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「ザ・スクエア 思いやりの聖域」 生活のリスクと思いやり

名画を見る8月その26。名画と言うと、重い映画が多くて、見ると疲れるものが多い上に、いろいろな評価が定まっている映画も多くて、コメントを書くのも気を遣うので、これだけ見続けると疲れてきました。今回は、カンヌ映画祭のパルムドール作品で、「ザ・スクエア 思いやりの聖域」 です。リューベン・オストルンド監督の作品で、2017年の映画です。

あらすじ
美術館でチーフキュレーターを勤めるクリスティアン(クレス・バング)は、女性ジャーナリストのアン(エリザベス・モス)からインタビューを受けたあと、街角でトラブルを装ったスリに会い、財布とスマートフォンを盗まれてしまいます。その日の夜、スマホのGPS機能で、貧困層の多く住む集合住宅にあると特定し、部下とそのアパートに行くと、全室のポストに、コンビニまで返却するよう脅迫の手紙を入れて回りました。その頃美術館では、新たな展示「ザ・スクエア」の準備が進んでおり、このアートを通じて貧富の格差など現代社会に一石を投じる狙いでした。広告代理店は「ザ・スクエア」の宣伝について、YouTubeを活用する方針を打ち出します。そして数日後、クリスティアンの財布とスマホは戻ってきましたが、それとは別の住人から、泥棒扱いされたことに対する報復の手紙がコンビニに届きました。

クリスティアンは部下をコンビニへ向かわせると、一人の少年が「僕と家族に謝れ!」と執拗に迫ってきました。一方、クリスティアンは、数日前にベッドを共にしたアンに、二人の関係性を巡って執拗に問いただされます。そんな混乱の中でクリスティアンは、チェックをスルーしてしまい、宣伝動画がYouTubeにアップされると、その少女が爆殺される映像が、激しい非難にさらされます。その騒動の最中、美術館主催のレセプションで、猿に扮したパフォーマーのオレグ(テリー・ノタリー)が突如暴走を始め、会場は混乱に陥り、クリスティアンが自宅に戻ると、泥棒と間違えられたと主張する少年が、クリスティアンに執拗に謝罪を要求してきました。一旦は少年を追い返したクリスティアンですが、思い直して少年への謝罪を動画に残します。そして、広告動画の責任を取って辞任会見を行ったクリスティアンは、社会責任と表現の自由の狭間で厳しい追及を受けてしまいます。数日後、少年にしっかり謝ろうと決意したクリスティアンは、彼のアパートを訪ねましたが、少年の家族は既に引っ越した後だったのでした。



ザ・スクエア 思いやりの聖域

ストーリーは単純ですが、約150分の時間をかけて、いろいろなエピソードが積み重ねられます。それは最初から、少しずれたような感じがするもので、敢えてストレスを感じさせる映像と言ったところでしょうか。赤ちゃんが会議中に背後にいたりとか、大きな音が聞こえたりとか、物を落としたり壊してしまったり。うまくいかない感じや、神経を逆なでするような事象が付いて回りました。それはまぁ、日常の「あるある」みたいなもので、仕方ないものも多い感じでした。特段の悪意がないものが多く、風刺コメディとして、ニヤニヤ笑いながら鑑賞です。アパートに脅迫状を入れて回るのが最大の悪手で、あとはまぁ、もう少しリスク管理が必要です。

さすがだなと思ったのは、トゥレット障害の人がトークショウの会場にいる場面。笑いのネタは、その場で困った雰囲気になってしまったパネラーの姿なのですが、トゥレット障害の人自体は純粋に現代美術に興味を持ってきている訳で、ややもすると、同行者が忖度して会場から連れ出すという行動にでる可能性もあると思いますが、病気を理解し、厳然とそこにいるということは立派だと思いました。社会ではいろんな場面に遭遇するので、考え方次第で対応も変わると思いますから、そのような思考を鍛えることができたのも良かったと思います。猿人の場面は仕方が無いですね。深夜の電車で酔っぱらいが大騒ぎしているのに遭遇したみたいな雰囲気で、とりあえず寝たふりから入りますか…。テリー・ノタリーのパフォーマンスは良かったです。

クリスティアンの言い訳はちょっと度が過ぎるところがありました。少年に電話がつながらず、お詫びの動画を記録している時、話がどんどん言い訳に寄っていきます。本人は後で再生してみたのでしょうか?最後は引越ししていなかったのですが、他の住民は気にしてなかったようですし、まぁ時が経つうちに忘れて行って、時々思い出して自分の汚点として反省するのではないでしょうか。また職探しから始めましょう。この映画、積み重ねられるエピソードが面白くて、次から次へと出てくるので、さほど長さを感じさせず楽しめました。内容は、日常生活で時折反省していることなので、スウェーデンの移民や貧困の問題はそれとは別にあるのですが、笑いの部分は、まぁ人間の社会はそんなものでしょうから、失敗しないよう気を付けましょう…。

2020.8.27 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞
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テーマ : 映画レビュー
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「仮面ペルソナ」 幻想的な映像表現で綴る二人の女性の人格

名画のリストによく選ばれる「仮面ペルソナ」は、1966年の映画で、監督は、巨匠イングマール・ベルイマン。実は、ベルイマンの映画は、お恥ずかしながらあまり見ていないのですが、Amazonにいろいろと出ていたので、この際いろいろ見てみようと、心して鑑賞にかかりました。

あらすじ
舞台の本番中に、突然セリフが言えなくなった女優エリサベート(リヴ・ウルマン)は、精神的にも肉体的にも問題なく、病院で療養していました。若き看護士のアルマ(ビビ・アンデショーン)は、エリザベートの看護を命じられますが、エリサベートは一言も喋らず、無表情のままです。心身ともに問題ないため、エリザベートの変化を促すために、海辺の別荘で過ごすこととなり、アルマは彼女に同行することになりました。二人での別荘生活はの中で、相変わらず一言も喋らないエリサベートと、喋り続けるアルマ。アルマは一人語りの中で、友人と海辺で過ごした時の、性的なエピソードまでも話します。
 
ある日、アルマはエリサベートが先生に書いた手紙を見てしまい、それにアルマの話の内容や、観察していると面白いというようなことが書かれていました。傷ついたアルマは、その日からエリザベートにきつく当たるようになり、ついに喧嘩になってしまいます。さすがに怒ったエリサベートに、今度は必死で許しを請うアルマ。しかし、エリザベートは聞き入れませんでした。ある日、別荘にエリサベートの夫が訪ねてきます。夫はアルマを見て「エリサベート」と呼び、間違いだというアルマですが、エリサベートがアルマの後ろに現れると、アルマは夫と抱き合い、最後に「なにもかも嘘と芝居よ!」と言うアルマに、エリサベートがハッとします。

二人になったアルマとエリサベートは、エリザベートが子供の写真を破った理由を尋ねます。しゃべらないエリザベートにアルマは自分が語るからと、その一部始終を話し、最後の二人の顔が半々に合成され、ひとりの女性の顔となります。そして、看護士の制服を着たアルマが、エリサベートに、私はあなたとは違う。などと叫び、何度もエリサベートを殴りました。朝、アルマが目覚めると、エリサベートが荷物をまとめていました。そしてアルマも、エリザベートがいなくなった別荘をきれいに片づけて、一人でバスに乗り、戻っていくのでした。



仮面ペルソナ

冒頭は、なにやら奇怪なフィルムの連続で始まりました。かなり不穏でミステリアスな空気に包まれます。そして、病院で女優の看護にあたることを命じられるアルマですが、この時点で何となくフラグがたちます。これは、2人が同一人物であったとか、あるいは逆にアルマが病人だったということになるのかなど…。いろんな映画を見てくると、この雰囲気でつい勘繰ってしまうのですね。そして、物語の前半。尺にしてもだいたい半分くらい。平穏に別荘の日々が過ぎ、エリザベートの手紙を見た段階で、再び奇妙な映像の断片が挿入され暗転。修羅場はさみながら物語は展開していきます。

この映画の解釈は、正直自信はないです。とりとめもなく書けば、最初の断片も含め、全体として虚構の中ということを示しながら、人間の持つ2つの性格、内面と外面の対立を表現していっているということでしょうか。虚構については全体の雰囲気が幻想や夢と混じりがちになるような映像や、象徴的な部屋の造形、最後に撮影シーンを入れているところなど、現実とはかけ離れた心象風景で表された世界の中のイメージです。外面と内面については、2人がそのどちらかとも思え、また、それぞれ二人とも、外面と内面を持っているということですかね。あとは、希薄な家族のつながり。最初のベッドの上の男の子はエリザベートの息子が、輪郭のまとまらない母の映像を追っているのかな?夫もどちらでもいいみたいだし…。

そういった、難解かつ理論的な物語を、素晴らしい映像表現でまとめています。やはり、この映像構成や音楽を感じると立派な映画だなぁと思ってしまいます。このような話を凡庸な表現でされてしまうと、とても作品として成立しないでしょうし、現在こういった映画をこれほど立派に製作することも、なかなか難しいのではと思いました。映像表現や演技の素晴らしさに魅了された映画と言ってもいいと思います。素晴らしい映画遺産です。

2020.2.16 HCMC自宅にてAmazon Primeよりのパソコン鑑賞

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「魔術師」 ベルイマンのストーリー展開の力強さを感じる

イングマール・ベルイマンの名作映画の鑑賞です。魔術師は1958年の映画で、1959年のヴェネツィア国際映画祭のコンペティションでは、審査員特別賞を受賞しています。その他ニューシネマ賞とPasinetti賞も受賞しました。ベルイマンの映画は、いつもなかなか手ごわいので、ちょっと構えた感じで、心して鑑賞しました。

あらすじ
魔術師の一座、魔術師ヴォーグレル(マックス・フォン・シドー)、祖母(ナイマ・ウィフストランド)、助手のアマン(イングリッド・チューリン)とシムソン(ラーシュ・エクボルイ)、司会のテューバル(オーケ・フリーデル)の5人が、森の中を進んでいくと、倒れている男を見つけました。その男はアル中の元役者(ベント・エケロート)で、助け起こして馬車に乗せますが、途中で死んでしまいます。馬車は町に入る前に、領事の館へと連れていかれます。館には、領事(エルランド・ヨセフソン)、警察署長(トイヴォ・パヴロ)、医師(グンナール・ビョルンストランド)が待ち構えていました。彼らは魔術興行がまやかしであると怪しみ、特に医師は、超常現象はあり得ない事と考えていました。署長は、翌日の昼間に魔術を披露する条件で興行を許可するとし、一座は館に宿泊することになりました。

その夜、テューバルは、館の料理番のソフィーア(シフ・ルット)を誘惑し、シムソンもメイドのサラ(ビビ・アンデショーン)をものにします。そして死んだはずの元役者が、一旦蘇生して皆を怯えさせ、本当に死んでしまいました。翌日、館では魔術が披露され、署長は一度は仕掛けを暴いて一座を笑いものにしたものの、ヴォーグレルは次々と魔術を披露し、逆に署長を笑いものにします。しかし、魔術に導かれた館の使用人(オスカー・ジャング)が、ヴォーグレルを殺してしまい、医師が検視をすることになりました。いざ検視にかかると、ヴォーグレルが医師を翻弄し始めます。ヴォーグレルは、役者の死体とすり替わっていたのでした。

混乱の中で、再度警察署長に見とがめられる前にと、一座は早々に出発しようとします。テューバルはソフィアと生活する為、祖母は十分金が貯まったということで一座を離れ、代わりにサラがシムノンについていくことになりました。しかし、サラの支度が遅いせいで、署長が現れてしまいます。署長は再び館に一行を導くと、国王の前で魔術を披露するようにと、命が下り、一座は華々しく出発するのでした。



魔術師

ベルイマンの映画という事で、少々難しい映画というイメージで見始めたのですが、なかなか面白いという部類の映画でした。ラストはなんかフェリー二みたい。雰囲気はちょっと違うけど、ただこの音楽が…。そして、このプロの魔術師のパワーがすごかったです。そして、ラストに向けての豹変ぶり。いったい彼の本当の性格やパワーはどこまであるのだろうかと思うほど、いろんな性格を演じておりました。このいろんな仕掛けは前日に仕込んでおいたのだろうか…。凄すぎる。

舞台となったこの館の人々の、一人一人の性格描写も秀逸です。魔術や呪術を信じる者や、科学以外を一切拒絶する医師。ご都合主義の警察署長。そして、いろんな性愛を語り実践する男女。権力には逆らえない上流階級と、そんなものには頓着しない、常に反骨で生きる下層の劇団。一夜の劇に本当にいろんなものが詰まっていました。それらの要素が緊密に交錯し、構築されている感じです。ベルイマンの映画は、このスタイルがすべてではないと思いますが、この力強い表現力は素晴らしいと思いました。

やはり、魔術師を演じるシドーの熱演ぶり。まさに、性格俳優とはこういうものだという感じで、演技の変化も面白い。髭ありの時と、髭なしの時と。そして、媚薬を売るおばあさんがアクセント。性愛がこの世で一番売り物になるらしい。なるほど、それはわかります。また、ビビ・アンデショーンは、奔放で冒険を求める開放的な女性を楽しく演じています。そして、この時代のパワーも感じます。戦後の1950年代は、映画にとっても幸福な時代だったのだとしみじみ思いました。日本では黒沢明とか、映画大国でない国から出てきた映画のパワーを感じました。

ウディ・アレンはベルイマンを知らない人に勧める5作品のうちの1つとして『魔術師』を挙げた。とWikiに書いてありました。それで、そのTIME誌の記事を見てみると、「第七の封印」「野いちご」「魔術師」「叫びとささやき」「仮面ペルソナ」…。いやま、そうですよねという感じでした。

2020.2.18 HCMC自宅にてAmazon Primeよりのパソコン鑑賞

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「サーミの血」 故郷との決別を決意したサーミ人少女の生涯

これは、予告編で見て気になっていた映画の一つですが、Amazonの会員特典で見つけたので、早速見てみました。2016年のヴェネツィア国際映画祭のヴェニス・デイズに選出され、独立部門で2つほど受賞があり、東京国際映画祭ではグランプリノミネートとなり、審査員特別賞と女優賞を受賞しました。2016年の映画で、ノルウェー・スウェーデン・デンマーク合作作品。監督はアマンダ・ケンネルです。

あらすじ
老婦人・クリスティーナ(マイ=ドリス・リンピ)は、息子のオッレ(オッレ・サッリ)たちと妹ニェンナの葬儀のため久しぶりに故郷を訪れました。村人たちはクリスティーナを気遣いますが、彼女は彼らを突き放し、過去とは決別しており今は全く関係ないという態度をとり続けます。そして、彼女は少女時代の思い出に浸ります。

1930年代のスウェーデン北部。サーミ人のクリスティーナことエレ・マリャ(レーネ・セシリア・スパルロク)と、妹のニェンナ(ミーア・エリカ・スパルロク)は、幼少のころからトナカイの放牧を手伝っていましたが、二人は寄宿学校で勉強する年齢となり家を出ます。学校で優等生となったエレ・マリャは、女教師のクリスティーナ(ハンナ・アルストロム)に気に入られ、研究員を出迎える生徒の代表にも選ばれましたが、研究員は生徒を集めて全裸にして身体検査をし、動物のようにサーミ人を扱いました。ある日、エレ・マリャは通りすがりの男の子たちにパーティーに誘われ、そこでニクラス(ユリウス・フレイシャンデル)という男の子と惹かれあい、ダンスを踊ります。この時彼女はサーミ人であることを隠すためにクリスティーナと名乗りました。しかし探しに来た妹と学校関係者たちに連れ戻されてしまい罰を受けます。ある日、エレ・マリャは進学の推薦状をクリスティーナに頼みますが、クリスティーナはサーミ人の脳では文明に適応できないと断ります。パーティーの件以来サーミ人からも疎外されるようになった彼女は、一人で都会に出て行くことを決意しました。

都会に住むニクラスを訪ねたエレ・マリャは、ひとまず泊めてもらえることになりますが、翌朝には両親から放り出されてしまいます。ある学校の図書館に入った彼女は、新入生と間違われそのまま授業に参加。運よく入学できることになりましたが、授業料の200クローネを要求されました。エレ・マリャは学費の工面のため故郷に戻りますが、ワンピース姿で帰ってきたエレ・マリャを、家族は冷たい眼で迎えます。母親に授業料の支払いを頼みますが拒否され、彼女は、父親の形見である高価なベルトを売ればいいと言いますが、母親は怒り出してしまいました。エレ・マリャは自分のトナカイを殺して売ることを思いつき、トナカイを捕まえて殺したあと、そのまま眠りこんでしまいます。翌朝、ニェンナと母親は、無言で父のベルトを渡して去っていきました。

現代のスウェーデン。クリスティーナは誰もいなくなった葬儀場に一人やってきて、棺の中で眠っているニェンナの遺骸に寄り添い、許してほしいと涙を流します。そして、トナカイの放牧地に向かい、クリスティーナは母と妹の存在を感じながら、遠くを見つめるのでした。



サーミの血

サーミ人と言えば、その血をひくレネー・ゼルウィガーによって、身近な存在であるわけですが、そういった興味もあって鑑賞してみました。この映画では、その迫害された北方の遊牧民族の立ち位置が赤裸々に描かれていました。主要部分は主人公の少女時代のお話で、成績優秀だったエレ・マリャが、原住民の異民族ということで、数々の迫害を受けながら、都会の生活に憧れ、家族やサーミの生活と決別し、一人都会へと旅立っていく物語です。

少女時代のサーミ人に対する差別は、あからさまな劣等民族扱い。希少種のような扱いで研究対象とされ、人権は無視されています。残念ながら、差別するスウェーデン人側にとってもそれは至極当たり前のことで、何の呵責も感じていない様子がリアルに描かれています。外部の我々から見ると酷いことですが、その時の当事者にとっては、普通の行動だったのでしょう。面と向かって民族の劣等性を告げる美人教師も悪気があるようには描かれておりません。

都会にでても珍しがられ、ヨイクを歌うように求められます。エレ・マリャはそのような状況にあって、サーミの伝統そのもの総てが、自分が差別される元凶であり、それらと自分とは一線を画したものという考えに身を置きます。そして、劇中では語れらませんが、少女時代からサーミの外で過ごしてきた長い年月を経て、老年になって初めて、妹の葬儀に参加するために自分の村に帰ってきました。

それでも、若き日に決別したサーミとの距離を置きたがるエレ・マリャですが、サーミ人の地の丘の上で過去を回想し、母が最期に学資として与えた銀のベルトと、妹との最後の別れ。エレマリャは、自分のルーツをあたらめて思い出し、別れて長い年月を経て、妹の亡骸に頬を寄せるのでした。差別と迫害、そしてそれによって自分の出自に対して心を閉ざしたエレ・マリャの長年の苦悩が解放されます。抑制された表現の中で、離れた故郷や家族に対する強い想いや、民族のアイデンティティなどが表現された素晴らしい作品だと思います。

2020.2.1 HCMC自宅にてAmazon Primeよりのパソコン鑑賞

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「ボーダー 二つの世界」 充実し意外な展開のファンタジー

日本に帰った時、新しい映画を見ようと思って決めたのがこれ。ちょうど時間の都合が良かったということもあります。カンヌのある視点部門グランプリ。なかなか面白い映画でした。2018年製作。イラン系スウェーデン人の、アリ・アッバシ監督による作品で、スウェーデン・デンマークの合作になります。カンヌでの上述の受賞のほか、オスカーではノミネートが一つ。その他多数の映画祭での受賞があります。

あらすじ
スウェーデンの税関職員ティーナ(エヴァ・メランデル)は、人の感情を嗅ぎ分け、違反者を摘発する能力がありました。しかし、人とは違う容姿のせいで、孤独や疎外感も抱えています。ティーナは森の中の自然に囲まれた家で暮らし、森を裸足で彷徨うのが日課。同居中のローランド(ヨルゲン・トーソン)は、犬の調教に夢中で、ティーナに養われながら浮気をしたりと、怠惰な日々でした。ある日、ティーナは男の荷物を確認して児童ポルノ動画を摘発、また、みすぼらしい服の男(エーロ・ミロノフ)を呼び止めますが、今度は何も発見できず解放しました。しかし、ティーナは、彼に何かを感じていたのです。休日には老人ホームの父(ステーン・ユンググレーン)を訪ねたりもします。

ティーナは、警官のアグネータ(アン・ペトレン)から、児童ポルノ作成者摘発の協力要請を受けます。後日、みすぼらしい服の男が再び入国。荷物検査では何も発見できず、身体検査で彼には女性器があり、腰に傷跡があるとの事でした。ティーナは自分も傷跡があることから不思議に思いつつ、男性に検査させたことを詫びると、彼は、自分はヴォーレで、虫を採集しており、ティーナの家の近くに泊まる予定だと話しました。その日、ティーナは隣人の産気づいた妻を病院まで送り、家ではローランドに求められますが、できないと跳ねのけます。自宅近くでヴォーレに出会った彼女は勧められて虫を食べ、離れを貸すことにします。そして、夜に一人で森に入ったヴォーレは横たわるとうめき声を上げ始め、股間から何かを産み落としたのでした。

ティーナは児童ポルノの捜査に同行し、アパートの一室から赤ん坊への性的虐待動画の入ったビデオカメラを発見します。また、ティーナとヴォーレは、隣人の生まれたての赤ん坊を見せられますが、大泣きされてしまいます。そして、ローランドの留守中、二人は森の中で激しく求め合うと、ティーナの股間から伸びた男性器をヴォーレの女性器に挿入されました。混乱するティーナに、ヴォーレは、自分たちはトロールだと答え、腰の傷跡は、尻尾を切除したあとだと説明します。トロールはフィンランドで放浪生活を営んでいるとのことです。両親たちは人間に捕まり実験材料にされ、子供たちは施設に入れられたとのこと。翌日老人ホームを訪れたティーナは、父親に問い質し口論になってしまいます。ある日ティーナは、ヴォーレの部屋の冷蔵庫から生きた赤ん坊を発見。冷蔵庫の中でも生きており、か細い声を発していたのでした。

赤ん坊への虐待で逮捕された男は、護送中に引きずり降ろされ殺されます。ヴォーレの仕業だと気づいたティーナは、冷蔵庫について問いただすと、自分の未受精卵のもので短命だと説明。未受精児を人間の赤ん坊とすり替え、児童ポルノブローカーに売っていたのでした。人間への復讐と語るヴォーレに、ティーナは激怒します。ティーナは、隣人の赤ん坊もすり替えられたことに気づき、ヴォーレを探すと、フェリーで待つと置手紙を残して姿を消していました。そして、フェリーで警官がヴォーレを追い詰めますが、彼は海へ飛び込み姿を消してしまいます。ある日ティーナが自宅へ戻ると、大きな木箱が送られてきました。中には尻尾がついた赤ん坊のトロールと、フィンランドのコミュニティーからの絵ハガキがあり、ティーナはむずかる赤ん坊にコオロギを食べさせると、機嫌を直して笑顔になり、それを見たティーナも思わず笑顔になるのでした。



ボーダー 二つの世界

上映時間帯が、ちょうど都合が良かったので見に行きました。もちろん、カンヌのある視点部門グランプリということで期待しての鑑賞です。最初は、国境の税関を舞台にした、外見が良くないけれど、特殊な能力を持った女性のサスペンスドラマかと思いましたが、いやはや意外な展開に…。かなり意表を突かれました。これは、ファンタジーだったのですね。そのあたりの展開が一段落して、二人の事情が分かってなんとなく終息感を迎えると、さらにもう一展開して山場が訪れました。

なるほど…。という感じで、ストーリーとしても大変面白かったですし、その上、トロールのメイクも凄い。久しぶりに面白い映画を見たという感じがしました。トロールといえば、自分の最初のイメージはやはりドラゴンクエストで、HPが高く魔法を使わない、体力勝負のモンスターというイメージです。この映画でも、かなり力は強そうな感じでした。そして、不純な物を感知する、特殊能力を持っていました。

全体として、サプライズなファンタジーという形をとりながらも、ボーダーという表題と併せていろいろと示唆するものも多く、善悪の境界や、人と妖精の境界、親子の問題、児童ポルノ、異形の人と周囲の反応などなど、いろいろと思い起こさせるものの多い映画です。ある視点と言わず、様々な視点で見られる映画だと思いました。今年見た映画の中でも傑作の一つです。

2019.11.24 ヒューマントラストシネマ有楽町にて

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「第七の封印」 神の存在を問う展開と、印象深いエピソード

イングマール・ベルイマンの名作のこの映画。名画のベスト100とかにもよく登場する作品です。たまたまテレビ放送を録画してあったのですが、いい機会だと思って見てみました。1957年の映画で、この年のカンヌ映画祭では、アンジェイ・ワイダ監督の「地下水道」とともに、審査員特別賞を受賞しました。

あらすじ
十字軍の遠征からスウェーデンに帰還した騎士のアントニウス(マックス・フォン・シドー)とその従者ヨンス(グンナール・ビヨルンストランド)は、黒死病の流行に覆われた祖国と、神に救いを求め混乱する哀れな民衆の姿を目の当たりにします。アントニウスは、彼の前に現れた死神(ベント・エケロート)の存在に気付き、死を宣告する死神に対して、チェスでの対決の間だけの時間の猶予を申し入れました。それは単なる時間稼ぎではなく、その間に神の存在を確認し、徒労に終わった遠征で揺らぐ信仰を取り戻すためでもありました。

死神との勝負の間に、アントニウスは妻の待つ居城へと向かいますが、道中でアントニウスは様々な人物に出会い、幾人かの同行者も得ます。疫病で家族を失った少女、犯罪者に成り果てた聖職者、火焙りに処される魔女、黒死病の蔓延を天罰だと考え自らを鞭打つ狂信者、旅芸人の一家、妻に駆け落ちされた鍛冶屋など。少女と旅芸人一家、鍛冶屋夫妻を一行に加え、アントニウスは城への旅を続けました。

城も目前となった頃、ついにアントニウスはチェスの敗北を認めます。神の存在も確認できず、魂の救済も得られなかったアントニウスは、唯一旅芸人の一家を死神から逃がすことはできました。そして、荒れ果てた居城で妻と再会し、晩餐をとるアントニウスと同行者たち。そこに死神が現れ、その場に居た者全員の命を奪ってしまいました。

翌朝、無事逃げ出した旅芸人の一家が見たのは、死神に先導され並んで死の舞踏を踊るアントニウスら犠牲者たちの一行でした。旅芸人一家は、その姿を確認したあとも、さらに旅を続けていくのでした。



第七の封印


なかなか難解でした 。あまりなじみの無いヨーロッパ中世を舞台とした、哲学的な物語です。暗示の多い物語に必死でついていったという感じの鑑賞でした。いろいろな象徴的な場面や幻想的な場面が現れ、見ている間は何を現わしているのかつかみきれず、話が進んでいきます。そして、最後まで見ておぼろげながらも全貌が浮かんできたという感じでした。簡単に構成すると、十字軍に参加したが成果なく故郷に帰ったきた、神の存在に疑念を持った騎士が死神と出会い、死までの猶予を貰って、ペスト流行下の様々な情景を体験しながら神の存在を理解しようとする、いわば今でいうロードムービー的な映画ということでしょうか?

要所要所で鳴る「怒りの日」が中世的な雰囲気を盛り上げ、出てくるエピソードも、諧謔的な不倫から、魔女狩り、ペスト患者、聖職者の堕落などなど強烈な印象を残すものが連続していきます。そして、宗教的であり哲学的な命題である、神の存在についてはどうであったのか?私はそのあたりの宗教的かつ哲学的な命題については浅学であり、この映画の主張に関しての納得のいく理解までには至りませんでした。最後に旅芸人が死の舞踏を踊る登場人物を見送る場面は象徴的で、人間と神の存在の関係について、深い寓意が込められているような気がしています。腑に落ちてこないのですが。第七の封印の出てくるヨハネ黙示録を読んだにしても、実際一朝一夕に理解できるようなものではないと思います。

といった難しい映画の中で、ビビ・アンデショーンが美人だと、ひときわ目を引きました。チェックしてみたら、意外と彼女のでている映画をいくつか見ていました。今まで気が付きませんでした。そして、騎士が遭遇する数々のエピソードは、一つ一つがどれもこれも印象的なものです。最終的に理解に至らずとも、そういったファンタジックな画像なり演技なりを堪能するだけでもなかなか楽しめた次第です。

2019.8.1 自宅にてNHKBS Premiumからの録画鑑賞

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「みじかくも美しく燃え」  美しすぎる不倫物語に懐かしさを感じ…

「みじかくも美しく燃え」 。題名だけは、よく知っている映画ですが、今日の今日まで見たことがありませんでした。それでは問題もあろうかと、GAYO!の無料動画に出ていたので、この機会に見てみました。昔はあまりこういう映画に興味が無かったのですが、年を取るとノスタルジアもあって、見てみたくなるものですねぇ。1967年スウェーデン映画です。

夏の終わり、森の中に一組の男女の姿があった。男は陸軍中尉スパーレ(T・ベルグレン)という妻子ある美男の貴族、女はエルビラ・マディガン(P・デゲルマルク)というサーカスの綱わたりのスターである。二人は身分の差を超えて愛しあっていた。そして、愛を守るべく、逃避行をしてきたのだ。森の近くの宿屋に落ちついた二人は、幸福の時を過ごしていたが、やがて二人の身分がばれてしまい、逃げ出すはめになる。さらに、次の湖畔の村で、平和な日を送っていると、男の友人が現われ、残された妻子の悲しみを語り、エルビラの行為を責める。二人はさらに逃走の旅を続け、いよいよお金に困り、食べることもできなくなる。脱走兵の男は仕事を探すすべもなく、いよいよ追いつめられてしまう。そしてある日、覚悟の二人は最後の食事を携えて森の中へ消え、二発の銃声が轟き渡るのだった。



あらすじは、まさに身分差のある不倫の逃避行。ストーリーについて言えば、それ以上の何物でもありません。他に登場する人たちも、それほど大きな印象を残すわけではなく、淡々と二人の純愛が続きます。細かいエピソードもありますが、話の基調にほとんど影響してこず、あくまで二人の愛の物語となっているのです。若干の諍いも少し発生しますが、すぐに愛が解決してしまいます。見ている方としては、安心感この上ない映画でした。勿論最後の破局はある訳ですが、そこだけはまぁ、知っていましたので…。

映像がとても美しいのですよね。主演のピア・デゲルマルクも相当な美人タイプですし、映画の美しさだけなら言う事なしです。そうなんです、最後まで淡々とひたすら美しいという映画なのでした。食べるのに、困って、野山の木の実や、地面に生えているクローバーの葉を這いつくばってむさぼり、ゲロまでしてしまうのですが、それでも美しい。男の方も、2段階で髭をそり、最後にはイケメンの全貌が現れてきますし、不倫を修羅場なしで徹底的に純愛物語に仕立てた映画なのでした。

みじかくも美しく燃え

主演のデゲルマルクさんは、この映画でカンヌの主演女優賞を受賞、この後3本映画に出演し、貴族と結婚して引退。しかし、2年で離婚。その後は色々な波乱の人生を歩み、逮捕までされてしまいました。2006年に自伝を出版、現在もご存命ではないでしょうか。その絶頂期のこの映画は、まさに彼女の美しく燃えている時代であったのですね。

原題は、Elvira Madiganで、さすがにこの原題では、日本人は何のことか解らないでしょうから、こういう題名になったのでしょう。実在の日本であまり知られていない人物の原題がつけられていて、日本で題名を変えられるパターンは、「俺たちに明日はない」とか、「明日に向って撃て!」と一緒ですね。いずれも同時代の映画。アメリカン・ニューシネマの時代、銃声で終わるところも似ています。

自分にとって、この映画の題名は、クラシックのレコードのライナーノーツで印象付けられていると思います。当時(今でもそうかもしれませんが)、モーツァルトのこの曲のライナーノーツには決まってこの映画に使われたということが書かれていました。同じような例でよく見かけたのは、マーラーのレコードに「ベニスに死す」も良く出てきました。バルトークの弦チェレに「シャイニング」というのは見たことがありません(笑)。

Wikipediaには、ゲザ・アンダの演奏が使われたと書かれていて、ドイツグラモフォンのゲザ・アンダ演奏のCDジャケットはこの映画になっています。といっても、映画の中ではオーケストラのほぼ同じ部分が繰り返し使用され、ピアノの部分はほとんど出てこないような気が…。まぁ、弾き振りなので、ゲザ・アンダ演奏といってもあながち間違いの無い事かもしれませんが。

なんか、思い出話みたいになってしまいましたが、昔の映画を見て昔を振り返ってみるのも、なかなかいいもんです。いっぱい見ていない映画があるので…。
プロフィール

torrent13

Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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