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「別離(1939)」 バーグマンのアメリカ進出第一作は不倫物語

イングリッド・バーグマンのアメリカ進出の最初の映画となったのが、元々スウェーデン時代に本人が出演した「間奏曲」のリメイクでした。1939年の映画で、監督はグレゴリー・ラトフ。オスカーでは、撮影賞(白黒)と音楽賞にノミネートされています。
原題:Intermezzo: A Love Story (1939)

あらすじ
スウェーデンの名ヴァイオリニスト、ホルガー・ブラント(レスリー・ハワード)は、ニューヨークの演奏会で、伴奏者のトーマス(ジョン・ハリディ)の引退を発表し、妻のマーギット(エドナ・ベスト)と、娘のアン・マリー(アン・E・トッド)の待つ故郷に戻りました。トーマスは後進の指導に専念することになり、その教え子のアニタ(イングリッド・バーグマン)は、偶然にもアン・マリーにピアノを教えていました。そして、アン・マリーの誕生会で、アニタの演奏を聞いたホルガーは、彼女とデュオを組んで演奏を始めます。

二人の関係はいつしか愛情にまで発展しました。アニタは、妻子あるホルガーを愛することに苦しみ、別れを告げ、親類の元に去ろうとしますが、列車の発車間際にホルガーに引き留められます。その後、二人は演奏旅行に旅立ち、各地で絶賛を博しました。演奏旅行が終わり、南仏で二人だけの幸福な時間を過ごしている時、トーマスからアニタがパリ音楽院の奨学生として認められたとの知らせが入りました。今の幸福を失いたくないと、入学しないことに決めたアニタですが、トーマスが南仏を訪れると、アニタは心の内を打ち明け、静かにホルガーの元を去っていきます。

ホルガ―は、家族との関係は既に失われたものと考えていました。しかし、一目でもアン・マリーに合いたいと、一日だけの予定で故国を訪れ、アン・マリーの学校に向かいます。学校に着くと、父親を見つけたアン・マリーが駆け寄ってきて、車に轢かれてしまい、危篤状態になってしまいました。ホルガ―は家に連れ帰り、医師を呼んで、夜を徹しての処置が続きます。翌朝、医師は回復を保証して帰ると、ホルガ―も家を立ち去ろうとしましたが、マーギットに「おかえりなさい」と呼び止められたのでした。



別離(1939)

ストーリーは、普通に不倫ドラマですが、綺麗にまとまっていて、スムーズに展開していきます。美しい音楽と映像を楽しみながら、イングリッド・バーグマンの美しい姿を見るというのが、この映画の一番の楽しみだと思います。これも、映画を見る大いなる楽しみだなぁと感じさせてくれる映画でした。エドナ・ベストも清楚でなかなかいい感じです。最近では「未亡人と幽霊」とかで見ましたが、雰囲気のいい女優さんです。別れの手紙にある、「私はあなたにとって人生の間奏曲でしかない」というのは名セリフですね。

この映画は、イングリッド・バーグマンが3年前に出演した、スウェーデン映画「間奏曲」のリメイクで、イングリッド・バーグマンのアメリカデビューにあわせて製作されました。3年の時を経て、同じく彼女が演じているのですが、3年前の21歳の彼女も見てみたいと思いました。レスリー・ハワードにしても、ラブストーリーの相手役として、素直な雰囲気を出していると思います。監督のラトフは、俳優と監督をこなす人のようですが、監督としてはこれが最も成功した映画でしょうか?堅実さを感じました。俳優としては、「イヴの総て」など出演しています。

イングリッド・バーグマンのピアノの演技には驚きました。音自体は吹替のようですが、映像では、しっかりと弾いているような感じです。この映画で唯一やりすぎかなと思ったのは、アン・マリーが車に轢かれたところを見せているところ。あんな形で轢かれたら、もっと怪我をしているでしょうし、この流れでは見せることに違和感を感じました。あとは、別れてからイングリッド・バーグマンが登場しないのは、ちょっと残念な感じがしましたが、エドナ・ベストによるラストが決まっていて、逆に良かったかもしれません。

2020.6.14 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞
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「ジーンズブルース 明日なき無頼派」 クールな梶芽衣子

70年代の昭和を感じる9月その10。これが、今月のラストかな…?。今日は、東映の梶芽衣子主演のアクション映画です。監督は中村貞夫1974年の映画です。

あらすじ
都内のとあるバーで繰り広げられている乱交パーティーを、ママの聖子(梶芽衣子)は、物憂げに眺めていました。彼女は、こんな生活に辟易でいて、駐車場に止めたあった車を運転して走り出します。その頃、片桐次郎(渡瀬恒彦)は、殺し屋の仲間に協力して、高利貸しを殺害しますが、彼らが高利貸しから取り上げた500万円を盗んで、一人停めてあった自動車に飛び乗り逃走しました。そして、郊外の十字路で、二人の車は衝突炎上。二人は通りかかった車を奪い、新たに中古車を買い替え、東名高速を京都に向けて走り出しました。

金を持ち逃げされた、ボスの本郷(内田良平)と、手下の3人(室田日出男川谷拓三・橘真紀)は、次郎の足どりを追い始めます。京都にたどり着いたのち、追手に発見された二人は、国鉄コンテナの中に逃げ込みますが、扉が閉められ、そのまま貨物列車で、山陰線を運ばれました。次郎は聖子に、故郷の丹後半島に住む妹が苦境に立たされ、金を届けに行っていることを打ち明けます。コンテナが開けられると、バイクを奪って再び逃走。途中で持ち金を無くしてしまった次郎は、聖子の協力で、ハンターを殺害して猟銃を奪い、ガソリンスタンド強盗や、やくざの賭場荒しなどを重ね、1000万円の大金を得ることができました。

やがて二人は、次郎の故郷に向かいますが、先廻りしに本郷たちは、次郎の妹の百合子(堀越陽子)を脅し、次郎をおびき出しました。百合子も兄の手紙に書いたことは全く嘘で、ただ恋人と暮らすために金が欲しいだけだったのでした。待ち合わせに指定した山小屋に次郎が現れると、本郷たちは彼を滅多打ちにし、かけつけた聖子は、ライフルで本郷たちを追い払い、瀕死の次郎を介抱しますが、聖子は、百合子の前で、痛みに絶えきれず殺してくれと訴える次郎の心臓を一撃します。やがて、山小屋は炎上し、警官隊に包囲され、聖子はやり場のない怒りが爆発、警官隊の前にライフルを持って飛び出していくのでした。



ジーンズブルース 明日なき無頼派

久々に見る梶芽衣子。女囚さそりのおイメージそのままで、やはり美しいです。冒頭からクールで憂いのある表情がたまりません。対する渡瀬恒彦は、先日見た渡哲也の弟。さすがに雰囲気は似て、爽やかな感じですが、ヒーローの兄に対して、弟の方はいろんな役で活躍しているように思います。あとは、内田良平室田日出男川谷拓三の悪役トリオ。コミカルな3人組で、それぞれの役割を果たしていました。そして、この物語は、題名とストーリーからわかるように、「俺たちに明日はない」と似たストーリー展開となっています。

ストーリー展開は、普通に楽しめますが、追手の三人が、逃げる二人を見つける過程が、偶然にも左右され、ちょっと決め手を欠いた感じがしました。当時の背景として、タイトルの後、いきなり新聞記事として現れる、狂乱物価の様子が、当時の世相として認識されます。74年ですから、ちょうど石油ショックの真っ最中ですね。洗剤高騰とか記事がありましたし、当時、節約が叫ばれ、昼間もテレビ放送しない時間帯ができたり、夜も放送終了時間が早くなったりしました。新聞のチラシを見てよくトイレットペーパーを買いに行ったものです。

映像にはちょうど70年代真っ盛りの情景がたくさん映し出されています。DD54牽引の山陰本線の貨物列車。走っているバスも子供の頃よく見かけたタイプで懐かしい。もちろん乗用車もいろいろで当時のもの。娯楽色の強い東映アクション映画なので、深く感じ入るところはあまりないのですが、梶芽衣子演じる聖子の虚無感を感じつつ、冬枯れの山村の風景とか見て、田舎の風景は当時と比べてどう変わったんだろうか?などと思っていたのでした。

2020.9.27 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「ファースト・コンタクト」 フェイクドキュメンタリースタイルの本格SF

ちょっと面白そうなSF映画があったので、なんとなく見始めました。フェイク・ドキュメンタリーの手法を使った映画で、見せ方が目新しい映画のようで、楽しみです。監督は、ハズラフ・ドゥルール2017年の映画です。
原題:The Beyond (2017)

あらすじ
スペースエージェンシーの所長、ジリアン(ジェーン・ペリー)は、自宅で広報用の取材に応じている時、異常事態が発生の連絡を受けました。国際宇宙ステーション付近に謎の物体が発生、活動中の宇宙飛行士のジム・マルセル(ウェス・ナイキ)が行方不明になってしまいます。エージェンシーではチームを編成して対応。ジリアンは物体を「ヴォイド」と名付け、ヴォイドから出てくる電波が1420MHzであることから、生命体の可能性が示唆されます。ジリアンは無人探査機を送り、ヴォイドにワームホールがあることを発見。その先に惑星らしきものがあると判明しました。ジリアンは、ワームホールへ飛行士を送りたいと発言。その頃から、ヴォイドから無数の黒い球体が地球へと向けて放出され、ヴォイドから不可視波が発生し始めます。

黒い球体を脅威と認識し、国防機関からも連絡が入りますが、飛行士の派遣が困難だと答えると、ヒューマン2.0という、人工ボディーに人間の脳を移植するプロジェクトの存在を知らされます。最後の望みをかけて片道切符の候補者を選考し、専門医のクレス(エズラ・カーン)によって脳移植された青年は、拒絶反応を起こして死亡。さらに改良を加え、親和性が高い人物をスタッフの中から選ぶことになり、適合したのはヴォイドを良く知る宇宙論学者のジェシカ(ノーリーン・カミスキー)でした。ジリアンは彼女に直接打診し、ジェシカは悩んだ結果、ジリアンに家族を頼み、脳移植へと挑むことになります。そして、移植は無事に完了。ジリアンとチーフのアレックス(ナイジェル・バーバー)は、彼女と言葉を交わし、ジェシカはボディーの動きに慣れるための訓練を始めました。

宇宙船はジェシカ2.0の他にソルジャー2.0も搭乗し、ヴォイドへと侵入しますが、ソルジャーは排除された後、ワームホールの向こう側へと抜けていきます。その5日後、ジェシカを乗せた宇宙船が帰還。意識を失っているジェシカの脳内を分析し、解析を開始しました。すでに地球を覆う黒い球体が活発化し、警戒は最高レベルへと引き上げられていました。やがて意識を取り戻したジェシカは、ヴォイドを経て惑星へ到着し、地球外生命体とのファーストコンタクトを語ります。そして、行方不明になっていたジム・マルセルもそこに出現したのでした。間もなく、大量のデブリが太陽系の外部軌道の衛星を破壊し、地球へと降り注ぎます。同時に黒い球体が、地球を包むように網を張りはじめ、地球は脅威から守られたのでした。彼らは地球の紹介映像から、人類が救済に値すると判断したのです。彼らは仕事が終わると地球を去り、後日ジムもアリゾナ砂漠で発見されました。

ヴォイド消失後、地球の軌道上に新たな惑星が生まれました。それは人類とって理想的な惑星で、アース2と呼ばれ、さっそく移住計画が立てられ、1年後、初めての有人宇宙船がアース2へ向けて打ち上げられました。最初に乗り込んだのは全員がヒューマン2.0。彼らは将来の人類の移住に向け、アース2で準備作業を進める為に向かったのでした。



ファースト・コンタクト

フェイクドキュメンタリーで表現されたSF映画です。インタビューシーンを中心に、あたかも宇宙エージェンシー製作の記録映画として構成されています。見せ方は斬新ですが、内容は古典的なSF。かなり既視感のある本格SFストーリーです。このストーリーの雰囲気は、アーサー・C・クラークの著名なSF小説を想い出します。忘却の彼方に行ってしまいましたが、絶対同じような小説があったぞという印象でした。もちろんそれは、普通のSFで、フェイクドキュメンタリーではありませんが…。ついでですが、原題のビヨンドからは、ルチオ・フルチを連想してしまうのは私だけでしょうか…。ちょっとトラウマの題名です。

ストーリーは、スペースエージェンシーという研究施設のドキュメンタリーで、民衆の動きなどはあまり描かれていませんが、普通の映画にしたら、そちらの方もかなりメインになって来るのでしょう。そういった意味では、一面的な部分を切り取ったという感じがしないでもありません。いろいろと広がりのあるテーマだと思いました。最後のアース2は余計だと思いました。ジェシカが先鞭をつけたヒューマン2.0がここしか出てこないので、そういう意味では必要かもしれませんが、それ以外は蛇足に感じます。

この映画を見ながら、ドキュメンタリーを演技するのはどういうもの何だろうと考えていました。普通に演じればそうなるという訳ではなく、それなりの演技の仕方だと思いますが、普通の映画のようなアクションは控えめになっていると思います。そうしてみれば、普通の映画は、かなりオーバーアクションになるのかなぁなどと他愛もなく考えていました。試みとして面白いと思いましたが、ストーリー展開的には一部の事象が重点的に描かれる分、サイドストーリー的になって、全体感は少々薄くなったのかなというのが感想です。しかし、古典的な本格SFストーリーを体験できたので良かったと思います。

2020.7.9 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「関東流れ者(1971)」 渡哲也の日活アクション後期作品

70年代の昭和を感じる9月その9。今回は、この時代を代表するジャンルの一つであるヤクザ映画です。今ではこのタイプの映画はあまり見ませんが、子供の頃近くの映画館で時々みていた覚えがあります。暴力とエロは70年代の代表的な作品群だと思います。監督は小澤啓一で、渡哲也主演の、1971年の映画です。

あらすじ
周次(渡哲也)は、昔気質に義理人情を通す、立花組の組長に拾われて育てられました。弟の洋(沖雅也)が集団就職で上京してきたため、二人で祝いの食事をしている時、周次の弟分の淳(市村博)がとびこんできて、縄張のクラブで、坂下の弟次郎(原田芳雄)が暴れていることを知らせます。次郎は周次にとって、昔の仲間の弟ということでその場を取り計らい、律義な幹部の大川(今井健二)は、立花の組長(水島道太郎)、侠友連盟の阿部(南原宏治)をたてて、まるく納めました。しかし、手打ちの帰りに、立花は次郎に襲われ、随行していた周次は、次郎を刺殺。周次は、服役することとなりました。

刑務所の中で、立花組長が殺されたことを知った周次は、仮釈放されると、坂下組が壊滅し、立花組も壊滅状態に近いことを知ります。そして、立花組に戻ると、娘のゆき(丘みつ子)、大川、淳の三人に迎えられました。今や、立花組は侠友連盟に委ねられ、かつての組の連中は阿部に靡き、阿部は立花組長が嫌った、売春や麻薬を使って組織を拡げていることを知り、周次は立花組再建のために立ちあがります。そんな周次を消すために、阿部はかつて立花を暗殺した、殺し屋の白土(青木義朗)を周次に指向け、大川にもかつて世話した恩をかたに、周次暗殺を命じました。

周次は何とか逃れると、坂下の母親よし子(木村俊恵)の家に隠れます。一方、阿部は組織の金を横領した、周次の弟の洋を拉致。淳も捕まってしまいます。そして、淳は瀕死の状態にされ、周次の元に阿部からの伝言を伝えると息絶えました。周次は、組長を殺し、縄張りを乗っ取った阿部の呼び出しに応じ、指定の場所にに出向くと、待ち構える阿部の一派や、阿部に靡いてしまった立花組の幹部たち、そして最後まで周次を狙う白土たちの中に飛び込んでいったのでした…。



関東流れ者(1971)

久しぶりのヤクザ映画を見始めました。ヤクザ映画と言えば、小学校くらいの頃、近所の映画館でよくかかっていたので、いろいろと見たことはあるのですが、何を見たかさえすっかり忘れてしまいました。子供はエロはダメなので、基本、時代劇かヤクザ映画かというような時代だったと思います。そういう時代を懐かしむ一本。いきなりタイトルバックに、港でポーズをとる渡哲也の写真と、昭和ムード歌謡といった感じの曲が流れて、うわぁ…と言う感じで盛り上がります。途中で水原弘のショーの場面が入りますが、このあたりは当時の娯楽邦画ならではの演出です。

さて、内容はと言えば、筋立てはまずまず、まとまっていたと思います。ただし、ヤクザ映画と思ってみると、初々しい渡哲也とか、沖雅也とか、どうも青春アクション映画のようでした。なんとなく、この手の映画だと、東映の一連の映画のコテコテのヤクザ映画のイメージが強く、なるほど、日活の路線だなぁと思った次第。この映画は、1971年。この年の終り頃から、ロマンポルノに舵を切っていくわけですから、アクション路線の最後期の作品ともいえるでしょう。俳優さんでは、その後日活をやめた人もいれば、ロマンポルノでも時々見かける方も活躍しています。

主役たちが青春っぽい風貌の中で、やはりこの社会は迫力のある俳優がしっかり支えています。今井健二南原宏治、小高雄二など。それっぽくていい感じです。青木義朗はスナイパー的な役で、渋く決めていました。なんとなく、そういった俳優さんたちが、この時代の雰囲気を表しているようで、気になってきました。派手なアクションと現代的な武器と、CGで見せる、現代のアクション映画は確かに面白いのですが、こういった表情と眼力とドスがメインの任侠アクションというのも、味わい深いものがありますね。

2020.9.24 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「パターソン」 日常生活の総てを詩にしてしまった作品

劇場で、かなり前に予告編で見たことがある映画です。良さそうな感じでしたが、日本には短期滞在であったので、見るまでに至りませんでした。今回は、Amazonでの鑑賞。アメリカ・ドイツ・フランス合作で、カンヌではノミネート作品となりました。AmazonSutudios配給作品でもあります。 2016年の映画で、監督はジム・ジャームッシュです。
原題:Paterson

あらすじ
月曜日 パターソン(アダム・ドライバー)は妻のローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)の横で目覚めました。ローラは双子の子を産む夢を見たとのこと。パターソンはマッチ箱をいじりながらの朝食後、バスの車庫に出勤します。バスの中でマッチ箱に関する詩をノートにメモしてから出庫。乗客のボクサーに関する話題にに耳を傾け、滝の前で弁当を開けながら詩を書きあげました。仕事が終わり帰宅すると、ローラに詩の公表を勧められますが、全くその気がありません。ブルドックのマーヴィンとの夜の散歩ついでに、ドック(バリー・シャバカ・ヘンリー)の経営するバーを訪ねました。

火曜日 今日も同じように車庫に行き、バスをスタートさせます。客の女性に関する話題に耳を傾け、勤務を終え帰宅すると、ローラから、詩のノートのコピーを取るという約束と、ローラにギターを買う約束をさせられます。そして今日もマーヴィンとの散歩がてらドックのバーへ。途中でオープンカーの若者たちに冷やかされ、バーでは、隣で友人エヴェレット(ウィリアム・ジャクソン・ハーパー)がかなわぬ恋について話すのを聞いていました。

水曜日 バスでの勤務を終え、仕事から戻ると、ローラが壁にペンキを塗っていました。いつものようにバーに向かう途中で、コインランドリーでラッパーが作詞をしているのをしばらく聴いていました。

木曜日 勤務を終え帰宅途中に、少女が親たちを待っていたので声を掛けます。彼女も秘密のノートに詩を書く詩人なのでした。夕食はローラの新作料理。ローラに少女から聞いた詩を披露します。バーでは、相変わらずエヴェレットが愛を取り戻そうと口説いていました。

金曜日 目覚めるとローラは早起きして、明日の市場に出すカップ・ケーキを作っていました。バスが運転中に電気系統の故障で動かなくなります。帰宅すると、ローラにギターが届いていて練習に励んでいました。バーに行くと、エヴェレットは拳銃を取り出し、彼女に銃口を向けたあと、自殺しようとしますが、パターソンはとっさにエヴェレットにとびつき拳銃を奪います。しかし、それはおもちゃの銃でした。

土曜日 ローラは大量のカップケーキを自動車に詰めて市場へ出かけます。パターソンは日中にマーヴィンと散歩、ローラはカップケーキが売れて大喜びで帰宅し、お祝いに二人で映画を見に行きます。映画が終わって家に帰ると、マーヴィンがパターソンの秘密のノートをズタズタに破いていました。

日曜日 パターソンはショックから立ち直れず、一人で散歩に出かけます。エヴェレットに金曜のことを謝罪され、一人でベンチに座って滝を見ていると、日本人の男(永瀬正敏)が隣に座ります。彼は、パターソンが好きな地元の詩人の本を取り出し、自分も詩人だと言います。詩について語り合ったあと、男は空白のノートをパターソンにプレゼントして去っていきました。



パターソン

パターソンという町の路線バス運転手のパターソンの一週間。その判で押したような毎日の暮らしを、一日づつ丁寧に描いていった作品です。パターソンは、町の有名な詩人のファンであり、自身も毎日詩作に励んでいます。そして、その詩の静逸な表現が、この映画全体を、日常生活の舞台にした詩集の様に構成しているようです。一週間の平凡な日常といっても、かなりいろんなことが起こっていきます。実は静かな中で盛りだくさんなお話にも思えてきます。

生活の中のテーマはいろいろ。まずは、マッチ箱が詩の題材になり、ローラの見た双子の夢に端を発して、双子がまるでテーマのように、あちこちに現れます。一週間の中での連続した物語としては、エヴェレットの失恋騒ぎ、秘密のノートのコピー、ギターの購入などなど。小さなストーリーとして構成されていました。その様な映画の中で、いわば狂言回し役が犬のマーヴィン。コミカルな表情や、行動で楽しませてくれます。ポストを毎日傾けていくのも彼なのでした。

二人の夫婦関係がなかなか繊細で面白いです。パターソンも言いたいことがいろいろありそうですが、じっと抑えてローラに優しく接しています。なかなかできた男です。ローラは芸術家肌で奔放で、パターソンを愛しています。お互いいつもべったりという訳でもなく、相手を尊重した関係。パターソンはその中で詩作の時間という自らの聖域を保っているのでした。アメリカの田舎町での静かな物語は、最後に、「ただ一行だけの印象的な言葉が残る」という詩で締められます。インパクトのある詩で、朗読で詩を読むというのもいいなと思いました。

2020.7.30 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「コードネーム:リクイデーター」 チェチェン独立派の掃討

気軽に見られる映画を探していて、ロシアのアクション映画という事で、興味を惹かれました。2018年の映画で、監督はアレクサンドル・アラヴィンです。
原題:Reshenie o likvidatsii (2018)
英題:Decision: Liquidation


あらすじ
2002年、北カフカス。取引に使われる捕虜二人、大尉イゴール(イゴール・ペトレンコ)と、若いゼーニャがシャミル・バサエフの前に連れてこられました。シャミルは、ゼーニャを射殺しますが、大尉はシャミルの戦友イーサの助言で射殺を免れます。そして、2004年。シャミルのグループでは、新しく入手したロケット砲をテストしたところ、暗号コードが無いため使用できず、代替として旧式のロケット砲を手配しました。その頃モスクワで引退していたイゴールは、再び特務班に参加を求められ、ゼーニャの墓前で、ゼーニャの母にシャミルを捕らえると約束し、再び北カフカスに向かいます。

イゴールは現地に着くと、シャミルの様子を探り始めます。シャミルとの内通者を探して、付近の村落を探索。敵の一派がうごめく一帯での捜索は難航し、部下も失ってしまいます。そしてイゴールは、シャミル一派が大量に武器・弾薬を調達しようとしていることをつかみ、このタイミングで一派を壊滅させる作戦に出ることにしました。かつてイゴールを救った、シャミルの旧友のイーサが輸送を頼まれていることが判り、イゴールはイーサに会い協力を説得。そして、親友を裏切れないというイーサに、ベスラン学校占拠事件で、多くの子供達を殺すようなシャミルが信用できるのかと問いただし、イーサの協力を得ることに成功しました。

イーサからトラックでの運搬日時の連絡を受け、イゴールたちFSBは、税関をそのまま通過させると、案内役の同乗者を眠らせておいて、トラックの中に仕込まれた武器弾薬を確認し、監視カメラと爆弾を仕掛けます。そして、目を醒ました案内役の誘導で、今まで知らされていなかった、シャミルが待つ目的地に向かいました。そして待ち受けていたシャミルが乗り込んだ時、イーサが車から離れるのを待って爆発させることになっていましたが、イーサは途中でトラックから離れることをやめてしまいます。そして、時間通りに遠隔操作で大爆発。その場でシャミルは爆死し、イーサの遺体も発見されたのでした。



コードネーム:リクイデーター

ロシアのアクション映画で、チェチェン紛争に関連する実話を元にした作品でした。長く続いた独立を求める戦いは、ゲリラ戦からやがてテロという形に変貌していきます、そして、その過程での中心人物であったシャミル・バサエフが敵役として登場します。独立の為ならテロをも辞さないという姿勢は、この映画の中でも語られる、ベスラン学校占拠事件など幾多のテロを引き起こし、独立派すなわちテロ組織という形になっていきました。この映画は、テロとの戦いを続ける、KGBの後継機関であるFSBの立場から描かれています。

鑑賞した感じとしては、意外と時間の割に長く感じる展開ながら、派手さのないFSBの活躍が妙にリアルに感じました。北カフカスの村々を舞台て展開される、いわば戦場の一幕ですが、ヨーロッパ的なマフィア掃討ミッションのような雰囲気もあり、華々しいアクションと言うよりは、地味なアクションに感じます。そしてクライマックスが、トラックでの兵器輸送でシャミルをはめる作戦です。地味なだけに緊張感があります。

テロとの戦いの時代に、ロシア視点で描かれた紛争映画です。テロは許されない事は当然ですが、この映画では、チェチェン紛争自体は語られず、すでにテロ組織化した、シャミル・バサエフの武器調達計画と暗殺作戦が描かれています。一方、実際の長い紛争の中には、チェチェンの人々や独立派内部の抗争などに、いろいろな物語がありそうです。最後に爆殺に関与した元独立派の戦士は、かつてのテロに関わっているでしょうから、どういう経過をたどって今があるのかなど、興味深いと思いました。

2020.7.18 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「十九歳の地図」 世の中をどう生きて行ったらいいのか

70年代の昭和を感じる9月その8。今回は、70年代もいよいよラストとなった、1979年の映画です。そして、公開されたのは12月でした。という訳ですので、昭和のアクションや娯楽色の濃い前半の作品とは雰囲気が異なってきています。監督は柳町光男で、キネ旬ベストテン7位となっています。カンヌ国際映画祭の批評家週間に出品されました。

あらすじ
19歳の吉岡(本間優二)は、住み込みで新聞配達をしながら予備校に通っていました。毎朝走りながら、王子周辺でのたくさんの配達先に新聞を入れて回るうえに、集金に行けば、どこの家からも煙たがられ、日々わだかまりが貯まっていきます。そして、吉岡は配達担当の地図を作って、各配達先の名前や詳細個人情報を調べ上げ、不愉快なことなどを感じると、地図に×を一つ記入。×が三つになると、嫌がらせの脅迫電話を掛けたりしていました。

吉岡は、三十代の風采の上がらない独身男、紺野(蟹江敬三)と同室でした。大きな事ばかり言っていますが、何も出来ない紺野を見下していましたが、そんな紺野は、時々理想の女性であるマリア様の話をしていました。吉岡はマリアに会わせて欲しいと頼むと、紺野は吉岡を連れて彼女のアパートを訪ね、8階から飛び降りても死にきれず、片足が不自由になった彼女(沖山秀子)と出会います。彼女は、娼婦のような生活をしている孤独な女性でしたが、紺野はマリア様と慕っていたのでした。吉岡は、そんな二人を見て大人の人間の愚かさの象徴に感じ、そのような世界への反感をつのらせ、さらに×印のいたずら電話もエスカレートしていきます。

やがて女は妊娠し、はじめて幸福な気持になった紺野は、女と生まれてくる子のために、幸せをつかもうとしますが、彼女へのプレゼントのために、強盗傷害を犯して捕まってしまいます。そして、吉岡は女の家に出向いて、紺野が捕まってしまったのは、彼女が原因だと責め立てました。女は吉岡の前で自殺を試みますがうまくいかず、「死ねないのよ…」と慟哭します。吉岡の怒りは、すべての人々への脅迫電話となり、列車やガスタンクの爆破予告を始めます。そして、電話を終えて部屋にもだった吉岡は、ただ泣くことしかできないのでした。



十九歳の地図

東京の王子周辺を舞台として、住込みの新聞配達で働く、19歳の青年を中心とした物語。原作は中上健次の小説になります。中上健次と言えば、学生時代に好きだったアルバート・アイラ―の記憶と共に蘇ってくるのですが、小説自体はそれほど多くを読んだ訳ではありません。当時の東京の情景は、私が過ごしていた時期と時代的には近いのですが、三多摩の方面にいたので、このあたりの雰囲気はあまり馴染みがありませんでした。王子スラムというエリアが地図に書かれていますが、この後バブル期を経て大きく変わっていったと思います。そんな下町を舞台に、70年代が終わり80年代に入ろうとする時期の映画です。

主要な登場人物は、吉岡、紺野、マリアの3人に絞られます。この3人の描き方がとても素晴らしいと思いました。特に、紺野とマリアは、この映画の設定ではすでに30を越え、行き場のない生活から脱することができず、日々を過ごしています。そして、それが社会の問題と言う前に、二人の人生に対する不器用さからきているように描かれていて、見ている方としても、現実を理解する以上に、為す術がありません。最後の二人の登場場面は、留置場の中の紺野の口笛と、ゴミ置き場から自分に合う服を見つけたマリアのシーンとなる訳ですが、その後の明るい展開が示されず、ただその現実を受け入れる他は無く、虚無感に追いやられます。

一方、吉岡は19歳で、人生はこれから、人格の形成期にあたると思います。そして、王子の町で出会う人々を悉く見て回っている中で、世の中を知っていくわけですが、人格の形成やその後の人生に、過ごしてきた環境が大きく影響するということを強く感じました。吉岡はそのような社会への不満から行動は過激化し、最後に無力さをかみしめ、慟哭します。慟哭については紺野もマリアもそれぞれ場面があります。どれも生きていく事に対する慟哭のようでした。本間優二蟹江敬三沖山秀子の三人の演技がとても自然でリアルで、素晴らしいと思いました。そして、70年代末にあって、日本映画のレべルの高さを感じる一本でした。

2020.9.20 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「三人の妻への手紙」 一通の手紙が呼び起こす奥深き夫婦関係

三人の妻への手紙は、ジョン・クレンプナー原作の「五人の妻への手紙(1945)」を元に映画化されました。1949年の映画で、監督はジョーゼフ・L・マンキーウィッツ。オスカーでは、監督賞と脚色賞を受賞。作品賞にもノミネートされました。マンキーウィッツはこの翌年に「イヴの総て」を監督し、2年間で4つのオスカーを獲得することになります。
原題:A Letter to Three Wives (1949)

あらすじ
三人の若い夫人が、ボランティアで恵まれない子供たちとのピクニックに出かける日、いざ遊覧船に乗ろうという時に、三人あてに手紙が届きました。エディという共通の友人の女性からで、「あなたたちの夫のうちの一人と駆け落ちします」と書いてあります。すでに陸を離れようとしている船からは、連絡手段もなく、三人は一日不安に包まれながら、今までの夫との関係を回想します。

デボラ・ビショップ(ジーン・クレイン)は、農家の出で、家を出るとすぐに海軍に入隊し、名家の出自の夫と出会いました。戦争が終わり普通の生活に戻ると、生活や付き合いに居心地の悪さを感じ始めます。そんなデボラを慰めるのは、リタ(アン・サザーン)というラジオドラマのライターで、学校の先生である夫のジョージ(カーク・ダグラス)よりも収入が多く、夫をラジオの仕事に誘います。しかしジョージは。給料よりも世の中にとって大事なことがあると拒否されました。リタは、家に上司のマンレイ夫人(フローレンス・ベイツ)を招いたとき、ブラームスのレコードがエディから届いたことや、ジョージとマンレイ夫人は全くそりが合わず、失望したことを思い出しました。

ローラメイ(リンダ・ダーネル)は、線路わきの列車が通るたびにガタガタ揺れる家に住んでいました。彼女の勤めるデパートのオーナーのポーター(ポール・ダグラス)は離婚しており、ローラメイと付き合っていました。ローラメイは、ポーターの家に行った時、ピアノの上にエディの写真があったことや、彼に再婚するつもりが無いと言われ、わざと疎遠にしたことを思い出します。その後、ローラメイを愛していたポーターが折れて、結婚にこぎつけたのでした。

ピクニックから戻ると、まずリタは家で夫を見つけて大喜び。彼女はマンレイ夫人の為に、自分を犠牲にしない事を約束します。ポーターは遅く帰ってきて、妻の疑いを聞いた時、離婚して慰謝料を得るための口実にしたいのかと反論します。そして、デボラはブラッドがその夜は帰宅できないというメモを受け取りました。二組の夫婦とデボラはパーティに向かい、いつものように同じテーブルに着きました。

ポーターはデボラに妻への不満を話すと、デボラはローラメイの大きな愛を説明します。しかし、ポーターは彼女は自分をレジスターとしか見ていないと譲りません。デボラはブラッドがエディと逃げたと表明し、立ち去ろうとしますが、ポーターは彼女を止め、一緒に逃げようとしたのは自分だと告白。ローラメイに、事実を認めるので自分と離婚し財産を手に入れることができると話します。しかし、ローラ・メイは、何もそんな話は聞かなかったと言い、彼女の愛を確信したポーターはダンスを申し込むのでした。エディのナレーション「やれやれ、おやすみなさい」で物語は終わりました。



三人の妻への手紙

小さな町で家族ぐるみの付き合いのある3人の妻。ボランティアで小学校のピクニックの手伝いに出かけた3人は、出発間際に共通の友達のエディから。今日、3人の夫の誰か一人と駆け落ちして、もう町には戻らないと書かれた手紙を受け取りました。すでに上船する間際で、もう家と連絡する手段はありません。ボランティアの間中、ずっと夫のことが気になり始め、それぞれの馴れ初めから、今までの生活を回想しつつ反省し、だんだん自分に正直になっていく三人の物語でした。

なにやら、ミステリーの導入部を感じさせるようなプロットが面白く、またこの手紙の主であるエディは、誰の言葉からも美人で欠点のない理想の女性と思われています。いわば完全無欠の女神なのでした。そうすると、これは三人の妻たちの自覚を促すために、エディが仕組んだことと気づかされます。その目的は夫婦愛を見つめ直し、取り戻すことということでしょう。三人ともそれぞれ特徴があり、素直になれないところは共通して、一筋縄ではいかない感じです。よくもまぁ、こんなにひねくれたものだという感じでした。そして、エディの目論見はだんだん実っていき…というお話です。

マンキーウィッツ監督のドラマ。人間の心理を描くうまさは、「イヴの総て」で体験済みですが、この映画でも、それぞれの女性の性格描写が、大変秀でています。そこには激しい喜怒哀楽もあり、嫉妬もあり、愛情と不安もありというところです。女性心理のデパートみたいな感じでした。男性は無邪気に自分の理想を負い、妻の心を顧みない部分はありますが、妻との会話はそれなりにそつなく対応していますので、致命的な問題まではなさそうです。そして三者三様の解決を見て、「やれやれ」というところで。奥深い夫婦関係を描く、身につまされる映画が終わったのでした。

2020.6.14 HVMC 自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

「ランナウェイ・ブルース」 ネバダの田舎町と明日への希望

Amazonから、予備知識なしでふらっと見始めた映画。よさそうな雰囲気でしたので…。監督はアラン・ポルスキーと、ガブリエル・ポルスキーで、2012年の映画です。
原題:The Motel Life (2012)

あらすじ
モーテル暮らしから抜け出せない二人兄弟。兄のジェリー(スティーヴン・ドーフ)は、少年時代に事故で片足をなくし、弟のフランク(エミール・ハーシュ)は二人の暮らしを支えていました。フランクは、物語を作るのが上手で、ジェリーは絵を描くのが得意です。フランクは15歳で中古車屋で働きはじめ、店主のアール(クリス・クリストファーソン)が面倒を見てくれていました。フランクにはアニー(ダコタ・ファニング)という恋人ができましたが、彼女の母は娼婦で、ある時彼女を訪ねると、アニーは母親と共に、男性と下着姿でいたことから、後で訳を話しに来た彼女も拒絶し、疎遠になってしまいます。そして、ある日ジェリーが子供をはねてしまいます。ジュリーは、病院の前に遺体を遺して逃げ帰ってきたとの事で、二人は逃亡しようと、車で町を出ましたが、途中でジェリーは一人車で去ってしまい、フランクはバスで戻ってきたのでした。

ジェリーは雪の中で車を燃やし、自殺しようと銃で足を打ちますが死にきれず、病院に運ばれます。フランクは亡くなった少年の家を見に行き、両親と子供たちの姿を垣間見ました。その時、フランクは人家の庭に凍えそうな犬を見つけ、盗んで帰ってきました。病院に証拠を握った警察が訪れますが、ひとまず帰ったところで、病院から逃亡を決意。フランクは父の遺品のライフルを売り、その金をギャンブルで増やして中古車を購入。事情を悟った販売店のアールに励まされ、残った金を少年の家のポストに入れると、病院から逃亡し、アニーが住んでいると思われるエルコへと向かいました。

エルコに到着するとモーテルに泊まり、フランクは傷の癒えないジェリーを介抱します。そして、アニーに会うとすべてを話し、ジェリーにも合わせました。アニーの家からモーテルに帰り、悩み事から泥酔してしまいまい、ジェリーはそんなフランクを励まします。フランクはまだアニーが知らない男といた日のことを思い悩んでいました。ジェリーは、アニーが不運な子だと言い、不運な俺たちと緒になるのだと諭しました。そして絵をフランクに渡し、フランクは喜びます。次第にジェリーの顔色が悪くなり、病院に連れて行くと、フランクはジェリーに創作の物語を語り、そしてジェリーは息を引き取りました。フランクは犬を連れてアニーの働くパン屋を訪ね、アニーは気付くと微笑むのでした。



ランナウェイ・ブルース

自分が人生の敗北者と信じる若者の再起への物語。兄弟二人で生きてきたフランクですが、兄は片足を失い、フランクが生活を支えるも、モーテル暮らしから脱出できません。そして兄がひき逃げ事故で子供を殺してしまい、二人の逃亡生活の中で、過去と向き合っていきます。逃げた先は、かつでの恋人アニーの住む町。疎遠にしてしまいましたが、今の彼にとっての拠り所は、ずっと心の中に刺さっていたアニーしかいませんでした。兄は病状が悪化し、今までの二人の習慣であった、フランク創作の物語を聞きながら息を引き取りました。そして、アニーとのわだかまりに、フランクは自ら悩みますが、兄の励ましによって思い直していきます。

物語の設定としての、ひき逃げで逃亡してしまうとか、犬を盗んだりと、引っかかるところは多々ありますが、ストーリーは、敗北者からの再生テーマの、ロードムービー的雰囲気を持っています。実際、見ながら頭に浮かんでいたのが、「パリ・テキサス」でした。アニーの売春騒ぎは、本人としても被害者なのでしょうが、許せなかったフランク。アニーはそのことが心の傷となり、フランクを思い続けながら、遠い小さな町でベーカリーの店員としてひっそりと暮らしていました。アニーを求めてこの街に来たはずのフランクですが、会ってみると心のわだかまりが消えませんでした。

賭け(このタイソン・ダグラス戦は、東京ドームでの実戦ですね)に勝つのは出来過ぎで、友達もまあ、立派とは言えませんが、中古車屋のオーナーがフランクの支えになっていました。とりとめにない感想しか出てこないのですが、家族のつながりや、周囲の人々の励ましで、過去の束縛から離れ、新しい未来への希望が芽生えてくる、いいラストだと思います。アメリカ・ネバダの田舎町の雰囲気がとてもよく、いい意味でのアメリカの雰囲気が楽しめる映画でした。小道具としてアニメタッチのフランクの創作物語がなかなか面白かったです。

2020.4.9 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「家族の肖像」 平穏に過ごす老境に突如現れる疑似家族

70年代の昭和を感じる9月その7。当時、ブームになったルキノ・ヴィスコンティの作品です。とはいっても、当時は全く見ていません。子供には難しい映画なのでした。1974年の映画で、イタリア・フランス合作作品です。
原題: Gruppo di famiglia in un interno (1974)

あらすじ
教授(バート・ランカスター)は、ローマで、家政婦のエルミニア(エルヴィラ・コルテーゼ)と、絵画の収集や研究をしながら、平穏で孤独な日々を送っていました。ある日、絵画の商談中に、突然ビアンカ(シルヴァーナ・マンガーノ)とその娘リエッタ(クラウディア・マルサーニ)、そのボーイフレンドのステファノ(ステファノ・パトリッツィ)がやって来て、教授の持つ上の階を借りたいとの事。最初は頑なに断っていた教授も折れて、ビアンカに貸すことにしました。ところが、ビアンカは愛人のコンラッド(ヘルムート・バーガー)に、ゆくゆくは買い取ると偽って、そこに住まわせ、コンラッドは自由に改装を始め、教授は自分も改装に意見を入れる形で了承しました。

教授はあまりにも傍若無人に振舞い、価値観も違う若者たちの行動に、平穏を乱され、仕事も手が憑かなくなってしまいます。一方、コンラッドが芸術の理解者であることを知ると、興味も覚え始めます。ある日一家は長い間姿を消すと、突然帰ってきました。その夜、コンラッドは部屋で何者かに襲われ、教授に事件は口外しないよう頼みます。コンラッドは学問の好きな青年でしたが、学生運動にかかわるうちに、左翼思想に傾倒して、今は追われている立場なのでした。そして、コンラッドはミュンヘンに向かい、国境で拘束されてしまいます。

コンラッドは釈放され、その夜、教授は心を開いて彼らを夕食に誘い、家族の晩餐のような雰囲気になります。そころが、ビアンカが遅れて現れ、右翼の実業家である、ビアンカの夫から、コンラッドと別れるように強く言われたことを打ち明けます。その話から、コンラッドとステファノは、お互いの身分や政治思想上の口論となり、殴り合いの喧嘩になってしまいます。教授は上手く収拾できず、これが元でコンラッドは立ち去ってしまい、翌日、コンラッドは教授に別れの手紙を残して、上階で爆死したのでした。そして、衝撃を受けた教授はそのまま床に臥せ、静かに息を引き取ったのでした。



家族の肖像

ヴィスコンティらしい貴族趣味が良く出ている映画で、教授の住む建物から出ることなく、美しい調度や絵画が映像に登場します。ビアンカは、右翼の実業家を夫に持つ貴族、一方愛人の美青年のコンラッドは左翼の活動家から、身を落としてしまった人物。そのような退廃的で、過激なビアンカを取り巻く人物は、平穏に生活している教授とは全く異質の存在で、度を超えた傍若無人さが、普通の人である教授の生活を混乱に陥れていきます。このような貴族や上流階級の横柄さは、ヨーロッパではこれが普通の感覚なのか?と見ている方も、少々頭が混乱してしまいます。

その夜な乱入者に歩み寄っていく教授は、回想の中でかつて別れた家族の思い出がよぎっていきます。そして、常識とかけ離れたビアンカたちとの間も、より家族的な微妙な親近感が湧いていきます。団欒の後の喧嘩と破局。喧嘩が始まった時、教授はなんとか止めようとしますが、リエッタは教授が思っている以上に、父としての役割を期待していたように感じました。教授の中では、そうは言ってもと、心の中で迷いがあったような気がします。そして、その破局は収拾できず、静かな結末を迎えてしまいます。室内で演じられる静かな劇ですが、家族の出来事を象徴的に描いたような作品と思います。

改装されたコンラッドの部屋が、教授の部屋とは違ってモダンで驚きました。世代の落差も感じます。終始、主人公として登場するバート・ランカスターがいい雰囲気を出しています。シルヴァーナ・マンガーノは強烈な女性を演じ、クラウディア・マルサーニが若さの溢れた奔放な女性を演じていました。クラウディア・マルサーニは、出演作も多くないようですが、ちょっと美人タイプで、なかなか気に入りました。ヘルムート・バーガーについては、あまり見ていないので、なじみが無いのですが、ルートヴィヒのジャケットで見覚えがあります。いろいろとエピソードを詰め込まず、ストーリーの中で当時の世情も表現しながら、ゆったりと味わうことのできる作品でした。

2020.9.19 HCMC 自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

プロフィール

torrent13

Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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