いますよ。

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私の好きな100本の映画⑨ ドイツ映画とナチス関連作品

私の好きな100本の映画第9回

第9回は、ドイツの映画3本に、これに関連してナチスドイツに関連するドラマを描いた2本。この2本はナチス時代を体験した女性のその後の人生の葛藤を描いた作品で、「愛を読むひと」はアメリカ・ドイツ合作でもあります。ドイツの映画は、私にとっては、なるほどと感心したり、雰囲気に感動してしまう作品が多いので、安心して見られる分野です。意識的には結構好みの分野と言えるかもしれません。多くは見ていないのですが、この3本は、いずれも大好きな映画です。



41.カタリーナ・ブルームの失われた名誉 (Die verlorene Ehre der Katharina Blum)
  1975年 西ドイツ 監督:フォルカー・シュレンドルフ 出演:アンゲラ・ヴィンクラー ユルゲン・プロホノフ

なんか、BDを1枚買って帰ろうと思って、会社帰りに何げなく手に取った1枚です。内容は、期待を遥かに上回った映画でした。東西ドイツに別れていた時代の、西ドイツの状況がよく解ります。反共、反ファシストであり、かつ旧ナチス関係者も共存していた時代。強烈なマスコミ批判と、堰を切ったようなラブストーリー。見ている間にいろいろと考えさせられ、先の展開が読めず緊張感も高い名作であると思います。監督が、作家としての言いたいことを表現しつくしたような作品と思いました。

<ブログ内にレビューがあります>
「カタリーナ・ブルームの失われた名誉」 辛辣なマスコミ批判と純愛と



42.ラン・ローラ・ラン (Lola Rennt)
  1998年 ドイツ 監督:トム・ティクヴァ 出演:フランカ・ポテンテ モーリッツ・ブライブトロイ

他愛もないと言えば、そういう映画かもしれないのですが、見た当時随分と気に入っていた映画です。何回もリセットしてやり直せるところがいいです。ゲームみたいで。面白さもそこに尽きるので、多くを語るという映画ではなく、一発屋的な映画とも言えます。ストーリー自体はしっかりしているので、マイナス点はなし。フランカ・ポテンテが、常に走っている姿が焼き付いています。この映画、気軽に見られるということで、一時期よく周りの人に勧めていたことがありますが、見た人はきっとキツネにつままれたような感じでは無かったでしょうか?



43.あの日のように抱きしめて (Phoenix)
  2014年 ドイツ 監督:クリスティアン・ペッツォルト 出演:ニーナ・ホス ロナルト・ツェアフェルト

雰囲気がとても好きな映画です。見たのはたしか、Bunkamuraル・シネマで、年配の方で満員でした。この映画館はいつも人が多い印象があります。さて、この映画は、やはり、ワイルの音楽が素晴らしいし、その音楽と映画の雰囲気がとてもマッチしています。自分のことが解らない元夫に対して、ちょっと嬉々としてサインして見たり、字を書いて見たり。なかなか微笑ましくもある場面など、印象に残っています。ニーナ・ホスはとてもいい雰囲気をもった女優さんだなと思いました。この映画以来お気に入りです。ちょっと悲しい物語でもありますが、最後まで美しい物語で、やはりクルト・ワイルの雰囲気がとても素晴らしいです。

あの日のように抱きしめて



44.ソフィーの選択 (Sophie's Choice)
  1982年 アメリカ 監督:アラン・J・パクラ 出演:メリル・ストリープ ケヴィン・クライン

途中の壮絶な収容所での生活が印象的です。そして、戦前の彼女と、戦後の彼女と。翻弄された壮絶な人生の歴史を見事に描いています。そのような彼女に心を寄せるスティンゴですが、あまりにも生きてきた境遇が違い過ぎる。それは、経験値とでもいうものでしょうか。どう頭で考えても理解しえないものでしょう。最後まで見終わってやるせない気持ちになる映画です。
この映画、実は学生時代に女の子とのデートで見る映画に選んだのでした。内容は知らずにいい映画だと聞いていただけで。あいにく満席で立ち見だったので、途中で出てしまいました。そういう浮ついた気分で見て頭に入ってくる映画ではないですね。



45.愛を読むひと (The Reader)
  2008年 アメリカ 監督:スティーヴン・ダルドリー 出演:スティーヴン・ダルドリー レイフ・ファインズ

こちらは、やはり収容所が絡んでいますが、看守の立場にあった女性の物語です。その女性をめぐる男の物語でもあります。これもソフィーの選択と同様、経験値が違い過ぎてどうにもなりませんという二人でした。やはり、元看守と元囚人の2人が印象的です。イラーナ・マーターの発言は強烈に心に突き刺さってくるものです。そして看守側ハンナの思いも相当に強いもの、中途半端な接し方をしてしまった男にとっては、ただみじめに生きていくしかないという結果が残されました。この原作は「朗読者」で、ひところかなり話題になった小説ですが、映画を見始めて初めてこれが「朗読者」であることに気づきました。映画で見るとより強く伝わってくる内容だったと思います。そして、ちょっと的外れな邦題に、それは違うでしょうと思ったものです。

<ブログ内にレビューがあります>
「愛を読むひと」 朗読者です。読んでいるのは本当に愛ですか?



さて、私の好きな100本の映画。第9回の5本は、ドイツ映画と、ナチス関連の映画と言うことで、かなり重い映画が並んでしまいました。特に後ろの三本は、収容所を生き抜いた女性の、戦後の物語です。我々には当然映画や小説で伺い知るしかない世界ですが、当然決して体験したくない、また誰にも体験させたくないような世界を描いています。時折取り出してみて、襟を正すということも人生にとって必要なことだと思います。さて、次は折り返しの第10回となります。まだ、100本選べてない状況なので、どうなることやら…。

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「地獄」 1960年、この世の地獄とあの世の地獄を鑑賞

ネットをうろうろしつつ、見つけてきた映像。1960年の映画で新東宝制作。監督は怪談の巨匠、中川信夫。いきなりシュールな地獄展開に引っ張り込まれ、見てしまいました。タイトルロールが、なかなか内容に似合わないという、ぶっ飛んだものですが、この映画は知らなかったので、なかなか良かったです。ちょっとした拾い物でちょっと癖になりそう…。

あらすじ
大学生の清水(天知茂)は、矢島教授(中村虎彦)の娘である幸子(三ツ矢歌子)という婚約者がいた。ある日、幸子の家で過ごしていると、悪魔のような学友田村(沼田曜一)が訪れ、田村の運転する車で自宅に帰る途中、ひき逃げ事故を起こしてしまう。清水は良心の呵責を感じ、幸子と自首しようとタクシーに乗るが、事故で幸子も亡くなってしまった。その頃、田舎の父親から母危篤の電報を受け、清水の父親の経営する、天上園という養老施設に向かう。そこには、過去にいろいろな罪を背負った人々が集まっていた…。



冒頭は、禍々しい「地獄」のタイトルや、三途の川を表すと思われる静かな映像、そして下着姿の女性がいろいろなポーズをとるという意表をついたタイトルロールが流れます。このタイトルロールは興味を引き付けるのでありますが、これを鑑賞すると、地獄に落ちるのでしょうか??さて、大学生の清水は、教室で講義を受けていますが、悪魔のような男、田村にネチネチと絡まれています。最初からイメージは。死神の化身です。清水は迷惑なようです。そして、矢島教授のひとり娘、幸子との婚約が成立し、団欒しているところに、なぜか突如現れた田村。していた。帰るとも言っていないのに、なぜか俺の車で送る、と清水を連れ帰りますが、その道中事故を起こし、ヤクザの志賀恭一(泉田洋司)をはねてしまい、その場を逃走しました。

清水は翌日から、自分は同乗していただけとはいえ、良心の呵責に悩みますが、田村は知らぬ顔。一方はねられた恭一の母やす(津路清子)は、一部始終を見ていましたが、警察には通報せず、恭一の情婦の洋子(小野彰子)と共に自ら復讐する決意です。一方、清水は、幸子と共に、自首するためにタクシーで警察に向かいますが、タクシーが事故を起こして幸子は死んでしまいました。
酒場で落ち込む清水に、洋子が近づき、仇敵だと解ると、母と殺害の計画を立てますが、約束の日に、清水は母の危篤の報せを受け、清水の父、剛造(林寛)の経営する養老氏設「天上園」へと向かったのでした。

剛造は、病気の妻を暗い一室に押し込み、自分は妾と隣の部屋にいるという、やりたい放題の生活をしていました。園にはまた、地獄絵図を描く画家の谷口円斎(大友純)が身を寄せており、円斎の娘サチコ(三ツ矢歌子=二役)は死んだ幸子に瓜二つでした。そして、この天上園に、田村・矢島教授夫妻・やすと洋子も現れ、全員が絡まったいろいろなエピソードが起こります。で、結局登場人物全員死亡と言うラストを迎えます。

そして、物語の後半の地獄絵図へ。まずは、閻魔大王に罪状を告げられると、三途の川、賽の河原を経て、八大地獄を順番に回る訳ですが、これ以降がこの以降のもう一つの見もの。お化け屋敷を順番に巡るがごとく、地獄の拷問にいたぶられる人々が映され、その中で前半の登場人物が、切り刻まれたり焼かれたりという場面が続くことになります。

地獄1960

前半の現世の物語は、荒唐無稽ではありますが、面白くもあります。あまり、ドラマとして真面目に見る物ではありません。合理的でない部分もありますので。ただ、清水の周りに立て続けに起こる不幸に、田村は死神ではないか?と思ってしまいました。しかし、田村も地獄の劫罰を受けるところをみると、そうでもなさそうです。前半で登場する列車はどこのものでしょう。機関車はC11のような感じですし、客車もぶどう色の荷物合造車が多くみられるなど、昔の閑散としたローカル線の風情があります。場所がどこなのか、ちょっと興味深いです。

後半の方は、目立ったストーリー展開と言う程のものがある訳ではなく、清水と幸子の間に生まれていた赤ん坊を中心としつつ、前半の登場人物が断罪されていく話ですが、やはり面白いのは地獄の様子の映像です。いろいろと工夫をこらした映像で、地獄の各場面をご案内いただけます。これは、お化け屋敷的を回っていくような感じでもありました。一貫して青白いフィルターのかかった映像で描かれていて、最後の最後で普通の色に変わるところが、逆にギョッとします。これを見つつ、今の時代に同じことを、金をかけてやると、これはまたすごいことになるだろうなぁと興味津々。超級のスプラッター映画になることでしょう。

60年代は、娯楽の中に占める映画のウエイトがかなり高かった時代ではないかと思いますが、今になっていろいろな映画を見ていると、それこそいろいろな趣向や実験が面白く、またいろいろな技術が並行して発展してきている中で、新技術も試されていたりと興味がつきません。それが現在の技術によってより新鮮に蘇ってくるわけで、当時の温かみのある映像を今の時代に体験するのは、至福の時なのであります。

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「狂つた一頁」 1926年のアヴァンギャルド

ネットを見ながら探し当てた、「狂つた一頁」。衣笠貞之助監督の大正15年の作品です。無声映画かつ字幕なしで、全編映像のみの鑑賞となります。日本初のアヴァンギャルド映画と言われるこの映画、さてどんな映画でしょうか。

あらすじ
男(井上正夫)は、精神に異常をきたした妻(中川芳江)を見守るために、妻が入院している精神病院に小間使いとして働いている。ある日、男の娘(飯島綾子)が結婚の報告を母にするために病院を訪れ、父親が小間使いをしていることを知る。娘の結婚を知った男は、縁日の福引きで一等賞の箪笥を引き当てる幻想を見る。男は妻を病院から逃がさせようとするが果たせず、錯乱した男は病院の医師や狂人を殺す幻想を見る。今度は男は狂人の顔に次々と能面を被せていく幻想を見る。そして、翌朝いつもの日常が始まる。



少しだけ、詳しく書きますと、冒頭は激しい雨、精神病院の内部の牢屋のような部屋の並び、その部屋で踊り狂う若い女、激しい雨とドラムの映像、などが交錯していきます。ここまでで、この映像の世界に引き込まれます。踊り子の部屋の隣は、男の妻の部屋。男は妻の部屋の前に立ち、話しかけたり物を渡したりしますが、妻は認識できない様子です。そして、いろいろなタイプの患者の様子と医師の映像。そんな中にある日娘が訪ねてきます。

娘、父親、それを認識できない母、三人の中で起こるドラマに他の患者が絡み、幻想的な風景へ。男は幻を見ます。縁日で一等賞のタンスが当たり、娘の為に持って帰る男、妻を部屋から出し逃がそうとするが、妻に暴れられて叶わない、騒ぎの中で医師や他の患者が駆け付け、これを殴り倒す男、娘と患者の婚姻の車の幻影、霊柩車の到着…。そして、男は患者たちに能面を被せ、自らも翁面を被る。患者たちのいろいろな表情は、すべて統一された温和なものとなり、ひと時の一様な平穏が訪れる。

一夜明け、いつも通りの院内の様子。幻想を見た男の目には風景がいつもと違って見えるようでした。

狂つた一頁

ネット調べによる簡単なこの映画の紹介をしますと、衣笠貞之助が横光利一、川端康成ら新感覚派の作家と共同で制作した作品で、激しいフラッシュバックや多重露光などの技法を駆使して斬新な映像表現を試み、日本初のアヴァンギャルド映画と言われているとのこと。ドイツ映画「カリガリ博士」にも触発されたものであるが、そこに日本人固有の家族観が入れられている。ん、「カリガリ博士」とは懐かしい。学生時代に見たきりなので、もう一度じっくり見たいと思っていたところでした。

詳しくは、ネットを調べればいろいろ解ると思うのでこのくらいにして、感想はというと、これは凄い映像でした。無声で字幕もないということで、どう理解するかは必死で考えないといけないのですが、それにしても一つ一つの映像や、井上正夫、中川芳江の演技は鬼気迫るもの。表情と全身を使った演技で圧倒されます。どの映像をとっても名場面という、まさに芸術的な映像作品となっていました。言葉と音が無いと、映像の力がここまで肥大するという迫力を体感できる作品でした。一分の妥協も無い作品ともいえると思います。

大正15年、大正ロマンや大正モダニズムなどと、いろいろキーワードがありますが、文化芸術面では後世にい大きな影響を残した爛熟の時代でした。一言で言えないほど幅広い作品群が続々と出現した時代。そんな中から生まれてきた一つの大きな成果と言えるのではないでしょうか。衣笠貞之助の作品は、後期の「妖僧」しか見たことが無くて、何も言えないのですが、映像の迫力という意味では力強い作品であったと思いますので、次は「地獄門」を見てみないといけませんね。

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「情無用のジャンゴ」 金塊をめぐる狂気の争いの壮絶な映像

買い置きのDVDから、引き続きマカロニウエスタンを一本見ました。今回は特段予備知識を持たずに見たのですが、ちょっと普通と違った、かなり異色のマカロニウエスタンでした。一応ウエスタンではありますが、ホラーとかモンドとかの香りもそこはかとなく漂っております。

あらすじ
北軍の輸送する金塊を奪った男(トマス・ミリアン)たちは、首領のオークス(ピエロ・ルッリ)の裏切りにあい、仲間のメキシコ人とともに撃たれて穴の中に捨てられる。なんとか命を取りとめた男は、通りかかったインディアンに助けられ、砂漠の外れの不気味な街に到着。そこには、金塊強奪の一味がすでに処刑され吊るされており、唯一残ったオークスとの銃撃戦が繰り広げられていた。オークスを倒した男は、金塊の奪還を目当てに街にとどまるが、すでに金塊は町の主要人物の元にあり、これをめぐる町の顔役同士の三つ巴の戦いに、男も巻き込まれていく…。



冒頭は、白い砂の穴から出てくる手と砂にまみれた顔。出てきた男は通りがかったインディアンの2人に助けられます。そして、回想シーンへ。北軍の輸送する金塊強奪に成功したオークス一味は、期待を大幅に上回る収穫があったため、オークスはアメリカ白人で独占しようと、男(混血)と加勢したメキシコ人たちをその場で銃殺し、穴に放り込んだのでした。(主人公が名無しなので書きづらい…)

その後、オークスたちは住民たちの行動がちょっとおかしい、不気味な町にたどり着き、ここで馬を得ようとしますが、住民たちは彼らがお尋ね者であり、金塊を持っていることを知って銃撃戦に。そして、そのほとんどを殺して吊るし、最後に残ったオークスは、その時ちょうどインディアンの馬車に乗って町に到着した男に斃されました。町の有力者で酒場を営むテンプラー(ミロ・クエッサダ)と、ハガーマン(フランシスコ・サンズ) は即座に処刑しようとしますが、街を取り仕切るソロー(ロベルト・カマルディエル )に止められ、治療することになります。ところが、傷口から金の銃弾が出たことが解ると、傍らにいた男たちは、オークスの傷口という傷口に指を突っ込み始め、オークスはそのまま死んでしまいました。

金塊は、テンブラーとハガーマンがひそかに持ち去っていましたが、二人は全部自分のものだと主張して譲りません。その場は山分けしたものの、あと半分を奪い取ろうと隠し場所を調べ始めます。そしてギャングの首領であるソローも、その金塊を狙って探し回っていました。ソローはテンプラーの息子エヴァン(レイ・ラヴロック)を誘拐、引き換えにテンプラーから金塊を出させようとしますが、エヴァンの自殺により失敗。テンプラーはエヴァンの棺に金塊を隠して埋葬してしまいます。一方ハガーマンは、 男を護身の為として、家に呼び込むと、男の銃を盗みテンプラーを銃殺。男に罪を着せ、自分はテンプラーの部屋に残されたものからヒントを得て、エヴァンの墓を掘り返し、金塊をすべて集めることに成功しました。

ソローは男を拉致して拷問し、金塊がエヴァンの墓にあることを聞き出しますが、ソローの部下たちが捜索してもすでにハガーマンに持ち去られた後でした。インディアンの助けでソローの牢獄を抜け出した男は、ソローを銃殺後、戻ってきた一隊に点火したダイナマイトを積んだソローの馬を向かわせ全滅させます。一方ハガーマンの家では精神を病んでいるとされて、ハガーマンに幽閉されていた妻エリザベス(パトリシア・ヴァルトゥーリ)が、ハガーマンの所業に耐え兼ねて家に火をつけ、ハガーマンは熱で溶けてしまった金塊を頭から被って、燃える家の中で息絶えました。男は主要人物やギャング一味がすべて死んでしまった町を去り、あてのない旅を続けるのでした。

情無用のジャンゴ

マカロニウエスタンとしてみると、かなり異常な映画でした。冒頭の穴から出てくる手のホラー的雰囲気で始まり、自分を埋める穴を掘らされるメキシコ人たちと、その虐殺シーン。そして一味がたどり着いた町は、少年が裸で立ち、女の子が男の足て踏みつけられていたりと、異様な雰囲気を出しています。最後まで不思議だったのは、この町にはテンプラーの情婦とハガーマンの妻以外、大人の女が見当たらない。子供はいっぱいいるのに?

最初の仲間割れから始まって、大量の金塊をめぐって、人が変わったように分裂し殺し合う話ですが、金塊を見るとみんな独占したがり、それには子供や妻の命も関係ないという様相。登場人物の中では、インディアンが一番まともな訳で、その次に男ですが、これはどうも狙いが定まらず、状況に流されっぱなしという感じ。三つ巴の戦いの中で一人では何もできなかったという感じでしょうか。あとは、いい人は一人も出てきません(あえて言えばエヴァンくらい)。町の人々に至っては、普通に傍観者であり、野次馬であり、悪ノリもし、ある時は集団でヒステリックな行動にでるという、最も危険な集団です。

さて、この映画はグロいシーンが多く、公開時は成人指定でした。代表的な場面は、
・オークスの体から弾を取り出すシーン
・町の住民が、インディアンの頭皮をナイフで剥ぎ取るシーン
・馬にダイナマイトをつけて突入させ、結果の死体と馬の臓物のアップのシーン。
などなど、他に異様なシーンも多数。

ホラーというより、スプラッタ的ですが、むしろ、この頃からいろいろと作られているモンド映画的なノリも入っているように思います。いやま、マカロニウエスタンもいろいろあるものです。

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プロフィール

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Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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