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「オール・ザ・キングスメン(1949)」 ポピュリズムの行く先

名画を見る8月その2。アカデミー作品賞受賞作です。1949年の映画で、ロバート・ロッセン監督の作品。製作も脚本も担当していました。作品賞以外にも、主演男優賞(ブロデリック・クロフォード)、助演女優賞(マーセデス・マッケンブリッジ)も受賞しています。配給は、コロンビアでした、

あらすじ
新聞記者のジャック・バードン(ジョン・アイアランド)が、ウイリー・スターク(ブロデリック・クロフォード)の取材を始めたのは、ウイリーが州の会計主任の頃で、ウイリーは、市の不正を激しく糾弾する演説やビラ配りをしていたため、活動を妨害されていました。ところが彼の指摘通りに、小学校の壁の倒壊事故が起き、犠牲者が出ると、市民の人気が高くなっていきます。現職の州知事は選挙戦を有利に戦うため、彼の人気に目をつけると、対抗馬の票を割らせるため彼を出馬させ、おざなりの選挙活動をさせていました。ある日、自分が利用されていることに気づいたウイリーは、真剣に民衆の心をつかんで対抗しますが、僅差で敗北。しかし、彼はスタッフのサディ(マーセデス・マッケンブリッジ)やジャックに、選挙の戦い方が判ったと漏らします。

4年間の周到な準備を整えたウイリーは、スタッフのサディとジャックの活躍でついに知事に就任。公約通りにインフラ建設を進めながら、ウイリーの権力は絶大なものとなっていきました。かつてウイリーが忌み嫌っていた、賄賂や恐喝を駆使し、政敵を排除し、女性スキャンダルも公然と暴露される事態に、良識ある人々は批判的になっていきます。ウイリーは権威を高めるべく、元知事の一族であるスタントン一家を取り込んでいました。そこにはジャックの恋人のアン(ジョーン・ドルー)もいましたが、いつしかウイリーの情婦になっていました。兄のアダム(シェパード・ストラドウィック)には新設の大病院の院長を約束していましたが、父のスタントン判事(レイモンド・グリーンリーフ)だけは、ウイリーのやり方を批判し自ら敵に回っていたのでした。

ある日息子の起こした事故で助手席の女性が死亡し、その女性の父の他殺体が発見され、ウイリーへの批判は頂点に達します。ウイリーは判事を抱き込もうと、ジャックに判事の過去の汚点の調査を命じますが、ジャックは探し出したものの、アダムとアンだけには打ち明け、ウイリーには話しませんでした。ところが、いつの間にかウイリーはその事実を聞き知っており、判事はウイリーに追及され自殺してしまいます。それは情婦の関係になっていたアンが話してしまったもの。アンは罪の意識にさいなまれます。ウイリーの弾劾投票が行われた時、ウイリーは工作が功を収めて辛勝し、支持する民衆の前で勝利宣言を行いますが、そこにアダムが現れウイリーを銃撃、アダムも警備員に殺されました。ウイリーは死の間際に、ジャックを前にして、頂点までもう少しだった。何が悪かったのかとつぶやくのでした。



オール・ザ・キングスメン(1949)

迫力のある映像と迫真の演技を楽しめました。オスカー受賞の、ブロデリック・クロフォードと、マーセデス・マッケンブリッジは勿論ですが、ジョン・アイアランドやシェパード・ストラドウィック、レイモンド・グリーンリーフも負ける劣らずいい演技を見せてくれました。ジョーン・ドルーは、微妙な役柄だけにちょっと損をした感じでしょうか。それでも、このオスカーを受賞した二人は素晴らしいと思いました。

内容に、ポピュリズムで成立した権力の暴走というものと感じました。ポピュリズムのように、一般大衆を惹きつける手法をとると、独裁になりやすいのでしょうか。政権を取る手法としては、ヒトラーも同じであったと思いますが、実際は政権をとって何をするかでしょう。個人の魅力で直接民衆に約束してしまうので、暴走しやすいのかな?そういう映画としては、フランク・キャプラの「群衆」とかも、権力得る手段として、似たような手段を取っています。この映画の場合、コメディっぽく設定せずに、ストレートに起こることを描いていますので、より真に迫った迫力があります。そうなってしまうと、善悪の判断も含めて自分が神になってしまうのですね。

さて、ロバート・ロッセン監督はこの映画を最後にレッド・パージにあい、ハリウッドに戻ってくることはありませんでした。かつて共産党員であったことが災いしたようです。ラストでジャックは、ウイリーが集めた民衆の力を上手く利用しようといった向きの発言をしますが、映画の中ではそれ以上発展しないので、実際のルイジアナではどうだったのかなぁと思ってしまいました。そして、この映画のラスト、最後のウイリーの言葉は、ちょっと複雑な余韻を残します。「お前判ってないね」と思えばいいのか、「それほどまでしないとできないものなのね」と思えばいいのか、いろいろ考えこんでしまう映画でした。

2020.8.2 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「浅草の灯」 名優たちの姿が楽しめる島津保次郎の浅草

8月になって、今月はいろいろと有名作品を見ていこうと決意しました。反動が怖いですが、いろいろ名作をキャッチアップしたいなぁという事もあります。何を基準に有名かというと、キネ旬ベストテン、アカデミー作品賞ノミネート、三大映画祭最高賞などなど…。そのうちネタが尽きるでしょうから、いろいろこじつけも出てくるでしょう。スタートは、「浅草の灯」。島津保次郎監督で1937年の映画。松竹大船の製作です。第14回キネ旬ベストテンで、10位でした。

あらすじ
画家を目指すボカ長(夏川大二郎)は、浅草オペラに出演する麗子(高峰三枝子)目当てに、劇場に通い詰めていました。そんな麗子は下宿先の主人から、劇場のパトロンの半田(武田秀郎)の依頼で夜の接待をアレンジされますが、出かかるところを劇団員に救われます。ボカ長はテキ屋とのもめ事を劇団の若手俳優山上(上原謙)に救われ、同郷であることから親密になりました。山上は彼に思いを寄せる射的屋の娘お龍(坪内美子)から、半田の意を受けたテキ屋一家がオペラを目茶苦茶にしようとしていることを聞き、その日の公演はテキ屋のヤジで騒然となり、それが元で劇団の座長夫婦(西村青児・杉村春子)の間で、やめるのやめないのの騒ぎになってしまいました。

半田は、座長の妻に出資を餌に麗子を夜の相手として差し出すよう要求。これを承知します。これを知った劇団員たちは、麗子を劇団との関係の薄いボカ長のアパートに隠し、夜の相手は団員の紅子(藤原か祢子)がかって出て、麗子は難を逃れました。同じ部屋に暮らすボカ長と麗子はすっかり仲良くなり、麗子を想っていた山上も身を引きます。ボカ長は麗子の荷物を取りに麗子の部屋を訪ねたところを、テキ屋に囲まれてしまいますが、そこは山上が急襲し助け出すと、座長夫婦の夫婦喧嘩を身を挺して仲裁し、自分は浅草を離れることを決め、連れて行って欲しいと言い寄ってきたお龍と共に東海道を下るのでした。



浅草の灯

島津保次郎の作品。いつもの小市民映画という感じではなく、楽屋ものの映画。歌と喧嘩で楽しい映画になっています。この時代の俳優さんたちが見もので、杉村春子高峰三枝子坪内美子、藤原か祢子と、個性ある女優さんたちが総出演。杉村春子はこれが映画初出演とも言われていますが(異論もあり)、当時すでに30歳前後。演劇での活躍で作り上げた名演技が楽しめます。いつ見ても年齢不詳感のある大女優ですが、可愛さも感じられました。高峰三枝子は清楚な感じで、この映画が元で歌手デビューも果たしました。坪内美子はしっかりした感じ、藤原か祢子は艶っぽい感じが出ていて楽しく見られました。

上原謙が主役。カッコいい二枚目役ではありますが、自然な感じもします。帽子をかぶって夜の橋の上を歩いてくるシーンとか、なかなか決まっていました。男気を見せて身を引くところとか見せてくれますね。一方で、夏川大二郎は一人だけ雰囲気がこの時代とは違っている感じで、現代に持ってきてもそのまま通用するような雰囲気を持っています。ちょっと驚きました。そんなこんなで俳優さんたちを見ているといろいろ楽しくなる映画でした。

ストーリーの中で、2つプロポーズのシーンがありますが、かなり唐突で驚かされます。プロポーズというか告白をしたのは、夏川大二郎高峰三枝子へ、そして坪内美子上原謙へ。後者は雨の中での名シーンでした。「夕べあなたの夢を見たの。きっと思いつめているんだわ…。」いい感じです。この映画は、2時間弱の物が40分ほど失われており、また画質と音声が今一つなのですが、名優たちが見られる映画なので、現代の技術でもう少し修復してくれたらと思いました。

2020.8.1 HCMC自宅にてパソコン鑑賞

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「わが谷は緑なりき」 人間の幸福について思いを巡らせる

アカデミー作品賞を受賞した「わが谷は緑なりき」。有名な映画ではありますが、お恥ずかしながら、今回初鑑賞にこぎつけました。作品賞以外にも、監督賞、助演男優賞、撮影賞(白黒)、美術賞を受賞し、5部門で栄冠に輝いています。ジョン・フォード監督による1941年の映画です。

あらすじ
ヒューは、長らく過ごしたウェールズの炭鉱のあるロンダ谷から去ることになり、思い出を語り始めます。

モーガン家の男たちは、末っ子のヒュー(ロディ・マクドウォール)以外は、皆、炭鉱で働いていました。長男のイヴォール(パトリック・ノウルズ)は、新任の牧師グリュフィード(ウォルター・ピジョン)により、ブローウィン(アンナ・リー)と結婚。しかし、炭鉱の経営者が賃金値下げを断行し、モーガン家の息子たちは組合を組織して戦おうとします。しかし、父ギルム(ドナルド・クリスプ)は反対でした。息子たち鉱夫は、ストライキに入り、炭鉱の管理者はギルムに説得の依頼に来ますが、断られます。しかし、鉱夫たちは管理者の姿を見て、ギルムが管理側と考え、糾弾する会議を開こうとしました。そこで、夫人のベス(サラ・オールグッド)は、夫を庇う演説を行い、その帰途凍った河に落ちて、同行のヒューと共にひどい凍傷を負ってしまいます。

ヒューは医者からもう歩行できないかもしれないと言われますが、グリュフィードの励ましで元気をとりもどし、グリュフィードも姉のアンハード(モーリン・オハラ)に惹かれていきました。しかし、鉱山主の息子がアンハードに結婚を求めてくると、グリュフィードは身を引いてしまい、アンハードは旅立ってしまいます。ストライキは解決したものの、収入は低く、息子のうち二人は谷を去り、ヒューは学校に通い始めます。学校でいじめられたヒューは、谷の元ボクサーにボクシングを教わり元気を取り戻していきました。しかし、イヴォールは炭鉱の事故で亡くなってしまい、ヒューは首席で卒業すると、父の反対を押し切って炭鉱で働き始めます。

ある日、アンハードが夫の元から一人で戻ってくると、そのメイドがアンハードとグリュフィードの関係について噂を立て始め、谷の人々がモーガン家を白い目で見るようになっていきます。そして、グリュフィードはついに谷にいられなくなり、教会で人々を戒める最後の説教を行いました。その時、谷に事故の汽笛が響き渡り、坑内に父のギルムが取り残されてしまいます。捜索に入った男たちの中にいたヒューは、落盤の下敷きとなった父を見つけましたが、ギルムはヒューに看取られて亡くなったのでした。

谷から出るにあたっても、ヒューの出会った人々の思い出は、いつまでも緑に包まれた、モーガン家の谷の思い出として、ヒューの心に刻まれているのでした。



わが谷は緑なりき

ジョン・フォード監督は、1940年前後に民衆を主人公とした名作を続けて撮っているように思います。怒りの葡萄で貧困をストレートに描き、タバコ・ロードで貧困を諧謔的に描き、そしてここでは貧困はあまり表面には出ないのですが、人生の苦悩をあたかも天上の出来事の様に描いているように感じました。ヒューの回想として語られる鉱山町での生活は、危険と隣り合わせで、決して楽な暮らしでは無いと思います。そして、そこで起こる出来事と家族の絆の物語が描かれています。人生苦もあれば楽もある、とはいいますが、ここで出てくるエピソードはほぼ苦労や困難ばかり。幸福なエピソードは数少ないように思いました。

50年のヒューの人生の中でのいろいろな悲劇や死と向き合う体験が、すべて人生の思い出として語られていきます。そのことは、死んだ人もすべて心の中に生きているという言葉にも表現されています。全てこの谷の風景と共に、彼の中に生きているのす。そして、地図を見て、兄の所在を追っているところで、母の言った、皆ここにいるという言葉は大変印象的でした。たとえ死んでも、遠くに離れても、すべてがこの家の中にあること、家族の心の中にあることが語られています。この家と、この谷は、家族や人生そのものであって、彼らと不可分のもの。その思い出と共に、この谷から去らないといけない今日と対比して、深く心に残る映画でした。

タバコ・ロードでもそうですが、ジョン・フォード監督は、そのような人生の厳しい場面を深刻に描いていませんし、苦労の多かったと思われるヒューの人生も、静かにそれを乗り越えていった人間の、力強い美しい思い出として、多くを語らず描いていくところが面白くもあり、大きな魅力になっていると思いました。そこに、人間の幸福とは何かという回答を求めているように感じます。登場人物の中では、サラ・オールグッドの母が大変印象的でした。算数の問題に対する反応が、普通の家庭の一コマであり、当たり前の幸福を思い起こさせる素晴らしいシーンでした。見ている間はふわっとした感じでしたが、見終わって、なるほど名作とはこういうものかと思った次第です。

2020.7.21 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「タバコ・ロード」 貧困の表現についていろいろ考える

かなり昔に、NHK-BSを録画しておいたものを鑑賞しました。ずいぶんたまってしまっていますが、今後の楽しみとして、ぼちぼちと。1941年のジョン・フォード監督によるアメリカ映画で、原作はアースキン・コールドウェルの同名小説です。
原題:Tobacco Road (1941)

あらすじ
1930年代のアメリカ南部ジョージア州の農村。タバコ・ロードと呼ばれ、かつては煙草の生産で栄えたこの土地も、すっかり荒れ果ててしまいました。そこには、貧困にあえぐ年老いた農夫のジーター(チャールズ・グレープウィン)、その妻エイダ(エリザベス・パターソン)、息子のデュード(ウィリアム・トレイシー)、娘のエリー・メイ(ジーン・ティアニー)の4人が朽ち果てそうな一軒の家に住んでいました。ある日、末娘の夫ベンシー(ウォード・ボンド)が妻の愚痴をこぼしに現れますが、ちょうど飢えていた一家は、ベンシーをとりおさえ、持っていた蕪を奪います。一方、地主の息子ティム(ダナ・アンドリュース)が、銀行家と共に訪ねてきて、土地は銀行の手に渡っており、立ち退きを免れるには土地代100ドルを支払うしかないと告げました。

その頃、村に未亡人のベッシー(マージョリー・ランボー)が帰ってきていました。ジーターは、ベッシ―の持つ遺産に目をつけ、デュードと結婚させます。これでジーターは100ドルが用意できたと思いましたが、デュードとベッシーは遺産の800ドル全額をはたいて車を買ってしまい、ジーターは困り果てました。ジーターはオーガスタに薪を売りに行くため、デュード夫妻の車を借りますが、デュードは慣れない運転で新車をすでにボロボロにしていました。ジーターはその車にデュード夫妻と薪を乗せてオーガスタに向かいましたが、薪も売れず、借金もできず、そのままホテルに泊まると、夜中に車を奪って100ドルで売り飛ばそうとします。しかし、相手は警察署長で、散々説教され自宅に戻されました。そして、デュードと口論となったジーターは、夫婦をも家から追い出してしまいました。

なす術も無くなったジーターとエイダは、住み慣れた土地を離れ、救貧農場行きを決意した時、ベンシーが妻に逃げられたと訪ねてきました。ジーター夫妻は代わりに、エリー・メイを嫁がせ、彼女は喜んでベンシーの元に向かいます。二人だけになった夫婦は、結局土地代が払えず、諦めて救貧農場へと出発しました。その途中で、二人はティムと遭遇。彼の車に乗せてもらうと、着いた先はなんと手放したはずの自宅。ティムはなけなしの50ドルを銀行家に払い、二人は元の自宅で暮らせるよう半年間の猶予を得たとの事。ティムは種や肥料代として夫婦に10ドルを渡し、希望を取り戻したジーターはエイダにこれからの夢を滔々と語り始めるのでした。



タバコ・ロード

アメリカのコールドウェルによる小説が、カークランドにより戯曲化されてヒット。その戯曲をジョン・フォードが映画化したものがこの作品です。タバコ・ロードは、岩波文庫で買った記憶まではあるのですが、読んだ記憶がありませんので、物語としても初めて見るものになりました。出てくる登場人物の、欲望のままに生きるさまの表現。その無知蒙昧さが印象的です。動物的とも表現できますが、むしろ動物の方がまともにみえるくらいです。貧困を描く映画はいろいろと見ましたが、こういった表現で見るのは初めてでした。信じられないような人が登場するのが映画というものですが、こういうタイプがたくさん登場するのは珍しいと思います。

正直、どう受け取っていいか、悩みました。この戯曲が1930年代にかなり流行ったというのは事実ですが、観客からはどう受け止められていたのでしょう。見世物的なイメージでしょうか?そして、実際のアメリカの田舎の現状は時代が移っても基本は変わらず、こういった感覚で生活している人が多いのでしょうか?イージーライダーに出てくる南部アメリカ人と通ずるような感じもします。それを哀愁漂く物語に仕立て上げるという構築に、妙な違和感を感じました。同時代に製作された怒りの葡萄は、ストレートに貧困を描いていますが、こちらは陽気である分、複雑です。

貧困を表現した映画は、それぞれの置かれた立場で思い悩み、乗り越えあるいは埋没していく登場人物が見どころだったりしますが、こういう表現だとそもそも楽天的なベースがあり、天真爛漫さが強調されるので、階級闘争的な確執もあまり感じられません。あるがままに呆けて生活している感じです。それをシュールなほどに徹底的に表現しているところに、ジョン・フォードの映画表現の凄さがあり、一方、こんなのどうってことないよ、みたいなアメリカ的余裕みたいなものも垣間見えます。久しぶりに見た後で作品に対する考えが全く定まらなくなる映画に遭遇した感じです。原作小説でも取り出してみましょうか…。

2020.1.26 自宅にてNHKBS Premiumよりの録画鑑賞

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「モニタリング」 シュールな表現のディストピア映画

AmazonPrimeに新しく出ていた、ヨーロッパのSF映画。そういうのは興味津々なのです。アートな感じやシュールな感じもありそうで、いろいろと楽しみに鑑賞しました。2017年の映画で、オーストリアの作品。監督はルース・メイダー。ヴェネツィアでは、ヴェニスデイズにノミネートされています。
Life Guidance (2017)

あらすじ
すべての生活態度が、最適であることを求められ監視社会。大企業のエリート、アレクサンダー(フリッツ・カール)は、妻アンナ(カタリーナ・ローレンツ)と息子フランツ(Nicolas Jarosch)の3人で優雅な生活を送っていました。ある日、ライフガイダンス社のファインマン(フロリアン・タイヒトマイスター)という男が一家を訪ねて来て、アレクサンダーが自宅のソファーで横になっている姿を子供に見せていることを指摘します。アレクサンダーはこれを無視すると、ファインマンは執拗に現れるようになり、アレクサンダーは適応テストを受け監視をやめるよう要請しますが、届いた通知書には、重度な適応障害と指摘されていました。

アレクサンダーは、ひとまず指示に従うことにして訓練に参加。しかし、常につきまとうファインマンが鬱陶しく、ある日、彼はファインマンを尾行し、訪問先の一人暮らしの女性イリス(Petra Morzé)から話を聞きます。そして、ライフガイダンス社の場所を聞き出すと、乗り込んで責任者を訪ねますがかなわず、やむなく退散。その後、イリスを訪ねると、自宅の車庫で亡くなっており、ついに、アレクサンダーはライフガイダンス社へ潜入を決行。録画ディスクが大量に保管された場所へと行きつきました。そこで、イリスと自分の記録を見つけ、そこにはフランツが生まれたばかりの子供を殺害する様子と、それを容認するアンナの様子が記録されていました。アレクサンダーの記憶には一切残されておらず、ライフガイダンス社によって記憶が消されていたのでした。

アレクサンダーはその記録を持って逃走しますが、すぐに捕まり、再び記憶を消されてしまいます。帰宅後、アレクサンダーは居間でライフガイダンスから支給されたノートを発見。そこには、アンナが夫の様子について詳細に記録をつけていたのでした。アレクサンダーは家を飛び出し、下層地域の町へと向かいました。場末の軽食屋で出会った女性は、ライフガイダンスからすでに19回も記憶を消されたと語ります。翌日、会社へ出勤せず、どこへともなく向かっているアレクサンダーは、父の訃報を聞いて葬儀を済ませると、森の中の狩猟クラブに入り込みました。そこでは、会社重役や企業主たちが、統制することはさも当然という具合に話し、アレクサンダーを相手にしません。アレクサンダーは山中を彷徨ううちに、迎えに来ていたファインマンを殴り倒し、再び歩き始めると、迎えに現れていたライフガイダンス社の車に乗り込み自宅へと戻りました。そして、家族と再会し、アンナを抱いて、愛していると淡々と告げるのでした。



モニタリング

アートな映像とアバンギャルドな音楽で静かに進行するディストピアSFでした。説明が非常に少なくて、俳優のわずかな言葉や行動で示されるので、非常に難解でした。それでも、一つ一つの映像が美しくて、かつ不穏な雰囲気を掻き立てるもので、目が離せず集中して見てしまいます。現状の生活に違和感を持った主人公は、突然訪ねてきたライフガイダンスに反抗すると、執拗に監視されるようになり、妻や子供からも監視されていることを知ります。そして、そういう状況から逃れるために、ライフガイダンスの秘密を暴こうと、独自の行動をとり始めますが、監視の目はさらに厳しくなり…。

この社会は、一握りの特権階級がすべてをコントロールする社会。あの狩猟をしていた人たちでしょう。そのシステムは、中流階級には一定の所得と快適な生活を保障し、その代わり逸脱した行動があれば、すぐにライフガイダンスが矯正するシステム。それは、不都合な記憶の消去と洗脳という形です。下層階級にもその仕組みが及んでいるようで、羽目を外しやすい人は消去されることの繰り返しの様です。ある意味、本人はおかしなことをしたら、すぐに無かったことになる仕組みで、なんの罪の意識も残さないことになるのですが、やり過ぎると地位を失い、社会的に抹殺される結果となるのでしょう。

秩序を維持し、さも普通の生活を送らせながら、すべてをコントロールするシステムで、1984みたいな大がかりなプロパガンダもなく、徹底的に管理されます。冷戦時代によくあった思想統制は、宣伝と恐怖で統制した面が大きいでしょう。さらに情報技術が発達した現在では、買い物やその他の消費記録などの、個人のビッグデータで、人の格付けができる時代になっています。こういう形の静かな統制が現実的に可能な時代が近づいているのではないかと、改めて思い起こさせる映画であったと思います。

2020.4.5 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「バタフライルーム」鬼気迫るバーバラ・スティールを見よ

面白そうなホラー映画があったので、見てみました。なんとなく、イタリアンホラーらしい、ソリッドな雰囲気を感じたからです。2012年の映画で、イタリア・アメリカ合作作品。監督はジョナサン・ザラントネロです。

あらすじ
中年女性のアン(バーバラ・スティール)と、母子家庭のクラウディア(エリカ・リーセン)とジュリー(Ellery Sprayberry)はマンションの隣室に住んでいました。アンは、廊下で母を待つジュリーに、蝶の標本の作り方を教えたことから、隣同士の付き合いが始まります。ある日、修理業者のクリス(Joseph H. Johnson Jr.)は、アンが、少女アリス(Julia Putnam)と激しくやり合っているのを見て、アンにバタフライ・ルーム(標本室)で殺されてしまいます。

そのひと月前、アンはアリスとショッピングモールで出会い、アリスはアンにうまく取り入り、アンの家に通って、小遣いを貰うようになりました。アンは、アリスが別の女性とショッピングをしているところを見つけ、不満をぶつけますが、アリスにもう来ないと言われると、アンは多めの小遣いを渡して謝ります。アンはアリスの後をつけて母のモニカ(Elea Oberon)を訪ね、子供の行動に意見すると、助けてもらってるのは、アンの方だと言われ、モニカを殺害します。その後、アンはショッピングモールで、アリスといた女性も殺害し、アンの家を訪れたアリスに、小遣い稼ぎをたしなめます。そして、アリスに引っ越すと言われ、最後にするから来て欲しいと頼み、最後に訪ねてきた時、アリスの口にクロロホルムを当てたのでした。

そして現在。クラウディアは、職場の上司との子を妊娠し、二人で旅行に出かける間、ジュリーをアンに預けました。ジュリーはアンの家で、アンが疎遠となっていた娘のドロシー(ヘザー・ランゲンカンプ)と口論している間に、クローゼットの中で、バタフライルームに通じる入り口を見つけ、部屋に入っていきました。そこにはアリスの写真や、服が飾られていました。ある日、クラウディアはドロシーから、母のアンに不潔な子と何度も言われながら、虐待されたことを聞きます。そして、ドロシーは何かあったら連絡をと、連絡先を渡していきました。

クラウディアはジュリーに、アンと会わないよう言いつけ、アンにクレームに行くと、アンはクラウディアを浴槽で溺死させまてしまいました。ジュリーは母を探して、バタフライルームに入ると、クリスの死体を発見。アリスの写真が飾られてる壁の中から、剥製となったアリスをも見つけます。そこにアンが現れてしまったので、母の名を叫びますが、アンはクラウディアの死体をジュリーに見せます。ジュリーは家に逃げ戻り、ドロシーに連絡。一方、アンは壁を壊して、ジュリーの家に押し入ろうとします。ジュリーは外へと飛び出し、車に轢かれそうになったジュリーを、追いかけてきたアンは、突き飛ばして助けますが、その車を運転していたドロシーは、アンを轢き殺したのでした。後日ドロシーはジュリーを引き取って、楽しく誕生日を祝いますが、息子に掛けた一言がアンの口癖だったことに気づき、慄然とするのでした。



バタフライルーム

バーバラ・スティールが怖いですね。さすが数々のホラーの名作に出演してきた女優さんだけあります。とは言いつつ、実はあまり見ていなくて、たぶん「8 1/2」と「ピラニア」くらい。出演シーンもはっきり覚えている訳でもありませんが、インパクトのある女優さんです。この映画では、いきなりやばい雰囲気を醸し出しながら登場し、蝶の標本を作っているので、いかにもです。「コレクター」の女性版ですね。

この映画は、時間軸が交錯しながら進みますので、頭をフル回転させて見ることになりました。交錯がそれほど展開のポイントとなっている訳では無いですが、シリアルキラーのインパクトは強くなっていると思います。アリスに関しては一杯フラグが立つので、むしろどういう形で表現されるかという所に興味がいきました。この年で、パパ活みたいなことをやっています。あまりに露骨なので、やりすぎ感ありです。相手はパパじゃないですけど…。そしてラスト。ジュリーを助けるところや、轢き直すところがなかなか印象的でした。

そういう訳で、バーバラ・スティールを筆頭に、ホラー映画の強者がたくさん集まった映画で、どの登場人物も一癖二癖ある形になっています。従って、大人に感情移入は無理です。アリスにも無理です。できるとすればジュリーと、大人でいえばドロシーですが、彼らとて、どこか癖があって感情移入まで行きませんでした。という映画なので、人間の性格の悪い部分のオンパレードのような映画になっていて、後味は決して良くなかったです。それに輪をかけているのが、ホラーの常連たちの鬼気迫る演技なのでした。アリス役の子も将来有望と思いました。

2020.1.3 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「狂へる悪魔」ジョン・バリモアの怪演が光るジキルとハイド

スティーヴンソンの小説、ジキル博士とハイド氏は、何度も映画化された有名な小説で、おそらく多数の人が一度は親しんだことがあるのではないかと思います。これはその初期の映画化作品で、監督はジョン・S・ロバートソン1920年の映画になります。
別題:ジェキル博士とハイド氏
原題:Dr. Jekyll and Mr. Hyde (1920)


あらすじ
医学博士のジキル(ジョン・バリモア)は、慈善家として貧しい人々を診察しつつ、そうでないときは実験室で研究に没頭していました。婚約者のミリセント(マーサ・マンスフィールド)の父、ジョージ・カルー卿(ブランドン・ハースト)は、夕食の席で、人間は二つの面を持っている。衝動を否定しても、衝動から逃れられない。唯一の方法は、衝動に身を任せることだと話しました。ジキル博士はその言葉を受け止め、人間の二つの面を分裂させる実験に打ち込み始めます。そしてついにジキル博士は、ハイドという恐ろしい悪魔に自分を変えてしまう薬を作り、服用してしまいました。

その日から、ジキル博士は二重生活を始めます。ハイドはみすぼらしいアパートに住み、ダンスホールでジーナ(ニタ・ナルディ)という女性に声をかけて同棲を始め、酒場や阿片窟といった、欲望を満たすところならどこへでも足繁く通い続けます。そして、ジキル博士に戻っても、ハイドへの薬を服用するたびに、ハイドの心は強くなり、邪悪さも増していきました。ミリセントはジキルが現れなくなったことから心配になり、父のジョージ・カルーが様子を見に訪ねると、ジキル博士は不在で、道でハイドに出くわし殴りつけられてしまいます。ハイドは償いと考え、小切手を渡しますが、その署名はジキル博士のものでした。カルー卿はなぜジキル博士が、ハイドと付き合っているのか気になり始めます。

ジキル博士はカルー卿に、そそのかしたのはあなただと言うと、怒って、もう一度弁解をしたら、ミリセントとの婚約を破棄すると宣言します。怒ったジキル博士は、薬の力なしでハイドに変身し、逃げるカルー卿を追って、撲殺さしてしまいました。ミリセントは深く悲しみ、ジキル博士も悪行に苛まれ、さらに、ジキル博士に戻る薬も底を突き、ハイドになることを恐れる彼は、実験室に閉じこもってしまいます。そしてミリセントがジキル博士に会いに来た時、彼はハイドになっており、彼女を乱暴に抱きしめると、突如ハイドが痙攣を起こし、椅子に座って死んでしまいました。そして、その姿はジキル博士へと戻っていくのでした。



狂へる悪魔

ジキル博士とハイド氏の初期の映画化作品。1920年は、なんとこの小説は3本も映画化されているようです。本作は、ジョン・S・ロバートソン監督、そして他の2本は、F・W・ムルナウ(現存せず)、チャールズ・J・ヘイドンの作品。原作は1886年の出版ですので、かなり時間はたっています。そして、サイレント時代のこの映画は、いかにもサイレント映画らしくて、なかなか見どころが多い映画でした。まずは出演者。主要な出演者はサイレント時代に絶頂期を迎えた俳優さんたちでした。

ミリセント役のマーサ・マンスフィールドは、この数年後撮影中に事故死。わずか24歳でした。ハイド氏の恋人となったニタ・ナルディは、妖艶な演技を見せてくれていますが、活躍はサイレント期まで。当時はヴァンプ女優として一世を風靡したとのことです。そして、主役のジョン・バリモアは、ドリュー・バリモアのお祖父さん。絶頂期は1920年代のようです。やはり、ジョン・バリモアがこの映画の顔であって、徹頭徹尾、鬼気迫る怪演を見せてくれています。これは、素晴らしいと思いました。サイレント時代の名優の名演技を楽しむという、貴重な体験ができました。

そしてこの映画、この時期の映画の割にはかなりのホラー度だと思います。特に、ジョン・バリモアがベッドに横たわっているところに忍び寄る異形の悪魔が恐ろしさを醸し出していました。あの蜘蛛のような怪物の姿は、なかなかのもの。ユニバーサル・モンスターズも顔負けです。この映画の後世に与えた影響も多々あるのではないかと感じました。なかなか積極的に見ることの無いサイレント映画ではありますが、いい映画鑑賞体験だったと思います。

2020.7.13 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「孤狼の血」 やくざ映画へのオマージュと一大エンタメ

公開時、いつかは見たいなと思っていた映画ですが、Amazon特典で見つけたので早速鑑賞です。2018年の映画で、白石和彌監督の作品。原作は、柚月裕子。呉市を中心とする、オール広島ロケ作品となっています。

あらすじ
昭和63年。呉原東署の大上刑事(役所広司)は、加古村組系の金融会社の経理担当、上早(駿河太郎)の失踪事件を担当していました。大上は、加古村組の組員にペアを組む日岡(松坂桃李)をけしかけ、居場所を吐かせようとしますが、固く口を閉ざしてしまいます。大上は、幼馴染で街宣活動を行っている瀧井(ピエール瀧)から、上早がラブホテルで拉致されたという情報を仕入れ、そのホテルから強引に監視カメラの録画テープを強奪。そのテープには拉致映像が収められていたのでした。一方日岡は、大上のヤクザとの癒着や強引な捜査方法に不信感をつのらせていきます。

尾谷組のシマのクラブ梨子のママ、高木里佳子(真木よう子)に加古村組の吉田(音尾琢真)が執拗に絡んだため、里佳子の恋人で、尾谷組のタカシ(田中偉登)が吉田を襲撃。しかし、返り討ちに会い殺されてしまいました。尾谷組の若頭、一之瀬(江口洋介)は加古村組への報復を決意。戦争を危惧した大上は、3日間で上早の遺体を見つけ、加古村組の幹部を逮捕する事を一ノ瀬に約束します。一方、県警の嵯峨(滝藤賢一)は日岡に、大上がヤクザとの関係を記したノートを確保するよう指示。大上には14年前の加古村組組員殺害の容疑がかかっていたのでした。大上は里佳子をエサに吉田を呼び出すと、上早の殺害を強引に自白させ、加古村組の上部団体、五十子会の五十子会長(石橋蓮司)の指示によるものと突き止めます。大上は殺害現場の豚小屋を訪れ、そこで働く善田(岩永ジョーイ)を拷問し、上早の遺体を埋めた場所を聞き出し、無人島の山中で発見しました。

加古村組壊滅へと捜査を進める大上は、新聞記者が突如現れ、大上の違法捜査を取材に来たため、捜査から外されました。そして、一之瀬との期限が守れず、一之瀬は五十子会を襲撃。大上は警察を抜け出し、単独で五十子会との取引に向かいますが、行方不明になってしまいます。その時、日岡は里佳子から大上から託されたというノートを受け取ります。そこには警察幹部の違法行為等、不祥事に発展する情報が細かく記されていました。そして、大上の殺人容疑とは、里佳子が犯してしまった殺しを、大上がもみ消したものだと教えられます。数日後、大上は水死体となって発見され、日岡は状況から上早が殺害された豚小屋が現場だと特定して捜査に向かうと、善田をボコボコにしてしまいました。

日岡は大上の敵を討つ為に、一ノ瀬らに五十子会のパーティーを襲撃させ、組長五十子の首を取らせます。そして、日岡は強引に一ノ瀬を逮捕。そして、嵯峨に大上のノートを渡しました。そこには嵯峨のヤクザとの癒着も含まれていました。そして、嵯峨から提案された本部への転勤を断ると、大上の意思を継ぐ決意をするのでした。



孤狼の血

安定の白石和彌 監督の作品を久しぶりに鑑賞しました。凶悪や、日本で一番悪い奴らほどの切れの良さまでは感じなかったのですが、面白く楽しめたことは間違いありません。あまりにも役所広司の大上巡査部長が持ち上げられすぎて…というか、凄い刑事になってしまっていて、虚を突かれたという感じです。そこまでですか…という、すっかり伝説の人物になってしまいました。しかし、最後は自ら過信にはまった感じですが、それも覚悟の上だったのでしょうか。

暴力団に、名優が揃っていますね。石橋蓮司をはじめとして嶋田久作、竹野内豊、ピエール瀧、江口洋介などなど。若手では、岩永ジョーイや中村倫也がなかなかいい雰囲気を出していました。皆さん主役級の演技ができる人たちなので、贅沢な布陣です。やはり、石橋蓮司滝藤賢一は、相変わらずなかなか渋い演技を見せてくれるなと思いました。主役の二人は勿論言うことはありません。あと、真木よう子の雨に濡れた和服が良かったです(笑)。

そんな感じで、意外とグロい場面を織り込みながらも、それほど深刻さはなく、オールスターのエンターテインメント映画という感じが無くもない映画と思いました。続編も製作が決まっているとの事。小説の第二作の「凶犬の眼」の映画化ということですが、田舎の駐在に左遷させられた日岡が主人公とのこと。引き続き、松坂桃李なんでしょうか。楽しみです。

2020.7.18 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「アバウト・タイム 愛おしい時間について」 反則でしょう…

ちょっと人気の高そうな映画があったので、ドラマかな?、ロマコメなのかな?と思いつつ見始めました。2013年の映画で、監督はリチャード・カーティスです。

あらすじ
ティム(ドーナル・グリーソン)は、コーンウォールに住む青年で、父(ビル・ナイ)、母(リンゼイ・ダンカン)、叔父のデスモンド(リチャード・コーデリー)、そして、奔放な妹のキャサリン(リディア・ウィルソン)と暮らしていました。21才になった時ティムは、父から一族の男にはタイムトラベルの能力があると教えられ、それは自分の過去にしか行くことはできず、またこの能力は、金儲けではなく、理想の人生を送るために使えと諭されました。その夏、妹の友達のシャーロット(マーゴット・ロビー)が休暇を過ごしにティムの家に滞在した時、恋に落ちたティムは、その能力を使ってみましたが、シャーロットの心をとらえることはできませんでした。

ティムはロンドンで働くようになると、友人と行ったレストランでメアリー(レイチェル・マクアダムス)と出会い意気投合しました。ところが、電話番号を教えてもらったものの、その後のタイムトラベルのおかげでメアリーと出会わない世界に進んでしまってしまいます。メアリーがケイト・モスのファンであったことを思い出して、写真展に毎日通い、ついにメアリーと再会しますが、この時のメアリーにとっては初対面で、変な人に思われてしまいます。メアリーには恋人がいることを知ったティムは、二人が知り合った時と場所にタイムトラベルし、二人の出会いの前にメアリーを連れ出すことに成功。ついに結婚にこぎつけました。

やがて娘ポージーが生まれ、幸せな日々を送っていましたが、妹のキャサリンが事故を起こしてしまいます。ティムは過去に戻って問題を解決し現在に戻ると、子供がポージーではなくなっていました。ポージーが生まれる前に戻った事が原因と判り、ティムは妹の過去を元に戻し、事故後の妹の人生をサポートすることにします。妹の人生は好転し、二人にも第二子が授かりました。そして、父が亡くなると、父の元気な頃にタイムトラベルを繰り返すようになります。その頃、メアリーに三人目の子供が欲しいと言われ、新しい子供が産まれると、もう二度と過去に戻って父と会うことができなくなるため躊躇しますが、父の望みは未来だと感じたティムはメアリーに同意。出産直前に、父に会う最後のタイムトラベルを行い、涙と共に別れを告げました。メアリーは無事出産し、妹も母となって、ティムは毎日を一度だけ過ごし、二度目であるかのように楽しんで生きていくのでした。



アバウト・タイム 愛おしい時間について

前半はロマコメ、後半は家族の物語と、二部構成になっているお話でした。二人があまりにも早くゴールインしてしまったので驚きましたが後半がありました。しかし、そもそも何回もやり直しがきくのは反則ですよね。ゴルフでもいいスコアが出そうです。コースの茶店に行った時に、大たたきした原因のポイントに戻る。セックスと同じで疲れるかもしれませんが…。でも、ゴルフの場合、何度やっても同じスコアになるかもしれません。きっとそういうものなのです。まぁ、ある意味人類の夢を引き合いに、いま生きることの大切さを表現した映画だと思いました。

過去に影響しない様に子供の頃に戻るとか、そんなのもアリか?と思いましたが、こういう映画なのであまりとやかく言うものでもないのでしょう。それまでに見る側に十分感動させておけば、こういう内容でも受け入れられるのかな?と思いました。そういう風にして作られた家庭ですから、ある程度は理想に近いものになるでしょうね。したがって、今生きることが大切と言われても、そんな能力を持った人に言われても実感がわきません。

とはいいつつ、レイチェル・マクアダムスが最高です。これも役柄が理想の奥さんみたいな感じで、あまりに敷居の高さを感じてしまうのではありますが、映画なのでそういう理想をきれいに可愛く見せてくれると、映画をみるのは楽しいネ…。と思ってしまいます。ところで、彼女にしても、マーゴット・ロビーにしても、出会った(再会した)その日に、部屋まで男を入れようとしてしまうのですね。これが自然なのかな??

2020.4.12 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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「モーガンズ・クリークの奇跡」 奇跡のスラップスティック

プレストン・スタージェスのコメディの鑑賞です。1943年の映画で、楽しそうな映画と思うので期待して見てみます。オスカーでは、脚本賞にノミネートされています。

あらすじ
新聞記者が激しい勢いで知事に電話をしています。モーガンズ・クリークという場所で大変な奇蹟が起こったとのこと。知事も大変な事だと驚いていました。

物語は遡ります。トルーディ(ベティ・ハットン)は、出征する兵士を見送るパーティに参加し、兵士たちに思い出を作ってあげようと考えていました。巡査である父のエドモンド(ウィリアム・デマレスト)に反対されたトルーディは、幼馴染の銀行員ノーヴァル(エディ・ブラッケン)を上手く使ってなんとか家から抜け出しパーティーに参加します。ところが朝帰りとなってしまい、トルーディは途中の記憶がないものの、どうもその間にある兵士と偽名で結婚式を挙げたようです。そして、しばらく経つと妊娠までしていることが解りました。結婚した相手も解らず、未婚での出産は田舎町では大スキャンダル。父には言えず、妹のエミー(ダイアナ・リン)と相談を始めます。

トルーディは、ノーヴァルに助けを求めると、かれは自分が風采の上がらない男だと自覚しながら、一途にトルーディの事を想い続けてきたことを告白します。ノーヴァルの提案で、もう一度判事の元に行き、彼は偽名の兵士に成りすまして改めて結婚証明書を得て、正式な夫婦として出産を迎えようとしますが、自分の名前でサインをしてしまうと、偽装であることがばれてしまい、結局ノーヴァルは警察に拘留されてしまいました。この騒ぎで娘の妊娠を知ってしまった父のエドモンドは、牢獄からノーヴァルを逃がして実の父親を捜させますが、それが元でエドモンドも巡査を免職になってしまい。一家は人里離れた家で3人で暮らすことになりました。

時はたち、相手の男を探し当てられず町に戻ってきたノーヴァルは再び逮捕され、数々の罪の積み重ねにより重い刑罰が下ろうとしていた時、トルーディの出産も近づいてきます。そして、病院での出産が始まりますが、なんと六ッ子を出産。冒頭の場面に戻って、このニュースは世界中を駆け巡り、その名誉にノーヴァルも解放されて、一気に軍の高級将校に叙せられ、事情が全く分からないノーヴァルは病院に行き、トルーディと再会して愛を確かめます。そして、エミーに連れられて赤ちゃんを見に行ったノーヴァルは、6人全員が自分の子供と知ってその場に卒倒するのでした。



モーガンズ・クリークの奇跡

まずは、冒頭のベティ・ハットンのバスの歌手のレコードに合わせた顔芸に笑わせられます。そして、出征兵士の見送りは、ノーヴァルにとっては、あまりにもひどい仕打ちで、そこまでやるかという感じ。でも、ノーヴァルが子供の頃からの事を告白して、二人がいい感じになって来ると、だんだん応援したくなってきます。エミーの方も奔放な感じが大変可愛らしいと思いました。ダイアナ・リンは当時17歳くらい。45歳で亡くなってしまったのですね。父、エドモンドのスラップスティック的演技が面白く、蹴り上げて空振りし、後ろに倒れるのは、なかなか年季が入っています。サリヴァンの旅にも出演していました。

冒頭で案内される奇跡がどういったものか、気になりながら見ている訳ですが、相当凄い奇跡らしいので、どうやって締めるのだろうと、半信半疑で見ていました。そしたら、この奇跡は確かに面白かったです。メディア総動員で、奇跡をアピールしてしまってます。1943年といえば、そうか、イタリアが休戦した年ですね。当時の世相がそのまま最後に流れます。とは言っても、この奇跡は微笑ましい限りで、戦争まで含めてコメディで笑い飛ばしてしまう勢いがありました。この映画自体がまさに奇跡であると感じました。

コメディの中心となる3人家族と、ノーヴァルの演技は素晴らしく、それも切れ目なく続いていくので、楽しい場面が連続していきました。サリヴァンの旅と続けて見たので、いかなる時でもコメディと作るという、プレストン・スタージェスの意思がよく解った感じがします。たくさん作品はあるので、また見ていきたいと思いました。

2020.6.13 HCMC自宅にてAmazonPrimeよりのパソコン鑑賞

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プロフィール

torrent13

Author:torrent13
映画は見たり見なかったりの時を過ごしてきましたが、現状ベトナム在住で、時間があるので、主にネットで見ています。昔はSF映画と、ミニシアターが好きでしたが、その後は西部劇、そして、最近では邦画や古いハリウッド映画などにも見る範囲を広げてきました。

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