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「東海道お化け道中」 昔懐かし任侠・怪談時代劇

8月も最終日となりました。この1ケ月間、夏休みという訳ではではないですが、毎日更新してしまいました。明日からペースダウンです。しかし、30日分をアップし終わって、やっと終わったと思ったら、31日までありました。ということで、ヤケクソでのもう1本。この大映の妖怪シリーズは幼少の頃、どれかを劇場で見ているはずです(たぶん百物語)。怖いというよりは、まだ話がよく解らなかったという印象。お化けが出てくるのを楽しみに見ていました。ちょうど、ゲゲゲの鬼太郎をテレビアニメを毎週見ていて、妖怪慣れした頃だったんですね。たぶん…。1969年の映画で、監督は安田公義黒田義之です。

あらすじ
東海道藤川宿の鬼塚で、火車の勘蔵(山路義人)一味は、仁兵衛(玉置一恵)を待ち伏せる。その場にいた塚守の甚兵衛(左卜全)は、ここで人を殺めると妖怪に取りつかれると、諫めるが、勘蔵一味は甚兵衛に切りつけ、そして、通りかかった仁兵衛から、勘蔵の悪事をしたためた証文を奪い取ったうえでこれも倒してしまう。しかし、その一部始終を7歳の少女お美代(古城門昌美)に見られていた。お美代は倒された祖父の甚兵衛から、由比宿にいる父親を訪ねよという遺言とともに、父子の識別のためのサイコロを渡される。お美代は一人由比宿に向かい、途中で馬子の新太(保積ペペ)や、仁兵衛の子分の百太郎(本郷功次郎)に助けられながら由比を目指すが、勘蔵一味は口封じのためお美代を執拗に追い始める…。



この怪談のストーリーの、だいたい舞台設定をご紹介しておきます

東海道は藤川宿のはずれの鬼塚で、塚守の甚兵衛がお祈りをしていると、その場所で勘蔵親分率いる一味が、仁兵衛親分を待ち伏せしようとやってきました。甚兵衛はそれを見て、「鬼塚で殺生をすると祟りがある。おまけに今日は全国から妖怪の集まる日だ」と告げ、やめるように説得します。そんな事を聞き入れるはずもない勘蔵一味は甚兵衛に切りつけ、仁兵衛を待ちます。甚兵衛はいつのまにか消えていましたが、そこに仁兵衛が登場。勘蔵一味に倒され、勘蔵の悪行をしたためた書付を奪い取ります。しかし、それは7歳の少女お美代に見られていました。

お美代は、一度はその書付を手にしましたが、途中で捨てて家に逃げ帰ります。勘蔵一味は口封じと書付の奪回にお美代を追います。お美代が家に帰ると、ここまで育ててくれた祖父の甚兵衛が息も絶え絶えに、「父が由比にいる。このサイコロを持っていくと、お前が娘だとわかる」といって、サイコロを渡し、由比宿に行くように告げて息絶えました。そこに追っ手の勘蔵一味が到着。お美代は家の裏手から逃げ出し、由比に向かいました。

一方、百太郎は、親分の仁兵衛が殺された時、不思議な現象を体験します。そして、東海道の道中で同じ仁兵衛に仕える賽吉と遭遇。実は、賽吉は勘蔵一味に寝返り、仁兵衛の行動を内通し、百太郎も無きものにしようとやってきたのでした。百太郎は、途中で会ったお美代を不憫に思い、由比まで同行するつもりで連れていました。3人で渡しにさしかかった時、お美代がいない間に賽吉は百太郎を襲いますが、力の差は明らかで太刀打ちできず、逃げていきます。お美代が帰ってきて賽吉がいないので不審に思いますが、百太郎は「忘れ物があったらしい」とやり過ごしました。

賽吉は勘蔵親分のもとに戻ると、お美代を誘拐し百太郎をおびき寄せることを提案、実行します。そして、連れ去ることに成功しますが…。

というような感じで話が進み、ここから後は妖怪もいろいろと登場。ストーリーも勧善懲悪をベースに、生き別れの父子の物語の側面も踏まえ、定番の時代劇+妖怪跋扈という形で進んでいくことになります。

東海道お化け道中

さて、実際の追跡劇に入ってからも、いろいろな物語が出てきますが、妖怪がいろいろ絡んできます。

・賽吉の背中に負ぶわれたお美代が、森の中への道を指示。森の中でグルグル回ることになり、背中のお美代はいつの間にか石のように重くなっていく。
・新太とお美代は勘蔵一味の追っ手に追われ、鉈を捨てて八墓山へ。刃物を持つと祟りがある山で、追っ手の二人は刀を持って入り、妖怪に苦しめられる。
・勘蔵とお美代のサイコロ勝負。サイコロは母の骨から作ったもので、何度やってもお美代の言った目になる。
・勘蔵の屋敷の裏山での最後の闘い。いろいろな妖怪が現れ、勘蔵一味は同士討ちの地獄絵を描く。
といった具合。

ストーリーは、妖怪が悪人を懲らしめる、勧善懲悪もの。生き別れた父子の再会。任侠ものと、いろいろな要素を詰め込み、立派なエンターテインメントでした。途中に出てくる、島田洋之介・今喜多代の漫才コンビも面白く、サービス満点でした。

この映画の主役は誰かというと、百太郎ということでしょうが、やはり賽吉(戸浦六宏)の活躍が大きいと思います。当時の時代劇のテレビドラマで言えば、伝七や平次が百太郎で、毎回変わる事件の主役が賽吉といったところ。戸浦六宏さん、目立つ役者さんで、なかなかいい味を出しています。

1969年製作なので、そろそろこのあたりから、いろいろと時代劇などもテレビで見始めたという年頃でした。仮面ライダーが71年なのであと2年。子供の時間帯が終れば親にチャンネルを奪われ、捕物帳を見ていた懐かしい時代を思い出しました。
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「妖僧」 日本の様式美と市川雷蔵の迫力

時間があれば毎日何かしら見ていると、だんだん食傷気味になってきて目先を変えて見たくものるのですが、それも限界かなと、ダラダラとネットを見ていました。その中で、こういう映画はきっと見たことがないなと目についたのが、「妖僧」。1963年の映画で、衣笠貞之助監督、市川雷蔵主演によるものです。私にとっては馴染みがない分、新鮮でもあります。

あらすじ
厳しい山岳仏教の修業を耐え抜いた行道(市川雷蔵)は、法力を獲得、その力で病人を治す。その噂は朝廷に及び、病に伏せる女帝様(藤由紀子)の治療を頼まれ成功。女帝は行道を厚遇し、行道の唱える慈悲の政治で、太政大臣・藤原良勝(城健三朗)の不正をあばき失脚させる。女帝の信任をあつくした行道は、権力に近づいていくが、やがて時の権力者に疎まれるところとなっていく…。



山岳地帯で修行する行道が目を開けるシーンからスタートです。厳しい修業は3600日あまりに及び、それを耐え抜いた行道は、魔力を秘めた法力を獲得していました。彼はその力を試すと山を下り、困窮する庶民を見て、病人を治し、奴隷を解放し、そして役人に謂れなく成敗された死者を蘇生させます。やがてこの噂は宮中にも伝わるところとなりました。

宮中では、女帝様が長らく病床に伏せており、東大寺で恢復の祈祷が続けられていますが、帝の権力が振るわないことをいいことに太政大臣・藤原良勝が権力をほしいままにし、東大寺も多額の仏像の建立資金を求めてきます。役人たちは朝廷に資金が無い事をたてに断りますが、実は藤原良勝が私利を得ているのが実態の様です。そんな宮中に極秘に行道は呼ばれ、女帝様の病気恢復を頼まれ、行道は仏の前では身分差はないと言いつつ、法力を発揮。すっかり治癒しました。

女帝様は、行道を重用しその助言に耳を傾けます。藤原良勝に反感を抱く藤原清川(小沢栄太郎)らは、行道に良勝の不正を密告。追いつめられた良勝は、市原の皇子(成田純一郎)と語らい謀反の兵を挙げますが、法術で事を知った行道は、女帝をかくまい、無事難を逃れました。そして、この時女帝様と行道はその戒律に反し、お互いを愛するようになりますが、その禁じられた世俗の恋に激しく悩み、行道は道鏡と名を改めます。

新たに大政大臣になった藤原清川は、女帝の寵愛を受ける道鏡の慈悲の政治を次第に疎むようになり、道鏡に刺客を送ります。その時、女帝は病が再発、重篤な状況となり、道鏡は必死に法力を発揮しようとしますが、すでに世俗化し衰えた道鏡の法力は効果無く、女帝は崩御。仏の前で懇願する道鏡の背後から、清川刺客がこれを討ち、道鏡はやっとのことで、女帝の亡骸までたどり着くとその手をとり、崩れおちるのでした。

妖僧

この映画は、重祚した称徳天皇の治世の道鏡の物語をベースとしています。史実とは多少のずれはありますが、この時代の話を道鏡の立場から創作したものです。日本史でも古代に属する話で、現在では大河ドラマでもあまり扱われることの無い時代の話、とても新鮮でした。そして、なによりゆったりした物語運びと、執拗なまでの日本的な様式美の追及が、見る者を圧倒します。特に驟雨が襲い、それが屋根瓦や庭を濡らす場面など、心の底にある懐かしさを感じてしまったのでした。

冒頭から、最初に宮廷を訪れるまでの、市川雷蔵の演技はなかなかの迫力でした。ゆったりとした身のこなしから繰り出す法力は周りを圧倒する威圧感もあります。冒頭では小動物が法力により一瞬に骨だけになるという特撮も入っています。その後女帝との愛が生まれてくると、迫力が落ちてくるのも面白いところです。そして、もう一つの特徴が政治劇。太政大臣良勝の不正と、それをねたむ清川。道教の正論に不正は正され、清川が太政大臣となるが、今度は正論の道教が鬱陶しい。そして、今の腐敗した政治を変えるには道教しかいないという若手官僚たち。その中で、仏の道と愛情の相克に悩む道教。このような構図が明瞭に描かれています。

やはり、この映画は、日本古代の美が新鮮でした。そして、その映像が力強く重厚な雰囲気すら出しています。日本の映画にもこういう世界があったのかと、改めて感じ入った次第です。この時代、大映はこういう作品も作っていたんだなという驚き、その数年後に一気に崩壊してしまいますが…。また、映画を見る楽しみが増えたという1本でした。

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「ラストタンゴ・イン・パリ 」 演技と映像に良き時代を感じる

買い置きDVD鑑賞ということで、今日は「ラストタンゴ・イン・パリ」を見てみました。これも相当前に買っておいたDVDですが、何やら小難しそうな気がして見ずじまいだったもの。思い切って取り出してきての鑑賞です。ベルナルド・ベルトルッチ監督。1972年製作のイタリア映画です。

あらすじ
ある日の冬のパリ。部屋探しをしていたジャンヌ(マリア・シュナイダー)は、アパルトマンの空室で、街角で見かけた中年男のポール(マーロン・ブランド)と出会う。二人はふとしたきっかけから行為に及ぶが、何事もなかったように別れた。ジャンヌには婚約者があったが、アパルトマンのことが頭から離れず、再び部屋を訪れるとポールがいた。ポールは、この部屋の中ではただの男と女、名も語らず、過去も一際明かさないことを提案。ジャンヌとポールはこの部屋で肉欲に身をまかす日々が続く。そして、身分を明かさないポールは、妻の自殺という事態に直面していたのだ…。



冒頭、パリの電車のガード下を歩くジャンヌとポール。ポールはいかにもマーロン・ブランドといった風情で、尋常ではない雰囲気が漂っています。ジャンヌは着飾って目立つ格好で歩いています。ジャンヌは見つけたアパルトマンの管理人に鍵を借り、部屋を訪れますが、そこには先客がいました。先ほどのポールです。お互い気のない言葉を交わしますが、どこからともなくかかってきた電話を撮った時、ポールはジャンヌを抱き留めそのまま行為に及びました。

再びジャンヌが部屋を訪れた時は、ちょうどポールが新しい家具を搬入しているところでした。二人は新しいベッドの上でセックスを楽しみますが、相手のことを知りたがるジャンヌに対し、ポールは一切名前も過去も明かさず過ごそうと提案。時々過去の話に及ぶ場合も、真実ではないというコメントを入れての会話になります。真実に迫ろうとすればポールが遮る。そんな関係が続いていきました。

ジャンヌにはTVプロデューサーの婚約者がいました。彼は、ジャンヌを主人公に小さな映像作品を撮影しており、パリを舞台にいろいろな場面を撮影します。そして、その中でジャンヌに結婚を迫りジャンヌは受け入れます。

一方、ポールは小さなホテルを経営していましたが、妻が自殺。その原因がわからない彼は、妻が不倫していた相手と会って話を聞いたりします。妻はその男にも、ポールに買う衣服と同じものを与え、部屋を同じようにするという行動をとっていたようです。そして、ポールは妻の亡骸の横で、妻の行動を責めながらも、妻の本心が解らず泣き崩れます。

ある日、ジャンヌがポールの部屋を訪れてみると、部屋は撤収されもぬけの殻となっていました。ジャンヌは彼の後を追おうとしましたが、手掛かりはなく、再び電車のガード下を歩いているとポールと出会います。すっかり雰囲気の変わったポールは、初めて自分のことを語り、ジャンヌと関係を続けようとしつこく迫りますが、ジャンヌは拒否。彼女の部屋まで部屋まで追ってきたポールを拳銃で撃ち、「この人は突然レイプしようとした。名前も何も知らない」と独り言を繰り返すのでした…。

ラストタンゴ・イン・パリ

という内容でした。ストーリーとしては、かなりシンプルなものではありますが、会話や演技によって語られる心理的背景は、明確に示されることは少なく、見る人の解釈や感受性に語り掛けるような内容になっています。そういう意味で、なかなか解釈に難しい映画でもあるのでした。このアパルトマンでのポールとジャンヌのやり取りは、ポールの妻が自殺してから、葬儀が行われる間に起こったこと。ストーリー的には少し長い時間とも感じられるのですが、数日の間のことなのでしょう。そして、その後変貌していわば普通の人になってしまったポールがいますが、ジャンヌはそこに現実を見てしまい、きっと何の魅力も見いだせなかったのではないかと思いました。

マーロン・ブランドの演技。20世紀の名優と言われていますが、その演技は相当に人工的な感じがして、ちょっと鼻につくくらいな感じがしなくもありません。この映画の前半は、正体不明の世捨て人のようなオヤジです。そして、ラストで普通の中年男になる。服装も変化していますが、全く雰囲気の違う男を演じています。この落差は流石と言えるのではないかと思います。やはり徹底して役を作る名優なのですね。メソッド演技法の先駆者である所以でしょうか。

そのような、マーロン・ブランドと、ベルナルド・ベルトルッチの組み合わせ。工夫をこらしたアングルや、鏡を巧みに利用した素晴らしい映像の数々。双方、強いこだわりを持ったいわば最強の役者と監督の組み合わせと言えるのではないかと思います。その最高のコラボと容赦ない展開を味わう一本だと思いました。

やはりこの時代、60~70年代の映画、好きですね。特に、イタリアやフランスの作品。私が普通に映画を見ていた時代より、少しだけ前の時代ですが、映画の創意工夫がいっぱい詰まった、輝かしい時代であったと思います。

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「かげろう」 閉ざされた世界の一風変わったラブストーリー

今日は、少し時間があったので、買い置きDVDの鑑賞です。2003年のフランス映画、「かげろう」ですが、いつこのDVDを買ったのか不明。10年以上前でしょうきっと。エマニュエル・ベアール主演、アンドレ・テシネ監督。2003年カンヌ映画祭パルムドールのノミネート作品でもあります。

あらすじ
ナチスのパリ侵攻によって、オディール(エマニュエル・ベアール)は、13歳の息子フィリップ(グレゴワール・ルプランス・ランゲ)と7歳の娘カティ(クレランス・メイヤー)を連れて南仏に避難する人々の行列の中にあった。ドイツ軍の飛行機が飛来し、周囲の人々が倒れていく中、少年(ギャスパー・ウリエル)に命を救われる。少年の手引きで、持ち主が立ち去った田舎の邸宅に、少年と母子4人で共同生活を営むようになり、少年に心を許さず批判的であったオディールも、徐々にこの生活を受け入れていくようになる・・・。



戦禍の白黒画像を交えたタイトルロールで始まります。そして画面はパリに攻め入ったナチスから逃れるために、車や馬車や、あるいは歩いて南仏に向かう人々の長い行列の場面となり、その中にオディールとフィリップ、カティの家族はいました。遅々として進まない中で、オディールは昼夜運転を続けていきますが、ある時その行列をドイツの戦闘機が襲い、爆弾も落とされ、車も失います。途方に暮れる中で、一行は銃撃から息子を救った少年イヴァンと出会い、行動を共にすることになりました。

イヴァンは粗野で野性的な青年でした。彼は、自分で見つけた、避難して人が住んでいない立派な屋敷を見つけ、窓から侵入し、ここで滞在することを提案します。教師でもあり、真面目なオディールは拒みますが、他に取るべき手段の無い状況で、4人の生活は続けられ、その中でのオディールの家族と青年の、全く違う境遇からくる食い違いや確執の中で、関係が微妙に変化していきます。読み書きもできず、社会的な会話も不得手で、全く教育を受けずに育ったイヴァンにオディールはいろいろと教育をしたり、唐突に妻になって欲しいと言われたり。山野を駆け回って獲物を撮ってくるのに非常に長けているイヴァンですが、人との交流はまず不得手なのでした。

そんな生活も、ある日フランスの敗残兵2人が故郷に帰る途中でこの屋敷に立ち寄ることで、さざ波が立ちます。2人の敗残兵は、その場に荷物だけ残して現れないイヴァンを怪しみつつ、ひと時の休息を屋敷で取ることになりました。イヴァンは隠れて様子を伺っていましたが、彼らがオディールと普通に会話しているのを見て、関係が急展開。イヴァンはなにがしかの嫉妬心を覚えつつ、オディールも彼らと話しながら、夫を失って以来の男性との触れ合いを思い出し、2人はその夜急接近しました。そして、明日の為に、イヴァンは獲物を捕りに行くと言って、いつものように出かけましたが…。

かげろう

この映画は、やはり屋敷での4人の生活と、一風変わったラブストーリーがメインになっています。戦争関連の場面は冒頭とラストのみで、これは背景設定であって、メインストーリーではありません。屋敷での生活に時々情報がもたらせますが、あくまでも平穏無事で、戦時下とは思えないようなほのぼのとしたものになっています。この生活の中で生まれてくる男女関係や人間関係が見どころ、背景を全く語らないイヴァンと、その突飛で野性的な行動がもたらす、家族特に夫を失って家族を守るオディールの心の変化を丁寧に描いています。

一方で、オディールに触れ合うことによる、イヴァンの心の変化。むしろ、こちらのほうがよりダイナミックかもしれません。子供は一番に守るべきものと主張するオディールは、母であり教育者です。一方、イヴァンは誰からも守られず、教育されず一人でしかも男性との交流だけで生きてきた青年です。それが、この家族との接触によって変わっていく。その二人がお互いに影響されていく。その微妙な変化を丁寧に描いていった、一風変わったラブストーリーなのでした。

映像的には、前半がとても美しい。ドイツ軍機の襲撃の場面は衝撃的ですし、その後の麦畑を逃走するシーンは、ジャケットにも使われるシーンですが、ハッとさせられる美しさです。屋敷に行きつくまで、野山を歩く場面も瑞々しく時代背景を思わせない感じです。その後、屋敷での生活もなかなかいいのですが、後半になって敗残兵が現れてくるあたりから、ちょっとテレビドラマの映像を見ているような感じがして、そこはかとなく違和感を感じました。ギャスパー・ウリエルは、なかなか難しい役柄と思いますが、よく表現されていると思います。この映画はほとんど4人の物語ですので、その中の2人の子役である、フィリップもカティも大変良かったと思いました。

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私の好きな100本の映画② 車と狂気と

私の好きな100本の映画第2回は、

2番目に好きな映画として、「タクシードライバー」を選定。「タクシードライバー」から関連する4作品を選んでみました。といっても、この映画自体がいろんな要素を持つ作品なので、どういう視点で選ぼうかとかなり悩んだのですが、なかなか類まれな作品だけに、大変難しいのでした。なんとか雰囲気も揃えようと思った結果がこれ。でも、こうして選んでいくと、回が進むにつれ、最後の方は寄せ集めになってしまいますね。今から解ってます。



6.タクシードライバー (Taxi Driver)  第2位
  1976年 アメリカ 監督:マーティン・スコセッシ 出演:ロバート・デ・ニーロ、ジョディ・フォスター

大学時代は、すでにこれはいい作品だという意識があったはず。しかし、この映画を見たのはずっと以前から、〇曜ロードショーで何度か見ているはずです。何回か見ているうちに座右の作品として醸成されたというお話だと思います。まず、印象は夜のNYと、ジャズっぽい静かな音楽、それに所々で噴き出る蒸気。その雰囲気がとても良くて、好きになっていたのです。そのような雰囲気の中で、トラヴィスが徐々に壊れていくような危うい雰囲気を醸し出し、当時まだ14歳のジョディー・フォスターも怪しげな演技を見せる。いや、正直雰囲気だけで見ています。不器用そうな見かけ普通の男がいろいろなタクシードライバーとして深夜のNYと接しつついろいろな変遷をたどる話。ベトナム戦争が終わって、そういう時代だったんですかね?今思うと。その後は、VHSを借りて見たり、テレビの再放送を見てみたりと幾度となく接している訳ですが、まぁ雰囲気に浸っていますね。



7.激突! (Duel)
  1971年 アメリカ 監督:スティーヴン・スピルバーグ 出演:デニス・ウィーバー

ほぼ、デニス・ウィーバーの独り舞台。あとは、タンク・トレーラーとの対決。執拗に追いかけられるデニス・ウィーバーとタンク・トレーラーの対決。追い詰められるデニス・ウィーバーが迫真の演技。ただ、一度追い越しをしただけなのに…。
これも〇曜ロードショーで見ました。そして、その後レンタルなどで何度か再見。何度見ても面白いというか、巧い映画だなと思います。アメリカではテレビ映画として放映され、ヨーロッパ各国や日本も含め劇場上映されたのですね。当時の映画のタテカンよく覚えてます。ポスターはタンク・トレーラーが転げ落ちてるイメージがあるのですが…。
やはり、追っ手が人間の顔を見せないところや、タンク・トレーラーがだんだん意思を持って来るように見えるところがすごいですね。ガソリンスタンドで旋回しながら暴れまわるあたりまでくると、遂に怪物が本性を現したか!という感じでゾクゾクしました。



8.クラッシュ (Crash)
  1996年 カナダ 監督:デイヴィッド・クローネンバーグ 出演:ジェームズ・スペイダー、デボラ・アンガー、ホリー・ハンター

この映画を選ぶこと自体、私は変態ですと言っているようなものと自覚していますが、やはり好きですね。女優さんたちの表情も、いろいろとやってくれてて、いやぁ相当フェチだなぇ、と自覚しながらいる次第です。イチ押しは、ホリー・ハンターの車の中でのシーン。ゾクゾクします。
おっと、ちょっと過激な発言となってしまいました。クローネンバーグ監督は、ヴィデオ・ドロームもそうですが、こういうの得意ですし、これの原作のJ・G・バラードは、ニューウェーブSF作家ですし、私の好きな要素が必然的に詰まっている映画なのです。まだ見ていないのですが、クローネンバーグ監督は、W・バロウズ原作の「裸のランチ」も撮っています。W・バロウズもニューウェーブSF作家。見る前から、好きになることは決まっている?ようなものなのですが、何気に興味があります。
クラッシュ(1996)



9.蘇える金狼
  1979年 日本 監督:村川透 出演:松田優作、風吹ジュン

シュールさがたまらなくいい映画です。日本のハードボイルドがここまでできる。絶好調の角川映画と、村川透、松田優作、大藪春彦の組み合わせは、この時代を代表する現象と言ってもいいのではないでしょうか。最初から最後まで作品の世界にどっぷり浸かっていられる快感がありました。映画だからこそすべてを忘れて入り込める世界があると思いました。何度かテレビでも見たのですが、繰り返し見ても、無条件で楽しめています。
初期の角川映画はミステリー主体。横溝正史から森村誠一と、どちらかと言えば本格系のイメージから、「白昼の死角」「蘇える金狼」「野獣死すべし」と、見事代表的なハードボイルド映画が生まれました。まさに一時代を築いた映画の一つだと思います。そういった訳で、観ればあの時代を思い出すような映画の一つでもあるのです。



10.マッドマックス 怒りのデスロード (Mad Max: Fury Road)
  2015年 アメリカ 監督:ジョージ・ミラー 出演:トム・ハーディ、シャーリーズ・セロン

なんでタクシー・ドライバーからこれへ?苦し紛れですが、車が出てきます。若干狂気です。脈々と続くマッドマックスの伝説は、ふっ切れたような面白さが身上。有無を言わせない言葉で表現できない迫力です。問答無用です。この作品も、冒頭からアクションが止まらず、最後までノリにノっていきます。ギターの兄ちゃんも決まっているし、キレイどころを従えてというのも、素晴らしい。本当に、すみずみまで凝っていて、まったく飽きないんです。
第一作から作り続けているジョージ・ミラーですが、映画版トワイライトゾーンの第4話の、飛行機の羽に悪魔がいる話の監督。余談ですが、同時代に見た私として、この4人の監督の映画を見る時、トワイライトゾーンの第〇話目の監督のダレソレという見方をしてしまうのです。だから繋がるという訳ではないんですが、5~60年代から続くアメイジングでファンタスティックな映画の伝統が受け継がれているような気がします。



さて、私の好きな100本の映画。第2回の5本は、ちょっと怪しげな映画に寄った感じになりました。まだまだ先が長いので、続けていきます。次回はガラッと雰囲気が変わって、自分の第3位の映画「ミツバチのささやき」を中心に5本が登場です。きっとヨーロッパ中心になると思います。

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「月世界旅行」 世界初のSFX(映画史を辿って)

ネタが尽きると、登場する短い上映時間の映画です。飲み会の機会が多くなると、映画をみる時間が取れなくなっての苦肉の策。毎日更新に密かに挑戦してみたのですが、やはり難しいですね。とりあえず今月は頑張って見て、来月からは気楽に更新します。さて、今回は「月世界旅行」を見てみました。SF映画としても有名な作品です。

あらすじ
天文学学会で、会長は月への探検旅行を提案する。6人の乗り込んだ砲弾型宇宙船は、大砲で発射されて月へ到着。月面を探検するが、寒さに耐えられず、洞窟の中へ避難。そこに月人が現れ、彼らに捕えられてしまうが、逃亡に成功。一行は再び宇宙船に乗り込み、地球の海に落下した。



という内容ですが、少し詳しくみてみますと。

天文学者学会で会長から月世界探検計画が提案され、一人の会員が反対し紛糾し乱闘。会長も物を投げて抑え込み、実行することに決定します。その計画とは、弾丸型宇宙船を巨大な大砲で月に向って撃ち込むという大胆なものでした。多くの職人たちが集まって宇宙船を製造、工場の上からは巨大な大砲を作るために、溶鋼を流し込んでいる光景が見えます。煙があがり、壮観な光景です。

さて、宇宙船も出来上がり、皆に見送られて会長以下6人は宇宙船に搭乗。そのまま大砲に込められて、射出された飛行船は月に到着。宇宙船から降りた隊員たちは、見たことも無い世界を見てはしゃぎます。そして、探索に疲れ果てた一行は仮眠を取りますが、北斗七星が出てきて彼らに悪夢を見せるので寝付かれず、おまけに三日月の精が雪を降らし、探検隊は寒さに耐えかねて洞窟の中に避難しました。洞窟の中にはたくさんのキノコが生え、傘を広げて並べてみると、その傘もすぐにキノコに変わってしまいます。

そこへ月人が現れ、彼らに襲い掛かろうとしますが、1人の学者が傘で叩くと、月人は消えてしまいました。今度は大勢の月人が現れ、6人は傘で応戦しますが捕えられてしまい、月の王様のもとに突きだされます。しかし、会長が王様を投げ飛ばして倒してしまい、その隙に6人は逃亡。月人たちの追っ手を、傘で撃退しながらの逃亡の果てに、月の端の崖の上に乗っかっていた宇宙船を発見。一行は乗り込み、会長が宇宙船の先端のロープにぶら下がると、追いすがる月人もろとも崖から落ちて、地球の海に落下しました。宇宙船は気密性があったため、洋上に浮かんでいたところ、通りかかった蒸気船に救助されて無事に帰還。これを記念して街では盛大なパレードが行われました。

月世界旅行

この映画は、1902年製作。世界で初めて物語構成を持ち、複数のシーンで構成された映画となりました。監督は、世界で最初の職業映画作家となった、ジョルジュ・メリエス。そして、この作品は、初のSF映画でもあり、特撮映画でもあります。砲弾が月の右目に突き刺さるシーンは、いろいろな場面で使われますので、有名ですね。

原作となったのは、ジュール・ヴェルヌの「月世界旅行」そして、月人との戦いの部分は、H・G・ウェルズの「月世界最初の人間」を元にしており、それらもSF黎明期の傑作のひとつです。今でも読まれているかは解りませんが、私の学生時代はこれらの作品はSFファンにとって避けては通れないものでした。でも、ウェルズの本って、結構雰囲気が固くて読みづらかった記憶があります。

さて、肝心の映画ですが、白黒版と着色版の2つあり、今回両方を見てみたのですが、着色版の色使いが原色が中心で、赤と緑といった補色の利用も多くて新鮮でした。保存状態も大変良いので、ストレスなく鑑賞できます。ストーリー的には、この時代らしいと言えるのかもしれませんが、いろいろとご愛敬な部分もあり、驚く部分もありで楽しかったです。一人だけ反対して、暴力的にやり込められるところや、女性が大砲に宇宙船を込めたりと、大胆な衣装でいろいろな場面で登場していること、そして月人の王様の前に突き出されて、いきなり玉座に襲い掛かり倒してしまうのは、あまりにもあっけないというか、植民地主義的というか、そんな感じがしました。そして、最後の祝賀会で暴れているように見えたのは、一人だけ宇宙船にしがみついて落ちてきた月人なのですね。なかなか細部まで凝っていて、ファンタジー感も満載な冒険SF映画でありました。

メリエスの映画って面白うそうなので、またいい物を見つけたら見てみたいと思います。もちろん、短い映画と思うので、手抜き記事を書きたくなった時に。

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「ポルノグラフィア」 戦時下のポーランドを描く文芸作品

GYAO!無料配信で、なんとなく見始めた「ポルノグラフィア」ですが、多少扇情的な名前ではありますが、ポーランド映画ということで、東欧の暗い雰囲気のドラマではないかと予測。GYAO!の表題には、「ポルノグラフィア 本当に美しい少女」と副題がついていて、確かに、DVDにも小さく副題がついています。この手のDVDの邦題にはもう騙されません。煽情的な副題やジャケットは、目を引くための常套手段であり、内容は異なる物。それは、知ってます。ある意味それが効果があることも知ってます。私がこうして見始めている訳ですから。

あらすじ
ナチス占領下のポーランド。ワルシャワのとある部屋に集まり、芸術談議に暮れるインテリの人々。そこで出会ったフレデリク(クシシュトフ・マイフシャク)と、ヴィトルド(アダム・フェレンツィ)は、南部の友人の農園で共に過ごすことにする。戦火が絶えない中ので農園での生活で、その家の娘へニア(サンドラ・サモス)と幼馴染のカロル(カジミェシュズ・マズール)の姿を見て、すでに、弁護士と婚約しているへニアと、カロルを結び付けようと画策するが…。



ナチスの占領状態にあるワルシャワ。知識人たちの会話は、かつてオープンなカフェで行なわれていましたが、今ではどこかの部屋で行なわれています。そんな中にやってきたフレデリクに出会ったヴィトルドは、彼を南部の農園を営む友人ヒポリトの農場での滞在に誘い、そこで過ごすことにしました。しかし、南部の田舎といえど、ナチスの影は濃く、時折周囲では銃撃戦も起こっているようでした。

ヒポリトの家族は、妻と年ごろの娘へニア。へニアを見たフレデリクは、彼女が弁護士のヴァツワフと婚約していることを知り、また、へニアと美男子の管理人の息子であるカルロが幼馴染であることを知った時、へニアとカルロを結び付けようという策略を思いつきます。いろいろな手を使って、お互いの隠された思いを、顕わにして恋に変えようとものでした。そして、フレデリクは映画の脚本を書いていることにして、その検証のために二人にラブシーンを繰り返し演じさせ、ついに、ヴァツワフにそれを演じているところを、演技と告げずにのぞき見させ、彼の心を混乱させます。

ちょうどその頃終戦を迎え、今までの自分のやってきた行いに、すっかり恐れをなして神経をやられてしまった将校が、ヒポリトの元に助けを求めてやってきますが、相手にしきれずに幽閉し、役所の判断を待つことにしました。ヒポリトの妻も戦争ですっかり参ってしまっていて、あちこちに酒を隠しては飲み続け、アル中状態でした。フレデリクはそんなヒポリトの妻に、物語を語ります。ワルシャワでユダヤ人との娘を持っていた男は、外出のたびに娘を押し入れに隠して出かけていた。男の帰りが遅かったので、娘は大丈夫だろうと街に出てしまい、捕まってしまう。男はその光景を発見し近寄ろうとするが、娘に「パパ!」と叫ばれたとき、思わず身を隠してしまった。そして、娘は収容所に連れ去られて行った。それは、フレデリク自身の話でした。

囚われた将校を殺せという命令が下り、だれが実行するか話し合いますが、最終的にはカルロにやらせることに。そして、将校にドアを開けさせる役をへニアが行い、見事に事を成し遂げます。そしてフレデリクは、娘の形見を使用人の少女ベロニカに残し、一人農園を去っていくのでした。

ポルノグラフィア

といった、重苦しいストーリーです。その中で若いへニアやカルロ、ベロニカの姿が、奔放に描かれ、ポーランドの田園風景の美しい生活が背景となっています。この時代、ドイツ占領下でのポーランド人の犠牲者は、600万人を数え、全人口の20%に達したとのこと。ユダヤ人をかくまうといった反ドイツ的行為のほか、許可なく家畜を飼うなどの微罪でも即座に銃殺とされたということです。そのような時代背景の中でのストーリーとして見た時、正気を保つということ自体いかに難しいことか。それは、ヒポリトの妻の行動を見ても、容易に見て取れるものです。

この原作は、ポーランドの亡命作家、ヴィトルド・ゴンブローヴィッチによるもの。この映画の語り部でもあるヴィトルドには、自分の名前を付けています。映画は、あえてコミカルに装いつつ、戦中の重い雰囲気を伝えています。その中で、農園の生活が明るいものであるのがせめてもの幸せですが、それでも人の死の場面が当たり前のように語られます。明るいピアノのメロディーが全編に登場しますが、フレデリクの心情は一度だけ弾いたショパンのプレリュードの哀愁を帯びた響き。それをへニアに暗いと一蹴されて、楽譜を放り投げてしまうシーンがありますが、優しい知識人を装っている客人の苦しい心境が静かに噴出した場面のように思います。

そういった映画にもかかわらず、Amazonにあった、映画の内容紹介。これは配給元?からのものによっていると思いますが、引用しておきますと…

ミステリアスな美少女とその少女を密かに姦視する男たちとの倒錯した欲望を描いたロリータ・エロスドラマ。1943年、ナチス政権下のポーランド・ワルシャワ。インテリ同志たちとの会合に訪れたヴィトルドは、謎の男フレデリクと出会う。意気投合した二人は共に友人の家に向かう。友人宅には美しい娘ヘニアがいた。家の近くの牧場で働く少年カロルもまた美しかった。幼馴染だという二人だが、すでに一線を越えた関係だった…。



さすがに、これは恥ずかしい。冒涜です。「ポルノグラフィア」という小説からくる原題がそうさせているのかもしれませんが、副題も内容紹介も非なるもの。ここまでずれているのも珍しいと思いました。

2003年第60回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門ノミネート作品
この年の金獅子賞は、「父、帰る」(ズビャギンツェフ)、銀獅子賞は、「座頭市」(北野武)でした。

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「フランケンシュタイン」(1910) ごく初期のホラーです(映画史を辿って)

時間がなくて普通の長さの映画が見られないという言い訳を挟みつつ、今日も10分強の、素敵な映画。フランケンシュタインはいろいろと映像化され、皆様も自分のフランケンシュタイン体験をお持ちのことと思います。私にとってのフランケンシュタインは、なぜかメル・ブルックスの「ヤング・フランケンシュタイン」だったりするのですが、それはさておき、史上初のフランケンシュタイン映画。わずか12分ほどの作品です。

あらすじ
家を出て大学へ進み、生命の神秘の追及を志したフランケンシュタインは、ついに怪物を作ってしまう。それは、彼の悪魔の心が生み出した怪物。しかし、フランケンシュタインが幸せな結婚式を迎えるにあたり、彼の悪魔の心は消え去り、怪物も消滅してしまう。



という、12~3分ほどの映画です。これも、マッドサイエンティストものの、SF映画の元祖の一つ。そして、ホラー映画の元祖でもあります。これも、YouTubeで容易に見ることができますので、見たほうが早いと思いますが、とりあえず筋を辿っていきましょう。

まずは、フランケンシュタインは大学に行くために家を出ます。そして、2年後フランケンシュタインは生命の秘密を発見するのでした。そして、その実験の直前に恋人に、「生と死の秘密を発見した。すぐに、この世界で誰も知らなかったような完璧な人間を想像する。そして、この奇跡を成し遂げた暁には、君に求婚するつもりだ。」と手紙をしたためました。しかし、出来上がったのは完璧な存在などではなく、フランケンシュタインの邪悪な心が生んだ怪物なのでした。そして、フランケンシュタインは、自ら生んだ怪物に驚愕します。そして、自ら生んだ怪物の姿に気を失ってしまうのでした。

実家に帰ったフランケンシュタインは、恋人を大学に連れ帰りますが、彼の創造した怪物は、初めて鏡で自分の姿を見て驚き、恋人に嫉妬します。そして、結婚式の夜、フランケンシュタインの花嫁への愛によって人としての良心が、彼の心に湧き上がってきました。それは、フランケンシュタインの邪悪な心を追い払い、創造物をかき消す力を持っていました。そして、フランケンシュタインの邪悪なこころが生んだ怪物は、己の姿を鏡に映し、実体としては消滅。そして、フランケンシュタインの愛の力はその自らの邪悪な心が生んだ存在を、自分の心の中からも完全に打ち消してしまうのでした。

フランケンシュタイン(1910)

十数分と言いながらの、シェリー夫人の小説をその時間に凝縮した形になっていますので、一つ一つの場面に集中してじっくりと見ることになりました。フランケンシュタインといえば、その創造した怪物が暴れまわるホラーアクション的な先入観を持ってしまいがちですが、実際はその一方で、神をも恐れぬ悪魔的な所業をしてしまったマッドサイエンティストと、醜悪な姿で想像されてしまった怪物の苦悩もテーマになっており、この映画もその主題の方にそって作られています。従って、原作のような怪物とフランケンシュタインがお互いを追い詰めるような形にはなっていません。

フランケンシュタインといえば、様々な映画が作られ、それによって怪物はいろいろなイメージが定着しています。一番は、人造であることを強調したような、額に縫い目のある怪物ですが、この作品では薬品による化学合成みたいな形で、窯の中の反応によって作られたような画像になっています。それに、これは映像が古いせいもありますが、一見してあまり細部がはっきりしません。そもそもこのページを書きつつ何度も間違えたのですが、怪物は名前が無く、フランケンシュタインは創造者の名前なのです。ついつい、怪物のことをフランケンシュタインと書いてしまいます。

フランケンシュタインの小説を読んだのは、創元推理文庫出た時で、まだ学生の頃。その後もいろんな訳で色んな出版社から出ている名著です。SF小説の始まりと言われる、ジュール・ヴェルヌやH・G・ウェルズよりも前の存在。しかし、科学的に人造人間を作るという意味では、SFの先駆的存在でもあります。読んでみると、さすがに古典的文学であって、けっこう難渋した記憶が残っています。この映画もむしろ文学的、あるいは怪奇的側面を重視した作品と言えるのではないかと思いますが、やはりホラー映画でありかつ、SF映画の先達に加えてもいいのではないかと思います。わずか、十数分の作品なので気軽に見ておきましょう。

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「痴人の愛」(1967) 最後の一言で感じる愛のカタチ

GYAO!無料配信の「おとなの大映祭」ですが、8月後半は、増村監督の「痴人の愛」が配信されています。劇場では、木村恵吾監督のものも上映されたようですが、無料配信ではこの1本。安田道代さんの主演によるもの。悪女ぶりが楽しみでもあります。1967年の映画です。

あらすじ
精油所では、真面目で通っている河合譲治(小沢昭一)は酒も煙草もやらず、同僚から無類の竪物と思われていた。だが、実は秘かにナオミ(安田道代)という女を家に住まわせており、日々2人で済むために手に入れた家に帰ると、ナオミと磨き上げ、理想の女に仕上げようとしていた。
ある日ナオミの要望を断り切れず正式に結婚。譲治はナオミに教養をつけさせようと、ピアノや英語を習わせようとするが飽きっぽい性格で全く成果がない。そればかりか、高価な服や宝飾品を要求し、譲治は借金地獄に陥っていた。ある日、ナオミの要望でイタリア語教室に通わせたが、その教室のパーティーに譲治も同行することとなり、譲治はナオミが熊谷(倉石功)や浜田(田村正和)という学生のボーイフレンドと親しげに付き合っているのを見せつけられる。ナオミに関係を問い詰めても、何もやましいことはないと言われるが、会社の同僚から、ナオミはイタリア語教室の男を次々と荒らしまわっていると告げられる。
彼女の行動への疑惑を拭いきれない譲治は、隣家の花村医師(内田朝雄)にナオミの監視を依頼して追跡した結果、ナオミは浜田や熊谷との関係を目撃、帰ってきたナオミと口論の末、ナオミを追い出してしまった。そして、母の臨終に田舎に帰った譲治は、あろうことか、自分がこうなったのは母のせいだと言ってしまい、そのとたんに母は臨終を迎えてしまうと、激しい良心の呵責に苛まれてしまう。
その後家に帰った譲治は、ナオミの荒れた生活の噂を聞いても、縁を切るとキッパリと決め、行動を起こすことはなかったものの、一人になると寂しくなり、ナオミの写真を見て過ごす日々が続き、やがて感情を抑えきれず、錯乱するような日々が続くこととなった。そんなある日、ナオミが突然衣類を取りに帰ってくる。二度と元の生活に戻らないと心に決めていた譲治は、ナオミにはもう関心が無いと装って冷たくあしらい、ナオミもナオミでただの友達でしょうと言って、体に一切触れさせない。そのようなことが、二度三度続いたときに、我慢比べに耐え切れず、譲治の感情はついに決壊。譲治はナオミの前に屈服し、もう二度と行かないでくれ、お前の言うことはなんでもきく、と狂おしくナオミを求めるのであった。



あらすじは、谷崎潤一郎の小説を踏襲したものですが、設定を現代に置き換えたバリエーションとなっています。映画で見た感想は、小説よりも、ナオミが悪女っぽく感じましたが、譲治の異常性は幾分大人しめかなと思いました。これは、時代背景などの関係もあるのではないか?と思います。

舞台は、京急バスや横須賀線の70系電車が映っているので、京浜地区から三浦半島のどこかでしょうか。譲治は、そこから臨海部の製油所に通っているようです。製油所のプラントの風景が、まるで狂言回しのように話の転換部に出てくる演出も面白いですし、ポンプなどの甲高い音が、自分もけっこう馴染みのある光景であるだけに、懐かしく思いました。

痴人の愛1967

小説で読むと、自分の想像の世界が広がるので、如何様にもイメージが作れるのですが、映画は一つのイメージを受け入れることになります。ナオミの強い個性は、ある意味下衆な感じではありますが、こういう女に引っかかると身代を持ち崩すという典型的な演出。それから抜け出せない譲治を見ながら、さもありなんと、収支うなずきつつ、ニヤニヤしながら見る羽目になってしまいます。気持ちが解らんではないですが…、というのが正直なところ。しかし、金を使い続けるといずれ破たんしてしまうので、そのあたりは限度があるのですがね。

ラストは、ナオミが馬乗りになって、「あたしにも、あんたしかいないんだ!」と抱き着いているシーンで、何かこう救われたような感じがします。ナオミの正直な心情の吐露と受取り、ある愛のカタチが真っ当に表現された場面だと思いました。まぁ、あれだけの約束をした訳ですから、これからの生活に苦悩を背負うことは必定。譲治は会社を辞めた後ですから、資産を食いつぶすまでは容易に想像できます。そういう中で、この言葉が、将来の生活においてどれだけ救いになるかは、神のみぞ知るということでしょう。

安田道代は終始悪魔的なナオミを演じていて、なかなかの熱演。一本筋の通った、魅惑的な女性を演じてくれています。一方、小沢昭一は、ちょっとコミカルな感じので、このストーリーのイメージには、もっと病的な部分があっていいのではないかと思うのですが、そのあたりは隠れてしまったようで、ちょっと娯楽作品的な、コメディに寄ったような感じとなりました。それがまた、この映画の特徴であり、楽しさであると思います。

次回配信は、同じ増村保造監督の「でんきくらげ」渥美マリ主演です。これも楽しみです。

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「ラブ&ドラッグ」 深い人間ドラマをコメディで見せる

飛行機の中で見るために、iPadにダウンロードしていった映画。今回は帰りの飛行機です。行きと同様、iTuneでのラブロマンスレンタル100円。アン・ハサウェイというのも共通です。さて、今度はどうかな…。

あらすじ
ジェイミー(ジェイク・ギレンホール)は、狙った女は必ず落とす名うてのプレイボーイ。上司の彼女と通じたことで、ステレオショップを首になり、ファイザー製薬のMRに転職する。配属先で、病院相手の営業を開始、受付嬢を誘惑して便宜を図ってもらうなど、あの手この手の作戦を開始した。そんなある日、若くて美しいパーキンソン病患者のマギー(アン・ハサウェイ)と出会う。マギーに誘われ早々にベッドインしたジェイミーは、やがて本気になっていく。しかし、マギーは先の無い病気のせいで、普通の付き合いはできないと打ち明けるのだった。その頃ジェイミーは新薬バイアグラの販売許可を与えられ、瞬く間にトップセールスマンとなり、シカゴへの栄転の道が開ける一方で、マギーを愛するあまり、マギーを連れて治療に奔走するが、それを負担に感じたマギーはジェイミーに別れを告げる…。



ステレオ店で女性客を中心に、巧みに商品を売り込むジェイミーは、店内の従業員に対してもプレイボーイぶりを発揮し、上司の彼女と倉庫で事に及んでいるところを見つかりクビになってしまいました。その後の家族や親族が集まるディナーで、医学部を中退し、医師の両親を失望させている彼は、兄の紹介でファイザーのMRとしての就職を果たします。早速研修を受けるジェイミーですが、目線は常に女性の上に。そして、配属された地方で、上司のブルース(オリバー・プラット)とペアになっての仕事が始まりました。

ジェイミーは、ブルースの指導でこの地方のキーマンの医師に取り入ろうとしますが、ライバルに阻まれてなかなか相手にされず、病院の受付嬢を誘惑して、なんとか便宜を図ってもらおうと日夜奮闘します。そして、医師について病院内をインターンの名目で巡回することに成功。そこで、若くて美しいパーキンソン病患者のマギーと出会いました。マギーにすぐにインターンでは無く、MRと見破られたジェイミーですが、受付嬢から電話番号を聞き出し、マギーと個人的に会うことに成功。さっそくベッドインします。しかし、それはお互い進展させない、という固い約束の上のこと。なぜなら、マギーは徐々にパーキンソン病が進行し、相手の負担にんることを恐れているからでした。

ジェイミーも、最初は単に体だけの関係と割り切っていましたが、どうも本気になっていく様子で、日々を懸命に楽しく生きるという事だけに注力しているマギーは、ジェイミーとの楽しい日々を録画したりして楽しんでいました。その頃、夢の新薬バイアグラが開発され、ジェイミーはこれは自分の出番だと、会社と掛け合い担当にして欲しいと説得。ついに、バイアグラの販売許可を与えられます。ジェイミーは片っ端から薬を売りさばき、以前は見向きもされなかったドクターたちも、「もっとサンプルを分けてくれ」ジェイミーにしがみついてくる始末。これを期に大幅に売り上げを伸ばしたジェイミーは、シカゴの研修会に呼ばれまが、そこで、パーキンソン病の妻を持つという男から「病状が進めばきみのこともわからなくなる。別れた方がいい」と忠告されるてしまいます。

マギーとの仲も大きく進展していたジェイミーは、今のマギーを失うまいと、二人でパーキンソン病の名医を探し、遠距離もいとわず出かけますが、有効な手段がなく、焦るジェイミーと、それを負担に感じるマギーは、次第にギスギスしてきて、遂に、マギーはジェイミーに別れを告げることとなりました…。

ラブ&ドラッグ

というストーリー展開で、その後ラブコメならではの盛り上がりを見せてくれます。いや、そういう流れになってくると、ちょっと安心して見てられますね。きっといかようにでもなるストーリーだったと思いますが、やはりハッピーエンドがいいです。この組み合わせでは。この映画のアン・ハサウェイは大サービスしてくれますし、これまた意外な展開で、楽しかったです。ジェイミーの兄の役のジョシュ・ガッドも、ちょっとやりすぎ感のあるギャグを連発しますが、これはこれで面白く、パーキンソン病がテーマという暗くなりがちなストーリーをハイテンションで保ってくれます。

不治の病と闘うマギーですが、そうした映画では最近ビデオ撮影が定番のようです。この時代設定ですので、磁気テープを利用したホームビデオですが、「アリスのままで」なども、ビデオ撮影が絶大な効果を上げていましたし、最近公開された「ギフト 僕がきみに残せるもの」もビデオ。この2作も、同様に難病を扱っていますが、深刻な映画になっています。「ラブ&ドラッグ」も主題が似ていますが、逆に、この主題でここまでコメディにしたのも流石と思いました。マギーは、将来の無い自分を自覚し、その日その日を一生懸命に生きているということは間違いがないと思います。それをよく演じている、アン・ハサウェイも立派ですし、彼女の行動やセリフはとても頑なで、ぶっ飛んでいて、並大抵の男であればとても対応しきれないようなもの。それを、ジェイク・ギレンホールがジェイミーとして、徹底的に付き合っていく。うまくできています。脚本がいいんですね。きっと。

アン・ハサウェイの映画2作続けて見ました。この映画はまた、ゴールデン・グローブノミネートでもあります。彼女の映画、そこそこは見ているのですが、まだまだ肝心のものを見ていないと思うので、いずれまた。いつ見てもトップスターの存在感が抜群ですね。

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プロフィール

torrent13

Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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