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「ブルックリンの恋人たち」 って、恋人は一組しか登場しない

飛行機の中で見るために、iPadにダウンロードしていった映画。今、iTuneでラブロマンスレンタル100円をやっていたので、その中からの選択です。題名とアン・ハサウェイというところからの選択ですが、果たして…。

あらすじ
モロッコで遊牧民の文化を研究しているフラニー(アン・ハサウェイ)のもとに、母親(メアリー・スティーンバージェン)から弟のヘンリー(ベン・ローゼンフィールド)が交通事故で昏睡状態にあると連絡が入る。急遽ニューヨークに戻った彼女は、意識が戻らないヘンリーの病室で付き添う母親と再会。実家に戻ったフラニーは、喧嘩別れをしていたヘンリーの最近の生活を垣間見る。そして、彼の日々の日記や曲のアイデアなどを記したノートを発見。そこには、人気ミュージシャンのジェイムズ・フォレスター(ジョニー・フリン)のライヴチケットが挟まっていた。弟が彼を敬愛していることを知ったフラニーは、そのチケットを手にジェイムズのライヴに出かけ、フラニーは彼にヘンリーの事を話す。数日後、突然ジェイムズがギターをもって病室に現れ、彼はへンリーの脳に刺激を与えようと病室で歌う。そして、フラニーとジェイムズは、お互いに惹かれ合っていくが…。



地下道でギターを弾きながら歌うヘンリーのシーンからスタート。そして、フラニーがモロッコの遊牧民の取材をする場面。このあたりは、先に説明が無いので、後で意味が解ります。夜明けに部屋に戻ると、母からヘンリーが事故にあって入院したので、戻ってきて欲しいとの電話があり、着いてみると彼は昏睡状態で、意識が回復するかどうか解らない状況でした。母も今まであまりかまってやれなかったと、自責の念に苛まれていました。

フラニーは実家に戻り、ヘンリーの部屋に泊まることになります。そこでフラニーに宛てたヘンリー自作の曲のCDを聞きます。そして、ヘンリーの部屋の壁は、人気歌手ジェイムズ・フォレスターのポスターに埋め尽くされており、部屋の中でヘンリーが音楽や日常生活について書き留めたノートを発見。その中に、ジェイムスのコンサートチケットを見つけ、見にいってみることに。

コンサート後、ジェイムズに面会して、弟の事故について告げ、ヘンリーの作曲した曲のCDを渡します。その後フラニーは、ノートに書かれたヘンリーの足跡後をたどり、ノートにあった食べ物などを持ってヘンリーのところに行き、目の醒めない彼の周囲に置いたりして、気づかせようとします。そこに突然ジェイムズが現れ、ヘンリーのために病室で歌を披露。しかし、彼の様子かから、フラニーの為に歌っているようにも思えました。そして、 今日も弟の好きだった場所を訪ねる予定のメラニーに、ジェームズは夜クラブで合流することを約束しました。

レストランで会った二人は、身の上話を始め、ジェイムズは最近彼女と別れ、曲が書けなくなったと言い、メラニーはモロッコの遊牧民についての博士号を取る予定で、ヘンリーが学生をやめてミュージシャンになると聞いて大喧嘩をし、それ以来一度も話もせず、彼が入院してしまって、自分の行為を恥じ、弟の足跡をたどっていると話します。ここでやっと物語の背景が語られます。コンサートの後河岸に佇む二人。スランプのジェイムズに、フラニーは示唆を与え元気づけます。

翌日、ヘンリーの為に、蓄音機と古いキーボードを買ったフラニーを病院まで送り、再会を期して別れるジェームズとフラニー。彼女は、蓄音機やキーボードを使って、ヘンリーに刺激を贈りますが、相変わらず目が醒めず、いつしかYouTubeでジェームズの動画に見入っていました。ヘンリーのハーフバースデーの日、病室を飾り付け、まだ目の醒めぬヘンリーを前に家族でお祝い。そこにジェイムズも現れ、フラニーの母に翌日の夕食に招待されました。

その夜フラニーはジェイムズのステージを訪ね、一夜を過ごしました。そして、翌日の夜、母との夕食会では、ほろ酔い気分の母の思い出話に付き合う二人。フラニーが好きだった歌をかけ涙にむせぶ母。

ある日病室でジェイムズがフラニーに新曲を披露していると、ヘンリーが目がかすかに動きました。母を呼び二人でヘンリーを見守りますが、ジェイムズは一人廊下で待機。何か、疎外感を感じている様子です。母が帰ったあと、ついにヘンリーが目を醒ましますそこで、ジェイムズを待たせていたことに気がついたフラニーは廊下で彼を探しますが、すでにいなくなっていました。

ヘンリーは回復に向かい、フラニーは気になっていたジェイムズの、フィラデルフィアでの今期最終公演へ向かいます。現地に到着したがチケットは完売、モニターでジェイムズのステージを見ることになりますが…。

ブルックリンの恋人たち

まず、話の内容のわりに、無駄に歌が多いような気がします。それもワンコーラス通して流れるケースが多く、なにかミュージックビデオを見ているような気分。そして、邦題の「ブルックリンの恋人たち」って、何か微妙な内容とのアンマッチ感がぬぐえず、この題名か想像した展開とはちょっと違うような、もどかしいような、神経に触るような違和感。で、原題を確認すると「SONG ONE」。ということは、やはり歌が主役ですか?そうすると、一つの歌が誕生する物語のようにも見て取れます。その歌の為に組み上げたドラマとか…。それもまた、かなり変ではあるのですが。

以下、ラストのネタバレを含みます。
ラストへの場面。待っているジェイムズをほっておくのもナンですが、そのまま黙って帰るのもどうかと思います。フラニーと付き合うことによって、新曲が書けたジェイムズ。その歌を披露している時、ヘンリーの目が動き、みんなヘンリーに集中してしまって、そのままほっておかれて疎外感を感じた?ここまで親密になっているのなら、一緒にヘンリーを見守り、ヘンリーにサプライズでもしてあげるのが普通でしょうに?という違和感。ジェイムズはモニターの中で語っていたように、いずれ別れを告げたかったのか?それは、あとからとってつけた言葉のようにも思いますが、ま、そういうことであれば、この二人付き合ってもいずれすれ違うでしょうけどね。という投げやりな感想が残ってしまいました。

それもこれも、群像劇のような邦題のミスリードのせいにしておきます。何が、「ブルックリンの恋人たち」ですか??

で一つだけ、感動した点。メラニー母のアコーディオンを弾くシーンになぜか感動しました。メアリー・スティーンバージェンさん、時々見かけますが、いつも面白い役で、なかなかいい味を出していますね。

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

私の好きな100本の映画① SF編

私のこれまで見た映画から100本選んでみようという企画

を思いついたのです。見ている映画の本数が、たかが知れているので、世の中の映画入門本のようなセレクトにはならないはず。そもそも100本は現時点で選びきれていません。という訳で、始めてみます。
何から始めるって、とりあえずベスト5は大体決まっているので、最初の5回のアップは、ベスト5の中から1本選び、それと似たような映画を4本並べるというスタイルで行きましょう。
まずは、これから。



1.ブレードランナー (Blade Runner)  第1位
  1982年 アメリカ 監督:リドリー・スコット 出演:ハリソン・フォード、ルトガー・ハウアー

はい。月並みと言えばそうなんですが、ブレードランナーです。そもそも学生時代はSFファンで、最後の方はP.K.ディックを追いかけておりました。ということで、これもよくありがちなパターン。同世代には多いのではないかと思いますよ、こういう人。
アンドロイドは電気羊の夢を見るか?を読んだのは中学時代。なにやら雰囲気に凄く引き付けられました。それが映画化されてこの「ブレードランナー」になった訳ですが、正直イメージだいぶ違います。なんたって、電気羊の表紙は砂漠のイメージだったわけですから(当時のハヤカワ文庫の表紙)、もっと乾いたイメージを持っていましたよ。
ベスト1に押すには、そういったもろもろ重なってのことではありますが、映画自体もなかなか「濃い」作品で(語彙力不足)、なかなかずっしりと応えるタイプです。友達と、「2つで十分ですよ!わかってくださいよ!」なんてよく言いあっていたのが思い出されます。
ダリル・ハンナもカッコよかったネ。



2.エクス・マキナ (Ex Machina)
  2015年 アメリカ 監督:アレックス・ガーランド 出演:アリシア・ヴィキャンデル、ドーナル・グリーソン

笑っちゃいますが、ブレードランナーの次にこれでは、世界観が似すぎです。でも、好きなのですよ。こういうの。アンドロイドと人間を見分けることがブレードランナーのテーマ。こちらは、アンドロイドがいかに人間と見分けがつかなくなるかをテストしています。結果、アンドロイドは人間と見分けがつかないような表現が可能、しかしそれは人間的感情の動きとは一線を画したもののようです。ただ、人間に関するビッグデータを集積したものであり、どちらが本物なのか、誰にも結論の出せない。まさにPKディックが繰り返し描いたテーマでした。 デッカードと旅立つレイチェルと、一人で街に出るエヴァ。二人の心中?やいかに…。
シューベルトのピアノソナタもいいですね。



3.さようなら
  2015年 日本 監督:深田晃司 出演:ブライアリー・ロング、ジェミノイドF

ついでにもう一本。これも近未来SFと言っていいでしょう。出演は本物のアンドロイドのジェミノイドF。この映画、美ヶ原や白樺湖あたりで取られているのですね。高原の風景がとても美しいし、そこに住むターニャの切ないまでのか弱さと、アンドロイドのレオナとの交流。町の喧騒をよそに、山上で孤高の存在となるターニャ。そして、主人が亡くなったあとも、主人の見たかった風景を見に行くレオナ。これは、アンドロイドの最高に切ない物語だと思います。アンドロイドの心を人間に似せれば似せるほど、人間は罪なことをしている。そんな気になってきます。人間はいつか死ぬし、死ぬまで頑張って生きます。そして、これはアンドロイドとの対比で人間の死を見つめる映画とも言えます。
さようなら




4.グレムリン (Gremlins)
  1984年 アメリカ 監督:ジョー・ダンテ 出演:フィービー・ケイツ、ザック・ギャリガン

ひところ、好きな映画と聞かれて、グレムリンと答えていた時期がありました。みんな知っている映画で、当たり障りが無くて、傾向的にもなるほどと思っていただける。モグワイは可愛いし、フィービー・ケイツも可愛い。音楽も楽しいし、言う事なしです。当時、ジョー・ダンテの映画も結構好きで、トワイライトゾーンなんかも、3話目が一番好きでした。何と言いますか、ちょうど学生時代で、ちょっとした楽しみに映画を見に行っていましたね。恋人とだったり、友達とだったり、一人で行ったり。都心では一番の娯楽でしたよ。(今でもそうですが)。この映画サントラをカセットテープに録音して、車の中などで時々聞いていた気がします。若き日々を思い出すおじさんでした。最近(と言っても2年前?)、ジョー・ダンテの「ゾンビ・ガール」を見たのですが、グレムリンと同じような仕掛けがあって、ニンマリしていましたよ。ジョー・ダンテはいつまでたってもジョー・ダンテなのでした。



5.ラプチャー 破裂 (Rupture)
  2016年 アメリカ 監督:スティーヴン・シャインバーグ 出演:ノオミ・ラパス、マイケル・チクリス

巷では、かなり評判の悪い作品。SMホラーなんて宣伝をするからだよ…。と思ったりしますが、まぁそういう訳でもないでしょう。かなり主人公の行動に必然性が乏しいところもあったりしますし。でも、この映画を見ている時、なんだかすごく懐かしい感じがしたんですね。なんでしょう。一流のハヤカワ文庫のSFでは無くて、ちょっとマイナーな創元推理文庫のSFを読んでいる感覚。いわばB級SFとでもいうような。そう思いつくと、大変この作品が好きになってしまったのですよ。全然気取らないSFといいますか、21世紀に見る60年代のノリみたいな感じで。SFとは言いつつサスペンスで勝負してたりして。
具体的にはっきり言えば、主題からミュータントSFを想起し、そこから「スラン」を想起し、そしてヴォクトのアイデア勝負的なSF群に思いは至った訳ですね。いやま、懐かしい限りです。
<ブログ内にレビューがあります>
「ラプチャー 破裂」 ミュータントSFの傑作と言いたい



さて、私の好きな100本の映画。最初の5本でした。これからどんな感じになるか解りませんが、この5本だけでも、ちょっと変なラインアップのような気がします。次回はいつになるかもしれませんが、自分好きな第2位の映画「タクシードライバー」を中心に類似の映画を追求したいと。ちょっと選びにくい選択になりそうですが…

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「大列車強盗」(1903) 西部劇の誕生です(映画史を辿って)

さすがに、毎日アップしていると、ネタ切れというか、時間が無いというか。しがないサラリーマン的には、なかなか時間を捻出して書いていくという気力も続かない訳でございます。ということで、今日はわずか10分あまりの短編映画。といっても、制作された当時は普通の長さだと思います。「大列車強盗(THE GREAT TRAIN ROBBERY)」。西部劇第一号です。

あらすじ
西部開拓時代。列車強盗一味が、駅員を縛り上げて列車に乗り込み、金を奪って逃走する。一方、縛られていた駅員は強盗に入られたことを酒場の者たちに伝え、追跡を開始する…。



ストーリーはこれだけです。10分なので。でも、味気ないのでもう少し詳しく…。(ただし、見たほうが早いと思います。)

信号所のような駅事務所に、駅員が1人。強盗が2人登場して、拳銃で殴り失神させ、縛り上げます。そして、給水所に待っていた2人と合流し、列車に乗り込みました。列車は走り出し、強盗団は、人里離れたところで機関車に乗り込み、2人は郵便車を襲い、抵抗した係員を殺害して、金目の物を持ち去ります。もう2人は機関車に乗り移り、機関助手を倒して列車から放り投げ、機関士を脅して列車を止めさせ、客車との連結を外させます。そして、一味4人は乗客を全部おろして脅迫し、金品を巻き上げました。逃げ出そうとした乗客が1名、容赦なく撃たれました。そして、一味は切り離した機関車に乗り込み、馬を隠してあるところで降りて逃走します。

その頃、倒れている駅員の元に弁当を届けに来た少女が現れ、縄を解きます。そして、酒場でダンスに興じている人たちのシーン。そこに駅員が駆け込んで一部始終を告げると、酒場の男たち(保安官?)は追跡。まず馬で逃走中に一味の一人が倒され、その後振り切ったに見えた強盗団ですが、盗んできた金品を山中で改めようとしているところを、追跡の一向と銃撃戦になり、残りの3人とも倒されました。

大列車強盗

はい、一応、ウィキペディアなどで得た知識から…。
この映画は、1903年に、アメリカで製作・公開されました。世界初の西部劇映画と言われており、アメリカ映画としては、初めての物語を持つ映画となります。これ以前は、物語を持った映画としては、リュミエールを生んだフランスにメリエスの「月世界旅行」があり、それ以外は、一つのシーンで情景を写した動画とか、記録、風景、スポーツなどだったとのことです。ということで、アメリカ映画の始祖であり、初の西部劇という訳です。(異論もあるようです)

一つ一つのシーンは大変しっかりしており、西部劇の要素もそろっています。ちゃんと酒場のシーンも入っています。演技もなかなかのもの。もちろん演技という意味では、舞台劇は太古からあったわけですから、当たり前と言えばそうですが。この映画の中に出てくる、弁当を持ってきた少女が駅員を助けるシーン。仕草がとてもかわいらしいので、必見ですよ。

この映画、いわゆる野外ロケが行われており、これも珍しかったとのこと、また有名なシーンとして、強盗の男が観客に向けて発砲するラストシーンがあり、これが唯一のクローズアップになります。この場面を見て、客席から逃げ出した観客もいたとか…。

という訳で、百聞は一見に如かず、まだ見たことが無い方は、YouTubeで見てみてください。著作権は切れているものですので、いろいろとアップされています。一部に色の付けられたカラーバージョンもあり、また無声もあれば音楽もいろいろとつけられたものもありで楽しいです。

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「恋多き女」 フランスらしい伝統の歌と愛を楽しむ

古いフランス映画が、GYAO!にたまたまあったので、一も二もなく見てしまいました。内容はともあれ、この時代のヨーロッパの映画を見るのも、いつ以来かという感じで、本当にしばらくぶりです。たっぷり雰囲気を味合わせていただきました。1956年の映画で、ジャン・ルノワール監督、イングリッド・バーグマン主演です。
原題:Elena et les Hommes

あらすじ
古き良き時代のパリにエレナ(イングリッド・バーグマン)というポーランドの公爵夫人がいた。類いまれな美貌を持つ彼女は、男たちに愛を掲げて励まし、偉大な仕事をなし遂げさせ、成功すれば次の男に映るという役目を負っていると自ら信じていた。あるパリ祭の日、群衆は、英雄ロラン将軍(ジャン・マレー)の閲兵式を見ようと大混雑。その流れに身を投じ、彼女は将軍の友人だという伯爵のアンリ(メル・フェラー)と出会い、将軍を紹介される。エレナは将軍に、彼女の愛情と助力のシンボルであるヒナギクを贈る。すると、将軍はその場で陸軍大臣就任の依頼を受けた。しかし、将軍の異常な人気は彼を取巻く政治家たちとの利害のぶつかる中で翻弄され、ついにあまりの人気に危機を察した政府はロランを左遷してしまう。クーデターを企む取り巻きや、外出禁止を通告する政府の間で、エレナとアンリはそれぞれの思いで助けようとするが…。



ストーリーは、けっこう入り組んでいて、それも簡単な振りでポンポン進むのでかなり判りにくいです。まずは、導入部はこのような内容です。

古き良き時代のパリ。夫を亡くしロシアから逃れるために亡命してきた、ポーランドの公爵夫人エレナは、類まれな美貌の持ち主でした。彼女は男に愛を掲げ、ヒナギクの花を贈って励まし、男がその愛の為に頑張って成功すると、それ以上深入りせずに、また他の男へ移るという生活をしていました。まずは、無名の作曲家リオネル(ジーン・クラウディオ)を成功させ、彼が大舞台に立つと知るやすでにつれなく、その場で家計の為に、富裕な靴製造業者マルタン・ミショオ(ピエール・ベルタン)の求婚に応じる次第。

ミショオと馬車で、群衆でごった返すロラン将軍の閲兵式を見に行くと、はぐれてしまい、ロラン将軍の友人であるアンリ伯爵と遭遇、ロラン将軍に面会するとお互いが気になり、エレナは将軍にヒナギクの花を贈ります。すると霊験あらたかで、すぐに陸軍大臣のオファー。将軍はそれを請けますが、そこに将軍の恋人ポレット(エリナ・ラブールデット)が現れヒナギクは捨てられました。その後、将軍はパリの人気者になり、取り巻きは将軍を盛り立てて独裁者に祭り上げようとします。ある日、フランスの気球観測隊員がドイツに不時着し捕虜となる事件が発生。アンリはエレナに将軍に断固たる措置を撮るように説得を依頼。エレナはアンリの出世の為とこの任務を敢行。それに乗ったロランは成功し、人気も頂点に立ちました。しかし、あまりの人気を恐れた政府は、ロランを田舎に左遷し、外出禁止にしてしまいました。

この間、いろいろと召使や従卒など周囲の登場人物に盛りだくさんの色恋沙汰が起こりますが、省略します。

そして、将軍を奪還すべく、周囲の人々は動きます。しかし、取り巻きとアンリは別の意図で行動しているようでした。取り巻きはあくまでも脱出してパリへ凱旋。アンリは恋人ポレットを連れてきて隠し、旅芸人の一座の協力を得て二人きりにさせるというもの。紆余曲折あって、ついにロランはアンリの用意した馬車にのり、そこでポレットと再会すると、再び元のさやに納まり、政治に嫌気がさしていた将軍は、ポレットの希望で南仏へと向かったのでした。

恋多き女

というようなお話が、目まぐるしい展開で起こっていくので、少々追いかけるのが大変な映画でした。しかし、ラストに向かっての将軍を脱出させる一幕、これはいかにもフランスを感じさせる素晴らしい展開だと思いました。人気絶頂のロランは周囲を警察と支持者の群衆に囲まれて、外に出ることができません。そこでアンリはロランに旅芸人に変装させ、自分はエレンと2階の窓辺でシルエットで影絵だけのラブシーンを演じ、群衆に見せつけます。それを見た群衆は影響されて、それぞれのパートナーと愛を交わし始め、そこに旅芸人の愛の歌が入る。なにやら濃密な雰囲気の中、ロランはこれに紛れて脱出し、馬車でポレットと再会。キスの後南仏へ向かう。そして、おまけにお互いが好きだったと認識したアンリとエレンも演技でないラブシーンに移行する…。なかなかいいじゃありませんか!政治よりも何よりも歌と愛が優先するという憎い演出です。このラストは見る価値あり!という感じでした。

構成は、オペレッタのような、明るくて、まぁ言ってみればたわい無いという感じの内容です。出だしのタイトルロールのバックがいかにも序曲風なので、オペラ的な構成かな?と想像できます。劇中はセリフの背後にもよく音楽が流れ、そして時々歌が入り、伝統的なオペレッタ的なつくりだと思いました。役者さんたちの所作もかなりコミカルに動きます。でも、やはりラストの旅芸人の歌のシーン。このあたりのドラマチックは盛り上がりは、オペレッタを超えて、やはり映画だなぁ!!と思った次第です。

さて、ジャン・ルノワール監督の映画は、お恥ずかしながら「大いなる幻影」くらいしか見ていないという状況なので、何もコメントできないのですが、戦後のヨーロッパの映画に大きな影響を与えたという風に言われています。何をどうかというと、全然わかりません。いろいろ見ていくうちに、そういったことが自然と実感として解ればいいなとは思っています。とにかく、いろんな作品を楽しんでいきたいというのが、今の心境です。

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「エスケープ・フロム・L.A.」 ニューヨーク1997ってこうだっけ?

買い置きDVDの消化シリーズ。今日は「エスケープ・フロム・L.A.」で、1995年の映画ジョン・カーペンター監督です。これは、「ニューヨーク1997」の続編的映画ですが、かの映画は公開時に見ていて、けっこう良かった印象を持っているので、そこらへんに期待です。買ってから、いままで見なかったのは、なんとなく「ニューヨーク1997」をもう一回見るような映画ではないか?という気がしたので、どうかなぁと思っていました。監督主演も同じなので、 いかがでしょうか。

あらすじ
2013年、合衆国大統領(クリフ・ロバートソン)の娘ユートピア(A・J・ランガー)は、政府が秘密裏に開発した新兵器を持ってL.A.に逃亡。L.A.は2000年に起きた大地震以降、独裁的な現大統領の厳格な道徳管理規律に反する者たちの追放場所となり、凶悪な犯罪者の監獄島となっていた。ユートピアと同行しているのは、革命家クエボ(ジョージ・コラフェイス)。新兵器を手中にし、政府を脅迫する。これに対し、大統領側は、かつて閉鎖されたN.Y.から当時の大統領を救出した実績のあるスネーク(カート・ラッセル)を、L.A.に潜入させ、新兵器の奪還を図る。原子力潜航艇でL.A.に上陸したスネークは、さっそくクエボの居場所を突き止め、奪還に挑むが…。



まずは、状況説明からです。独裁化を進める大統領は、2000年の大地震で島となったLAを、犯罪者や意に染まぬものの流刑地とし、周囲から厳重に隔離していました。その守備隊に連行されてきた重犯罪者スネークは、任務をこなせば解放し自由を与えると告げられます。それは、大統領の独裁を打破しようと立ち上がった一人娘のユートピアが、新兵器を持ってLAに逃亡、LAに住む革命家クエボと通じており、その新兵器を奪い返し、ユートピアを抹殺せよというものでした。そして、10時間以内に任務を果たして帰還しなければ、スネークの体内に仕込まれたウィルスが発効し死に至るというもの。スネークはやむなく用意された潜航艇に乗ってLAに向かいます。

スネークはLAに到着後、用意された追跡装置を利用して、先行している救出隊員を探しますがすでに全滅したあとでした。やむなく荒れ果てたLAに出ると、エディ(スティーヴ・ブシェーミ)が道案内をすると近寄ってきます。高額な申し出を断るスネークですが、人体の一部を切り取って整形手術に使う集団につかまり、危うく材料にされそうになり、辛くも脱出。そして、再びエディと合流し、クエボと彼のテロ組織「輝く道」に遭遇。新兵器を巡っての争奪戦が始まりました。

さて、10時間のタイムリミットが刻々と迫る中、クエボとの闘いは、撮ったり撮られたりの手に汗を握るシーソーゲーム。無事、任務を果たし、帰還することができるでしょうか???

エスケープ・フロム・L.A.

まぁ、細かい行ったり来たりの争奪戦が、いろんな登場人物が入り乱れて行われ、書き始めるとキリがないので、ストーリー説明はこのへんで…。手抜きですが、最後まで2段3段のオチになるので、全部書いていると日が暮れてしまうということもあります。それで思ったのは、そもそも「ニューヨーク1997」ってこんなんだっけ?という違和感。見たのは公開当時なので1981年ということになり、細かいことはもう忘れていますが、もっと筋の通った硬派のアクションだったような気がするのですが…。

そういえば、この映画。導入のスネーク登場の場面から、あっ出てきた!なつかしい!とは思うものの、妙に力みかえっているし、そのくせちょっと間の抜けたような雰囲気がありました。実際戦いに入ってからは、勿論大活躍するわけですが、妙な失敗もするし、真面目腐って小さな笑いもとる。ピーター・フォンダが出てきて、ビッグ・ウエンズデーをやり始めた頃には、オイオイそういう系だったの?という感じです。という訳で、真面目腐った演出の中で、実はみんなで楽しんで作っているという、楽屋落ち系の隠れコメディだったのかという気がしてきました。

ラストも、いろいろと仕込んだフラグが回収されて、二転三転なかなか面白かったので、そういう映画ということであれば、なかなか良くできていて面白いのですが、ちょっと遊んでいるでしょうという感じでした。セットや小道具も凝っていて、廃墟の中、ボロボロになった車が多い中で、目立ったのはエディの車はもちろんですが、ホットホイールがそのまま出てきたような車もあったりして、なかなかサービス精神満点。多分小ネタを楽しむ映画なんですね。きっと。

ジョン・カーペンターの映画、最近は見ませんが、一時期いろいろ見ました。でも、当たり外れが多いような気がします。これは、まぁハズレの方と思っていいんではないでしょうか。シチュエーションも全く同じ「ニューヨーク1997」のセルフパロディのように思えてきて、しばらく見ていないので確信が持てないのですが、「ニューヨーク1997」ってこんな映画だったかなぁ?と、頭の中がひどく混乱している次第です。

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ジャンル : 映画

「ケース39」 途中まで、サイコホラーかと思いましたが…

買い置きDVDを見るシリーズ。今日は、「ケース39」です。買い置きと言っても今年買ったもの。某電話会社が長期契約特典で、毎月一か月有効のTポイントをくれるので、毎月ヤフオクで1~2枚もらっているという状況。そんな中の1枚でした。これは話の内容よりもレニー様を見たかったので。この頃のレニーはあまり人気が無かったのですかね。かなりDVDスルーに流れてます。まぁ、DVDで出してくれるだけでもありがたく…。

あらすじ
児童虐待や育児放棄を担当するソーシャルワーカーのエミリー(レニー・ゼルウィガー)は、日々もたらされる通報を処理、家族との面談など忙しい毎日を過ごしていた。ある日、学校からの通報により調査を始めた39件目の事件。上司の命令で問題の家族を訪ね、面談するも確証が得られず、上司の指示は追及不要ということになったが、疑問を持ったエミリーは単独で対応、その家の娘のリリー(ジョデル・フェルランド)がオーブンで焼き殺されるところを救出する。リリーは一度は施設に入るが、心のよりどころであるエミリーと一緒に住みたいと主張。エミリーも折れてリリーを引き取るが、その日からエミリーの周りに奇妙なことが起こり始める…



ソーシャルワーカーのエミリーは、多くの案件を抱えながらも、上司のウェイン(エイドリアン・レスター)から新しい案件を押し付けられます。多忙ながらも使命感のあるエミリーは、被害児童と思われる少女リリーの住むサリバン家を訪ねますが、家族の異様な雰囲気に強い疑問を抱きました。再度、社会福祉局で詳しく話を聞くことになり、取り繕う両親と離れて、リリーと個人的に話をしたエミリーは、両親が「地獄に落とす」と言っていたと打ち明けられました。確たる証拠のないケースなので、ウェインは調査の打ち切りを指示しますが、納得のいかないエミリーは単独でリリーに接触し、いざというときの為に自分の連絡先をリリーに教えます。

エミリーには、恋人であり心理学者でもあるダグ(ブラッドリー・クーパー)が、多忙な中で唯一の心のよりどころ。仕事中心でダグとの関係を進展させないエミリーですが、ダグは精神的にもエミリーを支えています。そして、友人のバロン刑事(イアン・マクシェーン)もいざというときに力になってくれる、頼りになる存在でした。そんな中、夜になってリリーから救いを求める電話が入り、マイクと共にサリバン家に向かったエミリーは、リリーがオーブンで焼き殺されそうになっている現場に遭遇、マイクとともに救出し、両親は逮捕、リリーは里親が見つかるまで施設に入ることとなりました。

リリーは一度は施設に入りましたが、エミリーに一緒に暮らしたいと強く求め、エミリーもほってはおけず周囲を説得し、リリーを迎え入れ二人の暮らしが始まります。リリーは精神の安定を得るため、ダグが指導するグループセラピーに通い始め、平穏な日々を過ごし始めたかに見えましたが、リリーと同じグループセラピーでエミリーの担当していた少年が両親を惨殺するという事件が発生。その後の調査で、エミリーの家から少年の家に惨殺する直前に電話があったことをマイクから知らされます。マイクとエミリーは、リリーを疑い始め、ダグに頼んでリリーの心理テストを依頼。面談での辛辣なリリーの言葉にダグは戦慄を覚え、翌日専門家に相談すると言い残し帰宅。その夜、精神障害の調べ物をしているダグに雑音で聞き取りづらい電話がかかると、ダグは幻覚を見始め、そのまま自宅で事故死してしまいました。

リリーに恐怖を覚え始めたエミリーは、リリーの両親の証言テープを確認。父母の周囲の人物が次々と死んでいったことなど、その異様な発言を知り、彼らに直接話を聞くべく、入院先の精神病院に向かいました。母は錯乱状態で面談できる状態ではなく、父と面談。父からリリーは悪魔の化身だと告げられ、殺すしかないと言われてしまいます。エミリーは動揺を隠せず、その行動はリリーにも見透かされており、いよいよ対決が本格化していきます…。

ケース39

意外だったのは、かなり恐怖心をあおる映画だったこと。リリーが怖いです。前半、かなり早い段階でリリーが救出され、この物語はこの先、どこに行くのだろうと思いましたが、エミリーと一緒に住みたいと、執拗に迫るリリーの態度を見て、これは何かあるな、そういう系か…と感じます。そのあたりの微妙な表現が、なかなかうまいと思いました。前半は、サイコスリラーで、ダグも精神異常を疑い、その本を読んでいる時、殺されます。で、サイコスリラーでどんな展開になるのだろう?サイコパスなのか、それとも、私の知らない何か?と思っていると、今度はオカルト路線へ…。

子供が恐怖を与える映画は、古くは「悪い種子」とか、「オーメン」とかありますが、どちらかと言うと、オチはオーメン系?でも神父は出て来ません。強烈な大悪魔でなく、小悪魔でした。強大な悪魔であれば、水没すると本来の姿を現し、巨大化してとなりますが、そこは大人しく終息しました。この映画にはもう一つのエンディングがDVDに収録されていましたが、これはリリーが生き延びて別の家族に災厄をもたらすというもの。こちらのエンディングであればオーメンです。その場合、続編が必要です。(笑)

そういろいろ考えると、途中で感じた、「これはサイコスリラーか?どうやって遠隔で幻覚を見せるんだ?」という疑問は、説明不要のオカルトにとって代わられ、オカルトであればどこまで強いんだと思いますが、うまく退治できてハッピーエンドだったので、ストーリーとしては、大上段に構えながら、スッとかわされた感が無くはないのです。でもいいんです。この映画冒頭から、画面にそこはかとないB級感が漂い、二転三転しながら、観る者をハラハラさせ、リリーの表情がゾクゾクするような恐怖感を与え、そして、盛り上がったあとでハッピーエンド。十分面白く、あるいはゾクゾクしながら楽しめましたよ。私的にはOKでした。

レニーの映画、ここ数ヶ月見てなかったのですが、所作は相変わらずレニーで、この感じはいいです。彼女は、長いキャリアの中で、体系や顔つきが良く変わりますが、ここは普通ですかね。コメディ系や、ドラマ系のイメージの方が強いのですが、恐怖に追い詰められるレニーもなかなか良かったですよ。これだけ面白い映画だったので、日本公開もあっても良かったのではと思うのですが…。

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「アナベル 死霊人形の誕生」 なんか、怖くないのは、思い入れ不足??

今週公開された「アナベル 死霊人形の誕生」を見に行ってきました。これは、「死霊館」シリーズのスピンオフ作品の、アナベルシリーズの2作目。1作目の前日談にあたるようなのですが、残念ながら、このシリーズ一つも見ていません。そういう状況で見て楽しめるものかどうかわかりませんが、とりあえず鑑賞です。

あらすじ
12年前に幼い娘を亡くした、人形職人(Anthony LaPaglia)とその妻(Miranda Otto)。彼らの館に、閉鎖に追い込まれた孤児院のシスター(Stephanie Sigman)と6人の少女たちがやってきた。新居にたどり着くと、彼女たちは不穏な気配を感じ、やがてかつて人形職人が人が作ったアナベルに狙われ、恐怖にとらわれていく。彼女たちは、この呪いから逃れることが出来るのか?



さて、どんな展開が待っているかと、期待と不安の予告編タイム。アナベル放映前の予告編はホラーものが多いようで、少々ツッコミながら予告編を見ていたのでなんか耐性ができたかしらん、いざアナベルが始まってみると、普通のムービーのようで新鮮でした。この映画、ちゃんとお金をかけて作ってあるような感じで、好感がもてます。さて本題。

人形職人のサミュエルと妻エステル、そして娘ビー(Samara Lee)は、3人で幸せに過ごしていました。サミュエルは新作人形アナベルを開発、ビーとはかくれんぼを楽しんでいます。しかし、ある日教会からの帰りにビーは交通事故で亡くなってしまいました。

それから12年、サミュエルは家を孤児院として貸すこととし、シスターのシャルロット以下6人がバスでやってきます。孤児たちの中で、年少なの女の子の、足が不自由なジャニス(Talitha Bateman)とリンダ(Lulu Wilson)の二人は仲が良さそうでした。ジャニスは二階でさっそく何かの気配を感じ、うろうろするうちに、子供の成長が柱に記録されているドアを発見。開けようとすると、家主のサミュエルに厳しく止められました。その夜、ジャニスは何かの気配で目を覚まし、ドアの下から、「Find Me」と書かれた紙切れが差し込まれます。これは、ビーが生きていたころ、父とよくやっていたかくれんぼ遊び。ジャニスは開けるのを止められていた部屋に入ると、紙切れに導かれ、クローゼットを開けます。すると、そこに大きな人形が鎮座していました。「アナベル」です。人形はジャニスに向けて歩いてくるので、ジャニスは怖くなって自分の部屋に逃げ込みました。

翌朝、ジャニスはシスターに昨晩の事件を伝えますが、取り合ってもらえません。そして、廊下に飾られている、同じくらいの年の女の子の写真を見つけ、この家には少女が住んでいたと想像するジャニス。再び子供部屋に入ると、そこには向こうを向いた少女の後姿がありました。近寄ると少女は振り返りましたが、顔は悪魔のものでした。ジャニスは一生懸命逃げましたが、悪霊によって2階から落とされ、車椅子生活となってしまいました。

ジャニスは車椅子にのって、晴れた庭にたたずんでいると、突然シスターの服を着た悪霊に車椅子を暴走させられ、納屋に閉じ込められます。そこで、ビーの亡霊の口から、ジャニスに悪魔が移動しました。異変を聞いて駆け付けた娘たちに対しても、悪魔が乗り移ったジャニスは、穏やかな表情で何もなかったように応対します。そして、猛威を振るい始めた悪魔と、女の子を守り、この家から逃げ出そうとするシスター・シャルロットたちとの戦いが始まりました…。

アナベル 死霊人形の誕生

さて、感想です。怖くはありませんでした。驚かされはしますが、背筋が凍るような怖さが無かった。やはり、雰囲気が、明るくてドライなんですかね。心のひだに入るようなウェット感がないので。驚きはしましたよ。何度か。それに、妥協せずきっちりと作ってあるので、しっかりした映像が楽しめることは事実です。結局、夫婦が呼び出したにせよ、悪魔との戦いなので、怪獣ものと同じ感覚で見てしまうのですかね。悪魔も、いかにもという容姿。じっくり見られるのは手の部分ですが、顔も時々チラ見できます。絵にかいたような悪魔でした。

という訳で、人の怨念が跋扈するような、心にしみる恐怖は無いのですが、お化け屋敷的に楽しむには、なかなかよくできた映像だったと思います。先行する3つの作品を見ていれば、もっと感情移入できたかも。今回、死霊館シリーズ初めてなので、何となく即物的に見てしまったのかもしれません。悪魔と戦うと言っても、十字架をかざす、あるいは呪文を唱えるだけなので、いかにして逃げるかというのが目的になっています。父母が殺されるのは、長年閉じ込められた恨みでしょうか。

衝撃的なシーンは、最初の交通事故。遠くに砂塵を上げて走ってくる車が見えていますが、この車がこの映画で一番悪魔的に見えます。ラストは、アナベルシリーズの第一話「アナベル 死霊館の人形」につないで終わるので、またいろいろと作られそうなシリーズですから、この際見ておくのもいいかなと思いました。

主役の少女たちですが、目立つのはビー(Samara Lee)、ジャニス(Talitha Bateman)、リンダ(Lulu Wilson)の3人。ビーは可愛い。ジャニスは興味津々のホラー映画主役の行動、そして、リンダがとても面白かった。人形を井戸に捨てに行くなんざ、思い切ったことをすると思いましたが、とにかくこの子の驚いた時の目が大きい!!アナベル人形の目より大きいんではないかと思うくらい。可愛い中で、なかなか強烈な個性だと思いました。

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「愛のめぐりあい」 アントニオーニだからできること

手元にあったDVDの消化といっても、さすがにこれは気合が無いと見られないと思ったので、長らくそのままになっていたものです。1995年の映画で、フランス・ドイツ・イタリア制作。「愛のめぐりあい」原題は「Al di là delle nuvole(雲の向こう)」。ミケランジェロ・アントニオーニ後期の作品になります。出演者も錚々たるメンバーでした。このDVD買ったのはきっと10年以上前で、今回が初見。心して見ましょう。

あらすじ
飛行機で移動中の映画監督の私(ジョン・マルコヴィッチ)は、作品を完成したばかり。次の映画にすべてを頭の中から消し去り、外部からの干渉を避け、次の映画のアイデアを醸成していく。そんな状況での旅であった。その為に、かつて、小さな愛のエピソードを聞いたことがあるフェラーラの街に移動中であった。
第1話 フェラーラ、ありえない恋の物語
第2話 ポルトフィーノ、女と犯罪
第3話 パリ、私を探さないで
挿 話 エクス・アン・プロヴァンス、日曜画家と友人
第4話 エクス・アン・プロヴァンス、死んだ瞬間
雨の中を去る第4話の青年の後ろ姿を見送り、雨の街を眺める。町には様々な人が住み、様々な愛がある。作家として、描いたこれらの映像に真実に近いものがあり、その裏にさらに真実に近いものがあり…。そして謎に満ちた真実は誰にも見えない。


あらすじ、というか構成です。それでは、一つ一つのエピソードを簡単に紹介します。

プロローグ 私(ジョン・マルコヴィッチ) 
これは、あらすじの通りです。飛行機の中から外の雲を見つめる私は、次の作品に思いを巡らせ、霧深い街に降り立ちます。

第1話 フェラーラ、ありえない恋の物語 技師シルヴァーノ(キム・ロッシ=スチュアート)、カルメン(イネス・サストレ
技師のシルヴァーノは、出張先の霧の村でカルメンという女性に出会いました。二人はたまたま同じ宿に宿泊しており、散歩の途中に接吻を交わしますが、夜お互いを気にしつつも、それぞれ自分の部屋で眠ります。翌朝彼が目覚めると、彼女はすでに旅立っていました。数年後、二人はフェラーラの街で再会。寡黙が素晴らしいというシルヴァーノに、カルメンは女には言葉が必要と言い、最近まで同棲していた男の手紙を一字一句諳んじて見せます。興ざめして出ていったかに見えたシルヴァーノですが再び部屋に戻り、二人は裸でベッドに横たわります。しかし、彼の手も唇も、彼女の肌や唇にスレスレになりながら、触れることはできませんでした。シルヴァーノは立ち上がり、そのまま去りました。彼はその後もずっと、この一度も自分のものとすることの無かった女を愛し続けたのでした。

第2話 ポルトフィーノ、女と犯罪 若い女性(ソフィー・マルソー)、私(ジョン・マルコヴィッチ
私は、冬のポルトフィーノの路地から出てきた女性(ソフィー・マルソー)の後を追いました。彼女は海辺のブティックの店員で、私が店に入ると訝しげに眺め、その後カフェで読書していると、彼女が自分について話したいと言ってきました。彼女は、自分は父親を12回刺して殺し、裁判で無罪になったとのこと。その午後、私は彼女の部屋で激しく抱き合いましたが、なぜ殺したかなど、それ以上の話はしませんでした。私はそれより、12回という回数が2~3回というよりも、より真実らしく聞こえることに惹きつけられました。映画では、どうしても3~4回にしてします。それはその方がより現実的に受け取ってもらえるという思っていたからです。

第3話 パリ、私を探さないで 愛人(キアラ・カゼッリ)、アメリカ人の男(ピーター・ウェラー)、妻(ファニー・アルダン)、妻に逃げられた男(ジャン・レノ

パリのカフェで、イタリア娘がパリに住むアメリカ人の男に、魂の話で話しかけてから3年間、男の妻は夫の不倫に耐えてきましたが、我慢の限界に達していました。男は愛人と別れると言いながら、アルコールに溺れる妻を慰め、さらに体まで求めました。しかし、別れを告げに来たはずの愛人宅では、また愛人の体に溺れてしまい、一向に話が進展しない様子です。一方、パリのモダンなアパルトマンに、男が出張から帰ってくると、家具も妻もなく途方にくれています。そこに電話が鳴り、出ていった妻が「私を探さないで」とだけ言って切れました。そこへ例の夫に裏切られ続けた妻が来訪。男の妻から部屋を借りて一人で越してくる約束になっていると告げます。二人は互いの境遇を知り、お互いに同情しますが、そこに彼女の夫からの電話が鳴り、妻は「私を探さないで」とだけ告げ、受話器を置きました。

挿話 エクス・アン・プロヴァンス、日曜画家と友人 日曜画家(マルチェロ・マストロヤンニ)、友達(ジャンヌ・モロー)

南仏を走る列車で、私と同じコンパートメントに同席した婦人(エンリカ・アントニオーニ)の携帯が鳴ります。女は「私を探さないで」とだけ言って切りました。
エクス・アン・プロヴァンス郊外の丘で、日曜画家(マルチェロ・マストロヤンニ)がセザンヌを真似て絵を描いていました。彼の友人がそれを見て、セザンヌの真似をするとは、最近は何でもコピーすればいいという世相だね。自分の絵をかきなさい。とからかいます。私は、その彼女が営むホテルに泊まっていました。

第4話 エクス・アン・プロヴァンス、死んだ瞬間 青いコートの娘(イレーヌ・ジャコブ)、青年(ヴァンサン・ベレーズ)
そのホテルのフロントで、青年が建築研究所の住所を聞き、向かいの建物に入っていきました。しばらくして、そこから青年が青いコートの娘を追うように現れます。青年は娘を追いかけて急ぎ足で歩きながら、しきりと話かけます。彼女は口数は少なく、同行を断るものの、余裕をもった応対をしています。彼女は教会のミサに行くところだったのですが、青年も執拗に食い下がり、ついに教会に到着。祈る彼女の横顔に見とれながら、青年はいつしか眠ってしまいました。目を覚ますと教会には誰もいず、慌てて外に出ると彼女を広場の噴水の脇に見つけます。激しい雨の中で青年は彼女を家まで送り、別れ際に、明日も会えるかと尋ねると、彼女は「明日、修道院に入るの」と答えました。青年は茫然として彼女の家を去っていきました。

エピローグ 私(ジョン・マルコヴィッチ) 
は、あらすじの通りです。

この映画の監督は、ミケランジェロ・アントニオーニですが、プロローグ、挿話、エピローグは共同監督のヴィム・ヴェンダースによるものです。

愛のめぐりあい

アントニオーニは、なかなかはっきりと物語を見せてくれませんので、細かいところを見逃すまいと心しての鑑賞です。機上のジョンマルコヴィッチから、霧の中の街のシーンに映り、どこか異世界へ行ったような雰囲気になってからの最初のエピソード。これが、原題の、雲の向こうに繋がるのでしょう。じっくりと第1話の映像を見ながら、長い大きな建物に沿って、イネス・サストレが歩くシーンを見つつ、「赤い砂漠」の工場の横を行くシーンを思い出し。この構図は健在だなぁと楽しくなります。最初の2つの話は、あまりセリフがありません。それだけに、役者の一挙手一投足が雄弁に物語を語ります。映像と演技で見せてしまう。映画館という空間で鑑賞すれば引き込まれそうな映像です。

第3話は、ストーリーがはっきりしていますが、目を奪われたのは、愛人のキアラ・カゼッリが、ピーター・ウェラーの上に乗るシーン。とにかく、極上の映像で、カゼッリの赤いブラウスと、背景の青い壁と、モスグリーンのソファー。そして、短い黒のスカートから延びる、カゼッリの白い足。これほど美しい映像のラブシーンは類まれなものだと思いました。素晴らしい!!そして、このシーンでのカゼッリの体のわずかな微妙な動きに、強烈なエロスも感じられます。

この映画のラブシーンは、どれもこれも強烈です。第1話の体に触れないギリギリのところで、体全体を舐めまわすようにたどるもの。第2話のお互いに相手を求めるようないわゆる濃いもの。第3話の激情型。激しが、どれも演技に気品が漂う。とにかく演技が上手いと思いました。いやらしくなく、いろいろな形の愛を感じるラブシーンです。

蓋をあければ、ヨーロッパの名優たちのオンパレード。極めつけは、ジャンヌ・モローと、マルチェロ・マストロヤンニの友情出演的なシーン。アントニオーニの復活に名優が敬意を表したという感じでしょうか。

ストーリーは、納得がいくもの。愛の罠に陥り、もがく人々の姿が画面からどんどん伝わってきます。いろいろな人生を滅ぼしかねない愛の形が、静かな中に強烈に語られています。ここまでオムニバス形式で並べ立ててもらえれば、言うことはありません。そして、あまり触れませんでしたが、第4話のイレーヌ・ジャコブが清楚でとても美しく、またそれだけに喪失感も強いものがありました。青いコートのファッションも素晴らしく、さすがイタリアです。

ということで、手放しで感動してしまいました。絵を見ているだけでも楽しいので、時々取り出してみたくなるDVDです。アントニオーニの作品、4作目の鑑賞で、見るのにこちらの心も充実していないと跳ね返されてしまうので、それほど見ている訳ではありませんが、もう少し振り返ってみたいと思いました。とり急ぎ、砂丘とか見てみたい…

【リスト】 ① 裸のエロスを見る作品

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「ハウンター」 敵を討って成仏するというファンタジー

GYAO!で面白そうなのを物色した結果、今日もホラー系。時節柄そういう時期ではありますが、連夜のホラーもそろそろどうかなと思いつつ鑑賞。さて、これはどうかな?2013年の映画で、監督はヴィンチェンゾ・ナタリ。製作国はカナダです。そこそこ評判の作品みたいで、ちょっと期待です。

あらすじ
少女リサ(アビゲイル・ブレスリン)はある朝、奇妙なことに朝から昨日と同じ事の繰り返しをしているということに気づいていた。翌朝もまた同じ。自分は長い間1985年のその日を、繰り返し過ごしているのだった。家の外に出ようにも、出ることさえできない。家の中で起こる奇妙な音に気付き、少しづつ違和感を感じていた彼女は、奇妙な電話工事の人間や、幽霊のように触れることのできない少女オリヴィア(エレノア・ジッチー)に遭遇。見えないものの妨害にあいながら、真実に少しづつ辿り着いていくが…。



朝、弟ロビーからの無線で目を覚ますリサ。日常の朝の風景が始まりますが、リサは何か違和感を感じています。洗濯を手伝い、パンケーキの朝食をとり、クラリネットの練習をし…。明日はリサの16歳の誕生日で、出かけるため父は車の修理をしています。そして翌朝、また同じように目が覚め、同じことが繰り返されますが、少しづつ違っているようです。それは、リサが同じことの繰り返しということに気づいたからかもしれません。そして、リサは家の中に不審な音を聞き、引っ越しの時の写真に写りこんだ人影を発見し、何かが家にいるということに気づき始めました。そして、夜にはウィジャ盤を取り出し、霊との交信を始めました…。

3日目も同じように始まります。始まりは一緒ですが、様子はかなり変わっています。誕生日の前日を繰り返していることは変わりありませんが、父の様子もおかしく、家族に向かって暴力的になっています。そこに電話工事の怪しげな男が到着。リサにこれ以上詮索するなと告げます。リサは、隠された地下室を発見、そこには遺品のようなものがあり、焼かれる少女の幻影を見ます。部屋では同年代の少女オリビアと交信。その中で、多数の行方不明者の新聞記事のスクラップや、この家で起こった一家4人の中毒死事件のことを知り、薄々は感づいていたのですが、自分が死んでいることを確信し、今オリビアが犠牲になろうとしていることを知りました。そしてそれは、昔からこの家に住み着いている、エドガーという男の霊のなせる業でした。

ということで、リサは過去の被害者の霊たちと交信し、殺人鬼を倒すために行動を始めるのでした…。

ハウンター

普通にホラーのつもりで見始めたこともありますが、まず思ったのは、映像がしっかりしていること。ホラー=B級みたいな感じで見始めましたので、これはうれしい誤算。美しく撮影されている映画はそれだけで見てよかったという気分になります。最初の繰り返しは、少しづつ微妙に違っていきます。そのあたり、プロコフィエフのピーターと狼を使うところも洒落ています。あれは同じフレーズが繰り返される曲なので。逆に言えば、あまりにも綺麗に、少しづつ進んでいくので、身の毛がよだつような恐怖感はありません。むしろ幻想的な雰囲気に支配されます。けっこう私の好きなタイプの映画でした。

難を言えば、話の展開がわかりづらいことでしょうか。いつの間にか、リサは自分が死んでいることが解っていましたし、パラレル的に過去の被害者が現れてくるようになるので、少々混乱してしまいました。外の世界との接触についても、扱い方が微妙で、ある意味、恣意的なところが無きにしも非ず。でも、あの世界のファンタジーだと思えば、逆にそれはありなのでしょう。ウィジャ盤の登場する映画も久しぶりに見ました。これを見ると、「パラノーマル・アクティビティ」の恐怖を思い出してしまいます。あれは、トラウマです。

ということで、普通のホラーと思ってみたら、内容はかなり凝っていましたし、視点も普通のホラーと違って、いわば逆転しているので、わかりづらいのですが、そう思えば面白い。そんな幻想譚という映画だと思いました。画面もいいし、小道具もちょっと凝っていたりして、ストーリーもなかなか珍しい展開なので、これは見てよかったと思います。

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「仄暗い水の底から」 連夜のホラーで清涼感を味わいましょう

ある時、日本でホラーがカルチャーを席捲した時期がありました。「リング」や「角川ホラー文庫」の数々。そういった日々に、ホラー感たっぷりで、かつページ数も手ごろなので、手に取った「仄暗い水の底から」はよく記憶に残っています。実際読んだ感想といえば、可もなく不可もなくだったような記憶がありますが、マンションの給水タンクのイメージは心の底に残っています。GYAO!に無料で動画が出ていたので、夏はホラーだととりあえず今日はこれかな?という感じで見始めました。連日のホラーではありますが…

あらすじ
淑美(黒木瞳)は、家庭裁判所で離婚調停中。一人娘である郁子(菅野莉央)の親権を勝ち取るべく自立し、マンションへの入居と就職を決める。ところが、入居した古いマンションは、部屋は雨漏りがして水道も不味く、更に何かの存在が感じられた。そして次々と不思議な事件が母子を襲う。屋上で見つけた赤いバッグは、何度捨てても出現、郁子は幼稚園では独り言が目立ち、ある日倒れてしまう。そんな中、淑美は2年前に行方不明となった美津子(小口美澪)という少女が、同じマンションの上階に住んでいて、郁子と同じ幼稚園に通っていたことを知る。淑美は美津子の霊の存在を感じ、郁子を守ろうと行動を開始する。



雨の中で、親の帰りを待つ少女。幼少時の淑美でした。そして家庭裁判所の場面。淑美は少女の頃、親にあまり構ってもらえなかったことから、自分の子には寂しい思いをさせまいと、親権を勝ち取り郁子に愛を注ごうと決意し争います。そして、その為に自立し、マンションを見つけ就職。しかし、引っ越したマンションは雨漏りがひどく、管理人の対応もなおざりで不満を募らせ、また就職の為、幼稚園のお迎えも遅れがち。そんな状況で、親権争いも不利に傾いていました。

そのマンション、入居する前後から奇妙な所がありました。下見の時に突然郁子がいなくなり、屋上で赤い鞄を見つけてくる。そして、その鞄を奇異に感じた淑美は、それを郁子から遠ざけるが、結果として捨てても捨てても戻ってくる。天井からの水漏れはひどくなり、暗いマンションには時折少女の影が…。淑美は、2年前郁子の通っている幼稚園の美津子という少女が行方不明になったままであることを知り、ある日あまりに水漏れが酷いので上の階に行って見ると、なんとそこは美津子たちの住んでいた部屋でした。そして中に入って見れば部屋中が水浸しとなっていました。

淑美と郁子はある日屋上で花火をしようと上がってみると、給水タンクの影に、再び赤い鞄や少女の影を発見。郁子は幼稚園で独り言を度々話し、ついに倒れてしまいます。部屋を引っ越そうとしますが、離婚調停中ということで弁護士に止められ、仕方なくとどまり、郁子も幼稚園に行けるまで回復したので準備をしようと郁子の鞄を取り出すと、中に例の赤い鞄が…。淑美は郁子を部屋に置いて、給水タンクの秘密を探りに屋上にあがり、一方郁子が一人でいる部屋には水道からいろいろな物が流れ出てきて、異変がクライマックスに達していきます…。

仄暗い水の底から

ストーリーはここまでにしておきましょう。良く知られた話ですし、ハリウッドリメイクもされているので、今更ネタバレでもないとは思いますが、これ以上書くのも無粋だと思いまして。このストーリーは前述の通りで、小説で読んだことがあり初めてでは無いのですが、最後の淑美の行動には個人的にちょっと違和感を感じております。従って、手放しで素晴らしいとは言えないのが素直な気持ち。大きな切なさを表現していると言う事だと思いますが、なんか、もっと期待したい…。

ホラー度はなかなか高いと思います。エレバーターのカメラを駆使した映像や、誰も住人のいない??寂れたマンションなど、なかなかホラー的に素晴らしいですし、背筋が寒くなる場面が非常に多く、清涼感は満点でした。まさに夏向きのムービーです。雨や水が多いのも、涼しげですね。

この古びたマンションの撮影はどういう風にしたのかちょっと興味があります。どこかで物件を探し当て、現役時代と廃墟になったあとを撮り分けるのって、ちょっとトリビア的に知りたい…。パンフレットとかには書いてあるのでしょうか?なかなかうまく表現されているだけに興味深いです。

黒木瞳さん、なかなか切ない母親役を、女性らしい弱みを垣間見せながら、うまく演じてくれていて、大変好感を持ちました。物語的には、子供を一人にしてしまう場面が多く、キャラクターとしての人物的にはどうかとは思いますが、それは難しいところ。で、やはりこういう役はうまい!と思うのが、小日向文世さん。この映画においては、枝葉末節にあたることかと思いますが、こういう憎まれる役は、いつも本当にうまいと思います。というか、憎たらしさが半端ないです。

ダーク・ウォーターの方も、どこかで見つけたら見てみようと思った次第。ちょっとほとぼりが冷めたらですが…

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プロフィール

torrent13

Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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