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「家族の肖像」 平穏に過ごす老境に突如現れる疑似家族

70年代の昭和を感じる9月その7。当時、ブームになったルキノ・ヴィスコンティの作品です。とはいっても、当時は全く見ていません。子供には難しい映画なのでした。1974年の映画で、イタリア・フランス合作作品です。
原題: Gruppo di famiglia in un interno (1974)

あらすじ
教授(バート・ランカスター)は、ローマで、家政婦のエルミニア(エルヴィラ・コルテーゼ)と、絵画の収集や研究をしながら、平穏で孤独な日々を送っていました。ある日、絵画の商談中に、突然ビアンカ(シルヴァーナ・マンガーノ)とその娘リエッタ(クラウディア・マルサーニ)、そのボーイフレンドのステファノ(ステファノ・パトリッツィ)がやって来て、教授の持つ上の階を借りたいとの事。最初は頑なに断っていた教授も折れて、ビアンカに貸すことにしました。ところが、ビアンカは愛人のコンラッド(ヘルムート・バーガー)に、ゆくゆくは買い取ると偽って、そこに住まわせ、コンラッドは自由に改装を始め、教授は自分も改装に意見を入れる形で了承しました。

教授はあまりにも傍若無人に振舞い、価値観も違う若者たちの行動に、平穏を乱され、仕事も手が憑かなくなってしまいます。一方、コンラッドが芸術の理解者であることを知ると、興味も覚え始めます。ある日一家は長い間姿を消すと、突然帰ってきました。その夜、コンラッドは部屋で何者かに襲われ、教授に事件は口外しないよう頼みます。コンラッドは学問の好きな青年でしたが、学生運動にかかわるうちに、左翼思想に傾倒して、今は追われている立場なのでした。そして、コンラッドはミュンヘンに向かい、国境で拘束されてしまいます。

コンラッドは釈放され、その夜、教授は心を開いて彼らを夕食に誘い、家族の晩餐のような雰囲気になります。そころが、ビアンカが遅れて現れ、右翼の実業家である、ビアンカの夫から、コンラッドと別れるように強く言われたことを打ち明けます。その話から、コンラッドとステファノは、お互いの身分や政治思想上の口論となり、殴り合いの喧嘩になってしまいます。教授は上手く収拾できず、これが元でコンラッドは立ち去ってしまい、翌日、コンラッドは教授に別れの手紙を残して、上階で爆死したのでした。そして、衝撃を受けた教授はそのまま床に臥せ、静かに息を引き取ったのでした。



家族の肖像

ヴィスコンティらしい貴族趣味が良く出ている映画で、教授の住む建物から出ることなく、美しい調度や絵画が映像に登場します。ビアンカは、右翼の実業家を夫に持つ貴族、一方愛人の美青年のコンラッドは左翼の活動家から、身を落としてしまった人物。そのような退廃的で、過激なビアンカを取り巻く人物は、平穏に生活している教授とは全く異質の存在で、度を超えた傍若無人さが、普通の人である教授の生活を混乱に陥れていきます。このような貴族や上流階級の横柄さは、ヨーロッパではこれが普通の感覚なのか?と見ている方も、少々頭が混乱してしまいます。

その夜な乱入者に歩み寄っていく教授は、回想の中でかつて別れた家族の思い出がよぎっていきます。そして、常識とかけ離れたビアンカたちとの間も、より家族的な微妙な親近感が湧いていきます。団欒の後の喧嘩と破局。喧嘩が始まった時、教授はなんとか止めようとしますが、リエッタは教授が思っている以上に、父としての役割を期待していたように感じました。教授の中では、そうは言ってもと、心の中で迷いがあったような気がします。そして、その破局は収拾できず、静かな結末を迎えてしまいます。室内で演じられる静かな劇ですが、家族の出来事を象徴的に描いたような作品と思います。

改装されたコンラッドの部屋が、教授の部屋とは違ってモダンで驚きました。世代の落差も感じます。終始、主人公として登場するバート・ランカスターがいい雰囲気を出しています。シルヴァーナ・マンガーノは強烈な女性を演じ、クラウディア・マルサーニが若さの溢れた奔放な女性を演じていました。クラウディア・マルサーニは、出演作も多くないようですが、ちょっと美人タイプで、なかなか気に入りました。ヘルムート・バーガーについては、あまり見ていないので、なじみが無いのですが、ルートヴィヒのジャケットで見覚えがあります。いろいろとエピソードを詰め込まず、ストーリーの中で当時の世情も表現しながら、ゆったりと味わうことのできる作品でした。

2020.9.19 HCMC 自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞
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テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「ガンモール おかしなギャングと可愛い女」 名コンビのギャングコメディ

買い置きのDVDからの鑑賞です。マルチェロ・マストロヤンニソフィア・ローレンといえば、イタリアの名画を思い出すのですが、この映画はそういう向きではなさそうです。1975年の映画で、監督はジョルジオ・カピターニです。
原題:La pupa del gangster (1975)

あらすじ
白いスーツのチャーリー(マルチェロ・マストロヤンニ)は、部下のショパン(アルド・マチオーネ)と共に、縄張りの視察に出かけました。ミラノ郊外に並ぶ売春婦の中に、見慣れぬ女を見つけ、敵対組織の派遣した荒らしと聞いたチャーリーは、敵のボスを葬り、彼女を自分の組織に入れるよう命令します。そうして、娼婦プパー(ソフィア・ローレン)は、チャーリーの組織に入りますが、プパーはやることなすことドジばかりでした。ある夜、ショパンに連れて行かれそうになった時、彼女に一目惚れしていた美男子のランベリ(ピエール・ブリス)に助けられ、娼婦失格のプパーはナイトクラブのダンサーに廻されます。そこに視察にきたチャーリーは、プパーの美しさに見とれ、プパーはその日からチャーリーの情婦に昇格したのでした。

チャーリーはプパーの姿に、幼い時に見た「ギルダ」のリタ・ヘイワースを見出したのでした。チャーリーはプパーにリタのラブシーンのセリフを再現させ、満足すると大いびき。ところがある日、チャーリーに引出物として贈られた女がまたまたリタそっくり。チャーリーはその夜から新しい女に熱中します。そんなある日、慌ただしく帰宅したチャーリーがショパンに、女を射殺したが、現場に愛用のライターを忘れたと打ち明けているのをプパーは盗み聞きし、アンナの拳銃に、彼女の婚約者の指紋をつけて現場に残し、ライターを回収しようと準備しているところを、プパーはついにチャーリーの手から逃れるチャンスととらえ、ショパンを尾行すると、先回りして偽の証拠をぶちこわします。

警察はこの殺人事件に首をひねりますが、プパーに一目惚れしたランベリは、実は敏腕刑事でした。ランベリはプパーの援助で、チャーリーが犯人という証拠を手に入れます。チャーリーはプパーの裏切りを知って、彼女を湖に沈めようとスイスに向かいます。ところが、車の屋根にランベリがしがみついてしまい、必死でふり落とそうとするチャーリーは、ショパンにスピードを上げるよう命じますが、結局振り落とされたのはチャーリーでした。ついに、チャーリーとショパンは二十年の刑に服役することとなり、そこに面会に現われたのはプパー親分で、その子分として従うのはランベリだったのでした。



ガンモール おかしなギャングと可愛い女

マストロヤンニとソフィア・ローレンのギャングコメディ。息の合った二人なので、往年の名画のイメージも持ちながら見始めましたが、いきなりリタ・ヘイワースでした。これは、いい意味で裏切られました。マストロヤンニとソフィア・ローレンの息のあった演技はなかなか楽しいもので、ソフィア・ローレンのグラマーな娼婦姿はいつまでも見飽きませんが、結局リタ・ヘイワースのイメージが頭から離れません。まして、途中で登場するアンナの出現シーンには失笑。いかにもリタ・ヘイワースではないですか…。

という訳で、証拠隠滅のドタバタ喜劇や、屋根に乗ってのカーチェイスは勿論面白いのですが、私の頭の中はずっとリタになってしまいました。まるで、マストロヤンニとソフィア・ローレンとリタ・ヘイワースの三人の映画のような。そして、ラストシーンは、洒落たイタリアのコメディっぽい終わり方で、良かったです。なんか、大真面目でこういう楽天的なラストを作ってくれるところが、イタリアのコメディらしいと思いました。

さて、ソフィア・ローレンとマストロヤンニの組み合わせというのは何本あるのでしょう。「ひまわり」は勿論ですが、今まで何本か見ているはず。20世紀後半の名コンビと思います。いろいろ見ていると、またそのうちにまた出会えるのでしょうか?そうそう、この映画はやはり70年代のコメディの懐かしい雰囲気も良く出ています。あとは、DVDの画像が今一つでした。再発売する機会があれば、レストアして欲しいなと思いました。

2020.1.25 自宅にてDVD鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「バタフライルーム」鬼気迫るバーバラ・スティールを見よ

面白そうなホラー映画があったので、見てみました。なんとなく、イタリアンホラーらしい、ソリッドな雰囲気を感じたからです。2012年の映画で、イタリア・アメリカ合作作品。監督はジョナサン・ザラントネロです。

あらすじ
中年女性のアン(バーバラ・スティール)と、母子家庭のクラウディア(エリカ・リーセン)とジュリー(Ellery Sprayberry)はマンションの隣室に住んでいました。アンは、廊下で母を待つジュリーに、蝶の標本の作り方を教えたことから、隣同士の付き合いが始まります。ある日、修理業者のクリス(Joseph H. Johnson Jr.)は、アンが、少女アリス(Julia Putnam)と激しくやり合っているのを見て、アンにバタフライ・ルーム(標本室)で殺されてしまいます。

そのひと月前、アンはアリスとショッピングモールで出会い、アリスはアンにうまく取り入り、アンの家に通って、小遣いを貰うようになりました。アンは、アリスが別の女性とショッピングをしているところを見つけ、不満をぶつけますが、アリスにもう来ないと言われると、アンは多めの小遣いを渡して謝ります。アンはアリスの後をつけて母のモニカ(Elea Oberon)を訪ね、子供の行動に意見すると、助けてもらってるのは、アンの方だと言われ、モニカを殺害します。その後、アンはショッピングモールで、アリスといた女性も殺害し、アンの家を訪れたアリスに、小遣い稼ぎをたしなめます。そして、アリスに引っ越すと言われ、最後にするから来て欲しいと頼み、最後に訪ねてきた時、アリスの口にクロロホルムを当てたのでした。

そして現在。クラウディアは、職場の上司との子を妊娠し、二人で旅行に出かける間、ジュリーをアンに預けました。ジュリーはアンの家で、アンが疎遠となっていた娘のドロシー(ヘザー・ランゲンカンプ)と口論している間に、クローゼットの中で、バタフライルームに通じる入り口を見つけ、部屋に入っていきました。そこにはアリスの写真や、服が飾られていました。ある日、クラウディアはドロシーから、母のアンに不潔な子と何度も言われながら、虐待されたことを聞きます。そして、ドロシーは何かあったら連絡をと、連絡先を渡していきました。

クラウディアはジュリーに、アンと会わないよう言いつけ、アンにクレームに行くと、アンはクラウディアを浴槽で溺死させまてしまいました。ジュリーは母を探して、バタフライルームに入ると、クリスの死体を発見。アリスの写真が飾られてる壁の中から、剥製となったアリスをも見つけます。そこにアンが現れてしまったので、母の名を叫びますが、アンはクラウディアの死体をジュリーに見せます。ジュリーは家に逃げ戻り、ドロシーに連絡。一方、アンは壁を壊して、ジュリーの家に押し入ろうとします。ジュリーは外へと飛び出し、車に轢かれそうになったジュリーを、追いかけてきたアンは、突き飛ばして助けますが、その車を運転していたドロシーは、アンを轢き殺したのでした。後日ドロシーはジュリーを引き取って、楽しく誕生日を祝いますが、息子に掛けた一言がアンの口癖だったことに気づき、慄然とするのでした。



バタフライルーム

バーバラ・スティールが怖いですね。さすが数々のホラーの名作に出演してきた女優さんだけあります。とは言いつつ、実はあまり見ていなくて、たぶん「8 1/2」と「ピラニア」くらい。出演シーンもはっきり覚えている訳でもありませんが、インパクトのある女優さんです。この映画では、いきなりやばい雰囲気を醸し出しながら登場し、蝶の標本を作っているので、いかにもです。「コレクター」の女性版ですね。

この映画は、時間軸が交錯しながら進みますので、頭をフル回転させて見ることになりました。交錯がそれほど展開のポイントとなっている訳では無いですが、シリアルキラーのインパクトは強くなっていると思います。アリスに関しては一杯フラグが立つので、むしろどういう形で表現されるかという所に興味がいきました。この年で、パパ活みたいなことをやっています。あまりに露骨なので、やりすぎ感ありです。相手はパパじゃないですけど…。そしてラスト。ジュリーを助けるところや、轢き直すところがなかなか印象的でした。

そういう訳で、バーバラ・スティールを筆頭に、ホラー映画の強者がたくさん集まった映画で、どの登場人物も一癖二癖ある形になっています。従って、大人に感情移入は無理です。アリスにも無理です。できるとすればジュリーと、大人でいえばドロシーですが、彼らとて、どこか癖があって感情移入まで行きませんでした。という映画なので、人間の性格の悪い部分のオンパレードのような映画になっていて、後味は決して良くなかったです。それに輪をかけているのが、ホラーの常連たちの鬼気迫る演技なのでした。アリス役の子も将来有望と思いました。

2020.1.3 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
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「ドイツ零年」 廃墟のベルリンにおける生活に彷徨う人々

ロベルト・ロッセリーニ監督と言えば、ネオレアリズモとか無防備都市とかキーワードが頭に浮かんでくるのですが、それだけではなく。長い活動時期に多彩な活動をされた巨匠でもあります。そんな彼の作品の久しぶりの鑑賞です。1948年の映画で、ロカルノ国際映画祭にてグランプリを受賞しました。

あらすじ
第二次大戦直後のベルリンは、すべて廃虚と化していました。その焼け落ちた建物の一角に住む、ケーレル一家では、父(エルンスト・ピットシャウ)は病床で「死にたい」家族を煩わせ、娘エヴァ(インゲトラウト・ヒンツ)はひそかにキャバレーで、外国人相手に金を稼いで家計を支えていました。長男のカール・ハインツ(フランツ・クリューゲル)は元ナチス党員。今では警察の眼を逃れ、家でごろごろする毎日です。そして末っ子のエドムンド(エドムンド・メシュケ)は、敗戦以来小学校にも通わず、街で物々交換をしたり、元の小学校教員(エーリッヒ・ギュネ)の闇屋の手先となって、ヒットラーの演説レコードをアメリカ兵に土産物として売ったりしていました。

父親の病状は悪化し、医者が面倒を見てくれたおかげで、やっと病院に入院出来ましたが、貧乏はいよいよ募るばかり。エドムンドは再び小学校の時の恩師をたずね、仕事をねだりますが、今度は上手くいきません。元教師に、今の世では、弱い者はむしろ死ぬべきだと持論を展開します。父は退院し、働かずに家にいるだけのカール・ハインツと罵り合う日が続き、エドムンドは恩師の言葉を真に受け、ついにお茶の中に劇薬を入れて父にのませてしまいました。そして、調査に来た巡査に兄は連れて行かれ、その騒ぎにエドムンドは家を飛出し、恩師に報告すると、彼は驚き、殺せとは言っていないと突き放します。絶望したエドムンドは、ひとりで長い時間廃虚を彷徨い歩き、廃墟となったビルの上から、父の柩が運ばれていくのを見つつ、身を投げるのでした。



ドイツ零年

ロッセリーニの映画を見るのは、なんと学生の時にACTミニシアターで無防備都市を見て以来なのです。よほど見ていなかったということですね。当時は画像が良くなかったので、それほどいい印象はありませんでした。さて、ネオレアリズムの時代のロッセリーニの戦争三部作の最後に当たる作品。廃墟のベルリンを描いた映画で、実際の廃墟で撮影されており、生の迫力を感じるとともに、この時代の貴重な映像を見ることができます。

まず、前半は困窮する家族の様子。親は病気、子供は満足には働けず、若い女の子が一線を越えない程度のクラブで働いて家族を支えるという構図。これで、困窮する家族が描かれますが、この構図だけであれば、発展途上の国では、地方から都会へ出た家族を中心に、普通によくある構図ですね。従ってここでは、元々一等国の中産階級であったドイツやイタリアの市民がこんなことをしないといけないんだという悲哀を表しているのかなとも思いました。実際にはベルリンにもいろいろな方がいたと思うので、このスタイルを代表として、題材として選んだという事だと思います。

この映画の中で示される、一番の悲哀は、冒頭の「思想の変更は犯罪と狂気を創り出す」にもあるように、やはり個人のレベルでナチスの影から逃れられないという点だと思いました。兄しかり、エドムンドの元教師しかりです。元教師の方は、よほどナチスの思想で固まっていたのでしょう。だから、現在は全く否定された存在になってしまっている。と、不運に対し同情もしてみたいところですが、いかんせん手つきが気持ち悪いです。あたかも、エドムンドに性的虐待をしそうな手つき。今か今かとハラハラしてしまいました。そもそもこの組織は何故子供を集めているのか、よく解りませんでした。

衝撃的なラストは、狙ったような、取ってつけたような感じがしました。この展開から結末は予測もできるのですが、ゼロから始めるこれからの時代に向けて、ハッピーエンドはあり得ないのでしょうが、これも無いような気がします。元教師に示唆されただけで劇薬を飲ませるという行為も信じられないですし、もしかしてこれはナチス時代の教宣活動の暗喩なのかなとも思いました。人間は信じる者に洗脳されると、親をも簡単に殺してしまうものだと…。

40年後、東ベルリンはもう一度の急激な思想の転換を経験し、人々の心に傷跡を残していくことになりました。歴史は繰り返していきます。いろいろと、批判的に見てしまった感じもありますが、この時代のこういう立ち位置の映画は貴重と思いますので、いろいろ考えさせられる映画であったと思います。戦勝国と敗戦国では天国と地獄なのでした。映像としては、エドムンドの廃墟の中を行く後ろ姿が凄く良かったです。

2019.9.14 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「夏をゆく人々」 イタリアトスカーナの養蜂家一家の物語

「夏をゆく人々」は、公開当時チラシを見ながら、見に行く候補にしていたのですが、結局見ずじまいだった映画というのが、鮮明な記憶として残っています。2014年の映画で、イタリア・スイス・ドイツ合作作品。監督はアリーチェ・ロルヴァケルカンヌ映画祭では、ノミネート作品となり、グランプリを受賞しました。
原題:Le meraviglie (2014)

あらすじ
イタリアの小さな村に住む、養蜂家の一家。ジェルソミーナ(マリア・アレクサンドラ・ルング)は長女で4人姉妹のまとめ役として、家業を手伝っています。父のヴォルフガング(サム・ルーウィック)は、母のアンジェリカ(アリーチェ・ロルヴァケル)の頼みで4人の娘を連れて蜂蜜の回収に向かい、作業が終わると、五人は海に行きました。そこではテレビ撮影が行われていて、撮影が終わると、司会のミリー(モニカ・ベルッチ)から、じっと見ていたジェルソミーナはアクセサリーを髪につけてもらいました。ジェルソミーナは、その番組を見て、特産品を作る家族のコンテストがあることを知り、両親にコンテストへの参加を頼みますが、父は賛成しませんでした。

ある日、ドイツからマルティン(Luis Huilca)という男の子が、少年更生プランを受けるためにやってきました。マルティンは盗みで捕まり、プランに参加しないと少年刑務所行きになるとの事。いつも無言で、人に触られるのを極端に嫌がります。ジェルソミーナはマルティンの教育係になり、マルティンは言われた仕事をこなしていきました。ある日、父の了承なしに、ジェルソミーナはコンテストに応募してしまいます。そして、両親が留守の時、次女が機械で怪我をしてしまい、皆で病院に行きました。ところが、バケツの交換を忘れていて、戻ってみると床中に蜂蜜が漏れていて急いで回収します。その後、コンテストのスタッフがやってきて、スタッフは現場を見て、優勝出来ると言って帰っていきました。

アンジェリカは、夫が全財産をはたいてラクダを購入したので、怒り心頭でした。ジェルソミーナがまだ子供の頃、ラクダが欲しいと言っていたのです。居候のココ(ザビーネ・ティモテオ)が、コンテストで優勝出来るとスタッフが言っていたので、賞金がもらえると話すと、ジェルソミーナが勝手に応募したことを知った父は、怒りをぶつけますが、結局参加することになります。コンテスト当日、ヴォルフガングのインタビューのあと、ジェルソミーナとマルティンで特技を披露しました。出番が終わると、ココとジェルソミーナとマルティンは洞窟の奥に入っていき、ココは人と人とは触れ合うものだとマルティンに説明し、キスしようとしたところ、マルティンは逃げ出してしまいました。マルティンはそのまま行方不明になり、警察に任せることになります。優勝できず、お金が入らなかったので、アンジェリカは羊を売り、家にはラクダだけが残りました。翌日ジェルソミーナは、一人で洞窟に向かい、隠れているマルティンを見つけると、夜まで遊びます。心配した家族が、外で寝て待っていると、遅くにジェルソミーナが帰ってきました。アンジェリカは、夫に怒らないでと頼み、ジェルソミーナは静かに家族の間に横たわるのでした。



夏をゆく人々

女性が中心の家族の映画です。そういった環境では、父親は情けない役回りになることが多いのですが、このお父さんは頑張っていると思いました。ウォルフガングという名前から、元々ドイツ系で、ドイツから少年を引き取ったのかなと思います。そして、イタリアの田舎で、女ばかりの家族に囲まれ、時には強権を発動しますが、結果的には娘たちの主張が通っていることが多いようです。娘が小さい時に欲しがっていたラクダを、もういらないと言っているのに、家計の崩壊を省みず、奥さんの反対を押し切って買ってくるところとか、なかなか憎めない感じがしました、最後は家族のよりどころになって、皆の居場所を作っているところとか、なかなかいいラストと思いました。

マルティンには、男の子が生まれない中で、男としての話し相手も期待したのでしょうか?しかし、ジェルソミーナと親しくなっていくと、遠ざけようとします。彼の女性ばかりの家族の中での、複雑な心情が垣間見えます。ジェルソミーナが無断で申し込みをしたことが発覚した時、怒り心頭の父に対して、お土産をねだる二人の小さな子供が可愛かったです。これで父親は何も言えなくなったんだな、という気がしました。一方、ジェルソミーナは年ごろで、この夏の間にもいろいろなことを学びましたし、もうこれから先は彼女の行動を止められないでしょう。でも、いつでも帰るところを用意している家族の絆ができています。娘の成長とともに、家族も成長しているということでしょうか。

海と美しい風景に恵まれた、イタリアのトスカーナ地方の農村の風景。移り変わる天気や、瑞々しい風景に満たされた映画です。その中で、昔ながらの養蜂業を営む家族と、そこまで来ている近代化の波も見え隠れしていきます。この小さな家族の成長の物語を中心に、いろいろな立場から人生を想うことのできる、美しい映画だと思いました。

2020.4.19 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「サスペリア(2018)」 前作へのリスペクトに溢れるリメイク

当時、やっと日本公開という事で、ちょうど帰国のタイミングとあったことから、満を持して見に行きました。オリジナルのファンとしては、やはり押さえておかないといけないという事で。2018年の映画で、イタリア・アメリカ合作。監督は、ルカ・グァダニーノです。ヴェネツィア国際映画祭にてノミネートされ、主要部門では受賞はなりませんでしたが、作曲及び特殊効果の関連で受賞しています。

あらすじ
ベルリンではドイツ赤軍のテロが頻発する1977年、スージー・バニヨン(ダコタ・ジョンソン)は舞踊団マルコス・ダンス・グループのオーディションを受けにアメリカからやってきました。そして、天才的な才能を発揮し、カリスマ振付師マダム・ブラン(ティルダ・スウィントン)から入団を許可されます。その頃舞踏団では、主要メンバーの一人であるパトリシア(クロエ・グレース・モレッツ)が姿を消していました。彼女は失踪の直前、舞踊団が魔女たちによって運営されているとカウンセラーのクレンペラー博士(ルッツ・エバースドルフ)に訴えていましたが、彼は妄想だと分析していたのです。

マダム・ブランは、リードのオルガ(エレナ・フォキナ)の降板に、代役としてスージーを抜擢します。外が嵐へと変わるなかで、スージーが激しい舞踏を披露していたころ、屋敷を出ようとしていたオルガは、鏡張りの部屋に閉じ込められ、スージーの舞踏に合わせて彼女は打ち付けられ、手足や首はあらぬ方向に折り曲げらていきました。死んだオルガを見たアカデミーの女性たちは、彼女の体を引きずって運び、女性たちは、次は誰が魔女集会のリーダーとなるのか話し合うのでした。スージーはダンサー仲間のサラ(ミア・ゴス)とも仲良くなりますが、毎晩悪夢を見るようになります。

次回作の練習が進むなか、サラはアカデミーの秘密を探りに訪れたクレンペラーに魔女の話を聞きます。オルガやパトリシアの件もあり、好奇心を抱いたサラは屋敷内を探検、秘密の階段を発見しました。そこにはブランなどの肖像画や不気味な器具がありました。そして迎えた公演の日、クレンペラーも公演を見にやってきます。屋敷を再び探検していたサラは、失踪したパトリシアを発見、彼女の体は原型をとどめていませんでした。サラも骨折してしまい逃げ出そうとしますが、監督たちに見つかってしまいます。そして公演が始まり、魔力で足を治療されたサラも参加しましたが、最高潮に達したころ、サラは骨折で再び崩れ落ち、公演はそこまでとなりました。

その翌日、クレンペラーは、魔女の力で亡き妻に会わされたのち、アカデミーに引き込まれます。気が付くと、裸のダンサーたちが踊り狂う儀式が行われていました。それを膨れ上がった異形の魔女、マルコス夫人が見つめていました。そこへ現れたのは、マルコス夫人の乗り移る予定のスージー。ブランは異常を感じ儀式を中断しようとしますが、首が割れて大量出血。スージーは自分が“嘆きの母”であり、マルコス夫人と腐敗したアカデミーを根絶しに来たことを明かします。そして、マルコス夫人以下の参加者を根絶し、生贄となって体が破壊されたサラ、パトリシア、オルガに死のキスで与えます。翌日。アカデミーの生徒たちはすでに記憶がなく、ブランが去ったことを伝えられました。そして現在。ごく普通の家庭の家に、マルコス・ダンス・アカデミーの紋章が見えてくるのでした….



サスペリア2018

さて、旧作サスペリアの大ファンとして、ずいぶん期待していた映画を見ることができました。こういったリメイクは、ちょっと見るのが怖いところもありますが、なかなか満足のいくものでした。旧作のポイントは3つあると思います。こだわりの赤・高いホラー度・そして新女帝誕生の物語り。この中で、赤については鮮烈な赤からより現実的な赤に変わりましたが、舞踏の衣装など、赤が登場します。ホラー度は今回はありません。それも、恐怖の場面は、幻想や夢想の中なので、現実的な恐怖にならないからだと思います。そして、新女帝誕生の物語というのは、今回がより明確にクローズアップされました。

旧作では、この部分はそれほど明確ではなく、バレエ学校の悪魔を斃した後の、ジェシカ・ハーバーの笑み(不敵な)にすべて集約されていたと思いますが、今回のダコタ・ジョンソンは、最初からところどころで強気なところをちらつかせていきます。という訳て前半で確信し、安心して見ていました。ちょっとオーバーですが、きっとダコタ・ジョンソンがすべてを支配し、世界に君臨するのだなと…。そうなれば大船に乗った感じで話が進んでいきます。最後の舞踏は、民族という表の舞踏、そして、最後は地下世界の舞踏。幻想と夢想の中で、ダコタ・ジョンソンが旧悪を排除し、この世に君臨していくのでした。

この物語は、旧作にない世相の話など盛り込まれていますが、大筋に大きく関連するわけでも無いので、端折ってしまえば、旧作と非常に似た感じとなってきます。新作は、旧作の骨格に一定の解釈を加え、膨らんだ形になったと思います。これが新作の自己主張。ドイツ赤軍の件は、パトリシアの事件と絡むだけですが、アンケの話は、端折ってしまうとジェシカ・ハーバーが消えてしまうので、これは必須ですね(笑)。怖いという意味では、クレンペラー教授が舞踏学校の前で拉致されるところは、びくっとしました。ここは油断していた…。というわけで、ダコタ・ジョンソンはカリスマ舞踏家として、過去の世界に蠢くものと、記憶まで消し去り、新しい世界に君臨するのでした。旧作に対するリスペクト満載でとても楽しかったです。

2019.2.6 シネプレックス海浜幕張にて

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「郵便配達は二度ベルを鳴らす(1943)」 上映禁止となったヴィスコンティ初監督作品

有名なケインの小説である、「郵便配達は二度ベルを鳴らす」は、何度か映画化されていますが、これは最初のもの。ただし、無許可で翻案した形のようです。そして、ルキノ・ヴィスコンティの初監督作品であるこの映画。かつて読んだ小説を思い出しつつ、じっくり楽しみました。1943年の映画になります。
原題:Ossessione

あらすじ
河沿いでレストランを経営する、ブラガーナ(ジュアン・デ・ランダ)とその妻ジョヴァンナ(クララ・カラマイ)のもとに、トラックの荷台に無断で乗り込んでいたジーノ(マッシモ・ジロッティ)が転がり込んできました。ジョヴァンナは、年の違う夫との生活に希望を見いだせず、退屈な日々を送っていたため、一目でジーノに魅せられてしまいます。ブラガーナが家を空けたすきに、二人はすぐにベッドに向かい、数日後二人は駆け落ちを決意するに至りました。

主人の留守中に駆け落ちを決行してみた二人ですが、ジョヴァンナは安定した生活にも未練が湧き、途中で引き返してしまいます。一人で汽車に乗ったジーノは、汽車の中であった行商人と知り合い、2人で気ままに商売をしながら旅を続けることにしました。ある日、偶然街にやってきたブラガーナ夫妻は、ジーノと再会。再び一緒に働くことになった彼らは、三人でブラガーナのレストランに戻ることにします。その帰路、酔ったブラガーナをジーノとジョヴァンナは事故死に見せかけて殺害してしまいました。

警察の取り調べをかわした二人は、店を改装し平穏な生活に戻ろうとしますが、ジーノにとっては不安に苛まれる毎日となってしまいます。耐え切れず町に出たジーノは、一人の売春婦に魅力を感じ入りびたるようになります。一方警察は捜査を続け、二人が犯人だと断定するに至り、追跡を開始します。これを察知したジーノはジョヴァンナが売ったのだと疑いますが、ジーナの子供を授かったとジョヴァンナから告白され、ジョヴァンナのジーノを想う本心をしると、レストランを放棄し、二人で逃避行を始めました。幸せに見えた逃避行もつかの間、ジーノが運転を誤りトラックと衝突。崖下に車は落下し、ジョヴァンナは亡くなってしまったのでした。



郵便配達は二度ベルを鳴らす 1943

ルキノ・ヴィスコンティの初監督作品で、ネオレアレズモの先駆的作品と言われています。ケインの小説の「郵便配達は二度ベルを鳴らす」を原作としているようですが、無許可で製作し、題名も「強迫観念」を意味するイタリア語になっています。これは、ジーノがブラガーナを殺したことの罪悪感の表現からくるものでしょう。ともかく、こういった経緯もあって、イタリアでは数日で上映中止になったとの事です。内容と時代背景もあったのではと思います。

主要なテーマは、ジーノとジョヴァンナの心の動き。夫との生活に不満が募るジョヴァンナは、ジーノと出会い相思相愛に。駆け落ちを決行しますが、安定した生活を捨てられないジョヴァンナは一人で帰宅。しばらくして偶然出会った二人は再び愛を確認し、こんどは夫を事故に見せかけて殺害。その後、水を得た魚の様に店を盛り上げるジョヴァンナと、精神の呵責と警察の捜査を恐れて落ち込み、酒におぼれるジーノ。ジョヴァンナはジーノが売春婦と付き合い始めたことから、ジーノを警察に売ると脅迫。しかし、実際は売らずジーノに妊娠を告白。今の生活は放棄しジーノを選ぶジョヴァンナと、警察が迫り逃げ出さざるを得ない二人は…。

というような、不倫と犯罪からむ2人の物語が、状況や時間に翻弄されながら二転三転し悲劇を迎えるお話で、原作に準拠しているといえばそうなんですが、犯罪小説に寄った形から、男女の愛情の揺れを描き出していく物語に作り上げたような雰囲気です。この当時のイタリアの風景。農村風景の埃っぽい風景や、都会の喧騒までの描き方はネオレアリズモの先駆と言えるのでしょうが、時節柄、ムッソリーニ政権によりネガが廃棄されたというのも、無許可という以上に当時の情勢の中では内容自体に問題があったということでしょうか。いずれにしても、イタリア映画らしい雰囲気を持った愛憎劇で、私がイタリア映画らしいと感じる要素のルーツはこのあたりの表現にあるのかなという気がしました。

2019.12.21 HCMC自宅にてAmazon Primeよりのパソコン鑑賞

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<短編> 'Departures' (2019)

最近Amazonに出ていた短編映画です。雰囲気的には良さそうなドラマみたいで、ちょっと期待していました。これも、お年寄りをテーマにした短編と思われます。邦題の旅立ちという所からも、なんとなく想像できます。
Amazon 邦題:旅立ち

あらすじ
テーブルの前で考え込む老紳士(Giorgio Colangeli)は、意を決してグラスの水の中に薬品を入れると、水がワインの様に赤く染まります。老人は、グラスを置いた盆を運ぶときに、一輪の花を添えます。
丘の上の展望台から、先ほどの老紳士と娘(Alessandra Masi)が町を見下ろしています。年老いた父は娘に、いままで自由を束縛していたことを詫び、これからはこの街を離れ、好きなようにしてもかなわないと告げます。娘は町に残ると言いますが、父は恋人との約束でもあるのかと問いかけます。

老いた妻(Valeria Cavalli)はベッドの上で起き上がってアルバムを見ています。老紳士はグラスと鼻を脇に置くと、今までのことを振り返り、変わらぬ愛を語ります。妻は、あの音楽をかけてと頼み、老人がレコードに針を載せて振り返ると、グラスが空になっていました。夫は、妻の体を横たえ、自分もその隣に横になりました。
丘の上で、父は娘に、母親と初めて会った時のことを語ります。この高台のベンチで、本を読んでいると、母親が隣に来て、多くのことを語り合ったのです。そして、妻のいう事は何でもかなえてきた、最後の願いもと…。父と娘は展望台で抱き合い、娘が振り返ると、そこに確かに、若き日の父と母の姿を見るのでした。



Departures (2019)

17分の短編映画。内容は素直なお話です。安楽死の補助を夫に頼んだ妻と、おそらくこれを期に町を出ていこうとする娘のそれぞれの旅立ちの瞬間を描きます。こういった老いのテーマをショートストーリーにすると、だいたいいいお話になり、この映画も然りです。そして、妻が薬を飲む前後の映し方は、大変良くできていると思いました。時に、レコードをかけに行って振り返ると、グラスが空になっていたという映像は、ハッとするようなシーンで心に残ります。

あとは、あまりにも素直な展開で、もうひとひねり欲しいなと思ったのが、見た時の正直な感想です。旅立ちという言葉に表される夫婦の別離と娘の旅立ちを表現していて、十分以上に成功していますが、更に突き抜けるものが欲しいなと思いました。あと、妻が物語の性格以上に、若く元気に見えるところも引っかかります。ただし、彼女の演技自体は素晴らしいと思えるものでした。もっともっと良くなる可能性があるのではないかと思いました。

この作品は様々な映画祭に出品されたようです。監督のことはわかりませんが、その中で、"Best Student Film"という賞を受賞しているので、きっと学生の作品だと思います。そうしてみると素晴らしい出来であると同時に、伸びる余地を大いに感じる映画であることも頷けます。俳優さんは、イタリアのテレビ等でも活躍するベテランの方々と思います。堅実な演技です。映像表現は素晴らしいので、さらに経験の裏打ちが積み重なれば、飛躍が期待ができるのではと思いました。

Data
監督:Nicolas Morganti Patrignani
脚本:Stefania Autuori
製作国:イタリア
公開年:2019
時間:17 minute
スペック:カラー
Imdbリンク:Departures

2020.5.10 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「Mare nero (2006)」スタイリッシュな映像と音楽と美女(ネット邦題:曲解)

Amazon Primeにちょっと面白そうな感じの映画が登場していたので、早速見てみました。邦題は「曲解」と無粋な二文字がついていますが、原題はMare nero英題はThe Dark Seaで、いずれも「暗い海」といった感じ。ビデオ英題はPerversion(倒錯)という題名がついています。2006年のイタリア・フランス合作作品で、監督はロベルタ・トーレ。ロカルノ国際映画祭でのグランプリノミネート作品となっています。

あらすじ
海の中から引き上げられる胸像の頭部の不穏な映像で、この映画は始まります。そして、ある日刑事であるルカ(ルイジ・ロ・カーショ)のもとに、ガールフレンドのヴェロニカ(アンナ・ムグラリス)が越してきました。そして、二人の新しい熱い毎日が始まりますが、ルカはベッドの中で呼び出しを受けます。駆け付けた現場では、女性が全裸で手を拘束され、頭を何かに打ちつけられた上で、絞殺されていました。ルカは担当刑事として捜査を始め、被害者の学生ヴァレンティーナ(アンドレア・オズヴァルト)が勤めていたとされるナイトクラブなど、夜の風俗の裏側をたどっていきます。夫婦などの男女がペアで車で訪れ、他の男にパートナーの女性を好きにさせるという場所に張り込むうちに、ルカは妄想に支配されるようになり、ヴェロニカとの間も不穏な関係になる一方で、激しい情事を行います。そして、自分の暴走が怖くなったルカは、上司に担当替えを申し出ますが、ちょうどその時、男が出頭してきて事件は解決しました。

しかし、その後もルカの妄想は止まりませんでした。例の同伴での売春エリアや、SMクラブなどに出没。ヴァレンティーナのビデオを手に入れると、署内で居残って見ていて上司に咎められる始末。家に帰ったら帰ったで、ヴェロニカが窓越しの男と激しくセックスしている幻想に捉われます。そして、朝を迎えた二人の日常の食卓は、何もなかったように展開し、ヴェロニカは、昨日は良かったとルカにそっとつぶやくのでした。



Mare Nero

映像は大変すばらしい映画でした。そして、音楽も素晴らしいと思います。それに加えて、セクシーなアンナ・ムグラリスの、いろいろな姿や顔が見られるので、視覚的には言う事はありません。アンナ・ムグラリスは超有名ブランドのモデルもやっているような女優さんで、まさに銀座のブランド店の店頭を飾るようなエキゾチックな美女ですから、なおさらです。しかし、物語は単純で、あまり中身がありません。従って、全体が超スタイリッシュに纏められていますので、そちらを楽しむということが、目的の映画という気がしました。ミステリーを装っていますが、犯人のオジサンが自ら出頭して捜査が解決ということですから、ミステリー的妙味は飾りつけみたいな位置づけになるでしょう。

ルイジ・ロ・カーショと、アンナ・ムグラリスの組み合わせ、物語の内容からしても、「アイズ・ワイド・シャット」の、トム・クルーズとニコール・キッドマンを思わせる雰囲気があります。たぶん、それをやりたかったんじゃないかな??というのが感じるところです。この映画は、平たく言えば、まじめで美しいガールフレンドを持つウブな刑事が、捜査過程で知った裏社会の倒錯の世界に足を踏み入れ、ネトラレ的な性欲を掻き立てられて妄想が止まらなってしまい、ガールフレンドとの性行為も激しくなっていくという男の物語ということになります。そう言ってみれば、ちょっとした倒錯系のポルノ映画を思い切りスタイリッシュに飾ってみたということになります。

そういった感じですので、倒錯と言っても(ビデオ題の倒錯が一番あたっているかもしれない…)、彼女がその世界に入っていく感じがあまりなく、全体的に軽い感じで、クローネンバーグやリンチみたいな重量級には至ってない感じでした。ただし、まぁ、ここまで映像や音楽を飾ってくれればそれはそれで楽しめましたし、両主役は男は静かな熱演、女は綺麗という感じで、これも楽しめる演技をしてくれていたので、自分的にはまずまず、見てよかったという感じです。やはり映像と音楽と演技が美しければ、それはそれで大いに楽しめてしまうものなのでした。

2020.3.22 HCMC自宅にてAmazon Primeよりのパソコン鑑賞

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「ミラノカリブロ9」 日本のやくざ映画と通じるカッコよさ

Amazon Primeの特典にあった、フェルナンド・ディ・レオ監督の作品、ミラノカリブロ9を見てみます。1972年のイタリア映画で、2004年のヴェネチア映画祭でもリバイバル上映されました。B級アクション映画で楽しませてくれる監督だけに楽しみです。

あらすじ
マフィアの資金の札束が、運搬途中で白紙の束にすり替えられます。運搬に携わったメンバーは疑いをかけられ、拷問の末爆殺されましたが、結局金は行方不明のままでした。3年後、服役していたウーゴ(ガストーネ・モスキン)が出所すると、待ち構えていたのは、アメリカーナ―派のロッコ(マリオ・アドルフ)と彼の子分たちでした。ウーゴが金を奪ったと疑っている彼らは、ウーゴに親分に会いに来るように言い含めました。その夜も子分たちはウーゴのホテルを訪れると部屋を破壊。賠償を求められたウーゴは、旧友のチノ(フィリップ・ルロワ)を訪れ、金の無心をしにいきますが、再びロッコたちが現れます。今回はチノの活躍でロッコ以下の撃退に成功しました。

その後、ウーゴはボスと面会し、告白を求められますがウーゴは否定。ボスはロッコの部下として活動するよう求めます。その夜、ウーゴはクラブを訪れ、かつての恋人ネリー(バーバラ・ブーシェ)と再会。また、バーテンダーとその息子のルカ(Salvatore Arico)などと再会しました。ウゴはネリーと一夜を共にし、真犯人を必ず見つけると告げます。翌日再び運搬中の札束が消えてしまいます。運搬人は赤いジャケットの男に殺されたのです。ボスはチノの仕業と確信し、ロッコのチームに排除を指示。チノは逃げ延びますが、仲間が殺されてしまいます。

チノは殺された仲間の復讐に、ボスの家を急襲。ボスやその子分たちを殺害しますが、やがて銃弾に倒れてしまいます。チノは死ぬ間際にウーゴの本当の動機を読み取ります。ウーゴはチノの死によってボスから解放され、3年前に盗んだ札束の隠し場所に行くと、それを持ち帰ります。そして、ミラノを離れることに決めたウーゴはネリーに連絡し、ベイルートへの逃避行に誘います。しかし、彼女の部屋で札束を見せたところに待ち構えていたのは、赤いジャケットのルカ。ルカはウーゴの背後から発砲し、ウーゴは死の間際に最後の力でネリーを撲殺。そこにウーゴに心酔するようになったロッコが到着し、「お前にウーゴを撃つ資格はない」と怒鳴りながら、ルカの頭を何度も打ち付けるのでした。



ミラノカリブロ9

まずは、冒頭から70年代の雰囲気が溢れていました。オザンナの音楽も痺れます。イタリアのプログレ、いかにもこの時代を感じさせます。ボーリング場とか出てくると、うわっと思いました。ストーリー展開はなかなか緊張したもので、ラストにかけては静かながらも、怒涛の展開となっていきます。ネリーについては、どこかのレストランのシーンでフラグが立ちましたね。余計なことを聞きすぎでした。

ウーゴは寡黙な男で、当時の日本のヤクザ映画のスターと同じ雰囲気を持っているようです。健さんとか…。そして、最後には、ウーゴを讃える言葉で救われます。ポイントとしては、「ここにはマフィアはいない、チンピラかギャングだけ」みたいな発言と、孤高の崇高な男として讃えられるところでしょう。しかし、現金をしっかり強奪しているところが、やはりこういう結末に繋がり、ヒーローになれなかったというところでしょう。一癖二癖ある、フェルナンド・デ・レオのB級の裏社会を扱った、B級アクション。妙な人情味もあって、楽しいです! ガストーネ・モスキンなかなかいいですね。初めて見ます。暗殺の森とかでているらしいので、見る機会があれば注目したいと思いました。

この映画は、ギャング一味の抗争と並行して、警察の内部抗争?も描かれていました。世の中を根本から直したいという理想主義者と、悪い奴はいろいろな手段を使って叩けばいいという、いかにも高圧的な刑事。理想主義者は当時の社会情勢を語り、最後には内部の左遷劇となります。南部から貧民が流れ込み、北部の治安が悪くなるという構造になっているとか…。ストーリーも面白いし、緊張感もある、いい作品でした。

2019.11.20 HCMC自宅にて、Amazon Prime よりのパソコン鑑賞

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プロフィール

torrent13

Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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