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「ゆれる人魚」 至宝のファンタスティック・ミュージカル

この映画の予告編を見て、長らく見たい見たいと思っていました。そもそもファンタジックで、エロスもあり、グロくもあり、コメディでもあり、何か自分が見たくなる要素がすべて詰まっているような気がしたのです。という訳で、Amazon Primeの会員特典にあったので、見てみることに。2015年のアグニェシュカ・スモチンスカ監督によるポーランドの映画。ポルト映画祭の作品賞ほか、各地のファンタスティック映画祭を中心に、22受賞、18ノミネートという成績を収めました。有名どころでは、サンダンスとかも混じってますね。

あらすじ
美しい姉妹の人魚がいました。浜辺で歌う人間を見た彼女たちは、自分たちの歌で彼らを引き付け、食べてしまいます。

80年代のワルシャワのストリップ・クラブ。支配人(ズグムント・マラノウィクズ)は店内の見回り中に、かくまわれていた姉妹の人魚を見つけます。驚いた支配人は、これは受けると考え、早速彼女たちをステージに上げることに。姉妹の名は、姉が金髪のシルバー(マルタ・マズレク)、妹が黒髪のゴールデン(ミハリーナ・オルシャンスカ)でした。ステージ衣装をつけて、バックコーラスを担当しながら、姉妹が曲の合間で、大きなボウルの容器に入ると、たちまち人魚に変身し、観客は大喝采。たちまち、姉妹は人気者になりました。

メインボーカルの女性・クリシャ(キンガ・プレイス)と、ドラムの男は関係があり、加えてベースの青年・ミェテク(ヤーコブ・ジェルシャル)は三人で同居していました。姉妹はこの家に一緒に住み始めます。シルバーはすぐにみなと打ち解けますが、ゴールデンは人見知りが激しいようでした。ゴールデンは孤独を感じ、町に出て男を虜にし。次々と食べてしまいます。一方、シルバーは、ミェテクに恋をしてしまいました。しかし、人魚は恋をした相手が結婚してしまうと、夜が明けるまでに食べなければ自分は海の泡となって消えてしまうのです。

シルバーはミェテクに告白しますが、魚とはできないと断ります。シルバーは、ミェテクに自分のうろこを渡し、これでベースを弾いてと言って、キスを交わしました。ところが、ゴールデンが人間を食べたことが発覚し、刑事がやって来るようになると、ゴールデンとシルバーを海に捨ててしまいますが、すでに姉妹の虜になっていた三人は放心状態で活動できなくなり、姉妹も何事も無かったようにクラブに戻ってきてしまいました。

ミェテクに恋をしたシルバーは、人間になる手術を受けますが、尻尾がなくなると声も失ってしまいます。そして、再びミェテクと愛をかわしますが、ミェテクはシルバーの思いを受けず、人間の女性と恋に落ち、シルバーのうろこもあっさり捨てられてしまいました。そして、ミェテクの結婚式の時、シルバーは、「朝までにミェテクを食えば、海の泡にならずにすむ」と言われ、夜明け前まで行動に移せないシルバーは、夜が明ける直前に、ゴールデンが見守る中でミェテクとダンスを踊ります。シルバーは一度は牙をむいてミェテクの首を噛もうとしますが、どうしてもミェテクを食べられず、恋人の肩に頬を寄せたシルバーに朝日が差し込み、そのまま泡となってしまいました。

その瞬間、見ていたゴールデンは、駆け寄ってミェテクに飛びつき、喉笛を噛み切ると、クリシャや支配人が見ている前で海へと飛び込み、海の底深くゴールデンは去っていったのでした。



ゆれる人魚

三大ファンタスティック映画祭である、ポルト映画祭のグランプリ作品ということで、心してみました。ファンタスティック映画祭の受賞作品は、個性豊かで大好きです。この映画も、いろんな仕掛けがあって大変面白かったと思いました。人魚の二人はセミヌードなんですが、それでいて全く自然なところがまず気に入りました。そして、あの長い尻尾の造形は、意表を突くもので素晴らしいと思います。魚臭いそうです。いかにもそんな感じ…。上半身とのアンバランス感がなんとも面白いところでした。

それだけでも、すでに楽しいのですが、幻想的な物語のはずなのに、なんとも安っぽいシチュエーション。ストリップクラブのベーシストと、あまりにも一途な人魚との組み合わせ。移植手術は、そんなんでいいのか?と突っ込みなるようなやり方。普段と人間を食べる時との顔つきの落差。最後にベーシストにとびかかるゴールデンの姿、などなど見どころを上げると枚挙に暇がないという感じでした。シルバーが泡と消える幻想シーンで盛り上げたあとで、一気にこわしに行くゴールデンという組み合わせも、いろいろバランスを取っていて見事だと思いました。

ミュージカル仕立てですが、最初の方の曲は演歌まで思わせるような、レトロな曲から、入れ代わり立ち代わりで、現代風のディスコっぽい曲まで、そして、時々流れるバラード調の曲はなかなか良かったです。最後まで、規定観念を覆していくような感じで、かつポップな感じでノリが良くて、しかもレトロな雰囲気まで織り込んでの楽しい映画でした。やはり、ファンタスティック映画祭ものは目が離せません。というか、全部見てみたい!!!

2019.11.3 Chau Duc への旅行の帰りに、スマホ・Ipadなどいろいろ鑑賞
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「残像」 いい映画はいい!と、断言したくなるような映画

出張に、iPadにダウンロードしての機内鑑賞です。日本に帰った時やっていたんですが、見そびれてしまい心残りになっていた映画です。アンジェイ・ワイダ監督最後の作品。社会主義リアリズムが吹き荒れている時代の芸術家の苦悩を忠実に映像化した作品です。

あらすじ
ポーランドがスターリンにより、東側陣営に組み入れられた時代。アヴァンギャルドなスタイルの画家ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキ(ボグスワフ・リンダ)は、社会的リアリズムへの転換を拒否。それによって大学から追放され、美術館からも作品が撤去されてしまう。だが彼は、信奉する学生たちの協力を得ながら、自らの主義を貫こうとするが、政府からの圧力は日に日に増していく…。



野外授業を行う、ストゥシェミンスキ教授。片足を失った教授は傾斜を転がりながら降りてきます。その授業で語られる視覚理論は学生たちに評判でしたが、とりわけハンナ(ゾフィア・ヴィフラチュ)はその理論に大変共感しているようでした。アトリエで絵筆を振るう教授の部屋が、一瞬赤く染まります。それは、教授の部屋の外に、大きな赤いスターリンの垂れ幕が下りたからで、教授は邪魔な垂れ幕を窓から切り裂いてしまいます。それが元で連行された教授は、担当官から社会主義政策の指導に従うよう促しますが、教授は受け入れません。

教授のアトリエには、時々娘のニカ(ブロニスワヴァ・ザマホフスカ)が訪ねてきます。彼女は、病気で入院している母と過ごしながら、時々父の様子を見に来ているようでした。アトリエでは娘が学校の劇の練習をしていましたが、それは為政者を褒め称えるもの。教授は複雑な表情で見ています。ある日、教授の授業中に、文化大臣が訪れ、強引に時間をとって講演し、これからは芸術は政治の為にあるべきと説き、社会主義リアリズムを実践するよう要請します。しかし、教授は逆に文化大臣に向かって、芸術の独立性を説き、政治とは無関係だと反論しました。

その日から、教授への迫害が始まりました。大学は解雇され、芸術家の組合からも追放されてしまいます。信奉する学生たちは、学生の展覧会場を破壊され、教授の理論を残そうと、アトリエに集まって口述筆記をしようとしますが、彼らは連行されてしまい、助けてほしければ教授が主張を変えろと脅迫されます。そして、解雇され生活に困っている教授は、宣伝ポスターなどの制作に職を見つけますが、これも密告によって横やりが入り、組合員でないものは雇用してはいけないと理由から解雇。食事も満足にとれない生活の中で、教授自身の体も蝕まれていきました…。

残像

映像に見入ってしまいました。物語がテンポよく進むとかではありません。とにかく、見入ってしまったのです。なかなか稀有な体験です。ストゥシェミンスキ教授はあくまでも物静かであり、芸術家であり、確固とした信念をもって活動に当たり、学生を指導しています。その姿を刻々と描いていく中で、得も言われぬ緊張感が漂い、目が離せなくなります。教授の生活はじわじわと奪われていき、健康も蝕まれていきます。市井の人々は教授に普通に人間的に接していますが、いざ決まり事を運用するということになると、全く妥協がありません。政府のお達しは厳格に守られます。

アバンギャルドから社会主義リアリズムへ。その変革が最も明確に表れたのは、本家のソ連でしょう。ロシアアバンギャルドの時代、1910年から、30年までは、むしろ革命と同調して発展していきました。そして、スターリンの文化革命によって収束し、社会主義リアリズムの時代へと入っていきます。それは、社会主義を称賛し、革命の勝利を誰にもわかるように平易に描き、人民を思想的に固め教育する目的を持ったもの。いわゆる政治的な宣伝の一種で、東欧、中国、北朝鮮へと伝播していきます。芸術家は転向するか、地下に潜るか、亡命するかということになってしまいます。

私にとっては、社会主義リアリズムは、同時代の自己中な現代芸術と比較してわかりやすく、卓越した芸術家によるものは表現の中に、現代的な芸術性は確かに存在するので、プロパガンダや、古風で耳障りの良いだけのものを排除してしまえば、好きな部類に入ります。でも、ロシア・アバンギャルドと、社会主義リアリズムの両方に時代に生きた作家は、やはりアバンギャルド時代の方がはるかに迫力がありますね。プロコフィエフもそうだし、モソロフに至っては、すっかり政府の迫害によって変えられてしまいました。当時の芸術家たちの選択は千差万別だと思います。ショスタコーヴィチのように、ギリギリの線で両立していながら、きっちり自分の芸術を守っていたような人もいますし。

話が脱線してしまいました。アンジェイ・ワイダの最後の作品を見つつ、彼の代表作である、「抵抗三部作」から脈々と続く、気骨に思いをはせ、この映画の冒頭で出てくる視覚と残像の話に、人類の普遍的なものの見方を感じ、それを最後の作品に我々に問いかけてきたのだと理解しました。と偉そうなことを書いても、彼の作品をたくさん見ている訳ではないので、まだ人生が続く限り、勉強していきたいものだと思います。最後に巨匠の手になる映画の迫力に触れ、改めて襟を正すことができたと思いました。

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「ポルノグラフィア」 戦時下のポーランドを描く文芸作品

GYAO!無料配信で、なんとなく見始めた「ポルノグラフィア」ですが、多少扇情的な名前ではありますが、ポーランド映画ということで、東欧の暗い雰囲気のドラマではないかと予測。GYAO!の表題には、「ポルノグラフィア 本当に美しい少女」と副題がついていて、確かに、DVDにも小さく副題がついています。この手のDVDの邦題にはもう騙されません。煽情的な副題やジャケットは、目を引くための常套手段であり、内容は異なる物。それは、知ってます。ある意味それが効果があることも知ってます。私がこうして見始めている訳ですから。

あらすじ
ナチス占領下のポーランド。ワルシャワのとある部屋に集まり、芸術談議に暮れるインテリの人々。そこで出会ったフレデリク(クシシュトフ・マイフシャク)と、ヴィトルド(アダム・フェレンツィ)は、南部の友人の農園で共に過ごすことにする。戦火が絶えない中ので農園での生活で、その家の娘へニア(サンドラ・サモス)と幼馴染のカロル(カジミェシュズ・マズール)の姿を見て、すでに、弁護士と婚約しているへニアと、カロルを結び付けようと画策するが…。



ナチスの占領状態にあるワルシャワ。知識人たちの会話は、かつてオープンなカフェで行なわれていましたが、今ではどこかの部屋で行なわれています。そんな中にやってきたフレデリクに出会ったヴィトルドは、彼を南部の農園を営む友人ヒポリトの農場での滞在に誘い、そこで過ごすことにしました。しかし、南部の田舎といえど、ナチスの影は濃く、時折周囲では銃撃戦も起こっているようでした。

ヒポリトの家族は、妻と年ごろの娘へニア。へニアを見たフレデリクは、彼女が弁護士のヴァツワフと婚約していることを知り、また、へニアと美男子の管理人の息子であるカルロが幼馴染であることを知った時、へニアとカルロを結び付けようという策略を思いつきます。いろいろな手を使って、お互いの隠された思いを、顕わにして恋に変えようとものでした。そして、フレデリクは映画の脚本を書いていることにして、その検証のために二人にラブシーンを繰り返し演じさせ、ついに、ヴァツワフにそれを演じているところを、演技と告げずにのぞき見させ、彼の心を混乱させます。

ちょうどその頃終戦を迎え、今までの自分のやってきた行いに、すっかり恐れをなして神経をやられてしまった将校が、ヒポリトの元に助けを求めてやってきますが、相手にしきれずに幽閉し、役所の判断を待つことにしました。ヒポリトの妻も戦争ですっかり参ってしまっていて、あちこちに酒を隠しては飲み続け、アル中状態でした。フレデリクはそんなヒポリトの妻に、物語を語ります。ワルシャワでユダヤ人との娘を持っていた男は、外出のたびに娘を押し入れに隠して出かけていた。男の帰りが遅かったので、娘は大丈夫だろうと街に出てしまい、捕まってしまう。男はその光景を発見し近寄ろうとするが、娘に「パパ!」と叫ばれたとき、思わず身を隠してしまった。そして、娘は収容所に連れ去られて行った。それは、フレデリク自身の話でした。

囚われた将校を殺せという命令が下り、だれが実行するか話し合いますが、最終的にはカルロにやらせることに。そして、将校にドアを開けさせる役をへニアが行い、見事に事を成し遂げます。そしてフレデリクは、娘の形見を使用人の少女ベロニカに残し、一人農園を去っていくのでした。

ポルノグラフィア

といった、重苦しいストーリーです。その中で若いへニアやカルロ、ベロニカの姿が、奔放に描かれ、ポーランドの田園風景の美しい生活が背景となっています。この時代、ドイツ占領下でのポーランド人の犠牲者は、600万人を数え、全人口の20%に達したとのこと。ユダヤ人をかくまうといった反ドイツ的行為のほか、許可なく家畜を飼うなどの微罪でも即座に銃殺とされたということです。そのような時代背景の中でのストーリーとして見た時、正気を保つということ自体いかに難しいことか。それは、ヒポリトの妻の行動を見ても、容易に見て取れるものです。

この原作は、ポーランドの亡命作家、ヴィトルド・ゴンブローヴィッチによるもの。この映画の語り部でもあるヴィトルドには、自分の名前を付けています。映画は、あえてコミカルに装いつつ、戦中の重い雰囲気を伝えています。その中で、農園の生活が明るいものであるのがせめてもの幸せですが、それでも人の死の場面が当たり前のように語られます。明るいピアノのメロディーが全編に登場しますが、フレデリクの心情は一度だけ弾いたショパンのプレリュードの哀愁を帯びた響き。それをへニアに暗いと一蹴されて、楽譜を放り投げてしまうシーンがありますが、優しい知識人を装っている客人の苦しい心境が静かに噴出した場面のように思います。

そういった映画にもかかわらず、Amazonにあった、映画の内容紹介。これは配給元?からのものによっていると思いますが、引用しておきますと…

ミステリアスな美少女とその少女を密かに姦視する男たちとの倒錯した欲望を描いたロリータ・エロスドラマ。1943年、ナチス政権下のポーランド・ワルシャワ。インテリ同志たちとの会合に訪れたヴィトルドは、謎の男フレデリクと出会う。意気投合した二人は共に友人の家に向かう。友人宅には美しい娘ヘニアがいた。家の近くの牧場で働く少年カロルもまた美しかった。幼馴染だという二人だが、すでに一線を越えた関係だった…。



さすがに、これは恥ずかしい。冒涜です。「ポルノグラフィア」という小説からくる原題がそうさせているのかもしれませんが、副題も内容紹介も非なるもの。ここまでずれているのも珍しいと思いました。

2003年第60回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門ノミネート作品
この年の金獅子賞は、「父、帰る」(ズビャギンツェフ)、銀獅子賞は、「座頭市」(北野武)でした。

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「ケイジ」 人間の精神力を感じるドラマ

あらすじからして大変暗い話ですし、またポーランド→ドイツというシチュエーションも、あまり画面に明るさを感じないのですが、何か面白いところもあるだろうと見始めました。GAYO!の無料動画による視聴です。

あらすじ
経済は低迷、地域産業も停滞したポーランド中部の街。だが、若く美しいマリオーラは、ひとすじの希望を見出していた。幼なじみでドイツに移住したアルトルと再会、彼と結婚する見込みが出てきたからだ。同居する祖母に置き手紙を残し、三週間の留守を告げたマリオーラは、恋人の車に乗って彼の親が暮らすケルンへと向かう。しかし、一日目に宿泊したベルリンで、彼女は人身売買組織に売り渡され、売春を強要されることとなった…



冒頭は、彼女たちの豚の解体工場での入社試験の場面。この仕事につくのもなかなか難しいようで、就職難が窺い知れます。無事就職の決まったマリオーラが、友達と3人で部屋で乾杯しているところに、恋人のアルトルが現れ、一緒にアルトルの親の住むケルンに行くことになります。マリオーラは祖母と2人暮らしですが、心配する祖母に女友達と一緒に行くと嘘をついて、アルトルと2人で出発しました。

ベルリンで夜となり、アルトルの友人の部屋で一泊することになりますが、部屋に入ると殺風景でいやな雰囲気。すぐに3人の男が現れ、アルトルに金を渡し、売春婦として売られたと告げられます。その場ですぐにジャスティーネという名前を与えられ、暴力的に犯され、一味の一人ニコが指導役となり、10日で物になれば売春婦としてニコが使い(マネージメントし)、だめならオマーンに売り飛ばすということになりました。

監禁された部屋は地上からかなり高い位置にあり、脱出もできず、周囲に声も届かない状況で、最初はいろいろと試しますが、脱出不可能なことを悟ります。それに、何か不都合があれば、最愛の祖母がただではすまないと脅されていました。万策尽きて呆然とした時間を過ごすうちに、自分がジャスティーネだと言い聞かせるようになり、初めて自らニコにサービスをしました。そこへ、一味がやってきて、マリオーラの売り先が決まったと告げ、話が違うとニコが発砲、マリオーラをつれて逃走し、ドイツ北部の町に部屋を借りて、ニコと共同で新聞広告も出し、売春することになりました。

ところが、ある日アルトルがマリオーラを追って部屋を訪れ、祖母の不幸を知らせると共に、ニコをノックアウトしてマリオーラを連れ帰ろうとします。マリオーラは、持っていたナイフでアルトルを刺殺。3年間服役し、ポーランドに帰ることになりました。帰りの汽車では、私はマリオーラと自分に言い聞かせるようにつぶやき、ポーランドに帰って、すでに結婚している2人とともに、仲良し3人組で浜辺に遊び、いつか自分にも幸せが来るのだろうかと願うのでした。

ケイジ

やはり、全編中欧の暗い雰囲気で統一され、重苦しい雰囲気の映画でした。明るかったのは、ニコが開業した売春用の部屋くらいでしょうか。それに、中盤過ぎまで、ずっと監禁部屋内での場面が続くので、余計に閉塞感を感じます。ラストシーンのポーランドの海も、決して明るいという雰囲気ではありませんでした。ただ、砂浜を走る彼女たちには明るさを感じました。

そういう雰囲気がずっと続くので、この監禁だけで物語が終わりで、後に何か面白い展開が無ければ、いったいこの映画の売りは何なのだ?と思いつつ見ていたのですが、有ったような、無かったような…。確かに、東欧から連れ去られ、人身売買されるという実態は確かに存在するようで、それを告発したドキュメンタリータッチの映画というやり方もあるかもしれませんが、「闇の子供たち」のように児童買春や臓器売買ならインパクトはあっても、成人の場合、ただ監禁を追っただけでは、映画にならないでしょうし、我々は、すでにもっと厳しい事実を連日ニュースでみているご時勢です。

結局、邦題は「ケイジ」と付けられていて、何か監禁物であり、ひょっとすると猟奇的かもよ!と思わせるような題になっていますが、それが大きな間違いで、この映画のテーマは、「Masz na imie Justine」(あなたの名前はジャスティーネ)なのです。原題も、フランス語も、英語もその直訳で付けられています。「ケイジ」なんてちょっと捻ったつもりで、監禁の話で、あわよくばホラーだというような誤誘導するから妙に混乱してしまいました。

マリオーラから、ジャスティーネへの転換、ジャスティーネからマリオーラへの転換。その心情の変化の過程を、主人公のマリオーラの行動や演技からじっくりと見取っていく。そこで初めて、こういう人身売買の酷さを浮き彫りにする。彼女の場合は、立派に転換できているので、この映画の大きな救いになっています。最後の仲間たちの中に駆け寄っていくシーンはとても素晴らしいと思います。そして、一度は自殺しそうになりますが、最終的に、生きて行くことを追求する彼女の心の強さを表現される。そんな映画だと思いました。

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