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「不機嫌なママにメルシィ!」数奇な生い立ちを語る一人舞台

フランスのコメディではないだろうか、と思っての鑑賞です。実際、確かにコメディではありますが、かなりシリアスなテーマもあり、また家族のテーマでもありました。2013年のフランス・ベルギー合作で、監督は、ギョーム・ガリエンヌ。カンヌでは監督週間で上映され、SACD賞、C.I.C.A.E.賞を受賞。セザール賞では作品賞以下いくつかの部門で受賞しました。

あらすじ
舞台裏で準備をするギョーム(ギョーム・ガリエンヌ)。声がかかり、ギョームの一人舞台が開演し、その内容に応じて、過去の物語が映し出されていきます。

ギョームは、エレガントな母(ギョーム・ガリエンヌ・二役)の影響を受け、成長していきます。スペイン語を習いたいと申し出たギョームは、母の準備したホームステイ先に渡航。フランス語が全く通じず、フラメンコのパーティーに出るため、女主人に踊りを習いますが、それは女性の踊りで、当日は嘲笑の的になります。しかし、女っぽいことを逆に喜ぶギョームなのです。彼は、自分が母親に間違われるほど母親の仕草を真似して育っていました。母はギョーム対してはいつも不機嫌で、ギョームは運動はすべてダメ、女性的な習い事を希望すると、父(アンドレ・マルコン)にすべて黙殺され、ギョームは自分の部屋で、ブランケットをドレスのように巻き、空想の中で女性になって遊んでいると、父に見つかり、男子校の寄宿舎へ入れられてしまいました。

寄宿舎では、ゲイだといじめられ、その事実を知った両親は、今度はイギリスの寄宿学校へ転校させます。イギリスでは、ジェレミー(チャーリー・アンソン)と親しくなりますが、彼が他の女生徒と深い仲になっているの知り、ショックを受けます。ギョームは自分をゲイだとは思っていませんが、女性の仕草に魅力を感じ、細かな仕草までまねするようになり、両親はついに、彼をカウンセリングに通わせますが、全く改善の兆しはありませんでした。そこで、荒療治として、モロッコ旅行時に、ゲイのクラブに送り込み、彼に目をつけた一人の男が、彼を連れ帰りますが、ギョームがアラブ人でないとわかり、追い出されてしまいました。

彼は、今度は逆に女の子たちのパーティーに招かれ、そこで出会ったアマンディーヌ(Clémence Thioly)の美しさに恋をしてしまいます。ある日、彼をゲイだと言い張る母に、アマンディーヌと結婚したいという事と、母がなぜ不機嫌かについても解ったと打ち明けます。母はギョームが他の女に恋をするのが嫌で、元来女の子を欲しがった母は、ギョームを女の子のように特別扱いしていたのでした。

舞台上ではギョームの一人舞台も終わりを迎え、客席には母も来ていました。楽屋に戻ると、花と一緒に母からのメッセージが届いていたのでした。



不機嫌なママにメルシィ!

とりあえず、見始めて、ひとり舞台で主人公のギョームが語る話が、映像化されていくものと理解。ギョームの母への賛辞から始まって話が進んでいきます。ギョームは母のことをエレガントといいますが、あまりそんな感じは受けず、強引でパワフルな母親の様に思えました。そして、LGBTの話かなとも思いましたが、どうも、決定的でもないし、まぁ、マザコンであることは間違いなさそうだなと思ったりしていました。ギョームは母からゲイと指摘され、ゲイということと、自分が女の子と思うことに一線を引くところなど、ちょっと複雑に感じました。

そして、結論としては普通に男性でしたが、その時、常に女の子を持ちたいと思っていた母親の、複雑な気分が表現されていきます。そんな母の影響もあって、いろいろと回り道をしつつ、複雑な性格を宿していったギョームですが、その変遷を見つついろいろと考えてしまいます。LGBTと表現されるものについて、一元的固定感でくくってしまっていたことも結構多いのですが、こうしてみると、なかなか幅広いと思いました。性嗜好が絡むところや、同一世障害までいろいろで。内容や表現など多岐にわたるようです。

とまぁ、見終わっていろいろ調べているうちに、やっと気づいたのですが、ギョームとママは二役だったのですね。全くわかりませんでした。それも、自らの経験が元になっているという事で、なかなか説得力があります。そうしてみると、ギヨーム・ガリエンヌは、監督脚本、そして主演男優、主演女優といくつもの役をこなしながらの作品なんですね。驚きました。内容としては、LGBTをテーマにしつつ、家族と成長の姿を現す、面白いドラマであったと思います。

2020.5.18 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞
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テーマ : 映画レビュー
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「あさがくるまえに」 素晴らしい叙情表現を体験する時間

雰囲気のよさそうな、フランス映画があったので、見てみました。2016年のフランス・ベルギー合作映画で、監督はカテル・キレヴェレ。これが、長編3作目になります。ヴェネツィア国際映画祭では、オリゾンティ部門にノミネートされました。

あらすじ
夜明け前、シモン(ギャバン・ヴェルデ)は隣に眠るガールフレンドと目を交わし、窓から外に飛び出していきます。そして友人と合流し、サーフィンを楽しんだ帰途、友人の居眠り運転で脳死となってしまいました。臓器移植コーディネーターのトマ(タハール・ラヒム)は両親に、臓器提供を求めますが、父親は声を荒げて帰ってしまいます。父親が帰る途中、渡された息子の携帯に恋人からの電話が入ります。そして、家についた両親は、息子を思い出しながら決意を固め、再びトマの元を訪れて、目以外の移植に同意するのでした。

音楽家のクレール(アンヌ・ドルヴァル)は心臓が末期的症状であると自覚していました。二人の息子のうち、兄が母親を支え、弟は遠くから時々帰ってくるだけです。そして、生きるには心臓移植しかないと告げられ、人の心臓を使ってまでと悩むのでした。クレールはあるコンサートにやって来て、演奏が終わると、かつての同性の恋人である奏者と言葉を交わし、彼女は病気を知らせてくれなかったと憤りますが、クレールは「私といたら、今のあなたの成功は無かった」と答えました。夜もふけた頃、クレールの主治医のもとに、あるドナー仲介者から連絡が入りました。

トマは、降り立った医師を飛行場で迎えます。クレールにも連絡が入り、息子を待つので待ってほしいと話します。もしかして二度と会えなくなるかもしれないと、クレールは涙を浮かべます。シモンの心臓摘出手術が開始され、「血流遮断」と医師が告げた時、トマは、シモンの耳にイヤホンをはめました。恋人が選んだ波の音が流れていました。摘出された心臓は、飛行機で運ばれていきます。トマはシモンの体を丁寧に拭き、母親にメールを送ります。そして、母親は、メールを夫に見せ長い間寄り添いました。クレールの移植手術も順調に進み、心臓が動き出しました。翌朝、手術室の前では、クレールの息子たちがもたれ合って眠っていました。手術から目覚め、眩しそうに目を開けたクレールの目から、涙が今にもこぼれ落ちようとしていました。



あさがくるまえに

脳死となってしまった青年と、移植手術を受け入れる女性の物語。その一連の動きが順を追って丁寧に描かれていると思いました。前半は、恋人の部屋を抜け出した青年が、早朝のサーフィンの後交通事故で脳死状態に。そして、その両親が息子の臓器移植を受け入れる葛藤が描かれています。後半は、心臓に疾患を抱え、歩くこともままならない女性の話。重大な手術を受け入れる家庭が丁寧に描かれています。そして、それをつなぐ医師や関係者の行動があります。

表現の方法が秀逸と思いました。核心の場面を直接語ることをしません。前後の様子から、その葛藤を想像させる手法です。どう想像するかは、見るものにゆだねられています。事故の場面は実際のクラッシュは描かれず、極度に詩的な表現でその悲劇が表現され、迫力があります。両親の判断の場面もなく、前後の事実があるだけですが、その前後の俳優の言動でその葛藤を表現します。そして、手術の時に息子が現れない情景で、これでもう会えないかもしれないという大きな不安が表現されます。

こういった間接的な表現ですべてが語られていく映画。ラストの目覚めの表情も含めて、これは上手いなと思いました。すべてを見終えた後でも、映画の中で流れる情感に漂いながら、独特の世界に連れて行ってもらった感じがしました。そして、コーディネーターが波の音を聞かせる場面は大変感動的でした。クレール役のアンヌ・ドルヴァルさんは、なかなか雰囲気があって良かったと思います。カテル・キレヴェレ監督は、これが日本初公開とのこと。いろいろと見てみたいと思いました。

2020.02.12 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「オーケストラ!」 ソ連共産党時代の回顧と風刺をこめて

ボリショイ交響楽団を題材にした映画と言うか、かつてのソ連政権下を代表する楽団ということで、名前を使ったという位置づけかと思います。2009年のフランス映画で、監督はラデュ・ミヘイレアニュ。ゴールデングローブの外国語映画賞ノミネート、セザール賞や、ダヴィド・ディ・ドナテッロ賞の受賞もあります。

あらすじ
ボリショイ劇場の指揮者だったアンドレイ(アレクセイ・グシュコフ)は、ブレジネフ時代に解雇され、今では劇場で清掃員の身。ある日、支配人の部屋を掃除中、パリからの出演依頼のファックスが入り、アンドレイはそのファックスを奪うと、かつてのオーケストラの仲間を集めてパリで演奏をすることを思いつきます。友人のチェロ奏者のサーシャ(ドミトリー・ナザロフ)に計画を持ち掛け、活動開始。交渉役として、かつて自分を解雇した共産党員ガヴリーロフ(ヴァレリー・バリノフ)にやむなく頼みました。曲目はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲、ソリストはアンヌ=マリー・ジャケ(メラニー・ロラン)を指名しました。アンヌ=マリーは快諾しますが、アンドレイを知るマネージャーのギレーヌ(ミュウ=ミュウ)は、思惑を察知し警戒します。アンドレイは二週間の間に、30年ぶりの昔の仲間を集め、ビザはジプシーのヴァイオリニストが、空港で偽造パスポートを仕上げました。

ホテルに着くと、団員たちはお上りさんなみに大騒ぎ。まずギャラを要求すると、それぞれ行きたい場所へ解散してしまい、アンドレイはリハーサルには来るように叫びますが、翌日来たのはサーシャとスポンサーだけ。現れたアンヌ=マリーは、茫然としますが、サーシャが演奏し、現れたジプシーのヴァイオリニストが演奏すると、アンヌ=マリーは、半信半疑で納得し、リハーサルも行われませんでした。その夜、アンドレイとアンヌ=マリーは予定通りディナーに向かい、その最中、アンドレイはかつて自分が指揮をしていた頃の事を話し始めます。それは、今は無きレアというソリストの話で、最高の芸術を目指していたコンサートで、政府の介入により中止にさせられたのでした。アンヌ=マリーは、それを聞いて、自分はレアではないと話し、キャンセルしてしまいます。

アンヌ=マリーの元へサーシャがやってきて、一緒に演奏会をすれば両親が見つかるかもしれないと話します。ギレーヌに育てられたアンヌ=マリーは両親の秘密を知りたがっていたのです。ギレーヌは手紙と、レアのコメント入りの楽譜を置いて出て行きます。アンヌ=マリーはレアの書き込みを見て会場に向かいました。団員たちの携帯には、「レアのために戻れ」というメッセージが届き、無事全員が揃って開演。ブランク30年後のぶっつけ本番が始まりました。アンヌ=マリー奏でる、レアとアンドレイの音楽に団員たちの30年前の音楽が蘇えります。レアは、アンヌ=マリーの母親で、アンドレイがかばおうとしたユダヤ人演奏家の一人。しかし、コンサートを妨害され、収容所で亡くなりました。当時団員だったギレーヌが、アンヌ=マリーを隠して亡命したのでした。演奏は大喝采を浴び、好評を得て、一行は世界一周公演に向かいました。



オーケストラ!

久しぶりにオーケストラものの鑑賞です。オーケストラの映画は基本的に大好きなので、今回はどんな感動があるのか楽しみ。いろいろな運命を背負った楽団員たちが、まとまっていって感動の音楽を紡ぎだすというのがけっこう好きなのです。で、今回は、指揮者フィリポフの再生の物語。ボリショイ交響楽団といえば、ソ連時代はレニングラードフィルと双璧をなす名オーケストラで、スヴェトラーノフやロジェストヴェンスキーなど、ソ連の重鎮が指揮した、ロシアらしい金管の咆哮が聴かれるオーケストラというイメージが残っています。また、共産政権下でいろいろな逸話もあるのでしょう。

ストーリーは共産政権下の出来事や、共産党の現状のパロディ、そして、ロシアに対するイメージなどをふんだんに取り込んだコメディで、次々といろんなあり得ないことが起こるというところは、フランスのコメディらしくもありました。ストーりー自体は、あり得ないようなことが、ノンストップで次々と起こって笑わせてくれます。真面目なストーリーの部分もありますが、ちょっと霞み気味くらいです。そして、過去の悲劇を乗り越え、亡き母の為に集まった楽団員たちは、その娘をソリストに迎えての、最後の名演奏へとつなげていくという、見始めたら目が離せない、見事な展開です。

マーラーの巨人がこの映画でも出てきますが、本当にこの曲はいろいろな映画でよく使われると思います。出てくれば自己主張して雰囲気を作ってしまうという曲で、改めて凄いなと思いました。ラストのチャイコフスキーは通俗曲の部類ですが、じっくり聞かせて、いろいろなフラッシュバックや、演奏者の表情を映し出し、いい場面を作っていると思いました。ソ連共産党時代への懐古趣味も含めたパロディは、あの時代には戻ってはならないというメッセージも含まれ、更にロシア社会への風刺も詰まった、面白いオーケストラ映画でした。

2020.5.14 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「ニキータ」 未だに鮮烈さを失わないベッソン監督の名作

絶対見た事あると思うのですが、最近、フィフスエレメントとか、レオンとか見たので、ものはついでという事で、鑑賞です。1990年のフランス映画で、リュック・ベッソン監督作品。ゴールデングローブで外国語映画賞のノミネート。セザール章では、アンヌ・パリローが女優賞を受賞しました。

あらすじ
ニキータ(アンヌ・パリロー)は薬を求めて、仲間と薬局を襲撃し、警官隊と銃撃戦になります。隠れていたところに、話しかけてきた警官を射殺し、終身刑となったニキータは大暴れ。薬を打たれて意識を失い、気が付くとボブ(チェッキー・カリョ)という男が現れ、死亡を偽装されたニキータに、秘密工作員の訓練を打診、ニキータはしかたなく承諾しました。反抗的な態度のニキータをボブは我慢強く指導し、なんとか軌道に乗せ、あらゆる技術をマスターさせます。そして、3年後の誕生日に、初めてボブ同行で外出を許されたニキータは、レストランで卒業試験として、暗殺指令を受け、見事任務を成功させました。ボブとニキータには特別な思いもありましたが、任務の為一旦お別れとなりました。

ニキータはマリー・クレマンという看護師を装い、一人で生活を始めます。スーパーのレジ係の、マルコ(ジャン・ユーグ・アングラード)という青年と恋に落ちたニキータは同棲を始め、婚約して幸せな生活を築きながらも、容赦なく入って来る任務をこなしていきます。そしてボブから、ソ連大使が本国へ送っている機密情報を暴く任務を与えられ、ニキータがメンバー選定をし、取り組み始めました。そんな中、マルコはニキータの行動に不信を抱き始めます。そして決行の日、ニキータはソ連大使に近づくことに成功しますが、状況が一変。本部が清掃人ヴィクトル(ジャン・レノ)を送りこみ、強引なやり方に転換させられます。ニキータは大使館に潜入し、機密情報入手に成功したものの、銃撃戦となり、犠牲者が多く出たことにニキータは動揺しました。

その夜、心身ともに疲弊したニキータに、マルコは仕事を辞めるように話します。マルコはニキータの仕事に気付いていたのです。ニキータはマルコの深い愛情に涙し、一人でマルコのもとから逃亡します。機密情報と共に消えたニキータを捜しに、ボブはマルコの家に訪れます。事情を知っているマルコは、ボブにニキータを守るように依頼しますが、ボブは機密情報を持っている以上は、危険な状況だと話します。マルコはニキータから預かったマイクロフィルムを差し出し、ボブあての手紙は捨てたと話します。手紙の内容が気になるボブは、内容を尋ねますが、マルコはお互い寂しくなりますねと返すのでした。



ニキータ

たぶん、前回見てから、25年くらい経過していると思います。妻が借りてきた貸しビデオを一緒に見たというのが最後でしょう。そして、この映画、今見ても鮮烈さを保っています。やはり、薬局の襲撃と、警官の射殺、それに続くニキータの訓練シーンが素晴らしいと思います。完全に壊れた演技に、どんどん引き込まれています。これまで徹底して描くからこそ、後半の話が生きてくるのでしょう。素晴らしい、導入部と展開です。

一転、ヴェネツィア旅行は、幸せいっぱいという感じです。しかし、当然組織がただで航空券を渡す訳がありませんね。お約束通り、指令が飛び込んできました。バスルームからの狙撃は、緊張感のあるいいシーンです。そして、最後はジャン・レノの乱入です。ぐちゃぐちゃになりますが、なんとか脱出し一息ついたと思ったら、ジャン・レノが…。さすがに、自分が進めてきた作戦を、こうも死体の山にされてショックを隠し切れないニキータでした。ここは、ちょっと秘密工作員の活動としては、暴れすぎですね。

ヒロインのアンヌ・パリローですが、最近見たフィフスエレメントのミラ・ジョヴォヴィッチと、似たような雰囲気の演技のような気がしました。純粋で壊れている感じ。リュック・ベッソン監督の好みでしょうか。この物語の後半に登場したジャン・レノを引き継いで、レオンが製作されますが、私としてはニキータの方が断然好きです。引き締まって無駄のない、筋の通った娯楽作品になっていると思います。そして、勿論アンヌ・パリローが素晴らしいのは謂うまでもありません。

2020.5.11 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「レオン」 90年代のリュック・ベッソンの名作を鑑賞

IMDbのレートでは随分高い位置に入っている映画。つまり人気の名作という事ですが、いままで見逃していました。とうことで、じっくり鑑賞してみます。1994年のリュック・ベッソン監督による作品。フランス・アメリカ合作で、ゴーモン社などの製作です。

あらすじ
レオン(ジャン・レノ)はプロの殺し屋で、レストラン経営者のトニー(ダニー・アイエロ)の世話で仕事をしていました。ある日、レオンの住むアパートの一室に、麻薬捜査官スタンスフィールド(ゲイリー・オールドマン)の捜査が入り、その一家はスタンスフィールドに惨殺され、たまたま外出していたマチルダ(ナタリー・ポートマン)をレオンが救いました。 マチルダは弟のマイケルの復讐を誓い、レオンから殺し屋の技術を教わることにします。レオンも根負けし、共に暮らしながら技術の手ほどきをしていきます。まだ12歳のマチルダは、レオンに恋をしたと告げますが、過去のあるレオンは受け入れませんでした。

スタンスフィールドは麻薬捜査官ではありましたが、この町の麻薬取引の背後には、必ず捜査官が絡んでいました、マチルダは、レオンが一人で仕事に行ってしまった日、麻薬取締局に潜入し、逆にスタンスフィールドに捕らえられてしまいます。マチルダの置き手紙で行き先を知ったレオンは、スタンスフィールドの手下を殺し、マチルダを奪い返しますが、部下を殺されたスタンスフィールドは、トニーのところにレオンたちの話を調べに行きます。実は、スタンスフィールドが、トニーを介してレオンに仕事を依頼していたのでした。 そして、警官隊を使って、レオンの住むアパートを包囲し、突入させました。

大量の警官隊からの襲撃を受けたレオンとマチルダは応戦しつつ、マチルダを先に逃がし、レオンも突入部隊に変装して、建物から脱出します。その時、スタンスフィールドがこれを見破り、背後からレオンを撃ち、倒れたレオンにスタンスフィールドが寄ってきたところで、レオンは体に巻き付けた手榴弾のピンを抜いて、道連れにしたのでした。残されたマチルダは、トニーの庇護を受けながら、学校の寄宿舎に戻り、レオンの根を下ろした生活をしたいという希望を想い、形見となった観葉植物を、学校の庭に植えるのでした。



レオン

完全版での鑑賞でした。不完全版は見ていないのですが、リュック・ベッソンが本来製作したかったのがこの完全版という事で、不道徳と言われカットした、マチルダの殺し屋の練習や、愛の告白など22分が付加されたものという事です。私自身としては、この映画を見て、すごく感動した!というまでは至らなかったのですが、挿入した部分が冗長という感じを持ったのかもしれないので、もし、不完全版を見ていたら、もっと引き締まった映画になっていたのかな?とも思ったりしました。

ナタリー・ポートマンは、当時13歳?どう見ても、子供子供したところがあって、アンバランスさが出ていました。女であることと、子供であることを両方狙った感じでしょうか?ちょっと微妙でした。ジャン・レノとゲイリー・オールドマンは素晴らしいと思いました。ゲイリー・オールドマンはフィフス・エレメントでも同じようなことをやっていました。かなりの怪演です。スタンスフィールドは、普段は言っていることは安っぽいのですが、いざとなると、迫真の演技になっていました。

見ている途中で、ロバート・デ・ニーロと、ジョディ・フォスターのことが、頭の中にチラチラし始めてしまい、どうも、知らず知らず、そっちの雰囲気を期待してしまったのかもしれません。途中から、自分の求める雰囲気は、あちらの方だったのでしょう。レオンは、もっと純粋で優しい映画だったようです。という訳で、面白かったのですが、すごく感動したという訳でもなく、有名な映画という先入観に囚われて、いろいろと比較してしまって、素直に見れなかったのかもしれません。

2020.5.1 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「フィフス・エレメント」SFファンの愉しみが詰まった映画

題名は承知していましたが、なんとなく見過ごしていた映画の鑑賞です。ミラ・ジョヴォヴィッチの映画をいくつか見ていたというのが動機でした。1997年のフランス映画で、フランス大手のゴーモン社の製作で、フランス・アメリカ合作。監督は、リュック・ベッソンです。主演は、アクションの名優、ブルース・ウィリスですね。オスカーでは音響編集賞のノミネートがありました。

あらすじ
1914年エジプト。考古学者が神殿に描かれた古代文字、火・水・土・風の4要素に囲まれた5つ目の謎に近づいた時、空から巨大な宇宙船が舞い降り、未来の地球を救いに来ると約束し、4要素の石を持ち帰ります。そして、300年後。地球に謎の球体が接近。攻撃を吸収しながら巨大化していきます。コーネリアス神父(イアン・ホルム)は、宇宙最高の知力を持つモンドシャワン人が4つの石を持って助けに来ることを告げますが、妨害に合い墜落。研究者たちは見つかった腕から、美しい女性の体を持つモンドシャワン人を再生しました。 しかし、彼女は研究室から逃走し空中にダイブしてしまいます。

タクシー運転手のコーベン(ブルース・ウィリス)が、いつものようにタクシーを走らせていると、不思議な服に身を包んだ女性が降ってきます。知らない言葉を話すその女性はリー・ルー(ミラ・ジョヴォヴィッチ)という名前で、どうやら追われているらしく、コーベンは耳慣れない言葉の中に、コーネリアス神父の名前を聞き、彼の元へ連れて行きました。そして、モンドシャワン人たちが石板を歌姫ディーヴァに託したことが分かります。ディーヴァは、ちょうど翌日フロストン・パラダイスというリゾート星でコンサートを行う予定で、マンロー将軍(ブライオン・ジェームズ)はコーベンに、石を探し出す任務を与えました。コーベンとリー・ルーは、武器商人ゾーグ(ゲイリー・オールドマン)の妨害を振り切り、コンサート会場にたどり着きました。

しかし会場をゾーグに雇われたマンガロワ人が襲撃。舞台にいたディーヴァが撃たれます。瀕死のディーヴァは、石板は自分の体内にあることをコーベンに告げ、石板を手に入れたコーベンは、DJ・ルビー(クリス・タッカー)の力も借りて敵を一掃。フロストン・パラダイスに仕掛けられた爆弾が爆発する寸前に、宇宙船で脱出に成功し、ナイルの神殿にたどり着きます。一行は、まず4つの石を台座に設置し、球体が地球を飲み込む寸前に、5つめの謎、リー・ルーとコーベンの愛の力を出現させると、システムが稼働し球体を撃退。地球の危機は回避されたのでした。



フィフス・エレメント

素直に、楽しかったです。7~80年代のSF映画のエッセンスを詰め込んで、コメディに仕立てましたという感じを受けました。リュック・ベッソン監督が若いころから書き溜めてきた話という事で、そうしてみると何となく頷けるものがあると思います。いろんな映画へのオマージュが詰まっていて、あくまでも明るく楽しく構築したという感じでしょうか。直接的では無いにしても、見ているだけ、スターウォーズ・スタートレック・インディジョーンズ・ブレードランナー・エイリアンなど、なんとなく頭の中をよぎっていきました。

俳優では、ブライオン・ジェームズが出ているのが嬉しかったです。やはり、ブレードランナーのリオン役が頭に焼き付いているので、あの時の様子を思い出してしまいました。なかなか凶悪な演技が似合う性格俳優だったので、凍ってしまうと思わず笑ってしまいました。彼のガチな悪役場面、いろいろ見返して見たいと思いました。ミラ・ジョヴォヴィッチにとっては、これがブレイクした作品で、以降アクション女優として大成していきます。リュック・ベッソンが監督賞とか取っている映画なのに、彼女はこれでラジー賞候補になっているのが面白いところです。

こういった作品なので、新たなドラマとか、新しいSF映画的発見とかに感じ入るということはないのですが、コメディとしては最高で、ラストも愛は地球を救うで締めていただいたので、楽しい映画だと思いました。

2020.4.5 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「小間使いの日記」 衣装とそれを纏うレア・セドゥが美しい

レア・セドゥの映画ということで注目しました。原作は、フランスの作家、オクターヴ・ミルボーによる小説「小間使の日記 (1900)」で、これが4度目の映画化になります。ブノア・ジャコー監督による、フランス・ベルギー合作作品。2015年の映画でした。賞関係では、ベルリン金熊賞ノミネートがあります。
(別題:あるメイドの密かな欲望)

あらすじ
女性セレスティーヌ(レア・セドゥ)は、メイドの紹介所に登録していて、新しく紹介された田舎の屋敷で働き始めます。そこでは、気難しい女主人(クロティルド・モレ)にいじめのような小言を言われ続ける毎日で、かつその主人(エルヴェ・ピエール)も、以前にメイドを妊娠させたほどの好色漢で、彼女は執拗にちょっかいを出してくる主人に悩まされていました。その屋敷には、料理女のマリアンヌと庭師のジョゼフ(ヴァンサン・ランドン)も住み込みでいました。ジョゼフは不愛想な男ですが、セレスティーヌとジョゼフはお互いに興味を覚えます。

セレスティーヌは、今までのメイド生活でいろいろな場面に出くわしていました。ある女性のメイドだった時には、その女性が隠し持っていた大人のおもちゃが税関で見つかったこと。老齢の女性のもとで、病弱な孫の面倒を見ていた時、体の関係を持ってしまうと、行為中に喀血して死んでしまったこと。街で高級娼館に誘われたこと。高慢な主人の雇用を即座に断ったこと、などなど…。そのような経歴の中で得た仕事中に、母親が亡くなったという知らせが入り泣き崩れますが、主人からは冷たく、それでも仕事はしてねと言われるだけでした。

ある晩、セレスティーヌはジョゼフから、カフェ経営のアイデアを持ちかけられます。自分と結婚してこの屋敷を抜け出し、ジョゼフのカフェで主人をしながら男に媚を売ろうというものです。セレスティーヌはその場は保留しますが、後日同意し、ジョゼフとセレスティーヌは、資金源として屋敷の高価な品物を盗み出します。そして、その事件は迷宮入りしました。ジョゼフは暇乞いして屋敷を去り、残されたセレスティーヌはしばらくの間、女主人といい関係を築いていきますが、やがてジョゼフが迎えに来ると、セレスティーヌは主人に暇を告げ、迎えに来たジョゼフとともに、移住先に向かうのでした。



小間使いの日記

オクターヴ・ミルボーは19世紀末を主に活躍したフランスの作家。ブルジョワに対する嫌悪感が強く、この作品では、召使を奴隷制度と見立て、ブルジョワの道義的腐敗と、虐げられる召使を描いていく小説とのことです。かつては、新潮文庫や角川文庫でも出ていたらしいので、探せば読むことができると思います。召使は、真人間とは認められず、主人によって気まぐれにこき使われ、セックスワーカーでもあり、常に侮辱され、疎外される存在という風に主張される小説とのこと。

小説を読んでいないので、解りませんが、映画を見た感想としては、確かにこのようなことをされてはいるものの、レア・セドゥの演じる小間使いもなかなか強く、この文字で書かれたほどの激しさは感じられませんでした。時代が変わってかなり穏やかになったのでしょうか。セレスティーヌとて、だてに召使をやってきた訳ではなく経験を積み重ねており、ブルジョワへの憎悪をもって、対処していきます。その仏頂面と、激しい捨て台詞がなかなか爽快なのです。

そういった生活を長々と送って、閉塞感を感じるセレスティーヌは、内容はともあれジョゼフと結婚し店の女将に納まるという誘いが、絶好の転機と思えたのかもしれません。即答はしませんが熟考して、今の境遇から抜け出すべく承諾し、馬車に乗った時は新たな決意を語っていました。映画としては、目標の定まらない作品になっていたように思います。元来の小説の主張と、美意識に走った映像がうまく溶け合っていないような。難しい物語は置いておいて、美しい衣装を着たレア・セドゥを見るという事に集中して楽しみを見出した方がいいのかもしれません。映像は非常に美しい映画です。

2020.2.4 HCMC自宅にてAmazon Primeよりのパソコン鑑賞

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「ボヴァリー夫人とパン屋」名作に準えた展開と皮肉な結末

ちょっと前に、ワシコウスカのボヴァリー夫人を見たのですが、今回はそのボヴァリー夫人の派生作品という事で、「ボヴァリー夫人とパン屋」です。原題は、Gemma Boveryですが、この邦題も内容からしていい感じですね。2014年のフランス映画で、監督はアンヌ・フォンテーヌです。

あらすじ
物語は、チャーリー(ジェイソン・フレミング)が妻のジェマ(ジェマ・アータートン)の遺品を整理しているところに現れたマルタン(ファブリス・ルキーニ)が、ジェマの日記を持ち帰って読み始めるところから始まります。

ノルマンディーでパン屋を継いだマルタンの家の隣に、英国人のチャーリーとジェマ夫妻が引っ越してきました。苗字がボヴァリーと聞いたマルタンは、偶然の一致とジェマの美しさに久しぶりに興奮を覚えます。そして、停電の修復を手伝ったお礼にボヴァリー家に招かれたマルタンは、ネズミ対策の殺鼠剤の使用に猛然と反対します。マルタンは、ヒ素で自殺したボヴァリー夫人と重ね合わせたからです。ある日、マルタンが道でジェマと出会った時、彼女はハチに刺され気絶してしまいます。マルタンはそこに通りかかった、司法試験の勉強のために古い館に帰省していたエルヴェ(ニールス・シュナイダー)の助けを借りて、ジェマを病院へ連れていきました。

ある日、町の市場で再会したジェマとエルヴェの様子を、マルタンがじっと眺めていました。ボヴァリー夫人の不倫の始まりと重ね合わせていたのです。そして、実際二人は不倫の関係に走っていきます。これを見張っていたマルタンは、不倫の末に自殺したボヴァリー夫人と同じ運命を辿らぬよう、小説の不倫相手からの別れの手紙に倣い、エルヴェを騙ってジェマに別れの手紙を送りました。手紙を読んだジェマはエルヴェに電話しますが、ちょうど厳格な母がパリから訪ねてきていて、息子の日常を察した母はパリへ連れ帰ってしまいます。そして、妻の不倫に気づいたチャーリーも家を出てしまいます。

ジェマの元に偶然元カレのパトリックが訪ねて来ます。離婚した彼はジェマに復縁を迫りますが、ジェマは拒否し、戻ってこないチャーリーにお詫びと愛の留守電を入れます。ジェマが引越しの準備をしていると、マルタンは彼女が自殺するつもりだと勘違いし、これを止めようとした話の流れで、マルタンが手紙を送ったことが発覚してしまい、マルタンはお詫びに“ジェマ”と名前を入れたパンを差し入れました。その後、パトリックがやってきて、再度復縁を迫りますが、ジェマには全くそのつもりはなく、そこへちょうどチャーリーが戻って来ました。家に入ったチャーリーはすぐに家を飛び出し、マルタンの所にやってきて妻の急を告げました。あわててマルタンが駆け付けると、そこには、ジェマが倒れていたのでした…。

その死因と後日談については、実際の作品でお楽しみください…。



ボヴァリー夫人とパン屋

名作ボヴァリー夫人になぞらえたお話。フランスの田舎らしい映像と、美しい風景と美しいジェマということで、ボヴァリー夫人の話をなぞりながら、コミカルに、またちょっと妖艶に進んで行きます。主演のジェマ・アータートンもなかなか雰囲気が良くて、映画のあちこちで美貌を見せてくれていました。前半は、ボヴァリー夫人の恋の進展を、アントンの目と交錯させながら進み、後半に入って、アントンが贋の手紙を書いてから、いろいろな事件も絡まって話が急展開していきます。前半はジェマの映像を楽しみましょう。そして、後半はストーリーを楽しみましょうという感じでした。

それで、やはりアントンの妄想がこの映画のテーマ。頭の中のボヴァリー夫人になぞらえ、団欒の中でも思い込んでしまい、鋭い眼光を放ってしまう。そして、ジェマに魅入られてしまったアントンは、妄想が加速し妨害工作に出てしまいます。それが破局への直接原因とはなってはいませんが、正直バカな事をやっている感じです。これは、ジェマに恋してしまい、嫉妬心も交じっていると思いますので、どうしようもないですね。アントンの頭の中でも、負のスパイラルが回りはじめ、現実も並行して回っていく。そしてそのシナジーが起こっていくという感じです。アンヌ・フォンテーヌさんはこういった男心もお見通しのようで。

ラストが見事でした。このラストはネタバレしたくないので書きませんが、なるほどと思いました。というか、しっかり落ちたという感じがして、ちょっと笑ってしまいました。ほのかなコメディ基調で来ているこの作品にふさわしいラストであったと思います。最後まで見て楽しめたと思える一本でした。

2020.2.23 HCMC自宅にてAmazon Primeよりのパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「ぼくを葬る(おくる)」余命を宣告された美しい男の3ヶ月

フランソワ・オゾン監督の作品は久しぶりと思いますが、何か現在のフランス映画らしい雰囲気を持つ代表的な監督さんではないかとも思っていたりします。この映画は2005年のもので、もう15年前になるのですね。
原題はLe temps qui reste(残された時間)で、英題はTime to Leaveとなります。邦題もなかなかセンスがいいと思います。

あらすじ
パリで活躍している人気のファッション・フォトグラファーのロマン(メルヴィル・プポー)は、31歳の若さで癌により余命3ヶ月を宣告されてしまいます。化学療法を拒んだロマンは両親の家を訪ね、久々に家族4人での夕食を囲みますが、もともと折り合いの悪かった、幼い子供のいる離婚間近の姉ソフィ(ルイーズ=アン・ヒッポー)と口論になってしまいました。そしてロマンは、一緒に暮らしていた男性の恋人サシャ(クリスチャン・センゲワルト)をわざと冷たくして追い出し、その後郊外で一人暮らしの祖母ローラ(ジャンヌ・モロー)を訪ね、彼女にだけ自分の運命を知らせました。

祖母の家からの帰り道、立ち寄ったカフェで働く女性ジャニィ(ヴァレリア・ブルーニ=テデスキ)に、自分の夫に問題があり子供ができないので、自分と性交して代理父になってくれないかという依頼を受けます。ロマンは断りましたが、彼女の願いは心に引っ掛かり続けます。やがてロマンは仕事を辞め、孤独に死と向き合い始めると、姉と和解し、サシャとは再会してその後の様子を見届け、ジャニィの申し出を思い起こして承諾し、ロマンはジャニィと彼女の夫も交えての肉体関係を持ちました。そして時は経ち、計画通りジャニィの妊娠が判明。ロマンは自らの遺産を彼らに託すと、一人で海辺に出向きます。そして砂の上に寝転びながら、日が暮れ人々の歓声が消える頃、静かに息を引き取ったのでした。



ぼくを葬る

余命を宣告された、若く美しい男性のお話。コンパクトに美しくまとまっています。話の中で、微妙な時の流れが、花が枯れ、髪の毛をそりという形で進行していき、最後に賑わうビーチが閑散として、最後を迎える。なんとなく、ビーチに行きたくなりました。男と男の性愛シーンが目立つのもこの映画の特徴ではあるのですが、ごく日常に取り込まれているところにも好感が持てます。男と女のセックスもあります。そして、おばあさんとはそれ以上の心のつながりが感じ取れます。

それぞれの相手との最後の交わし方も、各人各様でした。姉との最後は電話。女性との交流という意味で、姉が一番深かったので、最後まで素直になれなかったのでしょうか。そして、子孫と相続先も最後に残すことができました。短い話の中に、人生の清算がいろいろ詰まって印象的です。特に、ジャンヌ・モローとの別れが素晴らしかったと思いました。祖母と孫が同じ時期に死に直面するというセリフに、いたたまれないものを感じました。

ということで、あまり非の打ちどころのない映画だと思います。映像も美しく効果的です。フランソワ・オゾン監督。それほど見てはいないのですが、雰囲気のいい作品が多い感じで、けっこう好きなタイプです。この映画はカンヌの「ある視点」のノミネート作品となりましたが、ある視点部門がはまっていると思います。俳優さんでは、主演のメルヴィル・プポーはもちろん素晴らしいのですが、やはり、ジャンヌ・モローが、さすがに素晴らしいと思いました。

2019.12.28 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「女は女である」 音楽と劇中映画が楽しいヌーヴェルバーグ

ゴダールとアンナ・カリーナの作品です。フランスのコメディらしい映画で、1961年に製作された、フランス=イタリア合作作品。ベルリン国際映画祭で、女優賞(アンナ・カリーナ)と特別賞(ジャン=リュック・ゴダール)を受賞しました。ゴダールの初カラー作品であり、アンナ・カリーナと結婚後第一作となります。

あらすじ
パリの下町の本屋でに働くエミール(ジャン・クロード・ブリアリ)は、ストリッパーのアンジェラ(アンナ・カリーナ)と同棲していました。そのアンジェラが、急に赤ちゃんが欲しいと言い始めます。そのことで、二人は全く意見が合わず、口論が絶えなくなってしまいました。エミールとしては今が一番。子供はいらないし、結婚なんかしない方が都合がいいと思っているのでした。どうしても子供が欲しいと、アンジェラは意地になり、他の男に頼んで子供を作ってもらうと宣言します。エミールは動揺しますが、あとにひけず、成り行きに任せざるを得ませんでした。

アンジェラは、同じアパートのに住むパーキング・メーター係りのアルフレッド(ジャン・ポール・ベルモンド)に頼むと言い出しました。アルフレッドは今までアンジェラを誘惑しようと、あの手この手で接近していたのでした。ある日、アンジェラはついに決心して、アルフレッドと寝てしまったのでした。その夜おそくに、エミールのもとに戻ったアンジェラは、いつも通りに枕をならべ、子供が欲しかったから、アルフレッドと寝たことを告白します。エミールは、それじゃ、今から二人で子供を作れば、生れた時はいずれにしても二人の子供になるじゃないかと言い出し、じゃあ始めまようと言って、二人は抱き合うのでした。



女は女である

ゴダールの映画はあまり見ていないので、とりあえず感じたままの感想です。まずは、いろいろと映画を登場させるのが好きですね。いろんなところに散りばめられています。音楽の使い方も面白いと思いました。というか、かなり変わっていました。これが一番ヌーヴェルバーグ的な雰囲気。最初はちょっと戸惑いましたが、なかなか面白かったと思います。そして、音楽と言えばジュークボックス。機械仕掛けで繊細なもので、すぐ壊れそう。こわれると酔っ払いが叩いて再起不能になります。かけた曲の歌詞がこれまたすごいと思いました。

テーマは、女性主導の男女関係、女性の性格が中心ですね。隣の家は男出入りが凄いけど、商売ですかね。でも、電話が使い放題なのでした。ラストは、これでいいのか?と今の時代には考えてしまいますが、当時はDNA鑑定とかなかったのかな…。これでいいという解釈でいいのでしょう。上書きすればOK!ということで…

主人公は、奔放で可愛いです。当時は新婚でラブラブだったのでしょうか。未婚の状態で子供が欲しいと言われると戸惑うのは解ります。妊娠によって未婚にケリをつけたいという発想、これは女性だけではないかもしれませんが、女性の方が強いのでしょうか?そして、最後のブラが昔風でかわいいのでした。

アンナ・カリーナですが、2019年12月14日に訃報が伝えられました。ご冥福をお祈り申し上げます。

2019.11.14 HCMC自宅にてAmazon Primeよりのパソコン鑑賞

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