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「ジーンズブルース 明日なき無頼派」 クールな梶芽衣子

70年代の昭和を感じる9月その10。これが、今月のラストかな…?。今日は、東映の梶芽衣子主演のアクション映画です。監督は中村貞夫1974年の映画です。

あらすじ
都内のとあるバーで繰り広げられている乱交パーティーを、ママの聖子(梶芽衣子)は、物憂げに眺めていました。彼女は、こんな生活に辟易でいて、駐車場に止めたあった車を運転して走り出します。その頃、片桐次郎(渡瀬恒彦)は、殺し屋の仲間に協力して、高利貸しを殺害しますが、彼らが高利貸しから取り上げた500万円を盗んで、一人停めてあった自動車に飛び乗り逃走しました。そして、郊外の十字路で、二人の車は衝突炎上。二人は通りかかった車を奪い、新たに中古車を買い替え、東名高速を京都に向けて走り出しました。

金を持ち逃げされた、ボスの本郷(内田良平)と、手下の3人(室田日出男川谷拓三・橘真紀)は、次郎の足どりを追い始めます。京都にたどり着いたのち、追手に発見された二人は、国鉄コンテナの中に逃げ込みますが、扉が閉められ、そのまま貨物列車で、山陰線を運ばれました。次郎は聖子に、故郷の丹後半島に住む妹が苦境に立たされ、金を届けに行っていることを打ち明けます。コンテナが開けられると、バイクを奪って再び逃走。途中で持ち金を無くしてしまった次郎は、聖子の協力で、ハンターを殺害して猟銃を奪い、ガソリンスタンド強盗や、やくざの賭場荒しなどを重ね、1000万円の大金を得ることができました。

やがて二人は、次郎の故郷に向かいますが、先廻りしに本郷たちは、次郎の妹の百合子(堀越陽子)を脅し、次郎をおびき出しました。百合子も兄の手紙に書いたことは全く嘘で、ただ恋人と暮らすために金が欲しいだけだったのでした。待ち合わせに指定した山小屋に次郎が現れると、本郷たちは彼を滅多打ちにし、かけつけた聖子は、ライフルで本郷たちを追い払い、瀕死の次郎を介抱しますが、聖子は、百合子の前で、痛みに絶えきれず殺してくれと訴える次郎の心臓を一撃します。やがて、山小屋は炎上し、警官隊に包囲され、聖子はやり場のない怒りが爆発、警官隊の前にライフルを持って飛び出していくのでした。



ジーンズブルース 明日なき無頼派

久々に見る梶芽衣子。女囚さそりのおイメージそのままで、やはり美しいです。冒頭からクールで憂いのある表情がたまりません。対する渡瀬恒彦は、先日見た渡哲也の弟。さすがに雰囲気は似て、爽やかな感じですが、ヒーローの兄に対して、弟の方はいろんな役で活躍しているように思います。あとは、内田良平室田日出男川谷拓三の悪役トリオ。コミカルな3人組で、それぞれの役割を果たしていました。そして、この物語は、題名とストーリーからわかるように、「俺たちに明日はない」と似たストーリー展開となっています。

ストーリー展開は、普通に楽しめますが、追手の三人が、逃げる二人を見つける過程が、偶然にも左右され、ちょっと決め手を欠いた感じがしました。当時の背景として、タイトルの後、いきなり新聞記事として現れる、狂乱物価の様子が、当時の世相として認識されます。74年ですから、ちょうど石油ショックの真っ最中ですね。洗剤高騰とか記事がありましたし、当時、節約が叫ばれ、昼間もテレビ放送しない時間帯ができたり、夜も放送終了時間が早くなったりしました。新聞のチラシを見てよくトイレットペーパーを買いに行ったものです。

映像にはちょうど70年代真っ盛りの情景がたくさん映し出されています。DD54牽引の山陰本線の貨物列車。走っているバスも子供の頃よく見かけたタイプで懐かしい。もちろん乗用車もいろいろで当時のもの。娯楽色の強い東映アクション映画なので、深く感じ入るところはあまりないのですが、梶芽衣子演じる聖子の虚無感を感じつつ、冬枯れの山村の風景とか見て、田舎の風景は当時と比べてどう変わったんだろうか?などと思っていたのでした。

2020.9.27 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞
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テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「関東流れ者(1971)」 渡哲也の日活アクション後期作品

70年代の昭和を感じる9月その9。今回は、この時代を代表するジャンルの一つであるヤクザ映画です。今ではこのタイプの映画はあまり見ませんが、子供の頃近くの映画館で時々みていた覚えがあります。暴力とエロは70年代の代表的な作品群だと思います。監督は小澤啓一で、渡哲也主演の、1971年の映画です。

あらすじ
周次(渡哲也)は、昔気質に義理人情を通す、立花組の組長に拾われて育てられました。弟の洋(沖雅也)が集団就職で上京してきたため、二人で祝いの食事をしている時、周次の弟分の淳(市村博)がとびこんできて、縄張のクラブで、坂下の弟次郎(原田芳雄)が暴れていることを知らせます。次郎は周次にとって、昔の仲間の弟ということでその場を取り計らい、律義な幹部の大川(今井健二)は、立花の組長(水島道太郎)、侠友連盟の阿部(南原宏治)をたてて、まるく納めました。しかし、手打ちの帰りに、立花は次郎に襲われ、随行していた周次は、次郎を刺殺。周次は、服役することとなりました。

刑務所の中で、立花組長が殺されたことを知った周次は、仮釈放されると、坂下組が壊滅し、立花組も壊滅状態に近いことを知ります。そして、立花組に戻ると、娘のゆき(丘みつ子)、大川、淳の三人に迎えられました。今や、立花組は侠友連盟に委ねられ、かつての組の連中は阿部に靡き、阿部は立花組長が嫌った、売春や麻薬を使って組織を拡げていることを知り、周次は立花組再建のために立ちあがります。そんな周次を消すために、阿部はかつて立花を暗殺した、殺し屋の白土(青木義朗)を周次に指向け、大川にもかつて世話した恩をかたに、周次暗殺を命じました。

周次は何とか逃れると、坂下の母親よし子(木村俊恵)の家に隠れます。一方、阿部は組織の金を横領した、周次の弟の洋を拉致。淳も捕まってしまいます。そして、淳は瀕死の状態にされ、周次の元に阿部からの伝言を伝えると息絶えました。周次は、組長を殺し、縄張りを乗っ取った阿部の呼び出しに応じ、指定の場所にに出向くと、待ち構える阿部の一派や、阿部に靡いてしまった立花組の幹部たち、そして最後まで周次を狙う白土たちの中に飛び込んでいったのでした…。



関東流れ者(1971)

久しぶりのヤクザ映画を見始めました。ヤクザ映画と言えば、小学校くらいの頃、近所の映画館でよくかかっていたので、いろいろと見たことはあるのですが、何を見たかさえすっかり忘れてしまいました。子供はエロはダメなので、基本、時代劇かヤクザ映画かというような時代だったと思います。そういう時代を懐かしむ一本。いきなりタイトルバックに、港でポーズをとる渡哲也の写真と、昭和ムード歌謡といった感じの曲が流れて、うわぁ…と言う感じで盛り上がります。途中で水原弘のショーの場面が入りますが、このあたりは当時の娯楽邦画ならではの演出です。

さて、内容はと言えば、筋立てはまずまず、まとまっていたと思います。ただし、ヤクザ映画と思ってみると、初々しい渡哲也とか、沖雅也とか、どうも青春アクション映画のようでした。なんとなく、この手の映画だと、東映の一連の映画のコテコテのヤクザ映画のイメージが強く、なるほど、日活の路線だなぁと思った次第。この映画は、1971年。この年の終り頃から、ロマンポルノに舵を切っていくわけですから、アクション路線の最後期の作品ともいえるでしょう。俳優さんでは、その後日活をやめた人もいれば、ロマンポルノでも時々見かける方も活躍しています。

主役たちが青春っぽい風貌の中で、やはりこの社会は迫力のある俳優がしっかり支えています。今井健二南原宏治、小高雄二など。それっぽくていい感じです。青木義朗はスナイパー的な役で、渋く決めていました。なんとなく、そういった俳優さんたちが、この時代の雰囲気を表しているようで、気になってきました。派手なアクションと現代的な武器と、CGで見せる、現代のアクション映画は確かに面白いのですが、こういった表情と眼力とドスがメインの任侠アクションというのも、味わい深いものがありますね。

2020.9.24 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「十九歳の地図」 世の中をどう生きて行ったらいいのか

70年代の昭和を感じる9月その8。今回は、70年代もいよいよラストとなった、1979年の映画です。そして、公開されたのは12月でした。という訳ですので、昭和のアクションや娯楽色の濃い前半の作品とは雰囲気が異なってきています。監督は柳町光男で、キネ旬ベストテン7位となっています。カンヌ国際映画祭の批評家週間に出品されました。

あらすじ
19歳の吉岡(本間優二)は、住み込みで新聞配達をしながら予備校に通っていました。毎朝走りながら、王子周辺でのたくさんの配達先に新聞を入れて回るうえに、集金に行けば、どこの家からも煙たがられ、日々わだかまりが貯まっていきます。そして、吉岡は配達担当の地図を作って、各配達先の名前や詳細個人情報を調べ上げ、不愉快なことなどを感じると、地図に×を一つ記入。×が三つになると、嫌がらせの脅迫電話を掛けたりしていました。

吉岡は、三十代の風采の上がらない独身男、紺野(蟹江敬三)と同室でした。大きな事ばかり言っていますが、何も出来ない紺野を見下していましたが、そんな紺野は、時々理想の女性であるマリア様の話をしていました。吉岡はマリアに会わせて欲しいと頼むと、紺野は吉岡を連れて彼女のアパートを訪ね、8階から飛び降りても死にきれず、片足が不自由になった彼女(沖山秀子)と出会います。彼女は、娼婦のような生活をしている孤独な女性でしたが、紺野はマリア様と慕っていたのでした。吉岡は、そんな二人を見て大人の人間の愚かさの象徴に感じ、そのような世界への反感をつのらせ、さらに×印のいたずら電話もエスカレートしていきます。

やがて女は妊娠し、はじめて幸福な気持になった紺野は、女と生まれてくる子のために、幸せをつかもうとしますが、彼女へのプレゼントのために、強盗傷害を犯して捕まってしまいます。そして、吉岡は女の家に出向いて、紺野が捕まってしまったのは、彼女が原因だと責め立てました。女は吉岡の前で自殺を試みますがうまくいかず、「死ねないのよ…」と慟哭します。吉岡の怒りは、すべての人々への脅迫電話となり、列車やガスタンクの爆破予告を始めます。そして、電話を終えて部屋にもだった吉岡は、ただ泣くことしかできないのでした。



十九歳の地図

東京の王子周辺を舞台として、住込みの新聞配達で働く、19歳の青年を中心とした物語。原作は中上健次の小説になります。中上健次と言えば、学生時代に好きだったアルバート・アイラ―の記憶と共に蘇ってくるのですが、小説自体はそれほど多くを読んだ訳ではありません。当時の東京の情景は、私が過ごしていた時期と時代的には近いのですが、三多摩の方面にいたので、このあたりの雰囲気はあまり馴染みがありませんでした。王子スラムというエリアが地図に書かれていますが、この後バブル期を経て大きく変わっていったと思います。そんな下町を舞台に、70年代が終わり80年代に入ろうとする時期の映画です。

主要な登場人物は、吉岡、紺野、マリアの3人に絞られます。この3人の描き方がとても素晴らしいと思いました。特に、紺野とマリアは、この映画の設定ではすでに30を越え、行き場のない生活から脱することができず、日々を過ごしています。そして、それが社会の問題と言う前に、二人の人生に対する不器用さからきているように描かれていて、見ている方としても、現実を理解する以上に、為す術がありません。最後の二人の登場場面は、留置場の中の紺野の口笛と、ゴミ置き場から自分に合う服を見つけたマリアのシーンとなる訳ですが、その後の明るい展開が示されず、ただその現実を受け入れる他は無く、虚無感に追いやられます。

一方、吉岡は19歳で、人生はこれから、人格の形成期にあたると思います。そして、王子の町で出会う人々を悉く見て回っている中で、世の中を知っていくわけですが、人格の形成やその後の人生に、過ごしてきた環境が大きく影響するということを強く感じました。吉岡はそのような社会への不満から行動は過激化し、最後に無力さをかみしめ、慟哭します。慟哭については紺野もマリアもそれぞれ場面があります。どれも生きていく事に対する慟哭のようでした。本間優二蟹江敬三沖山秀子の三人の演技がとても自然でリアルで、素晴らしいと思いました。そして、70年代末にあって、日本映画のレべルの高さを感じる一本でした。

2020.9.20 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「バッド・マイロ!」 異臭漂うクリーチャーはストレスから

いかにも、ホラーコメディと言った感じの題名とジャケットです。難しいことは考えず見てみましょう。2013年の映画で、監督はジェイコブ・ヴォーン。シッチェス映画祭にも登場しました。
原題:Bad Milo! (2013)

あらすじ
ダンカン(ケン・マリーノ)はポリープと診断をされ、ストレスが原因と言われました。会社では、ダンカンは上司のフィル(パトリック・ウォーバートン)から、社員を解雇する担当にされ、一風変わったアリステアと組まされます。ダンカンは家庭のストレスが最高潮に達したところで、アリステアもダンカンが1年かけて製作したデータを消してしまい、ストレスの腹痛が頂点に達し、トイレに駆け込みました。そして、悲鳴は家中に響き渡り、肛門からマイロが誕生したのでした。マイロはアリステアを食い殺して戻ってきます。翌日、アライグマの仕業ではないかというニュースが流れます。

ダンカンは、セラピーに行き、セラピストのハイスミス先生(ピーター・ストーメア)は、ストレスがたまると、マイロが出てきて誰かを殺すという伝説上の話を教え、マイロはダンカンの一部であり、制御することが大切だとアドバイスします。翌日、ダンカンは、上司から会社の不正を手伝うよう指示されます。ハイスミス先生は、ダンカンのストレスの大元の原因は、彼を捨てた父ではないかと推測し、ダンカンは父を探し始めました。そして、会社では不正が暴かれ、フィルの横領が発覚。フィルは出てきたマイロに食い殺されたのでした。

ダンカンは、妻のサラ(ジリアン・ジェイコブス)に妊娠を告げられたことから気まずくなり、父の元に向かいます。なぜ自分を捨てたのかと、問い詰めるうちにマイロが出現。父からも怪物ラルフが肛門から出てきて、両者の決闘となりました。そして、マイロが勝つと、父は倒れてしまいます。次はサラが危ないと感じたダンカンは、家に戻ってサラを地下に逃がしますが、マイロは地下へ侵入。最終的に、ダンカンはマイロと戦い、マイロの手足を斧で切断しました。ダンカンはサラに謝罪し、仲直りします。母は、父からラルフが出現することは知っていましたが、遺伝しているとは思ってなかったようです。ダンカンとサラは、手足の無くなったマイロを肛門に戻しました。その後、ダンカンはコンサル会社を立ち上げ、パーティーが開かれますが、どうやら、サラのお腹の中でも怪物の声がしているようでした。



バッド・マイロ!

面白いエピソードが多く、それもちょっと捻った笑いもあって、更に面白さを増幅しており、なかなか楽しめた映画でした。ただし、造りも、映像も、演出も、B級感がただよい、そこは立派というわけには行けないので、特徴的なストーリーとギャグを楽しんで見ていく格好です。クリーチャーは、造形はかなり異臭が漂うものの、しぐさがモグアイみたいで、このアンバランス感は何なんだという感じ。父親のやつは萎びていて、これも面白かったというか、中年の中身を覗いた感じで、複雑な笑いが出ました…。

ただ、いろいろと笑いを取りながら進んで行くのではありますが、ちょっとツッコミどころというか、納得感のないところもいろいろとあって、すっと見逃して見ていけなかったというのも事実。クリーチャーの受傷と本人へのダメージの因果関係がうまく筋が通ていない感じで、なんかすっきりしないですし、怒りの対象の相手も、最初の一人はそれなりに納得感がありましたが、あとは、主人公自身が、ストレスの対象として、頭にきているのかというのも疑問で、妻を襲うにいたっては、今一つ意味が解らず。まぁ、少しでもストレスを感じた対象を襲っていっているということかもしれませんが…。

結局、全体として、面白いB級映画で楽しめるのですが、それなりにすっきりと納得感があるかというと微妙でした。小ネタは面白いのですが、ストーリーの中で、うまく消化しきれていない感じがしました。まぁ、そこそこ楽しませてくれたからいいかな?という感じです。でも、それはそれで大切な事なのです。

2020.2.15 HCMC自宅にてAmazon Primeよりのパソコン鑑賞

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「徳川セックス禁止令 色情大名」 艶笑ポルノコメディの極み

70年代の昭和を感じる9月その6。日本映画に戻ってきました。70年代と言えば、映画館でポルノを見るということが、最も機会の多かった時代ではないかと思います。80年代後半になると、レンタルビデオが登場し、60年代はというと、後半になってから、ということだと思います。当時、街角のタテカンを子供心に映像を想像しながら眺めていました。そんな中での、東映ポルノの有名な一作です。監督は鈴木則文で、1972年の映画です。

あらすじ
文政7年、江戸城では子だくさんの将軍徳川家斎(田中小実昌)の34番目の娘、清姫(杉本美樹)の嫁ぎ先について話合いが続き、やっと九州唐島藩の独身大名・小倉忠輝(名和宏)に決まりますが、忠輝は大の女嫌い。そして、恋愛経験の全く無い二人のため、清姫は教育係の藤浪(三原葉子)から、忠輝は家老の米津(殿山泰司)から、それぞれセックスについて講義を受けたのでした。清姫の輿入れ後、初夜を迎えた二人ですが、忠輝のセックスは味気なく、藤浪は米津に、そのようなセックスは辞退する、と宣言。米津は、小倉の女嫌いを治すため、商人の博多屋(渡辺文雄)を頼って、殿に三日三晩サンドラ(サンドラ・ジュリアン)との性体験を積ませます。情事の快楽を知った小倉は、清姫に奉仕させようとして嫌がられ、サンドラを側室に迎えてしまいます。

サンドラの件で、清姫、藤浪、米津から攻撃を受けた忠輝は、自分以外の人間が自由に性の快楽を楽しむことに不満を爆発させ、藩内にセックス禁止令を発布。違反したものは死罪とされました。そして、清姫のことを不憫に思う藤浪は、サンドラを商人のもとに追い返してしまいました。この混乱に乗じて忠輝に取り入ることを企む、米津の息子源太郎(山城新伍)は、自らのテクニックで藤浪を骨抜きにし、自身の妹と情婦を清姫の教育係にすげ替えてしまいます。二人から、オーガズムや陰部の変化について教わった清姫は、セックスについて興味を燃え上がらせていきました。そんなある日、禁令廃止を訴える庶民が押し寄せてきますが、忠輝は相変わらず聞く耳を持たず、清姫は責任の一端を感じるのでした。

忠輝との仲直りのため、清姫はサンドラを探し出して、一番大切なのは愛との助言を受けます。そしてサンドラは、身をもって禁令の愚かさを訴え、妻を切腹させてしまった、森田勝馬(成瀬正孝)と出会い、失うものの無い二人は、場内で愛し合いますが、忠輝に見とがめられ、森田はその場で割腹自殺。サンドラは忠輝の意に反し、法の手続きによって処刑され、忠輝はようやく自分の愚かな行いに気づきます。そして、禁令が廃止された夜、清姫は徳川家の息女という見栄を捨て、小倉家の妻として忠輝と愛し合い、その激しさに、忠輝は腹上死したのでした。そして、城下町の家々から一斉に人々の喜びに満ちた喘ぎ声が響き渡り、翌年は平年の八倍の子供が生まれたという事でした。



徳川セックス禁止令 色情大名

きっちりした時代劇の流れの中で見せていく、東映の艶笑ポルノコメディ。サービスは盛りだくさんで、セックスを知らない殿と姫に、細かくセックスのやり方を解説していくところが、大いに笑いを誘います。初夜に太鼓の音でサポートするところとか、爆笑ものでした。一部始終、何が何でも胸を見せるという演出が良くできていて、また、女優さんたちの胸がどれもきれいなものですから、見飽きることはありません。ポルノコメディもここに極まったという感じです。なかなかの名作です。セットもそうですし、衣装もなかなか綺麗なものなので、見栄えもとてもいいと思います。

三原葉子さんは、相変わらずこのタイプの役が板についていました。そして、名和宏や、渡辺文雄の悪役ぶりもしっかりと演じられていました。ヒロインは、サンドラ・ジュリアン杉本美樹で、二人だけで裸で花園を駆け回るというサービス映像があります。ここは、サンドラ・ジュリアンの主題歌に乗って映されています。いやま、これはいいですね。そして、禁令として出された、第175条というのは、現行刑法175条の「わいせつ物頒布等の罪」も当たる訳ですが、70年代と言えば、日活ロマンポルノ事件、愛のコリーダ事件など次々とこの法によって裁かれているわけですから、この法への反骨のアピールと言う形にもなっています。

そうしてみると、ラストに映される、「あらゆる生命の根源たる性を支配し管理検閲することは、何人にも許されない」という文章が、当時の権力への大きな反抗として、よくぞ言ったという感じです。とはいっても、そこは艶笑コメディなので、まぁ見る分には楽しめばいいのだと思います。ところで、サンドラ・ジュリアン繋がりで、彼女の出演したフランスでの作品をちょっとのぞき見してみました。見たのは日本でDVDも出ている、「催淫吸血鬼」ですが、ゴシックでアートな映像に加え、衣装など、70年代ならではの雰囲気を持っていて、おまけに、当時のプログレの音楽でサポートされているというもの。フランス語なのでさっぱりわかりませんが、言葉も少なく、そのまま映像を流していても雰囲気に浸れます。いずれ日本語版入手してみたいと思いました。

2020.9.13 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「地の群れ」 原爆の悲劇と日本の差別の構造を辛辣に描く

70年代の昭和を感じる9月その3。1970年の映画で、熊井啓監督の「地の群れ」を見ました。ハードな内容のようで、このタイプの映画は、見るのに気合がいるのですが、この機会にトライしました。キネ旬5位で、ベルリン国際映画祭でノミネートされました。製作は、えるふプロダクションと、ATGです。

あらすじ
昭和16年。宇南少年は、炭坑で朝鮮人の少女を妊娠させ、少女の姉宰子(水原英子)に責任を追及されていました。少年は、そのまま炭坑を去り、時が流れます。

成長した宇南(鈴木瑞穂)は、佐世保で診療所を開いていました。診療に訪れた金代(原泉)は、海塔新田という被爆者が集まった部落に住んでいて、自分は被爆者ではないものの、息子の信夫(寺田誠)の心が荒み、今強姦事件の犯人と疑われて警察に拘束されたことを嘆いていました、往診に出て、原爆病と思われる少女を診察した宇南は、その母親の光子(奈良岡朋子)から、自分は被爆者でないと頑強に否定されます。字南の父は、原爆で死に、宇南自身は爆心地で父を探していたことから、自分も被害にあっていることを疑っていました。彼は、戦後共産党員の工作員としてレットパージの手に追われながら、山村で活動し、また、自分が、被差別部落出身者であることも危惧していました。その為、子供をつくることを恐れ、何度も堕胎させられた、妻の英子(松本典子)とは、口論が絶えませんでした。

ある日、被差別部落の徳子(紀比呂子)が、診察に訪れ、暴行された証明書を要求しますが、字南は断りました。宇南の少年時代の炭鉱での記憶。妊娠した朝鮮人の少女が自ら堕胎しようとして、身を危険に曝し死んでしまったことが蘇ります。徳子が強姦されたという噂は、被差別部落の中で広がり、母の松子(北林谷栄)の元に親類が集まり、善後策が練られていました。徳子はそんな雰囲気に耐え切れず、家を飛び出します。警察は、徳子の知人で、海塔新田に住む信夫に容疑をかけたのですが、決め手がなく、信夫は釈放されていたのでした。光子の娘も容態が悪化。宇南は市民病院に搬送し、手当てを受けさせると同時に、光子に被爆について執拗に問いただしますが、光子は頑なな態度を変えませんでした。

徳子は信夫に会うと、強姦された時の様子を話し、海塔新田に手にケロイドのある男はいないかと尋ねます。信夫は宮地(岡倉俊彦)という男のことを教え、徳子は単身で宮地の家に乗り込み、問いただしますが、応対に出た宮地と父(宇野重吉)は、徳子が被差別部落から来たと判ると、お互いの部落の反目が表面化し、話は平行線をたどります。徳子に変わって、その夜宮地の家を訪れた松子は、宮地を罵倒したことから、家から閉め出され、外に待ち構える被爆者部落の集団に殺されてしまいました。被差別部落の住民たちは、海塔新田に向かい、また信夫は宮地を売ったことを責められ、海塔新田の住民たちから追われることになり、佐世保の町をどこまでも逃げ続けることになるのでした。



地の群れ

差別の問題を中心に、描かれている内容が盛りだくさんで、また非常に辛辣なので、なにから書いていいのかわからないといった感じです。戦前の朝鮮人との問題からスタートし、さらにレッド・パージ、そして原爆が新たな被爆者という差別を生み、被差別部落と被爆者部落という新たな対立を生んでしまいました。お互い差別される集団同士は、問題の発生を避けるよう、行動していますが、譲れない何か起こると、一気に反目が噴出します。最も辛辣なのは、北林谷栄宇野重吉に投げつけた言葉でしょう。人間社会の絶望的な構造を想起させる言葉でした。そして、信夫が逃げ続ける先には、絶対的なパワーを持ち、原爆を投下した米軍がいて、文化的な生活を営む中流の奥様方がいるという環境を示し、映画は終わりました。

そのような集落に属していない宇南は、朝鮮人の少女を妊娠させ、レッド・パージに終われた過去を持ち、被差別部落の血を引くことを負い目に感じ、それを心の奥底に封じ込めたまま、生活していますが、その常に存在する心の闇は妻との不和に現れ、妻からは何も明確に言わず行動もしないことを糾弾されます。また、光子は娘の死にあたっても、頑強に差別される側になることに抵抗します。そのような社会を描きながら、強烈なアイロニーを含む数え歌を挿入。世の不条理を畳みかけていき、見ているものに深い印象を植え付けていきました。戦後昭和の成長の裏にある影を総括するような作品でした。そんな中で、紀比呂子の可憐さが唯一のこの映画の花で、それを励みに最後まで見ていける感じでした。

この映画はベルリン国際映画祭にノミネートされましたが、審査員長のジョージ・スティーヴンスが、ベトナム戦争のアメリカ兵士によるレイプ致死事件を題材にした西独映画の再考察を要求。これに対し、審査員全員がボイコットしたため、この年の賞の選定はされませんでした。そういった騒動を起こしたジョージ・スティーヴンスに、この映画にはどう考えていたかも聞いてみたいところです。日本も一億総中流という時代を経て、世代も変わり、この映画のような意識は薄れていったような気がしますが、この映画の示す、人間社会の構造の宿命は変わる訳ではなく、場所を変え、形を変え現に存在し、また新たな形で出現する機会を窺っているものと思います。

2020.9.5 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「青春喜劇 ハレンチ学園」 当時大人気の少年漫画の実写化

70年代の昭和を感じる9月その2。Amazon Primeで見つけました。ハレンチ学園です。永井豪の人気漫画が原作で、週刊少年ジャンプに連載されたこの漫画は、大ヒットするとともに、当時としては過激な内容から、PTAや学校関係を中心に、大きな物議をかもしました。1970年の映画で、日活の製作。監督は、丹野雄二です。

あらすじ
「聖ハレンチ学園」の卒業式。在校生には、山岸(雷門ケン坊)、袋小路(大谷淳)、風間(渡辺史郎)、十兵衛(児島みゆき)たちが、一方教師は校長(上田吉二郎)以下丸越(小松方正)、ヒゲゴジラ(藤村俊二)、パラソル(由利徹)、木戸(大泉滉)たちが列席していました。「仰げば尊し」を歌うのは教師たちで、生徒たちは無視。そこへ教育委員が到着すると、校長はこの醜態を見せると、補助金打ち切りになると、卒業式は打ち切りにし、教育委員をごまかすのでした。山岸たちはこれをネタに、教師を強迫。全員にオール5をつけさせますが、教師は反撃し、男子生徒を檻に入れて、木刀をふりまわします。そこに現われたのが、新任のマカロニ(宍戸錠)で、男子生徒を解放すると、今度は特訓を始めました。

その頃ヒゲゴジラは、女子生徒にビキニを着せて授業を行い楽しんでいましたが、それを知った山岸たちと男子生徒一団が乱入。大騒ぎとなります。そんなハレンチ学園に、大学を首席で卒業して希望に燃える、西尾みどり(うつみみどり(うつみ宮土理))が着任。早速、みどりは教室で生徒たちの洗礼を受け、スカートめくりをはじめとするイタズラが発生。そんな中で、修学旅行の日がやってきました。趣旨は、丸越たち教師の発案で、ただ喰い、踏み倒しを実践し、悪事を身をもって教えるというもの。バスの盗難、ガソリンの踏み倒しから始まって、高級旅館に予約なしで上がり込み、丸越たちは集めた旅行代を芸者代につぎ込みます。餐会は、教師、先生、芸者入りみだれての野球拳大会に発展。真面目な教師に見えたみどりもついにキレて、一升瓶片手に豹変しました。

一夜が明け、生徒たちは丸越以下の教師たちに気づかれぬように旅館を脱出。バスに乗ると一升瓶片手に酔っぱらったみどりが待っていました。みどりは右へ左へとふらつく運転で、行きかう人々や白バイ警官(小松政夫)を巻き込みながら帰還。一方、取り残された丸越以下は、無銭飲食で逮捕されますが、警察の護送車を強奪して、学園に戻ってきました。そして運動場で、生徒たちと決戦の舞台が切って落とされます。学校中を巻き込んだ戦闘は、十兵衛をリーダーとする女子の忍者隊が大活躍し、教師たちを制圧していくのでした。



青春喜劇 ハレンチ学園

冒頭のタイトルバックの主題歌から結構にやけてしまいます。今となっては、相当古いギャグなんですが、その天真爛漫な歌詞が、今聞くと時代が変わったなぁという感じがして面白く感じました。そして本編に入り、どうにもこうにも昔のギャグなので、見ていると白ける気分半分ではありますが、ここまでやっていただければ満足です。当時の芸風を堪能できました。とはいっても、時代が変わった「パンツの穴」なんかも、この延長なんだろうなと思いました。古いものだから感心して笑えるのであって、同じことを新しい時代にやられると、少し笑いづらくなります。

ストーリーはそんな感じで、敢えてどうこうという事は無いんですが、当時はかなり物議をかもしました。当時のハレンチ学園に対する見方は、Wikiによると、教師の権威を落としめているというのが主体の様に感じられます。最近では、教師が不届きなことをするのは、よく報道される上に、そもそも教師の権威というものが認めづらい状況ですし、永井豪自身も実際に教師からセクハラ行為受けて陰で泣いている生徒を見たのがきっかけという事らしく、天真爛漫な漫画の中で当たり前のように描きながら、当時の権威に対して糾弾しているということもあって、人気になったのかと思いました。

この漫画自体は、ご多分に漏れず時々拾い読みをしていたので懐かしいのですが、映画はそれなりに万人向けに大人しく作られたのかなと思います。当時のコメディアン総出演という感じで、そのあたりも懐かしいし、移動スーパーのバスとか、3人乗りの自転車とか、面白いものが見られました。雷門ケン坊も、時々見かけた顔ですね。そんな中で、児島みゆきの十兵衛がやはり良かったです。現在もご活躍中との事ですが、やはりこれが代表作でしょうか。そして、このシリーズは4作も作られましたし、テレビドラマにもなりました。やはり大人気だったことが伺えます。

2020.9.4 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「日本沈没(1973)」 70年代に大ヒットしたSF大作

9月になって、今月は何を見ていこうかと考えた時、8月に見た「赤ちょうちん」で昭和を感じたので、自分にとっての昭和は、少年時代を過ごした70年代が一番印象深いかなと思い、70年代の映画を見ていこうと思い立ちました。といっても、8月のように、そればかり見る訳では無くて、ちょっと意識して見ていこう程度です。この70年代をテーマとして鑑賞したものは、鑑賞後すぐにアップするのが前提です。最初は、日本沈没。小学校時代に大ブームとなりましたが、見逃している映画です。1973年の映画で、監督は森谷司郎です。

あらすじ
海底開発興業の深海潜水艇の操艇者である小野寺(藤岡弘)は、地質学の権威、田所博士(小林桂樹)らとともに、日本海溝に潜り、異常な海底異変を発見しました。東京に戻った小野寺は、上司の紹介で、伊豆の令嬢、阿部玲子(いしだあゆみ)を紹介され、葉山の海岸で出会った時、突如天城山が噴火。これを受けて内閣では、山本総理(丹波哲郎)を中心に、地震問題に関する学者と閣僚との懇談会が開かれ、田所博士だけが列島の異常を警告します。その後、渡(島田正吾)という政財界の黒幕として君臨する老人に出会い、異常を報告。一週間後、田所博士は、内閣調査室の邦枝(中丸忠雄)、情報科学専門の中田(二谷英明)たちと面談し、列島異変の調査プロジェクトであるD計画に参加、田所は操艇者として、小野寺を指名しました。

メンバーは、連日日本海溝の海底調査に没頭、調査が終了すると、田所博士は、調査結果報告としてD計画全員に招集をかけ、日本列島の大部分は海底に沈むという報告をします。その時、東京で大地震が発生。地震と津波で、首都圏は想像を絶する地獄と化してしまいます。田所博士は、テレビ出演して、日本の沈没をアピール。山本と渡との間では、国民の国外大移住であるD2計画が話し合われました、そんな時、小野寺は玲子と再会。二人は結婚を意識するようになっていきます。一方、D計画本部では、最新のデータから、日本列島は10ヶ月後に沈下が始まるという結論に達し、総理官邸では、緊急閣議が開かれ、海外移住審議。マスコミや各界に山本総理より状況が説明され、20日後に発表することとなりました。

操艇者の小野寺としては、もはや為すことは無いように思われ、玲子とともにスイスへ移住することを決意。した。小野寺の出発のの日、山本総理は、全世界に列島沈没を公表します。同じころ、富士山が本格的な噴火。その為、伊豆から東京に向かっていた玲子は、戻れなくなり、二人は脱出できなくなってしまいました。この日から日本各地で火山が爆発を開始、やがて急速に沈下を始めでいきます。D2計画も進められ、世界各国から救助の手がさしのべられ、続々と国民は沈没していく列島から避難していきました。やがて、そのほとんどが海中に沈み、渡老人に最後の挨拶をした山本は、残るという田所を残し、ヘリで日本を脱出。日本人は各国へ散り散りになり、小野寺も、玲子もそれぞれ異国の地で生活を始めるのでした。



日本沈没(1973)

日本沈没、小学校の頃大ブームでした。でも、映画は連れて行ってもらえず、そのまま見る機会が無く今日まで来ました。小説はしっかり読んでいます。光文社の緑の表紙とピンクの表紙の新書版。時が経つと、古本屋に溢れかえっていました。という訳で見始めましたが、最近のパニック映画に比べるとかなりガチですね。学術的説明にもかなりのウエートを割いていますし、竹内均教授本人が講義されています。通信高校講座の地学が懐かしいです。パニック場面も相当な迫力があります。地震の場面は、東京大空襲の映画ではないかと思うほどでした。

前半から中盤に特撮場面が多く、後半に入ると、国土を失った民族というテーマが大きくクローズアップされてきました。老人とのやり取りからスタートして、諸外国との係わりを経て最後まで大きなテーマとして扱われます。小松左京は国土喪失後の後日談を第二部にする予定だったそうですが、小説は完成されませんでした。この作品の大ヒット以降、日本のSFは市民権を獲得しテーマも拡大していったと思います。怪獣も宇宙人もタイムトラベルもエスパーも出てきませんが、大変SFらしいSFでした。

この映画は、あまりにも同時多発的に起こる規模の大きな事象を扱っているだけに、描き切れていないところや、回収していないところもあり、ちょっとまとまりのない感じもします。丹波哲郎は今の感覚ではあまり首相の雰囲気がありませんが、今や首相は官僚タイプのイメージで、指導者タイプではないからかもしれません。それでも、この迫力ある映像と、ハードSF的な内容を描き出し、真摯なテーマに取り組んでその後の日本のSFに大きな影響を与えた作品として、大きな存在感があると思います。私的には、小学校の時からの宿題が一つ片付いたという事で、ちょっと肩の荷が下りた感じがしました。そう考えると、そろそろ人生の肩の荷を一つ一つ降ろしていく時期かな…。

2020.9.2 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「不良少年(1961)」 ドキュメンタリー風ドラマで衝撃を残す

名画を見る8月その27。キネ旬ベストテン第1位の作品ですが、さらに黒澤明監督の用心棒他、錚々たる作品を抑えての1位でした。1961年の映画で、監督は羽仁進です。

あらすじ
銀座の宝石店に押し入り、強盗事件を起こした浅井は逮捕され、主犯格とみなされて少年院に送られます。浅井は幼い頃親を亡くし、小さな頃から盛り場で金を稼ぎながら生きてきた少年。浅草を中心に周辺の町で、グループを組んでカツアゲなどをやっていました。少年院に入れられ、配属されたクリーニング課では、空手のできる少年が仕切っていて、人の下につくことが苦手な浅井は、クリーニング課の雰囲気になじめず、リンチを受けてしまいます。復讐を誓う浅井は、ボスグループをはめて乱闘騒ぎを起こし、見かねた管理者たちは、浅井を転属させることにしました。

木工課に移された浅井は、クリーニング課のイメージを引きずり、斜に構えていましたが、教官やリーダーたちの人間的な態度に接するうちに、徐々に考え方を変えていきます。そして、仲間との会話も、カツアゲした被害者に申し訳ないという言葉が出てくるようになり、院内でも打ち解け、運動会にも参加して、普通に楽しむようになりました。そして、ついに退院の日。浅井は身辺のものと、働いた賃金を渡され光差す門から、外に向かって歩いていくのでした。



不良少年 (1961)

この映画は、ドキュメンタリー的に撮影したドラマという形をとっています。内容も展開もドキュメンタリー的ですが、それは演技によるものでした。演じるのは、一般の人々。プロの俳優ではありません。先日鑑賞した「人間蒸発」は、フェイクドキュメンタリーですが、これはよりドキュメンタリーに近いドラマで、あの映画形式の元祖といった形でしょうか。プロの俳優の劇映画と違って、よりリアルな形で仕上がっており、当時としては、その少年院の内情のドキュメンタリーという、インパクトのある題材と相まって、強い印象を残したものと思います。

いかし、今見てみると、衝撃としても手法としても、上をいく作品が数多く出現してしまっているので、あまりインパクトを感じないのも事実です。これは、ドキュメンタリー的なものの宿命とも思いますし、ストーリーがあまりにも現実に寄り過ぎているので、ドラマ映画としては平凡の域をでないという格好になってしまいました。羽仁進はもともとドキュメンタリー作家で、この作品以降しばらくフィクションを取りましたが、再びドキュメンタリーに戻って行ったようです。そういう作品だけに、当時の風俗や雰囲気を知るという意味では、興味深い作品でもあります。

主役の浅井少年を演じる俳優は、プロではないものの、それを逆手にとったようなリアルで素晴らしい演技をしていると思いました。当時の少年院の様子は、規律訓練は軍隊調でもあり、運動はうさぎ跳びや耕運機など、いまはあまり見ない物ばかり。ちょっと懐かしい雰囲気でもあります。1961年にこの映画が衝撃的に迎えられ、確実に次に続く映画にも影響を与えていると思います。今は歴史的価値に重きを置いた鑑賞になってしまいますが、日本の映画の歴史の中では、きっと大きな役割を果たしたのではないかと思いました。

2020.8.29 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「人間蒸発」 アバンギャルドを解りやすく構築

名画を見る8月その25。今回は、1967年の映画で、今村昌平監督の「人間蒸発」を見ました。この映画に関しては、ほぼ予備知識は無いのですが、キネ旬ベストテンで第2位になっています。

あらすじ
プラスチック商社の営業マンだった大島は、福島方面へ出張した時、そのまま失踪してしまいました。婚約者の早川佳江は捜索願を出しますが、その後2年経っても消息がつかめません。ドキュメンタリー映画を企画していた監督の今村は、この事件を知り、佳江に映画出演を依頼し、ナビゲーターとして俳優の露口(露口茂)を共に行動させ、関係者へのインタビューを始めます。大島は直江津出身で、中学を卒業後上京し、商社で営業を始めました。社長夫妻は気の小さいおとなしい男という評価でしたが、4年前に会社の金を使い込んだ過去があり、これは完済していますが、失踪に関係しているのではないかと証言しました。

大島の母親は霊媒師に騒がない方がいいと言われていて、内心は迷惑がっていました。同僚や友人の話から、酒好きで女関係も派手であったという人物像が浮かび上がり、佳江の前の彼女であるキミ子に、二股をかけられて最終的に振られていたことが判ります。次に撮影班は大島の最後の足取りをたどるため福島へ向かいますが、新たな収穫は得られません。調査を続けるうちに、佳江の姉のサヨが、ある社長の愛人であり、佳江は幼いころから、だらしないサヨが嫌いで、サヨが芸者をしたり、愛人になったりしたことが不潔だと言い切ります。そして、姉の大島に対する接し方も馴れ馴れしく、不快に思っていたのでした。そして、佳江は、大島はすでに過去の人で、今は露口を好きな気持ちでいっぱいだと打ち明けました。

二人は浅草橋のサヨの自宅近辺で聞き込みを進めていくと、近所の魚屋から、佳江がいない時間に、大島とサヨが2人で歩いているのを数回目撃したという証言が得られます。佳江と露口はサヨにこの事実をぶつけますが、サヨは一貫して全く身に覚えがないと言い張ります。今村監督は、事実は誰にもわからないのだと答え、突如サヨの部屋だと思われた室内が、スタッフによって解体され始めました。実は撮影所のセットの中だったのでした。後日今村監督は、これは蒸発者に関するドラマであり、フィクションであると宣言。しかし佳江は「本当のことを知りたい」と関係者をサヨの家の周辺に集め、目撃者とサヨのどちらが正しいのか議論を始めます。大島の蒸発にはすでに興味は無く、何が真実かは判らないまま撮影は終了するのでした。



人間蒸発

物語は、フェイクドキュメンタリー形式で進んでいきます。そして、終盤になってセットを解体し、フィクションであると宣言する形になりました。フェイクドキュメンタリー形式を利用したのではなく、フェイクドキュメンタリーそのものがテーマだったという事になります。最終的にはメタフィクションの構造となって、すべて真実は虚構であるといった形になっていきます。この時期、こういった形の作品は少なくないと思いますが、この映画にはいろいろな手法が取り込まれていると同時に、今村昌平監督自身が、作中で趣旨を語るという丁寧な作りになっているので、不条理な感じで終わりがちな、このタイプの作品の中にあって、親切でもあり、またいろいろな手法は取り込まれている、見本のような感じにもなっていました。

まずは、フェイクドキュメンタリー自体をテーマにすることによって、ドキュメンタリーの真実性に疑問を呈していきます。最後にセットや撮影隊を登場させたりするのは、「仮面/ペルソナ(1966)」や、「オーケストラ・リハーサル(1979)」。後者は、セットも壊してしまいます。メタ映画構造では、「ヨーロッパ横断特急(1966)」とか面白いし、劇中劇の主人公が登場しないのは、「桐島、部活やめるってよ(2012)」とか…。限られた経験の範囲内でも、いろいろと同様の手法の作品を思い出しました。そんないろいろな手法を、監督の語りを入れて、わかり易く盛りだくさんに使って、うまく構成していると思いました。いろいろと体験出来て、見ていて興味深い映画です。

フェイクドキュメンタリー自体のメインのストーリー展開は、いろいろと証言を積み重ねていくうちに、人間のエゴや、隠された事実が明るみに出ていくというもの。そのあたりは、期せずしてこの映画を見る前に見ていた、ファルハディ監督の映画と同じ感じになっています。佳江が露口茂に傾いて行くのはどうかと思いますが、サヨと大島の関係が暴かれていくあたりは、なかなかスリルがありました。

ところで、話は変わりますが、「おととやさん」という言葉を自然に使っているのを始めて聞きました。この言葉は、最近居酒屋の名前で時々目にして、知ってはいるのですが、今でも一般に使われている言葉なのかな?とちょっと興味が湧きました。私の育った環境では、一度も現れなかった言葉なのでした。

2020.8.26 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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