
「見知らぬ医師」 前半は良かったのに…

あらすじ
1960年。パタゴニアにひとりのドイツ人医師が訪れ、目にとめた未発達の少女リリスに興味を持ち、その家族のロッジに逗留する。その医師は、潜伏逃亡中のアウシュビッツの医師メンゲレ。彼は自分の興味を実現するため、巧みに家族に取り入っていく…。
メンゲレは偽名で潜伏中のパタゴニアで、発育不良の少女リリスに目を留めます。そしてその家族に近づき、家族が経営するロッジの長期滞在の客となります。このあたりの話の進み方は、いかにもストーカーっぽくて、うさん臭さがプンプンします。やがて彼は、発育を促進させる処方を母親とリリスに持ち掛けます。母もリリスも学校で小さいということでいじめにあっている状況で、すんなりと受け入れてしまいました。
また、母も双子を懐妊したことから、アウシュビッツ時代に双子を人体実験の道具にしてきたメンゲレの目を引き、母親にも投薬を始めます。メンゲレはその様子をデータ化し、克明に記録していました。
一方で、潜入しているモサドのノラは、メンゲレ発見の報告をしますが、モサドはアイヒマン確保を優先し、今は動かないという伝達を送ってきます。父の人形職人であるエンゾは、メンゲレを胡散臭げに思いながらも、メンゲレの支援を受けてきましたが、母子に副作用が出始めてメンゲレの行動を知り、彼を遠ざけようとします。そこで、アイヒマン逮捕のニュースが入ると同時に、双子の出産。しかし、赤ちゃんの様子が思わしくなく、メンゲレは実験体を手放したくないのか、医師として応急治療にあたりつつ、逃亡を準備しました。そしてモサドが踏み込んで来ると入れ替わりに、再び逃亡するところで映画は終わります。

メンゲレがアウシュビッツで行ったことは、彼の名をここに書くことすらおぞましく思えるようなことですが、その迫りくる恐怖を静かに表現していて、このあたりは非常によく出来ていると思いました。ストーカー的に登場してくるところも、なかなかのもの。執拗に近づき、入り込んできます。そして、いかにも善人のように家族を助け、人形の量産の出資までする。手の込んだことをやってきます。そして、実験体である家族の、投薬後の様子を克明にデータと挿絵で記録している。ぞっとするような解剖図です。
一方で、最後まで見て違和感を覚えました。後日談の部。メンゲレが逃亡を続け、ブラジルで溺死した。これは事実だからいいのです。逃亡中も実験を続けていた。まぁ、これはよく知りませんが、多少なりとも事実かもしれません。その翌日モサドのノラが殺された。これは要らないでしょう。これで一気に話の焦点がずれてしまいます。
映画の中でも度々伺えますが、メンゲレの周りには彼を幇助する集団がいて、組織だった活動をしているようです。この一言によって、そちらの方がクローズアップされてしまい、話の焦点がナチス残党対イスラエルのスパイ集団の闘いにもっていかれてしまいます。せっかく積み上げてきた、メンゲレの恐怖が台無しです。そちらを描きたいのなら、メンゲレの一時の滞在を切り取ったようなストーリーでは無理があると思いますし、そこに至る伏線も不十分です。
そうしてみれば、実話に基づくと言いながらも、実話を利用した焦点の定まらないフィクションに思えてしまいました。目の前を飛行艇で華々しく脱出して、翌日スパイが死体で発見されたって、別に007を見ている訳じゃないのですから。いつの間にか消えていて、ノートが残されていたでいいと思います。今まで見せてきたストーリーは何だったのという印象が残ってしまいました。結局この映画は何だったのだろうという印象で終わってしまいました。