FC2ブログ

「家族の波紋」 絵に描いた様な風景の中での家族の葛藤

いかにも、ヨーロッパの静かなドラマの雰囲気を醸し出しているような、ジャケットであり邦題です。ということで、少し構えて鑑賞しました。2010年のイギリス映画で、監督はジョアンナ・ホッグです。
原題:Archipelago → 「群島」といった意味です。

あらすじ
エドワード(トム・ヒドルストン)は、エイズ対策のボランティアで、約1年のアフリカに滞在を前に、母のパトリシア(ケイト・フェイ)と、姉のシンシア(リディア・レオナルド)と、旅立ち前の家族旅行として、シリー諸島の別荘にやってきました。住み込みの料理人のローズ(エイミー・ロイド)が現れると、感謝するエドワードですが、姉から使用人に気遣いしすぎる必要なないと言われます。そして夕食では、普通に仕事をするべきと意見され、心穏やかではありませんでした。次の日、母と姉の絵の指導役として画家のクリストファー(クリストファー・ベイカー)が現れ、歓迎しました。次の朝、家族にクリストファーやローズも加えてピクニックを楽しみ、思い思いに会話をして過ごしました。

エドワードは時間があればローズに声をかけ、親しくなろうとします。そして、難色を示す母と姉を押し切って、ローズを食事に誘いましたが、そもそも気に入らなかったシンシアは、料理の件でシェフにクレームし、険悪な雰囲気になってしまいます。エドワードは途中で席を立ち、家に帰った母は、父に早く来るように連絡します。そして次の日も、クリストファーやローズとの会話を楽しみながら、過ごしていきました。しかし、夕食の会話になると、相変わらず気まずい雰囲気は続き、エドワードの恋人との話になって、またしてもシンシアは口論になって切れてしまい、食事中に席を立ってしまいます。母は、娘の態度をクリストファーに謝罪し、戻ってきた姉は、自分のことも気遣ってほしいと母に喚き散らしました。母は、一向に来ない父に、これ以上耐えられないと電話しました。

外で絵を描いているクリストファーに話しかけたエドワードは、強い信念を持つべきだと励まされました。別荘に戻ったエドワードは部屋に閉じこもると、落ち着いてきたので、シンシアに謝罪し食事の時間を知らせます。母は、結局来ない父に切れて、興奮しながら食卓に着いたため、シンシアとエドワードは気遣います。エドワードは旅立つ前の日にローズと親しげに会話を交わしましたが、ローズはそのままメモを残して別荘を去り、翌朝、エドワードはショックを受けました。そして、クリストファーと再び話をし、自分の道を信じて進むよう助言されました。その後、クリストファーは、家族たちと別れを惜しみ、その場を去っていきます。一行は、別荘を着た時の状態に戻し、休暇を終えて、シリー諸島をあとにしたのでした。



家族の波紋

シリー諸島で、絵のような風景の中で、画家が絵をかいています。そこから物語は始まりました。母と姉と弟の3人の家族。父親は後から合流する予定の様です。そして、滞在中に母と姉に絵を教える画家。住み込みの料理人のローズ。弟がアフリカにボランティアに1年間旅立つ前に家族旅行で2週間滞在するようです。上流階級の家庭で、あくまでもそれらしく振舞うべきと考える母。現実的な姉。自信なげで、進路に迷いがある弟。弟はローズが気に入って、しきりに一緒にいようとしますが、母も姉も明らかに身分の違う人間に対する、冷めた対応をしています。そんな中で家族の感情の微妙なずれが始まり…。

絵が美しいといいますか、絵画の中で人が動いているイメージでした。カメラは風景や背景に固定され、その中を人が動く。会話も固定したカメラの中で行なわれます。会話する人をアップにするのはラストの画家の語りの部分だけだったと思います。目新しい手法でした。家族の中のすれ違いや、居心地の悪さは、自分でも身に覚えがあるようなものです。テレビもスマホも登場しない別荘での、人との会話だけで過ごす2週間。今では体験できないようなことですが、この様な状況でこそ、人間力が鍛えられるなぁと思いました。

エドワードが好意を示しても、役目が終わればあっさり消えてしまうローズは、階級社会での身の振り方をわきまえています。そんな大人の行動が要求される2週間。エドワードにとっては一つの成長があったのかもしれません。裕福そうで羨ましくも見える、上流階級の日常を切り取った一コマ。堅苦しい作法を、エドワードもシンシアも身につけていくのでしょうか。最後まで、淡い絵画のような画面が見事でした。

2020.4.14 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞
スポンサーサイト



テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「第3逃亡者」 ヒッチコックの逃走劇で、原作はJ・テイ

ヒッチコックのイギリス時代の映画の鑑賞です。公開は、1937年でした。原題は、Young and Innocentで、原作はジョセフィン・テイのミステリーである、「ロウソクのために一シリングを」です。

あらすじ
女優クリスティン(パメラ・カーメ)は、夫のガイ(ジョージ・カーゾン)から浮気の疑いをかけられ、翌朝、死体で浜に打ち上げられます。発見したのは、被害者と顔見知りのロバート(デリック・デ・マーニー)で、通報しようと駆け出したところを見られたロバートは、犯人と疑われ、逮捕されてしまいました。そして、凶器は彼のコートのベルトだったのですが、ロバートはコートは盗まれたと主張します。そして、取り調べ中に失神し、来合わせた警察署長の娘エリカ(ノヴァ・ピルビーム)に介抱されました。裁判の日に起きた混乱に乗じて脱出したロバートはエリカの車に隠れ、疑いを晴らすため、なくしたコートを二人で探しに行きます。

コートを無くした酒場で、ウィル(エドワード・リグビー)という男が持って行ったとの証言を得て、ウィルの居場所に向かう途中、近くのエリカの叔母の家に立ち寄ったため、検問にひっかかり、二人とも追われる身となります。そして、ウィルの定宿にのりこみ、ウィルを連れだすと、エリカの車で逃走。ウィルからコートを奪い返しますが、ベルトがついていませんでした。隠れた廃坑の中で、エリカは逮捕されてしまい、ロバートは逃走しましたが、手がかりもとぎれてしまいます。軟禁されているエリカを訪れたロバートは、ホテルのマッチがコートのポケットにあったことを知り、ホテルに向うと、警察に連行される寸前に、ホテルで演奏する楽団の、黒人に扮装したドラマーか失神。応急処置をしようとしたエリカは、真犯人の特徴を発見し、犯人は自白したのでした。



第3逃亡者

第3逃亡者とはなんぞや?という感じですが、命名者に聞いてみたいと思いました。純粋な興味で…。さて、印象としては、ミステリーというか、サスペンスの筋立てがかなり大味なので、サスペンスに期待すると、ちょっとがっかりするという感じだと思います。ハラハラする場面もそれほど多くはありません。警察の行動もかなり緩いです。時代性かもしれませんが…。関係者の発言も、今の常識とは違って、かなりまどろっこしいというか、のんびりしている感じです。

とはいっても、展開は十分引き付けるものがありました。まず、冒頭の二人の場面が良かったです。これで引き付けられます。そして、1.5往復ビンタが登場します。おおっという感じ。波間に腕が伸びているので、生きているかと思いました。そして、あんなに全力疾走すると、さすがにおかしいですね。という冒頭でした。ストーリーは、ラブストーリーを絡めながら話が展開していきます。何かこう、確実なヒントを見つけて絞り込んでという訳でなく、かなり運任せなのが弱いところです。犯人も自滅です。

ヒロインのノヴァ・ピルビームについては、良く知らなかったのですが、ヒッチコック監督の「暗殺者の家」にも出演していたようです。引退は早かったのですが、95歳まで長寿を全うされた方のようですね。原作の作家のジョセフィン・テイは、初期のハヤカワ・ミステリを思い起こさせる懐かしい名前です。これで、イギリス時代の後半の作品はだいたい見た感じなので、前後の作品に進んでいきましょう。どの映画を見ても、すんなりと映画の中に入っていけるので、楽しく見ることができます。まだまだ楽しみが多いのです。

2020.5.26 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「サボタージュ(1936)」 二転三転のヒッチコックサスペンス

ずいぶん久しぶりにヒッチコックの作品を見ます。おそらく、このブログを始めたころに見た「めまい」以来。ずいぶんと間が空いてしまいました。この映画はイギリス時代の作品で、1936年に、ゴーモン・ブリティッシュにより制作されました。原題も同じくSabotageです。

あらすじ
ある日、ロンドンの町が停電になり、当局は破壊工作によるものと断定、復旧にはそれほど時間がかかりませんでした。停電のさなか、映画館主のヴァーロック(オスカー・ホモルカ)は、映画館裏の自宅に戻り、手の砂を洗い落とします。彼が破壊工作の実行犯なのでした。隣の八百屋には、店員になりすました刑事スペンサー(ジョン・ローダー)が監視しており、停電中にひそかに戻ったことを確認します。そんな中、発電所への工作が、大きな成果を上げなかったことから、ヴァーロックは、ピカデリー・サーカスに時限爆弾を仕掛けるという指令を受け、爆弾の入手先を教えられます。

爆弾は、小鳥屋の主人が作っており、ヴァ―ロックの家に、爆発時刻のメモと共に、鳥籠に入れた爆弾が届けられました。そして、決行当日は、ちょうどスペンサー刑事がヴァ―ロック夫人(シルヴィア・シドニー)を訪問していました。スペンサー刑事は情報収集のため、彼女に接近しましたが、いつの間にか好意を持つようになっていたのです。ヴァーロックは外出することができず、妻の幼い弟スティーヴィー(デズモンド・テスター)に、映画のフィルムの修復と言って、爆弾の小包をフィルムと一緒に持って行かせました。しかし、スティーヴィーは、道中で見世物などに立ち寄って道草を食い、設定時刻になってもまだバスの中。爆弾は車中で爆発してしまい、バスは吹き飛び、スティービーは爆死してしまいます。弟の死にショックを受けた妻は、夫が爆弾を持たせたものと気づき、夫が迫ってくると、咄嗟に刺殺してしまいました。

現れたスペンサー刑事は、ヴァーロック夫人に好意を抱いており、夫人の告白を受けると、自首はやめて一緒に国外に逃げることを提案します。一方、小鳥屋が証拠を隠滅するためにヴァーロックの部屋を訪れますが、ヴァ―ロックの部屋に入ったところで周囲を警察に取り囲まれ、ヴァ―ロックの遺体とともに自爆してしまいました。夫人がヴァーロックを刺殺したという証拠もなくなり、夫人はスペンサー刑事に支えられてその場を去っていくのでした。



サボタージュ(1936)

幼少の頃より慣れ親しんだヒッチコック作品。まだまだ見ていない作品が多いのですが、これはそんな作品の一つ。イギリス時代の比較的短いお話です。短いと言っても中身が濃いもので、ラストも二転三転して楽しませてくれました。スティーヴィーが小包を持って、時間が迫り、時計が次々と映される場面とか、大変緊張感があります。そして、その前に彼がいろいろな見世物に首を突っ込んだり、引き留められたりする場面は、観客を大変イライラさせる効果を持っていて見事だと思いました。

映画看守のカールの、事件後の責任転嫁ぶりも見事で、比較的人道的とも思われたカールは、失敗してスティーヴィーを失った時の、言い訳や逆切れぶりが見事で、そのあと彼が妻に殺されることを正当化していきます。そして、ラストに向かい、小鳥屋の主人のくだりなど、二転三転のサスペンスも、一筋縄ではいかない面白さがあり、さすがヒッチコックだと思いました。短い中にサスペンスが詰まった作品です。

この映画の原作小説は、コンラッドの「密偵」とのことです。ざっとあらすじを見た感じで、大枠や人物設定は似ていますが、ストーリーは全く同じという訳ではないようでした。力点を置いているところも違うような気がしますが、実際読んでいないので詳しくはわかりません。ヒロインのシルヴィア・シドニーは、初めて見ると思います。長いキャリアを経て、1973年にオスカー初ノミネート。息の長い女優さんのようです。さて、ヒッチコック作品。まだまだ楽しみたいと思います。

2020.5.24 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「ザ・リトル・ストレンジャー」英国らしい静かなミステリー

英国のミステリー作家、サラ・ウォーターズの「The Little Stranger(邦題:エアーズ家の没落)」を原作とするミステリー映画。叙情豊かな英国らしいミステリーでした。2018年の英・愛・仏合作で、監督はレニー・エイブラハムソン。ルームを作った監督で、それも鑑賞の動機になっております。日本未公開、ネット配信ありです。
映画原題も同じくThe Little Strangerです。

あらすじ
ファラデー医師(ドーナル・グリーソン)がエアーズ家の古い館を訪ねたのは、メイドのベティ(リブ・ヒル)の病気の往診でした。館には、顔に大きな戦争の傷痕を残し、足の不自由な当主ロデリック(ウィル・ポールター)と、母エアーズ夫人(シャーロット・ランプリング)、姉のキャロライン(ルース・ウィルソン)が住んでいました。ファラデー医師にとってこの屋敷は、彼の母がメイドとして住み込んでいた館。小さい時に、普通だと入れない村人の自分が、母のおかげで入ることができた時、その館を歩き回り主になったような錯覚をしたものでした。今や、エアーズ家は没落し、栄華は過去のものになっていました。そんなある夜、数人の客を招いてのパーティーの最中、客として来ていた少女が犬に襲われ重傷を負ってしまいます。その日、ロデリックは惨劇を予言していましたが、その後も彼は家に悪霊が住んでいると話すようになります。

キャロラインに惹かれていたファラデーは、屋敷から出ることの少ない彼女の気分転換のためにダンスに連れて行くと、帰りの車の中で彼女はファラデーに迫りますが、その日は思い直して別れました。ロデリックが病気の治療の為に屋敷を離れることになり、ファラデーは母と娘とメイドだけの生活になったキャロラインを訪問し、結婚を申し込みます。その頃、屋敷では不思議な現象が続いており、亡くなった姉のスーザンの痕跡を残しながら、騒乱が起きるようになっていきます。ファラデーは騒霊ではないかと友人と語り合っていましたが、エアーズ夫人はファラデーに、キャロラインを屋敷から連れ出して欲しい。自分はスーザンと屋敷に残ると話すと、不思議な現象が起こる中で昏睡状態になり、そのまま自殺してしまいました。

母の葬儀の日に帰って来たロデリックも、キャロラインを屋敷から連れ出すように言い残して去りますが、2人は六週間後に結婚しファラデーが屋敷に住むことを約束します。しかし、しばらくしてキャロラインは気が変り婚約を破棄、屋敷も処分し、弟とアメリカに移り住むと言い始めます。ファラデーは茫然とし、何も手に着かない日々が数日続いたあと、往診で外に出ていた時に、屋敷からベティの通報があり、キャロラインがかつぎこまれましたが即死状態でした。ベティの証言によれば、その日夜中にキャロラインは一人で誰もいない3階に上がった時、空き部屋にいる人影を見て、「あなただったの」と驚きの声を上げ、階段から落ちたとのこと。この事件は精神錯乱状態に寄る事故死として処理されました。

荒れ果てた屋敷を中を一人ファラデーが彷徨っていました。子供の頃に村人がとても入れないこの屋敷の中を彷徨って、自分が当主になった気分になっていました。そして、荒れ果てた今も、その執着が続いていたのでした。



The Little Stranger

イギリス女流作家のミステリーらしい作品でした。終始ただただ穏やかな雰囲気。ゆっくり時間が流れます。謎解きについても、はっきりしたものではなく、かなり叙情的で、ドラマに近いミステリー。原作はThe Little Stranger (2009) 邦題:エアーズ家の没落で、サラ・ウォーターズの作品。サラ・ウォーターズは読んだことはないと思いますが、同じイギリスの推理作家、ルース・レンデルを思い出しました。同じような雰囲気があると思いました。

キャストは、監督はじめ、ビッグネームも多数出演しています。そして、シャーロット・ランブリングが出ていたのは驚きました。ラストはちょっと曖昧な感じもしますが、なるほどという結末で、話の落としどころとして、すっきりはします。途中で伏線も回収されています。事件は物語の後半に集中して起こりますので、それまでは少しホラー仕立てのドラマになります。その中で伏線が盛り込まれていき、ミステリーは最後の10分というバランスです。全体的に、暗い雰囲気の中で、終始一貫、どんよりした田舎の古い館の生活で、見ていると結構気が滅入る雰囲気です。

途中は、なにが起こるかわからないというある程度の緊張感を保ちながら、騒霊(痕跡のみ)とか出てくるので、惹きつけるものはあったと思います。緩やかな雰囲気ですが、見ていて飽きることはなかったです。まさに、イギリスでしかできないような映画で、たまにはこういう映画もいいかなと思いました。

2019.12.31 HCMC自宅にてAmazon Primeよりのパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「わたしは、ダニエル・ブレイク」このリアルさは衝撃的です

ちょっと前に評判が良かった映画ですが、内容も知らずスルーしていました。そして、たまたまAmazonで見つけたので、確かけっこう評判の映画だったよなと思い、見始めたということです。カンヌではパルムドールを獲得。英国アカデミー賞では、作品賞ノミネートで、英国作品賞を受賞。そして、キネ旬1位も獲得。そのほか、世界の映画祭でたくさんの賞を受賞しました。2016年のイギリス映画(フランス・ベルギー合作)。ケン・ローチ監督の作品です。

あらすじ
大工のダニエル・ブレイク(デイヴ・ジョーンズ)は、心臓の病で医者から仕事を止められ、国からの手当を受けていましたが、継続審査で手当は中止とされてしまいました。ダニエルは抗議の電話をしても、職業安定所に行っても埒が明かず、ネットで申請をするよういわれます。頭を抱えるダニエルに言葉をかけてくれたのは、女性職員のアン(ケイト・ラッター)ですが、目の前で子連れの女性が職員と口論し始めました。なんでも遅刻してきたので手当を停止するということです。見かねたダニエルは激昂し、職員を非難すると、親子もダニエルも職安を追い出されてたのでした。

女性はケイティ(ヘイリー・スクワイアーズ)というシングルマザーで、やっとのことで見つけたアパートも古いもの。生活の見通しがたたないケイティの為に、ダニエルは大工の経験を活かし助けていきます。その傍らダニエルは手当中止に対する不服申し立てをなんとか完了。ケイティ親子に付き添ってフードバンクへと向かいました。やっとケイティたちの番が来ると、突然ケイティが手にした缶詰を貪り始めます。ずっと飲まず食わずで限界だったのです。ダニエルはケイティ親子を夕食に招き、ケイティを励まします。一方、行政システムは二人を徹底的に追い詰めていきます。不服申し立ても却下され、見せかけの職探しをさせられ、ダニエルはますますやる気を失います。

疲れ果てたダニエルは、生活費のために家財道具を売り払い、ケイティはついに万引きをしてしまいます。警備員はケイティの窮状を見て見逃し、彼女に娼館の仕事を斡旋しました。ケイティはどうしようもなくそこで働くことにしましたが、ダニエルはこれを察し、その娼館を訪れます。ショックを受けたケイティにダニエルは辞めるよう説得しますが、ケイティは悩んだ末の事、説得には応じません。職安に向かったダニエルは、持参したスプレーで職安の壁に落書きをし、行政システムを批判します。街の人々はダニエルに共感しますが、すぐに警察に連行されてしまいました。釈放されたダニエルはすべてに疲れ切り、引きこもるようになってしまいます。ある日、ケイティから支援が差し伸べられ、弁護士の協力を得て、あと少しというところまで来ましたが、ダニエルは突然の心臓発作に襲われ、発見された時には手遅れとなっていたのでした。ダニエルの葬式でケイティは、ダニエルの行政システムへの怒りを語り、そして「わたしは、ダニエル・ブレイク。一人の市民だ。それ以上でも以下でもない」というダニエルの言葉を読み上げるのでした。



わたしは、ダニエル・ブレイク

有名な映画を続けて見ていると、だんだん慣れっこになって、だんだん感受性が落ちてきているなと思っていたのですが、その中で、この映画を見てしっかり目を醒ましました。いろいろな映画で、貧しいということをどれだけ描けるかということが試されていますが、これは普通に驚きました。配給にケイティが子供を連れていって、思わず缶詰(これは、ミートソースだろうか?)を開けて貪ってしまい、みんなから介抱されるところは、かなりショッキングな映像です。コメディでなく、ガチですので。

全体がどんよりした感じに支配されている映像が、この映画の内容を際立たせています。また、ヘイリー・スクワイアーズはじめ、出演者の演技も、ごく自然で好感の持てるもの。カット割りも含めて、その演技の効果でドキュメンタリータッチになっており、これが現実だという主張が強く出ていると思いました。羽目を外すのは、壁に落書きする当たりくらいかな…。しかし、この逃げ場のないシステムは矛盾点も含んで、ちょっとやりすぎですね。

こういった問題に対して、何かできることは無いものかとも考えてみるのですが、個人ではできず、相手も色々で、なかなか難しい問題だと思います。ただ、小さな行動が大事かなというくらいです。ケン・ローチ監督、ほとんど見たことがありません。大昔に「ケス」を見たくらいでした。よく見る分野でもないもので。ヘイリー・スクワイアーズは良かったと思います。見るのは初めてですが、いろいろな役が出来そうで、これからブレイクするといいなと思いました。そして、この映画はカンヌのパルムドールでした。さすがです。

2019.12.30 HCMC自宅にて、Amazon Primeよりのパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「人類SOS!」 トリフィドの日は破滅テーマSFの古典

ジョン・ウィンダムのトリフィドの日は、SF小説の名作の一つ。古典の部類に属する作品と思います。そんなトリフィドの日の映画化作品を見つけたので見てみました。1963年のイギリス映画で、スティーヴ・セクリー監督の作品になります。原題は、The Day of the Triffidsで、小説と同じです。邦題もそれで良かったのではないかという思いが強く残りますが、当時はSF文学などマイナーだったでしょうから、仕方がないところかな…。

あらすじ
ある日、地球に激しい流星の雨が降り注ぎ、その閃光を見た者は目が見えなくなってしまいました。またトリフィドという植物が突然成長を始め、しかも、移動し始めただけでなく、人間をも襲い始めます。メイソン(ハワード・キール)は目に繃帯をして入院中だったので失明を逃れ、盲人で大混乱する街の中で、目の見える少女スーザン(ジャニナ・フェイ)を助けると、車でロンドンを離れます。

一方で、ある海岸の灯台で生物学者トム(キーロン・ムーア)と妻のカレン(ジャネット・スコット)もラジオを通じて、世界のほとんどの人が盲人になったことや、人間を襲う植物の出現の話を聞いていました。そして、この奇妙な植物の進出はその灯台にまで及び、トムは激闘の末、撃退することに成功します。そしてトリフィドを絶滅させる研究を進めました。

メイソンたちは、ある広壮な邸宅を訪ね、3名の健全な目を持つ生存者に出会います。メイソンは彼らに、身の危険と退避を説得しますが、盲人たちを置き去りにできないと同行を断られました。しかし、トリフィドの進出はここにもおよび、遂に3人は退避し、避難用のアメリカの潜水艦に乗り込むことができました。灯台の2人に更に危険が迫り、トリフィドが室内に侵入してきますが、トムが咄嗟に消火用の海水をかけた時、意外なことに怪物は溶け始めます。海水でこの恐るべき怪物を撃退することができたのです。人類はトリフィドの脅威から逃れることができたのでした。



人類SOS!

ウィンダムのSFの古典的名作「トリフィドの日」の映画化作品。植物による侵略者ということでは、ボディスナッチャーに似たSFでもあります。原作はそこそこの長編で、社会的風刺的なところとか入っていたと思うのですが、ここは単純化されて怪物対人間に特化した雰囲気になっていました。イギリスのSFだけあってちょっと硬めの構築観を感じます。

破滅テーマのSFだけあって非情な展開ということではありますが、映画にしてみると邸宅から脱出するところとかあっさりし過ぎていて、もっと葛藤があった方がいいと思いました。原作の良さがあまり出ていないのではないでしょうか。当時受け入れやすいSF観はこういったものであったのかもしれませんが…。

呪われた村は何度か映画化されていますが、こちらの方はそれほど恵まれていないようです。ひところ破滅テーマSFとしては必ず名前の出る小説だっただけに、モンスター対人間というだけでなく、いろんな要素を盛り込んだ形にできないかな?とも思ったりします。2009年にテレビシリーズが製作されたみたいですが、やはりいまさら映画化するには、すでに過去の作品なのかな?

2019.9.22 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「妖精たちの森」 ジェームズの”ねじの回転”に秘められた話

この映画は、ヘンリー・ジェームズのねじの回転をベースにした物語です。ただし、ねじの回転は新しく家庭教師に来た女性の不思議な体験が主なストーリーと思いますが、こちらは、その不思議な体験(幽霊)の原因となった物語になります。1971年のマイケル・ウイナー監督によるイギリスの映画です。

あらすじ
ある日ブライ邸では、ロンドンに向かう後見人が家政婦のミセス・グロース(ソーラ・ハード)に、指示を与えていました。このブライ邸の持ち主亡きあと、残された幼い姉弟、フローラ(ベロナ・ハーベイ)とマイルズ(クリストファー・エリス)の面倒をみることについて、家庭教師のジェスル(ステファニー・ビーチャム)、下男のピーター・クィント(マーロン・ブランド)とミセス・グロースに任せ、後見人は何かが起きない限りタッチしないというものでした。クィントは粗野で無知な男でしたが、幼い子供たちにとっては彼の占める地位は大きく、外での遊びはすべてクィントに教えら、実生活面でも彼の言うことを信じて行動していました。

このことは、ミセス・グロースを困惑させていましたが、それだけではなくクィントは家庭教師のジェスルと肉体関係があり、彼女は夜ごとの来訪を拒まず、かつ行為は暴力的かつ倒錯的なものでした。二人の様子を覗き見たマイルズは、姉のフローラとそれを真似するようになります。やがて、クィントとジェスルの関係がミセス・グロースに知られることになり、彼女はクィントの屋敷内への出入りを禁じます。そして、ジェスルもこの屋敷を去る決心をしました。

そんな彼女のもとに、クィントからの別れる前に一度会いたいという手紙が届くと、これが子供たちの計略とも知らず、池のボートを漕ぎ始めますが、ボートは穴があけられていたため沈んでしまいジェスルは溺死します。クィントも子供たちに誘われジェスルを発見しますが、マイルズの放った矢に倒れました。子供たちのこれらの行動も、クイントから学んだものだったのでした。



妖精たちの森

新潮文庫でよく見る「ねじの回転」ですが、これはまだ原作を読んでいませんでした。ただ、この映画は原作そのままではなく、原作で起こる現象の幽霊譚の原因となった前日譚を描いています。原作に則って製作された、デボラ・カー主演の「回転(1961)」は、予告編だけ見ましたが、立派なホラーの様子でした。それに対し、この映画はなんと表現したらいいのでしょう。どういう意図でと図りかねるところがありました。

一つのエピソードではありますが、全体の物語からすると部分でもありますので、一つの映画にしてしまうと冗長感が否めず、またこのエピソードは、馬丁と家庭教師の倒錯愛と、真に受けてしまう感受性の強い子供というテーマになりますが、残念ながら倒錯愛の演技にほぼ愛が感じられず、したがってその影響を受ける子供についてもその必然性が感じられないという、残念ながらちょっと困ったことになってしまいました。

まぁ、出だしの2人の子供をマーロン・ブランドがドタドタ追いかけるシーンから、なんとなく締まりがなくていやな予感がしていました。意外性のようなものか、純真な子供の染まりやすさのようなものを表したかったのかもしれないのですが、もう少し、ストーリーやテーマに沿った演技や演出であれば、面白く見れたのではと思います。ねじの回転を見るには本家の「回転」の方を見るべきではないかと思いました。

2019.9.22 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「嵐が丘(1992)」 原作のストーリーを忠実に再現した愛憎劇

エミリー・ブロンテの唯一の小説である嵐が丘は、世界の十大小説とも評される名作文学です。映画化された回数もかなり多く、その激しい内容が人々を引き付けています。今回見たのは、1992年製作のイギリス映画で、監督はピーター・コズミンスキー、主演はジュリエット・ビノシュによるものです。

あらすじ
荒野を行くエミリー・ブロンテ(シンニード・オコナー)が朽ちた屋敷を見て、どんな物語があったのか想像する。そんな彼女の語りで物語は始まります。

ロックウッド氏(Paul Geoffrey)は嵐の中で道に迷い、嵐が丘の屋敷にたどり着きました。主人から宿泊を断られますが、少女に誘われ古びた部屋を与えられます。嵐は吹きすさび、突然窓が割れると、若い女の亡霊が現れるのでした。これは、そこに住む住人たちの物語なのです。

昔、嵐が丘には、主人のアーンショー(ジョン・ウッドヴァイン)、アーンショー夫人、その子供のヒンドリー(ジェレミー・ノーザム)とキャシー(ジュリエット・ビノシュ)が住んでいました。ある日主人は外出先から身寄りのない男児を連れて帰り、彼をヒースクリフ(レイフ・ファインズ)と名づけて自分の子供のように可愛がります。ヒースクリフはキャシーと仲良くなりましたが、アーンショー氏が死ぬとヒンドリーが継ぎ、彼はヒースクリフを下男にし、教育も受けさせず虐げました。それでもヒースクリフとキャシーは仲が良いまま、お互いに恋心を抱きます。ある日2人は近くのリントンの屋敷を覗きに来ていました。リントン(Simon Ward)、リントン夫人、その子供のエドガー(サイモン・シェパード)とイザベラ(ソフィー・ウォード)が住んでいました。キャシーは優雅な暮らしが羨ましく覗いていましたが、家人に見つかって逃げるときに足を怪我してしまい、その家でしばらく世話になると、ヒースクリフを必要としつつも上流に憧れを抱いていたキャシーは、エドガーの求婚を受けてしまい、失意のヒースクリフは姿を消してしまいます。

ヒースクリフは裕福になり、復讐の為戻ってきます。ヒンドリーの妻は子供のヘアトン(ジェイソン・リディングトン)を出産した後亡くなり、嵐が丘では父子とメイドのエレン(ジャネット・マクティア)の生活でした。妻を亡くし荒れた生活を送っていたヒンドリーはヒースクリフとの賭けに応じ、嵐が丘をそっくり奪われてしまいます。嵐が丘の主人となったヒースクリフはヘアトンを下男にすると、エドガーとキャシーの住む屋敷を訪れます。心の中でキャシーへの愛と憎悪がせめぎ合うヒースクリフは、イザベラを篭絡し結婚します。しかし、二人の間に愛はなく、妻を虐待する日々でした。イザベラは嵐が丘を離れ、一人でリントン(ジョナサン・ファース)を出産します。ヒースクリフはキャサリンと密会を続け、愛と憎悪をぶつけ続ける中でキャシーは病に伏し、娘のキャサリン(ジュリエット・ビノシュ二役)を産むと亡くなってしまいました。

リントンの屋敷ではエドガーとキャサリンの生活となり、キャサリンは瑞々しい女性に成長した時、嵐が丘に迷い込むとヒースクリフと出会います。キャシーそっくりに成長したキャサリンを見たヒースクリフは、エドガーへの復讐として、母が亡くなって帰ってきていた病弱のリントンと結婚させ、病弱なリントンとすでに衰弱しているエドガーの死を待ちます。しばらくすると二人とも亡くなり、ヒースクリフはついにエドガーの屋敷と財産をも手に入れることに成功しました。嵐が丘では、ヒースクリフとヘアトン、キャサリンそしてエリンの生活になりましたが、やがてヘアトンとキャサリンの間に愛が芽生え、新しい時代が始まる中で、ヒースクリフはキャシーへの思いに苛まれながら亡くなり、本来の持ち主に戻った嵐が丘にはヘアトンとキャサリンが仲良く駆ける姿があったのでした。



嵐が丘 1992

原作小説の嵐が丘のあらすじを参照する限り、ほぼストーリーのすべて描き出していると思います。内容としては、凄まじいまでの愛憎劇で、愛憎紙一重という言葉では言いきれないくらいの重厚なもの。濃厚なラブストーリーともいえる作品になっていて、ここまでのストーリーと表現はなかなかお目にかかれないものと思いました。坂本龍一の担当した音楽も感動的で、大河ドラマの音楽のような雄弁さは、日本人にとっても身近なもの。何となく伊福部さんの音楽を思い出しながら、四谷怪談みたいな愛憎劇を感じてしまいました。

特異な風景も美しく、その荒涼とした風景が人物像とマッチしていきます。お互いに相手を必要とし愛しあう一方で、憎み合う二人。それぞれ無くてはならない人ではありながら、過去の深い傷から相手に譲れない心。そして、長い二つの家族の物語の中で、全員が二人の愛憎に翻弄されていきます。それによって心や体を病み、死んでいった人々。二人の霊が彷徨っていると言いますが、浮かばれないのは巻き込まれた人たちでしょう。その様子を見続けたエレンは観察者として最も登場人物の姿を理解した人物として描かれていました。

レイフ・ファインズとジュリエット・ビノシュの競演。レイフ・ファインズは猟奇的なまでの凄まじい態度と表情を見せます。対するジュリエット・ビノシュは常に美しく悩み多い姿です。人物構成は一見複雑ですが、映画の展開が解りやすく、すんなり入り込めてはいけました。こういう物語では大切なことだと思います。愛憎の物語を強調しながら、原作に忠実にストーリー全体がよく表現されており、その物語のパワーで惹きつけられ、画面から目が離せない映画でした。

嵐が丘については、1920年代からたくさんの映画化作品がありますが、それぞれにいろいろな工夫がなされていると思います。この激しく技巧的な物語をどう表現しているのか、大変興味が湧いてきます。そして、この映画はストーリーを理解する為にもいいお手本になるのではないかと、現時点では考えています。

2019.12.8 HCMC自宅にてAmazon Primeよりのパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「アンナ・カレニナ(1948)」 ロシアの鉄道風景がポイントで

アンナ・カレーニナは、トルストイの超巨編小説。分厚さに恐れをなして読んだことがありません。カラマーゾフの兄弟にはチャレンジしましたが、途中で放棄しました(笑)。そんな長い小説でも2時間程度で楽しめれば儲けもの、ということで鑑賞します。何度か映画化されていますが、今回挑戦するのはヴィヴィアン・リーのもの。ジュリアン・デュヴィヴィエ監督のイギリス映画で、1948年の作品です。

あらすじ
政府高官カレーニン(ラルフ・リチャードソン)の妻アンナ(ヴィヴィアン・リー)は、兄夫婦の諍いの仲裁のため、モスクワにやって来ると、若き将校ヴロンスキー(キーロン・ムーア)と出逢い、惹かれ合ってしまいます。一方、純朴な地主のリョーヴィン(ナイアル・マクギニス)は、アンナの兄嫁の妹キティ(サリー・アン・ハウズ)に求婚しますが、ヴロンスキーを慕うキティに断られてしまい、リョーヴィンは地元に戻り、熱心に農業経営の改善に取組むことにしました。ところがキティはヴロンスキーに思いが通じず、病を患ってしまいます。

アンナは退屈な夫の待つペテルブルクへ戻り、ヴロンスキーはアンナを追いかけ、深い関係になっていきます。カレーニンは政府高官という世間体もあり、離婚に応じず、アンナがヴロンスキーの子供を出産しても、カレーニンはこれを許したため、ヴロンスキーは絶望し自殺を図りますが、これは成功せず、退役してアンナとともに、外国に駆け落ちしてしまいました。時がたち、アンナとヴロンスキーは帰国しましたが、社交界からは締め出されてしまいます。離婚の話も、一人息子を渡すのを恐れるアンナの事情もあり、なかなか進まず、やがて、自らの境遇を嘆くアンナと、領地に戻って経営に熱中するヴロンスキーはすれ違い始めたのでした。

ヴロンスキーの愛情さえ疑うようになってしまったアンナは、ついに列車に身を投げ、生きる目的を失ったヴロンスキーは、義勇軍を編成して戦地に赴き、そして、リョーヴィンはキティと結婚し、領地で幸せな家庭を築いていたのでした。



アンナ・カレニナ(1948)

トルストイの傑作長編小説の映画化であるのですが、冒頭書いた通りで残念ながら読んでいません。というわけで、とりあえずは、あらすじを頭に入れて鑑賞しました。偉大な文芸作品でもあるので、そこここに重要な訴えかけるポイントがあるとは思うのですが、映画を見ている限りは、今一つつかみきれませんでした。やはり原作を読んだ方がいいのかと思ったのですが、考えただけでも大変そうです。

アンナの性格についても、よくわかりませんでしたが、仕切るタイプで、かつかなり場当たり的な感じがしました。もっと不倫に至るまでの気持ちの動きが欲しいです。意に添わぬ結婚と、その相手が堅物ということはよくわかりますが、さりとてそれだけではここまでに至らないような気がしました。そうすると本人の性格の問題か?ということになりますが…。それに小説には、単なる道ならぬ恋というだけでなく、人生観のようなものが重要視されているのではと思うのですが、どうも不倫物語が前面に出て、深みが今一つという感じがしました。

ということで、気に入ったのはロシアの鉄道情景。最初に登場する雪の中の列車は、大陸的な大きな車体というよりは、機関車も客車も小ぶりに見えました。これは時代かもしれません。そして、客車に貼り付いた雪が、ケーキにまぶした砂糖のようで、列車全体が砂糖菓子かと思ったほどです。クリン駅の整備員など、なかなか面白く、いろいろな暗示が展開にも上手くはまっていたと思います。あとは、衣装やセットが豪華で目を引きました。

この作品は何度も映画化されており、本国のロシアでも数回。超有名俳優を起用した作品では、グレタ・ガルボが2回、ソフィー・マルソー、キーラ・ナイトレイ、そしてこのヴィヴィアン・リー、などなど。昔の作品は、この長大な作品を商業的・娯楽的に上手く見せるために、ストーリー展開を中心に解りやすく作っているかもしれませんので、むしろ、過去の作品の上に成り立つ最近の作品を見たほうが、解釈も現代的で、逆にいろいろと人生観などが織り込まれているのではと想像します。現時点で見てみるすれば、そちらの方がしっくりフィットするのではないかなと思いました。

2019..7.7 HCMC自宅にてAmazon Primeよりのパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「チップス先生さようなら」 チップスの人徳と戦時下の学校

風と共に去りぬが席捲した1939年のアカデミー賞。圧倒的なパワーの中でも、それ以外のいくつかの作品が各賞に名を連ねています。この作品もその一つで、ロバート・ドーナットが、風と共に去りぬのクラーク・ゲーブルを抑えて、主演男優賞に輝きました。ヒルトンの小説に基づくこの作品は、サム・ウッド監督により、1939年に製作されました。

あらすじ
83歳になったチッピング先生(ロバート・ドーナット)は、長年教師を務め、すでに退職したパブリックスクールの始業式に来賓として出席しました。そして、学校の近くの下宿先に戻ると、夕暮れ時の暖炉の前で、過ぎ去りし日々の想い出にふけるのでした。

25歳のチッピングは、新任教師としてこの学校に着任しました。初日から生徒達の悪ふざけの洗礼を受けた先生は、校長先生からもプレッシャーをかけられ、教室内に厳格な規律を導入して対応したところ、エースがクリケットの対外試合に出られなくなってしまい、憎まれる存在になってしまいます。
時が過ぎ、中年になったチッピングは、ドイツ語教師マックス(ポール・ヘンリード)からオーストリアでの徒歩旅行を強引に誘われ、登山中に出会ったキャサリン・エリス(グリア・ガースン)という女性に恋心を抱き、キャサリンの帰国の見送りの時に、彼女にプロポーズ。二人は帰国後結婚することになりました。キャサリンは生徒達を家に毎週のように招待し、先生を「チップス」と呼んで、真面目一辺倒の夫の殻を破ります。授業中に冗談をもいう様になったチップスに、生徒は親しみを持ち始めるようになりました。キャサリンはいつの日かチップスは校長にもなれると信じていましたが、残念なことに、彼女は出産時に母子ともども亡くなってしまいました。

ある年、新任のラルストン校長(オースティン・トレヴァー)がスクールの「近代化」を目指し、古い考えの老教師チップスに退職を勧告しますが、彼は伝統を失うべきでないと主張し、理事会もチップスを支持。「近代化」を主張するラルストン校長を改心させ、第一次世界大戦の時期まで現役教師を続けます。そして、いったん引退したチップスですが、戦争の長期化による教員不足から終戦までということで校長に再就任。爆撃の中で授業を行いながら、戦争で死亡した名誉戦死者名簿にある、かつての同僚や教え子たちの名前を毎週日曜日に読み上げる日々が続きました。そして、1918年戦争が終結し、再び退職しました。

1933年、死の床にあるチップスは、見舞いに来た人物が身寄りのない彼を哀れんでいるのを耳にして、「何千人もの子供たちがみんな私の息子なんだ」と返答するのでした。



チップス先生さようなら

ジェームズ・ヒルトンの小説として有名な物語です。小説の成立は1934年。そして、映画は1939年にロバート・ドーナット主演で製作され、この年のオスカー主演男優賞に輝きました。1939年は、風と共に去りぬの年で、受賞の前評判は低かったようですが、見事ロバート・ドーナットが賞を射止めました。そして、中盤で登場するグリア・ガーソンもこれが映画初出演作品でした。そんな記念すべき作品を、かつて親しんだ新潮文庫のイメージを思い出しながら見始めました。

ロバート・ドーナットが、一人で希望に燃えた新人時代、結婚のエピソードが中心の中年時代、そして退職前後の老後と、一人で3つの時代を演じ分けます。とは言っても中年時代と老後は、両方とも髭を生やしているので、見た目にそれほど大きな違いは無いのですが、そこは演技の差で際立たせているという感じでした。チップス先生は真面目で人情のある立派な先生で、その雰囲気が良く出ています。生徒たちに愛されている先生。人徳というものがにじみ出ますが、それをグレア・ガーソンが発見し、見初めたということです。

終盤は、戦地に赴く教え子や元同僚、そして次々と入る訃報とチップス先生の対応が描かれます。チップス先生が読み上げる訃報から、戦場を描かずとも戦争の不条理さが強く表現されます。そして何代にもわたってチップス先生の教え子となった家族たち。それを誇らしげに語る先生。教師冥利に尽きる一生を送ったチップス先生の晩年です。こういった、末期に一生を誇りをもって穏やかに振り返る映画にはとても弱いので、大変感動してしまいました。そして、学校を描いた映画はいろいろありますが、難しいことを語らずとも、やはり学校ってみんなの思い出の場所なんだなと感じました。

2019.8.24 HCMC自宅にてAmazon Prime よりのパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

プロフィール

torrent13

Author:torrent13
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR