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「ピグマリオン」 花売り娘がレディに大変身するお話

少し前に見た映画から掲載します。今見ている映画に合わせて、1930年代の映画という事で選択。ジョージ・バーナード・ショーの戯曲を原作にした、イギリスのロマコメ映画です。のちに同じ原作から、「マイ・フェア・レディ」が製作されることになります。アンソニー・アスキスと、レスリー・ハワードの共同監督で、1938年の映画。オスカーでは脚色賞を受賞し、作品賞、主演男優賞、主演女優賞にノミネートされました。その他にもベネツィアでの男優賞など受賞があります。
原題:Pygmalion (1938)

あらすじ
通行人の会話のメモをとっていた、言語学者のヒギンズ教授(レスリー・ハワード)は、警官と思われ花売り娘のイライザ(ウェンディ・ヒラー)から批難されると身分を明かし、その後彼女は正しいしゃべり方を身に着けて、もっといい仕事につけるように、ヒギンズの家を訪ねます。ヒギンズは同席していたピカリング大佐(スコット・サンダーランド)と、彼女が侯爵夫人と思われるくらいまでの、話し方を身につけさせることに賭け、早速彼女を屋敷に住まわせて特訓を開始しました。彼女の父親(ウィルフリッド・ローソン)が連れ戻しに来ましたが、酒代を与えると、そのまま娘を託されます。ヒギンズは試してみたくなって、ヒギンズの母親(メアリー・ローア)の家に連れて行きます。しかし、教わったアクセントで話しながらも、総合的な立ち居振る舞いや内容などについていけず、早々に退散。ところが、その場にいたフレディ(デヴィッド・トゥリー)はすっかり彼女に魅了されてしまいました。

その後も、何度も誘いに来るフレディを断って、涙ながらに特訓を繰り返したイライザは、ヒギンズとピカリング同行で、大使館のパーティを訪れます。そこでは、彼女は完ぺきに役割をこなし、参加者すべてに、高貴な女性と思わせることに成功しました。家に戻ったヒギンズは、自分の成功を祝うばかりで、イライザへの気づかいや心情を察することもしなかったため、いつの間にかヒギンズへの恋心を抱いていた彼女は傷ついて家を出てしまいます。ヒギンズは母の家を訪ねるとイライザを見つけ、二人は話し合いを始めますが、お互いに惹かれ合っているものの、話がずっとかみ合わず、結局イライザはフレディと一緒になることに決め、ヒギンズの支援で成功して再婚する、父のパーティーに出る為、家を出ていきます。

動揺して自宅に一人で帰ってきたヒギンズは、今はイライザのいなくなった部屋の空虚さが身に沁み、怒りに任せて部屋のレコードを割っていきますが、ふとしたことでイライザの最初の録音のスイッチが入り、懐かしく聞き入っているところに、静かにイライザが戻ってきたのでした。



ピグマリオン

レスリー・ハワードが素晴らしいと思いました。彼の映画をいろいろと見ると、早逝が大変残念に思います。ここでは、イギリスの中流階級の役で、偏屈な人物を面白く見せています。対するウェンディ・ヒラーも、負けずに渡り合っています。花売り娘の時の方が、自然な感じで、より美しさが引き立っている様な気がしました。上流に交じってのパーティーのシーンは堅苦しい感じですが、これはそういう役柄をしっかり演じているという事だと思いました。この二人の面白さに尽きると思いますし、ラストも粋な終わり方にして良かったと思いました。

階級社会と、女性の地位向上を描いた原作戯曲については、作者のジョージ・バーナード・ショーはあくまでイライザはフレディと結婚する結末しかありえないと頑なに主張していたようです。ところが、意に反して上演では、イライザがヒギンズよりに終わる方向に演じられ、むしろそちらの方が受けていたようです。この映画でも、バーナード・ショーの知らないうちにこの結末になっていたという事でした。確かに、ここまでイライザとヒギンズの間を盛り上げているうえに、この映画では、フレディが弱すぎますね。ほとんど出てこないし。結婚しても、二人の関係は尾を引き続けるという困った関係になると思いました。

この映画の中にはいろいろと印象に残る場面が多いのですが、やはり、ラストに向けてのキーポイントとなっていく、イライザが自分流に着飾って、「手も顔もちゃんと洗ってきたんだよ」とヒギンズに話すのに心を掴まれました。ピグマリオンは、ギリシア神話に登場するキプロス島の王で、理想の女性を彫刻し、その彫刻に恋をするようになっていくお話で、現在でもいろいろな物語の原型となっています。さらにこの映画を元にして、マイ・フェア・レディが製作されたいくのでした。

2020.9.11 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞
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「マッチポイント」 捻ったラストのロンドンのウディ・アレン

Gyao!の、キネ旬ベストテン作品特集からの鑑賞です。今回は、「マッチポイント」。ウディ・アレン監督の、2005年の映画になります。キネ旬10位でした。ウディ・アレン監督が初めてロンドンで撮影した作品です。オスカーでは脚本賞にノミネートされました。

あらすじ
クリス(ジョナサン・リス・マイヤーズ)はプロテニスプレイヤーを引退し、高級テニスクラブでコーチを始めました。その生徒のトム(マシュー・グード)と意気投合し、トムの家族と一緒にオペラに行くと、トムの姉のクロエ(エミリー・モーティマー)と出会います。クロエとクリスはすぐに付き合うようになり、トムの邸宅に招かれると、クリスは、トムの婚約者であるノラ(スカーレット・ヨハンソン)と出会いました。クリスは一目で惹かれてしまいますが、トムの両親は、ノラがアメリカ人ということで、婚約にいい顔をしていませんでした。一方クリスはクロエの父が経営する会社に置いてもらい、すぐに出世し、クロエと結婚の話も出るようになっていきます。

ある嵐の日、クリスとノラは情熱的に抱き合います。後で、ノラはその場限りの事と割り切りますが、クリスはなおも関係を求めてきます。そして、クリスはクロエと結婚。しかし、トムとノラの婚約は解消されてしまい、クリスはノラに会う機会もなくなってしまいました。クリスとクロエは幸せな結婚生活を送りますが、悩みは子供が出来ない事でした。そんな折、クリスは偶然アメリカから戻ってきたノラと再会します。二人は密会を続け、ついにノラは妊娠しました。クリスは中絶を求めますが、ノラは拒否。これによってクリスはノラを避けるようになります。ノラはクリスに離婚を求め、職場にも連絡してくるようになりました。

クリスは義父のショットガンを手にして、ノラのアパートの隣人のイーストビー夫人をまず殺害し、宝石を盗むと、帰ってきたノラを偶然の巻き添えを装って射殺します。麻薬中毒者の強盗を見せかける為でした。クロエも不妊治療が功を奏してついに妊娠し、家族は喜びに包まれます。警察はノラの日記を見つけ、クリスとの関係が露見しますが、クリスが棄てたイーストビー夫人の指輪を、偶然に拾って持っていた麻薬の売人が偶然死体で見つかり、真犯人と認定されます。クリスは贖罪に意識に捉われますが、クロエとの幸せな結婚生活を続けるのでした。



マッチポイント

まずは、久々のウディ・アレンということで、いつも通りの雰囲気で楽しみました。それで、ラストに至る展開ですが、見終わってなるほど、そう来ますか…、という感じ。かなり普通ではない終わり方にやられた…、という感じでした。でも、それはオープニングテーマでもあったことで、それがどう使われるかがポイント。その内容に意表を突かれました。子供が生まれて、家族の幸せを映す展開は、陽のあたる場所のエリザベス・テイラーの悲劇を出さないためには、という事への一つの回答のようでもあり、ウディ・アレンの一流の皮肉のようにも思います。

それにしても、この映画、途中からアレアレという感じで、都合がいいというか、かなり強引な展開になっていきますね。そもそもスカーレット・ヨハンソンとの再会と、彼女の変化など、かなり強引だと思いますが、それもこれもこの世は運で支配されているということなのでしょうか。まぁ、それもウディ・アレンの一流の物語といえばそうだと思いますが…。そのスカーレット・ヨハンソンは、相変わらず不思議な魅力があって、良かったです。エミリー・モーティマーは、彼女の主要作品をあまり見ていないのですが、素晴らしいウディ・アレンらしさを演じていたと思います。

ウディ・アレンのロンドンはこれが初めてなんですね。ロンドンもウディ・アレンが撮ると、登場人物にイギリスの上流階級らしさが薄くなってしまうところも面白い所でした。アイルランド人も、貴族も皆ウディ・アレンになってしまいます。まぁ、それが好きで見ているので、期待から外れないのですが。今回も、何が飛び出すかという事で、楽しませてもらったので、またよろしくお願いしますという感じです。

2021.2.28 HCMC自宅にてGayo!よりのパソコン鑑賞

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「わらの犬(1971)」 暴力のマグマが絶え間なく蓄積する

Gyao!の、キネ旬ベストテン作品特集からの鑑賞です。今回は、「わらの犬」。1971年の映画で、監督はサム・ペキンパー。キネ旬5位でした。オスカーでは劇映画作曲賞にノミネートされました。イギリス・アメリカ合作です。
原題:Straw Dogs (1971)

あらすじ
数学者のデイヴィッド(ダスティン・ホフマン)は、アメリカ生活の喧騒を避け、妻エイミー(スーザン・ジョージ)の故郷であるイギリスの小さな村に引っ越してきました。村はずれのエイミーの実家の修理の為、エイミーの幼馴染のメンバーを修理工として雇い、屋根の修理にかからせます。村は閉鎖的で、二人は好奇の目で見られますが、デイヴィッドはそれほど気にしていませんでした。エイミーは、研究に没頭して取り合ってくれないディヴィッドの気を引こうといろいろな行動に出ますが、それは却って修理のメンバーの気を引くことになり、デイヴィッドをもイラつかせていきます。ある日、デイヴィッドはスコット少佐と、牧師夫婦の訪問を受け、歓迎会を兼ねた親睦会に誘われます。そして、エイミーの猫がクローゼットの中で死体で見つかると、エイミーは修理メンバーの仕業だと、疑い始めました。

エイミーは、デイヴィッドに犯人の解明を頼みますが、デイヴィッドは強く出られず、その上彼らと一緒に狩りへ行く約束までさせられ、エイミーはますま
す不満が募ります。翌日一緒に狩りへ行ったディヴィッドは、持ち場に留まるように命令され、その間に彼らは留守宅でエイミーを犯しました。狩場に残されたままのディヴィッドは怒りを感じ、翌日彼らをクビにしますが、エイミーは起こったことを打ち明けられません。そして、夜の親睦会で、エイミーは再び彼らに会って気分が悪くなり、デイヴィッドと一緒に帰ります。その頃、知的障害のあるヘンリー(デビッド・ワーナー)が、村の娘を連れ出して騒ぎになり、ヘンリーは気が動転し娘を絞殺して逃亡したところを、デイヴィッドにはねられます。デイヴィッドは怪我をしたヘンリーを自宅に寝かせ、すぐに医者を呼びました。

娘の父親であるトム(ピーター・ヴォーン)と仲間たちは、ヘンリーの居場所を知ると、ディヴィッドの家を取り囲みます。デイヴィッドは医者と警察が来るまでヘンリーを渡さないと答えます。腹を立てたトムたちは暴れはじめ、スコット少佐が来て、収めようとしますが、トムははずみで少佐を撃ち殺してしまい、彼らはこれを契機として家の中デイヴィッドたちの命も狙い始めます。デイヴィッドは戦う覚悟を決め、ヘンリーを差し出そうとするエイミーも力づくで協力させ、人が変わったように次々とトムたちを殺していきました。そして、デイヴィッドは呆然とするエイミーを家に残し、ヘンリーを車で送っていきます。そして「帰り道がわからない」と言うヘンリーに、「僕もだ」とディヴィッドは答えるのでした。



わらの犬(1971)

冒頭から異様な雰囲気が漂う映画です。まず、妻の故郷というこのイギリスの田舎町ですが、アメリカから来た異邦人を、よそ者として見る雰囲気が特異で、そもそも数学者ということに対して変人を見るような感じです。そして、車庫の屋根の修理に来ている男たちは、虎視眈々と妻を狙っていて、いつも二人の行動を注視している上、そもそも夫婦の二人の折り合いが悪く、妻はおよそ学者の妻とは程遠い雰囲気であり、夫も独特の意固地さを持っているようです。その夫ダスティン・ホフマンが弱気でありそうで、切れやすそうな、微妙な性格をうまく演じていました。

圧巻は、ラストに向かって突き進んでいく、暴力のマグマの蓄積でした。偶然が新たな火種を呼び、エスカレートしていく展開。このようなバイオレンスは見慣れた場面ではありますが、冒頭からの違和感の蓄積や怨恨の蓄積が、実際の暴力場面以上に、インパクトの強いクライマックスになっていると思います。その上もともと上手くいっていない夫婦関係で、その連携の悪さがさらに緊張感を高めていきました。妻は言わば土地の人で、夫は事実も性格も異邦人という関係。これがバトルの中で一つの不確定要素となっていきました。見事なクライマックスでした。

やはり、ダスティン・ホフマンは素晴らしいと思います。スーザン・ジョージも、この町の若者たちと元々交流があったという役柄から、なんとなく雰囲気があっているような気がしました。最後のシーンは、冒頭で手に入れた大きな罠が、いつ発動するかがけっこう楽しみでした。久しぶりに中身の濃いアクション映画を、ずっしりと堪能しました。ところで、題名からこの映画をずっと見た気になっていたのですが、私が見たのは「わらの女」でした。ちょっと違いました(笑)。

2021.2.12 HCMC自宅にてGyao!よりのパソコン鑑賞

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「ダブルデート 美しき罠」 ポップなホラー・コメディ

Amazonに出てきた怪しげな映画…。チェックしてみると、どうもストラスブール・ヨーロッパ・ファンタスティック映画祭のグランプリ作品ということらしいのです。三大ファンタスティック映画祭ではありませんが、ファンタスティック映画祭のグランプリというと気になります。やはり、ホラーなのかな?2017年の映画で、監督はベンジャミン・バーフットです。
原題:Double Date (2017)

あらすじ
暗闇を疾走する車が屋敷に着くと、二組の男女が中に入り、誘惑されるままの男は女たちのナイフの餌食となり…。

ジム(ダニー・モーガン)は間もなく30歳を迎える童貞男。友人のアレックス(マイケル・ソーチャ)は、誕生日までに童貞を捨てさせることを約束し、クラブに繰り出します。そこには、ジムを誘うように見つめる二人の女性がいました。キティ(ケリー・ウェンハム)と、ルル(ジョージア・グルーム)は姉妹で、二人はジムの誕生日に再開する約束をします。そして当日、服やコンドームの準備に余念がない男たちに対し、姉妹はナイフやクロロホルムなどを準備しているのでした。そして、再会して酒と踊りを楽しんでいると、ジムの実家から誕生パーティの連絡が入ります。忘れていたジムは慌てて帰ろうとしますが、逃がしたくないルルは、車で飛ばしてジムの家に送り、一緒にジムの家族と楽しんだ後、再び町に戻ってきます。

アレックスは、二人の目的ではないので、キティから適当に扱われますが、ジムたちが戻ると4人で姉妹の家に行くことになります。しかし、途中で車が故障し、近くのアレックスの父の家で車を借りることになりました。ジムとアレックスが車を借りて買い出しに行っている間に、父は二人の女が手配中の殺人鬼、マンイータースであることを知り、抵抗しようとしますが、正体が知れた二人は父を眠らせ、何食わぬ顔で4人で自分たちの家に向かうのでした。キティとルルは、二人の父を蘇らせる儀式の為に、男たちを連れ込んで殺していました。実行犯はキティでルルはお手伝い。そして、最後に必要なのが童貞の男という事で、童貞のPRサイトから、ジムに目を付けたのでした。しかし、ルルはジムが気に入ってしまい、逃がしたいとキティに話しますが、受け入れられません。

そして、4人は彼女たちの家に着くと、まずキティがアレックスを始末しようとしますが、アレックスは逃れて、大乱闘となります。アレックスが倒れてしまうと、ジムを椅子に拘束して最後の儀式を行い、父のミイラが蘇り始めました。そして、死体はナイフを振りかざして縛られたジムに襲い掛かります。しかし、すんでのところでジムは拘束を解いて反撃。復活したアレックスも加勢し、父のミイラを壊してしまうと、狂乱状態のキティはジムに襲い掛かります。そして、ルルがキティを背後からスコップで殴りつけ、キティは息絶えました。外はすでに警察に包囲されていました。ジムとルルはキスを交わすと、それぞれ警察に投降したのでした。



ダブルデート 美しき罠

物語は非常にシンプルで、ギャグを織り込んでいくブリティッシュ・ホラー・コメディです。話が単純な分、進行はゆったりしているので、コメディを楽しんでいく形になります。一つはジムの家。ポップな雰囲気とは場違いな、信仰で一つに固まった敬虔な家族が、不思議な笑いを醸し出します。もう一つはアレックスの父。自堕落な生活をしている父自体が笑いを誘います。そして、4人が屋敷に着くと、ラストアクションが展開。アレックス対キティですが、キティは鍛えている武闘家の上に、アレックスは相手が女で、どうしても甘くなってしまうところが、うまく出来ていると思いました。

ラストの蘇った父の死体との戦いは、少々笑いを誘われます。どこまで行ってもポップなコメディということで、血塗られた場面がけっこう多いものの、なんか笑ってしまうという変なホラーでした。確かに、ファンタスティック映画祭で受けそうなホラー・コメディだと思いました。ラストは、ジムの童貞はどうなったんだというのが、残ってしまうので、もう一展開あっても良かったかな…。物語を彩る音楽もなかなか良かったと思いますし、4人の演技も良かったです。ラストもしっかり画面に引き付けられましたので、コンパクトにまとまった面白い作品だと思いました。

ヒロインでは、やはりキティのケリー・ウェンハムが目を引きました。引き締まった感じの美人ですね。日本で見られるのはこの映画だけというのがちょっと寂しい感じです。ストラスブールの映画祭はまだ歴史が浅いようですが、この年のコンペには、「聖なる鹿殺し」や「テルマ」なんかも名前を連ねていたようで、まだまだ面白そうな作品がたくさんありそうで注目です。その中を勝ち抜いたこの作品は、この映画祭の色が出ているという事なのでしょうか。時々見かけるポップなホラー・コメディ。また出会いがあればいいなと思いました。

2021.1.31 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「舞台恐怖症」 名女優の出演と虚を突かれるラスト

過去の下書きからのアップです。Amazonで、アルフレッド・ヒッチコック監督の見ていない映画が幾つかあったので、ぼちぼちと見ていきました。これは、1950年の映画で、この時期珍しくイギリス映画となっています。大女優のマレーネ・ディートリッヒが女優役で出演していますね。
原題:Stage Fright (1950)

あらすじ
ロンドンを走る一台の車。女優の卵のイブ(ジェーン・ワイマン)と、友達のジョナサン・クーパー(リチャード・トッド)の二人が、警察に追われでいました。ジョナサンの話では、彼の部屋に女優のシャーロット・インウッド(マレーネ・ディートリッヒ)が突然訪れ、シャーロットと不倫関係にあったジョナサンは、ドレスに血が付いているシャーロットに、夫を殺したと言われたとのこと。ジョナサンは、着替えを取りに彼女の家に向かい、死体を確認すると部屋を荒らし、強盗に見せかけるつもりが、姿をメイドに見られてしまったとの事でした。

容疑者として追われるジョナサンはイブに助けを求め、イブは彼を海辺の父親(アラステア・シム)の家に連れて行きます。その上で、シャーロットがわざとジョナサンを犯人に仕立てようとしたのではと疑い、いろいろと調べ始めました。まず、シャーロットのメイドを説得して休みを取ってもらい、シャーロットのメイドとして入り込みます。一方ジョナサンは、勝手にロンドンに出てくると、シャーロットの楽屋へ来て、一緒に外国に逃げようと提案しますが、シャーロットは拒絶。姿を見た警察が駆けつけますが、逃亡しました。この時イブは、町で出会ったスミス刑事(マイケル・ワイルディング)が気になり始めていました。

イブはスミス刑事に状況を打ち明け、シャーロットに罠をかけます。血のついたドレスを持っていると嘘をつき、シャーロットの反応を確かめようとしますが、シャーロットは、夫を殺したのはジョナサンで、彼はシャーロットを犯人にしようとしていると話し始めました。劇場に連れてこられたジョナサンは、刑事の手を振り払って逃亡。彼を信じていたイブは助けようとしますが、衝動的に殺人を犯してしまう精神異常者だったジョナサンは、イブを殺そうとします。冒頭のイブに語った話は、全く作り話だったのです。そして、イブはなんとか彼から逃げ出すと、警察から追い詰められたジョナサンは、舞台に落ちてきた鉄の幕の下敷きになり、命を落としたのでした。



舞台恐怖症

アメリカに渡った後の作品なのですが、白黒かつイギリス映画という形になっていました。白黒であることは、この時期普通にあることなのですが、イギリス映画というところに何か意味があるのかな?と感じ、むしろアメリカに渡る前の作品を思い起こしながら鑑賞していました。そうしてみれば、格段に演技の細やかさや、映像の美しさ、サスペンスの盛り上げ方など、進歩しているように思います。時代も変わり、技術的な進歩もあったのかもしれません。より細やかに作りこまれているなぁという印象でした。

一方、ストーリーは、冒頭の現場から逃亡するジョナサンの回想から始まる訳ですが、これが…。やられましたね。確かに、反則技ですねこれは。かといって結論に至る伏線が全く無い訳ではないですが、ミスリードされたまま最後まで進むので、結論を聞いて見事に予想を裏切られる展開でした。そもそも逃亡して汚名を晴らすサスペンスとして見ていますので、犯人探しの映画だと思ってないのですから、このラストは不意を突かれた感じです。

父のアラステア・シムが、娘のサポートをしていく展開が面白いと思いました。ジェーン・ワイマンは全体を通してのヒロインで、いろいろな表情を見せながら、好演していると思います。マレーネ・ディートリヒはそのもの。その他、母やネリーも含めて、脇役陣の演技が大変充実していて面白く感じなした。そして、イギリス的な雰囲気も色濃く出ている様な気がします。ケイ・ウォルシュとかも、なかなかいい雰囲気を出していると思いました。今回はヒッチコックにやられてしまいましたので、次は心してみましょう。

2020.7.8 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「1917 命をかけた伝令」 映像で見せる戦場の世界

「1917」は、2019年度のアカデミー賞でたくさんの賞を争ったことは、記憶に新しいところです。その1917が、少し前からAmazonの無料動画に出ていましたので、楽しみに見てみました。2019年の映画で、監督はサム・メンデス。オスカーでは、撮影賞・録音賞・視覚効果賞の3部門で受賞し、その他作品賞を含む、7部門でノミネートされていました。製作国はイギリス・アメリカです。
原題:1917 (2019)

あらすじ
1917年4月6日。ブレイク上等兵(ディーン=チャールズ・チャップマン)は、一人選んで司令部へ来るよう命じられると、隣にいたスコフィールド上等兵(ジョージ・マッケイ)と、司令部へ向かいました。エリンモア将軍(コリン・ファース)は、エクーストから南東へ2キロの場所にいる、第2大隊のマッケンジー大佐(ベネディクト・カンバーバッチ)へ、突撃作戦の中止を伝えるよう指示されます。ドイツ軍は戦略的撤退を行い、イギリス軍を誘い込もうとしていたのでした。罠にかかりドイツ軍を追っている大隊は、明朝までに伝令が間に合わなければ1600人の仲間を失うと言われ、兄もその隊にいることを知って気が急くブレイクを、スコフィールドは宥めながら、二人は出発します。

前線に出て死体の山を越え、撤退したドイツ軍の塹壕に辿り着きます。その地下で、ネズミが爆弾にかかってしまい、スコフィールドが瓦礫に埋もれてしまいました。そこは、なんとかブレイクに助けられて、さらに草原の中を進んでいきます。人影のない民家に着き、納屋で絞ったばかりの牛乳を水筒へ注ぐと、納屋に撃墜されたドイツ機が突っ込んできました。生きている敵パイロットを救出しますが、パイロットは錯乱してブレイクの腹部を刺してしまい、ブレイクは息を引き取りました。そこに移動中のイギリス部隊が通りかかり、トラックに便乗してエクーストまで送ってもらいます。しかし、町の入り口の橋が崩壊して通れず、彼は隊と別れ徒歩で町に入りました。残留ドイツ兵の狙撃を逃れ、陽が落ちて時折照明弾のあがる廃墟の中を駆け抜けます。民家へ逃げ込むと、小さな子を抱いた、怯えた女性に出会い、スコフィールドは食料と牛乳を渡し、大隊の潜む森への道を聞いて、再び出発しました。

夜が明け、スコフィールドはドイツの兵に追われて川へ飛び込み、濁流にのまれながら逃げきります。無数の死体をかき分け岸に上がり、森の中を進んでいくと、大勢のイギリス兵が待機していました。彼らこそ第2大隊でしたが、マッケンジー大佐はすでに前線で、攻撃準備を整えたとのこと。スコフィールドは慌てて最前線を目指します。やがて、双方の攻撃が始まり、司令部を目指すスコフィールドは、戦火をくぐりながら疾走。大佐の元へ着いた時には、まもなく第二波の攻撃を始めようとしている時でした。大佐に将軍からの命令を告げ、作戦が中止されると、スコフィールドは、ブレイクの兄を探し、弟の死を告げます。兄はスコフィールドに「最後にいてくれてありがとう」と感謝して握手を交わし、スコフィールドは一人喧騒から出て、家族の写真を取り出すのでした。



1917 命をかけた伝令

この映画は、全編ワンカットのように仕上げた映画ということで話題になりました。公開されたのは、2019年の末で、アカデミー賞権利獲得期間のギリギリのタイミングで、ほぼ一年前。古い映画中心の私にとって、飛びぬけて新しい映画です。ワンカットと言う見せ方で、特に前半の鉄条網を抜けて、敵陣へ入っていくあたりは、臨場感がありました。その反面、ちょっと間延びする部分も無いではありません。そこは編集で最小限に抑えているのだと思います。農場で、ブレイクが死ぬ非情な展開には驚きました。戦場の非情さの一つの表現ととらえていいのでしょうか。そして、ここからはワンカットと言いつつ、普通の展開になっていくような気がします。

橋を渡って廃墟の町に入ると、すでに丸腰状態。このあたりは、現実からの浮遊感が漂いました。戦場の幻想を彷徨うような感じです。そして、最後に戦場を疾走するのは名場面。縦と横に交錯する雰囲気が新鮮でした。ラストの兄との会話からは、感動的な結末を迎えました。ワンカットといいつつ、こだわって、臨場感や現実感をごり押ししているわけでもないところもいいところだと思いました。農家に突然部隊が出現するところなど、ワンカットと言いながら、カットで繋げられたような場面が入るのも、突然人が増えたようで、面白く感じます。

描かれているドラマの中で心に残るのは、戦場の無常観は勿論ですが、家族や故郷への思いを描きながら、ブレイクの死と兄との会話や、厳しい任務の遂行により、スコフィールドに心情の変化があり、故郷に残してきた人を想う所だと思います。とは言っても、ストーリーを追うよりは、映像で見せていく部分の多い映画で、前半とラスト近くの、広大な塹壕の迫力と、森に行きつくまでの、絵になるような幻想的な戦場の光景で、戦場の世界観を描き切っているところが素晴らしいと感じました。

2021.1.9 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「名もなき塀の中の王」 受刑者たちを描き分けた人間ドラマ

チェイン・ヴューイング第5回。前回の「暁に祈れ」から、刑務所を描いた映画というテーマで、「名もなき塀の中の王」を選びました。刑務所を描いた映画は数多いのですが、評価が高くてドラマが面白そうと思いました。2013年の映画で、監督はデヴィッド・マッケンジー。製作国はイギリスです。
原題:Starred Up (2013)

あらすじ
19歳のエリック(ジャック・オコンネル)は、少年院での凶暴さから、成人刑務所へ移送されます。刑務所の中で、エリックは幼い頃に別れた父親ネビル(ベン・メンデルソーン)と再会し、ネビルは、目立つ行動をするなとエリックに忠告しました。エリックが問題を起こしたため、カウンセラーのオリバー(ルパート・フレンド)が落ち着かせ、それ以後カウンセリング治療を受けるようになりました。ネビルは刑務所を支配する囚人デニス(ピーター・フェルディナンド)に忠告され、エリックにデニスに指示を受けた看守達に殺される危険性があることを教えます。ネビルは、オリバーのグループカウンセリングを外から眺め、反抗的なエリックに都度干渉し、エリックはカウンセリングに馴染めません。

ある時、エリックは恨みを持つジェイゴ(ラファエル・ソウォル)にリンチされ、カウンセリング仲間から助けられると、仲間たちに関心を持つようになり、一方ネビルは、その様子を見て、息子を思うあまりに仲間に嫉妬するようになっていきます。エリックは、徐々に感情をコントロールできるようになり、体も鍛え始め、ネビルはそれをじっと見つめています。そして、ある日ネビルは、グループカウンセリング集会に参加すると、ネビルは騒ぎ立て、エリックは感情をコントロールしますが、ネビルが部屋を出た後、エリックは思わず感情を爆発させ、騒ぎを聞いて看守長のヘインズ(サム・スプルエル)達は、エリックには治療の効果が無いと判断。エリックはカウンセリングへの参加を禁止され、刑務所のやり方を批判してオリバーは辞職してしまいました。

ネビルの干渉に耐えられないエリックは、二人で殴り合いを展開。エリックは圧倒しますが、仲裁に入ったデニスも殴りつけてしまいます。エリックとネビルは懲罰房に入れられ、デニスはエリックの始末をヘインズに指示します。ネビルはエリックの安否を気にかけ、看守を気絶させて懲罰房を抜け出し、デニスに会ってエリックの保護を頼みますが、逆にデニスがネビルを殺そうとしたため、ネビルは返り討ちにします。ヘインズと看守達が、エリックを自殺に見せかけてようとしたところで、駆けつけたネビルは、エリックを助け、エリックは父親にしがみついて泣きくずれました。そして、運動時間に看守の計らいで、連れ出されたエリックは、別の刑務所に移送されるネビルに出会い、別れの挨拶を交わすのでした。



名もなき塀の中の王

エリックが刑務所に移送されてから始める物語ですが、まずエリックが強烈な壊れ方をするので、緊張感が映画全体にみなぎっていきます。出てくる登場人物も、いろいろなタイプが登場して、どれも一癖二癖ある人物。そんな中で展開するストーリーは、引き締まった感じで、充実したドラマを展開しました。それぞれの登場人物の性格がよく表現されたストーリーで、それに対応する登場人物の演技も、どれも素晴らしく、見ごたえのある映画でした。久しぶりにいい映画だったなという感じが残りました。

まず、ジャック・オコンネルが素晴らしいですね。悪役が多いと思いますが、エリックの変わりゆく性格が良く表現され、緊張が高まります。その後も順調に活躍を続けているようです。そして、助演というよりは、準主演と言ってもいい、ベン・メンデルソーンが、これもまた素晴らしい演技をしています。一貫して神経質で不器用な男を表現し、度重なるやりすぎぐらいのエリックの干渉で、今までできなかった父親を一生懸命演じようとしている男を表現していました。その他も、看守長のサム・スプルエルにしろ、役どころで描くべきものが最大限表現されていると思います。

映画の内容としては、刑務所の中で起こる、人間同士の接触による抗争と更生、看守たちの横暴と不正、不器用な親子の絆の深化といったところが描けれていると思います。その中で、看守による不法行為が受刑者の更生を妨げているようにも描かれていました。デヴィッド・マッケンジー監督の映画は始めて見ましたが、この出来であれば、いろいろな作品を見てみたいと思いました。オスカー候補になった「最後の追跡」など、是非見てみたいですが、日本ではネット配信だけというのがちょっと残念です。久しぶりに、人間描写のお手本のような、充実したヒューマンドラマを見せてもらったと思いました。

2021.1.7 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「茶碗の中の嵐」 イギリスの田舎の雰囲気のロマコメ

少し間をおいてのクラシカルな映画を鑑賞。気軽に見られそうなのを選びました。ハリウッドではなくて、イギリス映画です。1937年の映画で、ヴィクター・サヴィルとイアン・ダルリンプルの共同監督になっています。 内容は簡単に言うと、ヴィヴィアン・リーのロマコメです。
原題:Storm in a Teacup (1937)

あらすじ
イギリスの若き記者バードン(レックス・ハリソン)は、スコットランドの西海岸の町の新聞社に入社。町に着いた時、ガウ市長(セシル・パーカー)の娘ヴィクトリア(ヴィヴィアン・リー)と出会い、惹かれていきます。国政への進出を目指しているガウ市長は、冷酷な独裁者の面も持っていましたが、バードンは早速ガウ市長支持の新聞社の社長のホレース(ガス・マクノートン)から、市長に面会して取材するよう指示を受けます。ちょうどその頃、ヘガティ(サラ・オールグッド)という老婦人が愛犬パッツィーを税金が払えないという理由で、役所に取り上げられ殺処分されようとしていました。バードンの取材中に、ヘガティは愛犬を返して貰おうと、市長に直接嘆願に乗り込んで来ましたが、市長は取り合わず、追い返してしまいました。

それを見たバードンは帰社すると、市長推奨のはずだった記事を、ヘガティの件に組み替えて市長を糾弾。翌日の市長の講演集会は、デモ隊まで出動し、市長を攻撃する民衆で騒然としてしまいます。その頃ガウ市長の属する政党の党首が、市長の下院議員への立候補を推薦するべきかどうかの見極めに、町に来ることになっていたため、市長たちはバードンにお詫びと訂正記事を書かせようとしますが、バードンは聞き入れず、報道がエスカレートすると、市長はさらにヘガティの商売道具を税金未払いのため差し押さました。憤慨したバードンは、パッツィを連れ出すと、党首の歓迎会の行われている屋敷へ、たくさんの犬たち送り込むとともに、市長の行為を暴露しました。

状況を承知した党首は、推薦を認めず、バードンは煽動によって治安を乱したとして、ガウ市長から告訴され、法廷に立たされました。愛するヴィクトリアにも裏切られたと考えていた彼は、成り行きに任せてすべてを無抵抗でやり過ごしていましたが、市長の証言になると、やり取りが白熱し、バードンは市長を激しく批判。証言に来ていたヴィクトリアは、その様子に見かねて、「私は、バードンの妻です。夫に不利な証言は出来ません。」と答えて法廷を去り、その様子を見たガウ市長は全面的に訴えを取り下げ、正しい政治家としての道を歩み始めました。そして、パッツィはヘガティ夫人の元に帰り、バードンとヴィクトリアはハネムーンに旅立ったのでした。



茶碗の中の嵐

のんびりした雰囲気のロマコメで、いかにもイギリスの田舎町のような雰囲気がありました。イギリスの映画らしい感じです。主演はレックス・ハリソンと、ヴィヴィアン・リーということで、事件を通じて二人の愛の進展が見どころという所ですが、この映画の致命的なところは、そのあたりのお互いことをどう思っているかが、二人のやり取りから、どうもはっきりして来ないところ。極端な行動に出て初めてわかります。これが、イギリス的ロマコメということでいいんでしょうか。アメリカと違って、妙にややこしいところです。そういう意味で、どうも感情移入できないところがありました。

ストーリー自体は単純で、見ていて微笑ましいくらいのコメディでした。その中でいろいろ起こるエピソードですが、当時のご時世を考えると、ガウ市長の演説に独裁者の影が感じられなくもありません。独裁者批判も入っているのでしょうか。そして、最後に改心しますが、どうやら娘のためという雰囲気です。ヴィクトリアが何故突如ああいう発言になるのかよく解りませんが、やはりイギリス式なのかなぁ…。女性上位ということかな?とまぁ、それで解決してしまいました。

登場人物の中では、ヘガティ夫人が一番はっきりしていて、行動もわかり易くて楽しかったと思います。コメディ的な情感もよく出ています。この役のサラ・オールグッドが最も立派に感じました。(それと、犬のパッツィね…。)イギリスの映画って、こういう脇役のおばさんが、強い印象を残すことが結構あると思い当たりました。おばさんの強い国なのかもしれません(笑)。ヴィヴィアン・リーは、それほど力を発揮できていない感じがしますが、ヴィヴィアン・リーを見ることには価値があると思います。まぁ、そういうふわっとした脚本であり演出になっているので、仕方がないのですが、少なくとも、気軽に楽しむのことのできる、いい雰囲気の映画だとは思いました。

2021.1.3 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「暁に祈れ」 タイの刑務所の現実の実写化作品

チェイン・ヴューイング第4回。前回の「オンリー・ゴッド」から、ヴィタヤ・パンスリンガム繋がりで、「暁に祈れ」を選びました。いくつかの出演作を見つけたのですが、彼の名前が上の方にでていたので、出番が多いのではと…。実際そうではありませんでした(笑)。2017年の映画で、監督はジャン=ステファーヌ・ソヴェール。イギリス・フランス・アメリカ・中国などの合作です。
原題:A Prayer Before Dawn (2017)

あらすじ
バンコクに渡った英国の若いボクサーのビリー(ジョー・コール)は、盗品や銃器の所持と薬物使用で逮捕されてしまいます。刑務所に収監されたビリーは、まず雑居房のボスのケン(パンヤ・イムアンパイ)に激しい洗礼を受けます。所内では、日々強姦や恐喝が行われ、死者が出るのも日常茶飯事でした。ビリーは恐怖のうちにストレスもたまり、所内の看守が販売する麻薬に逃れたり、彼らの指示で異教徒のシェフを半殺しにしたりと暴れまわり、単独房に移されたりすることもありました。一方で、売店のトランスジェンダーのフェイム(Cherry Miko)と愛し合うようになっていきます。ある日、旧知の少年ボクサーが面会に来て、優勝したことを誇らしげに報告すると、彼のボクシングに対する想いが再燃していきました。

ビリーは、フェイムを心の支えにして刑務所のボクシングチームに参加。ムエタイに適応して力を発揮し、最初の試合に勝利します。実力が認められ、所長のプリーチャ(ヴィタヤ・パンスリンガム)は、全国大会への出場を提案し、ボクシングチームの居室に移されました。ビリーはコーチ(ソムラック・カムシン)の元で練習に励み、充実した日を過ごしますが、ある日フェイムが他の男とベッドにいるところを発見して切れてしまい、薬に溺れたうえ、チームの仲間を滅多打ちにしてしまいます。改心して無事復帰しますが、最初の居室のメンバーたちに、試合に負けるとひどい目にあわせると脅され、また薬物やアルコールの過剰摂取で、吐血を繰り返すようになり、ドクターストップもかかってしまいます。ビリーはそれでも試合に出場。激しい戦いとなりましたが、コーチに教わった必殺技で勝利。しかし、そのままリングに倒れ、病院に担ぎ込まれました。

ビリーは入院中に目を覚ますと、警備員の隙をついて逃亡し、街並みの中に消えていきます。しかし、すぐに思い直すと、病院に戻ってきました。回復後は刑務所に戻され、父親(ビリー・ムーア)の訪問を受け、静かに目を交わすのでした。



暁に祈れ

ビリー・ムーアによる実話をもとにしたベストセラー小説に基づいて映画された作品。刑務所の描写が凄いという評判で、受刑者として、実際の元受刑囚がたくさん出演しています。収監されたビリーを取り巻く、いろいろな刑務所内のエピソードが積み重ねられ、タイの刑務所の状況をうまく描き出していきます。監督は、ドキュメンタリーやドラマで暴力性を描いてきた方だと思いますが、その方面での実力は発揮していると思います。また、こういった内容は、やはり実際の入所者が演じた、羽仁進の「不良少年」に発想が似ていると思いました。

この映画を見て、まずはドラマ性をあまり感じませんでした。刑務所の様子が凄く目立つので、圧倒されるのですが、刑務所に収監されるのは自業自得で、たまたまタイで入ったらこうだったということ。映画ではそれは情景描写や環境という扱いで、刑務所の中の面々について、個々に注目して、個性や人間関係を描いている訳ではないようです。主人公の過去も特段言及されません。ということで良く考えてみると、テーマはビリーの心の成長物語なのかな?という結論に達し、納得してしまいました。ずいぶん甘い、自分勝手な若者だったと思いますが、刑務所での生活からいろいろと世間を知っていくことになります。そして最後に逃亡まで企てますが、思い直して、正しい道へと進んでいきました。

ビリーの変化に影響を及ぼしていくエピソードはいろいろありましたが、インパクトが大きいのは、トランスジェンダーとの絡み。しかしこのエピソードは、同じ環境にいると所内の騒乱の元になりそうで、ほんとかな?とも思いました。あとは、少年の優勝報告の部分ですか。やはり、人間の心と心の間で、ドラマが生まれる部分が重要だと思います。父親で本物のビリー・ムーアとの面会は、ビリーの成長の結果を見たという事でしょう。受刑者のエピソードで考えさせられたのは、「貧しい家に生まれたから人殺しするしかなかった」というセリフ。同じ理論でいけば、女性なら売春と言いそうですが、男は殺人になってしまうのか…と。

さて、お目当ての、ヴィタヤ・パンスリンガムは、チョイ役で残念。ジョー・コールは勿論迫真の演技を展開していますが、彼以外で印象に残ったのは、コーチのソムラック・カムシンで、コーチの所作だけとはいえ、滲み出るオリンピックの金メダリストの体の動きに、偉大なスポーツマンらしさを感じました。

2021.1.4.HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「山羊座のもとに」 微妙な心理を楽しむ三角関係のドラマ

11月になりましたので、趣向を変えて黄金時代のハリウッドとその周辺にある映画を見ていこうと思いました。見慣れている分野でもあり、楽しみな映画も多いものですから。最初は、アルフレッド・ヒッチコック監督の「山羊座のもとに」。これがハリウッド映画かというと、必ずしもそうではないのですが…。時代も少し遅いですし…。ということで、1949年の映画です。
原題:Under Capricorn (1949)

あらすじ
チャールズ・アデア(マイケル・ワイルディング)は、従弟のオーストラリア総督就任に付き従って、シドニーにやってきました。さっそくアデアは銀行で、地元の富豪サム・フラスキー(ジョセフ・コットン)と知り合い、総督は犯罪履歴のある者との付き合いを止めようとしまいますが、アデアは構わずサムの屋敷を訪れ、夫人のヘンリエッタ(イングリッド・バーグマン)と出会います。彼女とアデアは同郷の幼馴染。しかし、ヘンリエッタはアルコール依存症が進み、すぐに席を外してしまいました。サムは、元々はヘンリエッタの家の厩舎担当の召使いから、ヘンリエッタと愛し合うようになって駆け落ちし、追ってきた兄を殺してしまい、7年間の服役後結婚したのでした。サムはその後の二人の関係が上手くいかない悩みをアデアに打ち明けます。

アデアは、フラスキー邸に住み込むようになり、ヘンリエッタの話し相手になって、再び輝きを取り戻させます。その頃、フリスキー邸では、家政婦のミリー(マーガレット・レイトン)がすべてを仕切っていましたが、ヘンリエッタの地位を奪うような行動に疑問を待ったアデアはミリーを遠ざけ、ミリーも家を出ていきます。アデアは、フラスキー夫妻宛ての、総督邸の舞踏会への招待状を見せ、辞退しようとするサムに代わって、アデアがヘンリエッタを伴って出席することになり、美しくなったヘンリエッタと舞踏会へ出かけました。その間に、ミリーが屋敷に現れ、サムにアデアとヘンリエッタの関係を吹き込み、サムの嫉妬をかきたてると、サムは舞踏会に乗り込み、ヘンリエッタを連れ帰ります。そして、その夜ヘンリエッタはアデアに、自身が兄を撃ってしまった罪をサムが被って服役したことを打ち明けますが、アデアは遅れて帰宅してきたサムに追い出され、誤って発射された銃弾で負傷してしまいました。

ヘンリエッタはアデアを見舞った際に、総督に再犯のサムは絞首刑だと言われ、ヘンリエッタは自分の兄を殺したのは私だったと告白します。これが真実だとすれば、ヘンリエッタは、本国に送還され裁判を受けなければなりません。一方で、フラスキー邸では再びミリーが働き始めました。ヘンリエッタは再び部屋に籠り、サムも一緒に本国に帰る決意を固めます。しかし、サムを愛するミリーにとっては誤算で、ヘンリエッタの容態を悪化させようとしますが、見つかってしまい、ミリーは追い出されました。その夜、フラスキー邸を訪れた法務長官は、ヘンリエッタの告白に同意するか、アデアへの殺人未遂で再び逮捕されるかの選択を迫り、妻の告白への同意を拒否したサムは、翌日逮捕されました。窮地に陥ったヘンリエッタは総督に直訴。現れたアデルが、自分で自分の肩を撃ってしまったと説明したことから、サムは無罪放免され、本国に一人帰ることになったアデアを、港でフラスキー夫妻が見送るのでした。



山羊座のもとに

ヒッチコック自ら認める失敗作であり、評判も高くない映画という事で、なんとなく放置していましたが、この機会に見てみることにしました。ということですが、そういった評判ほどひどいかというと、そんなことは無く、言わば普通にヒッチコックだと思いました。華々しい殺人事件やトリックとかは出て来ません。基本は三角関係のサスペンスです。ミリーは最初から腹黒いフラグが立っているので、何かやらかしているぞ…。という感じはありますが、それ以外の、マイケル・ワイルディングジョセフ・コットンについては、内心を隠した演技が展開され、最後まで予断を許さないところはヒッチコックらしいところ。ラストで、アデアが嘘の証言をしたにしても、ヒッチコックだったらありかもしれないなと思ったくらいでした。

見どころの一つは、イングリッド・バーグマンであることは言うまでもありません。初々しかった別離(1939)からは10年が経過し、大人の女の雰囲気になっています。そして、最初はアル中でやつれた、異常な女性から、元気を取り戻して着飾って舞踏会に出ていくまで、どんどん美しさが増していくという演出でした。勿論その相手役は、マイケル・ワイルディングであって、夫のジョセフ・コットンは渋さが決まっていますが、今まで背負ってしまった経緯と、ミリーの吹込みで、揺れ動きながらどんどんお株を奪われていく、不遇な夫となっていました。

マイケル・ワイルディングがわきまえた遊び人タイプという雰囲気に対し、ジョセフ・コットンの役回りの表現がなかなか面白いと思います。その境遇たるや、ヘンリエッタに付き従い、馬で寡黙に後を追い、ヘンリエッタの身代わりになって収監され7年の刑に服し、出所しでから、ヘンリエッタに尽くしますがうまくいかず、ミリーの為に疑心暗鬼になり、その上手くいかない原因を身分の差に帰すことにより、将来にも絶望している男。どうみても、ヘンリエッタの現状は、夫のサムの心が原因のように思えます。従って、アデアのカウンセリングを受けるべきはサムの方なのですが、そこはヘンリエッタの告白というイベントを通じてヘンリエッタの真実の愛に気づきました。ということで、イングリッド・バーグマンの愛がすべてを救ったという、清々しいお話で、めでたしめでたしなのでした。

2020.11.1 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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プロフィール

torrent13

Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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