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「女のみづうみ」 川端康成を題材に岡田茉莉子で描くアート

川端康成の小説「みづうみ」を原作とした、吉田喜重監督、岡田茉莉子主演による、1966年の映画です。原作を翻案した作品となっていて、内容は小説通りではないようです。現代映画社製作で、松竹配給。アートな映画が期待できそうです。

あらすじ
水木宮子(岡田茉莉子)は、会社重役(芦田伸介)の妻としての不自由ない生活の一方で、室内装飾家の北野(早川保)という愛人と、月に数回ホテルで会う関係を持っていました。ある夜、宮子は北野の願いでヌード写真を撮らせ、現像のために持ち帰る途中で、男に襲われバッグを奪われてしまいます。バッグを奪った男からの連絡で、宮子は夫を偽り、男に指定された列車で上野駅発ちました。そして、目的地近くの乗換駅で足止めを食らい。駅で待つ宮子の前に、サングラスの男が現れます。桜井銀平(露口茂)という男で、フィルム入りのバッグを奪った人物でした。

宮子は銀平に脅され、さらに銀平は金での解決には応じません。さらに、北野が宮子を追って現れ、宮子は北野と行動を始めました。温泉地のホテルに二人で宿泊し、楽しんでいると、そこに北野の婚約者の町枝(夏圭子)が現れました。町枝も強引に同じ部屋に泊まることになり、北野は宮子に、町枝と一緒になる気はないと言いますが、宮子の気持ちは離れていきました。そのころ銀平は温泉町の写真屋で宮子の裸体を現像し、さらに写真屋も宮子のヌードを勝手に焼き増したりしていたのでした。宮子は写真屋を訪ね、親父から写真を買い取ると、北野を振り切って銀平に会いに行きます。

宮子と銀平が海岸線を歩いていると、北野がやって来て桜井に襲い掛かり、その時宮子は、北野への気持ちが消えでしまいました。そして、宮子と銀平は険しい海岸線をたどって崖の上に立ちます。再び海岸に降りると、途中で映画の撮影隊に出会い、しばらく見学した後、打ち上げられた難破船の中で体を求め合いました。そして、険しい海岸性を歩きながら、ついに宮子は銀平を突き落とします。宮子がホテルに戻ると、夫が訪ねてきていました。夫にすべてが終わったと話し、二人で東京へ帰る列車の中で、宮子は銀平を見かけます。車内で銀平を追う宮子は、殺す気はなかったとは語るのでした。



女のみづうみ

吉田喜重監督、奥さんの岡田茉莉子さん主演の作品。この組み合わせは、秋津温泉を見て以来です。冒頭からアート系の美しい画像に引き寄せられます。見入っていると、芦田伸介の登場でちょっと現実に引き寄せられます。そして、代ゼミの前の人込みとかで、また少し現実に戻り、再び芦田伸介の夫婦論で、ぐっと現実に引き戻されてしまいました。しかし、そこから北陸への鉄道の旅。汽車旅の雰囲気がいい感じです。

北陸についてからも、アートな基調は続くのですが、やはり芦田伸介の夫婦論が出てから半信半疑で、北野が登場してからは、せっかくの雰囲気が、下世話で卑俗な不倫話に戻されてしまいました。せっかくなら、もっと振り切ってアートに走ってほしかったと少し残念。特に、砂丘の斜面で北野が乱入してくるところとか、ちょっと勘弁してほしい感じです。まさに、あなたなんか、ここではお呼びでないという事でした。

断崖の後の映画の撮影隊の登場で、虚構性を示したのではないかと思いました。ヨーロッパの映画でも時々見かけます。宮子が突き落とす場面は明確に映さず、暗喩的な表現でした。そして、ラストで銀平が再登場。ストーリーとしては筋が通っていますが、それでも、現実と虚構の間を行き来した感じがしました。この海岸に出てからの場面は素晴らしいと思います。芦田伸介も登場しますが、北野が消えたので雰囲気が壊れません。破船といい、露口茂の演技といい、最後までしっかりと締めてくれました。

そして、これは、鉄道の映像が美しく撮られている映画です。行きは客車急行のグリーン車。そして、話の筋からすれば、動橋駅で降りて北陸鉄道の片山津線に乗り換えです。1965年に廃止された、わずか2.7kmの路線で、脱線の復旧待ちというのがのどかです。歩いたほうが早そうですね。北野が追いかけてきたのは471系急行電車、そして圧巻はラスト。ED70のアップと旧客の直江津行きの車内。素晴らしい鉄道風景を残してくれました。北陸本線の旧客の普通列車は、何度か長い距離を乗ったことがありました。大変懐かしかったのでした。

2020.3.9 HCMC自宅にてパソコン鑑賞
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テーマ : 映画レビュー
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「鍵(1997)」 耽美的な美しさを前面に押し出した映像美

「鍵」の映画化は、5作品だと思いますが、その中で最新の作品になります。私が見るのはこれで3つ目。1997年の池田敏春監督による作品です。

あらすじ
日本画の学者、安西宗一郎(柄本明)は、妻の郁子(川島なお美)の性生活が控え目なのに物足りなさを感じ、日記に挑発的な内容を記し、鍵付きの引き出しに日記を入れ、鍵を目につく場所に置いておきます。そして、郁子は期待通りにその日記を読むようになりました。ある日、絵の批評会で、郁子は魅力的な若者、木村(大沢樹生)と知り合い、その夜夫は親しく木村と話していた妻に嫉妬を感じ、いつも以上に燃え上がります。数日後、宗一郎は木村を自宅に招き、郁子と娘の敏子(辻香緒里)の四人での夕食のあと、ブランデーを飲んだ妻が酔って風呂で寝てしまい、郁子を寝室に運んだ宗一郎は眠る妻の衣服を脱がせ、その体を舐めるように眺め、そのまま抱くと、眠った郁子の口から木村の名前が出た為、宗一郎はさらに燃え上がりました。

ある日の夜、敏子は両親の寝室から、郁子が木村の名を呼びながら興奮している夫婦生活を見てしまいます。そして、木村にドライブに誘われた敏子は、木村からプロポーズされ、結婚したいと両親に告げるのでした。木村の狙いは心臓に問題を抱える宗一郎の遺産でした。そして、母の郁子も狙いの一つでした。宗一郎の体調は、激しい夜の生活の為益々悪化していきます。そんな時、敏子の家に外出し、失神した郁子が木村とふたりきりになることがあり、宗一郎は不貞の疑惑と嫉妬は更に増長し、その夜すっかり積極的に¥なってしまった郁子を抱くうちに、脳溢血で倒れ寝たきりになってしまいました。

時は経ち、郁子と敏子が安西の死について語り合っていました。郁子の体に溺れ、半身不随となった宗一郎は、郁子から宗一郎が倒れた日の最後の日記を読んでもらい、郁子の胸に抱かれて息を引き取ります。そして、郁子は不貞によって木村と抱き合い、夫の要求にも答えていたことを告白します。宗一郎の資産に目をつけた木村と、郁子への反抗心から、木村を横取りしようとした敏子の思惑。しかし、宗一郎の道楽で、家も抵当に入り、借金だらけの状況であることは、まだ木村は知りませんでした。それは宗一郎の残酷なまでに激しい郁子への愛情によるものでした。



鍵(1997)

ほとんど、川島なお美と柄本明の演技を楽しむ映画と思います。川島なお美が美しく撮られています。「鍵」と言えば、市川崑監督の作品が、各地で称賛されましたが、この作品は市川監督の作品よりは、物語性を薄くし、二人の愛情面の表現に大きくシフトしたスタイルになっていると思いました。そういった面では、この谷崎潤一郎の名作の、核心部分を大きくクローズアップした形でなっているので、この耽美的な小説の映画化の一つのスタイルとして、成功していると思いました。

映画として楽しんでみると、いささか冗長な感じが無くもありませんでした。そういった部分は犠牲にして、映像の美しさを前面に押し出した形と思います。美しいと言っても、アート的という感じではなく、普通に映画の映像として美しい感じです。その中心になっているのが、川島なお美の衣装や動きで、ラストに近くなって、もともと性生活に一線を置いている女性が、積極的にうなればなるほど、妖艶になっていというく感じは感動的でした。雰囲気としては、京マチ子とも似た感じになっていると思いました。

冒頭で、「鍵」の映画化は5作と書きましたが、IMDbを見てみると、もう一作出てきました。「The Key」 (2014)という映画で、監督は:は、Jefery Levyという人。 インディペンデントな映画で、限定的に公開であったようです。その予告編を見ると、相当アートな映像で作られた、翻案に近い映画かなという感じがしました。これも一つの在りようとして興味があるところです。

<参考>IMDbへのリンク The Key (2014)

2020.5.14 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「わかれ雲」 美しい高原の風景と人々に癒されていく心

久しぶりに古い邦画が見たくなって、何気なく見始めました。そして、学生時代からよく遊びに行っていた、小淵沢周辺の風景が懐かしくて、思わず見入ってしまいました。1951年の五所平之助監督の作品。新東宝の製作になります。

あらすじ
高原の町へと向かう女子大生のグループの一人、藤村眞砂子(沢村契恵子)は、乗り換えの小淵沢で突然発熱してしまいました。旅館山田館の女中おせん(川崎弘子)の手配で、診療所の南医師(沼田曜一)の診察を受けると、軽い肺炎と診断されます。眞砂子は友人たちを見送って、一人山田館に残り、おせんの看護を受けながら快方にむかいました。間もなく東京から母の玉枝(福田妙子)が迎えに来ますが、眞砂子は継母の玉枝には冷たく、玉枝は寂しく一人で帰っていきます。事情を知ったおせんは、眞砂子をたしなめ、また頑なな眞砂子の心を解きほぐしたいと思うのでした。

おせんは、夫も子供も無くしてしまい、苦労してきた女。眞砂子はおせんの温かさを学び、山間の村に出向いて献身的に働く南医師の態度を学び、ついには南医師と山奥の無医村に同行し、補助をしたりしながら、眞砂子は自分の利己的な態度を反省し始めます。やがて出張の帰途、迎えに立ちよった父(三津田健)は、見ちがえるほど明るくなった眞砂子に出会い、南医師との将来の約束も整え、おせんや南医師に送られて、小淵沢を立つのでした。



わかれ雲

小淵沢駅と、その駅前旅館を舞台とした、女子学生の更生劇でした。友達と旅行に来た眞砂子は、一人軽い肺炎に罹り、療養の為に駅前旅館に取り残されます。眞砂子は母を亡くしたあと、後妻の玉枝と折り合わず、我儘な娘に育ってしまいました。この小淵沢での滞在のひと時で、眞砂子は、村の医者や女中のおせん、そして山奥の集落での医療体験を経て、素直な娘に戻り、東京へと帰っていくというお話です。

眞砂子演じる沢村契恵子は、見るのは初めてですが、正直言って可愛くない我儘女が、気持ちが変わって晴れやかになるといい顔になってくるのが印象的でした。笑う門には福来るといいますが、やはり笑顔はいいものです。そして、なにより女中の川崎弘子が良かった。そもそも美人タイプですし、苦労を重ねた姿で眞砂子を時には厳しく思いやる姿。そして、別れの記念にスプーンを貰います。(眞砂子はそんなものを渡して失礼な、と思いましたが。)おせんは、眞砂子には今の母親の心情を思いやるよう諭したものの、子供を亡くした自分は、眞砂子が大切にしている亡き母のスプーンの為に、スプーンの袋を作ってあげたのに、この行き違いとおせんの想いは複雑で、すごく寂しいものを感じました。名場面と思います。

この映画のもう一つの脇役は、中央本線と小海線の列車たちで、画面にも頻繁に登場しました。小海線はC56牽引の混合列車で、女学生たちが乗り込んだ車両は、郵便車との合造車でハユかハユ二ですね。懐かしい!帰りの中央本線の普通新宿行はグリーン車に乗車。その他いろんな雑多な客車も見えて楽しい限りでした。駅のホームの水道の水を飲むシーン。昔はそうでしたね…。いいお話に、懐かしい映像もたくさんで、いいひと時を楽しみました。

2019.10.9 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「木石」 過去の出来事に束縛されてしまった女性の悲哀

「木石」という珍しい名の日本映画。今ではあまり聞かない言葉ですが、木や石のように感情の無い様子を現わした言葉です。主人公の及川初の様子を現わします。題名からは、かなりとっつきにくい感じのする映画ですが、時間がある状況だったので、じっくりと取り組みました。1940年の五所平之助監督の作品。松竹大船の製作でした。

あらすじ
伝染病研究所の医師の二桐(夏川大二郎)は、北アルプス登山の為に、山小屋を出発したところで、急用で呼び戻されました。併設の病院に入院している少年が、研究所の看護婦である及川初(赤木蘭子)の検査によって重篤な病気であることが判明したとのこと。ところが、病院側の医師は無断の検査でメンツをつぶされた格好で、初と仲たがいしていました。二桐は双方をとりあえず宥めますが、病院の医師と、40代のベテラン看護婦の初との溝は深くなっていきます。

初は未婚でしたが、父のいない娘の襟子(木暮実千代)を育てていました。年頃になった娘に仕事の経験をさせようと、初は二桐に頼み、助手として使ってもらうことにします。しかし、未婚の初に子供がいたことが解った病院の職員の間には、襟子の父親が、かつて初が仕えていた有馬博士ではないかという噂が広がります。一方、二桐は明るい襟子に一目ぼれしてしまい、二人の仲が深いものになっていくと、母の及川初は徹底して二人を遠ざけようとしはじめます。そんなある日、有馬博士の訃報が入りました。

初は、有馬博士の弔問から帰ると、ますます関係が深まる二桐と襟子を頑なに別れさせようと、出勤まで止めようとしますが、襟子を愛した二桐は、付き合いを認めさせようと正式に初と向き合います。そして初から、襟子は初の子ではなく、有馬博士がある高貴な令嬢との間に作ってしまった子を、その令嬢の世間体から初の子という形で引き取ったというとを告白します。初は自分の経験から、医師の愛など信じられなくなっていたのですが、真剣な二桐の気持ちを理解し、二人の間を認めます。しかし、初は研究所の事故で感染症に罹り、すぐに息を引き取ってしまいました。臨終の初は、二桐に「及川初は処女でございました」と一言言い残したのでした。



木石

木石(ぼくせき)とは、木や石のように、情も感覚もないものこと。この映画の主人公、赤木蘭子が演じるオールドミス、及川初を表現した言葉です。そして、なぜ彼女がそうなったかということが、彼女の助手として研究所に連れてきた、襟子(木暮実千代)の出生の秘密を通して語られるという内容です。今の時代に見ると、ちょっと古風な話で、現実感に乏しいですが、この時代の女性の立場の一面をうかがい知ることができる作品でもあります。

やはり、主人公である赤木蘭子が素晴らしいと思います。木石の題名通り無表情で徹底する冷たい女性の、その情念の強さと寂しさがよく表演されていると思いました。夏川大二郎も好演でした。監督の五所平之助は、元々は松竹の小市民映画系の監督さんですが、この映画を見ていると、主題は小市民というようりは、普通の映画と融合して、人情をゆったりとした流れの中で描き出していくような感じがしました。この一つ前に見た「わかれ雲」のおせんにも、及川初と似たようなものを感じます。

冒頭の北アルプスの風景が素晴らしいです。黒菱ということから、白馬ですね。高原の草花の美しさが目に浮かびます。山岳のシーンは、冒頭とラスト。冒頭のこれから山に向かっていく、期待感高まるようなシーンは、見ていてもわくわくします。

2019.10.12 HCMCからDONG HOIへの旅行中に、機内及びホテルにてスマホ鑑賞

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「必死剣鳥刺し」 藤沢周平の隠し剣シリーズの1作を映画化

藤沢周平の時代劇、ひところハマっていました。人情噺がとても面白く、読みふけった記憶があります。そんな藤沢周平の作品集である、隠し剣シリーズからの一編。2010年の作品で、監督は平山秀幸。東映の配給です。モントリオール映画祭のコンペティションにノミネートされました。

あらすじ
海坂藩で近習頭取を努める兼見三左エ門(豊川悦司)は、藩主の右京太夫(村上淳)の愛妾、連子(関めぐみ)を場内で刺殺します。当時連子は、右京を通じて藩政に口出しし、思うがままに藩主に冷酷な進言を行い、気に入らないものを抹殺していたのでした。三左エ門は最愛の妻、睦江(戸田菜穂)を病気で亡くし、死に場所を求めての行動でしたが、下されたのは意外にも一年の閉門。その後、再び仕えることになります。釈然としないながら、亡き妻の姪である里尾(池脇千鶴)に励まされ、再び活力を取り戻していきます。

ある日三左エ門は、彼の斬首を思いとどまらせた人物である、中老の津田民部(岸部一徳)から、右京暗殺計画の情報を入手したと聞かされます。民部は。「鳥刺し」という必殺技を持つ剣豪の三左エ門に対し、計画を阻止することで藩への貢献の機会を与えたのです。相手は、藩主の従弟である剣の達人、帯屋隼人正(吉川晃司)。彼は、臆せず藩主に意見する唯一の存在でした。三左エ門は、藩命に従うことを決意しました。

ある日隼人正は屋敷に乗り込み、屋敷内で斬り合いが発生。三左エ門が立ちはだかりこれを倒します。しかし、そこに現れた民部たちに取り囲まれてしまいました。全ては民部の策略、右京太夫は三左エ門を許した訳ではなく、民部の計略に従い、利用して亡き者にする腹だったのです。三左エ門は民部配下との斬り合いで重傷を負いますが、その激闘の中で、藩主を操る黒幕が民部であったことを知ります。一人の配下が三左エ門に刀を突きたて、ついに力尽きたと思われたとき、倒れた三左エ門に近づいた民部に誰も見たことがないという秘剣「鳥刺し」を使用し、民部を打ち取ると、殺到してきた配下の前に力尽きたのでした。



必死剣鳥刺し

「切腹」を見た後で続けて見始めた必死剣鳥刺しですが、妙に話の内容が頭の中で混乱してしまいました(笑)。さて、天涯孤独となった兼見三左エ門が、藩を救うため権威を振う側室の連子を刺殺。重罰が下ると思いきや生かされ、剣の腕を見込まれ再び出仕することとなり…というお話。どちらかと言えばストーリーを楽しむ時代劇ドラマという形と思います。主役の豊川悦司がなかなかいい味を出しています。あと、目立つのは岸部一徳でしょう。いかにも悪者という感じで。

昔々、藤沢周平にはまって、かなりの作品を読んだことがあって、その内容はほとんど忘れてしまいましたが、海坂藩ものもいくつか楽しんだ記憶があります。そういう記憶からくるイメージで、この映画を見始めたのですが、あまり藤沢周平的な雰囲気は感じませんでした。藤沢周平のイメージはむしろ「たそがれ清兵衛」の方が良く出ていて、ましてやあちらは山田洋次監督で、雰囲気も近いものがあります。そういう意味ではちょっと期待と違ったような。

そうはいっても、ストーリーとしてはなかなか面白いもので、いわば短編小説的なオチの決まっているストーリー。原作は、隠し剣シリーズに含まれ、秘伝の剣術を披露せざるを得なくなる設定の一連の短編集です。誰も見たことの無い、披露したことの無いような剣術とは…。そして、この隠し剣シリーズは、他に2本も映画化されています。それらも、ぜひ見てみたいです。やはり、藤沢周平の世界は大好きなものですから…。

2020.1.23 自宅にて、NHKBS Premium の録画鑑賞

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「獣の宿」 黒澤明脚色による湖畔の宿の小さなサスペンス

黒澤明の脚色による映画ということで、期待して見てみました。原作は藤原審爾の「湖上の薔薇」(1950)で、秋津温泉を始め、数多くの映画化作品がある昭和の小説家です。1951年の大曾根辰夫監督による作品で、松竹京都の製作になります。

あらすじ
湖畔のホテルに、町で人を殺し、途中で老婆を撥ねてしまった健(鶴田浩二)が逃げ込んで来ました。ホテルの支配人弥造(志村喬)は、もともとはヤクザ者で、今は完全に足を洗っていましたが、以前を知る健を追い出すことが出来ず匿ってしまいます。そして健が轢き逃げした老婆のことで小谷巡査(藤原釜足)がたずねて来ても、健のことを告げることが出来ませんでした。

弥造の孫娘の由紀(岸惠子)は、弥造と二人でホテルを切り盛りしていました。由紀は弥造がいつまでも健を匿っていることを不審に思い真相を知ろうとします。一方健は美しい彼女を見て、欲情を果たしたいと襲いますが、果たせません。そこに、健の身代わりになった弟分次郎の情婦ユリ(小林トシ子)が、次郎を救って貰おうと健を訪ねて来ますが、却って健に犯されてしまい、ユリは湖に身を投じて死んでしまいます。

その事件から警察が動き出し、ユリの関係者や本庁の刑事も現れ、健の身辺が危なくなると、宿は騒然としてきます。弥造は、由紀を案内に立て、健を死んだ老婆の家に隠しますが、それを機会にまた健は由紀を襲おうとします。由紀は健を拒みますが、そこに弥造が現れ、由紀の様子を見て純潔がけがされたと思い、健を猟銃で撃ち殺しました。翌日弥造は、湖畔に小谷巡査を訪ね、由紀のことをくれぐれもと頼むのでした。



獣の宿


黒澤明脚本による、ちょっとしたサスペンス。もとヤクザの志村喬が、過去の関係を断ち切れずヤクザの支援をしたために、孫娘が巻き込まれてしまい…。という物語で、そういった過去の稼業を孫娘にいままで隠していた志村喬の葛藤が描かれています。ヤクザを演じるのは若き鶴田浩二。ヒロインは岸恵子という豪華な顔ぶれでした。

鶴田浩二の悪人ぶりが目立ちます。そして、過去のしがらみから鶴田浩二をかくまわざるを得ない志村喬がいつも通りの名演です。岸恵子の由紀は、ちょっとデキ過ぎかな?ほんとにそんな子はいるの?と思ってしまいました。志村喬の葛藤がメインテーマと思われる湖畔の宿での短期間の出来事を描いた作品ですが、あまり強い主張も感じられない表現で、かと言ってサスペンス的にもあまり緊張感は無く、インパクト不足感が残りました。

学生さんたちがじゃんけんで岸恵子とダンスする順番を競うシーン。このころはこういうのって普通だったのですかね?スナックとかでチークダンスをするということは最近でもありますが、ここは旅館ですし…。それに上手いとか下手とか言っているけど、こういうのに上手い下手ってどういうことなんだろう?と考えてしまった次第でした。この映画は、花売り婆さんの犬が一番まともな登場人物?かもしれません。

2019.10.13 Dong Hoiのホテルにて、i Padにて鑑賞

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「誘惑 (1948)」 原節子と杉村春子、濃厚な不倫メロドラマ

新藤兼人の脚本、吉村公三郎監督による、1948年の作品です。見てみるまでは知りませんでしたが、かなり濃厚なテイストの不倫劇。それも、女優二人の演技と撮影技法がかなりの見ものでした。松竹大船による製作になります。

あらすじ
代議士である矢島隆吉(佐分利信)は、恩師の墓を訪れた時、師の娘の孝子(原節子)に出会い、彼女の学業と生活の援助を申し出ました。家庭教師の名目で隆吉の家に住み、孝子は子供たちにも慕われるようになっていきます。隆吉は、孝子の友人で医大生の武田(山内明)が学資の為のヤミ行為で逮捕されると、気持ちよく罰金も援助しました。その頃、隆吉の妻時枝(杉村春子)は、胸の病いのため療養所に入っており、月一度家族全員で訪ねているのでした。

ある日孝子も一緒に療養所を訪ねた時、時枝は孝子の健康と美貌にたまらない羨望と嫉妬の念を覚えます。一方、隆吉は過労が重なって出先で倒れ、孝子は電報を手にかけつけますが、意外にも隆吉は既に回復していました。その夜同宿することとなった二人は、酒を飲み、ダンスに興じ、意気投合しますが、孝子は一線を踏み越える前にと、振り切って東京に帰ることにし、隆吉もその後を追います。東京の自宅に着いた二人は、やはり欲望を抑えきれずしっかりと抱擁を交わしたその時、突然時枝が帰ってきて、嫉妬に狂い孝子を罵倒しました。

孝子は家を出て元の寮に戻ると、罪は晴れたが田舎に帰ることにした武田が、荷物をまとめているところでした。そして、孝子は武田のプロポーズを受け、孝子は武田とともに翌朝の汽車で一緒に彼の田舎に行く約束をします。しかしその時、時枝の病状悪化の知らせを受けた孝子は病床に駆け付け、時枝がその末期に「隆吉と子供を幸福にして下さい」と頼む言葉を受け、武田と行動を共にすることをやめ、隆吉の家の人となったのでした。



誘惑

内容は知らず見始めたのですが、なかなか際どい表現と演出の多い映画でした。いきなり同じ布団に寝るというシチュエーションが作られ、あとは徐々に不倫劇へと発展していきます。佐分利信の家に住み込むようなってからは、すぐに二人の関係は気持ちの中で進展していったようです。佐分利信も、次々といろんな便宜を与えていくので、出会った時からすでに下心見え見えですね。世間体を取り繕ってはいますが、正義感が売りの議員さんが、女子大生を妻が不在の自宅に住まわせ、援助をしているという形になります。

この映画は、これでもかというような表現の濃さが徹底しています。縄跳びの足、ダンスの足など執拗に映しながら、そこに気持ちを込めていく。溌溂とした感じ、元気いっぱいな感じ、いかにも愛情が深くなっていく感じなどなど。原節子は、部屋で二人でビールを飲みながら、執拗な媚びた表情を見せつけます。これはちょっとしつこいくらいです。ともかくこの映画は、原節子が佐分利信の旅館に行ってからは、むずむずするくらいの濃厚な不倫劇が始まり、「だめですよ~」とか思いながらも、揺れながら進行していきました。 冬ソナを見ているような感じとでも言いましょうか…。

そして、杉村春子の恐怖がやってきます。ドアを開けた二人の驚きの表情から、まずそれと知らしめ、その後、杉村春子の後ろ姿を映し、今か今かと待ち構えるところへ、口元を覆った杉村春子の顔が暗闇に浮かび上がり、口元をあらわにしていく…。これはホラー以外の何物でも無いですね。末後の杉村春子も、二人が愛し合っているのを知っているとはいえ、自分の子供を押し付けて原節子の将来を決めつけてしまう、というのもどうかと思います。ストーリー的には、中流の中年男のいやらしさが透けて見えるようなお話で、この人たちは皆どうかしているのではないか?と思うほどの登場人物ばかりなので、あまりストーリーに関心も共感もしませんが、ともかく不倫劇、いや映画のしつこいばかりの表現には脱帽の一本でした。

2019.10.15 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「高原の駅よさようなら」 楽しくまとまった高原の歌謡映画

日本の古い映画からの鑑賞。1951年(昭和26年)の作品で、監督は中川信夫。新東宝の製作です。ヒロインは香川京子で、初期の初々しい作品。そして、主題歌が有名ですね。気軽な鑑賞です。

あらすじ
若き植物研究家の野村俊雄(水島道太郎)は、病床にある恩師伊福部教授が、野村を娘の啓子(南條秋子の)婿養子にしたいという申し出を振り切って、先輩である池島良寛(柳永二郎)の働く高原の療養所に逃避しました。野村は高原の療養所で、看護婦の泉ユキ(香川京子)と知り合い、一緒に植物採集に出かけたりしているうちに、二人の間には愛情が芽生えてきます。ところがある日、野村は崖から転落し大怪我をし、その時秘かにユキを愛している、彼女の幼馴染の村の青年、戸田直吉(田崎潤)に救われたのでした。

ユキをめぐる愛情の波乱は、冷静で男性経験の豊富な女医、三神梢(相馬千恵子)の知るところとなり、梢は野村に病院から立去るように要求します。そこへ野村の怪我を知って啓子が駆けつけ、野村に父の病状が悪化したことを告げ、一緒に帰るように促し、野村と啓子の間柄を知ったユキは、絶望して姿をかくしてしまいました。野村や直吉を始め皆でユキを捜索。救い出すことが出来たがユキの野村への愛情は、依然断ち切り難いものでした。しかし野村は恩師を見捨てることが出来ず、啓子と共に高原を立去って行く。野村を忘れられないユキは、直吉の馬で追いかけ、信濃追分駅で野村を見送り再会を約すのでした。



高原の駅よさようなら

楽しいですね。このところ、いろいろと日本の昔の深刻な映画を見続けましたが、こういった晴れやかな映画を見ると楽しくなります。基本的には音楽を基調にした歌謡映画スタイルがあり、いろいろなシーンには歌は無くとも印象的な音楽がつけられています。山の中で雷雨に遭遇する場面とか、アルプス交響曲を映画で見ているような雰囲気です。曲は全然違いますが、イメージとしてです。

香川京子が美人であることを強調するようなアップがたくさん登場するところもなかなかよろしいのでは。いろんなところでいろんな表情で出てくるので、彼女のPVのようでもあり、この時期あまり見かけないラブシーンもありで、楽しめます。また、浅間山麓を走る高原の馬車が新たな登場人物の出現を告げます。その馬車で登場人物が高原の診療所に現れ、また去っていく。この映画のアクセントです。

何かと怪談で有名な中川信夫監督ですが、ここでは見せ場をきっちり作って楽しい歌謡映画に仕上げています。そう、診療所の受付に所長に面会を求めて現れる来客のパターンも面白い作りになっていました。馬車のシーンも含め、古典音楽の様に、きっちりした構成になっているところも面白いです。最後は信濃追分駅のシーン。汽車が動きだしているのに、水島道太郎をアップが入ると動きが止まって見えるという感じがご愛敬でした。

2019.10.13 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「この広い空のどこかに」 それぞれの幸せへと進む道のり

1954年に公開された日本映画。松竹大船の製作で、いわゆる小市民映画の流れの中に入ると思います。木下惠介の妹である、楠田芳子による脚本を松山善三が潤色し、小林正樹が監督しました。日本国内の賞では、高峰秀子、久我美子などいろいろと受賞した映画でもあります。

あらすじ
川崎で酒屋を営んでいる森田屋は、主人の良一(佐田啓二)を中心に、嫁いできたばかりのひろ子(久我美子)も商売を支えています。森田家には、母しげ(浦辺粂子)、足が不自由で婚期を逃している妹の泰子(高峰秀子)、明るい学生の弟の登(石浜朗)が同居していました。明るく振舞うひろ子ですが、家族とはまだ完全に馴染めたとは言えず、夫が頼りの苦労の多い毎日でした。登は前向きで明るい青年ですが、友人の三井(田浦正巳)は、現状に絶望し、明るい未来を見いだせないままで、結核を病み故郷に帰ってしまいます。

職を探しに上京したひろ子の友人の信吉(内田良平)が、ひろ子を訪ねてきた時、しげや泰子はひろ子との関係をいろいろ臆測し、家族の中に波紋が生まれます。しかし良一は、理解のある丁寧な態度で接し、ひろ子は良一と幸せな家庭を築くことを誓いました。泰子は足が不自由という劣等感から、かたくなな性格になり、周囲の人々と軋轢を生んでいましたが、昔共に働いていた俊どん(大木実)が、今でも変わらぬ愛情を泰子に持っているのを知り、俊どんの故郷、赤石山麓で一緒に生活することに新たな幸福を見出します。そして、泰子の希望を取り戻した手紙を読み、家族全員に明るい笑顔がみられるようになったのでした。



この広い空のどこかに

安心できそうな名前で、穏やかに見始めた松竹のホームドラマでした。冒頭、味噌を買いに来たオバサンの家族が主人公と思ってしまいましたが、店のほうの家族が舞台であり主人公だったのですね。主人の佐田啓二、新妻の久我美子、母の浦辺粂子に、弟で明るい青年の石浜朗そして、妹で体を悪くして厭世的になってしまった高峰秀子という構成。これに、久我美子の元男友達、高峰秀子を見守る故郷の青年、石浜朗の友人の学生と、高峰秀子の旧友が少しづつ絡みながら、この家族の心を動かしつつ、物語を進めていきます。

久我美子の若奥様ぶりが眩しく思いました。よくできた奥さんとはまさにこれ!という感じで、理想的な女性に思います。一方で、佐田啓二は、旦那としてはちょっと出来過ぎくらいです。こんな旦那がいたら、家庭はどこの家庭もうまくまとまるのでしょう。浦辺粂子にしても、次世代への愚痴を挟みつつも、実は久我美子との付き合い方を悩んでいたという、いいお母さんでした。この家庭は、すべての人が理想的な人々で構成されています。そういう意味では、あまりに理想的な家族を中心に描いてしまいがちな、後々の松竹ホームドラマと繋がるのかもしれません。

その中でハンデを負ってしまった高峰秀子が、素晴らしい演技でした。心の闇を現わすような言動で、家庭のマイナス勢力になってしまいますが、家族の人々の激励とも思える叱責に自ら変わっていき、幸せをつかむ為の行動を始めていきました。

その様な困難を一つ一つ乗り越えていく、理想的な家族ですが、彼らの心を動かしていった人々が、いずれも敗者となって東京周辺から離れていく人々、あるいは下層の人という構図になっています。出来上がった中流家庭と、そこに這い上がろうともがいてきた人々の対比で、それぞれの意図とは離れたところで、この家族は周囲のこれらの人々の動きに影響を受け、その敗者の行動の上に幸せが成り立ったという形になっていると感じました。これに対し、物干し台から幸せのおすそ分けによる恩返しの気持ちと、高峰秀子が山奥に向かうことによって、幸せへの向かい方の多様性を表現し、夢破れて田舎に帰っても最終的にすべての行動が肯定的にとらえられるのだ、という解釈かな?と感じました。

2019.10.16 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「銀座カンカン娘」 戦後4年目の大衆文化総出演

高峰秀子のヒット曲となった銀座カンカン娘ですが、その明るい曲が楽しい映画です。古今亭志ん生も出演して芸を披露しています。そんな楽しい昭和のミュージカル。1949年の島耕二監督の作品です。

あらすじ
引退した落語家の新笑(古今亭志ん生)と妻のおだい(浦辺粂子)の暮らす家には、昔世話になった恩人の娘お秋(高峰秀子)と、お秋の友人のお春(笠置シヅ子)が居候していました。新笑の甥の武助(灰田勝彦)は、会社の合唱隊を組織して歌に精進、お春は声楽家、お秋は画家と、みな芸術の意欲にもえていたのです。しかし文なしの娘達は、絵の具もピアノも買えず、お秋は職さがしに出ようとすると、おだいにポチを捨ててきてくれと頼まれてしまいます。ポチをつれたお秋が困っていると、映画のロケ現場に行き当たり、エキストラでポチと出演。そして、主演女優が池に放り込まれることを拒み、お春をよんできて代行させました。

2人は、そのエキストラで知り合った白井哲夫(岸井明)の世話で、銀座のバーで歌を歌うことになり、毎晩バーからバーへと出かけるうちに、いくらかの貯金も貯まります。ところが、新笑の家では、家賃が払えなくなっており、恩返しとばかりに貯金をはたいて新笑の苦境を救いました。武助も会社をクビになってしまい、お秋たちに加わって銀座で流すうちに仲良くなり、新笑も現役復帰。武助とお秋は結婚して田舎で生活することを決め、出発の夜に婚礼の宴。新笑の口上が冴え渡るのでした。



銀座カンカン娘

言わば居候の、お春とお秋のコンビも楽しい音楽劇。高峰秀子のヒット曲となった銀座カンカン娘を中心に、灰田勝彦や笠置シヅ子の歌唱も見られる豪華な歌謡映画となっております。2人も居候を置いて、それで家を追い出されそうになるという、ほのぼのとした設定も楽しくなります。笠置シヅ子は寝てばっかりでゴロゴロしているところなどが、居候然として面白いところ、また高峰秀子のあられチャンメガネも若々しい感じで良かったです。

絵画、歌、映画撮影、銀座で流しのポップス、そして落語と、当時の大衆芸術が盛りだくさんに散りばめられていました。映画撮影現場のエキストラ出演は、ストーリーの展開に繋がるだけで深くは触れられませんが、ユーモラスに描かれていました。そして、銀座カンカン娘はいろいろなバージョンで歌われていて、なかなか楽しめました。

最後に、古今亭志ん生の落語を見ることができます。高座の映像がほとんど残っていないとの事、名人芸を見られる貴重な映像らしいです。新婚夫婦を送り出す一席は、大変感動的だったと思いました。そして、終始取り仕切っている感じの浦辺粂子は流石に味のあるいい演技だと思いました。当時の大衆文化総出演という感じで、往時を偲びながらの楽しいひと時でした。

2019.10.19 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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